東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy.   作:影のビツケンヌ

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今回はメタルギアソリッドポータブルオプスのオマージュがふんだんに使用されています。パクリだと感じたならそれは自分の技術不足です…

二〇一六年十二月二十五日、本文修正


Primeval commandment

 小櫃に宛がわれた地霊殿の一室に、ジェイビークが夜食の握り飯と水を載せたトレーを運んできた。

 

「入らせて貰うよ」

 

ドアを開け、部屋の中に進入すると、当然ながら彼はそこにいる。

 僅かに身動ぎするだけでぎしぎしと軋む古い椅子に座り、机に向かったまま動かない小櫃。その顔にはマイク付きのHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が装備されており、そこから来る音と映像に意識を集中させているようだった。

 ブロークンタスクの上層部は小櫃の提案をすんなり受け入れ、冥界への救助隊派遣を早めた。紫の親友である幽々子を早い段階で助けることができなかったのを挽回したいという思いもあったのだろうが、オリジンギアとの戦いが長引く中、少しでも戦力になる者が欲しいのは間違いのない総意であった。

 だがジェイビークは、ここで一つだけ条件を出した。霊夢達に専用武器の扱い方を教えると同時に、生体攻撃兵器全般の特性を理解させるべく、小櫃を生体攻撃に対する戦術アドバイザーとして付けるというものである。その理由は半分は建前。この救出作戦について前もって得ていた漠然としたビジョン(予知)に不安を覚えていたからというのがメインである。

 

 「夜食を持ってきたけど…邪魔かな?」

「来たこと位わかっているぞ、バイオロケーションを忘れたか? そこに置いてくれればいい」

 

マイクを切って応答した小櫃の言う通りに、ジェイビークはトレーをドアの脇に置く。同時に彼は謝罪した。

 

「…済まないね」

 

こんな夜遅くに、万全の状態でない小櫃を起こしていることへの謝罪だ。しかし言外に、確証を持てない自分の憂心の為に彼を利用していることにも謝罪していた。それは彼には届くまいと思って。

 正確にどれ程の昔からかは定かでないが、チョウゾは傷害の思考が意識に上ると、精神的・肉体的な苦痛を伴うような精神プロテクトを自らに施している。長寿命による高齢化で絶滅の危機に瀕していた彼らは、自分達の持つ高度な技術力をコスモ暦の宇宙の繁栄と平和の為に托そうとしていたのだが、平和を求めるが故のその致命的な弱点を突かれ、一大拠点であった惑星ゼーベスを宇宙海賊(スペースパイレーツ)に乗っ取られてしまった。チョウゾ滅亡を加速させた要因である精神プロテクトの施行はジェイビークも例外ではなく、彼が表に出て行く(闘う)ことは叶わなかったのである。

 

 「気にするな」

「?」

「俺が、選んだことだ」

「……」

 

しかし小櫃は、それをその二言で許した。ジェイビークは能力を使っていなかったが、小櫃に自分の胸の内を見透かされているような気がして、途端に恥ずかしくなった。

 そそくさとチョウゾが退散した後、沈黙が部屋を覆う。しかしそれでも、小櫃の耳には五人の少女達の声が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 「なあ、この異変が終わった後の宴会ってどうするんだ?」

「取り敢えずうち(博麗神社)じゃやれないわね。苦労も半端じゃないからでっかくないと気が済まないわ」

「え、でも…何ていうか、ちょっと不謹慎なんじゃ…」

「考え方を変えるのよ、むしろ楽しんだ方が犠牲者だって浮かばれるでしょう」

「冥界でやるのはどうでしょうか。きっと皆ここに来ますし」

 

素子は言葉も出ぬ程感嘆していた。自分以外が、既に‘勝利した後’を考えていることに。

 犠牲者も出ているのに宴会の話など不謹慎であるとか、そもそも獲らぬ狸の皮算用もいいところだとか、そういった気持ちがない訳ではない。だがそれが確かな経験に裏打ちされた余裕からくるものであると考えれば、途端に説得力を増した頼もしいものとなる。これまでスペルカードルールを遵守してきた者達だが、今回のテロリズムでも問題なく解決してしまうかもしれない。素子にそう思わせるだけの安心感が、そこにはあった。

