心を穿つ俺が居る   作:トーマフ・イーシャ

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八幡「一色。誕生日、おめっとさん」
いろは「ありがとうございますー!」
八幡「誕生日記念SSも沢山投稿されてたな」
いろは「それなんですけど、わたしは言いたいことがあるんです!投稿してくれるのはありがたいですけどなんでみんなはちいろなんですか?わたしは本編では葉山先輩が好きってことになってるんですからはやいろがあってもいいじゃないですかー?」
八幡「仕方ないだろ……。はやいろが存在しない。それはなぜか。それには三つの要素が存在するのである」
いろは「なんですか急に……キモいですよ……それで?なんなんですか?」
八幡「キモいとか言うな……一つ目の要素はSSだということだ。別に必ずしも本編と設定を合わせる必要なんてないからな。書きたいものを書いた。その結果がこれだったってことだ」
いろは「なるほど」
八幡「二つ目に、あれだ。一色が人気があるからだろ」
いろは「なんですか口説いてるんですかこんなところで急に言われても心の準備もムードもないので今はまだ無理です」
八幡「お、おう。脈絡なく急にぶっ込んできたな。対応に困るわ」
いろは「それで、もう一つはなんですか?わたしのSSが投稿される理由は分かりましたけど、それじゃ葉山先輩がわたしの相手じゃない理由が分からないですよ」
八幡「ああ、簡単だ。おまえと逆なだけだ」
いろは「逆?」

八幡「ああ。葉山が人気ないからだろ。つまり、はやいろに需要がないんだよ」


つまり、一色いろはとは新しいツンデレの形なのである。

 

「俺は、本物が欲しい」

 

 クリスマスイベントの会合が休みであることを先輩に伝えるために奉仕部の扉をまさにノックしようとしたわたしは、その言葉を聞いた。いや、聞いてしまったと言うべきか。

 思わずノックしようとした手を下げて、数歩後ろへと下がる。そのあと、雪ノ下先輩が部室から出てきて、わたしに気付くことなく走り去り、階段を上がっていった。

 事体がうまく飲み込めないで呆けていると、遅れて先輩たちが出てきた。

「あ、先輩……あー、あの声かけようと思ったんですけど……」

 どういう状況なのかは理解出来ないけど、何かあったことと、切羽詰まっていることは理解出来た。

「いろはちゃん?ごめん、また後でね」

 由比ヶ浜先輩が断りを入れて、走り去ろうとする。

「せ、先輩、今日会合休みですから!それを言いに……。あ、あと、」

「ああ、わかった」

「話、最後まで聞いてくださいよ……。雪ノ下先輩なら上です!上!」

「悪い。助かる」

 混乱している状態だったけど、どうにかそれだけは伝えることが出来た。先輩たちは今度こそ走り去っていった。

 本物……。本物って、なんだろう。もちろん辞書通りの意味ではないことくらい分かる。先輩は、それを欲していた。あんな、扉越しでも分かるくらい嗚咽交じりの声で吐露するくらいに。

 わたしは先輩のことをそこまで詳しいわけではない。むしろ、利用するのに必要な情報以外は、知ろうともしなかったくらいだ。捻くれていて、変なところで真面目だったり不真面目だったり。知ってることなんて、そんなくらいのことでしかない。それでも、かなり意外だった。なんというか、キャラに合っていない。

 あの先輩がそこまで欲している本物。では、わたしはどうなのだろうか。

 先輩は、わたしのことをあざといといった。言われた時は面白くなかったけど、今なら納得がいく。

 自分のステータスのことを一番に考えて、男子に愛想を振り撒き、女子と仲良くしたり水面下で対立したり、いろいろ計算してやってきた。

 葉山先輩のことも、結局はステータスの向上が理由だ。確かに、イケメンで運動も勉強もできてクラスどころか学校の人気者。わたしだって女の子だ。そんな人間とお付き合い出来ればって考えたこともある。少しくらい、憧れたりもする。けど、本気で好きかと聞かれると、はいとは言えない。やっぱり、そんなスゴイ人と付き合っているわたしってスゴイ。そう思われたいから、ステータスを向上させたいからという理由が一番だと思う。

 きっと、それって本物じゃない。良く分かんないけど、本物って、もっと、こう、……。

 ああ!もう、分かんない!なんなの本物って!それってそんなにいいものなの!?

 ……先輩は、雪ノ下先輩のところに着いたかな。本物を手に入れたのかな。先輩のくせにわたしが持っていない本物を持っているなんて、なんか生意気。

 ……あんなこと言われたらわたしだって、本物が欲しくなるに決まってるじゃないですか!わたしだって、踏み込んでやるんだから!

