大学生の一色直人(いっしき なおと)は行き詰まっていた。
一宮夕(いちみや ゆう)は力になりたかった。
宮代空蝉(みやしろのうつせみ)はそれを見ていた。

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嗚呼、神様

闇夜に光るありふれた大都会。その高層ビルの屋上の先端に座っている少女はにやりとほくそ笑む。

 

「ふむ……。これはまた面白いことになりそうじゃのう。うぬは妾とは違う結論を出すのかえ。」

 

星は見えず、月だけが光る夜の空に向けて、誰かに語りかけるようにその少女は語った。

 

 

四月某日。日も暮れる時、一色直人は途方に暮れていた。たしか去年のこの頃は、この場所に来れたことを心から喜んだのに。今では喜ぶ暇もなく、しがみつくようにこの場所にぶら下がっている状態だ。

一色直人は大きな時計塔が印象的などこにでもある国立大学の普通の学生だった。

なぜ過去形になるのかというと、先ほど教授から説明を受けた後、進級できないと告げられ、見事に留年生となったのである。

第一に思ったことが情けない、次にみっともない。元々直人がこの大学を受けたのは幼馴染みである『一宮夕』の影響であった。そのため、元々自分に合っていない大学というのは承知の上で受けたのであるから惨めで仕方がなかった。

しかしそこで挫けてしまえばそれこそ一宮に顔向けができないと、直人は意地でもしがみつこうと小さな勇気を心から絞り上げた。

 

と、息巻いてみたがやばいことには変わりはないし、今悩んだって仕方ない。とりあえず帰って勉強方法でも考えようかと、教授の研究室のある建物から出ようとしたとき、そこで一宮夕と会った。

彼女は、まるで直人をとおせんぼしているように通路の真ん中に仁王立ちをして意気揚々と直人が来るのを待っていたようだ。

一宮夕は一言で言えば完璧だった。まるで彼女のために世界があるだろうかというほどの才色兼備に誰もが魅了された。

 

「やぁやぁ直人君。お困りの様子だねぇ。何かあったのかな。」

 

そう彼女が問いかけてくる。いつものことながら何もかも見透かしているような問いかけだ。

しかし、今日の直人はその幼馴染みに頼るという選択肢は頭の中に無かった。

 

「いいや。なんにもないよ夕さん。ちょっと教授に怒られただけさ。」

 

「本当にそれだけぇ?直人が成績悪いことは私知ってるんだからね。ほらほら素直に言ってみなよ。」

 

……少ししつこいか。

 

「本当に何もないって……。あったとしてもお前には頼らねぇって決めたんでな。」

 

ーその時、夕の顔が強ばった。

 

「え……。なんで……。」

 

急に変貌した幼馴染みの顔を見て、直人は驚いた。

 

「なにも……そこまで驚くことはないだろ。」

 

「なんでなの……。こんなの違う……。」

 

明らかにいつもの夕ではなかった。

 

「ねぇ直人……。さっき……なんて言ったっけ……。」

 

少し……畏れを感じた。何かが良くない方向に進んでいる気がした。

 

「えっと……『夕には頼らない』って言ったな。」

 

「……。」

 

夕は何も言わず返答を聞いた瞬間目の前から居なくなっていた。

 

「なんだ……?勝手に帰っちまったのか……?」

 

仕方なく、直人も帰ることにした。

対して時間はかかっていない筈なのに、帰り道を歩いているとあたりは真っ暗で、月明かりがその暗さをかき消していた。

 

「なんだったんだ一体……。」

 

『ふむ……。うぬがそうか。そこまで近しい者がそうなるとは妾も思ってはおらなんだぞ。』

 

直人がぼそりと疑問を口に出したとき、どこかで女の声が聞こえた気がした。けれど、直人は気に止めず、ただ疑問を口に出すだけであった。

 

 

そして一色直人は何の疑問も考えないようにしてその日、眠りについた。

 

 

 

ただ目を覚ますと、異様な光景が外を覆い尽くしていた。

 

