東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy. 作:影のビツケンヌ
でもこれは孤戦漢じゃなくてもやりたかったことの一つです。
高速回転する四枚のプロペラが、空気を叩き掻き分ける耳障りな音を出しながら、薄い雲を切り裂いた。
機首から主翼、尾翼にかけてワイヤーが張られたその飛行機の名はコンバット・タロン。機首に特徴的なアームを備えた輸送機・特殊作戦機だ。垂直尾翼には、ブロークンタスクの所属であることを示す片牙のセイウチが雄々しく胸を張っている。
「紅魔館上空、高度三万フィート」
「間もなく、博麗大結界によるループを開始します」
操縦席に座るパイロット二人のアナウンスが、無線を通じて乗組員全員に伝わる。コックピットのフロントガラスから見える景色は、アナウンスの前までは僅かずつ変化していたが、ある地点を境に同じような山々が続くようになった。
「…正常なループを確認」
「成功です」
機内の格納庫では、ヘルメットと酸素マスク、防寒用の装備を身に付けた河童が計器類のチェックをしていた。彼は腕時計を見やり、
「降下二十分前、機内減圧開始」
壁に据え付けられたレバーを下ろした。
「装備チェック。
彼はパラシュートの装備はしていない。号令はその背後、電子煙草でハッカを吸っている金髪の少年に向けてのものだ。
「よし、準備はいいか」
「高気圧、依然として目標地域に停滞中」
「
「いいぞ…視界は良好だ。しかし結界の境目に近付く対象の周囲だけ空間をループさせる術式か――如何にも八雲紫らしいや」
機長はにとりだった。機内の管制室がナトリウムランプで照らされる中、彼女はアナウンスに注意深く耳を傾けていた。出だしに躓いた皺寄せを強いられ、予定より六時間近く早められたこの作戦行動の成否が、ブロークンタスクの士気と戦力に直結するものであるからだ。
「ハッカは捨てろ。酸素ホースを機体のコネクターに接続…マスク装着せよ」
「……」
「…大丈夫なんだろうな、この人選」
思い詰めたように微動だにしない少年を見て、格納庫担当の河童が不安がるのも無理はない。
「
「降下十分前」
「おい、聞こえたか?! ハッカを捨ててマスクを装着しろ」
作戦の緊張感に中てられたにとりの口調は、平常心を――少年に対する年上としての威厳をも――保つ為に普段より厳しくならざるを得なかった。少年は渋々電子煙草を床に放り、酸素マスクで顔を隠した。ほぼ同時に、
「機内の減圧完了。酸素供給状態確認」
格納庫内に赤いランプが点る。
「降下六分前。後部ハッチ開きます」
河童が再び腕時計を確認し、壁のスイッチを押すと、格納庫後部のハッチが下向きに開いていく。機械音と共に高空の冷気が吹き込み河童と少年に叩きつけるが、二人は示し合わせたかの如く現れた眩いそれを拝むことができた。
「日の出です…」
朝日。真空蒸着で鍍金されたマスクのゴーグル部分に幾分か反射されるが、それでも彼らの目に映る景色は神々しいものがあった。
「外気温度摂氏マイナス四十六度。降下二分前…
今度の河童の指示には少年もすぐに応じる。立ち上がれば、分厚い防寒用装備の表面を風が何度も撫でた。
「時速一三〇マイルで落下する。風速冷却での凍傷に注意しろ」
「降下一分前…後部に移動せよ」
少年は大股にハッチの上へと進んでいく。風に身体を持っていかれそうになることさえ、彼は鬱陶しそうに肩を揺らすだけで、子供とは思えない余裕があった。
「
「これが、記録に残る幻想郷初のHALO降下になる…」
にとりの胸の内で、研究者としての興奮――自分が再現した飛行機が新たな記録を生み出すことへの――と、ブロークンタスクの一員としての自覚からくる理性とがせめぎあう。口角が吊り上がるのを抑えるのに必死だったが、“
ハッチの上を、少年が放った電子煙草が彼の足下に転がってくる。それを踏んで受け止め、後方に蹴り出した。
「降下十秒前…スタンバイ!」
赤かったランプが、緑色に変わる。もう後戻りはできない。
「全て正常、オールグリーン。降下準備…カウント、五、四、三、二、一――」
「鳥になってこい! 幸運を祈る!」
にとりに送り出された少年――アルバートは、ハッチの端で身体を傾け、遥か下方に見える紅い館へと落ちていった。およそ一時間半前の出来事を回想しながら――
「申し訳ありません!!」
地霊殿、作戦司令部。
「私が、私が独断専行したばっかりに…! 私のせいで!!」
「もうよせ橙。これは私達全員の責任だ」
僅かに開いたままの扉から、アルバートは上層部の会話を盗み聞いていた。
