心を穿つ俺が居る   作:トーマフ・イーシャ

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正論ドパァーン!
絆がブッチーン!
奉仕部ボカーン!

八幡「そして誰もいなくなった」

いや、そういうのいいから。飽きたから。知ってっから。


負けず嫌いも初志貫徹も彼女だけの特権ではないのです。

「それではこうしよう。これから君たちの下に悩める子羊を導く。彼らを君たちなりに救ってみたまえ。そしてお互いの正しさを存分に証明するがいい。どちらが人に奉仕できるか!?ガンダムファイト・レディー・ゴー!!」

 奉仕部に連れてこられた俺は、そこにいた雪ノ下と口論になった。そこを平塚先生に見られ、何故か勝負することになった。

「勝負の裁定は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。あまり意識せず、適当に適切に妥当に頑張りたまえ」

 言いたいことを告げたとばかりに平塚先生は教室を後にした。そして、雪ノ下も何も言うことなく帰っていった。教室には俺一人が残された。

 勝者の特典である『命令権』には興味がない。けれど、自分を完璧だと言わんばかりの振る舞いをするあの女の鼻をあかすくらいはしてやりたい。あんな嫌味な女に何もかも劣っていると思われるのも面白くない。

 どうやら、柄でもなく俺は『勝ちたい』らしい。クラスのちゃらちゃらした奴らに『俺、あいつらよりよっぽど頭がいいし』と脳内で勝手に見下すのではなく、明白に勝負の場で誰かに勝利したいようだ。

 相手は学校一の才女。相手にとって不足どころか過剰もいいところだ。それでも、むざむざ両手を上げてギブアップなんてもうごめんだ。ジャイアントキリングに挑戦するのも悪くない。

 

 それにしても、平塚先生の『独断と偏見』、ね……。学校の先生に気に入られるなんて、どうしていいか分からんな……。

 

 

 

「今回は……少し危険な橋を渡ったな。一歩間違えれば問題になっていたかもしれない」

 小学生の林間学校の帰り、平塚先生に車内でそんなことを言われた。

「はぁ、すいません」

「別に責めてはいない。そうせざるを得なかったのだろう。むしろ時間もない中でよくやったと思っているよ」

 そうせざるを得なかった、と言われると引っかかるものはある。小学生に対してあんなやり方、最善策だとは言えない。それでもやったのは、それしか浮かばなかったからだ。

 その後、雪ノ下と由比ヶ浜に1ポイント、そして俺の増加ポイントはゼロだと告げられた。その評価は『独断と偏見』らしい理屈だったが、今回は俺の敗北のようだ。

 まあ、平塚先生が俺にポイントを振りたくないのは理解出来る。平塚先生が言ったように、あんなやり方で一歩間違えれば問題になっていた。その時に責任を取るのは当然平塚先生だ。俺ら高校生の監督責任を担っている平塚先生が、俺らが起こした問題の尻拭いをするのだ。

 そうなれば、被害を被るのは誰か。汚らしいとはいえ友情に傷をつけられた小学生。そんなことをする生徒を林間学校に連れてきた総武高校。小学校側も小学生の親も無関心で済ませるなんて出来ないだろう。そしてその矛先は平塚先生へと向くわけだ。

「……すいませんでした」

「ん?」

 思わず口から謝罪の言葉が漏れてしまう。

 こうなるかもしれないことをした俺がポイントを貰えるだなんて、ありえない。

 

 次は、もっと小さくしなければ。さもなくば、平塚先生に気に入られることもなく、ポイントも夢のまた夢だ。

 

 

 

 

「何といえばいいのかな……。スローガン決めのときといい、相模の一件といい、結果的に君の尽力は大きかったように思う。あれで文実は機能し始めたし、相模のスケープゴートにもなった」

 文化祭のエンディングセレモニー終了後、俺は平塚先生にそんなことを言われた。

「だが、素直に褒める気にはなれない」

 スローガンの一件と屋上の一件。俺がとった行動は本質的には同一だ。俺を絶対の敵と定義させることで歯車を回した。前回の林間学校と比べれば、傷つく人間なんて少ないものだと思った。

