はい、来てしまいました! ストックしゅ~りょ~!
弾が尽きるの早いよ……もう少し書いてからにすればよかった……。
と言う訳で、更新速度は落ちますが、頑張っていきたいと思います。
これからもどうぞよろしく!
ではでは、今回のお話も、お手柔らかによろしくどうそ!
霧咲真一自身、そこを通りがかったのは偶然だった。
何か様子がおかしいとか、不自然だったから様子を見てくるとか、そう言った前触れも何もない状態で噴水のある夕暮れの公園へと足を踏み入れたのだ。
毎日毎日オカルト研究部での活動として、部活とは名ばかりの朱乃とリアスの話相手と遊び相手をさせられたり、後輩の塔城小猫から黒歌の様子を聞かれたりと今日も忙しかった。
何より疲れるのが、オカルト研究部の二年、木場佑斗との模擬戦。
向こうは剣でこちらは拳を武器に、何本も相手をさせられて、少し疲れた状態で一人さっさと家に帰る。
そんな日常を送る自分自身のご褒美として、休日を誰とも会わずに過ごし、呼ばれたオカ研の活動もぶっち。
ぼんやりと何も考えず散歩に出かけ、少しいい店で飯を食い、女連れの一誠を見かけるが無視してぶらぶら。
面白い本はないかと本屋に入ったのが運の尽きで、立ち読みと本の吟味を繰り返して、外に出れば既に赤い景色に覆われていた。
そして、帰って飯の用意をするかと思い立ち、帰路へとついた。
その途中で噴水のある公園を認識し、公園ならば自販機か最低でも水飲み場くらいはあるだろうと、小さな欲求を満たしに足を踏み入れた。
ただそれだけだった。
それだけのつもりであったはずなのだが、真一の目の前には、赤い湖が出来上がっている。
その中心に倒れるのは、その人物が一年の時から何かと世話を焼いていた人物で、真一とも関係がないわけではない人物。
兵藤一誠。
一誠の容態は、外から見ているだけで芳しくない事がわかる。
既に手遅れ、明らかに人の体から許容量以上の出血が見られており、いわゆる死に体だ。
血の赤が形成する湖の前には、水を吹き上げる噴水があり、その縁に黒い翼を持った人物がゆったりと腰掛けて一誠をじっと観察している。
人気と呼べるのはこの場で、真一と一誠、そしてその女性だけ。
そして、明らかにその女性の眼差しは、救う者のそれではない。
しかし、真一にとってそのような事は些末事だ。
例えその人物が自分へと視線を向けて驚いたような表情を浮かべようとも、手に発光している槍をどこからともなく出そうと、霧咲真一の前には関係のない事だ。
真一の興味はただ一点、目の前で古巣でよく見た光景が広がっている事だけ。
人が死ぬその様を、いかにも楽しそうに観察し、目の前の死が遂げられる待っている人物がいる。
見ているだけで感情の何処かが冷えていくような、懐かしい光景が、目の前に広がっている事実だけが真一の興味を引いていた。
ゆったりと血溜りに倒れる一誠へと歩を進め、血溜りの中に躊躇する事なく足を踏み入れる。
べちゃべちゃと靴にまとわりつく赤い水を跳ね上げ、一誠を見下ろす形で立つ。
その鋭すぎて目つきの悪い瞳には、恐怖も混乱も動揺も、何もない平らな感情だけが存在した。
突然視界に現れた真一の姿に反応したのか、既に光が薄くなっている一誠の瞳が真一を捉え、震える唇は言葉をたどたどしく紡ぐ。
「せ、ん……ぱい」
「何だ、一誠。お前、死ぬのか」
「お、どろ……ないん、です、ね」
「見慣れてるからな」
「は、は、は……そっか、やっぱせん、ぱいはぁ……そうな、すね」
「あぁ、ただまぁ、そうだな。目の前で死なれると目覚めが悪いからな、生きたいならリアスを呼べ。多分お前を殺したんだろうと思われるエロいねーちゃんは俺が仕置しといてやる」
それだけ言って、槍を構える黒い翼の人間に視線を向ける真一に、一誠は薄く笑みを浮かべる。
視線を合わせた真一が思ったのは、黒黒黒黒。
ただ黒なだけだ。
翼も黒、髪も黒、衣装も黒と黒づくめだ。
黒と言う色を前面に押し出した女性は、警戒する様に、しかし何処か油断の色を滲ませた鋭い瞳で真一を睨みつけている。
