東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy. 作:影のビツケンヌ
十五年七月五日、本文行間修正
十六年一月十八日、本文傍点形式修正
環境BGM:メトロイドプライム2より『聖なる浮遊要塞ホレイト』(妖怪の山、高度二四〇〇メートル)
妖怪の山の森林限界を超えた先は、ハクサンイチゲ、クロユリ、ハイマツなどの高山植物に覆われる。特に年中緑色のハイマツは、少し高度が下がっても潅木状になって林を作っており、天狗達はそこに里を築いて暮らしている。道術で巧みにカムフラージュされ、この小さな平地には山に住む者も容易には近付けない。
実は、天狗の里は地上部よりも地下の方が規模が大きい。活火山のマグマ溜まりで温められた蒸気が地熱発電の原動力となり、電気は里全体に行き渡って、迷路状に掘り進められた地下道の照明や空調管理に使われる。地下鉄、或いはデパ地下の連絡通路を想像するといい。それを少し狭く、複雑に入り組ませて、そこかしこに天狗達の居住区や仕事場、収容所などを配置すれば、幻想郷でも知る人ぞ知る『天狗の里』の中枢になる。地下に住む都会派の若い天狗達からすれば、木造建築が並ぶ上の里など時代遅れなガラクタに過ぎない。
その最奥部には、天狗達を束ねる首領『天魔』がいる。一際仰々しい両開きの扉の向こう、彼は仕事場を兼ねた私室で、中間管理職の鼻高天狗達が纏めた大量の報告書と格闘しながら、この日来ることになっている
「…あと十一枚か」
こんな報告書よりももっと重大なことを、招いた者達に相談せねばならない。できるならこんな仕事はさっさと放り出して、こちらから相手を訪ねたいところだった。
その焦燥が届いたのか、客人は案の定彼の予想通りの方法で現れた。
何もない空間に、すーっと一本の切れ目が走る。切れ目はパックリ割れて、無数の目玉が浮かんだおどろおどろしい紫色が露わになる。そしてその裂け目、即ちスキマから、その客人の一人は姿を現した。八卦の萃と太極図を描いた中華風の服を身に纏い、ナイトハットに似た帽子『ZUN帽』――Z・U・NはZany and Utility Nameの略称で、ニューヨーク出身のホットドッグ売りの外来人がそう呼んだのが始まり――を被った金髪の女だ。
「ごきげんよう、天魔様」
「機嫌が良さそうに見えるか? 紫」
彼女こそが、幻想郷の創始者にして管理者、妖怪の賢者と讃えられる境界の大妖・八雲紫である。
「そのふざけた態度も大概にして欲しいが…まあいい、どうも気が急いてな、早く話そう」
「待って、
紫を追う形で、もう一人の客人も登場する。しかし彼はここにいる二人とは似ても似つかない、明らかに人型から外れた容姿をしていた。
全身を外骨格に包んだ直立歩行する鳥のような何か、とでも形容すべきか。ひょろ長い手足の先に鉤爪の付いた指を持ち、身長は二メートル近い。嘴は軟質で歯があり、鳥らしからぬ発達した表情筋で遠慮がちな表情を醸している。
「貴公がジェイビーク殿だな」
「いかにも。私がジェイビーク。
「話はある程度聞いている。遠慮は要らん、早く入って、そこに座ってくれ」
「済まないね」
天魔に促され、彼は発音能力に優れた複雑な鳴管で応えて敷居を跨いだ。ジェイビーク。小櫃よりもずっと先の、コスモ暦と呼ばれる未来から来た異星人である。八年前、宇宙船のシステム暴走で偶然やって来て以来、時折紫に頼んでは幻想郷に連れてきて貰っている。
幻想郷には、古くから生きている者達にも分からない不可思議な点が幾つか存在する。例えばジェイビークの種族――チョウゾの遺跡が点在していること。コスモ暦でも超古代文明的扱いを受けているチョウゾの文明は、このことから幻想郷設立以前より惑星間航行が可能な技術を持っていた可能性があるが、未確認だ。
この
だが天魔にとっては遺物のことよりも、予見された『災厄』の方が気掛かりだった。今回二人を、もといジェイビークを呼び寄せたのはこの為だ。
「手短に話す。約三週間前、父上の遺言にあった裏切り者の天狗、源弾蔵が地底より現れたとの報告を受け、精鋭六人からなる暗殺部隊を差し向けた。その一週間後以降、彼らとの連絡が途絶えている。捜索隊を派遣しても一向に進展がないままだ」