 だが、平塚先生はお気に召さなかったようだ。

 確かに、スローガン決めで俺が言ったことも、屋上で相模に言ったことも暴言だ。不快に思う奴もいただろうし、相模は俺を憎悪しただろう。

 林間学校に比べれば可愛いものだが、これだって一歩間違えれば問題になっていただろう。そして、責任は今回も『文実監督である』平塚先生(と厚木)だ。

 

 まだ、まだ足りないようだ。いや、多いというべきか。

 

 

 

「……あなたのやり方、嫌いだわ」

 修学旅行。京都のある竹林の道にて、俺は雪ノ下にそう言われた。

 確かに、戸部の想いは伝わらなかったし、恋が成就することもなかった。戸部の依頼は達成出来なかった。

 また、海老名さんも、俺みたいな奴に告白されるのは不快だったかもしれない。依頼は達成できても、後味の悪さはぬぐえないかもしれない。

 だが、これだけだ。100点の結果を求められても無理だ。ベストではなくともベターとしてはこれで十分だろう。

 今回は平塚先生への影響なんてない。修学旅行で、ある男子が女子に告白し、フラれた。それだけだ。それに、葉山が戸部を連れてきた以上、平塚先生は依頼があったことをよく知らないかもしれないし、他人の恋愛を毛嫌いしているあの平塚先生が勝負の一つに入れるとも思えない。

 

 だから、どうなろうとさしたる意味も興味もない。

 だが、これがダメだと言うのなら。

 これ以上、どこを削ればいいのだろうか。

 勝利というには、まだ遠い。

 

 

 

「……来たのね」

「ああ、まあな」

 修学旅行を終え、こうして何でもない平日がまた始まった。部室には、すでに雪ノ下と由比ヶ浜が来ており、沈黙が包んでいる。

「あ、そういえば結構みんな普通だったね。その、えっと……みんな……」

 由比ヶ浜が経過報告なのか雑談なのか分からない会話を始めている。

「……そうだな。見てる限りじゃなんともなさそうだったな」

「……そう。なら、良いのだけれど」

「あたしたちも普通に……、うん……」

 普通。由比ヶ浜が言っているのは葉山グループではなく、修学旅行以降に変質した奉仕部のことを指しているのだろう。

 ……ここは俺たちにとってどういう場所だっただろうか。平塚先生にここに無理矢理連れてこられ、雪ノ下と出会い、勝負することになった。そして、俺がここに来てから最初の依頼人である由比ヶ浜が入部し、その後も色々な人間が訪れた。

「普通、ね。……そう、それがあなたにとっての普通なのね」

 普通、かどうかはともかく、この沈黙と空気がどうなのかと言われれば……。

「……ああ」

 普通……というか正常だ。むしろ推奨と言ってもいい。俺たちの関係とはそういうもののはずだ。仲良しグループになり得るはずがない。敵対して当然だ。そうすべきなのだ。

 なぜなら、そういう風にここを定義したのは他でもなく……。

 コンコン、とノックが響いた。俺が招き入れると、平塚先生が教室へと入ってきた。

「何かあったのかね?」

 俺たちの現状を見て平塚先生が問いてきた。

「いや、何もありませんよ」

「改めたほうがいいかな」

「まぁそれでも構わないですけど」

 けど、どの道変わりませんよ、と言外に含めた。なぜなら、ようやく正常に戻ったのだから。

 その後、入ってきためぐり先輩と一色とかいう生徒が入ってきた。本題に入るか。

 

 

 

