異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか   作:のろし

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過去編につき、読まなくても問題ない。むしろ不快感を示すかもしれないから読まない方が良いかもしれない。

 海路口家。その歴史は古く、未だ世に呪いの類が跋扈していたころからの旧家である。とはいえ、特に何かしら大名の系譜であるとか、または公卿の一角であったとか、そういうわけではなく、かといって豪農であったわけでも、豪商であったわけでもない。唯長く続いている家などどこにでもあるわけで、世間から注目を集めるような家でないことは確かなのだが、この家の少し特殊なところは、一族全てがある程度の地位についていたことである。その分野を問わず、決してトップに立つことはなくとも、一定以上の地位に必ず一人は海路口家がいる……、だからこそ、世間からは注目を集めないものの、社会からは常に注視される立ち場であった。音楽でも、政治でも、医療、教育、スポーツでも……それは偏にこの家の特殊性を物語っている。最早異常、と言ってもいいのではないかと考える人もいるだろう。だが、これは決して異常ではない、と海路口の人間は言う。曰く、「私達は唯『学蒐』してきただけだ」と――――。

 

 

 

 

 

「……そうか、(かなえ)が死んだか」

 

「あれは貪欲でしたから。葬儀は明日の予定のようです。宗主として出ないわけにはいかないかと」

 

「無論、出る。愛しき弟だからな。……貪欲になるなとあれほど注意したというのに……」

 

「一つ、気になることがあるんです。鼎の娘のことなんですが」

 

「四方寄か?あの子がどうした」

 

「少し、私達の家系からすると『変わっている』と言いますか……」

 

「変わっている?」

 

「あの頃の子どもは『学蒐』を上手く使えません。見ても、知っても、理解できないからですが」

 

「それはそうだろう。おかげで我が家系は文字が書けるようになるのが遅い。まあ、できてしまえば直に達筆になるが」

 

「あの子はこの前、文字を普通に書いておりました」

 

「あの子は既に四つ。そろそろ書けるようになってもおかしくはないが……?」

 

「ええ、そろそろだろうと先生として向かったんです。ただ、やることは特にありませんでした」

 

「……なに?」

 

「一度文字を見ただけで、スラスラと書けるようになっていました。ちゃんとした文字を、しかも漢字を含めて、私が持っていったお手本の文章を書いてしまいました」

 

「それは……」

 

「不思議に思い聞いてみたんです。そうしたらあの子、「一回見たから出来た」って」

 

「……これはまずいな。あの子の意思とは関係なく……」

 

「とにかく、早めに対処をしないとと思ったんです」

 

「それで?」

 

「私達が出るまでもなく、和泉が対処してましたよ。『そんなことしちゃつまらないから、やっちゃダメ』って」

 

「はあ!?……まったく、和泉姉さんは」

 

「貴方の従姉としても、海路口の人間としても、変人だとおもいます」

 

「……とにかく、今は様子を見るだけにとどめよう。未だ子供だ。家の特異性はもう少し後になってから教えよう。その方がきっといい」

 

 

 

 

 

 海路口四方寄、四年三組に所属し、クラス内では頼れる姉のような存在。決して自ら主張こそしないが、いじめに発展しそうな場面があったら直に諌めるなど、他者に対しての観察力は小学生離れしている。普段の性格は至って温厚で、若干子供らしくない面はあるものの、教師からの信頼も高い。教師に対して敬意をしっかり払っており、このころの子ども特有の反抗的な態度は見られない。

 

「……この子なら、きっと僕のお願いもちゃんと聞いてくれるよね……?」

 

 すっかり日も暮れ、他に人のいなくなった職員室、そこで一人の若い男が生徒資料を眺めていた。自身の担当するクラスの生徒というわけでもなく、そもそもの担当学年も違うのだが、男は熱心に資料を眺める表情には、愉悦と慾情に染まり、聖職者などと言われる教師の目とは思えない。教職について七年目になるこの男、決して容姿が悪いわけでもなく、職場に限らず女性からはそれなりにアピールを受けているのだが、それらの一切を受け流し、浮ついた噂の一つもない。それもそのはずで、先ほどからこの男が目を通している生徒資料は、どれも女子のものばかりである。つまるところこの男は、所謂ロリコンという存在だった。

