東方孤戦漢 〜Replacing and Revolution of Bioenergy.   作:影のビツケンヌ

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例の男の名前が判明。
この辺りから、色々と狂い始めます。

十五年七月五日、本文行間修正
   七月二十日、本文修正
十六年一月十八日、本文傍点形式修正

環境BGM:『報いの始まり』(地下水脈の寝ぐら)


Encounter by chance

 鍾乳洞の、日の光が届かない最下層。聳え立つ石灰岩の岩壁に、人為的に溶解・掘削された小部屋のような穴が空いている。遥か下方を轟々と流れていく地下水脈を見下ろす位置にあるそこに、あの鴉天狗が座り込んでいた。

 

 「……」

 

 小櫃から彼の過去を抽出した後、二週間かけて隅から隅まで細かく解析を行なった。

 …徒労に終わった。アームキャノンを所持する小櫃でさえ、バイオエナジーの性質は知りこそすれ、その取り扱い技術については全く知らなかったのだ。得られた情報は、内部機構にカスミウム合金カシュークを使うこと以外の殆どを、小櫃の壮絶な過去が占める。そちらの情報量が多過ぎたのである。

 

「……」

 

唯の人間が送っていい人生ではなかった。戦いに次ぐ戦い、殺しに次ぐ殺し、そしてそのルーティン化した命の遣り取りの中で、それでも求めたものを諦められずに足掻いては精神を磨り減らす。長大な連載小説を全巻読み終えた後のように満身創痍の彼は、目的だった筈のバイオエナジーから思考が外れ、小櫃の‘記憶’に感情移入し、没入しかけていた。

 幼い頃に両親を失ったこと。

 他人(ひと)の悪意に貶められ、それを許せないと思ったこと。

 強くなりたいと願ったこと。

 ――どれも、自分と重なるのだ。

 

 「…いかん、()()やらかしかねない」

 

寸前で覚醒する。危ない所だった。自分の能力で他者の記憶に呑まれるなど以ての外である。それで何度痛い目を見てきたか分からない。

 予め小櫃の記憶から複製しておいたある情報が、脳内にインプットされていた。足元に転がる石灰岩の欠片を手に取り、それを握り締めて情報を‘流し込む’。そして、‘植え付ける’。間もなく(つぶて)は眩い光を放ち、その形を大きく変化させていた。

 銀白色の筒状の物体。螺旋を半分に切り、向きを揃えてくっ付けたような四本の黒いラインと、変形する先端部から手が入る開口部までを、きっかり三等分する二本の黒いラインが入っている。

 

「…これが、『アームキャノン・ビツケンヌカスタム』…」

 

右前腕に嵌めたシンプルだが確かな存在感を放つそれをまじまじと見つめながら、彼は呟いた。

 アームキャノン・ビツケンヌカスタム。四島小櫃と、その師匠岡部(おかべ)展人(のぶひと)の改造によって生まれた、個人改造のアームキャノンとしては最高峰の性能を持つ唯一無二の携行兵器。

 オリジナルなアームキャノンをベースに、銃身を短く切り詰め、マイクロミサイルシステム、生体電位増幅用ネオトランジスター、窒素圧縮チェンバー、超小型シンクロトロンなどのハイテク機器を多数搭載している。

 従来のアームキャノンの構想であった、大柄なピストルとしての携行性とハンドリングの良さ、バイオエナジーの性質を利用した強大なストッピングパワーの両立に加え、それまで実用化できなかった兵器――指向性高圧電流銃(ウェイブビーム)液体窒素銃(アイスビーム)小型荷電粒子砲(プラズマビーム)――を極限まで小型化して装備しているなど、あらゆる点で規格外。

 ただし、

 

「ぐおっ?! …なんて馬鹿げた反動だ、あいつはこんなじゃじゃ馬を苦もなく撃ちまくっていたのか」

 

バレルに当たる部位の短さ故に、発砲時に手の中で荒馬が暴れるような感覚があり、照準は極めて困難だ。彼は実際にトリガーを引き、痛感した。そんな扱い難いものを容易に、且つ日常的に使っていたことからも、小櫃の戦闘能力の高さが窺えた。

 

 「…ふむ」

 

小櫃専用に大幅なチューンが加えられているとはいえ、練習を重ねれば使えないことはないだろう。まずはこれの性能のテスト及びバイオエナジーの性質の復習を行なうこととしよう。

 そこで、彼は思い出した。

 情報を得たあの日、小櫃は河童にマルチシューターマシンの試作を依頼していた。原料の金属(カスミウム)が入手できる手筈もあるらしい。分解を行なった者の記憶を探れば、金属を失敬して自分でもマルチシューターマシンを作れるかもしれない。

 そう考えると、居ても立ってもいられなくなって。

 

「っ!」

 

彼は逸る気持ちのまま、近道をするべく暗闇の中の水流に身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 近道といっても、目的地に直接繋がっている訳ではない。ほんの僅かなショートカットができるだけだ。彼はその時間すら惜しかった。