 ……何とも頭の悪い話だ。

 一色のクラスメイトが結託して一色を生徒会長選挙に出馬。一色はやりたくないけど取り下げることも出来ず、困り果てた挙句にここまで来たと。

 とはいえいきなり言われても案など出るはずもなく、平塚先生がめぐり先輩と一色を先に帰した。教室には顧問含む奉仕部メンバーだけが残っている。

「今のところ、勝敗はどうなっていますか」

 それは俺も気になっていたところだ。どうやら俺だけが未だにそのことを引っ張っていたわけではないようなので少し安心した。

「勝敗?」

 対照的に平塚先生は目を瞬かせている。……忘れてただろこの人。

「ど、どうだったかな~。ま、まぁ協力して事に当たる場合が多かったからな~。うむ。みんなよくやっている感じだな。うん」

「……」

「……」

 雪ノ下は冷たい表情を崩すことなく平塚先生に視線を送る。最も、それは俺も同じだが。

 俺にとって、この勝敗というのは奉仕部に所属する理由そのものと言ってもいい。そこを曖昧にされては俺はここにいる意味はない。

「私の独断と偏見を基準にするのなら……」

 現在の評価を聞いた雪ノ下は答える。

「……つまり、勝負はまだついていないと。なら、私と彼が同じやり方をとる必要はないですね」

「まぁ、そうだな。お互い無理して合わせたって意味ないしな」

 俺は最初から今までずっとそのていでやってきてたけどな。

 でも、今回は徹頭徹尾合わせる必要もつもりもないようだ。その方が俺だってやりやすい。

 だらだら続けるのももう飽きた。ここいらで一つ、決着をつけようではないか。

 求められるのは100点満点。それと誰が見ても明白で、それこそ平塚先生の独断と偏見すらもひっくりかえせないほどの勝敗。圧倒的な差。

 

 ……さて、俺はどう動こうか?

 

 

 

「雪ノ下、お前自分が立候補するつもりなのか」

「……ええ」

「え?」

 葉山と折本、そして……あと一人と遊びという名のナニカに付き合わされた翌日のことだった。

 平塚先生に『雪ノ下が生徒会長選に立候補する』と聞かされた俺は、由比ヶ浜と一緒に奉仕部にいた雪ノ下に話をしに来た。

「だからお前がやるのか」

「客観的に考えて、私がやるのが最善だと思うわ。一色さん相手でも問題なく勝てると思う。それに私が一人でやるのなら誰かと足並みをそろえる必要もない。他の役員もモチベーションは高いでしょうからこれまでの行事とは違ってスムーズに、効率よく進められるはずよ。……それに、私はやっても構わないもの」

 ……ほう。

「そっか……。ゆきのんは、そうするんだ……」

「まだ、何か?」

「……いや、確認がしたかっただけだ」

 俺は部室を立ち去る。途中、葉山だかにすれ違った気もしたがさして気にもならない。

 そうだ。確認がしたかっただけだ。雪ノ下の手段がどういうものか。どういった理由でそれをするのか。それを。

 

 

 

 

「その……一緒に帰らない?」

 雪ノ下が生徒会長選に立候補すると決めた日の放課後。由比ヶ浜が昇降口でそんなことを言ってきた。

「俺は自転車だ。それに家の方向が違う」

「うん。だから、……そこまで」

 由比ヶ浜はどこかを指さしてそんなことを言った。俺はそれを承諾し、自転車を取りに行き、由比ヶ浜と一緒に通用口を抜ける。

 ふらりふらりと、お互いに遠回りになる道のりを歩く。一緒に帰るのも結局は話したいこと、聞きたいことを解消するための口実だ。

「ゆきのんさ、出るんだね。選挙」

「ああ」

「……あたしも、あたしもやってみようと思うの」

「は?」

 やる。このタイミングでタバコやクスリの話でもあるまい。彼女は、生徒会長選に出る、と言いたいのだろう。

「あたしさ、なんもないから。できることも、やれることもなーんもないんだなって。だから、逆にそういうのもありかなー、とか」

「逆に……って」

「それだけじゃない。ゆきのんが生徒会長になったらさ、たぶん仕事に集中するんだろうなって。そしたら、今までの誰よりもすごい生徒会長になって、学校のためにもなって……。でも、たぶんこの部活はなくなっちゃうよね」

「別になくなったりはしないだろ」

「なくなっちゃうよ。文化祭の時だって体育祭の時だって、ゆきのん、一つのことに集中するの、ヒッキーだって知ってるじゃん」

 言いたいことは伝わった。雪ノ下がいなくなればこの部はなくなると。部の規定人数とか生徒会と部活の両立とかそういうのではなく、雪ノ下の性格から考えて、この部がなくなる。だから自分が生徒会長になれば奉仕部は残るのだと。そう言いたいのだろう。

「あたしね」

 由比ヶ浜の手段とそれを行うだけの理由、根拠を聞くことが出来た。ならば……。

「……あたし、この部活、好きなの」

「あ、悪い由比ヶ浜。俺帰りこっちだから。じゃあな」

 俺は自転車にまたがる。

 これ以上の会話は蛇足だ。得るべきものはすでに得た。そしてもう得られるものは何もない。

 

 

 

 帰宅した俺は、そのまま自分の部屋のベッドに寝転がる。

 

