異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか   作:のろし

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吐き気を覚えるかもしれないので、読まない方がいいと思うが。

 小学校という場所は、恐らく子どもにとって一番最初に経験する特殊な空間であろう。似たような年齢の存在と共に一日を過ごす、遊戯の時間はあまりなく、授業という学問を修めるための時間が大半を占めることになる。それに、物心ついてからであれば最長の六年間の義務教育期間。その中で集団心理という物に侵され、集団行動という物を刷りこまれ、集団という個を尊重しない状況に疑問を抱くことなく、子どもたちは日本人になっていく。それは殆どの子が特に波乱もなく過ごしていくものであるが、体調やその他外的要因によって、僅か六年間に(十二年間の内六年間と言えば僅かとも思えないが)いくつもの波乱を迎えなければならない子どももいる。そして、どうやら四方寄もそちらの人間であるらしかった。

 

 

 

 

 

 四方寄は自身の所属するクラスに於いて全体を見渡し、教師が出るまでもないようなトラブルの仲裁などに努めるといった立場であった。良く言えば相談役、身も蓋もない言い方をするなら体のいい便利な人間である。おもに教師にとって。つまるところ、教師が頼みごとをしやすい生徒であるため、結構な頻度で何かしらの手伝いを頼まれているわけである。四方寄にとって、その日の手伝いもいつもと同じようなものだと思っていた。

 

「理科準備室にこれを持っていくんですね?」

 

「うん、そうなんだ。僕一人だけだと嵩張っちゃってね。女の子に頼むのもあまりいいとは思えないんだけど、他の子だと途中で遊びだしちゃうから」

 

「まあ、一部男子だと可能性は否めませんね。それにしても、いくら担任の先生が病欠だからって担当学年も違う先生が臨時で来るとは思いませんでした」

 

「うん、まあ、そうなんだけどね。僕は専科担任で、一応六年担当だけど、あまり出番がないから。一番暇なのがバレてるのかもね」

 

 そうなんですか、と気を使わない返答をしながら、二人は連れ立って歩く。理科準備室、というのは専科担任が授業で実験などをする際にある程度の器具や資料を準備するための教室で、普段はあまり使われることはない。各学年ごとに実験の授業があるのは週に一時間程度、しかもその中でも理科室を使う実験は半分程度だ。そのため、使われないときはあまり人も立ち寄らず、常に若干の薄暗さがあり……これは人気がないことも影響しているのだろうが、とにかくなんとなく陰鬱とした雰囲気に包まれている。

 

「いつもあまり人がいないからかな、此処は学校の中でも静かだね」

 

「そうですね、こういうところはちょっと落ち着きます。あの喧騒の中は嫌いじゃないですが、たまに疲れるので」

 

「はは、じゃあ、次の授業はさぼっちゃう?」

 

「先生、なにを言ってるんですか。ボクが居ないと教室が混沌となるのはご存知でしょう?」

 

「だからだよ。いつも頑張ってる海路口さんに、ちょっと先生からご褒美をあげたいんだ」

 

「はあ……?」

 

「先生のお手伝いをしてもらうから、ってもう許可もとってあるから、此処でちょっと僕と遊ばないかい?」

 

 四方寄は実際、子どもの相手というのに若干の疲れを覚えていた時期ではあった。一日に一度は起こる取っ組み合い、昼休みには必ずグラウンドの場所取りで他学年と揉め、その仲裁。夕方にはあの男子に告白したいなどの女子からの相談。私は学校に何しに来ているのか、という疑念を思わず持つほどに、四方寄はクラス内の雑事に忙殺されていた。この男の好意に甘え、若干の休養がとれるのであれば、それもいいかと考える。

 

「わかりました。でも、この時間しかダメですよ?多分一部の男子が暴走しますから」

 

「まさか。四年生にもなってそんな分別のない行動をするとは思えないよ」

 

 教師にとって恐らく四年生というのはそういう存在なんだろう。低学年の生徒に比べ、ある程度集団生活にも違和感を感じなくなり、授業という時間をしっかり認識している時期の存在なのだろう。だが、それは教師の側から見た彼らだ。実質はどうかと言えば、まだ子どもである。更に体力が本格的につき始め、性意識の確立も始まることにより、トラブルはむしろ低学年の頃より増えてくるし、その質も変わってくるのだ。

 

