異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか   作:のろし

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ここまでで過去編は終わりだ。まあ、次もやるかは…わからんな。

 そも、何故あの教師は自分を狙ったのか、と四方寄は考える。自分好みの容姿であったのか、生意気なませた子どもを征服したいという下賤な情慾だとかに支配されたのか。確かに一般にはあまり知られていない名字であることは認識しているが、流石にあの教師が知らないというのは解せない。そう思うだけの理由が、四方寄には、いや、海路口にはあった。

 

「……なぁるほどぉ。でぇ、その、芦北とかいう教師だっけぇ。そこだけでそんなにやってるなら前科もありそうだねぇ。四方寄さんには悪いけどぉ、私達が尻尾をつかむまでちょっとだけ我慢しててねぇ?」

 

「別にボク自身は待っても構わないんですけどね。他の女の子がもしも…って思うと」

 

「そうだねぇ。それについては何にも言えないけどぉ、なにせほら、学校って組織は屑だからぁ、あそこのお偉いさん達が何も言えないくらいの証拠を固めたいんだぁ」

 

「……そんなに腐ってるんですか?」

 

「虐めはなかったなんてニュースでも言うだろぉ?記名式のアンケートなんかとっても本当のこと言ってくれるわけないじゃないかぁ。そうまでして対外的には虐めはなかったことにしたいわけよぉ、まったく屑だと思うけどねぇ」

 

「だったらさっさと改革に乗り出して欲しいものなんだがな」

 

「そう言わないでくださいよぉ。教育委員会の長になったって言っても、まだ半年なんですからぁ」

 

「その喋り方もやめてほしいんだけどね、(つむぎ)くん?」

 

「癖なのでぇ。こればかりは縣さんの頼みでも無理ですねぇ。まぁ、でもぉ。あと少しでうるさいジジイどもを片してしまえますからぁ」

 

 そういって四方寄と縣に笑いかけるのは、京町(きょうまち) (つむぎ)、四方寄にとっては従兄叔父、つまり両親の従兄弟に当たる存在である。年齢はまだ四十を超えていないものの、上司の不祥事が相次いでいたために教育委員会の教育長を務めるに至った海路口の者。つまりは他人のとばっちりを受けて出世してしまった海路口であり、そのため不祥事関係は思わず毛が逆立つほどに嫌いであるらしい。笑いかけてはいるものの、その目に温かさは一切なく、今回の一件を利用して一気に膿を出し切るつもりであるらしい。

 

「五人の委員の内お前に協力しているのは何人だい?」

 

「私を入れて三人なんだけどぉ、残りの二人がキナ臭くってねぇ。そのあぶり出しを一緒にやってしまおうかと思ってるんですよぉ」

 

「そうか……ん?ちょっと待ってくれ。……ああ、俺だ。……そうか、……わかった。すまないな」

 

「いいえぇ。どなたからの?」

 

「ハッキングが得意な奴がいただろう?現像に出せるはずもないからデジカメなのは間違いないし、かといってプリントアウトするときにはなんらかのデータがないとだめだからな。調べさせてみたら、なんとも杜撰な奴だったよ。学校のパソコンを使っていたらしい。コピーも同じくだ」

 

 その言葉に唖然としてしまうその場に居る面々。四方寄に使った手段がそれなりに手慣れており、考えられていたから、それなりに頭の回る人間だと思っていたところへ、そんな馬鹿らしい話が舞い込んできては仕方ないだろうが。

 

「……変なところで馬鹿だけど、そういった奴の方がかえってめんどくさいかもねぇ。何考えてるのかわからなくなっちゃうからさぁ」

 

「悠長なことを言ってられないのに、慎重にならざるを得ない状況とはな……」

 

「私は私で証拠をかためておくからぁ、四方寄さんも四方寄さんでお願いねぇ?」

 

「ボクが出来る範囲なら最大限やっておきます。忙しい時期なのに、すいません」

 

「いやいやぁ。むしろ本当なら私達が頑張らなきゃいけないんだけどねぇ」

 

 本当であれば大人が全てやるべき仕事であるのだが、この家系の特殊性が故に、誰もそれを指摘しない。四方寄はその環境が当たり前だと思っているし、むしろここで子供扱いされることの方に疑問を感じるだろう。

 

 海路口の特殊性、ある一定年齢を超えたとき(大体は五歳前後の場合が多いのだが)、思考力、精神が殆ど成人と変わらなくなるのである。どれほど昔からそうであったのかは定かではないものの、恐らく『学蒐』という異能を幼いうちに使い続けてしまい、成人を迎える前に死なないようにするための手段なのであろう。そのために、海路口の家では小学生であっても一人の大人として扱われる。

