東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy.   作:影のビツケンヌ

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今まで小説を書いてきた中では、意識して伏線を張ろうとしていませんでしたが、この話からちょっとずつそういうのを入れてみようと思います。

十五年七月五日、本文行間修正
十六年一月十八日、本文傍点形式修正

環境BGM:メトロイドプライム2より『闇のアーゴン』(魔法の森)


Be stronger

 人里は、人間が妖怪に襲われないことを唯一約束されている場所だ。特別な力を持ち合わせていない限り、幻想郷の人間はここに住むことが殆どである。

 人里の通りを歩くと、日本の建物がまだ藁葺き屋根や土壁で出来ていた時代に舞い戻ったかのような感覚に襲われるだろう。さすがに髷をしている者はいないが、住民の衣服は和服が大半を占め、寺子屋まである。外界から隔離されたことによる文化への影響が、ここには最も色濃く出ているのである。

 それ故、現代にありがちな環境破壊とはほぼ無縁といってよい。里を一歩出たならすぐに豊かな自然が広がり、田畑もそれらと共存している。こういった場所で平和に過ごしていると、この世界が争いのない、牧歌的な庭園のように思えてくる時がある。だが、ここの食物連鎖の頂点に立つ存在がヒトでない以上、上位捕食者(ハンター)生態的地位(ニッチ)にある者は必ず存在する。それら妖怪達からすれば、人間は美味しいご馳走なのである。

 知能を持ち、且つある程度力を持つ妖怪はあまり人間を襲わなくなり、それどころか友好的になる者もいる。しかしそれは幻想郷でもマイノリティーである為、やはり大多数の妖怪は積極的に人間を襲う。それらの脅威から身を守る術を持つ者もまたマイノリティーであった。

 ――立ち向かう力がないのなら、力を身に付ければいい。

 正午過ぎ、人里の大通りを北上すれば、寺子屋に通う子供達が同じく北に向けて走っていくのに出くわすだろう。彼らが目的地は決まっている。里の北側、日当たりの良い空き地に挟まれる形で鎮座するその建物は、木製の塀に囲まれ、門に掛かった看板には仰々しい文字が記されている。

 

『実践型無差別格闘術:無限流』

 

見ての通り、道場である。

 体育館並みの広さがある畳張りの大部屋で、四十人以上の少年少女が、柔軟運動や筋力トレーニング、組手に勤しんでいる。その誰もが瞳に強い意志の輝きを湛え、己を磨き上げることに余念がない。今日のような師範がいない日でも、彼らは終日開放されているこの道場で修業を行なうのだ。

 

「九十、九十一、九十二、九十三、…」

「ほらそこ! もっと腰に力を入れろ!」

「まだだ、まだ終わってない!」

「次の人、どうぞー」

 

 その中に一人、一際異彩を放つ者がいた。

 

 「ふんっ、ふん、せいっ、…」

 

 部屋の西側の壁付近に用意されたサンドバッグを、一心不乱に殴り続ける男児。着ているのは勿論和服なのだが、大幅な改造が施されており、遠目に見ればシャツと短パン姿にも見える。金髪碧眼、眉間には癒えきらぬ深い傷跡が斜めに走り、全身の筋肉と併せて年相応の幼さを感じさせない。

 

「あの、アルバート? そろそろ代わってくれない?」

「後、に、しろっ!!」

 

背後で順番待ちをしている少女からの声。それを一蹴すると同時に放った右ストレートが、サンドバッグを大きく後退させた。

 アルバート・ハーヴェイ。外界から結界の綻びを通って幻想郷に迷い込んだ『外来人』の一人だ。

 彼のような外来人は、大抵が妖怪の餌食となる身の上だが、運良く人里や博麗神社に辿り着けば、博麗の巫女の手で外界に帰ることができる。しかしここ十年、幻想郷に留まることを選ぶ外来人が増えており、アルバートもその一例である。彼以外にも、この道場で外来人が数人体を鍛えている。

 そして、一見矛盾しているように思えるだろうが、ここにいるのは人間だけではないのだ。

 

「後って言ったって、もう三十分以上続けてるじゃない。ランニングにでも行けば?」

 