「お前が堕天使、ってやつか?」
「貴女は確か……霧咲真一、だったかしら」
「何だ俺の事知ってんのか」
「えぇ、勿論。イッセー君の周りの友好関係は把握しているの、これでも慎重派なのよ? 私」
「慎重派はこんな事しねぇだろ、行動が安易すぎる」
呆れた様に肩を竦める真一だが、目の前の堕天使は薄く笑みを浮かべてせせら笑うだけだ。
「問題ないわよ。明日には皆忘れてるんだし、ね? ただ……」
「あぁ、その先はいい、俺は別って事だろ? 多分ここにも結界ってやつが張ってある。にも拘わらず入ってきた俺にそれが効くかは分からない、ってわけだ。だから殺しておこう。こんな所だろ」
「貴方、随分こちら側に詳しいのね……まぁ、それも当然かもね、悪魔なんかと肩を並べてるんだもの。妙な知恵があってもおかしくないわね」
堕天使の存在に驚きもせず、一誠の体から溢れ出る血溜りの中を歩く真一の表情には、怒りも焦りも不安もない。
ただじっと目つきの悪い瞳で、目の前の堕天使を見ているだけだ。
そこで、堕天使でも真一のものでもない声が、真一の後方から聞こえてくる。
「貴方ね? 私を呼んだのは……ってあら? 真一じゃない……部活をサボった話はまた聞かせてもらうわよ?」
「一誠の奴、助言通りリアスを呼んだか……まぁ、一誠の場合、リアスのおっぱいに釣られただけのような気もするけどな。そして俺には薮蛇だった、と」
「話が全く読めないんだけど……貴方の前にいる堕天使がこの子を殺したって事でいいのかしら?」
「まぁ、そうだな。そいつ、助けてやってくれ。まだ死にたくないらしい」
「そうね、私が呼ばれるくらいだものね、いいわ。どうせそのつもりだったし、貴方の頼み、引き受けてあげる。真一はどうするの?」
「俺はこのねーちゃんに仕置する。一誠にそう言ったからな」
リアスの姿を認識してから、ギリッと奥歯を鳴らしそうなほど歯を噛み締め、睨みつける堕天使。
そんな彼女を相変わらず何の感情も浮かべていない表情で、ただ淡々と事実と行動を宣言する真一に、リアスは肩を竦めるだけで手を貸そうとはしない。
「まぁ、貴方は私の眷属でもなければ、悪魔ですらないからどうこう言わないけど……怪我するのだけはやめてね? 朱乃も私もそれ位の心配はするわ」
「するのか? 俺が?」
「……んー、ま、それはないわね」
「……言ってくれるじゃない。たかが人間風情と悪魔風情が」
「私もそうだけど、貴女もこの機会だから知っておくといいわよ」
世界には例外ってものがあるって……そう言い残し、リアスは一誠と共に姿を消した。
その際一誠の視線が自らを見ていた気がした真一は、最後に振り返って一誠に対し、いつもの様にニッと笑みを浮かべてみせる。
どこか安心したかの様な一誠の表情を最後に、彼らの姿は消えて、その後には光る槍を持った堕天使と目付きの悪い人間だけがその場に残る。
そして、真一の前に立つ堕天使は、心底驚いた様な表情で真一を見ていた。
「驚いたわ……まさか、本当に見捨てるなんて」
「見捨てる? 誰が、誰をだ?」
「あの悪魔が、貴方を、よ。何だかんだで手を貸すと思ってたのよ? 別にそれでも構わないと思っていたし。それに、悪魔と人間は嘘をつく生き物でしょう?」
「はははっ、おかしな事を言うな? それはお前等もだろ? その黒い翼が何よりの証拠じゃねぇのか? つまりそれは嘘の翼って事だな」
「あまり大きな口を叩かないほうが身の為よ? 寿命を縮めるわ」
口調こそ冷静だが、視線で人が殺せるならば、真一はもう百回以上死んでいるだろう。
それほどの形相で、堕天使は真一を睨みつけており、それに伴うプレッシャーは普通の人間では耐えられず腰を抜かし命乞いすらしているだろう。
だが、真一の雰囲気や纏う空気は変わる事がなく、ピクニックにでも足を伸ばしているような軽い雰囲気だ。
だらりと力を抜いて緊張もしていない雰囲気や態度が、益々堕天使の神経を逆撫でする。
まるで、堕天使である彼女よりも自分の方が上位の存在であると、そう雰囲気自体で語っているような気がしてならない。
