心を穿つ俺が居る   作:トーマフ・イーシャ

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結衣「あたしだって、ヒッキーを守りたい」

 ヒッキーに同情はやめろと言われた。

 

 それからあたしはヒッキーから逃げるように部活を休んだ。

 

 あたしはそんなつもりはなかった。けど、職場見学でヒッキーにそう言われた。あたしはヒッキーのことが好き。だからヒッキーといっしょにいたい。ヒッキーにはあたしを好きになってほしい。ヒッキーに選ばれたい。だから……といっちゃうと下心で男の人に接する嫌な女みたいだけど、それでも、同情で優しくしてるんじゃない。でも、ヒッキーはそんなあたしを拒絶した。あたしは間違ってるの?ヒッキーに優しくするのは、ダメなの?どうして、あたしの気持ちを知ってくれないの?どうして、同情なんかじゃないって、分かってくれないの?

 

 東京わんにゃんショーで、ヒッキーとゆきのんがデートしてた。

 

 その時は、逃げるようにして帰るしかなかった。家にまっすぐ帰って、ベッドに寝そべったら、涙が零れてきた。ヒッキーがあたしを選んでくれなかったことが悲しかった。ゆきのんに負けたことが悔しかった。そして何よりも、友達のゆきのんとヒッキーが結ばれたことをすなおに祝福出来ない自分が嫌だった。

 

 月曜日、部室へと向かう。あたしがいなくなれば、ヒッキーとゆきのんはこの部室に二人きり。あたしは空気を読んで、消えるべきなんじゃないかとずっと思ってる。でも、ヒッキーといっしょにいたいって気持ちは本物。でも、ゆきのんのことも大切。あたしは、どうするべきなの?

 

 けど、あたしは空気を読むしか出来ない。だから、あたしは自分の気持ちを隠して、ヒッキーとゆきのんを祝福する。そして、消える。そうしないと、あたしじゃないから。空気を読まないあたしなんて、あたしじゃない。

 

 

 

 

 

「じゃけぇ、勝負そのものをなかったことにするか、我が確実に勝てるもので勝負したいんじゃ。だからそういう秘密道具を出してよ、ハチえもん」

 部室にいきなりやってきた中二はヒッキーに縋り付きながらキモイこと言ってる。いや、言ってる意味ぜんぜん分かんないんだけれど、キモイのは分かる。

「悪いが断る。今回のは明らかにお前に原因があるだろ。刺される覚悟がないなら煽んな」

「はん、平社員の八幡に決定権などないことはすでに分かっておるわ!雪ノ下部長、奉仕部などと片腹痛い。目の前の人間一人救えずになにが奉仕か。本当は救うことなど出来ぬのだろう?綺麗ごとを並べ立てるだけでなく、行動で我に示してみろ!」

「あ、材木座、バカ……」

「…………そう、では証明してあげましょう」

 ヒッキーと中二がガタガタ震えてる。キモイ。ていうか、結局依頼引き受けるの?ヒッキー断るって言ってたのに?

 

 後にして思えばこのとき、もし仮にヒッキーが、『彼女なんていない』、『誰とも付き合っていない』……なんてことでも漏らしていればもう少し優しい未来が訪れたのかもしれない。もしそんなことでも漏らしてたら、もう少しあたしはゆきのんたちを信じれたのかな。誤解は解けていたのかな。元に戻るきっかけがあったのかな。

 

 

 

「じゃ、行くか……」

 あたしたちは遊戯部部室の前に立っている。

「……お前は、どうする?」

 ヒッキーがあたしを気に掛けてくれている。すごく嬉しい。けど、あたしはこれを受け入れてはダメなんじゃないかって思う。だって、ヒッキーは……。

「行く、けど……ねえ、ヒッキーってゆきのんと……」

 付き合ってるの?とは聞けなかった。だって、それを聞いて、はいって言われたら、あたし泣いちゃいそうだから。

「俺と雪ノ下がどうかしたのか?」

「……ううん、なんでもない。行こ」

 だからあたしはこの気持ちを心の奥底に閉じ込めておかないといけない。吹きださないように。吹きだしたら、ヒッキーもゆきのんもきっと、その、困ると思うから。

 だから、私は空気を読んで何も言わない。

 遊戯部部室の中には本や箱が大量に積み上げられてて、その奥に二人の男子生徒がいた。上履きの色からして、一年生。

 話を進めた結果、一年生たちとダブル大富豪なるゲームをすることになった。二人ペアで大富豪をするみたい。となると、この四人でペアを二つ作るには……

「ゆ、ゆきのん一緒に……」

「何かしら由比ヶ浜さん」

 いや、ヒッキーとゆきのんは付き合ってるんだから、この二人がペアを組むべきだと思う。空気を読むなら、そうするべきだと思う。あたしはゆきのんとペアになりたかったけど、我慢しないと。

「ゆ、ゆきのんは、ヒッキーとペアを組んだらいいと思うし!あたしは、その、中二とペアを組むから!」

「ふうおおおおおええええ!!?八幡、これ、フラグちゃうん?我、いつのまにフラグ立ててたん!?」

 中二がなんかキモイこと言ってる。正直、あたしも中二と組みたくはないけど、友達として、ゆきのんとヒッキーのことを応援するべきだと思う。辛いけど。ゆきのんとヒッキーが仲良くなっていくのを見てるのも、中二と組むのも。

