東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy. 作:影のビツケンヌ
とにかくロクスを活躍させたかったこの回。やはり説明が多い。
バトルがちゃんと描写できているか不安です。
十六年一月十八日、本文傍点形式修正
戦闘イメージBGM:モンスターハンター4より『猛き紺藍』
人里中央広場から北西に進むと、立派な塀を備えたその広い屋敷はすぐに見つかる。この稗田家の邸宅には里の中で最も多くの資料が保管されているのだが、特に大きな意味を持つ文献が『幻想郷縁起』である。
現在の稗田家当主稗田阿求は、古事記編纂者の一人として知られる稗田阿礼が転生した『御阿礼の子』の九代目で、一代目阿一の時から千年以上に亘り、対妖怪用資料として幻想郷縁起を編纂し続けてきた。転生の際に閻魔から用意される肉体の質が悪く、テロメアの短さ故に寿命が極端に短いという悲劇的な宿命を背負っており、現在は彼女の身体の衰えから資料の更新が滞っている。
ところでこの幻想郷縁起は、小櫃が幻想入りしてくるまで、妖怪の特徴を纏めた資料としては決して出来の良いものではなかった。記載された情報は主観や誇張、言い伝えからの誤解が目立ち、それは特に妖怪図鑑の項で顕著だった。それらの間違った知見を、小櫃が
そしてこの資料を元に、星熊勇儀のような‘鬼’の特徴を纏めると、次のようになる。
頭頂部に象徴的な角を一本以上生やした、古来からの人類の天敵。アルコールの分解能に長け、種族的に酒を好む。正直者で嘘を蛇蝎の如く嫌い、直情的である。有史以前から生きた古いタイプのものは、軽度の運動でも疲労が溜まりやすく、常に飢餓感に苛まれ積極的に食人をしてきたことも、この種族の凶暴性の評価に拍車をかけていた。
全身が異常発達した筋肉の塊であり、圧倒的な攻撃力と運動能力を兼ね備える。体格こそ大きな者から小さな者まで千差万別だが、強靭な脚力でその身を軽々と跳躍させ、妖怪の中でも頭抜けた握力で相手の動きを力任せに封じ、そして妖蟲の堅牢な甲殻さえものともしない恐るべき豪腕で以って粉砕する。純粋な肉体的戦闘性能に於いて、妖怪の中には右に出るものはない。
「そらッ!!」
そして勇儀の『怪力乱神を持つ程度の能力』。これは保有者の膂力が一定水準を満たしている場合にのみ発動する。勇儀の発揮する物理的パワーはこの能力によって更に引き上げられ、彼女を‘力’の勇儀として、四天王の一人たらしめることに大きく貢献していた。
だが。
「…そんなものか?」
ロクスには、それは通用しなかった。
そもそもロクスというのは、素子がモノポールドライブの作成に必要な鉄鉱石を集める為に、スカイフィッシュの形態で妖力を纏って体当たりし、旧都の周りに網目状の坑道をお椀型に掘り進めていった、その過程で偶発的に誕生した妖怪だ。素子の妖力が鉱物や岩盤に染み付き、同時に素子の放つ磁場で変性、幻想郷の真下にある竜脈――風水に於ける、大地にある気の流れ道――からのエネルギー供給を受けて、意思を持った岩の巨人として顕現したのである。
強力な磁場と、それに反応する妖力によって浮遊する、幾種類もの鉱物からなるその‘身体’は、大地即ち地球そのものからのエネルギーを得、結果ロクスに『非生物由来元素を操る程度の能力』を与えた。鉱物の組成や配列を組み替えれば、様々な特性を持つ鉱物並びに金属を作り出すことができる。それを以ってすれば、勇儀の攻撃に耐えうる鉱物で身を守ることなど造作もない。
「まあ流石の勇儀殿も、靱性、モース硬度共に十であるカーボネイドを打ち砕くことは叶わないであろうな」
「っ、それなら!!」
一撃、二撃、三撃…勇儀の殴打が、蹴撃が、ロクスの‘身体’の至る箇所に叩き込まれていこうとも、ダイヤモンドの微細な結晶が緻密に集積した鉱物の変種、カーボネイドに組成を変えた彼はびくともしない。見えない‘目’で勇儀を一瞥し、岩で模った右の掌をやおら天高く持ち上げたかと思うと、巨体に似合わぬスピードで地面に叩き付けた。
「ふんっ」
「おおっ!?」
咄嗟に後ろへ飛び退く勇儀。肝が冷える。判断がコンマ三秒も遅れていれば、妖怪とはいえ只では済まなかっただろう。しかし、それで終わる程巨人は甘くはなかった。
「
「!」
伏せられたロクスの手の真下から青白い妖力が幽かに漏れ出たその瞬間、そこを起点に、勇儀に向け槍のような無数の水晶柱が次々に立ち上がっていく。横方向へステップを踏んで回避しても、水晶の波は彼女の後方で方向転換して再度アプローチを仕掛けてくる。
「シッ!」