そしてその印象はまさにその通りであり、真一は睨みつけてくる堕天使の言葉の一つ一つに、心底おかしいと言う様に笑い声を上げるのだ。
真一の上げる笑い声は、嘲っているわけでもなく見下したように嗤う訳でもなく、ただただ純粋に堕天使の彼女が面白い事を言っていると言う様に笑うのだ。
それはつまり、堕天使である彼女を目の前にして尚、取るに足らない存在だと言われているに等しい。
「は、あっはっはっは! 誰の寿命を縮めるって? いいなぁおい、本当に面白い冗談だ。純粋に笑ったのは久しぶりだった」
「……本当に目障りで人の神経を撫でるのが好きな男ね」
「うん? まぁ、何言ってのかよくわからんが……お前面白いからな、殺すのはやめといてやるし、リアスに殺されそうになっても助けてやるよ。条件付きでな」
純粋に善意と言うか、言葉通りの感情でもって堕天使に言葉を投げる真一に対しての返答は、空気を切り裂く音が聞こえる程の速度で飛翔する光の槍だった。
砂埃を巻き上げ、穂先一点で空気を切り裂き水平に飛翔する槍は、あっさりと真一の元へと届く。
そして一秒にも満たぬ時間で真一の胸部を貫く……筈だった光の槍は、いつの間にか真一の手の中にあった。
足元に大きく爪先で描かれたような円があったが、堕天使の女性にはそれがいつ描かれ、それが意味する所がなんなのかも理解出来ていない。
特徴的な形状をしているが、用途と長さからすれば槍としか言えない武器をしげしげと観察する真一に、堕天使の女は何が起こったのか頭が追いつかない。
確かに真一に届いた筈の槍は、いつの間にかその飛翔を停止し、真一の手の中。
驚愕する暇もない程にあっさり、それこそそれが自然な事であるかの様に、高速で飛来する槍を掴み取った。
「槍を投げるなよ、槍ってのはこうして使うもんだぜ?」
手に持った槍を、くるりと一回転させる。
くるくると両手の中で縦横無尽に回転する光の槍は、その軌跡を残しながらも、ぴたりと停止する。
軽く腰を落とし、右手で穂先側を握り、左手で槍の後方を掴む。
地に着くスレスレの位置で穂先をピタリと停止させ、穂先はしっかりと堕天使の方向へ向いている。
堕天使の女がそれを認識した瞬間、真一は一歩踏み出し、過程を見ていた筈の意識が切り取られた様に、堕天使の目の前には真一の姿。
視線を下げた眼下には、顎を狙うようにして下から掬い上げられた槍の穂先が迫る。
それでも、辛うじて迫る穂先の瞬間を捉える事が出来た堕天使は、すぐさま体を右へと回転させる。
正しく地を転がる事になった堕天使だが、その瞳の戦意は衰える所か、さらに燃え盛っている。
羽ばたき空を舞う隙も与えられず、無様に地を転がるしか回避の方法はなかった事が、彼女のプライドをいたく傷つけたらしい。
お? と軽く、少しだけ興味を持ったような声を上げる真一は、掬い上げてピタリと止めた穂先を見詰める。
そして地に膝を着けている堕天使へと視線を移動させ、構えを解いて槍を肩で担ぐ様に軽く二回、自らの肩を叩く。
肩を叩く回数が三回目を数えようかという瞬間、真一が手に持っていたはずの光の槍は、ともなく姿を消した。
「貴方に武器を与えるのは危険みたいね……」
「消えちまった……まぁ、いいか」
おそらく堕天使が自ら消したのであろうと予想する真一は、特に気負った様子もなく、当然と言う様に拳を握り込む。
それを見た堕天使は、如何にも可笑しそうにせせら笑うが、真一はそれにとりあう事はなく拳を握るだけ。
「武器もなしに素手? 貴方の武器の扱いには少し驚いたけれど、素手で何が出来るって言うの? 貴方達人間とは根本的に能力が違うのよ?」
「何だ、武器持って相手して欲しかったのか? 早く言えよな……何かいいもん、あれでいいか」
堕天使の女が発する嘲りを含んだ言葉を華麗に曲解し、独自の認識で会話する真一に、堕天使は困惑の表情を初めて見せる。
明らかに戦闘になっているにも拘わらず、真一には戦っているという真剣味のようなものを感じない。