 

「……とりあえず写真のデータはクラッシュしてもらうように計らっておこう。他の仕事も抱えていると言っていたが……まあ、二日もあれば大丈夫だろう」

 

「じゃあボクは元のカメラとデータメモリを抑えます。ボクに態々見せたっていうことは何かしらのバックアップは持ってる筈ですから」

 

「その仕事が出来るのは現場に居る四方寄だけだからなぁ。すまないが頼むよ」

 

 

 

 

 

 次の日のことである。当然ながら四方寄は芦北に呼び出された。今度は放課後、理科準備室に、と言われたため、先に家族へ連絡を入れ、いつもどおりに授業を受けた。クラスメートの諍いもいつもどおりに治め、教師からの手伝いの依頼も普段通りにこなし、学級委員会が午後のHRにあったがそれも普段通りに進行して、掃除をしない男子を実力行使で参加させて、女子からの恋愛相談を終え、教室に生けてある花の世話を終え、いつもどおりに起こった雑事をすべてこなす。気が付いたら放課後にしたって遅い時間になってしまっていた。仕方がないのでそろそろ行くか、と気乗りしない仕事に向かうサラリーマンのような様相で、四方寄は理科準備室へ向かう。

 

「……何を、しているんですか?」

 

「え、ああ、海路口さんがあまりにも遅いからね、あまりにも暇だったから他の子で楽しんでたんだよ。大丈夫、君を愛するための前座みたいなものだから、僕が愛をそそぐ相手は君しかいないよ」

 

「……芦北先生、約束はどうなりました?」

 

「え?約束を破ったのは君の方じゃないか。僕は大人しく言うことを聞いてくれればって約束したんだよ?それなのに君はこんなに遅刻してきたじゃないか。約束を破ったんだからこっちだってお仕置きはしないとね。多分君はこっちの方が堪えるとおもってさ」

 

「……遅れたのは申し訳ありません。ですが……」

 

「だから、もうちょっとお仕置きしなきゃね。この子の肌に傷が付いたら、君はきっと堪えるでしょう?」

 

「……ヤダ、怖い……たす、けて」

 

 女の子の涙交じりに出す助けを求める声を聞き、四方寄は今までにない感情を持った。今までで一番似通った感情は、女子を虐めていた男子に対して持った感情であろうか?その際は思わずその男子にトラウマを植え付けてしまったが、それについては反省している。だが、今回は。

 

「もう、別にどうでもいいかもしれないな」

 

「何か言ったかい?」

 

「別に。ただ、貴様があまりにも愚かしいと思っただけだ」

 

「……え?」

 

「本当なら数日は我慢して相手をしてやる予定だった。だが、それはもうどうでもいい。他の子の写真を晒す?出来るものならしてみるが良い。その前に貴様を動けなくすればいいだけの話だ。そもそも時間も指定していないにもかかわらず約束を守らなかっただと?ボクは放課後、としか聞いていなかったんだぞ?貴様の不手際を勝手にボクになすりつけて、更には他の女の子に手を出すだと?確かに放課後すぐにこなかったボクの不手際もあるかもしれないがな、貴様の不手際の方がよっぽど大きいだろうが。そんなことも分からないから貴様は愚物だというのだ。ボクに対して動きにくい状況を作り出していたから、ちょっとは頭が回るのかとも思ったが、結局はただのバカだったのだな。そこの子が泣いている理由も分からないんだろう、そんな人間ともいいたくないような存在が僕と一緒の空間に居るかと思うと吐き気がする。一つだけ言っておいてやろう。ボクの家はあまり言いたくはないが結構な家柄だ。親戚には貴様の首が簡単に飛ばせるような存在がいるぞ?京町という名前を知らない筈がないよな、貴様にとっては一番の上司なんだから」

 

「……!?」

 

「悪いが、いや、全然悪くはないが。績さんにはとっくに話をつけている。残念ながら証拠がないというわけにはいかないぞ?この子には悪いが、一応用心のためにボイスレコーダーをここにしまってある」

 

「そ、それを渡しなさい!!」

 

「断る。なんでわざわざそんなことをしなくてはならない?ボクはボク自身とこの学校の生徒を貴様から守りたい。貴様に渡しては守れないだろうが。大体貴様は大人のくせに利益・不利益の考え方が出来ないのか?貴様のような大人がいるからボク達子どもは将来に希望が持てないんだ。そんな大人は可及的速やかにボクの視界から消えて欲しいものだ。ああ、あまりにもボクが貴様をこき下ろしているから呆然としているのか?貴様は馬鹿な上に、人間を見抜く能力も皆無なんだな。この程度の罵倒で呆然とするとは、まったくもって解せん。いや、むしろ下賤とでも言えばいいか?」