 林間学校では、他の人から出た意見なんて参考にすらならず、検討の価値もないゴミカスなものばかりだったから、自分の意見が他者の手直しの必要ないくらい最適に思えた。

 

 文化祭当日、エンディングセレモニー前では、本当に土壇場だった。後で考えれば他の方法が出てくるかもしれないが、あの時、あの瞬間に代替案を思い付けたかと聞かれれば、否だ。

 

 修学旅行のあの夜では、戸部以外の誰も、最後まで思いを理解することが出来なかった。海老名さんの腐臭のする依頼の真意も、戸部を奉仕部に連れてきておきながら奉仕部の邪魔をする葉山も、間際まで理解出来なかった。いっそあの時に理解しなかった方が楽だったとすら思えてくる。

 

 そして、今回。

 

 雪ノ下の手段は聞いた。由比ヶ浜の想いと手段も聞いた。俺が最初に提案してくれた計画は、相応の根拠をもとに否定してもらえた。これら検討に値する手段のサンプルが存在する。

 生徒会長選当日までまだ猶予がある。残り数分というわけではない。案を考え、メリットをデメリットをまとめ、理論武装し、なんなら相談することすら十分に可能なだけの時間がある。

 今回の依頼内容は明白。一色の現状も、立場も、何を懸念しているのかもある程度知れた。依頼者三名が詳らかに語って質疑応答出来たために問題点もステークホルダの存在も知ることが出来た。

 

 すべてではないが、カードは揃った。では、じっくり考えようではないか。完璧を実現するやり方を。最終目標は、……。

 

 

 

 そして、俺は、SNSの「一色いろは応援アカウント」でリツイートされたものを印刷されたものを手に、告げる。

「葉山が応援する雪ノ下、三浦が応援する由比ヶ浜、あの二人に勝ってみたくないか?」

 そして、

「先輩に乗せられてあげます」

 こうして、交渉は成立した。一色は明白な動機を以て生徒会長になるために生徒会長選に出馬する。

 

 

 

「わざわざ呼び出すなんて珍しい真似をするのね」

「いや、俺たちの結論と結果を出そうと思ってな」

 しばらく行くことのなかった部室には、雪ノ下と由比ヶ浜がすでに椅子についていた。心なしか所在なさげにしている。二人はお互いに生徒会長選に出る以上、今は敵対関係状態だからだろう。

「私たちの、結論と結果……?」

「ああ。最初に話していたように、今回はバラバラにやったからな。結論の共有と結果の認識が必要だと思ってな」

「そう、なら言わせてもらうわ。私が生徒会長になって、一色さんの依頼は達成する。これが最善手よ」

「……あたしも、同じ」

 雪ノ下も由比ヶ浜も決意は変わらないようだ。

「まあ、必要ないんだがな」

 俺は「一色いろは応援アカウント」の存在を説明する。そして、雪ノ下たちが落選する可能性を示唆し、一色が本人の意志で信任選挙に出ること、すでに依頼は解決したことを説明する。

「つまり、お前らが生徒会長選に出る意味はなくなったわけだ」

 結論を述べると、由比ヶ浜が安堵の息をついた。

「よかった……、じゃあ、解決だ……」

 そして、黙っていた雪ノ下も言葉を発する。

 

「わかるものとばかり、思っていたのね……」

 

 やっと。

 あるいは、思いがけない形で。

「雪ノ下の想い」という、最後のカードを手に入れた。

 

「―平塚先生と城廻先輩に、報告してくるわ」

「あ、あたしたちも」

「一人で十分よ。……もし説明が長引いて、怒りが遅いようなら先に帰ってもらっても構わないわ。鍵はこちらで――」

「いや、必要ない。それにまだ話は終わっていない」

「あなた、何を言って……」

「……ヒッキー?」

「言っただろう?結論と結果を出すと。まだ結論しか出ていないぞ」

「一色さんの依頼は解決したのならこれ以上話すことなんて……」

 おいおい雪ノ下さんよ。お前が、最初に、自分から、言いだしたことじゃないか。しっかり決めておかないと、こういう機会はそうないからな。うやむやにされては困るな。

 コンコンというノックの音が響いた。ちょうどいいタイミングで来たようだ。

「どうぞ」

 がらっと威勢よく扉が開け放たれる。予想通り、そこには平塚先生がいた。

 平塚先生は部室に入ってきて、窓際の壁によりかかると、そこでようやく口を開いた。

「さて、比企谷。勝敗を決めてほしいとのことだったな」

「ええ。まずは依頼の結果の報告を。一色は生徒会長選に出て、生徒会長になってもいいと承諾しました。これは脅しでもなければ騙しでもありません。彼女はメリットとデメリットを理解し、彼女の意志で決めました。ですので依頼は解決しました」

