心を穿つ俺が居る   作:トーマフ・イーシャ

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義輝「ついに我の出番が来たようだな八幡よ!我の語りを見せてくれるわ!」
八幡「あー、すまん、材木座。作者の力量不足の関係で俺視点なんだわ」
義輝「ひでぶっ」


ぼっちとカメラと剣豪将軍

 我にとって、これはターニングポイントなのではないだろうか。

 タブレットPCでPhotoshopを立ち上げ、教科書片手に必死に使い方を学びながらも来たる日への覚悟を固める。

 小学校の林間学校への泊りがけでの手伝い。我としてはコミケだってあるし暑いし行きたくはない。しかし、しかしである。我はもう高校生である。このまま年を重ねれば、小学生と関わる機会なんてものはますます減っていくだろう。むしろ、この機会が最後かもしれない。

 小学校と合法的に触れ合える数少ない機会である。これを見逃すわけにはいかないであろう!我はこの貴重な機会を最大限生かさなければならない。そのために一眼レフのデジカメとタブレットPC、そしてPhotoshop使用権を購入したのだ!言っておくが、小説の参考資料になればと思ったから買ったのだ。あくまで、自然や風景を撮影することが目的であって、決して小学生を盗撮しようとか、そんなことぜったいにないんだからね!

 

 

 

「材木座は?」

「……誰?」

 小町の謀略によって千葉駅のバスロータリーまで連行された俺は、いつものメンバに材木座がいないことに気付いた。あちゃー材木座さんさっそく仕分けられちゃったかー。

「八幡!」

 いきなり名前を呼ばれ、思わず戸塚のほうを見る。戸塚は『僕じゃないよ』とでも言いたげに頭と胸の前に出した両手をワタワタと振っている。とつかわいい。

 となると俺を八幡と呼ぶ人間は……。

 あたりを見回すとどたどたと走ってくる男が……。

 ……来ちゃったかー来ちゃいましたかー。

 相変わらずのコートと指貫きグローブをつけ、なんか軍人が好みそうなミリタリーカラーのデカい鞄を持ち、ふしゅるると肩で唸るような息をしている太った男、材木座を見ているとこっちまで暑くなってくる。

「我、参上!」

 やたらいい声でポーズを決めながらの一声にもう俺のライフがゴリゴリと削られていく気になるよ……。雪ノ下たちももう見向きもしてないよ……。

「ふむ、全員がそろったようだな。では行くか」

 平塚先生に言われ、俺たちはワンボックスカーに乗り込む。ワンボックスカーは七人乗りで、運転席、助手席。最後尾に三席、間に二席。

 雪ノ下と由比ヶ浜はもう一緒に座る気でいるようだ。となると、男二人と戸塚で最後尾に座って小町を助手席に座らせるのが自然だろうか。最後尾に、戸塚と男二人。大事なので二回言った。決して男三人ではない。

「比企谷は助手席だ」

「え、ちょ、なんで!?」

 乗り込もうとした俺を掴んで引きずる平塚先生。こういう男を(物理的に)振り回すところが結婚できない理由なんだと思います。

 待て、となると最後尾に座るのは……。

「材木座くん、どうしたの?乗らないの?じゃあ僕、先に乗るね」

「中二さん早く乗ってくださ~い、小町が乗れないじゃないですか」

「ちょ、ちょっと待たれい!」

 材木座が戸塚と小町のサンドイッチで約束された勝利の剣じゃねーか!そんなのって、あんまりだよ……。

 だが、俺の抗議が通ることもなくワンボックスカーは進みだす。車内で平塚先生の話に適当に相槌を打ちながらも俺は後ろに広がっているであろう彼の地を思い、憂う。俺の手には届かなかったすべて遠き理想郷が、俺のすぐ後ろに……。

「戸塚さん、夏休みって何して過ごしてます?」

「部活かなぁ。ぼくテニスやってるんだよ。材木座くんはどう過ごしてたの?」

「わ、我!?我は、主に小説を書いておったな、うむ」

 あの野郎俺の天使たちと喋ってんじゃねーよ!ぶっ殺すぞ!