白玉楼に集結しつつあったオリジンギアの部隊を掃討するべく早められた冥界行。本来の目的であった幽々子らの救出には成功したものの、その代償は大きく、冥界にて合流した妖夢を除く異変解決組全員が、グリプテルの手に入れた精神干渉能力で戦意を喪失。素子もまた、割り当てられた自室に引き篭もってしまった。
「
自分の感知しないところで勝手に進められた作戦には論なくして、不安要素を消す為の行ないが新たな不安要素を生み出したことに、アルバートは驚嘆し、そして憤然とせずにはいられなかった。それを抑えるだけの理性が働いたのか、或いは盗聴という行為への罪悪感からか、その感情は数デシベルも漏れ出なかったが。
「しかしどうするのだ? こちらが動き出したことを知られては、あの館の守りは堅くなる一方だぞい」
「やはり…紅魔館侵攻も早める必要があるでしょうか?」
「私は賛同しかねるわ。妖怪はともかく、人間には十分な休息が必要よ。それにまだ子供のアルバートを
「だが今更作戦内容を変えることもできまい? 適任があの小僧しかいないのであれば尚更に」
「どのみち、戦いが激化するのは避けられないだろうね…」
賢人達の懸念事項である作戦開始時間を前倒しするか否かについてなど、アルバートには至極どうでもよかった。戦場の熱気にあてられたせいで、未だ頭も身体も昂ぶって一睡たりともできたものではなかったからだ。しかしそれは理由の半分以下でしかない。
彼は作戦司令部から遠ざかり、中庭に向かう通路をずかずかと歩く。知り得た情報から、どうしても伝えなければならないことがある相手を探して。
「きゃっ」
「
その相手は、彼が左折しようとした角から現れ、見事に衝突した。
尤も二人はかなりの身長差があるので、アルバートが蹴り飛ばされたように見えなくもないが。
「あ、アルバート? まだ起きてたの?」
「…
ルーミアである。永琳から処方された霊薬で妖力を補給し食人衝動を抑えてはいたが、妖怪としての本能は健在である為、彼女も目が冴えて寝られなかったのだ。
「夜更かしは身体によくないわよ」
「そっちこそ、skinに悪いんじゃないのか?」
「お生憎さま、夜は妖怪の時間なの」
「よく言うぜ…っと、そんなことじゃねえや」
軽口もそこそこに、尻餅を搗いていたアルバートは立ち上がり、ルーミアを見据えて本題に入る。
「Queen、今度の作戦…紅魔館の正面攻撃には参加しないでくれ」
「…え?」
ルーミアはアルバートの真意を量りかねた。それもその筈だ。彼は陽動作戦には多少難色を示したが、ダスクイーターの隊員達の中でも最も精力的に戦闘に参加、勝利に貢献し、また姉御と慕う自分と共に戦えることを非常に心強く感じているようだった。そんな彼が、こうも弱気な申し出をしてくるとは、彼女は思ってもみなかったのである。
「え、それってどういう…」
「さっき
「…抵抗が激しくなるってこと?」
「
ルーミアが問うと、アルバートは自分の曲がろうとしていた方向へ歩を進め、背を向けて答えた。
「だったら尚のこと出撃するべきよ。守矢の神様は手負いで拠点警備担当だから
「でもっ…!」
「仕方がないのよ。私にはチョウゾに選ばれた戦士としての責任がある。それを投げ出したら、この世界は――」
「……」
納得できない。ルーミアは、アルバートの背中にそう書いてあるように見えた。道場では稽古を急かしたりはしたが、子供っぽく駄々をこねることはなかった。齢十三の少年が見せる新たな一面に、ルーミアは困惑し、近寄ってその顔を覗き込もうとするが、
「ッ…!!」
彼は見せまいと、顔をぐいと逸らした。
「ねえ、貴方どうしたの? 急にそんなこと言い出すなんて、絶対普通じゃないわ!」
煮え切らぬ態度に堪忍袋の緒が切れたルーミアの発言、彼女はそれを後悔することになる。
「…何で、understandしねえんだよ」
「?」
アルバートは振り返った。
憤怒と悲哀が交じり合い、混沌とした表情をしていた。
「大切なpersonを守りたくて、何がおかしいってんだよ!!」
聞いたこともない程大きく、悲痛な怒鳴り声だった。
「あっ…!?」
踵を返して廊下の暗がりへと走り去っていく少年。その背中が遠ざかるのがあまりにも速くて、宵闇の妖怪は追いかけることができなかった。
少年もまた、しばらく顔を合わせる気にはなれなかった。
――いいか、君の任務はオリジンギアの暫定拠点・紅魔館に単独潜入、レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレット両名の安全を確保、
にとりからの無線で、アルバートの意識は現実に引き戻された。高度一万メートル近くからの大落下中だ。今は任務に集中せねばならない。関係ないことは、頭から叩き出す。