「ふむ、雪ノ下、由比ヶ浜。それで間違っていないか?」

「……私たちも先ほど同じことを聞かされました。ですので真偽については図りかねます」

「あ、あたしも……」

 平塚先生は俺たちの言葉を反芻するかのように頭上を仰ぐ。

「ふむ。となると今回は比企谷一人の功績となるかな。なら、今回の依頼については比企谷のポイントということであれば構わないかな?」

「……ええ。それで構わないかと」

「う、うん……あたしもそれで」

「……………………………………足りませんね」

「え?」

 引くつもりはない。譲るつもりもない。そんな結果で終わらせるつもりもない。

 今は、他の誰でもない俺のターンだ。さあ、決着をつけようじゃないか。

「ポイントどころの話じゃない。こんな勝負、俺の勝ちでコールドゲームでしょう。勝敗は入れ替わるようには思えないくらい大差があると思うんです」

「ヒッ、……キー?」

「つまり、君は、自分のやり方が雪ノ下たちのやり方にはるかに勝ると。そう言いたいのか?」

「ええ。勿論。ではお互いのやり方について説明しましょうか。雪ノ下と由比ヶ浜は生徒会長になりたくないという一色の依頼を聞き、自分が立候補するという方法を提示した。対して俺は一色に生徒会長になることを勧め、一色は生徒会長になることにした」

「……ええ。そうね」

 俺の説明に雪ノ下たちが同意する。

「なら二人のやり方はどうなんですか?ここは『飢えた人間に魚を与えるのではなく魚の取り方を教える』場所でしょう?選挙に出ることになったけど生徒会長になりたくないと言った一色のために、なら自分が生徒会長になるという方法は、奉仕部としてはどうなんでしょうね?」

「それは!……他の解決方法なんて」

「一色は生徒会長になるのが嫌だったんじゃない。信任投票が嫌だった。勝って当然の戦いが嫌だった。一色を生徒会長選に出馬させた女子の思い通りになるのが嫌だった。お前らはヒアリングもせず、一色のことを何も知らないで安直に『他の生徒会長を立候補させる』という方法を実行しようとした。ここまで言えば分かるか?彼女はお前らに選挙に負けるのも嫌なんだよ」

 俺はSNSのリツイートが印刷されたものを手でひらひらとさせながら話を続ける。分析も理論武装のための時間もあった。まだ終わらないぞ。

「あと、雪ノ下はなんて言ったっけ?『客観的に考えて、私がやるのが最善だと思うわ。一色さん相手でも問題なく勝てると思う』だったか?ついには依頼者を見下し始めたか。一色を格下といい、自分には及ばない存在だと。お前からすればそれが事実かもしれんが、人を救う者としてその態度はどうなんだ?最も、これを見てそれでもなお自分が勝つ、自分が一色より優れていると絶対の自信があるなら改める必要もないのだろうが」

 まあ、実際に三分の一が本当に一色側についている保証はこの紙から証明することは出来ないのだが。

「……なら、あなたのやり方はどうなの」

「俺のやり方?」

 雪ノ下の問いに思わず食い気味に答えてしまった。勿論それに対する回答だって用意している。

「生徒会長をやりたくない一色を説得して応援して、一色がやる気になってくれた。完璧だとは思わないか?まるで一色の担任の妄言が実現したみたいじゃないか。誰も傷ついていない。一色は生徒会長選から逃げない道を自分から選んだ。自分の後釜がやる気のある人間だから城廻先輩だって安心出来るだろう。一色の担任もあれだけ一色を推薦していたんだ。これで他の人間が生徒会長になって顔に泥を塗るようなことにはならない。信任投票だけなら『学校の仕事』の量も少ないから先生も楽だろ。ほら、完璧じゃないか。必ず誰かを傷付けていたあの時と違うんだよ。少しずつ小さく、少なくして、それが今回の結果だ」