「比企谷くん後ろを向かないでくれるかしら」

「あたしたちのことジロジロ見るとか、ヒッキーマジキモい!」

「比企谷……酔うぞ。前を向いてろ」

 ……すいません。

 

 

 

 千葉村についた俺たちは、葉山たちと合流し、小学生への挨拶を済ませ、オリエンテーリング補佐として山の中を歩きまわっている。

 やはりというか葉山は小学生にも大人気で、小学生のグループと遭遇しては話しかけられていた。それは大凡想定していたが、もう一人、こいつが小学生に話しかけられていたのは意外だった。

「すいませーん、写真撮ってくださーい」

「あいや任せたまえ!」

「こっちもお願いしますー」

 いつの間に用意していたのか、一眼レフのゴツいカメラを持った材木座が小学生を撮影している。俺らから見るとすれ違う小学生を盗撮しているようで犯罪臭が凄まじいが、ゴツいカメラを持ち、体格が大きく(太く)、コートを羽織っている材木座は、小学生から見ると『カメラマンのおっちゃん』に見えるのだろうか。すれ違うたびに小学生から写真撮影を求められている。

 材木座も小学生に……というか人にここまで話しかけられるなんて初めてではないだろうか。最初は戸惑っていた材木座も、今ではすっかりカメラマン気取りだ。だからな、材木座。嬉しいのは分かる。だが、小学生をにやけながら撮影するのはやめたほうがいいぞ。小学校の先生に見つかって通報されても知らんからな。

「写真撮ってくださーい」

 そしてまたカメラマン材木座にお声がかかる。そちらを見ると、すでに小学生の四人が並んでピースをしている。いや、写真撮ってもお前らの手元には来ないからな。あいつの資料(意味深)になるだけだから。

「もう一人は?」

 並んでいる小学生を見て葉山が声を発する。恐らく俺も材木座も、仲良く並んでいる小学生たちも、そして葉山自身も気付いているだろう。一人、写真に写らないように道のわきで所在なさげに立っている女の子の存在に。

「おいで。一緒に写真を撮らないか?」

 葉山はその小学生に手を差し伸べ、あまつさえ一緒に写真を撮らないかと言いだした。横で雪ノ下の溜息が聞こえた。

「はい、ピーナッツ!」

 カシャリ。という音が響いた。材木座は写真を撮った。四人の状態で。

「ありがとーございましたー」

 そして、小学生はキャイキャイと山道を歩き出す。

「ごめんなさい。私もいかないと」

 葉山が手を差し伸べていた少女も四人の後を追って走り出した。

 少女は四人に追いつき、しかし横には並ばず数歩後ろについて歩き出したのを見て、俺と雪ノ下は思わず安堵の息をついた。

「材木座くん。どうして彼女がいないのに写真を撮ったんだい?」

 葉山は笑顔だ。しかし言葉には若干の怒気が込められているのが分かる。

「ふん。我は資料集めのために撮影をしておるのだ。小学生を喜ばせるために写真を撮っておるのではないわ!」

「ハァ?アンタ隼人にケンカ売ってんの?」

「ヒィ!」

 材木座は三浦の言葉にビビってしまっている。が、材木座の真意は分かる。俺も、そして雪ノ下も。そして材木座がいなければ葉山は何をして、結果どうなっていたかもおおよそ想像はつく。

「まあまあ優美子。落ち着いて。材木座くんも優美子は本気で怒っているわけじゃないから落ち着いて。大丈夫。それで、次は出来れなみんな一緒に撮ってやってほしいな」

「……」

 落ち着くのはどっちなんだか。

 

 

 

「……別に。カレーに興味ないし」

 葉山はまたしても先ほどの少女に話しかけ、少女は撤退してきた。葉山は少し困ったような寂しげな笑顔を浮かべていたが、すぐにいつもの笑顔になって小学生に話しかけ始める。

 少女が撤退先として選んだのは人目の少ない場所。つまり、俺や雪ノ下がいるところである。

 「ふひゅううう。しんどい~。我はもうだめだ。ここは我に任せて先に行け~」

 何故か材木座までやってきた。さっきまであちこちでカメラマンとして小学生の写真を撮っていたが、ただでさえ暑いのに小学生のパワフルさと火の暑さでばてたのだろう。コート脱げばいいのに。というか、先に行けと言いつつこっちに来るってどういうことなの?