 玄武の沢に辿り着いてから、記憶にあった河童――河城にとりを血眼で捜す。意外にも彼女はすぐに見つかった。木々に囲まれた川原で、何人かと話をしているらしい。

 

「…そんな訳で、実は一週間前から完成していたんです」

「なら何故呼ばなかった?」

「少し、やりたいことがあったからさ」

 

 驚いた。

 小櫃の記憶のお陰で、そこにいる人物が誰なのかはすぐに把握できた。河城にとり、空素子、そして四島小櫃本人がそこにいるではないか。完成していた、とは多分マルチシューターマシンのことだろう。作業風景を直に見られなかったのは悔しいが、好都合だ、これでここ二週間の情報の欠落と一緒に、小櫃の行動記録も補おう。彼はそう息巻く。

 葉擦れの音を出さぬよう上手く森に降り立ち、存在を気取られぬ静けさを保ちつつ彼女らが見える場所まで移動した。もう少し時間があれば、もう一つの能力で細かな設定を施し見つかることを‘予防する’こともできたが、致し方ない。木の陰に隠れ、ビツケンヌカスタムは足元の下草の陰に置いて、話を盗み聞く。諜報は得意だと自負している彼であった。

 

「小櫃のお師匠さんを蘇生させたっていうエナジードライブユニット…アームキャノンのデータからそれを再現した上で、外付け式に改修したんだ」

「もうそんなことができるのか…」

 

エナジードライブユニット。解析した記憶にもその名はあった。極めて高度且つ特殊な医療機器である。

 装着者の体内に埋め込まれたエナジードライブユニットは、体内のバイオエナジーを内部に集積し再分配することで、バイオエナジーを強制循環させる、言わば第二の心臓となる。開発者は医師兼量子物理学者兼発明家兼大家の熊谷(くまがい)のどかと、マッドサイエンティストのリディア・ロイド。どちらもハルベルト・フランケンシュタインとの癒着があった。アームキャノンと同じくカシュークを利用し、死んだ人間を蘇らせるこの技術を、二人は公にすることができなかったのだ。故に小櫃も、その詳細を知ら(記憶が)ない。似たものがハルベルトの手でジェネラルカスタムにプログラムされていること位なものか。

 

 「それで、テストの為に私が被検体になったのですが」

「お前がか?! よくそんな思い切ったことができたものだな」

「…どうなったと思う?」

「何だ、もったいぶるな」

「…解放されたんだ。人間の恐怖から」

「…は?」

 

にとりの言葉の真意を量りかねたのは、自分も小櫃も同じと見える。彼は危うく二十メートル後方の人間と異口同音を発するところだった。だが首を捻っている間に続いた会話で、彼は度肝を抜かれることになる。

 

「妖怪が人間に恐れられないと存在できないのは知っていますよね?」

「無論だ。ん、待て。…まさか」

「そのまさかです。私はエナジードライブユニットによって、恐怖されなくても存在を維持できるようになったんです」

「それも、妖怪としての能力や身体機能を全て保持したままで、ね。詳しい理論はまだ分からないけど…」

 「…有り得んことだ」

 

口を吐いて出たその言葉を、彼は殆ど意識できなかった。幸いにも、直後に唸った風の音に掻き消されたので、三人には聞こえていない。彼の注意は思考の海に没し、周囲の色も音も急速に減滅していった。

 つまり奴らはこう言いたいのか。「妖怪がバイオエナジーの強制循環により、その存在比率を精神から肉体へと移したことで精神攻撃への脆弱性を克服し、人間の恐怖の象徴という信仰に依存した精神体(マインドフォーム)ではなく、特殊な性質を持っているだけの一種の生命体(バイオフォーム)として完全に独立した」と?

 これは、恐ろしい技術(ちから)だ。自分の抱えていた予感そのものだ。

 これを妖怪が手にすれば、最早人間に‘恐れて貰う’必要もない。鬼の苦手な炒り豆、吸血鬼が越えられない流水、…皆克服できる。そもそも、幻想郷を囲う二重の結界の片割れ『幻と実体の結界』も要らない。窮屈な保護区に押し込められた絶滅危惧種のような扱いではなくなる。

 妖怪は内なる自由、llibertyではなく、真なる自由、freedomを得ることができる。

 

 「…いや、待て。早計だ。もっと考えを巡らせないと」

 

自分が興奮しかけていたことに気付き、彼は意識を引き上げ、ゆっくりと、そしてたっぷりと深呼吸した。

 落ち着け、まだ情報が手に入ったばかりだ。事を急ぐと元も子もなくすことになる。

 この技術を妖怪界隈に確実に広める為には、もっと周到な計画と、できれば多数の協力者が要るだろう。ありがたいことに、彼は昔から説得・交渉技術には長けていた。何とかなりそうだ。

 勿論これは妖怪だけでなく、人間にもメリットのあることだと、彼は理解していた。それまで仲良くしていた妖怪が、自分の存在を維持する為に人間を脅かしたりしなくていい、要するに今の関係をこれまで以上に接近させ、賢者紫が目指した以上に人間と妖怪が共生できる理想郷になり得るのだ。