 

「見た目もかわいいし、この子だったらきっと僕のコレクションでも一番になれる……!」

 

 どうやらこの男、今までの赴任先でも似たような行為に及んでいるらしく、四方寄以外にも数人の女子生徒の資料を見ながら、いやらしい笑みを浮かべている。

 

「この子は最後にしよう。こんな子は意外と篭絡しにくいから、きっと楽しめる……」

 

 一言また呟き、男は資料を閉じる。そのまま元の場所に戻し、何事もなかったかのように自身の席に戻りながら、もう一度いやらしく笑った。その後、男は自身のパソコンの電源を切り、警備会社に連絡を入れてから帰宅したのであった。

 

 

 

 

 

「で、今回の喧嘩の原因は?」

 

「コイツがいきなり殴って来たんだ!」

 

「ちげえよ!コイツがぶつかったのに謝りもしなかったから!」

 

「互いに相手が悪い、と」

 

「「う……、はい」」

 

「じゃあ、お前ら両方が悪いんだろう。そもそもぶつかったときに謝れば殴られなかったし、殴らずに言葉で謝って、と言えば喧嘩にもならなかったわけだ」

 

「でも!」

 

「だって!」

 

「別にボクは喧嘩をしたことを怒るきはないよ?だが……その喧嘩に巻き込まれて、女の子が一人泣いちゃったんだ。覚悟はいいね?」

 

「「ひいぃぃ!?」」

 

「お互いに謝る前に、まずはその子に謝って来い、バカかお前ら!」

 

「「ご、ごめんなさーい!!」」

 

 まったく、と一つため息をついて四方寄は二人の男子生徒を見送った。四方寄にとって彼らは非常に幼く見える。いや、見えるという表現はおかしいかもしれない。四方寄にとって、彼らに限らず、同級生、いや、恐らくは小学生全体が幼いものであることは、断定してもいいほどに揺らぎない事実であるのだから。小学校に入学してしばらく、自分と他者の思考力に差があることに驚いた。彼らは自分のように合理的な判断が出来ず、思考より先に行動をしてしまう存在なのだ、と。それとほぼ時期を同じくして、伯父から自身の家系、海路口家の特殊性について学んだ。『学蒐』、海路口の家の者なら誰もが持つ、便利で、不便で、有り難く、忌々しい能力。それは四方寄にも例外なく授けられており、その能力の恩恵と呪縛に苛まれている。

 

「しかし、いくらなんでも四年生にもなって取っ組み合いの喧嘩とは」

 

 やはり理解できない、とまたため息をつく。幸せが逃げる、と人は言うのだが、もはや癖になっているらしくこればかりはどうしようもない。その後も僅かな時間で三度ほどため息をつき、次の授業が始まるまでの退屈な(本来小学生に限らず学生にとっては授業こそ退屈なものなのだが)休み時間を無為に過ごしていた。

 

 

 

 

 

「ただいま、おかあさん、母さん」

 

「お帰りなさい」

 

「いつも思っているのだけれど、本当に紛らわしい呼び方をするわね、貴女」

 

「一応区別がつくようにはしているんだけれども。伯母さんと言ったときの母さんの表情といったら……」

 

 まあ分からないでもないのだけれど、と答えるのは四方寄の実母、和泉である。四方寄が成長すればこのような容姿になるだろう、と思えるほどによく似通った顔立ちをしており、また、実年齢よりも若干若く見えるため、和泉と四方寄、伯母である和江が並んだとき、姉妹と母親と間違われることもしばしばある(間違った者は大抵の場合和江によって矯正されるのだが)。

 