アルバートに声をかけた少女は、白いワイシャツに黒いズボンを穿き、マントを羽織っている。そこまでは辛うじて人間といえなくもないが、緑色の短髪と、頭部の二本の触覚でその認識はできなくなる。蟲を束ねる蛍の妖怪、リグル・ナイトバグだ。

 この道場の師範は、人間と妖怪をあまり区別しない。彼にとってはそのどちらも‘一種の生命体’でしかないからだ。人間を人間と呼ばず『ヒト』と呼び、意思疎通が可能な妖怪ならば無闇矢鱈に攻撃しない。彼は人間対妖怪の構図には従わず、常に己の正義にのみ従い、悪を砕き、邪を退け、不条理に食らい付く。道場に入る動機が彼の眼鏡に適った者ならば、人妖問わず受け入れられるのが、ここでの常識だ。故に道場の門下生は、三割近くが人外であり、このリグルも「自分より強い妖怪に苛められたくない」という理由から門下生となった。

 

 「やなこった。庭の広場は()()()()鹿()共の新しいformationの開発とやらで占有されてやがる。巻き添えを食うのは御免だよ」

「冷えた馬鹿…ああチルノか…」

 

流暢な発音の英語が混じるアルバートの台詞を聞き、リグルが窓越しに半目で外を一瞥する。道場とほぼ同じ面積の庭では、また別の人外が、子供達を引き連れ戦闘訓練を行なっていた。

 男女それぞれ四人、合わせて八人の門下生の前で、皆を指導する一人の妖精の少女。リグルにチルノと呼ばれたこの妖精は、幻想郷で一般的な妖精の姿――十にも満たない子供の見た目をしているのがステレオタイプ――よりかなり大人びている。

 水色の髪を腰まで伸ばし、頭に緑色のリボンを付けている。青いワンピースを着て白いブーツを履き、背中には翅を思わせる形で氷が突き出ており、全体的に青っぽく統一された印象がある。そして何より、妖精とは思えない程高身長且つ起伏に富んだ体躯は、この道場の門下生の注目を集めてやまない。

 

 「…いいなあ」

「まな板には羨ましいことこの上ないだろうな」

「もっとデリカシーを持った発言してよね?!」

 

どこが、とは言わないが、リグルは‘平ら’だ(それをアルバートはまな板と形容した)。九年前までは、外にいる友人チルノも自分と同じだったのに、彼女はある日突然変わってしまった。その後も友人二人がチルノ同様激変。その経緯はともあれ、遊び仲間に遅れを取っているこの状況は、リグルには――もとい乙女には由々しき事態なのである。

 

「いや、まな板じゃなく洗濯板か。間違えた、すまん」

「ちっがーう!!」

 

アルバートがリグルを煽りに煽る。元々短気とは言い難い彼女も、こんな挑発を受けて黙っている訳がない。

 怒りに任せ、アルバートの上半身のかなり高い位置に回し蹴りを繰り出した。

 が、

 

「遅いわ」

 

アルバートの身体は、サンドバッグを殴っている状態から何の脈絡もなしに向きを変え、片手のみでこともなげにリグルの脚を受け止めて見せた。

 

「えっ?」

「それに、まだまだ青い!」

 

そのまま足首を自分の脇腹に押し付けクラッチし、その体勢から自ら素早く内側にきりもみ状態で倒れこんで、

 

Eat this!(食らえ!) Dragon screw!!(ドラゴンスクリューだッ!!)

「ぎゃん!!!」

 

リグルを投げ飛ばした。何が起こったのか判断が付かず、受身を取れなかった彼女は後頭部を強か打ち付け、女子にあるまじき悲鳴を上げる。

 妖怪が人間と戦闘訓練を行なう際には、師範は妖怪の力を抑え人間並みに落とす『エナジーディスチャージャー』なる腕輪型マジックアイテムの装着を義務付けていた。リグルはそれを身に着けぬままアルバートを蹴った。妖怪の高い身体能力から大惨事に繋がりかねない危険な行為だ。

