東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy.   作:影のビツケンヌ

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戦闘イメージBGM:メタルギアソリッドより『encounter』


Paranormal ability

 上弦の月が、山の稜線に隠れようとしている頃。

 かつて佐渡の団三郎狸と恐れられた化け狸、二ツ岩マミゾウは、冥界の殺風景な岩場の片隅で、何故自分がこんな状況に陥っているのかを思い返していた。左脇腹に深手を負い、動くこともできず座り込んでいる彼女の前では、鉄色の紋付袴を着た白髪の老人が太刀を手にし、オリジンギアの戦闘員と切り結んでいる。

 

 「儂、は…」

 

時間は二時間弱遡る――。

 

 

 

 

 

 オリジンギアに殺された旧友であり、平安京を震撼させた鵺――封獣ぬえは、かつて佐渡島にいたマミゾウを幻想郷に呼び込んだ。その時の理由は誤解を恐れず言えば異変の脅威を過大評価したぬえの早とちりだったのだが、まさか自分もぬえと同じく旧友を外界から呼び込むことになろうとは、当時の彼女は考えもしなかった。

 マミゾウの旧友の名は、隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)。四国最高の神通力を持つ有名な化け狸だ。これまでも妖怪の賢者達主導のブロークンタスクとは一線を画して独自にオリジンギアへのスパイ活動を行なってきたが、自分独りでは紅魔館のセキュリティシステムの突破に限界を感じ、この度彼に助力を求めたのであった。

 そして里外れの森沿いにある小道で、マミゾウは隠神刑部と会うことができた、

 

「久しいな、刑部よ。大体二百年振りか…む?」

 

のだが。

 自分に振り返った男は、確かに隠神刑部だった。かつての戦いで左上顎を大きく損傷し歪んだ顔、峭刻な容貌、二メートルを越す巨躯、同様に大きな尻尾、好んで着る裃。妖気の質も間違いはない。だが彼の足下には、全く同じ姿をした男が倒れ、血の海を作り出していたのだ。

 その時マミゾウは、眼前に立つ‘隠神刑部’の左手に、トリガーの付いた不明な金属製の筒が収まっているのを認めた。記憶を辿ると、それがオリジンギアの開発した近接戦闘用生体攻撃兵器のプロトタイプ(弾蔵がマルチシューターマシンの小型化の指標として小櫃の記憶から再現したもの)である『バイオロジカルファング』だとわかった。

 ――状況証拠は揃う、こいつが沈めたに違いない。

 そして‘隠神刑部’の目の奥に浮かんだ()()を感じ取り、マミゾウは多分な怒りを孕ませ口を開いた。

 

「…お主、刑部ではないな。何者じゃ?」

 

すると彼は片方の口角を吊り上げてほくそ笑み、

 

「…やはり、もう少し早くに到着すべきだったか」

 

隠神刑部の声を借りるその存在に、マミゾウは殊更激しい憤りを覚えた。

 

「さっさと正体を現さんか」

「まあそう急かすな、私の術は少々特殊でな」

 

 それが変化(へんげ)を解く様子は、奇怪極まりないものだった。

 まずマミゾウは、茶色の地に黒い縞のある‘隠神刑部’の尾がぞわりと震えるのを見た。毛は尾の付け根から徐々に抜け落ち、同時に薄汚れたような灰色と黒の毛が生えて元の横縞に成り代わる。

 よく手入れされた柔らかな髪も同様に抜け、白髪交じりの黒い剛毛が代わりに現れる。

 背丈は三十センチも縮み、尾の大きさだけが変わらない為に、化け狸の格を示すそれが余計に誇示されて見える。裃も身体の一部なのか、うぞうぞと動いて色と形を変え、灰色無地の着流しに早変わりする。

 顔の歪みは消え、険しさも幾らか削がれて小粋なものになるが、それだけに、口が張り裂けんばかりの三日月形に歪んだ口が生み出す狂気が、吐き気を催す程に一層強調された。

 

 「これでよし」

 

声もまた、重々しく威厳のある隠神刑部のものから一オクターブ程高くなっている。

 

 「……!!」

 

長く生きてきたと自負するマミゾウだが、こんなものは前代未聞だった。

 『化け()()()程度の能力』を持つマミゾウに限らず、狸や狐の‘化ける’技術は、自らの妖力を媒介として、生物非生物問わず対象の見え方を変える妖術の一種である。幻とは違って無から有を生み出すことはできず、元々持つ性質も変えることはできない為、古来からの伝承にもあるように、それなりの目のある者には見破られる。

 しかし目の前の化け狸は、恐ろしいことに、自身の肉体そのものをまるごと作り変え、それに伴って妖力の質さえも変化させていたのだ。本質が変わらないという常識を覆したそれは最早変化という領域ではなく、変身(transformation)…否、変態(metamorphosis)というべきものであった。思考パターンさえ読まれなければ、誰も見破ることなど出来はしないだろう。