 四方寄の父である鼎が亡くなってすぐ、四方寄たちは宗家である(あがた)の家に引き取られた。元々が両親ともに宗家の近縁であったことや、四方寄自身の能力が一族の中でも特異であったことなど、宗家との同居の理由は数えればきりがない(実際には当然あるのだが、敢えてこのような表現を使う)のだが、当時僅か四つの幼子であった四方寄にとって、そういった事情のどれほどが理解できていたかといえば、実際殆ど理解できていなかった。せいぜい理解していたのは、伯父と伯母が追加で両親のような存在になったらしいことであろうか。

 

「ん?帰ってきてたのか、お帰り」

 

「ただいま帰りました、父上。……またピアノですか?」

 

「この間依頼されたお客さんがいただろう?あそこの紹介でフルコンのオーバーホール依頼が来たんだよ。日本メーカーだったりいまでも作ってるメーカーならそっちに回すんだけどね、もう作ってないところだったから俺が引き受けたんだ」

 

「どおりで。また全塗装もするんですか?」

 

「いや、あっちのリクエストがあってね、木肌が見えるような塗装にするんだ」

 

「また見せてください」

 

「勿論。……ああ、そうだ。今日は後で和江の処へ行きなさい。今日あたりが多分丁度いいから」

 

「あら、確かにそうね。じゃあ、後でいらっしゃいな。多分今日あたりで最後になるから」

 

「ああ、もうそんな日だったのね。じゃあ、義姉さん、お願いしますね?」

 

 恐らくこの場に第三者がいたら、会話の意味を一割も理解できなかっただろう。それだけ家の者には語るまでもないほどに明快なものであり、他者には面妖なものだということなのだが。

 

 具体的に何をするのかと言えば、この一族特有の異能、『学蒐』を自身のモノにするための口伝、要するに講義のような物である。海路口の者であればだれもが有している異能だが、ちゃんと活用するにはその本質を理解し、知覚し、経験する事が肝要になってくる。あまりに幼いとそもそも理解が難しい(経験不足による知識量の少なさが原因である)ため、ある程度の年齢になってから教えるのが通常なのだが、四方寄もそれに洩れず、十才という一つの区切りとなる年齢で今回の講義と相成ったわけである。

 

「……しかし、もうそんな年齢になるんだな、俺も老けたわけだ」

 

「黙れ若づくり」

 

「義姉さん、言葉が荒くなってるわよ?」

 

「あら、いけない。でもねぇ、この中で一番年上に見えるのが私というのはどうにも腑に落ちないわ。和泉より二つも年下なのに」

 

「まあ確かに、私が一番年上ですけれど。でも、三十二にもなって高校生と間違われるのも結構屈辱よ?」

 

「とりあえずボクは人並みに成長したいです」

 

 しばしの談笑の後、縣は工房に戻り、和泉と和江は台所で夕飯の支度を始めに戻った。四方寄は縣の工房に運ばれたピアノを眺めるため、今日出された分の宿題をさっさと終わらせるべく自室へ向かった。

 

 

 

 

 

 四方寄が暮らす家、海路口本家はそれなりに広い。親族の集まりなどがある場合を想定しての作りであるらしく、襖さえ取り払えば数十畳ほどになる座敷が庭と隣り合う形であり、そこを中心に茶室や台所、各人の私室など、簡単に表現するなら田舎にある旧家とでも言えばいいだろうか。そんな海路口本家のとある一室、和江の私室として使われている洋室で、四方寄と和江が向かい合って座っていた。

 

「じゃあ、始めるわね」

 

「よろしくお願いします」

 

「まず、私達の家系に伝わる異能、『学蒐』については理解しているかしら?」

 

「対象を『見る』『知る』『理解する』、この三つの工程を終えたとき、その対象を習得できる異能、ですか?」

 

「そうね。まあ、副次的な能力で『常識的でない能力』の無効化なんてのもあるんだけれど。じゃあ、具体的にどうするのかというと……そうね、私が今から簡単な手品をするわ。それを『学蒐』してみなさい」