「……さ、此処には僕が常備してるお菓子もあるんだ。みんなには秘密だけど、海路口さんには特別にあげよう。頑張ってるご褒美だからね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そういってお菓子をいくつか貰いながら、男性教師の淹れたお茶を飲む。午前の授業は次で終了だからゆっくりできることに少しの安心を覚えつつ、四方寄はいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 次に四方寄が目を覚ましたのは、保健室のベッドであった。時計に目を向けてみると、既に午後四時を指している。完全下校の時間まで後しばらくという時間であり、流石に四方寄は驚いた。確か自分は理科準備室で先生と談笑をしていたはずである。ところが気がつくと時間はかなり経過していて、場所も保健室のベッド。事情が把握できない様子の四方寄に、起きたことに気付いたらしい保健医と男性教師が近寄り、話し始めた。

 

「どうやら疲れがたまってたみたいね。先生がお昼休みのときに連れて来てくれたのよ?」

 

「大丈夫かな?急に寝てしまったから、ちょっと床に体を打っちゃっててね、どこか痛いところはない?」

 

「……強いて言うなら少し腰が痛いかもしれません。お尻から落ちちゃったんでしょうか?」

 

「多分ね。歩ける?」

 

「大丈夫だと思います。すいません、ご迷惑をかけちゃいました」

 

 二人は気にしなくていいと返し、大丈夫みたいならもう下校の時間だからかえりなさい、と帰宅を促してきた。確かにいつも帰っている時間から考えれば、少し遅めでもある。家には連絡が言っているだろうけれど、もう帰った方が良いと判断し、四方寄は二人へ礼を言い、下校した。

 

 

「……あれ?こんなところに怪我なんかいつの間にしたんだ?」

 

 帰宅後、夕食を済ませ風呂に入っている四方寄は、自身の手首に青くあざが残っている事に気がついた。普段から男子の喧嘩を仲裁するときに相手の拳が当たったりすることなんかはざらであるため、怪我自体はそこまで不思議でもないのだが、この位置にできるようなことはここ最近していない。覚えがあるとしたら理科準備室で寝てしまったことだが、それにしたってこの位置にあざが出来るとは考えにくい。

 

「そもそも打撲ならこうやって手首全体が青くなるはずなんかないし……」

 

 不思議なこともあるものだ、と呟き、四方寄は肩まで湯船につかった。

 

 

 

 

 

 ある日、いつものように四方寄が教室で教室の様子を眺めていると、教室の扉の外から一人の女の子がじっとこちらを見ている事に気がついた。自身のクラスに居る子ではなく、他クラスの子のようで、特に深いかかわりがある子でもない。四方寄は最初、彼女の視線の延長線上に自分以外の人間がいる可能性を考えた。が、周囲を何気なく見渡しても丁度の位置に居る人間はない。試しに机をたち、黒板の方へ向かってみると(丁度前の時間の授業内容が消されていなかった)、視線は此方を追いかけてくる。黒板を消している間も、ずっと視線は此方へ釘付けだ。有り難いことに十五分休憩だったので、そのままトイレへ向かうふりをして、彼女が追いかけてくるか反応を見ようと思い立つ。何もなければ本当に小用を足しに行けばいいし、もし教室内では何かはばかられるような用事があるのだとしたらあちらにとっても好都合だろう、などと考える。そして、案の定女の子は後ろをついてきた。

 

「……特に何か目をつけられるような覚えはないんだけどなぁ。一体ボクに何のようだ?」

 

「あの、えっと、理科準備室で先生が待ってるからって……」

 

「うん、また何か手伝いをお願いしてきてるのか?だが今日は既に先約があるんだけれど」

 

「海路口さんが行ってくれないと、わたし、先生から、その……」

 

「……何やら事情があるらしいね、わかった。きみはうちの担任にボクが他の先生に急にお願いされて手伝うことになったって伝言しといて?」

 

「……ありがと、ごめんなさい」

 

「女の子は笑ってた方が可愛いんだよ、ボクは違うかもしれないけどね」

 

 少しだけ微笑んで、すぐに伝言を伝えに行った女の子を見送り、四方寄は一体何の用であるのか、と考えながら理科準備室へ向かった。

 

 

「で、これは一体どういう状況なのか教えてもらえますか?」

 

「やっぱり君は良いね。非常に良いよ。僕が今まで見てきた女の子の中で一番良い」

 

「質問に答えないあたり、会話をする気がないんですか?だったらさっさと拘束を解いてください。用事もないのに呼びつけるなんて、不躾にも程がある」

 

「この写真を見てもそんなことがいえるのかな?」

 