 そしてマミゾウが一番恐怖したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 細胞を作り変えるというのは、実は生物が化ける技術を持てば必ずその片鱗に触れる機会がある。だが中途半端にそれに近付いた者は、化ける前の姿を忘れて妖怪としては死んでしまう。マミゾウの仲間達がそうであったように、例えば浅はかな化け狸が誤って人間の身体に「細胞を作り変え」てしまえば、見てくれだけを変化させる通常の化けと違い可逆性が極めて悪く、即ちタヌキですらなくなってしまうのだ。

 こやつ、正気か? それがマミゾウの感想である。

 

 「驚くのも無理はない。私は狸の中でも異端者だからな」

 

異端者、という部分に妙に力を込めて、化け狸は言い、自嘲気味に笑う。

 

「そして私が何者かについてだが、…生憎、貴女程の名のある狸に名乗る程の者ではない。人に忘れられ、今は元々の妖力量が幸いして、辛うじて生きているようなものだ。故に…」

 

 バイオロジカルファングの先端が僅かに持ち上がり、トリガーに掛かった人差し指がピクリと動いたのを察知した時点で、マミゾウは回避行動に移っていた。生体攻撃兵器の強みの一つは、相手がどんなに痛みに慣れていても、絶対に耐えることのできない――小櫃をして「‘生物的に根本的’な痛み」と言わしめる――尋常でない痛みを与えて無力化できること。一発当たった時点で、後に続く攻撃は全て当たるものと考えねばならない。その先に待つものは死だ。

 ところが。

 

「始めから正面切ってやり合うつもりは毛頭ないのだよ」

「があぁあっ…?!」

 

展開されたバイオブレードの刃渡りは、マミゾウの知っていたものより遥かに長かった。彼我の距離は最低でも二メートル半、通常のバイオロジカルファングの攻撃可能範囲から一メートルも離れている。だというのに、彼の持つそれは三メートル以上も伸びて、彼女の左脇腹を抉り、掻き裂いたのだ。

 覚悟はしていたが、猛烈な痛みが襲い掛かってくる。退却して態勢を立て直そうとか、傷の度合いを確認して処置を行なおうとか、そういった正常な判断力も消え失せる程の。痛い、痛い、痛い…それだけが思考を埋め尽くす。膝を突き、血がどくどくと溢れ出る傷口を押さえて蹲ることしかできない。

 

「さて、ここでの用は済んだ。人を待たせているのでね、私は消えさせて貰うよ。フフフ…」

 

化け狸が憎たらしい声を残してどこかへ行ってしまった、そのことを認識した辺りから、マミゾウの記憶は途切れている。

 

 

 

 

 

 そして目を覚ますと、冒頭に戻る訳である。

 何故自分が冥界にいるのかという問題について、一時は死んだのだと思ったが、腹に包帯が巻かれていること、何より傷の痛みが、皮肉にも自分がまだ生きていることを教えてくれた。つまり何者かが自分をここへ運んだという結論に自然と行き着く。

 恐らくは、目の前の老剣士。たった今戦闘員を一人斬り伏せ、残る一人と対峙したところだ。

 

 「なっ何故だ?! 何故その刀は折れない?! バイオブレード相手に質量剣が勝てる筈は…」

 

質量剣。オリジンギア内で、バイオブレードと対比するよう最近作られた用語。要は従来の刀剣のことである。多数の敵を相手にしても動じない老剣士の剣の腕前もさることながら、その戦闘員が驚いているのは、製法と構造故に極めて強靭な日本刀をも容易く叩き折る出力で展開されたバイオブレードが、老剣士の持つそれを折ることができないことだった。

 

 「…聞けば、バイオエナジーとやらは、それ自体が物理学的に干渉できる‘力荷’を持った粒子だという」

 

そこで初めて、老剣士は口を開いた。隠神刑部とはまた違う響きの、厳かな声だった。

 

「ならばこの妖刀『肉喰鼠(ししくいそ)』で以って、活路を開くことはできる」

「どういうことだっ?!」

「肉喰鼠は斬る対象から受けるあらゆる力――抗力は勿論、光、熱、電気、及び力学的エネルギー、更に霊力や妖力さえも喰らい自分の糧とする。肉喰鼠の顎に収まりきる限りは、斬ろうとしたものに折られることはないのだ」

「くっそぉ、やぶれかぶれだぁ!!」

 

自身の優位を崩され、自棄になって突貫する戦闘員。老剣士は落ち着いて『肉喰鼠』を中段に構える。剣先が触れ合う程の間合いに入った瞬間、踵から強く踏み込み、右斜め上方へ大きく振り抜いた形で戦闘員の後ろへ抜けた。

 

「ぐう…強…」

 

戦闘員は、右脇腹から左腋の下にかけての傷から鮮血を噴き出し、仰向けに倒れた。悔しげに呟き、息絶える。

 老剣士は刀の血を払って鞘に収めてから、屍を避けながらマミゾウに歩み寄り、彼女の前にしゃがんだ。

 

