東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy. 作:影のビツケンヌ
今回から、戦闘シーンにはイメージBGMを設定します。
十五年六月十六日、本文修正
七月五日、本文行間修正
十月九日、本文修正
十六年一月十八日、本文傍点形式修正
環境BGM:メトロイドプライム2より『水底神殿』(鍾乳洞)
戦闘イメージBGM:メトロイドプライムより『VS.ジャイアントビートル』
Attak on crime
妖怪の山の麓の樹海、温泉地帯に程近い場所には、石畳状に石灰岩が広がる小規模なカルスト地形がある。灰色の岩の間に空いた
そんな縦穴の内の比較的小さな穴の底から、男が独り、腕を組み空を見上げている。いや、寧ろ睨んでいるという表現の方が近いだろう。
男が身に纏う白と黒を基調とした独特の装束は、妖怪の山を縄張りとする天狗達の制服とデザインこそ同じだが、ボサボサとして枝毛の目立つ黒髪と、目鼻立ちがはっきりし過ぎて眼孔が落ち窪み、痩せこけて頬骨の出たその顔のせいで、天狗の威厳とは程遠く、不気味で、誰からも見捨てられた者のような雰囲気を漂わせている。しかしその赤い目だけは鵜か鷹のように鋭く、ぎらついている。
「……」
男はしばらく空を見据え、何かを思案していたようだったが、やがて組んでいた腕を解き、棚田のような石灰岩のプールに満たされたカルシウム分を多分に含む水を、小さな飛沫を上げ蹴散らしながら、洞窟の更に下層へと降りていった。
幻想郷の地下には、地上の人里を圧倒的に凌駕する規模の地底都市がある。地獄が財政難に陥ったことで切り離された土地を鬼が占拠し、嫌われ者の妖怪達が集うようになった『旧都』だ。
嫌われ者、即ち幻想郷という妖怪最後の楽園ですら排斥された存在が、ここでは横行闊歩している。しかしながら、十二年前に起こったある『異変』をきっかけに、不干渉を貫いてきた地上と地底との行き来に関する規制は緩くなり、今や誰でも普通に双方向への出入りが可能だ。
地底の街並みは、酒好きな鬼達の影響もあってか、その多くを酒屋や賭場が占める欲望と堕落に満ちたものになっている。そこはやはり、人間と違い生きることにそれ程必死でない妖怪の気楽な性分が出ているのかもしれない。
「……」
先の男は、妖怪でごった返す街道の喧騒の中を歩いていた。腕を組み、口を真一文字に結んで、俯き加減のまま、唯黙々と歩く。男は妖怪ではあるが、赤提灯の並ぶ周りの雰囲気とはあまりにも対照的である。
彼は悩んでいた。それは決して個人的な話などではない。幻想郷に於ける妖怪の、ひいては幻想郷そのもののあり方についてだ。
妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治する。この関係がなければ妖怪は存在できない。妖怪は生物的肉体を持ちこそすれ、その存在の比率は精神を構成するアストラル体に大きく偏っている。妖怪が精神的攻撃、例えばありがたい御札や謂れのある刀に弱いのはその為だ。幻想郷の妖怪は自身の存在を維持するべく、『異変』と呼ばれる怪事件・怪現象を起こす。そしてそれを、賢者紫と共に結界を管理する『博麗の巫女』が解決する、という一連の流れがあることで、幻想郷にいる妖怪達はなんとか存在できるのだ。
異変による後腐れや解決の過程での双方の危険を回避するべく、二十年前から幻想郷には『スペルカードルール』が施工されるようになった。決闘前に事前に決めた数の技を見せ合い戦う、美しさに重きが置かれた試合形式。これにより力の弱い人間も妖怪に挑めるようになり、妖怪も博麗の巫女に対してある程度無茶ができるようになった。