 

 そういって和江はボウルを取り出し、その上をさっと一振りした。その中にはいつの間にか水が入っている。手品とはいうものの、タネも仕掛けも、言葉通りにないものだった。

 

「……なにもないところから水が出てくる。空気中には無数に水蒸気があるということをボクは知っている、これは空気中の水分を任意の場所に集める『異能』ですね?」

 

「はい、その通り。私の知り合いが持っていたスキル、『生い恣意水(デザートウォーター)』よ。少しだけ間違いを正すとしたら、『知る』ということは異能の名前まで知らなければならないわ。だから、よっちゃんの言葉だけでは使えなかったわね」

 

 そう言いながらボウルに入った水を今度は消してしまう和江。四方寄は自身の解答にまだ間違いがあったのかと一瞬戸惑ってしまう。

 

「ああ、これは別のスキルよ。『化室突(エアコン)』って言うの。湿度を調整できるスキル。よっちゃん、もしも人の持つ能力を『学蒐』したいのなら、推理力と話術を身につけなさい。推理力は異能の推察に、話術は情報の引き出しに有用だわ。ただ……、これだけは覚えておいてね」

 

 そういうと、和江は真剣な口調で四方寄に説明を始めた。

 

「『学蒐』という異能には重大な欠点があるの。非常に便利な能力な気がするし、実際便利ではあるのよ。でもね、私達は非常に強く『規則』に縛られるわ。学習したルールから外れることは非常に難しいの。融通のきかない人、と思われたりもするかもしれないわ。そしてもう一つ。一番重要な欠点はこれね。いくら便利だからって多用しすぎるのはいけないわ。私達は異能を持ってこそいるけれど、唯の人間なの。個人差はあるけれど、得手不得手はあるけれど、『許容量』を超えてしまったが最後、私達の脳は『壊れちゃう』のよ。普段生活する分にはそんなに容量をとられることはないんだけれど、『異能』を学蒐すると非常に容量を食うわ。だから、もしも覚えるとしたら、本当に必要なものだけにしなさい。よっちゃんの資質に沿ったものであれば、たとえ異能でもそこまで容量を食うわけじゃないから。それでも普通の技能に比べればとんでもない量なのだけれど」

 

 そういって一つため息をつく和江。よっちゃんの場合はねぇ……、と一言つぶやき、更に続けた。

 

「もう少し先があるのよね。貴女が小さい頃に見せてくれた、『学蒐』ともいえない異能、『見た』だけで自分のモノにする、そんな異能が」

 

「……確かに、ボクは『知る』『理解する』、この二つの工程をすっ飛ばしちゃうことが出来ます。けど、今まで殆ど使ったことはありません。おかあさんから『つまらないからやめた方が良い』って言われてますから」

 

「そうね。出来る限りそうした方が良いわ。そっちの異能は私にも教えることは不可能だし……まあ、貴女が年を重ねていく中で、自分のモノになりきると思うわよ。そういう意味では、私達にとってちょっとうらやましいわね」

 

「どういうこと?」

 

「私達の家系は代々『成長がない』のよ。他人の能力ありきでしか生きられないし、それを他人のモノ以上にはできない。だけど、貴女はほんのちょっととはいえ、私達の家に成長を呼び込むことになるかもしれないわ。……うらやましいと言ったけれど、同時に心配でもあるわね」

 

 そこで言葉を止め、暫し沈黙が部屋を包む。和江は「まあ、今言っても仕方ないわ。さ、続きを始めましょう?」といつもの少しのんきそうな表情に戻り、四方寄もそれ以上は入り込まないほうが良いと考えたのか、その言葉にうなずいた。

 

 

 

 

 

「……キャパシティーオーバーか。父さんの死因は確か……脳卒中だったかな。……まさかね。あるわけない。そんなこと……あるわけない」

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