源弾蔵、その名が天魔の口から出た途端に、紫は小さく顔を顰めた。彼とは浅からぬ因縁がある。忘れかけていた記憶が呼び起こされ、彼女の心をミキサーさながら掻き乱すが、ぱっと扇子を広げ、口元を隠すことでポーカーフェイスを保とうとした。天魔の話は無情にも続く。
「…れっきとした根拠がある訳ではない。だがどうも、これが貴公の、ひいては貴公の先祖が予知した災厄と、何か関係があるように思えてならんのだ。幻想郷の影とも言える地底から現れる闇――幾らなんでも嵌まり過ぎだとは思わんか」
ジェイビークも、天魔の話で表情が固くなる。彼は、幻想郷で初めての自分の予知を、「世界に差す影より出でし闇が、平和を壊し、泥沼の戦場に変える」と表現した。それはとても曖昧だ。ここで安易にイエスと言えるものではない。
「…何とも言えないね。私の予知は完全ではない」
「そうか…」
天魔は落胆したが、ジェイビークは慰めるように言った。
「『未来は漠然としたものである。例え未来を見通す力を得たとしても、それを自由にできる力はチョウゾにもない。いつか噴水の水が、かれる日も来るかもしれない。しかし、強く念じる心が持つ力こそ、真実である。チョウゾの想いが、かれる事はない。』」
「…?」
「私の故郷の
「だといいのだが…」
天魔とジェイビークの会話を静観するふりをして、紫はずっと弾蔵のことを考えていた。
弾蔵の境遇を作り出した発端は間違いなく自分だ。彼は自分を許せないだろう。ひょっとして、チョウゾの云う所の‘災厄’とは、幻想郷全域を巻き込んだ自分への復讐なのではないか。天狗の暗殺部隊の失踪は、幻想郷の顔である八雲紫への開戦の狼煙。そう考えれば合点がいく。自分と古い仲である天魔に揺さぶりをかけ、挑発しているのか。
その読みが深読みであり、自身の罪悪感が生み出した幻だとは露知らず、扇子の奥で一筋の冷や汗が顔を伝った。尤もその危惧自体は、決して的外れではなかったのだが。
その日もまた、人里の道場の庭は門下生達で活気付いていた。一つだけ違うのは、彼らが
「了解した。修造、優希、ベネット兄弟が体調不良、素子がブラジルはボルボレマでバカンス。欠席者計五名だな」
「椛達の都合で、強化合宿の日程は五月三日から七日までね。スキマや親御さん達にも連絡しておいたわ」
「丁度ゴールデンウィークか…」
小櫃は勿論日本人だが、彼のいた世界で日本本土にいた期間は七年に満たない。それでも日本の休日に理解があるのは、二ヶ月前のように時折紫が小櫃を外に派遣するからである。彼からすれば、紫は自分を幻想郷に連れてきてくれた恩人だ。彼女の頼みは――相当な無理難題でもない限りは――引き受けたいと考えている。
この強化合宿も、実は裏で紫がスポンサーについている。ここの人間の子供達は、今や大人だけで構成された里の自警団より遥かに強い。彼らが成長すれば、やがては妖怪にも引けをとらない強者となろう。それは幻想郷に於ける『人里』の持つ抑止力の向上、パワーバランスの変化を意味する。紫のお墨付きを得ることで、下手をすれば他勢力を刺激しかねない行為であるこの道場の運営に文句を付けられないように計らっているのだ。
無論小櫃は、何も‘人里に’味方しているという訳ではない。彼に各勢力云々の話など関係ないことで、あくまで‘弱者’‘被害者’の味方だ。紫もそのことを承知している。英雄と賢者との信頼関係は、英雄の地位を大妖怪クラスにまで押し上げていた。
そしてかつては中小クラスの妖怪に過ぎなかったルーミアも、チョウゾに小櫃と共に戦う戦士として認められたが故に、その影響力、発言力は絶大なものとなっているのだった。
「…そういえば、ルーミア」
「え?」
「さっきから何か音楽が聞こえるが」
小櫃の耳には、数分前から特徴的なビートを刻む聞き慣れない音楽が入ってきていた。曲は小櫃が言った直後に終了し、リピートが掛けられていたのか再び同じものが流れ始める。
「ああ、私がラジカセで流してるのよ」