 

 

 

 わたしは今、ディズティニーランドで葉山先輩とパレードを見ている。周囲には多くの人が騒いでいるのに、耳には葉山先輩が白い息を吐く小さな音しか聞こえない。葉山先輩以外のものがフィルターでもかかっているかのようにぼやけている。まるでここにはわたしと葉山先輩しかいないみたい。

「……葉山先輩」

「ん?なに?」

 今日、わたしは踏み込む。葉山先輩と、本物になりたいから。

「わたし、葉山先輩のことが好きです……わたしと、付き合ってください……」

「…………ごめん」

 ひくっと、わたしの喉がなった。

「……どうしてですか?三浦先輩がいるから?……それとも、雪ノ下先輩?」

「…………すまない」

 本物へと伸ばした手は、あっけなく払いのけられてしまった。

「……や、やだなぁ。冗談ですよ。そ、それじゃあ、わ、わたし、ちょっと用事を思い出したんで、失礼しますね」

 わたしは、嗚咽交じりの声で何とかそれだけを言いきると、逃げた。だって、どうしたらいいか分かんないんだもん。

 

 

 

「はー……。駄目でしたねー……」

 わたしと先輩以外誰もいないモノレールの車内で、私は呟く。

「……いや、お前、今行っても駄目なことくらいわかってたろ」

 確かにその通りだ。けど……。

「……だって、しょうがないじゃないですか。盛り上がっちゃんたから」

「意外だな、お前はそういう場の雰囲気とかに振り回されない奴だと思ってたぞ」

 ……確かに、あの時の私は、結構先走っちゃったけど、先輩にはなんか言われたくない。全く、誰のせいでこんなことになったと思っているんですか。

「……わたしも、本物が欲しくなったんです」

 先輩が顔を赤くして額を手で押さえている。わたしは、そんな先輩を見て、にやにやと少し意地の悪い顔をしていると思う。

「だから、今日踏み出そうって思ったんです」

 まあ、その結果、踏み崩してしまったわけだけど。でも、なぜかそんなに辛くないし、思ってたより気が楽だ。

「その、なに。あれだな、気にすんなよ。お前が悪いわけじゃないし」

 なんか急に慰められた。そのためか少し頭が落ち着いた気がする。

 恐らく告白してからずっとハイだったんだと思う。頭が落ち着くと、告白したこと、そしてモノレールでの会話が頭をフラッシュバックしてきた。なにこれ!?なんかすごく恥ずかしいんですけど!

「なんですか傷心につけ込んで口説いてるんですかごめんなさいまだちょっと無理です」

 思わず早口になってしまう。

「ていうか、まだ終わってませんし。むしろ、これこそ葉山先輩への有効な攻め方です。みんなわたしに同情するし、周囲も遠慮するじゃないですかー?」

「すごいな、お前」

 口から嗚咽が漏れ、鼻を啜ってしまう。告白が失敗して悔しい。わたしが選ばれなかったことが悔しい。そのはず。だけどなによりもこうやって先輩に愚痴って、言い訳して、強がって、慰めてもらってるのが一番悔しいし、惨めだし、そして嬉しい。

 それでも、わたしは、涙をこらえて、先輩に顔を近づけて、耳元で囁いた。

「責任、とってくださいね」

 そして、精一杯の小悪魔フェイスで微笑んだ。

 

 

 

 家に帰って、お風呂に入って、パジャマに着替えて、布団に入る。

「ああ」

 まくらに思いっきり顔を埋めて、わたしはうめいた。

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 すっごく恥ずかしい!なにこれ!わたし、どうなってたの!?なにしたの!

 モノレールで先輩にいろいろ言っちゃって、泣いちゃって、挙句の果てには『なんですか傷心につけ込んで口説いてるんですかごめんなさいまだちょっと無理です』って……。

 まだちょっと無理?まだ?それって、つまり、今はともかく、いずれは……。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 まくらに顔を埋めたままベッドの上を転がる。わたし、恥ずかしさで死んじゃうんじゃないの!?

