異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか 作:のろし
柔道において、一番危険なことはなんだろうか、と私は益体もなく考える。熟練者同士で乱取りや試合をする場合、危険はそれほどないため、この場合は除外。となると、熟練者と初心者、もしくは初心者同士の場合になるだろう。
その壱、初心者同士の場合。
この場合の初心者とは、柔道というものを、とりあえず投げたり抑え込んだりすることで対戦者からポイントを奪う、程度に考えている人だと定義付けしておこう。一番危険なのは、その無知さ。無知であるが故に、無理矢理投げたり抑え込んだりして、重大な事故を起こす危険性が高い。他にも、反則という物を理解できないまま当身技を使い、打撲や骨折を負わせてしまう可能性などもあげられるだろう。なんにせよ、まずやることはルールの理解と危険性の理解である。結論、ちゃんとした指導者の下、まずは基礎練習を積むべし。
その弐、熟練者と初心者の場合。
熟練者がいるために、一件危険はないように思えるが、実はこれもかなり危険だと言わざるを得ない。熟練者は熟練者であるが故に、初心者は無知である事を忘れてしまっており、ただ下に見てしまう。初心者は前述の通りに行動するだろう。ましてや、熟練者が相手であるために、初心者同士の場合にあり得る無意識下の手加減すらしない可能性もある。片方は毒蛇を無毒と思いこみ、片方は相手をライオンか何かだと思いこむ。熟練者の認識が崩れた時に起こるのは、思わず加減を忘れてしまう事だ。その結果、初心者は手痛い目に遭う。熟練者と初心者が乱取りや試合をすることは、やめておくべきだろう。結論。粋がって熟練者にケンカを売るのはやめましょう。
やめておくべきなのだ、本来は。だが、なにをトチ狂ったか目の前では、生徒会執行部庶務である人吉君と、柔道界のプリンスである阿久根先輩が、無謀ともいえる熟練者と初心者による試合を始めようとしていた。賭けごととして、である。この時点で勝負無効だと言いたいのだが、本人たちが納得している以上、もはや何も言うまい。
「ほんだらルールは柔道部恒例の阿久根方式な!無制限十本勝負対無制限一本勝負。阿久根クンに十本とられるまでに、一本でも取れたらジブンの勝ちや、人吉クン!」
「…フン、尻尾を巻いて逃げなかったことだけは褒めてやろう。ああ、でも、しかし、虫に尻尾はなかったか」
「…なんですか、逃げるってありだったんですか?早く言って下さいよ、それ」
「逃げる?そんなのアリなわけがなかろうが」
後に続く言葉は最早難なく予想がつくようになったあたり、私も生徒会に結構毒されている気がする。
「誰からの相談でも誰からの挑戦でも受け付ける!如何なないようでも如何な条件でも!如何な理不尽でも如何な困難でも享受する!それが箱庭学園生徒会執行部だ!!」
ちなみにその中に私は入っているのだろうか?正直そんなものに関わりたく…あ、もう関わってるか…。
「人吉善吉、私は貴様に負けるなとは言わん。しかし、逃げることは許さんぞ!」
「ククク、厳しい上司やねえ♪」
そう楽しそうに言う鍋島先輩。ああ、もうどうでもいいか。どうせ人吉君も柔道の心得くらいあるのだろうし、負けて問題になることもあるわけではない。阿久根先輩がこっちに来るという事態は確かに問題だが、私はそうなった時点で辞表を会長様に渡す所存だ。
そんなことを言っているうちに、先手必勝が後手必殺だった。分かり難いことこの上ないので、説明させてもらう。先手必勝とばかりに阿久根先輩にかかって行く人吉君。だがしかし、そんなことなど歯牙にもかけず、知らない私が見ても見事な一本。後の先をとるという、武術をする人間にとって境地ともいえる状態だが、その真似ごとで、彼は簡単に人吉君から一本をとった。
「あー、さっすが阿久根クン。綺麗綺麗な一本やな。ほんま『天才的でつまらん柔道』や」
「天才が余程嫌いなのか?鍋島三年生」
「嫌い嫌い、大っ嫌いやで、黒神ちゃんのことも、阿久根クンのこともな」
才能を努力で踏みにじるために柔道やってるんだという、鍋島先輩。まあ、そういう目的でやっても所詮は武道、突き詰めれば人殺しの技術なわけで、私はなんとも思わない。その後も天才は天才同士、凡人は凡人同士でつるもうであるとか、そんな言葉を会長様に投げかけている。が、そんなことなど意にも返さぬようで、会長様は言ってのけた。
「ふむ、ならば安心しろ、鍋島三年生。……天才などいない」
その言葉に鍋島先輩が顔を向けたのと同時に、阿久根先輩の九本目が決まる。これで残すところあと一本、形式上であればイーブンに持ち込まれた形になる。そろそろ辞表の文面でも考えようかと思い始めたところで、柔道部の部員各位が人吉君は未だ反則をとられていないことに気付く。反則行為をそもそも知らない私からすれば、どう見ても圧倒的劣勢であるとしか見えないので、態々試合に注目もしていなかった。