「名前」

「あ?名前がなんだよ」

「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」

「……人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るものよ」

「ヒィ!」

 ……材木座。お前、雪ノ下にビビりすぎだろ。今のはお前に言ったわけではないぞ。

「……鶴見留美」

「私は雪ノ下雪乃。そこのは、……ヒキ、ヒキガ、ヒキガエルくん、だったかしら」

「比企谷八幡だ」

「我も名乗らせてもらおう!我は剣豪将軍、ざいも」

「お遊戯はよそでやってもらえるかしら」

「はぐぅ!」

 雪ノ下にバッサリ斬られた材木座は切り捨てられてしまった。となると、さっきのヒキガエル呼ばわりは冗談ではなくガチでやっていた可能性が出てきたぞ。

「剣豪……さん?かわった名前」

「……おお、女児よ。我を剣豪将軍と呼んでくれるのか。そなたはまるで天使のようだ……」

 材木座の言葉に留美がどうリアクションしていいのか分からないのか、若干困っている素振りを見せる。

「……なんか、そっちの三人は違う感じがする。あのへんの人たちと」

 材木座とのファーストコンタクトという衝撃から回復した留美は、少し悲しそうな顔を浮かべた。

「当然であろう!我をそんじょそこらの量産型と一緒にしてもらっては困るな!」

「この二人はただの欠陥機だから参考にしないほうがいいわよ。鶴見さん」

「欠陥機!欠陥機で何が悪い!いつだって欠陥機には秘められた力と過去が存在するのだあ!我にぴったりではないか!」

「そうだな。ぴったりだな。秘められた力がいまだに小説にでないところとかな」

「八幡!?貴様、我を裏切ったなぁ!」

「ふふっ。変なの」

 横で留美は笑っていた。

「なんか、そっちのそれは面白いね。あっちはバカやってるようにしか見えないのに」

「楽しいぞ。お前も早くボッチライフが楽しめるようになるといいな」

「そうだね。……もう行かないと。じゃあね」

 留美はそう言い残して去っていった。何度も名残り惜しそうにこちらをチラチラと見ながら。

 

 

 

「ふぅ……」

 夕食を食べ終えた俺たちはその場でまったりとしていた。材木座も腹をさすりながら満足そうに息をはく。そりゃカレー三杯も食べりゃ満腹だろうよ。

「大丈夫、かな……」

 何が、と問うまでもない。留美のことだろう。彼女と接した材木座も渋い顔をしている。

「それで、君たちはどうしたい?」

 平塚先生に問われて、みなが一様に黙る。いじめられること、ハブられることが良くないことはみんな理解している。なんとかしたほうがいいことも分かっている。だが、口には出さない。何とかすると明言はしない。なぜなら、それを言えば、何もかもを押し付けられてしまうから。

「俺は……」

 重々しい沈黙を破ったのは葉山だった。

「できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」

 葉山らしい一言だった。優しい一言だった。成功しても失敗しても『なんとかしようとした』の一言で済ますことが出来るような、そんな言葉。

「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」

 雪ノ下はその言葉で以て葉山の言葉を引き裂いた。

「雪ノ下、君は?」

「私は……彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」

「ゆきのん、あの子さ、言いたくても言えないんじゃないかな」

「そう……なのかしら」

「雪ノ下の結論に反対の者はいるかね?」

 留美を救うという方向で話はトントン拍子で進んでいく。空気は完全に『留美を絶対に救う』という方向で。だが、彼、材木座とて思うところはあるのだろう。小さな声で話しかけてくる。

「のう八幡よ。結局のところ、留美嬢はどうするのだ?救うのか救わないのか我には分からんぞ」

 空気読めよ……と言いたくもなったが材木座の意見もごもっともだ。結局のところ、葉山の『助けてやりたい』という考えから、雪ノ下の『助けを求めるのなら絶対に助ける』という考えに変わっただけで、問題は解決していない。本質的にはさして変わっていないのだから。

「反対があれば意見しても構わんよ」

 平塚先生が材木座に問いかける。授業以外でも多少の付き合いがある俺であれば、平塚先生が怒っていないことは分かるのだが、材木座にそれを求めるのは荷が重かったようで「なんでもないです……」縮こまってしまう。

