東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy.   作:影のビツケンヌ

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環境BGM:メトロイドプライムより『アイスバレイ』(雪景色)


State 0. Outer Heaven
Come back


 長野県は八ヶ岳の麓から数十キロメートル。静かな森に夜明けが訪れた。

 闇に閉ざされた時間は終わり、弱々しい光が氷点下十二度の酷寒の世界を照らし出す。

 この過酷な環境を物ともせず、雪の降り積もった石段を突き進む一つの影があった。

 どちらかというと細身だが筋肉質な体躯を、フードの付いたモスグリーンのタンクトップ、その上に羽織った同じくフード付きの黒いパーカーと、青いGパンで包んだ長身の男。光に馴染むのを拒むように黒い髪が微風になびく。鋭さを感じる目は光を反射しない為か、赤い虹彩が血糊にも見える。

 ぱんぱんに膨らんだ、見るからに重そうなリュックサックを背負っている為か、男の足取りは軽いとは言い難い。一歩、また一歩、ざくざくと雪を踏みしめ、彼は着実に石段を登っていく。

 ところで、この石段がどこに続いているかというと、それは人のいない朽ち果てた神社である。柱の一つが既に折れ、今に屋根ごと崩落しかねない有様のそこへ、何の目的で訪れるのか。葉の落ちた枝の上から、眠そうな目で男を見下ろすフクロウも、どこか彼を訝しんでいるかのようだ。

 ようやく辿り着いた神社の境内を男は見渡し、ほうっと息をつく。白い呼気には安堵と落胆の両方が含まれていそうだ。更に歩を進めて、賽銭箱の上に置かれた一通の文を手に取り、開いた。

 

『お疲れ様。直接永遠亭に繋がるように組んでおいたから、これを持って裏の鳥居を潜って頂戴。貴方の家族が待っているわよ。 八雲紫』

 

「…余計なことをしてくれる」

 

文の文面に苦笑する男。台詞とは裏腹に、その表情には明確な感謝が浮かんでいた。

 社の裏手に回ると、案の定というか、文の通り、塗装の剥げた鳥居が屹立していた。立地条件といい、廃れる程に手入れの行き届かぬ設備といい、本来参道の入り口に建てられる筈の鳥居が社の裏にあることといい、ここにはおかしな点が多過ぎる。

 だが、そんなおかしな点が霞むような、更に奇妙な現象が起きた。

 

「ただいま、だな。幻想郷」

 

男が呟き、雪に埋もれた森の広がる鳥居の向こうへ歩くと、彼の姿は朝日の中に消えていってしまった。

 そう、文字通り‘消えた’のだ。

 男の足跡が途中で途絶えた、その一点だけ異様な雪景色の中を、タヌキが一匹、何事もなかったように通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

 八ヶ岳赤岳南西の山麓に存在する、面積およそ八十平方キロメートルの地域。この一帯は十九世紀初頭から、博麗神社を起点とする巨大な結界がぐるりと周りを一周している為、外部からの侵入はおろか認識すら不可能だ。当時はまだ人々の間で妖怪が信じられていて、外部から隔離されたこの『幻想郷』は、その影響で現在も妖怪達が活発に活動している。

 起源を遡れば今から千年以上前、妖怪の賢者として名を馳せていた境界の大妖・八雲紫が、人間と妖怪との共生を掲げて提案、彼女とその仲間達の尽力によって完成した理想郷(ユートピア)であり、時代や時流で過去のものとなり、忘れ去られたものが辿り着く、文字通り幻想の最後の楽園である。

 その一角、数ヘクタールに渡って広がる迷いやすい竹林の奥に、隠れるようにひっそりと佇む純和風の屋敷がある。極めて良好なその保存状態は、今の季節が冬なだけにあたかも時間すら凍り付いたかのようだ。その名は永遠亭。

 降り積もった雪を一箇所に集め、庭にできた広い空間を少女が走っている。腰まで伸びた美しい艶のある黒髪と、人形のように目鼻立ちの整った顔、新雪を思わす白い肌は、それこそ十二単など纏えば抜群に板に付くであろうが、身に着けているのは屋敷の雰囲気に似つかわしくない赤いジャージ。彼女がかの有名な『かぐや姫』こと蓬莱山輝夜であると言われて、納得できる者は少ないだろう。

 

「いっちに、いっちに…」

 

