過度な期待はしないで下さい。
あと、妄想力を最大にして、このあとの展開を各自想像して、
笑えよ。
1.まいごのまいごの雪乃ちゃん
大きく変化した風が髪を無遠慮に撫で回す。
臨海部に位置する総武高校では、昼過ぎになると特殊な潮風が発生する。最も、昼休みはいつも部室で食事を取っているため、こうして静かに体感するのはこれが初めてかもしれないが。
昼休み、私は戸塚くんの依頼を引き受け、テニスの訓練を行うことになった。その最中、戸塚くんは怪我をしたため私は保健室に救急箱を取りに行った。そう、保健室に。私は保健室に向かったのだ。保健室にまっすぐ向かって、救急箱を受け取って、まっすぐテニスコートまで帰るだけだった。
なら、なぜ、私は、
校舎の屋上にいるのかしら?
おかしいわね……。確か保健室は一般的に利便性を考慮して一階にあるはずなのだけれど……。ちょっと道を間違えてしまったようね。保健室を探しに行かないと。
「ゆきのん!」
私が引き返そうとすると、由比ヶ浜さんが屋上に来た。彼女は息を荒げて必死な形相だった。
「由比ヶ浜さん、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだし!……とにかく、ゆきのん、やっとみつけた……。それより来て!」
「ちょ、ちょっと由比ヶ浜さん」
由比ヶ浜さんは私の手を引いて屋上を出る。由比ヶ浜さんの様子から切迫した状況なのは理解出来なくもないが事態がうまく飲み込めない。
「由比ヶ浜さん、待って、状況を説明してもらってもいいかしら?」
「な、なんか優美子たちとヒッキーがどっちがコートを使うかでテニス勝負することになったんだけど、負けそうになってて、……それでお願い!テニス勝負にゆきのんが出てほしいの!」
……なるほど、私がいないうちに随分と愉快で勝手なことになっているようね。
「あたしが抜けてからゆきのんを探すまで大分時間かかっちゃったから急がないと……」
由比ヶ浜さんが私の手を引きながら必死に言葉を紡ぐ。なぜか彼女の中では私がテニス勝負に参加することは確定事項のようだ。
……まったく、救急箱を取りに行っている間のことは由比ヶ浜さんに後を頼んだというのに、それすら出来ないどころかこんな厄介事まで持ち込んでくるなんて。
校舎を移動中にチラリと見えたテニスコートの真ん中で、見知った男が地面に頭をつけているのは見間違いだと信じたい。
2.愛することは狂うことである
「サンキュー!愛してるぜ川崎!」
文化祭終了間近、教室に残っていた川崎から相模の居場所に関する情報を聞き出した俺は川崎に礼を告げて屋上へと向かおうとした。
「な!あ、ま、待って!」
が、川崎に腕を掴まれてしまった。振りほどこうとしてもガッシリと掴まれて振りほどくことが出来ない。
「あ?すまんが俺、今急いで……」
怪訝な顔をして振り返ると、川崎は顔を真っ赤にして俯いていて、表情が見えない。
「あ、あのっ!」
川崎が顔を上げる。顔を真っ赤にしながらも真剣な表情でこちらを見ている。
「な、なんだよ……」
「その、アタシも、その、アンタのことが好きだ!愛してる!」
……ふぁ?