 「敵は倒しましたぞ、団三郎狸殿。これで一先ずは安全です」

「そなた…、は?」

「失礼、私は魂魄妖忌と申します。七百年前までは白玉楼にて庭師兼剣術指南役を務めておりました」

「…ここへは、妖忌殿が?」

「はい。傷の処置も致しました。直に孫がここに参ります、暫しお待ちを」

 

 魂魄、という苗字には覚えがあった。魂魄妖夢――白玉楼の()庭師兼剣術指南役である半人半霊の少女は、幻想郷縁起にも載っているし、ぬえが自分を呼び込んだ異変で初めて顔を合わせて以来、人里へ買い物にやってくる彼女と会うことも多かった。

 妖夢の口からは、時折剣の師である自分の祖父のことが零れることがあった。彼女の祖父を名乗るなら、腕も人格も信用に値するだろう。マミゾウはこの異変が始まって以来最も大きく安堵した。

 

 「お久し振りです、マミゾウさん」

「そうじゃな。こんな時でなければよかったが…」

 

数分の後、妖忌の言った通り妖夢は現れた。黒いリボンを付けた銀髪のボブカット、白いシャツに青緑色のベスト、同色の動きやすい短めのスカートに草履という恰好の少女だ。その背後には半人半霊の証、白く大きな霊体が浮遊している。彼女は一癖も二癖もある人物の多い幻想郷ではからかわれがちな、油を差し過ぎた時計のような(つまり空回りする)努力家だが、真面目で純粋な気質には好感の持てる人物だと、マミゾウは評価していた。

 

 「妖夢よ、やはりお前一人では屋敷に戻るのは無理そうか?」

「ええ…あの数ですし、楼観剣と白楼剣が折られては、どうにも…」

 

マミゾウは妖夢の言葉で、剣士である筈の彼女が帯刀していないことに気付く。妖怪が鍛えたとされる、紐で背負う程長大な野太刀『楼観剣』。魂魄家に伝わる、斬られた対象の迷いを断つ脇差『白楼剣』。二種類のアンバランスな刀を用いて戦うのが彼女の戦闘スタイルだったが、そのどちらも“折られ”たという。改めて、生体攻撃兵器並びにそれと渡り合った肉喰鼠の恐ろしさを噛み締めた。

 

「ふむ、ではこの肉喰鼠を持っていきなさい。今半霊がブロークンタスクの救助隊と合流した。お前の友人達だ。彼女らと協力して、幽々子様を助け出すのだ」

「はい、師匠」

「それと、これは師としてではなく、お前の祖父としての忠言だ。――お前は昔から感受性の強い子だから、敵の言葉に揺らぐ時もあるだろう。そんな時こそ、内なる己に目を向けて、強く信念を持ちなさい。真実は斬って知るものだ」

「…うん。ありがとう、おじいちゃん」

「うむ。私はこれから団三郎狸殿を安全な場所まで送り届ける。幽々子様を頼むぞ」

 

二人の仲の良さに和んでいるうちに、マミゾウは勝手に自分の処遇を決められてしまったが、悪いようにはされまいと思っていたので、別段何も文句を言うことはなかった。妖忌に背負われる時も、抵抗は一切ない。

 妖忌が飛び立ってすぐに、その下方を五人――霊夢、魔理沙、早苗、咲夜、そして素子が飛んできて、妖夢と合流するのが見えた。先程まで見当たらなかった妖忌の半霊は、丁度任を終えて彼の元に戻ってくる。

 

「……」

 

 優秀なボディガードで身の安全が確保されたマミゾウは、ようやくあの化け狸についてゆっくりと思考する暇を与えられた。

 “人に忘れられ”たのなら、幻想郷に来るのは自明の理といえる。だがそれにしても、自分があんな能力を持つ狸を知らないことにまず驚いていた。何度か人間に化けて稗田の屋敷にある資料を閲覧しに行ったことがあるが、そのメモリーを漁っても、彼に関する情報はまるでなかった。幻想郷にすら忘れられては、彼は一体どこに居場所があるというのか。

 そして、彼の能力。あんなものを使い続けていては、いつか固定化された姿を持てないシェイプシフターに成り下がってしまうだろう。それでも彼が狸を自称できるのは、あの飄々とした態度の奥に強烈なアイデンティティーを堅持しているからに違いない。その異常性は、英雄小櫃の掲げる正義にも通ずるものがある。小櫃は常人には辿れぬ険しい道を進んで歩いていながらも、自分の中に何の矛盾も疑問も生じさせずに平気で生きている――無論あの化け狸は、明らかに正義とは対極の者だが。

 どの道、異常(paranormal)にも程がある! マミゾウは、ますますわからなくなった。




こいつ重要ですのでよく覚えておいてください。
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