竹製の柵に囲まれた敷地内を、一定のリズムを保ちランニングする彼女の顔は実に爽やかだ。若さにものを言わせて疲れも見せない。尤も、輝夜は蓬莱の薬――輝夜が地上に堕ちた原因でもある不死の薬――を服用し、もう老いることも死ぬこともないのだが。

 

 「ふわぁあ…最近朝が早いですね姫様は」

 

屋敷の廊下から、大欠伸をしながら少女が現れた。明るい紫の長髪を持つ頭からは長い耳を生やし、その姿はウサギ。女子高生の着るようなブレザーに身を包み、すらりと伸びた足で闊歩する。

 

「あら優曇華、貴女も一緒に走らない? ランニングの後の朝ご飯は最っ高に美味しいわよ!」

「遠慮しておきます…」

 

主に爽快な笑顔でランニングに誘われても、鈴仙・優曇華院・イナバは参加することはできなかった。自分の師匠は料理こそ上手だが朝が弱い。部下はハナから料理を作る気もない。主に台所を任せたらたちまち怪我をしそうだ。

 

「あ、貴女が走ったら朝ご飯が出なくなっちゃう! という訳でよろしくね〜!」

 

とどのつまりは輝夜の言う通り、朝食を用意できるのは自分だけ。鈴仙は憂鬱になった。

 だが、それも今日までだ。

 今日は、妖怪の賢者の依頼で年の暮れから外界に派遣されていた、自分の恋人が帰ってくる日。

 そう考えただけで、彼女の先程の陰鬱な心持ちはどこへやら。寝起きの頭の中が徐々に桃色に染まり始めるにつれて、足取りは軽く、胸も踊る。己のだらしない惚気顏にも気付かない。

 彼女の脳を支配している『彼』は、この幻想郷では言わずと知れた有名人であり、世界を救った英雄でもある。

 自らの信念――正義を貫く為に、その象徴とも言える筒型携行兵器を振るい戦う男。幻想郷に於ける最強の『人間』。

 そして鈴仙にとっては、臆病だった自分に、立ち向かうことの大切さを教えてくれた、かけがえのない存在だ。

 

 「ふふふ…わっ」

 

その彼は、意外にも近くにいたのだった。

 鈴仙がぶつかったのは、鋼の如き胸筋が隠された胸板。尻餅を搗いて見上げれば、まず長く強健な脚が視界に飛び込み、次いで鋭角な逆三角形を描く胴体、精悍な顔。右前腕に装備された銀白色の筒状の物体が鈍く輝く。

 

「前を見て歩かないか」

 

そして、人に媚びない、固いようで砕けた口調に乗せて紡がれる低めのテノール。

 

「ところで、少し掃除を手伝ってくれないか? どこぞの自称賢者が直接室内に繋げたせいで、廊下の床板が汚れてしまった」

 

 鈴仙は一時停止ボタンを押されたように、呆けた顔で彼を見上げたまま動かなかった。だがそれも束の間、尻餅を搗いた状態から一気呵成に伸び上がり、

 

「小櫃っ!!」

「うおっ?!」

 

抱きついて押し倒した。

 

 「おかえり!」

「…ああ、そうだな、ただいま」

 

 彼の名は、四島(しじま)小櫃(おびつ)。平和を守り、平和を創る永遠の戦士である。

 

 

 

 

 

 ――悪しき心にて人を偽り貪りし者、怒りの裁きを受けるべし。

 ――彼の者は義憤の顕現、天罰の代行者なり。

 ――赤き眼光が貫けば如何なる深謀をも見透かし。

 ――その身に決して抗えぬ怖れと痛みを刻み込む。

 ――黒き翼は全ての不義に絶望を振りまき。

 ――白き光の刃と飛礫(つぶて)が邪道を切り裂き打ち砕く。

 ――畏れよ剛勇、崇めよ無双。

 ――悔い改めては跪け。

 ――彼の者の名は小櫃、無限の者なり。

 

とある詩人の詩より抜粋

 

 

インフィニタス ~無限の者~

 

主な危険度  高

遭遇頻度   情報不足

多様性    高(ただし幻想郷内にいないものを多分に含む)

主な遭遇場所 人間と同じ

主な遭遇時間 人間と同じ

 

 

 

特徴

 

 