「……由比ヶ浜さん?その男に脅されているのかしら?」

「ヒィ!我、そんな、女子を脅すとか、してないし!」

「材木座がパニックになりすぎて由比ヶ浜の口調が移ってんじゃねえか……。あれだ、俺と材木座が組むよ。そんで雪ノ下と由比ヶ浜がペアを組む方が自然だろ」

「まあ、それが自然よね。私、比企谷くんの思考を読むとか嫌だもの」

「お前、しょっちゅう俺の心読むけどな」

「八幡!我、八幡にもフラグ立てたん?八幡も攻略対象キャラなのえ!?」

「それどこの方言だよ……」

 ヒッキーに気を使わせちゃった。二人は付き合ってるのに、あたしのせいで……。

 

 

 

「いやー秦野くん、負けちゃったねー。しまったー」

「そうだなー。相模くん。油断してしまったー」

 一回目のゲーム。あたしたちは遊戯部ペアに勝った。けど遊戯部の人たちはなんか楽しそう。なんで?

「困ったね」

「困ったな」

「「だって、負けたら服を脱がなきゃいけないんだから」」

 遊戯部の二人はベストをしゅっと脱いでしまった。

「なっ!?何よそのルールっ!」

 あたしは遊戯部の二人に猛こーぎする。けど、全く取り合ってくれない。

「ゆきのん、もう帰ろうよ、付き合うのアホらしいし……」

「そう?私は構わないけれど。勝てばいいのだし。それに勝負する以上、リスクは当然だわ」

 あたしは驚いた。ゆきのんがこういうのに付き合うことが。服を脱がされるのが怖くないの?ヒッキーと付き合ってるんだから、女の子が付き合っている男の人以外の男の人に肌を見せるようなそういうことするべきじゃないと思うのに。

「問題ないわ。このゲーム、ローカルルールの多さ――」

 ゆきのんが良く分からないことを言ってる。ヒッキーに視線を送るも、お手上げみたいな顔されて何も言わない。ちょっと苦々しい表情をしてるけど、どうしようもないみたい。

「さあ!はよう!はよう始めようではないか!」

 中二がせかしてる。もうすでに脱衣ルールを認める空気になっていた。こうなったらあたしには何も出来ない。あたしは、空気を読んで合わせることしか出来ないような、そういう人間だから。

 

 

 

 第五戦目。ヒッキーはもうパンツ一枚だけ。

「よし……。絶対に、勝つ……」

「ぷひゅるー!パンツいっちょの人がなんかかっこつけてゆー!」

 ヒッキーの発言に中二が爆笑する。見渡すと、遊戯部の二人も笑うのをこらえてる。ゆきのんも肩をぷるぷる震えている……。

 なんでゆきのんがぷるぷるしてるの?付き合ってる相手がパンツ一枚になって恥ずかしがってるのに、なんで彼女のゆきのんは笑ってるの?というか、例え付き合ってなくてもゆきのんが笑うのはおかしくない?

「誰のせいでこんなことになってると思ってんの……?」

 思わず口から声が漏れる。ヒッキー以外のみんなが肩を震わせながらこちらを見る。あたしだって、肩が震える。でも、笑うのを堪えているからじゃない。怒るのを堪えてるから震えてる。

「由比ヶ浜さん……どうしたのかしら?……くくっ」

「誰のせいでヒッキーがこんなことになってるのって言ってるの!」

 思わず、叫んでしまう。目から涙が零れてくる。でも、止まらない。心の奥底に閉じ込めていた何かが吹きだしてしまう。ゆきのんへの暗い気持ちが。

 みんなが笑いをこらえるのをやめて驚いた表情でこっちを見る。

「誰のせいって、それは、負けた比企谷くんに決まって……」

「全部ゆきのんのせいじゃん!」

「……面白いことを言うわね。私のせい?」

「そうじゃん!ゆきのんが勝手に脱衣ルールを受け入れたのが原因じゃん!あたしが止めたのに聞かないで、ヒッキーの意見も聞かないで勝手に進めて、全部ゆきのんのせいじゃん!」

「それは違うわ。ゲームマスターは遊戯部の彼らよ。つまり、ルールを決めるのは私ではなく彼ら。脱衣ルールの有無を確認していなかった私たちに非があるわ」

「でも、意見する権利くらいあったはず」

「それは違うわ。ゲームが開始された時点で……」

「それに、ゆきのんはこの依頼を勝手に受けた。ヒッキーが一度止めたのに、中二に乗せられて、勝手に」

「あんな奉仕部を侮辱するような言い方をされて私に黙っていろと言いたいの?」

「そうだよ。ゆきのんの負けず嫌いのせいで、依頼を受ける羽目になったんだよ?ヒッキーもあたしも巻き添えになって。奉仕部で受けないほうがいい依頼を。そのゆきのんの勝手な発言のせいで、ヒッキーがこんな目にあってるんだよ?それを見てゆきのんは笑ってる。遊戯部の二人が笑うのは分かる。中二が笑うのも分かる。奉仕部じゃないから。でも、ゆきのんは違う。ヒッキーが断った依頼をゆきのんが勝手に受けて、あたしが反対した脱衣ルールをゆきのんがやめさせないから、ヒッキーはああして服を脱いだ。それなのに、ゆきのんは笑うんだ」