 だがアルバートは妖怪の攻撃を受け止め、豪快なドラゴンスクリューで以って返り討ちにしてしまった。蹴りの衝撃を巧く吸収し、技を出せる体勢まで持ち込めたのは、それもこれも全てここでの修行の成果。この時点で、アルバートは中級妖怪と互角に渡り合える戦闘技術を会得していた。

 

 「挑発に乗って闇雲に攻撃するとは愚の骨頂だぞ。もっと機を見てやれよ」

「いや言い方ってもんあるでしょ?! 女の子に()()()()のは禁句で」

「ところで師範代はどこだ?」

「話題を逸らすなあっ!!」

 

アルバートの言葉にリグルが逆上する。道場の一角で、再びキャットファイトが始まりかけた、

 

「いやそうじゃなくて、師範代がいないのはseriousな問題だぜ」

 

かに思われた。

 アルバートが発した唐突なその一言は、喚き散らすリグルを瞬時に沈黙させた。それまでの威勢とは一転、顔を俯かせ、気まずそうにしている。

 

「……」

「なあリグル、師範代はどこだよ。今日は稽古付けてくれるってapoint取ってるんだぞ」

「それは…その…」

「なんだ、言えないのか? はっきりsayしろよ」

 

言い淀むリグルを、アルバートは肩を掴んで前後に大きく揺すり、苛立ちを隠せない。

 言える訳がなかった。よりにもよってアルバートには。

 自分の友人である師範代は、未だ妖怪としての己の性質を克服できていないのだ。

 

 

 

 

 

 魔法の森。

 人里からの道のりは大分ましな部類に入る、幻想郷の中央部から西南西にかけて広がる原生林。周囲を湿地に囲まれたこの森は、その地勢から来る多湿さと、林床に光が殆ど入らない環境のせいで、多種多様な菌類がそこらじゅうで見られる。中でも幻想郷内で独自の進化を遂げたある種のキノコが、魔力の素――魔素を含んだ毒性の胞子を森一帯にばら撒いている為、濃密な瘴気が蔓延し、人妖双方に住みにくい環境になっている。逆に言えば、瘴気に耐えることができさえすれば、妖怪にも襲われにくくなるということ。

 勿論、ここは必ずしも安全とはいえない。瘴気に耐性を持った妖怪にとっては、()は少なくとも、邪魔の入らない狩場となる。

 瘴気渦巻く森の奥、その妖怪は先程仕留めたばかりの女児の死骸から臓物を引き摺り出し、むしゃぶりついていた。強靭な筋肉を隠した滑らかで華奢な手足、端整ながら少女のあどけなさの残る顔、腰までの艶やかな金髪は、しかし飛び散った鮮血でマーブル模様が描かれ、スタイリッシュ且つ妖艶な彼女に妖怪としての残虐性を匂わせる。

 

 「……」

 

まだ原型を留めた顔を見ようと、彼女は冷え切った死骸の頭髪を掻き揚げる。止めを刺したその時の、恐怖に歪んだ表情のままで、硬直していた。

 

「…また、食べちゃったな」

 

 里に住む者達に認知されない形で、幻想郷にやってくる外来人がいる。

 それは八雲紫の手で、()()()()妖怪の‘食料’として誘拐される、外界で生きる意味を失った、あるいは誰にも助けられることのない者達――凶悪殺人犯、死刑囚、遭難者、ストリートチルドレン等だ。

 この妖怪、ルーミアは、そんな外来人をしばしば喰らって生きている。

 

 「ごめんね。怖かったよね。痛かったよね…」

 

謝罪。嗚咽と涙が零れる。人間を喰うことを何とも考えていなかったのは、もう二十年近く前のことだ。今では人間が大好きで、外来人の友人も多い。それでもルーミアは、人喰いを止められなかった。

 人間を喰うという観点から妖怪を大別すれば、三つに分かれる。人間を喰わないもの、人間は喰うが、不可欠な行為ではないもの、そしてルーミアのような、人間を喰わねば生きていけないものだ。

 違いは生理機能にある。体内で妖力を生成する際、何を素に、何を原動力にするかで決まる。ルーミアの場合は、『()()()()()()()()摂取した霊力』。つまりルーミアは、生きる為に人喰いを続ける他ない。

 

 「アルバート…ごめんなさい…。私、最低。師範代のくせに、自分の欲望にも勝てない。貴方と同じ境遇の子を、食べて、食べ…ううっ…」

 

 稽古を付けると約束した。それは果たせそうにない。かつてほんの少しでも‘食べていたかもしれない’瞬間のあるアルバートに、合わせる顔がなかった。

 

 「…?」

 

――殺気?