 それまでの自分のやり方の悪いところを認識し、必要以上にその点について今までと今回の差を説明する。こう説明すると進歩したように感じるのは俺自身だけではないはずだ。

「そう言えば、お前。さっき面白いことを言っていたな。『わかるものとばかり、思っていたのね……』ねぇ……。なあ、雪ノ下。お前、生徒会長になりたかったのか?」

「……それがどうしたのかしら。私が生徒会長になりたがっていたところで、何か問題があるのかしら」

「大有りだろ。なんだ、お前は一色の依頼にかこつけて自分の欲望を満たそうとしていたのか。一色の依頼を解決するためではなく、自分が生徒会長をやりたいという理由のために今回の依頼を受けていたのか。そんな人間に悩みを依頼してしまう一色も災難だったろうに」

「ヒッキー!ゆきのんは、そんなつもりじゃ……」

「由比ヶ浜も似たようなもんだろ。雪ノ下がいなくなったら部活がなくなるからなんて理由で、能力も足りず、誰かからの助けを前提に生徒会長になるだなんて」

 俺も『奉仕部の』勝負に勝つためにこの依頼を、この解決方法をやってるんだから五十歩百歩だが、わざわざそれを言う必要もない。スポーツの試合じゃ相手のファウルに審判が気付かなければ指摘するが、自分のファウルが指摘されなければ無視するのは普通だからな。

「さて、平塚先生。俺が思うに雪ノ下も由比ヶ浜も依頼者の悩みを聞き、救うという行為を行う人間に値しないでしょう。なんせ他者を見下し、依頼者を理解せず、救うように見せかけて自分の欲望を優先させているのですから。それでもまだ続けるというのであれば、これは平塚先生の言う『正しさ』や『自らの正義』なんかじゃない。悪だ」

「しかしだな比企谷。結論を出すにはまだ早いんじゃないか?彼女も人だ。間違えることもあるだろう。そこで改め、直していくことが大切なんじゃないか?」

「ええ。それは勿論。俺も平塚先生にそんなことを言われましたね。良かったな雪ノ下。お前も、『いつも見下していた俺』と同じだったんだな」

「……ッ」

「ヒッキー!」

「でも、まあ一度勝敗を決めておいたほうがいいんじゃないんですかね。雪ノ下も由比ヶ浜もここがお互いの正しさを証明するための決闘場で、俺たちがお互いの正しさを証明するために戦うグラディエーターであることを理解していない。最初に、平塚先生がそう定義したというのに。由比ヶ浜は性格上、あるいは入ったタイミングの関係で仕方なくもないですが、雪ノ下はヒドイ。なんせ、今回の依頼の最初に『意見が割れてもなんら問題ない』だの『同じやり方を取る必要はない』なんて言った。にも関わらず『わかるものとばかり、思っていたのね……』なんて、まるで俺たちが雪ノ下を理解して勝ちを譲らなかったことに疑問を感じているみたいなこと言ってるんで」

 雪ノ下も由比ヶ浜も動けないでいるようだ。平塚先生だけが、冷静に『独断と偏見』によって審議しているのだろうか、瞑目している。

「……ふむ」

 勝負の結果が、出る。

「比企谷の言い分を認めよう。勝者は、比企谷とする」

 俺と、雪ノ下、由比ヶ浜の顔が三様に歪む。俺のそれは愉悦だが、彼女たちのそれは、どういう心境を表しているのだろうか。俺が敗北していたなら、勝利を目指して戦い、それでいてなお負けたことに対する悔しさに顔を歪めていただろう。

「ありがとうございます」

「正直なところを言えば、今、勝敗を決めるのは本意ではなかった。勝者は君たちで誰もが理解、賞賛されてほしかった以上、こうして彼女たちと線を引いてしまうのは望ましくなかった。だが、比企谷の努力と進歩によって、今までの誰かが傷付く方法を改善し、そして0にしたことは認める。それが君の勝因だ」

「……はぁ」

「……あぁ、そうだ。比企谷、君には命令権があるぞ」

 ああ、そう言えばそんなのがあったな。あれには興味がないからすっかり忘れていた。まあ、使えるというのであれば使わせて頂こうではないか。

 

「じゃあ、俺からの命令は――――」

 


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