命のやり取りをしているというのに、極限状態での緊張感も感じず、命の危機も感じていない様な……ただ遊んでいるだけの様な緩い雰囲気。
戦闘が始まる前から今まで、それは徹頭徹尾変化を見せていない。
そんな真一がフラフラと歩み寄ったのは、立て看板として地面に打ち付けられている金属の棒。
明らかに地面に固定されているそれを、片手で握り込み、それを無理矢理持ち上げる。
加えられた力に耐えかね、一気に弾けたような甲高い金属音と共に、地面へと打ち付けられていたボルトが弾け飛ぶ。
そして、立て看板として役目を果たしていた金属の棒は、立て看板としての役割をあっけなく捨てさせられた。
ご丁寧に看板の板まで手で無理やり剥ぎ取り、真一の手の中に収まったのは、長い金属の棒だ。
「……貴方、本当に人間なの?」
「よく言われるが、人間だな、生まれてこのかたその枠内を外れた事はねーよ」
あまりの光景に呆気にとられていた堕天使の女は、驚愕の表情と共に真一の存在自体を疑ってかかる。
言われた本人は苦笑を浮かべてはいるが、手はきっちりと動かしており、手の中に収まった棒はそれだけで生きているかの様にくるくると動き回る。
そしてまたピタリと動きを止めた瞬間、飛来する光の槍。
視界に飛来する槍を捉えた瞬間には、真一が手の中に収めた金属棒は回転をやめていない。
回転する金属棒の先が、飛来した光の槍の穂先と衝突し、無理矢理力を加えられて軌道を変えられた槍は明後日の方向へ。
間を置かず二本目の槍がまっすぐ飛来するが、右、左と回転の方向を変える金属棒はまだ止まっていない。
左側で回転する金属棒の先に、またしても穂先を合わせられ、地に突き刺さっているのは槍の方だ
一秒が生死を分けるやり取りの中で、たった一本の金属棒の回転で二本の槍を弾き飛ばす技量は、もはや偶然では片付けられない。
回転の勢いそのままに、腰の周りを舐める様に回転を続ける金属棒を、右腕と脇で挟み込み腰を落とす。
お返しとばかりに真一が一歩踏み込んだ瞬間には、既に手の中の金属棒は突き出されており、その先端はしっかりと堕天使の腹をまっすぐ捉えている。
柔らかい肉に金属の棒が突き刺さる感触に、真一はにやりと笑みを浮かべ、堕天使は鮮やかな紅を口から撒き散らす。
金属棒を伝って堕天使の肉体を駆け巡る衝撃は、表面の損傷だけに留まる事はない。
突き抜けた衝撃は、逃げ場のない体内を暴れまわり、内蔵を傷つけて回る。
「げ、ぇっ! ぁ……」
「何だ? 柔らかいな」
ただの感想だ。
真一の口をついた言葉は謝罪でも嘲りでもなく、ただ金属の棒を腹に突き刺した時の感触を、感想として発しただけの無機質なものだった。
突き出された棒の衝撃に、堕天使の体は後ろへと吹き飛ぼうとするが、それを許さないとばかりに真一は極自然に一歩踏み込む。
それにより、無理矢理金属の硬い感触を押し付けられ、杭を打ち込まれた様に堕天使の体は金属棒の先に縫い付けられる。
ふわりとした一瞬の浮遊感を、堕天使が朦朧とする意識の中自覚した時には、体は天へと向けられた金属棒の先に支えられている。
その次の瞬間に襲ってきたのは、全身を振動させるような衝撃。
背中側からバキバキと嫌な音が公園内に響き渡り、同時に堕天使の艶やかな唇から、絹を裂く様な悲鳴が上がる。
げっほ! と鮮血と共に咳をする堕天使を見る暇もなく、真一は手に持っていた棒を真ん中から半分に折る。
折った二つの棒を両手で持ち、堕天使の腹に飛び乗った彼が浮かべたのは、冷淡なまでの小さな笑み。
そのまま振り上げた棒を、地に広がる黒い翼へと無慈悲に……打ち込む。
柔らかい何かを貫く感触と共に、堕天使の羽は、文字通り地へと縫い付けられた。
「あ、ぎゃっ! ぎぃっ……な、で、私の羽、羽がァ……」
「ぎゃーぎゃー喚くな、このぐらいどうって事ないだろ?」
堕天使の象徴である翼を無骨な金属の棒で縫い止められ、そこから伝わる激痛で思考が混ざり合い、見上げた真一の心底不思議そうな顔に恐怖を抱く。
纏まらない思考の中で、あっさりと堕天使の心に刻まれたのは圧倒的な恐怖だった。