「おい、由比ヶ浜。俺が負けたからこうなったんであって、俺は別に……」

「ヒッキーは黙ってて。ヒッキーはああして気を使ってくれてるけど、ゆきのんは笑うんだね。ゆきのんの……けーそつ?な行動でこんなことになってるのに。最低だよ、ゆきのん」

「由比ヶ浜さん、違うわ」

「何が違うの?もしあたしが中二と組んでたら、今のヒッキーみたいに下着だけになってたのはあたしかもしれないんだよ?ヒッキーが下着だけになってみんな笑ってるけど、あたしがああなってもゆきのんは笑うの?」

「そんなわけないでしょう!私が由比ヶ浜さんを笑うなんて、そんなことするはずがないじゃない」

「ならヒッキーのことは笑ってもいいの?」

「!!!」

「ヒッキー、帰ろう。こんな依頼、あたしたちまでやる必要ないよ」

 ヒッキーは何も言わない。けど、みんなはやいやい言ってくる。

「八幡!我を見捨てるのか!」

「ヒッキーは最初から断ったし。ヒッキーに纏わりつかないでよ、キモイ。依頼を引き受けたゆきのんに纏わりつけし」

「ちょっと先輩方?仲間割れは終わりましたか?次に行ってもいいですか?」

「うん、終わったよ。それじゃ、あたしたちは帰るね」

「ちょっと待ってください。ペアが解散するってことはゲームは先輩方の負けってことでいいんですよね」

「しらないし。ゆきのんと中二がペアを組んで続けてればいいし」

 改めてヒッキーに向き合う。

「ヒッキー、行こう。中二が変な依頼持ち込んで、ゆきのんが勝手に受けたんだから、あたしたちまで巻き込まる必要ないよ。きっと、ゆきのんはゲームの実力も体にも自身あるからいいんだろうけど、あたしはそこまで頭にも体にも自身ないからさ」

 あたしは立ち上がり、ヒッキーの手を取って部室を出ようとする。けど、ヒッキーはそこから動かない。

「俺は、その」

「……ヒッキーはここに残るつもり?」

「まあ、依頼受けちまったし、ほっとけないだろ、ざいも」

「ゆきのんが?ゆきのんと付き合ってるから?」

「え?」

「ゆきのんとヒッキーが付き合ってるから、心配だから、ここに残るの?」

「いや俺と雪ノ下は付き合ってなんか……」

「ヒッキー。ゆきのんはダメだよ。きっとまたこうやって一人で暴走する。ヒッキーは優しいから、きっとヒッキーが一人でゆきのんを傷つけないように何とかしようとするんだと思う。それじゃダメ。だから、あたしじゃダメ?」

「おま、それ……」

「行こう、ヒッキー」

 あたしはヒッキーの腕を無理やり引っ張って衝立の後ろまで連れてきて、ヒッキーに制服を渡す。着替えながらヒッキーはゆきのんたちに聞こえないくらい小さな声で話しかけてくる。

「どうしてあんなことをした」

「ヒッキーは笑われていいの?」

「別に。笑われることくらい慣れてる」

「そうなんだ。あたしは嫌。ヒッキーが笑われるのが」

 着替え終わったヒッキーとともに部室をでる。後ろで何か言ってるが、もう知らない。バイバイ、ゆきのん。あなたはいつかヒッキーを傷つける。今回みたいに、勝手に暴走して。だから、あたしがヒッキーを守るよ。

 遊戯部部室の帰り道、ヒッキーが話しかけてくる。

「……雪ノ下は、あれでいいのか?雪ノ下は、お前の誕生日を心から祝おうと、よりを戻そうと……」

「いいの。ゆきのんはヒッキーを笑った。あたしの好きな人を笑った。だから知らない」

「……由比ヶ浜は優しいな。だが、それは同情か?俺が由比ヶ浜の犬を助けて入院して、ぼっちになったからか?それはやめろと……」

「違うよ。あたしがヒッキーが好きだからだよ」

「……罰ゲームか?」

「違う、違うよ。……でも、今はそれでいい。それでいいんだ」

「そうか……そういってくれると、助かる」

 ヒッキーはあたしの気持ちを同情と言った。ぼっちになったのがあたしのせいだから、そうやって優しくしているのだと。それは違う。あたしはヒッキーのことが好き。だから優しくしたいし、守りたいの。ヒッキーはきっとすぐにそれを信じないと思う。だから、例え誤解されても、拒絶されても、それでもあたしは、ヒッキーに優しくするよ。同情ではなく、そうしたいから。あたしがヒッキーに優しくしたいから、ヒッキーに優しくするんだ。

 

 そのために、もう友達じゃなくなったゆきのんから、あたしはヒッキーを奪うよ。

 


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