 ごろごろして、ちょっと落ち着いて来たら、ここである疑問が生まれた。

 今思うと、葉山先輩に振られたことはそれなりにショックだったけど、今はそんなに気にならない。というより、先輩のほうが気になる。

 考え直すと、葉山先輩に告白したのって、葉山先輩と本物になりたかったというより、本物にするなら葉山先輩のほうが都合がよかったから、そう思える。葉山先輩が本物だったらいいなって、そんな感じの気持ち。そんなわたしの気持ちって、本物じゃない気がする。

 なら、本物って?つまり、ステータスとか都合とか関係なく、わたしが好きな人が本物?都合がいい人を本物にするんじゃなくて、本物だと本心から思える人こそが、本物なの?……じゃあ、わたしにとっての本物の人ってなに?わたしの好きな人って、誰?

 思い浮かべたのは、捻くれていて、目が腐っていて、それでいて、わたしを助けてくれて、わたしが頼っている、あの人の顔。

 さっきまでベッドの上をごろごろしていたのが、ぎったんばったんとベッドの足が悲鳴を上げるぐらい飛び跳ねてしまう。

 わたしは、先輩のことが好き。わたしは、先輩と一緒に、本物を見つけたい……。

 それを自覚すると、さっきまで暴風雨が吹き荒れていたわたしの心の中に、満たすような安心感が生まれた。さっきまでボルテージが上がっていたわたしの頭は、ぬるま湯をかけられたかのようにゆっくりとクールダウンしていき、ついにはその日の稼働を諦めて眠ってしまった。

 

 

 

『えっと、これ集められた理由ってなんですかねー』

『わたし的に、しょぼいのってやっぱちょっといやかなーって』

『なんで二人ともああいうこと言っちゃいますかねー、雰囲気最悪ですよー。このイベントなくなるかと思ったじゃないですかー』

 明日になってみると、案外わたしは変わってなかった。少なくとも、他人から見れば。葉山先輩を狙ってるアピールはまだ続けているし、奉仕部の先輩たちはこきつか……協力してもらってる。

 雪ノ下先輩はなんだか棘が抜けたように見える。由比ヶ浜先輩は笑顔に無理をしているような不自然さがなくなった。

 二人とも、女性のわたしから見てもかなり魅力的になったと思う。やっぱり、先輩が心中を吐露したことが二人に何かしらの心情の変化を生み出したのだろう。実際に心情が変化したわたしがいうのだから、間違いない。

 それでも、わたしだって、先輩と本物になりたい。わたしだって、二人には負けないんですからね!!!

 

 

 

 こうして、クリスマスイベントは、無事、問題もなく幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 葉山先輩と雪ノ下先輩が付き合っているらしい。

 新学期。教室に入ると、口々にわたしにそれを伝えてくる。ひっきりなしに噂を流す口はニヤついている。なに?わたしが葉山先輩に選ばれなかったことがそんなに嬉しいの?

 わたしがまだ葉山先輩が好きアピールを続けるのは、生徒会長として今までのステータスを維持するためと、そこらの男子からの告白を諦めさせるためである。

 生徒会長である以上、ある程度の人望は必要だと思う。わたしが葉山先輩に振られたとかぼっちのさえない先輩と付き合ってるとか、そういうスキャンダルはあまり望ましくない。不本意だが、葉山先輩と近しいというのは、それだけである程度のステータスとなるのだ。

 わたしが葉山先輩を狙っているのを男子が知っているというのは、面倒な告白を回避するためにもなかなか便利だ。葉山先輩より自分が上回っているなんて思ってる男子なんて少ない。だから、男子には『あの先輩にはかなわない』と思わせることが出来る。まあ、明らかに劣っているくせにプライドだけは高い男子がいないわけじゃないけど。

 そんなわけで、いつも通りに適当に会話を合わせたり、無駄に葉山先輩を狙ってる他の女子を牽制したりと、いつも通りの可愛い可愛い小悪魔いろはちゃんで過ごした。

 

 

 

「おめでとうございますー」

 放課後、奉仕部では雪ノ下先輩の誕生日のお祝いをしていた……。わたしに黙って先輩とパーティーだなんて。お二人がた、抜け駆けはこのいろはちゃんが許しませんよー!

「ていうか、わたしも初詣呼んでくださいよー」

 ホントですよ!このわたしをのけ者にするなんて、先輩のくせに、生意気!