 うんうんと、一人納得して頷いている素子の右肩で、動くものがある。

 腋を通してベルトで固定された台座の上に、斜めに太く短い軸が突き出し、その先端につるつるした球体が備わっている。透明な球体は外側に高感度のマイクと小さなスピーカー、内側に左右に隣り合って並んだ二つのカメラを備え、それそれが同期して動くようになっているらしい。

 

 「呑気なものだ」

「それがいいんですよ多分。元来そういうものなんだと思います」

 

スピーカーが小櫃の声を発し、素子はそれに答える。カメラは一瞬素子の顔を見たが、すぐに前方に向き直った。

 

「しかしこれはいいものだな。少々3D酔いが心配だが」

「三時間以上連続しての使用は控えてくださいね。光感受性刺激とかも心配ですから」

「了解した。頭に入れておこう」

 

 この機材は、素子が外の世界の技術に触発され開発していた視聴覚双方向通信プローブ『バイロケートα』である。これは地霊殿の小櫃が装着したHMDに内蔵されているジャイロセンサーと連動するテレイグジスタンス(遠隔臨場感)の一種で、未完成だったものだが、今回の任務に当たり藍の妖術、式神を使役する際のものを用いて稼働させている。

 幻想郷に前世紀のPC(パソコン)が流れてくることはさして珍しくもなかったが、魔法の森付近にある、外から流れてきた物を専門に取り扱う店『香霖堂』の店主、森近霖之助がそうしたように、河童以外の種族にはコンピューターは式神の一種として解釈されることが多かった。小櫃はこの解釈を「ナンセンスだ」と否定したが、複雑な術式を組んで行動や思考のパターンを設定する様は確かにコンピューターのプログラミングに通じるものがあるし、しっかりした防水処置を施さねば水に弱いのも共通している。システム面を式神で代用できたのは、偏にこれが理由であった。

 物寂しい草原を抜け、何百段あろうかという長い長い石段を越えた先に、立派な塀に囲まれた屋敷が見えてくる。好都合なことに門に見張りなどはおらず、妖夢はこれ幸いと門を飛び越えて前庭に着地し、ここに来るのが初めてでない他のメンバーもそれに続いた。

 そこでようやく、彼女達は異変に気付いた。

 

「妙だな…嫌に人気がない。静か過ぎる」

 

魔理沙が口にした言葉は、皆が思ったことを全て代弁していた。塀の外はともかく、内側を警備すべき歩哨の気配も感じられないのだ。既に部隊は撤収したのではないか、という可能性が全員の頭を駆け巡ったが、まだ断定はできない。「罠かもしれん。突発事象に留意しろ」小櫃が注意喚起すると、一番近い素子が「わかりました。二手に分かれましょう」と応対、提案する。

 

「では、私と早苗さんと素子さんで西側、霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さんで東側から、屋敷の裏に回り込みましょう」

 

妖夢の人選に反対意見はない。東側の三人は異変解決に最も長い間関わってきたトリオだ。西側は足の速い妖夢を早苗がサポートでき、いざとなれば必殺のプラズマビームがある。勝手知ったる他人の家だが、双方慎重に、妖夢が手入れした庭を進んでいく。

 

 「……」

 

妖夢と早苗をカメラに映す為最後尾を行く素子は、ここに来るまでとは真逆の、言い知れぬ不安感に苛まれた。任務を放棄するつもりはないが、どうしてかここにいてはいけないような気がする。ジェイビークが小櫃を起こしてまでしてアドバイザーに付けた理由に、彼女は近付きつつあった。

 

 「これは…」

「西行妖が引き倒されてる?!」

 

最初の角を右折した素子達が目にしたのは、大人が複数人集まってやっと囲えるかという程の太い幹を持つサクラの大木が、枯山水を滅茶苦茶にしてその身を横たえている様であった。