 八雲紫によって、少なくとも一世紀以上未来の世界から連れて来られた、特殊な性質を持つ人間である。

 この存在を詳しく知るには、まず彼らの世界で発見されていた物質『バイオエナジー』について理解する必要がある。

 バイオエナジーとは、あらゆる生物(*1)が体内で無限に生成・循環させているエネルギー体で、霊力や妖力とは似て非なるものだ。生物の思考、行動、生理機能、精神状態、健康状態、その他ありとあらゆることに相互作用する為、生命の根幹を掌る物質といっても過言ではない。通常の生物には正の力荷を持つポジバイオが、亡霊には負の力荷を持つネガバイオが流れ、二つを融合させると、主に幽霊に流れ、力荷を持たないニューバイオができる。ある一定以上の密度を持たねば視認することはできない。密度の違いや体外への取り出し方で色彩すら変化する。(*2)

 そして、このバイオエナジーを変換、或いは媒介として個々の特殊能力を扱う者を、インフィニタスと呼ぶ。

 

 インフィニタスは、基本的に身体能力が常人より優れ、乳幼児期の精神の発達が比較的早い。どんな毒物も無効化する特殊体質。

 彼らが各々持つ能力には特別な名称が付けられ、その数は実に五十以上。(*3)そしてその能力は使い続けることで進化し、更に強力になっていく。

 また生まれた時にはインフィニタスでなくとも、後天的且つ突発的に能力が開花、インフィニタスとしての性質が発現することがあり、この場合『エヴォリューテッドパーソン』と呼ばれ区別される。親がインフィニタスであっても子がインフィニタスであるとは限らず、親がインフィニタスでなくともインフィニタスが生まれることはありうる。(*4)

 

 容姿、思考、行動ともに人間と変わるところは殆どなく、大抵ただの人間にしか見えない。(*5)

 

 

被害内容

 

強盗、殺人を始めとする犯罪行為、及び敵対対象が『人間』に向かうことによる妖怪の減少

 

 現状、幻想郷に於いてインフィニタスによる被害は出ていないが、元いた世界では能力を悪用し悪事を働く者も多かったらしい。また能力を使わずとも、捕まった犯人が能力を持っていた為に、インフィニタス全般の評価が下がり、犯人と同じ能力を持つ善良なインフィニタスまでもが差別されることもあったという。

 

 特殊な性質や能力を持つとはいえあくまで人間であり、仮にインフィニタスを相手にしても妖怪程遅れは取らないだろうが、もしインフィニタスという『種族』そのものを妖怪のように敵に回した場合、敵対関係がそこで完結してしまい、妖怪が存続不可能になる恐れもある。

 

 

対処法

 

 日常生活での対処は、相手が余程の悪人でもない限り必要ないが、種族全体への対処法の確立は不可能に近い。

 未来からもたらされた『バイオエナジー』や『インフィニタス』といった新しい概念が、この幻想郷に於いて更にインフィニタスを増やしていくことになろう。最悪の場合、本来人間と妖怪の共存を目指して創られたこの世界は、インフィニタスによる妖怪達への反乱、殲滅によって、その存在意義を形骸化させることも考えられる。(*6)

 我々にできることといえば、精々悪事を起こさぬよう働きかける位なものだ。差別もよくない。

 

 妖怪の賢者の早急な対策を待つ。

 

 

 

 

(*1)生体組織を持つもの全てを指し、例外はあるにせよ妖怪や神も含まれる。

(*2)八雲紫が『境界を操る程度の能力』でも干渉・操作できないようだが、未確認。尚、その性質に未だ多くの謎が隠されている。

(*3)今後も新たな能力が発見されるかもしれない。

(*4)これを読む人にも、インフィニタスとなる可能性はある。元々『程度の能力』を持っていても例外はない。

(*5)独立した種族として扱うことに疑問を呈する声も多い。

(*6)そんな存在をわざわざ幻想入りさせた八雲紫の行動は甚だ理解し難い。

 

幻想郷縁起 二〇一四年十二月二十日最終更新




皆様ごきげんよう、ビツケンヌであります。

あらすじの備考にもある通り、今作は今までの作品から大幅な形式変更を行なっており(例:三人称視点、台詞と地の文との空白)、拙い箇所も見受けられるかもしれません。
何かしらの問題点がありましたら、感想よりビシバシご指摘下さい。図太いメンタルで受け止めた上で、必ずや改善して見せましょう。


何故かアンチ・ヘイトタグが付いていたので削除しました。
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