「か、川崎さん?急に何を……」
俺は、それ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
俺の口は、彼女のそれによって塞がれたからだ。
その出来事が一瞬だったかも永遠だったかも分からなくなるくらいにすでに俺の脳はオーバーヒート状態だった。
「これが、ファーストキス……えへへ」
顔を真っ赤にしてモジモジしながら唇を指でなでる川崎は、いつもの仏頂面とのギャップもあってかとても可愛らしかった。
突然の出来事に呆然としていた俺に気付いた川崎は、急にアタフタとしだした。
「も、もしかしてキスは嫌だったか……?そ、それともアタシのことホントは好きじゃなかったりとか……?」
赤かった顔を今度は青くしてうろたえる川崎。恐らく彼女は本気だ。これがラブレターかなにかで呼び出されての告白なら罰ゲームかなにかだと思うだろうが、俺が勝手に口走った発言に彼女は答えてくれた。本気で愛してくれていると言ってくれた。そんな彼女に、俺は……、
「そんなことはない。俺は川崎を愛してる」
今度は俺から彼女の体を抱きしめ、彼女の唇を奪う。川崎は最初は驚きに目を見開いていたが、しばらくすると目を閉じて俺に身を委ねてくれた。
今度は自分でも分かるくらい長い時間、互いに抱きしめあってキスをした。
もう、文化祭も相模もどうでもよかった。ただただ、川崎の唇の甘酸っぱさを、川崎の髪から発せられる甘い香りを、川崎の体の柔らかさを堪能することしか出来なかった。
3.俺ガイルSS史上最もくだらない告白回避手段
私は一人、竹林の中を歩く。細い道の先には、とべっちが緊張の面持ちで立っているのが見える。
歩みを止めることは許されない。例えその先に何が待っていても、今、止まることは出来ない。
そして、とべっちの前に立つ。
「あの……」
「うん……」
きっと、とべっちはここで私に告白するのだろう。私にそれを止める手段はない。
「俺さ、その」
「…………」
駄目だったんだね。ヒキタニくん。私の真意が伝わっているのかどうかは分からないけど、失敗だったね。でも、仕方ないよね。こんな身内の問題で自分勝手なこと、他人に解決してもらおうだなんて、図々しかったかな。
「あ、あのさ……」
私、あのグループにいれて、とっても楽しかったよ。こんな私を受け入れてくれて。あんなの、初めてだったよ。だから、私には不相応だったんだと思う。だとしても、いや、だからこそ、例え私がいなくなってもあのグループには消えてほしくなかった。
これが今まで甘い汁を飲み続けた私に対する罰だというのなら、どうか、私以外の人を裁かないでほしかったな。
「君たち、そんなところで何をしている」
驚いて振り返ると、そこには平塚先生が立っていた。
「君たちがホテルから出ていくところを見たという生徒から教師陣に連絡があったよ。もうホテル外出禁止時間だ。早くホテルに戻りたまえ」
「は、はい。すみません。じゃあね、とべっち。私、ホテルに戻るから」
「ちょ、海老名さーん!?」
突然の乱入者に戸惑うとべっちを置いて私は走り出す。そうすることしか出来なかった。
「べー。そりゃないってー」
「なんだ。私がここに来たことがそんなに不満か?ならついでに反省文でも書くか?」
「いやーそりゃないですってー……はぁ……」
ごめんねとべっち。
「はろはろ~、お待たせしちゃった?」
修学旅行最終日、京都駅の屋上で私はヒキタニくんと合流した。土産物屋に人が集中しているからか、ここは人が疎らだ。
「お礼、言っておこうと思って」
「別に言わなくていい。相談されたことについちゃ解決してない」
「あの場に平塚先生に来るように仕向けたのって、ヒキタニくんでしょ?」
「……」
ヒキタニくんは沈黙を持って私の答え合わせに答えてくれた。
「今回はありがとう。助かっちゃった」
「別に対したことはしていない。いつも通り、空気を読まないで台無しにして、問題を先送りにしただけだ」
「そうだね」
ヒキタニくんは先送りにしてくれただけ。それでも、グループの崩壊は回避出来た。今回はそれでよかったんだと思う。
「海老名さん!」
突然、後ろから名前を呼ばれ、振り返ると、そこにはとべっちがいた。
「えっと、何かな」
緊張の面持ちのとべっちは私に告げる。
「……あのときは言えなかったけど、その、俺、ずっと前から海老名さんのこと、好きでした!俺と付き合ってください!」
問題が送られた先は、随分と近い未来だったみたい。