 

「! そこ!!」

 

気配を感じた方向、後方にあった太い木の根元に向け左手をかざした。手の甲に青白く発光する紋様が浮かび上がり、同時に掌からロープ状の光線が伸びて木の根に突き刺さる。八年前に彼女が手に入れたこの力は、遥かな古代から生き続けた種族からの贈り物で、英雄小櫃に並ぶ戦士として選ばれた証。彼女が唯一誇れるものだ。

 

「…外した?」

「いや、当たらないように‘予防した’だけだ」

 

着弾地点より向かって一メートル左にずれた場所からの言葉に、ルーミアはその誇りを穢されたような気がした。字面ばかりは謙遜していても、極小さな、雀の涙位な割合で、自分を小ばかにした響きが含まれていたからである。

 声の主は、鴉天狗だった。矢鱈目鼻立ちのはっきりした、ちょっと見るととても日系には見えない、痩せ細った顔の男。

 

「…なるほど、その外来人はストリートチルドレンか。生まれも育ちもインド、栄養状態は良くなさそうだ…」

 

そして男は死骸を一目見て、素性を知ったような口振りで独りごちる。その言動に違和感を覚えつつも、ルーミアは彼に問うた。胸の内に巣食う痛みを悟られぬよう気を配りながら。

 

 「貴方、鴉天狗よね? 取材にでも来た?」

「…幻想郷の、()を見に来た」

「ふーん、その様子だと記事にするには情報が足りないみたいね?」

「…まあ、そんなところか」

 

男の返答はどこか曖昧だ。死骸を見ながら何か思案しているのか態度も上の空で、気に入らない。

 そして何を思ったか、男は近くに落ちていた肉の切れ端を拾い上げ、それを口に運ぼうと――

 

 「ッ!! 止めて!!」

 

考えるより先に体が動いていた。男の顔面に左の掌を向け、先と同じように再度ロープ状の光線を撃ち出した。彼我の距離は僅かに三歩を数えるばかり、幾ら鴉天狗といえど避けられまい。

 そう思った頃には、既に避けられていた。否、男の目の前で攻撃がぐにゃりと逸れた。

 

「?!」

「割り切れよ。さもなくば死ぬぞ」

 

その場に猛烈な勢いで突風が吹き荒れ、妙に頭に木霊する声を残して男は消えた。風と共に去りぬ、そのままだ。

 

 「…割り切れないよ…」

 

男が消えても、ルーミアの悲しみは心に居座り続けていた。その悲しみを看破されたことに対して、何の疑問も抱けない程に。

 

 

 

 

 

 魔法の森上空、小さなパイプでハッカを吸いつつ、男は思う。

 不躾ながら食事を隠れて覗き見ていたが、あの心優しく強かな――少し殺気を送っただけで反応し、予防線を張っておかなければ避けられぬ攻撃を繰り出してきた――人喰い妖怪も、人間と妖怪が近付いたことによる弊害の一例。自分の‘能力’の一つで知ったことについては、割り切れとは言ったものの、彼女には無理な相談だっただろう。

 ところで、彼女の中で大きな存在となっていた人物が気になる。九年前の冬、幻想郷を脅かす力を携えて未来から幻想入りしてきた男を、仲間と共に倒し、英雄と呼ばれるようになった青年、四島小櫃。彼はこの世界に様々な変化をもたらしたきっかけでもあるらしい。

 

「四島小櫃…何者なんだ?」

 

 男は取り敢えず、小櫃とやらが住んでいる『永遠亭』に足を運んでみることにした。




あの鴉天狗の能力の片鱗が垣間見えるように書いたつもりです。

考えてみると、小櫃本人がまだこの章(State 1.)に登場していない。大丈夫かこれ。
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