見れば、庭の隅に白とピンクの大きなラジカセが置かれ、建物外部の壁にあるコンセントに黒い舌を伸ばして電気を食らっている。電気代は徴収されないとはいえ、せめて電池で動かして欲しいと小櫃は眉を顰めたが、ルーミアはそんなものは持っていないし、音楽を止めるつもりもない。…人食いの件で鬱屈した気分が紛れるから。
「この曲はね、外の世界で流行った曲の替え歌なのよ」
「替え歌? 誰がそんなものを…」
「いいから、ほらあそこ、アルバート達も歌うつもりよ」
ルーミアが示した先、丁度ラジカセの向かって右側に、アルバートを含めた男児が数人集まっている。そして彼らは、スピーカーからの声に合わせ一斉に歌いだした。
「…大丈夫なのかこの歌は」
歌詞がWe will we will rock man…の繰り返しに入ろうというところで、小櫃は口を挟んだ。
「どういうこと?」
「いや、the shrine maidenって
「大丈夫よ、彼女英語の意味なんて解ってないから。それにもう
当時の様子を思い出して、うふふ、とルーミアは笑う。ルーミアの棲み処は博麗神社からそう遠くない。昔から霊夢の横暴な妖怪退治で虐げられてきた(ルーミア本人は特に気にしていない)。あまりに大きな自身の霊力量により老化が遅れているとはいえ、現在霊夢は三十歳を超えており、巫女の跡継ぎを探している。
「この歌凄い人気だったのよねえ、だから霊夢も意味も知らずに盛り上がってたわ」
「呆れた奴だ…」
二人は知らない。この歌が今、地底でも流れていること。そして、
――この歌に込められた意味が、偶然にも、まさに予見された災厄そのものだったということを。
「We will we will rock man…」
「何? その歌」
「こいつを知らねえとは、お前も遅れてんな」
「…悪かったね」
旧都の一角。
大通りの喧騒が届かない暗い路地裏に、妖怪一人、妖精一人が座り込んでいた。
「…あとどれ位掛かるっつってた?」
上半身裸の上に襟の高い黄土色のコート、皺の寄った裾の広い黒色のズボンを身に着け、古びた下駄を履いている方が妖怪。長いアッシュグレイの髪は後頭部の高い位置で一本に纏められ、その中には千切れたケーブル状の赤黒い触手のようなものが二、三本見え隠れしている。彼は対面して座る妖精の少女に、その黄色い目を向けて問うた。
「かなり順調なようだよ。シミュレーションも済んだし、直に実行に移せるってさ」
青い瞳のその少女は、白いワイシャツの上から軽薄な緑色のベストを着、同色のスカートを穿いている。背中にはトンボを思わせる四枚の大きな翅が生え、自己主張の激しいカールした赤毛がその根元を覆い隠す。背丈は妖精の平均身長からしても少し低めで、自分の茶色い革靴を弄りながら答えるにも若干彼を見上げる形になった。
「暴れられる時は近いって訳だ、キシシ」
「おや、リーダーがお見えだよ」
二人の間に割り込むように、影が伸びた。
「待たせたな」
鴉天狗の装束の男――弾蔵だ。
「おう親分、例のブツは完成したんで?」
「まあな」
妖怪は弾蔵を見るなり立ち上がり、嬉々として話しかける。妖精が自分に投げかける呆れた顔も意に介さない。
「源様」
路地裏の暗がりから、今度は妖獣がぬうっと姿を現した。頭頂部の丸い耳はごわごわした白髪混じりの黒髪に隠れて殆ど見えず、代わりに腰から出た横縞のある巨大な尻尾が、タヌキの妖獣であることを示している。ここにいる他の者とは逆に、灰色無地の着流しを腰帯できつめに固定しただけで、履物は藁草履という質素な出で立ちだ。彼は着流しと同じ灰色の眼を擁した渋味のある顔を弾蔵に近付け、耳打ちした。
「式神からの報せです。人里の道場で開かれる強化合宿は五月の三日から七日までの模様」
「……」
弾蔵は暫し沈思黙考した後、徐に口を開いた。
「…ブラボーチームに伝えろ。『予定通り人里に出発する』と」
「仰せのままに」
妖獣は弾蔵に一礼し、そこから立ち去ろうとしたが、
「いや、待て」
弾蔵は呼び止めた。
「…お前達、これからは俺のことは」
数拍の間。彼は表通りに歩を進めつつ、小さく首を曲げて三人を一瞥し、続けた。
「――‘総統’と呼べ」
彼はそのまま、人ごみの中に紛れて見えなくなった。
弾蔵が動き出します。
ここには出ていませんが、彼は既に多くの仲間を集めています。
やっとジェイを出せた…