「なんでお前を呼ばなきゃいけないんだよ」

「だって、初詣みんなで行ったんですよねー?なら、当然葉山先輩も」

 あ、いつもの癖でつい葉山先輩のこと聞いちゃった。

「いや、あいつとは一緒じゃないから……」

「ですよねー。じゃあ、やっぱりいいです」

 やっぱりっていうか、最初からそんなに興味はなかったけどね。

「あ、そういえば」

 一つ気になることがあったんだった。

「雪ノ下先輩って葉山先輩と付き合っていたんですかー?」

「はい?」

 雪ノ下先輩が首をかしげる。その反応だと、噂は事実無根みたい。出来れば、事実だったらいろいろと都合がよかったんですけどねー。ほら、競争率的な意味で。あ、でも、葉山先輩を狙ってた有象無象が今度は先輩に群がるかも!それはダメ!ダメったらダメ!……そんなことあるわけないか。

「まあ、その、なんだ。良かったな、一色。葉山はまだフリーだぞ」

 先輩がなんかわたしをフォローしてくれた。いや、今となっては葉山先輩なんてどうでもいいんですけど。それより、先輩がフリーなのかどうかのほうが気になります!

「まあ、そうですねー」

 わたしは適当に返事を返しておいた。

 

 

 

 放課後。わたしはまたしても部室を訪れていた。

「まぁ、先輩ですしねー」

「で、なんでまたいるわけ?」

 先輩ヒドッ!こんなに可愛い可愛い後輩が来ているのに、そんな扱いするなんて!わたしの心が荒廃しちゃいます!後輩だけに!

 ……いまのはないよね。うん。

「今日はちゃんと相談があってきたんです」

「生徒会の手伝いならもうしないぞ」

 即答されてしまった。わたし、そんな風に思われてるの?ちょっとショック。

「……そうですか」

 チッ。今日は生徒会のみんなは帰ってるから、二人っきりになれるチャンスだったのに。

 まあいいや。さっさと相談して、それから先輩を生徒会室に連行しよっと。

「なーんかですね、葉山先輩にちょっかい掛けるの結構増えてるみたいなんですよ」

「ちょっかいって?」

「まあ、ぶっちゃけ告るとか。そこまではいかなくても、確認だけして、アピールみたいな」

 いや、本音としては葉山先輩がちょっかい掛けられても、告白されても、その結果誰かと付き合ったりしてもさして興味はないんだけど。でも、告白したりアピールしたりしたことをいちいちわたしに聞こえるように教室で話すのはうっとおしくて仕方がない。

 先輩がたは、みんな頭の上にクエスチョンマークを出している。どうやら、確認とかアピールなんかがよく分からないみたいだ。ふむ。ではこの小悪魔いろはちゃんが実践してみせましょうか。

 わたしは咳払いして、体を先輩へと向けて、告げる。

「先輩……。今付き合ってる人って、……いますか?」

 先輩の顔がみるみると赤くなっていく。

「いない、けど……」

 ……………………///

「ほら、こんな感じですよ、こんな感じ!」

 あああああああああああああああああああああわたしのバカー!!!照れくささに負けてるんじゃないですよー!そのまま黙ってればよかったのに!

 でも、先輩が今はフリーだって分かったし、結果オーライってことで。

「まあ、その、あれだ。そういうのは葉山だけにしろよな。軽々しくするもんじゃないと思うぞ、うん」

「…………当たり前ですよ」

 葉山先輩の名前が先輩の口から出てきて、さっきまで浮ついていたわたしの心は少し沈んだ。

 

 

 

 会議室にて、わたしは先輩を待ってる。進路相談会の準備を行うためだ。

 会議室の扉がノックされた。わたしはどーぞーと招き入れた。振り返ると、そこには先輩がいた。

「あ、先輩!」

 おそいですよ!なんて文句でも言おうとすると、後ろに奉仕部の先輩がたがいるのが見えた。

「と、お二人ともありがとうございます!」

 別に来なくてよかったんですけどねー。なんて思いつつも深々と一礼してしまう。わたしもなんだかんだでビジネスウーマンぶりが身に付いた気がする。え、社畜?やだなぁそんなわけないじゃないですかー。

 進路相談会の準備は順調に続いていたが、なんか雪ノ下先輩のお姉さんが現れて、そこからあの噂についての話になる。なんだかんだで、みんな噂大好きですね。

 もうすぐ進路相談会が始まる。そんなわけで先輩がたには退室してもらう。

「じゃ、一色。俺たち戻るわ」

「はい、ありがとうございました!」

「あ、それと……」

「はい?」

「葉山の噂については事実無根だ。両方から話を聞いた俺が断言する。それと、葉山の進路のほうも噂のほうも、奉仕部でどうにかするから」

「……………………………………………………………………………………そうですか」

 それだけ言い残すと、先輩は会議室を後にした。

 会議室は賑やかになっていくのに、なぜかとても静かで空虚に感じられた。

 

 

 

 

 