あまりにも短い戦闘……いや、戦闘と呼ぶ事すらおこがましい、真一の中ではただの遊びか少し撫でただけのつもりだったのだ。
戦闘だ命のやり取りだと認識していたのは自分だけで、霧咲真一と言う男はそうとは思っていない。
その事を確信させる程に、あっさりと『遊び』は終了し堕天使は鬼に捕まり、身も心もねじ切れてしまいそうな程の恐怖に支配される。
ただ一つ、純粋なまでの恐怖に支配された堕天使の口から出てくるのは、惨めな命乞いだけ。
「こ、ろさ、な……で」
「はぁ? 話聞いてたかお前、殺さないって言ってんだろ。現に生きてるじゃねぇか」
心底不思議そうにそう言い切る真一に、これ以上はないと思っていた恐怖心が更に肥大化する。
もう堕ちる事など無いと思っていた心が、真っ黒の暗闇に塗りつぶされていくような感覚を覚え、その事にもまた恐怖を感じる。
何だ、この男は何なんだ? 人間などではない。
こんなものが人間であってたまるものか、堕天使の思考は恐怖とその考えのみに支配され、真一を見る目は既に人間ではないものを見る目に変わってしまっている。
こんな存在が、こんなものが人間だというのなら……。
(私は、人間が……怖い)
重ねてきた経験と知識を覆す程の圧倒的な力と技巧を兼ね備えながらも、その心は大事な何かが壊れてしまっているかの様に、純粋で残酷でそれ故にどす黒い。
本気でこの男は堕天使を殺すつもりがない。
しかしそれは、相手を傷つけないと言う思考ではなく、死んでいなければ何をしてもどんな状態であってもいいと言う思考に行き着いている。
生命活動をしており、喋る事が出来、物を食べる事が出来る。
それらさえ出来ていれは生きているのだと、この男は本気でそう思っている。
明らかに瀕死の状態である堕天使を見下ろしながら、不思議そうに首を傾げている事から、その事実は明らかだ。
そしてどういう訳か、真一から受けた傷は、圧倒的に治りが遅い。
それはつまり、霧咲真一は眼下に存在する堕天使を、それこそいつでも殺す事が出来ると言う事実に他ならない。
相対した者には冷酷なまでに純粋に、純粋なまでに冷酷に、そうなる事が出来る存在こそ霧咲真一なのだ。
死の恐怖に怯え、目の前の存在に怯えている堕天使の様子を見下ろし、満足そうに一つ頷いた真一は堕天使の上から体を避ける。
それこそ今まで堕天使が感じていた恐怖ごと避ける様に、あっさりとその身を引いた。
ついでとばかりに、翼を縫い止めていた棒を引き抜き、手を取って立たせると言うおまけ付きだ。
「ど、し……て?」
「だから、殺さねぇっつってんだろ、人の話を聞かねぇ奴だな。お前の顔を見りゃあ仕置きは十分だと判断しただけだ」
涙と鼻水、唾液と血に塗れた無様な表情を晒す堕天使を見つつも、肩を竦めて有言実行しただけだと言う様に振舞う真一。
それ以上は手を出そうとしないし、そう言う雰囲気もない。
その空気を察したのか、呆然とした表情で、堕天使は真一の前に力なくへたり込む。
恐怖で膝が笑い、安堵で腰が砕けるその様は、まるで真一に跪いているようにも見えた。
堕天使を見下ろす真一の表情は気が抜けており、油断しきっている。
正しく隙の塊であり、今ならば堕天使でなくとも簡単に殺せそうにも感じる。
しかし無理だ。
既に首輪ははめられてしまったのだ。
恐怖と言う名の鎖付きの首輪を、心にはめられてしまった堕天使は、既に真一と言う存在に屈服してしまっている。
自分の身では傷つける事など出来はしない、膝を折らせるなど以ての外、殺すなど論外。
プライドを押しのけてまでネガティブな思考が頭の中を支配し、真一と言う存在を、恐怖の体現者たる絶対者として心が認識してしまっている。
殺す事に躊躇がない、痛めつける事に躊躇がない、そして何よりそれを普段と平常通りの精神下で実行する。
殺す気がなくても必要があれば殺すし、害する気がなくとも生きていればいいと判断すれば、手足をもぐ事も鼻歌交じりにやってみせる。
そんな突拍子もない、行動を予測出来ない存在である真一が、堕天使の女はただただ怖かった。