 白玉楼は生前の幽々子が住んでいた屋敷をそのまま冥界に移転したもので、その時に庭の木も全て移転してきた。この西行妖は、歌聖と呼ばれた幽々子の父がその根元で死んだのを皮切りに、同じ場所で多くの人間が死んでいったことで妖怪化したサクラであり、自殺した幽々子の亡骸を基点に封印されていた。

 封印されていても妖怪桜というだけあり、深く太く伸びたその根は極めて強靭で、妖夢の剣ですら通らない。しかし、今倒れている木の根の方へ回ってみると、

 

「…酷い」

「こんなもの剣術じゃない。ただの暴力よ」

 

恐らくバイオブレードによるものだろう。根はズタズタに切り刻まれ、痛々しい断面を晒している。直視に堪えない執拗なその手口は、動物でなく植物だというのに、無惨なやり方で殺された人間の遺体を連想させ、師匠から「剣の在り方」を説かれた妖夢を憤慨させるには十分だった。

 

 「小櫃さん…見えますね? どう思いますか、この状況」

「わからん。ここを乗っ取ったことを誇示する目的か、或いはもっと別の何かか…とにかく先を急いでくれ」

 

 ここにいる誰も、地霊殿の小櫃でさえも、既に敵の術中深く嵌っていることに気付けずにいた。

 西行妖が、封印され、‘能力’を封じられていたが為に――

 

 

 

 

 

 東西に分かれた救助隊が裏庭に辿り着いたのは、白玉楼突入からほんの十分強後だった。それまで閑散としていた彼女達の視界は、そこに集まるオリジンギアの隊員達――武装していない非戦闘員も見受けられる――でにわかに騒々しくなった。

 東西共に、石組の陰に隠れて様子を窺う。どうやら彼らは、ここに集められた理由を知らないらしい。皆ああでもないこうでもないと、口々にそれを議論している。無数の足の間にちらりと見えた二刀を見て、妖夢は名残惜しそうに首を伸ばしたが、屋敷の障子がぴしゃりと開け放たれ、大股に歩いてくる少女の姿を捉えて、慌てて首を引っ込めた。

 

「あっ…グリプテルです!」

「あの子が…」

 

素子は息を殺しながら、グリプテルと隊員達をぎりぎり視界に収められるだけ顔を出す。バイロケートα(小櫃)も状況把握ができるよう、岩に張り付き、右肩を大きく上げた恰好になった。少し辛いが、文句は言っていられない。

 

「セイカの姉と聞いていたが…似ても似つかんな」

「おや、何か話すみたいですよ」

 

グリプテルの容姿に小櫃が感想を述べた直後、早苗が彼女の方に動きがあるのを知らせた。

 グリプテルは、ざわめく烏合の衆を前に深呼吸し、

 『演説』を、始める。

 

 「聞け!! 全ての戦士達よ!」

 

強い調子の呼びかけから始まったそれは、不思議な響きを持ち、素子は抵抗なく自分の頭の中に入っていくような感覚があった。

 

「幻想郷はやがて変わる! 妖怪の賢者達、そして博麗の巫女――奴らには最早この小さな世界一つを牛耳るだけの力も権威も残されていない」

 

演説の最中にプラズマビームでも撃ち込めばすぐさま殲滅できるだろうが、彼女は「情報を引き出す為」と自分に言い聞かせてグリプテルの声に聞き入り、そうしなかった。小櫃が黙っているから大丈夫だろう、頭の片隅でそう考えながら。

 

「泥沼化した我々との戦闘に各地域の列強が苦しんでいる間に、奴らの支配下にあった中小妖怪の勢力は飛躍的な発展を遂げた。そして、『空を飛ぶ程度の能力』の無効化によって、当代の巫女博麗霊夢はこれ以上の生体武装化についていく余力がなくなった!」

 

霊夢のくだりは少々情報が古いが、それでも隊員達の士気を上げるには、ここまでは十二分といえる。救助隊の全員が、グリプテルの見事なスピーチ――内容ではなくその技術――に敵ながら感心していた。