 そういって男性教師が取り出したのは、四方寄があられもない姿で拘束されている姿であった。思わず顔をしかめる四方寄。その表情を見て、男性教師……名を芦北(あしきた) 苓北(れいほく)という……は卑猥に顔をゆがめた。

 

「良いねぇ、その表情。それがどんなふうに僕に染まっていくのかが楽しみで仕方がないよ」

 

「道理でこの間のあざに覚えがないわけだ。眠っている間に縛られたのでは記憶があるわけがない。で、そんなものがどうしたと?むしろ芦北先生の首を絞めるだけだと思いますが?」

 

「そうだね、確かにこれは僕の首を絞めることになるかもしれない。でも、君の首も締めちゃうかもしれないよ?それに、()()()()()()()

 

 そういって芦北が取り出したのは、四方寄の知る限りにおいて自身の学年の生徒数名の写真であった。どれも四方寄のモノと同じような状況で、芦北の口ぶりからするに彼女たちも自身と同じ状況にあるらしい、と四方寄は判断する。

 

「……私がこのことを外に漏らせば、彼女たちにも心理的、社会的に傷が残る、と?」

 

「僕に愛でられるんだから、本当はそんなはずないんだけどね。世間はそういう風に判断してくれないらしいんだ。まったくもって理解できないよね?」

 

 理解できないのはお前の頭の方だ、と思わず四方寄は返答しそうになったが、なんとかこらえる。言葉を飲み込もうと苦労した表情が、どうやら芦北にとってはいい表情であったらしく、またいやらしく笑う。

 

「けどこの学校はハズレだったよ。君以外に僕の食指が動く子がいなくてさ、この子たちはただの布石だよ。君を捕らえるためのね。君が大人しく僕の言うことを聞いてくれるなら、彼女たちの写真はその内処分するさ。君が大人しく聞き入れてくれれば、ね?」

 

 どうするべきか、と四方寄は悩む。相手は写真の処分について時期を明確にしていないし、そもそもこうやって見せた以上、何かしらのデータは別に残っているはずだ。それを見つけ出さない以上自分がどんなに手を尽くしても写真の子たちは傷つくことになる。かといってあまり時間をかけてしまうと今度は自身が協力的だったと思われる可能性もある。交渉をするにも自身の置かれた状況は圧倒的不利だ。自身が折れるしかないことは重々承知している。

 

「……わかりましたと、言えると思いますか?先生は写真の処分について一切期限を提示していない。彼女たちに迷惑をかけたくないと思わせたいのなら、期限を明確にしてください。そうでなければ、ボクが大人しく聞き入れることはありません」

 

「流石に頭が回るね。わかった、じゃあ……ひと月だ。ひと月たったら棄ててあげるよ。ちゃんと君がいる目の前でね」

 

「……約束です。もしも破ったら、ボクは先生を警察に突き出します」

 

「勿論さ。約束は約束だからね」

 

 その後、また写真を数枚とられ、今日はもう帰っていいと開放された。四方寄は険しい顔で教室へ戻り、普段通りに授業を受けた。

 

 

 

 

 

 家に帰り、自室に籠った四方寄は、今日のことについて考える。何を為せばどう動けるのか、何を為さないとどう動いてしまうのか。

 

「写真の子は全員、大人しい子ばかりだった。恐らくはそういった子が扱いやすいから狙っているんだろう。ボクとはかなり方向が違うが、アレの言うことを信用するのであればボクが被害届を出さないための布石ということになるな。だとすれば今後あの子たちが何かしらの被害を被る可能性は低いか……ボクが大人しくしていれば、の話だろうけれど」

 

 四方寄は更に考える。あの男は恐らく、自身のような大人びた子どもを征服することで快感を感じるタイプなのだろうから、ある程度反抗的に振る舞いつつ、気分を害さないギリギリのラインを保たねばならない。あの男はひと月で写真を破棄してくれると言ったが、その可能性は低いと思われる。あの男の表情からは余裕と自信が見てとれた。恐らくひと月の間に、自分に惚れないわけがない、と言ったところだろうか。なんとも馬鹿げた自信ではあるが、それだけ入念に準備をされていた可能性もある。だとすれば。

 

「……期限は恐らく十日だな。十日の間に、なんとか写真を処分して、アレを社会的に抹殺しなきゃならん」

 

 だが、それが子どもの自分には荷が重いことであると四方寄は確信していた。そして、受けた辱めを恥じて家族に話せないというほど、四方寄は気が弱くなかったのである。

 

 四方寄は家族に相談した。

 

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