震える体を押さえつける事も出来ず、ただ涙が流れる呆然とした瞳で、絶対者を見上げるだけ。
それだけが今彼女に許された、ただ一つの行動だった。
「まー、どうせここで見逃しても? お前等がここにちょっかい掛けるつもりなら、遅かれ早かれどうせ死ぬだろ。その時相対してるのがリアスだったら助けてやる。さっき言った通り、条件付きでな」
リアスじゃなけりゃその時は知らん。勝手に死ね。
そう言ってけらけらと笑ってみせる真一は、確かに人間と言う枠から精神的に大きく逸脱しているようにも見える。
真一をただ呆然と見上げる堕天使には目的があり、それを諦めるわけにはいかなかった。
しかし、この堕天使は膝を折ってしまった。
再起不能と言い変えてもいい。
「わた、しは、ど……すれば?」
「知らん。俺はこれ以上てめぇと遊ぶ気もない。どうすればいいかはてめぇで決めて、好きにしろ。ただ、遊ぶならリアスの前でだけにしな。俺もちょうど黒歌以外に手足が欲しかった所だ。しかも堕天使ときた……悪魔側以外にも情報が得られそうな可能性を俺は捨て置かねぇぜ」
この言い分からして、この霧咲真一と言う男は、隙あらば自らを隷属させて便利屋のように使う気だろう。
そうなれば、自らが忠誠を誓ったあの方達への背信行為になる。
しかし、これ以上計画を進める気ならば、この男から逃れられる可能性は殆どない。
成功して、リアス・グレモリーの目が届く地域から脱出出来れば、逃げられる可能性もあるが……この男の言う事を信じるならばその可能性も極僅かだと言える。
唯一この男から完全に逃れる事が出来る選択肢は、今進めている計画をここで放棄し、何処かこの男の目の届かない遠くへと逃げる事だ。
それも無理な話だという事は、堕天使にもわかっている。
既に計画は戻れない所まで来ている。
目星をつけた神器を所持するシスターも呼び寄せ、戦力であるエクソシストや堕天使も集結している。
今計画を放棄するなど、土台無理な話であり、そうなれば呼び寄せた戦力に自分自身が始末されるだけ……。
纏まらない思考の中で、堕天使は必死に自らが生き残る方法を考え、模索する。
そこで一つの天啓とも言える程の光が、堕天使の頭の中に浮かび上がる。
「貴方が、わたし、を……助けてくれる、って本当、なの?」
「そうだな……俺は嘘は平然と付くが、やるっつった事は出来る限りやる事にしてるんでな」
「……貴方は、私に、何をさせたいの?」
段々と言葉に力が戻ってくる。
傷もようやく本腰を入れて塞がり始め、お腹の中で破砕した臓器も再生を始めている。
しかして、依然として真一に反抗するだけの気概は、一向に再生する兆しを見せない。
今はとにかく、この男が自らを助けてくれると言う保証を、この男の口から聞かせて欲しかった。
それが、自らにとって何よりの救いになると確信して……。
「別に大した事じゃねぇ……ただ、堕天使の内情を知りたいだけだ。悪くない話だろ?」
「堕天使に、喧嘩を売るつもり?」
「いーや? ただ知りたいだけだ。今の所はな……」
この男が自らに求めるのは、間者の役割。
しかし、この男は堕天使の陣営に喧嘩を売るつもりはないと言う。
ただの口から出た出任せかもしれない、そう言っておいて、自らが敬愛するあの方達を害する気かもしれない。
そう思ってはいても、小さく笑みを浮かべて堕天使を見下ろすこの男の前で取れる選択肢は、当然多くはなかった。
へたり込んでいた腰が動き、今出来る最善の行動を、堕天使は知らぬ内に取っていた。
背信行為と知りながらも、これこそが自らが生き残る唯一の道だと確信していたから……だから膝を折り、霧咲真一に頭を垂れる。
「堕天使レイナーレは、貴方に……従います」
「契約完了だな……」
楽しくなってきやがった……。
そう言って可笑しそうに笑う真一は、ギラついた鋭い瞳で、闇夜にポッカリと浮かぶ月を見上げていた。
彼が今回の件に関して、どんな顛末を描いているのか……それは他ならぬ真一本人以外には、知る由もない事だった。