破滅という言葉が似合うような惨状だった。まるで地震によって建物が崩壊したかのような、直人の家は都心の一等地、そこにそびえ立つマンションの6階に居を構えていたのだが、そのマンションは跡形もなく、直人の部屋のみが残された残骸へをその姿を変えていた。

直人は一瞬大地震でも起きたのかと思ったが、これほどの地震なら今まで寝ていた自分が信じられない。では何者かによる破壊行動か、しかし自分の部屋のみを残して街を壊すことなど倫理的にも、物理的にもありえない。なにより人がいなかった。これだけの大惨事だというのに血も見えず、悲鳴すら聞こえない。まるでこの都市は何万年も前に崩壊してしまったような静寂と、なんの変りもなく平穏を演出する空が異様な雰囲気を漂わせるばかりだった。

 

一色直人は、脇目もふらず走った。着替えるという発想にもいたらずジャージーのまま裸足で街の残骸を駆け抜ける。

何故。何故人がいない。何故建物が壊れている。何故俺はここにいる。なぜ俺は生きている。

 

━━━━『何故』━━━━

 

その中でただ一つだけそびえ立つ塔を見た。

時計塔……。大学の時計塔だ。

直人は時計塔に向かって走る。途中で足裏に何かが刺さった気がした。そんなことを気にしている余裕なんてない。息遣いが荒くなる。肺がパンクしてしまいそうだ。そんなことで止まったら死んでしまうかもしれない。

一色直人はなにかにおしづぶされそうな恐怖を抱きながら時計塔を目指した。

 

時計塔には外から登れるような階段が螺旋上に巻き付くような形でついている。その階段の中腹に一色直人はいる。後ろを振り向いてしまえば何かに殺されてしまいそうな恐怖を抱えながらただただ前を向き歩を進める。

やがてその階段も終わり。時計塔の頂上に一色直人はたどり着いた。

何故こんなにしてまで登ってきたのかを、直人は説明することができなかった。

 

「やっと来たのかえ……。呑気なもんじゃな。」

 

不意に前方から声がして、注意を向けると、大きく肩を露出した着物に身を包んだ儚げでどこか懐かしい小学生程の少女がこちらを向き立っていた。

その喋り方は特徴的でまるでマンガで見る妖狐のように思えた。

 

「うぬが妾の後で出てきた初めての人間じゃな。妾も退屈しておったところじゃ。ほれ、少し今の気持ちを教えてみぃ。」

 

その少女は孫に語りかけるような仕草で直人に語りかけた。

 

「最っっっ悪に決まってんだろ!お前がコレを引き起こしたのか?ふざけんなよ!なんだよこれは!人がいないし建物は壊れてるし、まるで俺以外何も生きてないみたいじゃないか!」

 

我を忘れて声を荒らげる直人に、その少女は一言、平凡じゃのう、と返した。

 

「最悪なのはお互い様じゃ。妾もこの感覚は吐き気がする程好かぬ。それにコレは妾が起こしたものではない。事実人は妾とうぬしかおらぬし、建物なんぞに存在価値はない。」

 

そして、こう付け加える。

 

「それにのぉ……。コレを引き起こしたのはそもそもうぬが原因じゃぞ?」

 

「は……。何言ってんだ。俺がこんなこと出来るわけないだろ……。」

 

「うぬが原因と言っただけじゃ。うぬが引き起こしたのではない。」

 

少女は淡々と事を説明しようとしている。見ず知らずの少女に、直人はある種の信頼を持っていた。この世界で会えた唯一の人に向ける信頼は尋常ではない。

 

「うぬは一宮夕という女子を知っておるじゃろう?平たく言えば全ては夕のせいじゃ。」

 

「は?」

 

信頼していたからこそ素直にその言葉を受け入れたが今一度信じれなかった。

ありえない。昔からずっと一緒にいた夕がこの状況を作り出したとは……

 

「そうだ!夕は!夕はどこにいる!」

 

「そう慌てるでない。うぬには関係はあってももう二度と手の届かない人でな。」

 