更には四年前から、‘異変そのものをシステム化する’という大胆な革新が行なわれた。異変を起こす妖怪は、手始めに妖怪の賢者に異変の内容を全て説明し、承諾を得た上で行なうのだ。実際にそのデモンストレーションとして、同年九月に異変が起きている。
彼が危惧しているのは、人間対妖怪の構図の形骸化である。
人間と仲の良い妖怪は多い。だがそれも、
そんな彼の思考を、愚かにも遮る者があった。
「おい天狗ぅ、お前も一杯どうだ?」
酒樽を抱え、民家の壁に寄りかかって地面に座り込む大柄な鬼。本来鬼はアルコールの代謝能力に優れているので、完全に酔っ払ったこの鬼は相当な量を飲んだに違いない。
「ほら、そこのお前だよぉ」
自分が天狗であることは紛れもない事実、また周りに天狗はいない。鬼に呼び止められた男は立ち止まり、ゆっくりと鬼の方を向いた。
ゴミを見るかの如き、激しい侮蔑の篭った目で。
「…てめえ、何だその目は?」
赤らんでいた鬼の顔が、不意に素面になった。
「天狗風情が鬼に楯突こうってのか? ああ?!」
酒樽を蹴り飛ばして立ち上がり、二メートルはあろう身長で男を見下ろして威圧する鬼。男は応えず、ますます睨みつけるばかりだ。張り詰めた空気の中、ぞろぞろと野次馬が集まり始める。これから繰り広げられるであろう、
地上にいる天狗がこれを見たなら、例外なく卒倒してしまうだろう。今でこそ妖怪の山の支配者は天狗達だが、地底に移住する前は鬼が天狗や河童を牛耳っていたものだ。要するに男の行ないは言語道断、鬼が激昂するのも無理はない。山を追われた身であるこの男に同情する者は、まずいないだろう。
「…聞いてんのかゴラァ!!」
ついに鬼は、野太い怒号と共に拳を振り上げ、男の顔面に叩き込まんとした。男はそれを避けることはなく、両手を使って受け止める。
「おお…」
群集がどよめいた。鬼はアリのように、自重の百倍近い物体を持ち上げられる程の筋力を持つ。同じ妖怪相手にも恐れられる鬼の豪腕を、両手とはいえ、この男は受け止めたのだ。
「こっちが空いてんだよ!!」
受け止められた右手に代わり、今度は左手による高速のボディブローが繰り出される。今度こそ受け止めることはできない。
と、思ったのも束の間。
鬼の左手は、男の後方から伸びる一対の腕に遮られた。もっと言えば、男の
「…いつから俺の腕が二本だと錯覚していた?」
――隠し腕。
男は確かに天狗で、それも鴉天狗だ。
鴉天狗は背中に一対の翼を持ち、飛行中の姿勢制御の補助に用いる。背中には背骨に沿って縦に伸びた二つの裂け目があり、内側は筋肉でできた嚢状の器官になっていて、翼はそこから生え、使わない時には収納されている。
ところが、男の背中にあるのは翼などではない。羽毛こそ生えているがどれも短く、保温程度にしか役立たない。三本の長い指の先には鋭い鉤爪があり、それは中生代白亜紀に生きた獣脚類、ドロマエオサウルス科の肉食恐竜のものを彷彿とさせる。
鳥が恐竜の子孫である、というのは有名な話だが、男の隠し腕は、鳥が先祖返りしたようにも見える。
突然変異種。遺伝子という神の設計図に、呪われた運命を刻まれた者。
「いいか、よく聞け」
男は語気を強め怒りを孕ませて、
「俺の、」
「ごがっ?!」
鬼の右腕、肘から先をあらぬ方向に捻じ曲げ、
「邪魔を、」
「ぐぎゃっ?!」
左腕を根元から捻じ切り、
「するなっ!!」
「ふごおぉっ?!」
股間に向けて痛烈なハイキックを見舞った。男子の象徴を潰された鬼は悶絶しその場に倒れ伏すが、男はそれでも足りないらしく、計四つの手に紫色の妖力が収束していき、
「くたばれ能天気野郎がぁっ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!」
弾丸となって雨あられと鬼に降り注ぐ。
文字通り蜂の巣になった鬼はピクリとも動かない。妖怪である故腕は再生するだろうが、全快には相応の期間を要するだろう。激情に駆られ叫んだからか、男はまだ肩で息をしている。