――エナジーディスチャージャーを装着させられていては抵抗もままならない。残された時間は僅かだ…
見下ろせば、目標は大分近くなってきた。どぎつい赤色が嫌でも目に付く。
「…遂におっ
赤色の隣の湖の上では、戦闘が始まったことを知らせるバイオエナジーの爆発や閃光が瞬いているが、それを起こしている個々は遠すぎて目視できない。それでも、そこに敵がいると考えるだけで、思考を切り替えるにはおあつらえ向きといえるだろう。
指定された高度で肩から伸びる紐を強く引っ張ると、まずドローグという小型のパラシュートが先に展開し、それにパラグライダーめいた四角い本命が続く。ドローグが先に広がることで衝撃を緩和する仕組みだが、それでも覚悟していた以上の衝撃に襲われ、彼は顔を顰めた。だがそれだけ耐えればいいことも教わっていた。本来自分で動かして着地点を決めるべきパラシュートは、バックパックに付属した細い機械の腕――にとりのお手製――が操っている。
――二人の救助確認後、
「
――安心しろ、実績もあるシステムだ。
「弱りきったvampireが耐え切れるのか?」
――衝撃はパラシュート降下時より少ない。アームの強度も五百ポンドまでは大丈夫だ。
降下時だけでなく回収方法の説明にも、にとりはメートル法を好まない自分の為にわざわざインチフィート法やヤードポンド法を使ってくれている。アルバートはそのことに若干の嬉しさを覚えた。
「つまり、コンバット・タロン一機で敵の包囲網を振り切ろうっていうのか?」
――…こいつは六連装二十ミリバルカンカノンを二門と四十ミリ機関砲を二門装備している。
「a tank corpsに追撃されても蹴散らして貰えそうだ」
――予備タンクの燃料を考えても、タイムリミットは四時間…順調にいけば数時間で終わるミッションだ。
「dinnerには帰れそうだな」
――…もしスムーズに運ばなければ、夕食だけじゃなく朝食も、今後の食事は洋館の物置で摂ることになる。
抜けかけた気を取り戻し、再度下を見やる。
「…美鈴」
前庭に目を凝らしながら、アルバートは紅魔館の案内役として作戦に参加していた美鈴をコールした。その中に気になるものがあったのだ。
――どうされました?
「前庭のgroundに、大きな円が見えるんだが、あれはなんだ?」
美鈴はにとりとは反対に敬語を使って、その疑問に答える。
――それはですね、地下の図書館に繋がった大きな
「hatch?! 一体何の為に?」
――多分アルバート君が幻想入りしてくる前ですね。お嬢様の気まぐれで、月旅行をしたことがあって…魔法で飛ばすロケットの発射台の名残が、その大きな円です。
「Wow…吸血鬼の気まぐれえげつねえなあ…」
――今はもうコンクリートで固めて塞がってるから、使えないんですけどね。
しかし、使えないと言ったそばから、
「…Hey, 美鈴」
――? まだ何か…
「扉だけど…俺の目が狂ってなければ、openingしてる気がするんだが…?」
――…え。
「
動き出したハッチに見とれ、アルバートは館の屋上への着地の際に受身を取り忘れた。痛みにのた打ち回った挙句ようやく立ち上がったのは、
「…What's that…?!」
開いたハッチの中から床がせり上がり、その上に乗った巨大な‘それ’が、屋根の上まで頭を出した瞬間だった。
「Iron dinosaur…!?」
鋼鉄の恐竜。彼の表現はあまりにも的確に的を射たものだった。野太い二本の脚が一歩一歩大地を踏み締め、長い尾でバランスを取り歩く様は、恐竜としか言いようがなかった。
「グワァーアアアアァァアアァア!!」
金属質な咆哮。否、それは全身を形作る高硬度の合金が擦れ合い、大気を震わす鳴動。だとしても、その立ち居振る舞いは生物そのものである。
アルバートは見たことがあった。人里の貸本屋『鈴奈庵』が取り扱う外来本の中に、地球から何万光年も離れた星に住まう金属生命体を駆り、共和国と帝国とに分かれて戦った戦士達の話。その中に、これとよく似た金属生命体が登場していたのだ。
極大で、偉大で、超越的だった。それまで唯のSFだと笑っていた存在が、今まさに目前で立っていることに、彼は底無しの畏怖に駆られた。
そして畏怖は、別のベクトルの恐怖となる。
『恐竜』の口内に光が集まり始めた。それは徐々に収束し、噛み砕くような動作の後に、
極太のビームとして、湖の中心部に放たれた。
「Queeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeen!!」
アルバートの叫びは、猛烈な勢いで膨れ上がった水蒸気の爆風に掻き消された。
ええ、わかってます。
最後のはゾイドを意識しました。すみません。w