対する勇儀はその場で後ろ蹴り。彼女に己を突き立て貫かんとして迫る水晶が、下駄を履いた足裏に砕かれ、四方八方に破片を飛び散らせた。
――攻撃は、まだ途中だった。
「のわッ?!」
留守になっていた彼女の足下、そこから新たな水晶が立ち上がる。あわやかの串刺し公ヴラド三世の串刺し刑の如く突き刺さるかと思われたその時、勇儀は寸での所で躯を捻り、水晶の先に手を掛け、腕力にものを言わせて殆ど真上に身を投げた。
否、その選択は誤答。突発事象故、下からの攻撃
「?! しまっ…」
自分の周りに影が差すのを感じた勇儀が首を曲げ、上方を見やれば、無骨な岩塊――ロクスの‘足’がすぐそこまで肉薄していた。
激震。
爆轟が唸る。
「……」
土煙が立ち込め、取り巻きの鬼やチルノ達が固唾を呑んで見守る中で、ゆらりと立ち上がる影があった。
「…久し振りだよ。あんたみたく、でかい図体して小細工使いやがるのは」
「戦術、或いは戦略と呼んで頂きたい」
「私達鬼にとっちゃ皆そういうもんさ」
勇儀は、まだ潰れない、潰えない。妖術の込められた符が切られ、それが発動――彼女の専用武器を呼び出していた。妖術は、妖力を糧とし超常を引き起こす妖怪の異端技術。それならば、彼女が
「――でもねぇ」
後背部にエナジーコンバーター。肩、肘、膝には灰色のサポーター。サポーターは青いLEDが同じ周期で点滅している。そして両の手にはナックルダスター様の武器が装備されていた。
「これはいよいよ、
超硬目標破砕用生体攻撃拳鍔『
「少なくとも、
「五月蝿えやい。すぐに無駄口叩けなくしてやんよ」
ロクスが口にした皮肉を勇儀は一蹴し、拳を構えて跳ぶ。次なる攻撃を受け止めようと、ロクスは左手を伸ばした。自分の硬さに絶対の自信を持っている彼ではあったが、慢心はしていなかった。相手の武装の特性がわからない限りは、対策の目処が立たない。ダメージの少ない箇所で‘受け’、それを分析する――
「ぬうっ?!」
つもりだった。
岩とはいえ、彼には痛覚があった。いやそれどころか、はっきりとした五感があった。電磁場や妖気(即ち妖力によって形成される、妖力場とでもいうべき特殊なフィールド)に物体や化学物質が干渉することで得られるその感覚が、ロクスの活動を支えていた。
内側から砕ける掌、拡散していく光、猛烈な痛み。岩の中に神経系の如く張り巡らされた妖力の流れが寸断され、引き千切られる感覚。鉱物の分子構造が無理矢理断裂させられる感覚。分析などできたものではない。
「ぐぅうう…! これ、は…ッ」
拳のインパクトと同時に、バイオエナジーが対象物体の分子構造の隙間に入り込み、攻撃時の衝撃で内部からダメージを与え、破壊する。分子レベルでの破壊という原理は、生体攻撃の基本であり、ここでも変わらない。…唯一つ、勇儀の拳で放たれているという点以外では。
武装の名称の由来になっている海棲甲殻類の一種、モンハナシャコは、捕脚での強力なパンチで知られるシャコの仲間でも最速、時速八十キロで拳を打ち出し、その加速力は体長十五センチの時点で二十二口径の拳銃にも匹敵するという。勇儀はシャコのようなボクサーではないが、鬼の中でも飛び抜けて力のある彼女には、その武装は極めて相性の良いものだった。
「まだまだいくよ!」
「の゛っ!? ぐおおぅ!! うわあ゛あ゛ぁぁッあ!!」
それまで地に足を付けていた勇儀は宙に浮かび、無慈悲に拳を打ち込む。右ストレート、左フック、右アッパー、…それまでひびも入らなかったロクスの身体が、一撃毎に粉々になる。一転攻勢、見ていられなくなったチルノが加勢しようとするが、素子に制された。「これは彼の戦い」と。
「くっ…ぅ」
激痛に耐えながら、ロクスはその身の内に宿した‘虎の子’に気を配っていた。
弱点ではない。確かに
「――ッ」
しかしながら――自分が主と慕った素子の命令というのもあるが――、彼はここで敗れる訳にはいかなかった。
――嗚呼、聞こえる…人々の願いが…
その存在を広く知らしめたのは、坑道の一角から出ない井の中の蛙だったロクスを見かね、見聞を広めさせようとした素子だった。
鉱物の寄せ集めで作られたロクスの身体や、その能力を見た里の者達は、彼を大地の化身として認識した。幻想郷には既に豊穣の神である秋稔子がいたが、植物に働きかけて豊穣をもたらす彼女と被らぬように、そして自分が人間達に馴染めるように、ロクスは能力を用いて土を栄養豊かにし、土壌の面から豊穣をもたらした。
彼は大地の神と崇め奉られ、祠が建ち、農民達の信仰を受けて神へと近付いていった。大地の神ロクス、その肩書きと期待は彼の力を高めに高め、幻想郷全土の鉱物が彼の手の中に収まった。