目の前が暗くなりそうだ。なにより目の前の少女が何を言っているのかわからない。何がだ。何故だ。

 

「お望みとあらば答えぬ義理はないが……。うぬはそのままでよいのか?」

 

「んな……わけねぇだろ!」

 

直人は懇願する。

 

「頼む!教えてくれ!夕が何をしたんだ!俺が何をしたんだ!!」

 

少女は妖艶な笑みを浮かべる。

 

「よかろう……。とは言ってもいきなり結論に入ってもうぬには理解できんであろうからな。まずは妾の話からしようかのう。」

 

そう言って少女は、闇の中に足を踏み入れるような足取りで歩き出し、語りかけた。

 

「妾の生まれは京の都、平安京と呼ばれた所でな。名を宮代空蟬というての。母上は大納言の妻なりけるものでの。現世の言葉で説明するならば貴族というわけじゃな。」

 

「ちょっと待て……。話が飛び過ぎてないか……?平安京ってかなり前だぞ?」

 

堪らず突っ込まざるを得ない事を突っ込んでしまう。

 

「そう焦るでない。そもそも今はこんな状況じゃ。納得してもらう他どうにもならん故、黙って聞けぃ。」

 

そう言われては黙るしかない。事実、何が起こってもおかしくない世界になってしまったわけだし。

 

「では続けるとするかの。その妾の姉上に当たるのが宮代夕暮、一宮夕というわけじゃ……。おぉっと黙って聞いておれよ?」

 

口を開こうとするが即座に阻止されてしまった。

 

「うぬも疑問に思っておるじゃろうが、一宮夕はかの平安の時代から今まで生きておることになる。妾もそうじゃ。このようなことになったのはまた、妾のせい……というわけじゃ。」

 

そして宮代空蟬と名乗った少女は歩を止めてこちらに向き直り語りかけた。

 

「姉上は妾の自慢の家族であった。姉上はなにもかもが優れておった。妾は姉上を好いておった。姉上も妾に愛情を注いでくれたのじゃ。しかし美麗故に多くの男に求婚されておっての。姉上はそれを断り続けたのじゃ。それでも求婚の数は減ることがなかったが、それをよく思わなかった連中がおったのであろう。母上と妾が父上の仕事場に行っておった時の事でな。姉上は自室で殺されておったのじゃ。今では簡単に捜査なりなんなりと調べることが可能であっただろうが、その姉上を殺したと思われた人物が天皇の后の親族じゃった。今とは違い権力がモノ言う時代じゃったからの、結局ただ死んだ事として処理されたのじゃ。妾は悲しんだ。そして、死を看取ることが出来なかったことを悔やんだ。しかしの……。その夜、妾が床の間で一人泣いておると、姉上が頭を撫でてくれたのじゃ。心底驚いたぞぅ……。死んだと思っておった姉上が生きておったのじゃ。これより嬉しいことはあるまい。しかし、姉上は確かに死んでおった。それだけが気掛かりでの……。その事を姉上に聞いたのじゃ。するとの……。」

 

『空蟬……。信じられないかもしれないけれど……。私は神様なの。こんなことじゃ死なないし……。これからも死なないの。』

 

「心臓が口から飛び出るかと思っての……。じゃが妾にはどうでも良いことであった。姉上が妾のそばにいてくれるだけで妾は幸せじゃった。みなの神様だというのならば……。妾の願いも聞いて欲しいと、姉上に申したのじゃ。姉上は心底驚いたような顔をしておった……。何故驚いたのかは妾にはわからんかったがの……、そして姉上は妾にこう告げたのじゃ。」

 

『ありがとう空蟬……。あなたが私の妹でよかったわ。でもそんな願い……想像してなかったよ。でも悪い気はしないな……。空蟬。こんな姉だけどずっと一緒にいてくれる?』

 

「妾はなんの戸惑いもなく是と応えたぞ。そこからの記憶は曖昧じゃが。姉上が妾に何かを施したのじゃ。そこから妾は不老不死での。姉上と共に世界を観ておったのじゃ。」

 

混乱しっぱなしだった。

 