 葉山先輩と関わっていることは、素晴らしいステータスである。そう思っていた。いや、今でもそう思っている。あんな優良物件、そうそう落ちてない。

 けど、葉山先輩とはちがう先輩を好きになった。葉山先輩を高級マンションとするなら、その先輩は木造の小さなアパート。お世辞にも優良物件とは言えないかもしれない。けど、そこには高級マンションのエアコンから機械的に流れる温風とはちがうぬくもりがある。わたしは、その本物のぬくもりが欲しいんだ。

 先輩はきっと、『一色いろはは葉山隼人が好き』だと思っているのだろう。だから、いくら好意を向けても、先輩は相手にはしてくれない。それどころか、わたしが葉山先輩に近づけるようにいろいろと考えて行動してくれている。

 あれだけ欲しかった葉山先輩というステータス。それが今では邪魔なレッテルだ。そのレッテルが剥がれないかぎり、私は先輩の本物になることは出来ない。

 けど、今更『葉山先輩のことなんて好きじゃない』なんて言えない。恥ずかしいのもあるけど、それ以上に今まで先輩がわたしと葉山先輩をくっつけるために動いてくれていたことを否定する気がしたし、なんとなくだけど先輩はそうやって男を乗り換える女とかそういうのが好きじゃなさそう。それに、わたしのステータスが下がれば生徒会長としての人望が下がるかもしれない。可能性は低いが、その結果リコールなんてことになればわたしは奉仕部へ行くための大義名分を失ってしまう。

 

 ……どうしたらいいんだろう。

 

 

 

 

 

 先輩たちのスタートを見送った後、わたしたち生徒会は表彰式の準備を始めた。本来は表彰式なんてプログラムはこの学校のマラソン大会には存在しない。けど、わたしは自ら司会進行を引き受けてまで実施した。

 最初、生徒会でこの企画を立案したとき、わたし以外の生徒会役員はわたしに訝しげな視線を送ってきた。ホント失礼な人たち。まあ、わたしが自分からイベントを企画し、司会進行をするなんて意外だったのだろう。けど、わたしが『確かに生徒会主導で表彰式をすることになったら生徒会役員はマラソンには参加出来ませんねー』なんていったらあっさり表彰式に賛同してくれた。

 音響機器の整備をしたり、表彰によくつかうあの数字が書かれた階段みたいなやつを用意している。ホント、なんでマラソンなんてするんですかねー?こんな冬に寒い格好で生徒を走らせて学校は何がしたいんですかねー?まあ、わたしは走ってないんですけどね。

 やっぱり表彰式を企画して正解だったと思う。走らなくてすんだし、こうやって他人から見えるところで作業していればうらでサボってるとか言われる心配もないし。

 

 ……ただ、一つだけ失念していたことがあった。こういうときにいつも出てくるあの人の存在を忘れていたことだ。

 

 

 

~折り返し地点~

 

『あの噂、気にしてるのか』

 

『はぁ?いや、そうじゃなくてだな……。ただ、まぁ、なに、なんだ。……なんか』

 

『ぷっ、ははははは』

 

『……何がおかしい』

 

『いや、悪い。そのことについてなら心配ない。ちゃんと終息させる』

 

『あー、そうなってくれると助かる。部室がピリついてるとたまらんからな』

 

~折り返し地点~

 

 

 

 ゴールの公園で待っていると、ランナーが帰ってきた。トップは、もちろん葉山先輩。

 葉山先輩はそのままトップでゴールした。

「やあ、いろは。おつかれ」

「葉山先輩お疲れ様ですー!一位なんてすごいですねー!」

 いつも通り、無駄に甘ったるい声を出して葉山先輩をねぎらう。もう手馴れたものだ。

「あとで表彰式と、そこでインタビューをするんでコメントを考えておいてくださいねー!じゃあ、わたしはこれで!」

「ああ、がんばってくれ」

 必要事項だけ伝えておいて、あとは仕事を言い訳にして葉山先輩のいる場所から離れる。なんかこれ、仕事の出来るビジネスウーマンというより、仕事に逃げる独り身の女みたいじゃない?