彼には判る。この戦いがプラントに伝わり、そこに避難している農民達が、皆自分の――己の信ずる‘神’の勝利を祈っていること。守ってくれ、助けてくれと、心の内で叫んでいること。それが人々の願いの力、神力となって集まってくることが。
その
「次の一撃で決めてやる。一発だ。これ以上苦しいのは御免だろ」
「……!」
膝を突いたロクスに向けて最後の一撃を与えんとする勇儀。彼は鬼の拳を見据え、心なしか死を覚悟しているようにも見える。
無論そんなことはない。絶体絶命の(実際は死ぬことはないのだが)ピンチを前に、状況打破の為にいよいよ虎の子を用意して待ち構えているのだ。狙われている‘胴’、一番大きな岩に神力を集めて。
「終わりだッッ!!」
「!」
生体攻撃が、コークスクリューの形で襲い掛かる。
勇儀は見落としていた。生体攻撃に、それまで幻想郷にあったやり方で対抗できる方法を。
機械を介するか介さないかに関わらず、生体攻撃の威力は出力の大小に左右される。例えばアームキャノンは、羽虫一匹殺せないカスカスの弾から、マンハッタンを三つ四つ吹き飛ばす位の大爆発を起こすことまでできる。…勿論その兵装が実際に使われたことはなく、威力はあくまでハルベルトの語っていたカタログスペック上の話であり、プログラムも小櫃の手で削除されたのだが。
話を戻す。
神力の壁があった場合、生体攻撃でそれを壊すには障壁を上回る出力、エネルギー量が必要であり、その条件を満たしていない場合は、
「なっ…?!」
その向こう側にあるものにダメージを与えることは、不可能である。
「間に合って良かった」
バラバラに割れた岩だったが、それはロクスの敗けを意味するものではなかった。神力でプロテクトされた岩の内部に格納され、直前まで整備していたその鋭角な黒い人型が登場する様は、奇しくも鬼退治で有名な桃太郎によく似ていた。
ロクスが新たに用意していた、人間サイズの身体だ。
「がっ!?」
窮屈な岩の身体を脱ぎ捨てたロクスが直後に空中で繰り出したサマーソルトキックは、勇儀の顎に命中し、彼女を往年のサッカー漫画のボールの如く突き飛ばした。同時に、ロクスの背にある、角張った甲虫の前翅のような部位が展開し、点火、爆発。化け物じみた加速度を生み出し、勇儀の落下地点に先回りする。
「かはっ…!」
掌底打ちで受け止め、ふらつく勇儀に肘打ち。そのまま単純なパンチでラッシュを仕掛ける。それまで攻撃を食らっておらず体力にも余裕のあった筈の彼女は、経験したこともない威力に反撃もままならない。
秘密はロクスの身体にある。ケイ素を主成分とする内外骨格、軟質重金属の内臓、形状記憶合金とバイメタルの筋肉、能力で合成したロケット用の液体燃料(
「ぐ、ふぅっ…!」
今度は勇儀が膝を突いている。ヒュウヒュウと掠れた息を漏らしつつ、彼女は手を伸ばせば届く距離にいるロクスを見上げ、がなった。
「…あんただって、立派な妖怪じゃないか…! それなのに、なんで…なんで私達の生き甲斐を、
「……」
暫し押し黙るロクス。運動系の形成に時間を食い、頭があっても相変わらず顔に相当する器官は備えていないが、立ち尽くし僅かに上向いたその姿は、何かを思案しているように見える。たっぷり二十秒使って、ようやくロクスは返答した。
「勇儀殿やお仲間が戦いというアイデンティティーを守りたいように、拙者達もまたそれまでの平和を、友を守りたいのだ」
「だったら尚更!」
「故に、勇儀殿にこの言葉を贈りたい。少し前小櫃殿に教わった大切な言葉だ」
「…小櫃が?」
勇儀の問いにロクスは頷く。一呼吸おいて、続いた。
「『我が身を抓って人の痛さを知れ』」
その言葉が、鉄拳と共に。
勇儀は絶入した。
――この人里は、我々ブロークンタスクが完全に包囲しました。鬼達は直ちに投降しなさい。
里の周囲から、大音量のプロパガンダ放送が聞こえてくる。どうやら援軍が駆けつけたらしい。
「この声は…八雲の
八雲藍が動かした大部隊に、ロクスはここでの勝利を確信した。
ロクスへの信仰がもっと大きな規模のものだったなら、彼一人で火山噴火だって起こせるし、その気になれば島も作れちゃうかもしれません。信仰に比例して、彼の力も大きくなります。天変地異という意味では幻想郷でも五本の指に入るでしょう。
こらそこ、「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」とか言わない。w
神力を持ってまだ日が浅い(守矢コンビに比べれば尚更)ので、彼だけでオリジンギアを相手取るのは難しい…筈。