 

「――だが、」

 

 しかし、ここで空気が一転する。

 

「幻想郷が変わったからといって我々の春が訪れる訳ではない」

 

その否定的な台詞、口調とは裏腹に、グリプテルが不敵な笑みを浮かべているのを見逃す者はいなかった。彼女の演説は続く。

 

「巨大陣営の支配から解き放たれ、これまで押さえ付けられていた諸妖怪の民族主義は、活発化するだろう。そして、貧富の差の拡大が互いの憎しみを煽る。かの英雄四島小櫃の管理下から外れ我々が手にした生体攻撃兵器の情報が開示されれば、幻想郷中に拡散したそれらがいつどこから撃ち込まれるかわからない時代が訪れる。たとえ同盟を結んだ陣営であろうが、いつ敵になってもおかしくない…それどころか、同じ陣営の人妖が、殺し合う時代が訪れるだろう」

 

一拍、

 

「…今のお前達のように!!」

 

 グリプテルの笑みは、その時不敵というより、狂的というべきものに変わっていた。“お前達”と言った時、かなり距離がある筈の自分と視線が交錯したことに素子は肝を潰したが、それでも彼女はその場に釘付けのまま、だらだらと冷や汗を流し、眼球すら動かせずにいた。

 視界に映る隊員達もまた、自分と同じく動かない。彼らもまた感じているのだろうか、この感覚…心臓を鷲掴みにされているような――

 

「…いかん」

 

ふと、耳元で小さな作動音と、小櫃の声。

 

他感作用(アレロパシー)だ!! しっかりしろ素子!」

 

スピーカーの音量を上げたのか、急に大きくなった小櫃の声に叱咤され、素子ははっと我に返った。先の奇妙な‘感覚’も消えている。

 

「あ、アレロ…何ですって?」

「アレロパシー、ある種の植物が他の動植物に影響を及ぼす物質を産生する能力だ!! 西行妖を殺したのはこの為だったんだ、奴を止めろ!!」

 

後ろを見れば、その影響は明らかだった。妖夢は右手で頭を抱え、何とか持ち堪えているようだったが、早苗は地面に蹲り、「あ…ああぁあ…」とか細い声を出しながら震えている。

 西行妖は人の血を吸い過ぎて妖怪化したが、いつからか近付く人間を自殺させる――『死に誘う程度の能力』とでもいうべき力を持つようになっていた。幻想郷縁起の改稿に関わった小櫃の見解では、この力は植物の他感作用が程度の能力として昇華されたもの、つまり魔法的に変性したアレロケミカルを放出して周囲の人間を操り、殺害していたのだとされている。

 そしてその能力は、明確な自我を持たない西行妖だからこそ「殺して喰う」ことしかしてこなかったものの、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()と、その頁は締め括られている。

 今グリプテルが、それを実際に行なっていたのだ。

 

 「昨日までの隣人が、戦友が、家族が、お前に銃を向けるかもしれない」

「や…止めてグリプテル!!」

 

素子は石組の後ろから躍り出たが、能力を使うことはしなかった。

 

「何故撃たん! プラズマビームを使え!!」

「…ッ」

 

 小櫃が怒鳴っても、素子は棒立ちのままだった。そうしている間にグリプテルは更に能力を使い、冥界の管理者を助けに来たブロークンタスクの救助隊は、皆無力になってしまった。

 

「お前を恨んでいる人間はいないか?!」

「親父、母さん…そうじゃない、そんなつもりじゃ…!」

 

普通の魔法使いが。

 

「お前を馬鹿にしている人間はいないか?!」

「違う…そこにいる、二人とも見えるのに…!」

 

守矢の風祝が。

 

「お前は本当に誰かに必要とされているのか?!」

「お嬢様…妹様…私は、私はぁ…!」

 

紅魔の従者が。

 

「お前を殺してやりたいと思っている人間は本当に誰もいないのか?!」

「だって…だってそれは巫女の仕事で…!」

 

博麗の巫女が。

 皆、‘堕ちた’。

 