 

「な、な、な……!?」

 

「悪いが、もう遅い。ボクは子どもが傷つくのを見てしまった。初めての感情だったから今まで理解できなかったが、コレはきっと「憎悪」だ。ボクは貴様が憎い。ボク一人を手籠めにするならまだしも、そのために他の子を傷つけて、あまつさえ泣かせて……」

 

「そ、それ以上近づくな!『見えざる腕(ドントタッチミー)』!」

 

「……貴様、異能持ちだったのか。残念ながら効かないな。ボクはそういう家系だから。それに……『見えざる腕』か。コレはどうやら相手を動けないようにするスキルらしいな。早速使わせて貰う。『見えざる腕』で貴様は既に動けない」

 

「なっ!?」

 

「……へぇ、この能力、場合によっては人体の内側でも使えるのか……ボクは子どもだからなぁ。気の赴くままに覚えたての能力で思わず心臓を動けないようにしてしまうかもしれないなぁ……」

 

「ひ、ひいいいいぃぃぃぃぃぃぃいいいいぃぃ!!!??」

 

 四方寄のその言葉を最後に、芦北は失禁しながら意識を失った。それを見届けつつ、机の上に置いてあったデジカメで撮影をする四方寄。これくらいのことでは全然気は紛れないが、どうせやるのなら徹底的にやってしまえ、と割り切る。それとほぼ同時に、四方寄は助けを求めた女の子に近寄ろうとする。

 

「ごめんね、ボクが遅く来たばっかりに、こんなことに巻き込んでしまって」

 

「……助けてくれて、ありがとう……。でも……海路口さんのせい……なの?」

 

「ボクがクラスの仕事とかに時間を割いていなければこんなことにはならなかったかもしれない。だから、ボクのせいと言っていいだろう」

 

「海路口さんがちゃんと時間通りに来てたら……、わたし、こんな怖い思いしなくてよかったの……?」

 

「……多分ね」

 

「……う、あぁ……」

 

 恨んでくれていいとも言わない。恨まないでくれとも言わない。四方寄はその両方を逃げだと思っている。だから、自身の責任を客観的に説明する事、それが四方寄の精一杯の贖罪だった。

 

 

 

 

 

 結局あの後、パソコンとカメラ、それからMOディスクにそれぞれデータがあったんですよぉ。即刻懲戒免職にして、更に刑事訴追もしてしまいましたぁ。余罪も大量に出てるんでぇ、多分量刑はかなり重くなるでしょうねぇ。性犯罪者には最近厳しいですからぁ」

 

「……余罪については勿論マスコミには……?」

 

「余罪があったとだけ、出しておきましたぁ。女子生徒の個人情報を保護するため、一切公表はしないし、もし取材でもしたら児童の精神保護の観点から訴追も考えている、と匂わせておきましたよぉ」

 

「そうですか……ありがとうございました」

 

「いやいや、四方寄さんが頑張ってくれたおかげでこんなに早く解決できたんだよぉ。ありがとうねぇ?」

 

「ボク……いや、私は、なにもできてませんでした。甘んじて受けるつもりではいましたが、やっぱり、恨まれるのは……辛いです」

 

「……そうかぁ。多分ね、私達は恨まれやすいよ。規則が一番大事だから、その恩寵を受ける。だけど、規則が一番だから、他人とは相容れないかもしれない。多分恨まれることは、これからたくさん出てくると思うんだ。割り切れとは言わないし、忘れろとも絶対に言わない。ただ、潰れちゃダメだよ?きついことを言うけれど、四方寄さんが潰れたら恨んでる人が矛先をなくすから」

 

「……きつい、ですね。本当に」

 

「うん、だから……今のうちに、泣いておきなさい。いくら大人と精神が変わらないとはいえ、経験だけはどうしようもないからね。経験が浅いうちに、泣いておきなさい。多分、泣けなくなるから、その前に」

 

「……私が、ちゃんと放課後すぐに、いっておけばっ……!あの子があんなに、怖い思い、することなくって……!」

 

「……そうだね」

 

「あの子の目が……!怖くて……!何もできなかった自分が、悔しくて……!」

 

「……そうだね」

 

 四方寄にとって初めての、自身の無力を嘆く行為。自分の恐怖心を克服するための行為。親族であるからこそ許される、好意に甘える行為。それが四方寄の、最も深く残っている子どもとしての記憶だろう。

 

 

 

 

 

 幼い四方寄の、記憶に残る物語。今日はここで終わりにしよう。いつかまた、四方寄の物語を紡ぐため。


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