 

 

 

 

 

 生徒の七割近くがマラソンをゴールし終えた。先輩はまだ帰ってきていない。

「表彰式、始めませんか?」

 わたしは、副会長とこそこそ話す。

「え?全員がゴールしてないだろ?全員がゴールしてからのほうが……」

「だからですよ。すでにゴールした生徒は待ちくたびれていますし、どうせ全員ゴールしないとマラソン大会そのものは終わらないじゃないですか。だったら、今表彰式をやっておくべきだと思うんです。全員がそろってから表彰式を始めたらそれだけマラソン大会が終わるのが遅くなるじゃないですか。本来、このマラソン大会に表彰式はないのに、生徒会で無理言ってやってるんですから、表彰式で時間が延びるのはあんまり望ましいとは思えないんですよね」

「……そうなのかな?」

 副会長は納得がいっていないような、よく分かっていないようなそんな顔を浮かべながらも承諾してくれた。

 ホントは、先輩に見られたくないから。わたしが、葉山先輩と表彰式の檀上にいるのを。先輩がゴールする前になんとか終わらせたい。

 

 

 

「ではー。結果発表もすんだところですのでー、優勝者のコメントをいただきたいと思いまーす!」

 表彰式も大詰め。このコメントをもらったら終わり。わたしは、葉山先輩を檀上に上げる。

 ……と思ったら、視界のすみに今ゴールした先輩が見えた。あちゃー間に合わなかったみたいですねー。葉山先輩へマイクを渡すところは先輩には見られたくなかったですねー。まぁ、月桂樹の冠を渡すシーンを見られなかっただけよかったんじゃないですかねー。……なんて心の中で自分を茶化してでもしてないとやってられない。

「葉山先輩、おめでとうございますー!わたし、もう絶対勝つと思ってましたよー」

 わたし、なんかもうやけくそになってない?

「ありがとう」

「では、コメントをどうぞ」

 わたしはマイクを葉山先輩に渡して檀上から降りる。

 生徒から拍手と歓声、そしてHA・YA・TOコールが巻き起こる。なにこれ怖い。あと、戸部先輩がうるさい。

 葉山先輩がはにかんだような笑顔で手を振って歓声を鎮める。

「途中ちょっとやばそうな場面もあったんですけど、良きライバルと皆さんの応援のおかげで最後まで駆け抜けられました。ありがとうございます」

 うわっ、ザ・テンプレ。でも、それをサラッと言えるのがすごい。なにがすごいって、もう、ね。

 葉山先輩が一旦間を置き、その笑顔の中に少しの真剣さを含みながら告げる。

 

「特に優美子と、いろは……、ありがとう」

 

「はぁ?」

 

 あ、やば。声に出ちゃった。いや、でも、仕方ないじゃん!あんなこと言われたら、そりゃそんな反応もしちゃうって!

 生徒がざわついている。わたしのさっきの発言はマイクには入ってないから後ろのほうまでは聞こえてないかもしれないけど、前のほうの生徒はもしかしたら聞いてたかもしれない。

 わたしは副会長からもう一つのマイクを受け取り、取り繕うように小さく咳払いして、

「はい。ありがとうございますー。というわけで、優勝者の葉山隼人さんでしたー。はい、はくしゅー。……二位以下は別にいらないですよねー?」

 思わず焦ってしまって余計な失言を重ねてしまうが、無理矢理ごまかして進行を続ける。

 そんなこんなで無事、マラソン大会を終えることが出来た。

 

 

 

 マラソン大会が終わり、生徒はぞろぞろと帰っていく。生徒会役員は会場となった公園で後始末をしていた。『生徒会ってぜんぜん仕事してないよねー』とかいうやつ!今のわたしを見ろー!仕事してるとこ見てないくせに仕事してないとか言うなー!

「いろは、お疲れ」

「あ、葉山先輩。お疲れ様ですー」

 一瞥して適当に挨拶し、わたしは作業に戻る。

 わたしは今、音響機材の後ろで『あやとりでもしてたの?』ってくらいにぐっちゃぐちゃに絡まっているコードに悪戦苦闘している。手袋を外して中腰での作業はなかなか堪える。あー……こんなことなら……、

「表彰式なんてするんじゃなかったなー……」

 思わず呟いてしまう。いや、マラソンはしてないけど。

「…………なあ、いろは」

「?……なんですか?」

 コードを引っ張りながら、わたしは葉山先輩を見ずに言葉を返す。

「その……済まなかった」

「何がですか?」

「いや、その……表彰式のコメントのことなんだが……」

 珍しく葉山先輩が言葉を濁している。

「ああ、済みませんでした。わたしが途中で変なこと言っちゃって」

「いや、こっちこそ急に名前だして悪かったね。びっくりさせたかな?」

「まあ、びっくりっていうか、普通に引きましたけどね」

 

 あの時はホントに引いた。何ですかあの青春ドラマみたいなセリフ!わたしと同じくあのセリフを言われた三浦先輩は照れくさそうにもじもじしている。三浦先輩は葉山先輩が好きなことが一目で分かる。本来、あの葉山先輩にあんなセリフを言われたら誰だってあんな感じになるんだろうなって思う。

 

 もっとも、何もなければ。だが。

 

 わたしは葉山先輩に好きだと告白した。そして、葉山先輩はわたしをフッた。拒絶した。そのことについて、今更恨んだりとか蒸し返したりとかそんなことは考えていない。

 だけど、あのセリフはなに?まるで『いろはは俺のことが好きなんだろ』とでも言わんばかりのセリフ。かつてわたしの気持ちを知って、それでもわたしをフッておいて、そのセリフ?