「あーあー、またこんなことして…」
そこへ、野次馬に割り込んで少女がやってくる。呆れを感じさせる声は、斯様な騒ぎが過去に何度もあったのかと勘繰ってしまいそうになる。ペルシアンドレスに似た服を着た、ショートボブの金髪、緑色の目の少女。橋姫の水橋パルスィだ。
「ほら、これ以上大事になる前に退散するわよ」
「お、おい…」
世話の焼ける弟を諭す姉のように、パルスィは自分より背の高い男をぐいぐいと引っ張って、猥雑極まる繁華街から遠ざかっていった。
「で、何? 今度はどんな考え事してた訳?」
旧都郊外には、川に似た地下水脈が通る場所があり、そこに架かる橋は、地上との主な連絡通路の一つである縦穴に続く道の途中にある。縦穴は博麗神社の裏手に直結しているので、ここから出ていく妖怪は、タイミングが悪いと博麗の巫女の洗礼を受ける羽目になる。
パルスィもまた、十二年前の異変の際、解決に来た巫女に道中攻撃された妖怪の一人である。
「聞いて何になる」
「あんたの考え事はいつも深刻だから。解決すれば、思考の邪魔をされたあんたがブチ切れることもないでしょうが」
この異形の天狗には、彼女はかなりの昔から手を焼かされていた。仲間を作るのは得意な筈なのだが、自分の『真面目な』考え事を邪魔する者を激しく嫌い、下手に話し掛けようものなら、先の鬼がそうだった通りギッタギタに叩きのめされる。
それでもパルスィが彼との関係を切らないのは、偏に彼の考え事が、一貫して不特定多数の人妖のことを思い遣ってのものだからだ。…嫉ましくなる程に。
「…幻想郷について、考えていた」
「幻想郷について?」
「今のまま人間と妖怪とを馴れ馴れしくさせ続ければ、どうなるか…」
「あのスキマのことよ、きっと何か考えがあるに違いないわ」
スキマ、というのは、八雲紫の能力の一部から取った渾名である。『境界を操る程度の能力』は、その名の通りあらゆる境界を操ることで全てを根本から覆す恐るべき能力。彼女はそれを用いて、スキマと呼ばれる異次元空間から神出鬼没に現れるのだ。
その能力は、彼女の明晰な頭脳と共に、幻想郷を囲う結界の維持にも大きく貢献しているのは周知の事実だが――彼女の話題が出た途端、男の表情が目に見えて曇った。
「俺は、…あの女を信じることができない」
しまった、と、パルスィは久しく自分の言動に後悔した。二人の間にどんな過去、どんな因縁があるのか詳しく知っている訳ではないが、とにかく彼は八雲紫のことを話すのはいい気分はしないらしい。パルスィは内心慌てて、平静を装いつつ何とか話の流れを変えようとまくし立てた。
「あ、もしかしてあんた、幻想郷が心配みたいなこと言ってる癖に、地底から一歩も出てないでしょ?」
「そうだが…」
「だったら地上に出てみれば? 机上の空論並べ立てるより、実情を見て来なさいよ。私はこの橋の番があるから長く空けられないけど、一人でも気分転換位にはなるんじゃないかしら」
「…ふむ…」
また考え込み始める男を見て、パルスィはそれと分からぬよう小さくガッツポーズをする。勝手な意見だが、彼女は彼が考え事をしている姿が一番板に付いていると思っている。そのうち男は口を開いた。
「…そうだな、日陰から出てみるのも悪くないかもしれない。すまんなパルスィ」
男はぶっきらぼうにパルスィに背を向け、無愛想に後手を振りながら、地上の出口にのんべんだらりと進み出した。足取りは幾らか軽くなっている。パルスィには、それがやけに嬉しそうに見えた。
「…全く、また何かボコボコにしなきゃいいけど」
遠ざかる背中を見送るパルスィ。ため息と共に出た彼女の言葉は、地底の闇の中で溶けて消えていった。
この男が、物語に於いて重要な役割を果たすことになります。
まだ名前や能力は公開していませんが…
感想など頂けるとありがたいです。