「よろしい。では、どうしたらいいか、君たちで考えてみたまえ。私は寝る」

 平塚先生はあくびをし、そのまま立ち去っていった。

 

 

 

「ちょっと、ユイー?」

「……あなたは、どちらの味方なのかしらね」

 ルミルミ救出のための話し合いは、すでに昏迷しているどころか『ルミルミよりもこいつらをどうにかしたほうがいいんじゃね?』ってくらいひどい有様となっている。

「紅茶美味しいなぁ、戸塚。そういえば材木座は今頃どうしているかなぁ、元気でやっているかなぁ」

「八幡、現実見ようよ……」

「おーい?我、ここにいますよー?」

 男三人……、おっと間違えた。男二人と戸塚が三人集まったところであれをどうにか出来るわけがない。

「のう八幡よ。八幡は小学生のとき、こういうイベントではどうしておった?」

「あ?そうだな……まぁさして今の俺や留美の現状と変わらんだろ。三歩後ろを歩いてただけだ。何か言ったところで何も変わらんからな。当時は気にしてなかったと言えば嘘になるが、今は何とも思わん」

「……八幡は、自分がぼっちだと親はいつから知っていた?」

 材木座の質問の意図が良く分からんが、真剣なのは表情から伝わってきた。

「……さぁ?よく分からん。気付いたら知られていたな」

「そうか……」

 そう言って材木座は自前のデカいカメラを撫でる。ぼっちには色々ある。俺のようなぼっちがいるように、材木座のようなぼっちもいる。そして、雪ノ下や留美にも同じように違う存在だ。苦労はしていてもそのベクトルは俺と材木座ではまた違うのだろう。

 結局、結論は出ないまま今日を終えた。

 

 

 

 翌日、キャンプファイアーの準備を終えた俺と材木座は、河原で女性陣の水着姿を眺めていると、脇の小道から足音が聞こえた。

 気配のあるほうを見れば、見覚えのある少女がいる。鶴見留美だ。

「よっ」

「おお、留美嬢ではないか!」

「留美嬢……?」

 材木座のセリフに首をかしげている留美。甘いな。材木座のセリフの真意を詮索するのは素人だな。この材木座検定3級の俺にはまだまだ及ばないぜ!ちなみにこれ以上知ると気持ち悪くなるので3級止まりでいい。

 その後、由比ヶ浜が雪ノ下を連れてこっちに来る。どうしてリア充ってのは一人で行動出来ないんでしょうね……。

 その後、由比ヶ浜たちを加えて話は進んだ。

「んー……確かに、みんなと仲良くってやっぱりしんどいときもあるし、だから、留美ちゃんもそう考えれば……」

 由比ヶ浜の結論に、留美は難色を示す。

「うん……。でも、お母さんは納得しない。いつも友達と仲良くしてるかって聞いてくるし、林間学校もたくさん写真撮ってきなさいって、デジカメ……」

 留美はデジカメを握りながら力なく微笑む。その辛そうな顔で紡ぐ言葉に答えたのは、雪ノ下や由比ヶ浜でも、まして俺でもなかった。

「あいや分かった!我に任せておけ!」

 材木座だ。留美と同じようにゴツいカメラを握りしめ、力強い言葉で宣言した。

「……あなたに何が出来るのかしら」

 雪ノ下が材木座に訝しげな視線を送る。確かに、どちらかというと依頼者側として奉仕部に面倒事をいつも持ってくるようなヤツだ。声には自信がこもっていたが、正直なところ、こいつに何か出来る気がしない。

「我に任せておけ……。さて、急ぐぞ留美嬢!時は有限なのだぁ!」

 材木座は、あっけにとられる留美の手を引いて河原を離れてどこかへと向かう。材木座の背中からは自信がひしひしと感じられるが、幼女の手を引いて山へと入るあいつの姿は、犯罪臭がプンプンする。

 ……大丈夫か?あいつには作戦があるようだが、その作戦を始める前に警察に捕まるんじゃね?