「…そや、別に海路口、君でもええんやで?君も見たとこ普通やし、天才に汚く勝ってみたいとか思わへん?」
「そういう意味では、正直人吉君よりも私の方が向いているでしょうね。先輩は知らなかったんでしょうが、人吉君って、綺麗に勝つんですよ。だから、先輩の流儀とは若干違いがありますね。それに…阿久根先輩になら勝てますから、私」
「なんやて?」
ドシン、と音がする。最後の一本が決まったらしく、そこに立っていたのは人吉君だった。どうやら最後の最後で一本をとったらしい。先輩の横で顔がきゃるるんとなっている会長様に関しては、知らない。知らないったら知らないのである。
「双手刈り…なんであんなに綺麗に」
「綺麗も汚いもないし、天才も凡人もいない。あるのはただ―――懸命な人間だけだ。私も貴様も、なにも変わらんよ」
そう言って鍋島先輩を諭す会長様に、先輩は一つの提案を入れた。その内容は私が思わず辞表をその場で書きあげ、即刻却下されるようなものだった。
事の顛末。新柔道部部長は最初に不純な動機で会長様へ一人向かっていった城南先輩に決定し、また、阿久根先輩は一身上の都合により柔道部を退部した。鍋島先輩の人吉君へのラブコールも、一応はなりを潜め、また生徒会に平和が戻って来た(とはいえ大した危機だったわけでもないが)のだが、人吉君はまだ知らないものの、生徒会執行部は少しまた新しくなったのである。
いつもの放課後、いつもの生徒会室。私は今日も書類整理に明け暮れていた。態々扉の近くでパンツ一枚になって着替える阿久根先輩を横目に見ながら。この人といるとどうしても笑いがこみあげてくるなと思いつつ、作業に明け暮れていると、ようやく人吉君が、何故か不知火さんを連れてやって来た。その時の人吉君の表情は、一応写メしておいて、後で不知火さんと二人で大爆笑したが、それはまた別の話。
阿久根先輩に関してだが、部長より強い存在がいては示しがつかないとクビになり、そこで自らの達筆を生かせる、生徒会執行部書記に推薦されたらしい。会長様からは許可を貰い、正式に今日から書記として働くのだそうだ。
以下詳細。
新部長に城南が内定した今、それよりも強いお前がいることは、柔道部にいい影響を与えるとは思わない。それに、お前は生徒会長に惚れているんじゃないのか、ならば女一人くらいモノにしてみないか!既に会長様には話をつけているから、生徒会でもどこでも行けばいい。天才ではないというのなら、天才肌なキレー好きなどどぶに捨てろ。お前は約束を守りたいのか、惚れた女を守りたいのか、どっちなのだ!
というような会話(一方的な説教)に目からうろこが落ちた阿久根先輩は、晴れて自身のやりたい事であった会長様のサポートという位置に、つまりは生徒会執行部に所属するという運びになったわけである。なんとも迷惑な話しだ。なお、その話を聞いた人吉君の反応のせいで、ガラスが数枚大破、修繕費用の申請の為に余計な書類が増えたため、自分の業務終了時間が大幅に遅れそうである。
まあ、そんなわけで今日から阿久根先輩が働くようになり、私の仕事量もかなりの部分は副会長、書記と会計の仕事であるため、仕事量は三分の二になる。今の量を考えると、これなら毎日こなくても十分である可能性が出てきたため、私はここで人吉君に別れの挨拶をした。
「…だから、私も来る機会は少なくなるだろう。今までありがとう、人吉君」
「お、おう。今までありがとな……って、俺一人であの二人をどうにかできるわけがねえだろ!頼むからもう少し一緒にいてくれ!後生だから!」
ということで、人吉君の必死なまでのひきとめ作戦により、私は未だに生徒会の手伝いをしている。
「で、君はなんで阿久根クンに勝てる言うたんや?」
「簡単なことです。まあ、私が戦うわけではなく、あの場限りでということになりますが」
「で、どないすんの?」
「あの試合、両者失格にします」
「な、それは無理やろ。アイツら正々堂々と……」
「前条件が間違っていましたね。貴女が賭けごとにして、彼らはそれにのった。それだけで、神聖な柔道の試合を賭けに使うなど言語道断、即失格になると思いますよ?賭け試合で酷い目を見るのは、なにも相撲ばかりではありません」
「うわぁ……スポーツマンとして、それは考えられへんかった。君、ウチより性格悪いんちゃうの?」
「相手の土俵で戦って勝てないなら、土俵を此方へ持ってくる。普通の人間は、勝ちに貪欲になった時どんな手でも使いますよ。それが普通だ」
「…クク、なんや、ウチ、後継者とか関係なく君が欲しくなってもうたわ。ね、頂戴?」
「魅力的ですがお断りします。私は私の所有物ですので」
「くぅッ!絶対いつかモノにしたるからな、海路口!楽しみにしとりーや!?」
ああ、そういえば今日の星座占いは12位であったなと思いつつ、私はこの変にまとわりついてくる気満々の先輩を上手くあしらっているのであった。