 「止めろ、グリプテル!!」

 

痺れを切らした小櫃が怒声を上げたが、グリプテルは一層笑みを深め、幼い顔を歪めていくばかりである。この時を待っていたらしい。

 

「私の部下がお前達の中にも紛れているぞ…私の命に叛いたお前達を殺す為に!」

「嘘だ、騙されるな!」

 

ここまでくれば、小櫃にはこれが演説などという生易しいものでないことは明白だった。グリプテルが西行妖から奪った――どういったやり方かは定かでないが――能力で作り出す物質は空気中に散布され、吸い込んだ者は他人の言葉に揺さぶられやすくなる。そこまでの推論を立てること位なら彼には他愛もないことである。…解決できるかどうかは別として。

 

「殺される…殺される…!!」

「気をしっかり持たないか!! 奴の声に耳を傾けるな!!」

 

小櫃は敵である筈のオリジンギアの隊員達にも必死で呼びかけていた。カメラ越しの映像でバイオエナジーの流動こそ見えないものの、彼はグリプテルの行動に味方への明確な悪意を感じ取っていた。勇儀のような者達を知ってしまった以上、立場上敵でも剥き出しの悪意に曝されて死んでいくのは我慢ならなかったのだ。

 

 「お前達の敵は、お前達のすぐ隣にいる。お前か?! いやお前だったか?!」

 

だがその場にいない小櫃も、救助隊と同じかそれ以上に無力だった。

 

「この幻想郷は(シェルター)であり避難所(ヘイヴン)だが、同時にそこら中に火種が転がる火薬庫(アーセナル)だ! 世界は容易く壊れてしまう、たった一度の小さな異変で…いや、ただ一発の銃弾(バイオバレット)で!!」

 

自分の言葉に酔って『演説』するグリプテルに、彼女の部下達は精神を完全に掌握されていた。一様に何かに怯え、見開かれた目は焦点が定まっていない。

 

「…いたぞ――」

 

そして遂に、

 

「敵だッ!!」

 

 グリプテルがどこからともなく取り出した、退魔の符が貼られた小さなナイフ。それが聴衆の一点に勢いよく投げつけられ、戦闘員の胸に浅く刺さったのを合図に、

 

「うッ、…うわアァあぁあァアアアあぁぁあああアアアアあ?!」

 

その戦闘員は恐怖に駆られてアサルトライフル型の生体攻撃銃を乱射し、

 

「敵…?! 誰が敵なんだ?!」

「本当に撃ってきやがった…!?」

 

それに応じるように、隊員達の間で、各々の火器での銃撃戦が始まってしまった。グリプテルに揺さぶられ、心の奥底に眠っていた猜疑心や劣等感、憎悪を引き出された彼らは、そのせいでろくに狙いも付けられず、弾数に制限がないのをいいことにむやみやたらに撃ちまくる。手足が千切れ飛び、首が潰れ、血飛沫が舞う。

 その様子を前にして、グリプテルは。

 

「ふふふっ…アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

(わら)っていた。可笑しくて堪らない、嬉しくて仕方がない、へそで茶を沸かすとはこのことを謂うのだと言わんばかりに。

 

「止めろ! 止めるんだ!! 何を躊躇している、止めさせろ素子ォ!!」

「…止めたければ自分で止めてみたらどうだい、英雄サン」

 

ひとしきり哂ったグリプテルは、小櫃に(正確にはバイロケートαに)声をかけた。小櫃は自分を知っていることに驚きはしたものの、それを機械に反映させることはなかった。

 

「私達の計画の準備は整った。空素子から奪った坑道を警固していたこいつらは、もう必要ないのさ」

「だから部下を殺すのか?!」

 「私が唆し(教え)たんだ」

 

小櫃はむしろ、屋敷の部屋の奥の暗がりから現れた、あの化け狸の方に驚異を表出させた。

 

「おっと失礼、()()()()自己紹介が要るな。私は流木(ながれぎ)庄左衛門(しょうざえもん)。またの名を、…メタモル・ラクーンドッグ」

「お前が…」

 