 

 

 

「腕もう少し上に……そのまま笑って、はい!」

「ヒッキー……あれ、なに?」

「……比企谷くん、彼は何をしているのかしら?」

 心配になった俺たちは留美を連れ出した材木座を追いかけた。ペンションのような建物が並ぶこの場所で、材木座は留美を白い壁の前に立たせてポーズを指定して写真を撮っていた。

「……材木座、まさかお前、犯罪を起こして林間学校を中止にしようと……」

「我がそんなことをするわけがなかろう!」

 ぼそっと呟いた俺の声が聞こえていたようだ。

「中二マジキモイ!留美ちゃん大丈夫だった?何もされてない?」

「犯罪は良くないわ。待っていなさい。小学生を脅かす存在はすぐに抹消するから」

「ヒィ!ま、待つでござる!これにはある作戦があってだな……」

「なんだよその作戦ってのは。早く言え」

「ほむん、いきなりネタバレしては面白くなかろう!」

「やはり人に言うのを憚るような内容なのね。通報するのが得策でしょう」

「待って待って説明するから!」

 材木座はタブレットPCを取り出し、カメラからSDカードを抜き取って挿入する。タブレットの画面には小学生の写真と先ほどの留美一人の写真が入っていた。

「やはり通報……」

「待ってくださいお願い致します」

 口調が安定しなくなりつつある材木座は、幾つかのソフトを立ち上げて操作をしている。

「ほむぅ、とりあえずこんなものかな」

 五分ほどすると、材木座はPCの画面を俺たちに見せてきた。

 そこには、5人の少女が写っていた。どの少女も見覚えがある。4人はオリエンテーリングの時に見かけた少女。もう一人は目の前にいる留美だ。

 即興で作ったからか、留美の周囲は多少は不自然で白い隙間のようなものが残っている。だが、それをのぞけば、仲良く笑っている集合写真に見えなくもない。

「なにこの写真……」

「なに、先ほど撮った写真と昨日撮って回っていた写真をフォトショで合成したまでよ。最も、もう少し時間があれば合成だと分からんくらいに編集してみせよう!」

 さっきまで自慢げに話している材木座だったが、一変して真剣な顔で留美に話しだす。

「のう、お主。親に自分が友達がいないことを知られるのはつらいか?」

「……うん」

「ならそれを誤魔化せるよう、我が写真を作ろう。これを持って帰れば親御さんにもばれないであろう」

「財津くん……だったかしら?それはただの逃げよ。親に誤魔化しているだけにすぎないわ」

「それで何が悪い」

 今まで雪ノ下の言葉にびくびくしていたとは思えないくらいはっきりとした返答だった。

「八幡もそうだが、お主らは強い。クラスの有象無象から、あるいは親からどう思われようと気にしないでいられるのだからな。だがかつての我は違う。親に友達がいないと思われることが怖かった。教室でいないもの扱いされることよりもはるかにな」

 材木座はタブレットPCを操作しながら思いを語る。

「だから、我は逃げても嘘をつくのもいいのだと思う。もし留美嬢がクラスの奴らや親に立ち向かうというのであればこれは必要ないのであろうし、その方が望ましいのだろう。だが、もしかつての我のようにそれが出来ないのであれば、これを使ってほしい」

「剣豪さん……」

 タブレットPCとカメラを鞄にしまい、材木座は背を向ける。

「八幡よ。写真は十分撮れたので我は戻る。留美嬢よ。写真が欲しければ我のところに来ればやろう。もし、八幡がこんな誤魔化しでなく、本当の意味で救える手段があるのなら。あとは頼む。彼女を救ってやってくれ」

 そう言って、材木座は立ち去った。恐らく撮った写真を編集するためだろう。

 だがな、材木座。お前は幾つか間違っているよ。俺は強くなんてないし、親にばれるのは俺だって嫌だ。それに、少なくとも俺にとっては逃げることはダメだとは思わない。

 

 そしてなにより、

「剣豪さん……」

 カメラを撫でながら安堵したような息をつく留美。彼女は不安だったのだろう。親に自分がぼっちであるということが露呈するという恐怖。それは今後過ごすことになるであろうぼっち生活よりも切迫した悩みだっただろう。

 

 だからな、材木座。

 彼女の顔を見て、それでもまだ彼女が救われていないなんて俺は思わないよ。


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