 ジゴロとか女心が分かるとかそんないいものじゃない。わたしの気持ちを知っておいて、フッて、あんな思わせぶりなセリフ。完全に女心を弄んでいるようにしか思えない。

 

「……嫌だったかな?済まない」

「嫌っていうか、普通にセクハラですよねー」

「セクハラ……そんなつもりはなかったんだけどな」

 何となく分かる。葉山先輩ならあんなセリフを言っても様になるのだろう。あのときのセリフには自信がみなぎっていた。

 人、ましてや女子から敵意なんて向けられることなんてなかったと思う。顔よし性格よし家柄よしで女子なら誰もが葉山先輩を好きになるのだろう。女子からの告白も何度も経験してるだろうし、まさか葉山先輩自身も『自分が女子にはモテない』なんて思っていないと思う。例えいくら謙遜していても。でも……。

 コードをいじりながらあたりを見渡すと、ちらちらとわたしたちを見ている生徒が見える。表彰式であんなことがあったんだ。わたしと葉山先輩の関係を邪推して気になって見にきたとかそんなところだろう。

 ……これは使えるかもしれない。

「葉山先輩」

「なにかな?」

「わたしは葉山先輩に好きだと告白しました。そしてフラれました」

「……ごめん」

「いえ、そのことに関してはどうでもいいんですよ。けどね、女の子がみんな葉山先輩が好きだと思わないほうがいいと思いますよ」

「……そんなことは、思っていないよ」

「なら、どうしてあんなことを言ったんですか?」

「俺は、本心からいろはに感謝を言おうと思って」

 あんなことをサラッとやって受け入れられるなんて葉山先輩くらいだろう。あの先輩が同じことをしても気持ち悪がられるだけだと思う。だからああいうことをする。

 だって、やめてなんて言われたことがないのだろうから。例え嫌でも、民衆はその嫌という感情を出すことさえ許されないだろうから。

 そりゃあ、好きな人にあんなサプライズされたら嬉しいかもしれないけどさ。好きじゃない人からされても、ね?気持ち悪いだけ。

「嘘ですよね?なにか思惑があったんじゃないんですか?葉山先輩は自分の影響力を理解していますよね?だったら、あんな晒し者にするようなことしませんよね?」

「…………………………噂を終息させたかったんだ」

「つまり自分に女の影が噂されて、それを終息させるために別の女の影をちらつかせた、と」

「ちが、そんなつもりは」

「つまり葉山先輩は利用していたわけですか。わたしの心を」

 

 悪戦苦闘の結果すっきりとしたコードを束ねて、立ち上がり、葉山先輩の方へと振り向く。わたしはそこで言葉を区切って、そしてお得意の小悪魔的笑顔で告げる。

 

「一度フッておいて、それでも葉山先輩に甘くて優しい言葉を投げられてまた葉山先輩にしっぽを振るような、わたしがそんな安い女だと思わないでください」

 

 葉山先輩と、わたしたちの会話を聞いていたギャラリーの息をのむ声が聞こえた気がした。

 

 葉山先輩はわたしを使って噂の終息をしようとした。雪ノ下先輩ではない別の女の存在をアピールすることによって。きっと、葉山先輩が二股三股とか、女をとっかえひっかえしてるとか、そういう負の噂は流れないで、わたしが葉山先輩と仲がいいとかそういう噂で雪ノ下先輩との噂が塗りつぶされるのだろう。わたしとしてはたまったものじゃない。だって、あの先輩が振り向いてくれないから。だったら、別の噂を追加してあげますよ。葉山先輩は一色いろはの恋心を弄んで利用したっていう、噂をね。

 葉山先輩の存在というステータス兼レッテル。貼っていても剥がしてもわたしへのダメージは大きい。ならどうすればいいか。葉山先輩の存在そのものの価値を下げ、そしてそれを剥がす行為に価値が生まれるようにすればいいのだ。葉山先輩は『女心を弄んで利用する男』、わたしは『そんな男と決別したいい女』。

 葉山先輩のその笑顔、噂を聞いた人はどう思いますかね?その甘い笑顔の裏はどんなに黒いのかってみんな思うんじゃないんですかね?