 取り敢えず、今回の思案はねぐらで再開しよう。彼はおおざっぱな計画内容を闇の彼方へ葬り去った。後で考え直せばいいだけだ。

 そして、再び彼女らの会話に耳を傾けようと、木に背中を預けた時。

 

「ここで何をしている」

 

背後から、先程より冷徹な響きの小櫃の声がして。

 ジェネラルカスタムの銃身が、視界の隅でギラリと、四月の午後の日光を反射した。

 

 「…!」

「……」

 

彼は心臓が凍りつくような思いをした。いつの間に自分の背後に?! 自分が周りに注意を払っていなかったのもあるが、小櫃という男の戦闘スキル、気配を悟らせない隠密能力の高さを身を以って味わった。まさに記録通りだ。

 一方で、小櫃はある意味後悔していた。不審な男を木々の間に認め、近寄って問い詰めたはいいが、その男のバイオエナジーの流動パターンは、悪意ある存在でないことを如実に示していたのだ。邪な心があると先入観を抱いていた自分を大いに恥じた。

 

「……」

 

奇妙な風貌の男。そんな第一印象を受けた。栄養失調の如く痩せ衰えた顔の反面、天狗装束の下に健康的な肉体を隠している。翼があるべき背中の嚢中には、短い羽毛のびっしり生えた鉤爪付きの隠し腕。この鴉天狗は、遺伝子構造に欠陥が見られた。スキャニングを持つ彼の場合、バイオエナジーまでが第一印象なので、初対面でもかなり詳しく分析できるのだった。

 双方無言のまま時が流れる中、小櫃はふと、永琳の話を思い出す。

 

「あの鴉天狗、背中の嚢に寄生虫が(たか)っているみたいだったから駆除剤を投与したのだけど、その時は吃驚したわ。上を脱いで翼を出して貰ったら、出てきたのは奇っ怪な腕なんですもの」

 

二週間前の、自分を捜していた訪問者。ひょっとすると彼こそその張本人かもしれない。いや、きっとそうだ。小櫃は自分が顔は広い(ついでに言うと顔も利く)方だと思っていたから、知り合いでない彼を訪問者と断定するには良い材料になった。

 

 「もしや、お前が俺を捜していた?」

「…そうだ」

 

己の問いに、異形の鴉天狗は極短く簡素に答える。そこで小櫃は続けた。

 

「そうか、要らぬ疑いを掛けて済まなかったな。知っているだろうが、俺が四島小櫃だ。お前は?」

「名乗る程の者じゃあない」

「そう言うな、お互い元賞金稼ぎと鴉天狗では示しがつかないだろう」

「……」

 

小櫃の一押しで、男は暫し考える素振りを見せた上で、名を述べた。

 

 「弾蔵…(みなもとの)弾蔵(だんぞう)だ」

 

 二人の遭遇を切欠にして、何か巨大な歯車のようなものを動かすように、ザアッと一陣の風が吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 夕暮れになるまで山を彷徨き、弾蔵は帰路についた。

 

「……」

 

大した時間も掛けていないが、彼は小櫃と話せたことが嬉しかった。この世界を救った英雄だとか、そんな一部分は関係ない。小櫃に積み重なった過去全体が、今の小櫃を形作っている。個人という歴史の変遷だ。前歴を知った上で、今の姿を見ることは、弾蔵にはこの上ない楽しみだった。

 コンコン、カッカッ。

 

「…フフッ」

 

歯を打ち鳴らす口も、自然と吊り上がった。

 鍾乳洞の入り口まで来た。相変わらず殺風景な場所だが、いつになく機嫌の良い弾蔵は、サラリーマンが家族の待つ我が家に帰ってきたような顔をしている。

 

「努力して解析した甲斐があったものだ」

 

独りごち、仄暗い穴の中に足を入れようとして、

 

「…?」

 

違和感に気付いた。何か、この場に非常にそぐわないものが自分を狙っている。

 正体はすぐに分かった。自分の周囲の草むらから、一対の黄色い目が見え隠れしている。

 

「…いるのは分かっている。出て来い」

 

静かだが強い語気で言い放つと、数秒の後、弾蔵は六人の白狼天狗に囲まれた。

 

「異端の鴉天狗、源弾蔵だな」

「天魔様からの勅令だ。お命頂戴致す」

 

六人が、それぞれ武器を構える。身の丈を超える巨大な剣、堅固な盾と長大な槍、妖怪の骨から削り出された大槌、棘付きの棍棒、毒に塗れた短剣、そして二振りのクナイ。

 暗殺にしては、いささか大袈裟だった。

 そうでもなければ、対抗できないと踏んでいたから。

 しかし、

 

「…そうか、」

 

それですら、

 

「また邪魔をするのか、貴様らは」

 

不十分だった。

 彼ら天狗の暗殺部隊が最後に見た光景は、弾蔵の背中から伸びてくる、弾蔵よりも大きな手。

 カルストの広場に、紅い花が咲いた。

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