「あぁ……。大抵のことは驚かないような自信はあったんだけどな……。いや、お前の言ってることは理解できた……。でもなぁ……。だから今この世界が崩壊してて俺が無事だっていうのは全くわかんねぇぞ……?」

 

「そう急くでない。これは言わば執行猶予というもんじゃな。妾のときは肯定的なモノじゃったがうぬの場合は否定的なモノじゃったからのぉ……。ほれ、覚えておるじゃろう?先日、姉上がうぬに悩みを聞こうとした時じゃ。あれは姉上の筋書きでは姉上が助けてさらに親しくなるっていうモノだったらしくてのぉ……。」

 

「はぁ!?……っじゃあ夕は俺が拒否したからって理由でこの世界を壊してるってことか!?」

 

「まぁそう言う事じゃな。」

 

「うぇっ……。つか神様なんだろ?だったらそんなまどろっこしいことなんてせずに魔法でもなんでも使って俺と仲良くしてりゃいいんじゃねぇのかよ!」

 

「そう思うのも当然じゃな。しかしのぉ。元々うぬに与えられておったのは唯の幼馴染みという役柄でな。姉上はそれを発展させようとしたのじゃ。だからうぬの行動を制限し、姉上の筋書きに動かせるつもりじゃったんじゃが……。くしくもうぬには自我が芽生えてしまい……、その自我の下動いたのじゃ。それは姉上を幼馴染みとしてみているという自我で、姉上の思い通りにはならなんだ。妾もそうでな。本当は拒絶され、そうやって迷いを断ち切ろうと思っておったらしいが妾が拒絶しなかったからの。それは姉上にとっては嬉しい予想外じゃった。だからこうして1000年以上も姉上とともにおるんじゃよ。しかしうぬの場合は否定的な予想外だったわけじゃ。こればかりは姉上の我儘にしかならんかもしれんがの……。相手は神様故、そんな道理は通用せぬ。」

 

絶句した。

つまり夕は思い通りに行かなかったからこの世界を破壊しようとしているらしい。

 

「空蝉……つったよな?」

 

「そうじゃの……なんじゃぁ?」

 

「つーことは俺があいつの思い通りにやれば世界は元通りになるってのか?」

 

「…………。あぁ……。すまんがもう手遅れじゃ。この世界は既に壊れておっての。ほれ、空を見てみぃ?」

 

そう言われて空を見上げると、そこにはいつもと変わらないいつもの街があった。まるで鏡に映したような世界で、こちらの世界とは何もかも反対で、人もいる、建物も壊れていないいつもの世界だった。

それが何を意味しているのかよくわからなかった。

 

「うぬはもういつもの世界の住人ではない。妾とともに見守るしかないぞ?うぬが何かをしたところでもう無意味じゃ。」

 

目が眩む。足が体を支えられなくなる。つまり……、彼女のエゴを止められることもできず、言いたいことも言えない。一方的なまでの仕打ちに立つことすら、気だるく感じ出した。

 

「さて、姉上の気が済むまで妾とともにのんびり空でも見ておけばよかろう。1000年程に久しい人間じゃ。ちと話し相手くらいにはなってくれるであろう?」

 

 

 

━━━━『嗚呼』━━━━

 

 

今日はいつもより早く起きた。病院に行く予定があったからだ。誰に見せる訳でもないのに念入りに着ていく服を考えた。

昼前に家を出て病院に向かった。家と病院はそれほど遠くなくものの5分程度で着く。

その病院は総合病院で、規模はとても大きい。その病院の一室。一人の入院患者のところへ向かう。もう何度も通いつめているので看護士にも顔を覚えられて顔パスできる程にもなった。

その一室は角部屋で個室、13階にあるのでそこから見える景色はキレイだ。私はその部屋に入り、まずは花の水を変えた。来た時はまず必ずこれをしないと忘れてしまいそうだからだ。

そしてベッドのすぐそばにある椅子に座り、意識のない青年の暖かい手を両手で包み込み呟いた。

 

 

「ずっと一緒だよ。直人。」


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