 

「あ、せんぱーい!こっちです!」

 

 葉山先輩の後ろのほうに、副会長と何かを話している先輩の姿が見えた。わたしに気付いた先輩はよろよろとこっちに歩いてくる。

 

「遅いですよ先輩!じゃ、このスピーカーをお願いします。わたしじゃ持ち上げることも出来なくて」

「いきなり呼びつけておいて生徒会の仕事押し付けるなよ……。てか、俺、マラソンで転んでケガしてんだけど」

「なんですか慰めてほしいんですかごめんなさいここでは人目があるんでまだ無理です」

「……なんだ、人目がなければ慰めてくれんのかよ」

「そ、そんなわけないじゃないですか!先輩キモイですよ!いいからちゃっちゃと運んでください!わたしはコードを運ばないといけないんで!」

「へいへい……葉山とはもういいのか」

「いえ、もう大丈夫です!むしろ次はないくらいに」

「待ってくれいろは!俺は、あの言葉は、そんなつもりじゃ……」

 なんですか邪魔しないで下さいよかまって欲しいんですかごめんなさいもうぜったい無理です。

「先輩、行きますよ!」

「ちょ、ま、スピーカー、重っ」

 先輩がスピーカーを持ち上げると、よたよたと危なっかしい足つきで歩いてくる。葉山先輩は去っていった。スピーカーを危なげに運ぶ先輩のゆっくりな足取りに合わせて歩きながら、誓う。

 

 わたしは、先輩と一緒に本物を手に入れるんだから!例え二人ぼっちになっても、諦める気なんてないんだから!

 

 

 

 

 

「一色さーん!」

 先生の一人が大声を出して一色を呼んでいる。あ、一人って大勢いる先生の一人って意味だから!独り身って意味じゃないから!

「あ、はい!すぐ行きます!それじゃ先輩、ちょっと行ってきますね。あ!先に帰ったりしちゃ駄目ですからね!」

 それを言い残すと、一色は走って行ってしまった。

「……元気なやつだな」

 まあ、あいつはマラソンには参加していなかったから有り余っているのも分からんでもないが。

 先生たちと生徒会役員全員でテントの撤去をしている。さっきまでちらほらをいた生徒はもう帰ったようだ。手があいているのは俺と……。

「やあ、ヒキタニくん」

 こいつだけだ。

「葉山……。お前何してんだ?生徒会でもないんだからさっさと帰ったほうがいいんじゃないのか?」

「君だって生徒会に所属していないのに残っているじゃないか」

「俺は一色に残れと命令されたからいるだけだ」

「……そうか」

「そういえばお前、さっき一色に『そんなつもりじゃなかった』って言おうとしてただろ」

「ああ、そうだな。表彰式でしたことがセクハラだと言われちゃってね。そんなつもりは――」

「そんな言葉で自分を正当化するのはやめろ」

「正当化なんて、俺はそんなつもりは――」

「だからやめろと言ってるんだよ。修学旅行でも、折本といたときに雪ノ下たちを呼んだ時もお前はそう言ったよな?そして、今回も」

「だからなんなんだ」

「やっぱり俺はお前が嫌いだよ。俺の考えとはどこまでも反発しているからな」

「反発って、なにが……」

「人の心や感情を利用して何かをするなら、その後何が起こるかを予測しなければ駄目だ。俺は今までそうしてきた。俺がしたことでどうなるかはある程度予測していた。それでも、動く必要があったから動いた。だが、お前は考えなしに動いて、そんな言葉で失敗を誤魔化して、反省もせず、繰り返した。気にいらない。俺と似た手段を軽々しくつかっているのがな」

「そんなことはない!ちゃんと考えた。反省もした。それでも俺は、……」

「ろくに考えずに動いて失敗したと。お前、一色がどうなるか予測出来なかったのか?あいつは女子受けはあまりよくないのに、あんなことをすれば一色は嫉妬で女子からさらにハブられる可能性もあったぞ」

「ッ!」

「俺は一色がお前を追いかけているくらいがいい構造だと思っていたよ。けど、それで一色が傷つくなら俺も黙っていないぞ。お前に一色は任せられない」

 俺は言葉を切って、告げる。

 

「だから、あいつの騎士は、お前じゃなくて俺の役目だ。俺が、一色を守るんだ」

 


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