幹部の内彼が最も危険視していたのが、他でもなくメタモル・ラクーンドッグだった。『正体を判らなくする程度の能力』を持つぬえは既に死亡し、マミゾウが敵についていないことは確認済みであったから、彼女らとは違うやり方で化けている人物であろうことはそこから予測できた。そして最悪のケース即ちその変身能力を用いてブロークンタスクに紛れ込まれる可能性もあり、早急に危険を排除したいと考えていた。‘こんな形で’遇うことになろうとは、流石に予期していなかったが。

 未だ続く銃撃戦の最中(さなか)、庄左衛門と名乗った化け狸は続けて口を開いた。

 

 「部下を殺す理由、だったかな? まず断っておくが…部下を殺すのではない。私達は、()()()()()のだ」

「全てを…?」

「そうとも。お前がいた世界で見てきただろうが、何も人間に限った話ではない…妖怪も、神も、天人も、死神も、閻魔でさえ、知的生命体は皆が身勝手で利己的で救いようがない存在だ」

「何が言いたい?」

「…ならばいっそ、全て滅んでしまえば…そうすればいいのではないかな?」

「……っ!!」

 

 この問答で、小櫃は確信した。この男は、この男の持つミームだけは、絶対に生かしてはおけない。オリジンギアの目的からすら逸脱している。破滅主義的思考、己の捻じ曲がりきった‘正義’で文化的汚染物質を撒き散らす、恐るべき絶望と破壊のミームだ。

 自分が今まで見たこともなかった『絶対敵』。幻想郷…否、この世に生けとし生けるもの全ての不倶戴天の敵。

 ‘これ’は、自分の正義で以って裁かねばならない。

 

 「この惨状を目に焼き付けておくといい。少しは納得がいくだろうさ」

「それじゃあね、英雄サン。私達は行くから、これ以降も直接は会わないことを祈ってるよ、アハハハ」

「待てっ!! くそっ素子何をしている!! 奴らを殺せ!!」

 

グリプテルと庄左衛門の足下に仕掛けてあったと思しき術式が展開され、二人は転移(ワープ)の準備に入る。自分ではどうしようもないもどかしさの余り、小櫃の口から出る言葉は荒れたものとなっていくが、素子はやはり全く動かなかった。

 

――グリプテルの能力の影響ではない。ならば、何故…

 

素子が攻撃を躊躇する理由を、小櫃は頭を冷やして考えようとした。今この場で始末できないのなら、次のチャンスを待って確実に行なうべきだとは、薄々わかっていたのだ。その為に、素子の問題を解決せねばならない。

 ところがその時、

 

「お義母(かあ)さん危ないッ!」

 

聞き覚えのある声と共に、小櫃の視界はぐらりと揺れた。何者かによって素子が突き飛ばされたことは、瞬時に理解できた。

 

「うっ」

 

そして肉の吹き飛ぶ音と、小さな呻き声。

 

 「…え?」

 

倒れた素子の方は何が起こったのかわかっていないようだった。銃声はいつの間にか止み、グリプテルの能力に代わり静寂が裏庭を支配していた。

 彼女はゆっくりと起き上がり、自分を突き飛ばした人物が何者かを確認した。

 セイカだった。

 

 「え、あ…そんな…」

「馬鹿な…ついてきたのか…?!」

 

素子は虚ろな声を出しながら、血塗れのセイカを両手で抱え上げた。バイロケートαのスピーカーからの音など、もう耳に入っていなかった。

 

 「うおおおオオォおおあああァあああアアアアアアァああああああああああアああああ!!」

 

慟哭が、静寂を破る。




九千文字近い文字数はSudden assaultを超えています。
これ位ながーーーーーいのを書くのがちょっとした野望でしたw

奴の名前が判明しました。三話前で輝夜が言った通り、オリジンギアもやはり一枚岩ではありません。
セイカも死にました。この物語では敵も味方も蝿のように死にます(ちょっと言い過ぎか?)。ご了承ください。
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