どうも、くるみわりナックルです。
久々にやってきた連休を利用しました! 連休ってホントしゅごい……。
そしてやっぱり、絶妙に話が進んでない感もまた、しゅごい。
一誠君の登場回数がもう半端ない。
一誠君気に入り過ぎの私、主人公主人公してる一誠君を書いてあげたいのです……。
ではでは、今回のお話も、よろしくどうぞー!
普通に生きていれば知らないまま終わる事実や、知らなくていい事実など、この世界にはごまんと存在する。
そんな普通なら知らない事実や知らなくていい事実を、駒王学園オカルト研究部の部室で、兵藤一誠と言う一般の男子学生と言ってもいい少年が知らされてから数日。
またしても一誠が女性と出歩いている姿を目撃しつつ、今度は金髪か……などと面白そうに笑みを浮かべるような事があった真一だが、それと今の状況は何ら関係がない。
今度機会があったらいじり倒してやろうと心に決めつつ、今日も今日とてチャリンコを漕いで契約を取りに行く一誠を見送り、帰宅。
そして霧咲真一が住居としているニ階建て一軒家――中古物件ではあるが……の中で、家主である霧咲真一は、ぼんやりと台所で食材と向き合う静かな時間を過ごしていた。
毎日の晩御飯の担当が何故か真一になっている事に、真一自身若干の不満はあるものの、仕方がないと割り切っている。
黒歌は料理が出来ないわけではないが、その後の洗い物を異常に面倒くさがるので、台所は主に真一が担当する事になっている。
同居人である黒歌には、その代わりに掃除や洗濯、必要なものがあれば買い出しなどを担当してもらっている。
昼の時間が縛られる真一には、どうしても時間の制約が存在する。
いわば適材適所、と言うやつだ。
たんたん、と軽快に食材を刻んでまな板を叩く音や、鍋の中で煮えたぎる何かが立てる音が飛び交う。
時折思い出しかの様に、炒め物が発する独特の音が混じり、辺りにはふわりと食欲を刺激する香りが漂い始める。
料理とはパズルの様なものだとは、誰が言ったのか……中々に面白い言葉だ、等ととりとめもない思考が真一の頭を過ぎる。
ただ静かに食材を刻み、如何に味と彩りと食感を組み合わせれば、美味いと言えるものが出来上がるのか……。
それだけを想像しながら料理を仕上げて、そして食べる事を同時に想像。
まさに、平和な一時の時間と言うやつだろう。
「
「
上手いもん食ってりゃ世界は平和だろ、そう言ったのは自分自身だと自覚していた真一の料理を、まず怒声が邪魔をする。
そして真一の背後から襲いかかってきたのは、人と同じ大きさではあるが、体格だけ見れば男性ではなく女性。
しかしてその存在は人間ではなく、背中に存在する大きな黒い翼が、それを証明していた。
背後から真一に襲いかかった人物に向かって、真一は台所から目を離さいないまま、女性が持っていた光る槍の柄尻を正確に踵で蹴り上げる。
その衝撃で思わず槍から手を離した女性の手首を、器用に片足の足首で絡め取るように捕縛。
地面へと引き倒すように足を動かし、女性はふんばろうとするも、足の力に腕では対抗できずに、台所の下にある収納スペースの扉を視界いっぱいに収めた状態で倒れこむ。
全身に力を入れて必死に起き上がろうとする女性の動き……しかし、真一の動きはそれよりも速く、まず手首を絡め取っていた足で地面に着いた手首を踏みつけて縫い止める。
手首の固定が終われば、もう片方の足で地面に頭を伏せている女性の首を、足首で刈り取る直前のように動かしてやはり固定。
野菜を洗う手を止めず、視線も野菜に固定したままで行われた攻防に対して、真一はなんの感慨も抱いてはいない。
恐らく、邪魔をされたとすら思ってもいない。
料理をする手は止まる事なく、ただ淡々と動き続けているが、その下では二本の足に動きを封じられてもがく女性が一人。
物凄い形相で真一を睨み上げており、当然真一はそれに気がついてはいるが、気に止める素振りもなければ視線を向けるつもりもないらしい。
「今日もたかりに来たのか、出来るまでもうちょっと掛かるから大人しく待ってろ」
「そんなわけ無いでしょ!? アンタを殺しに来たのよ!」
「あー、はいはい。後で遊んでやるから静かにしてろ」
「ご主人さま~ん、私も遊んで欲しい、にゃ~?」
真一の足元でわめき散らす黒い羽を持った女性――レイナーレの言葉に、勿論真一は真面目に取り合ってなどいない。
そして、ちゃっかりいつの間にか猫モードの黒歌が、真一の肩の上にちょこりと居座っている。
バランスを崩す事なく料理を続ける真一も凄いが、落ちる事なく絶妙なバランスで揺れをコントロールし、体勢を保持している黒歌もまた凄い。
結局黒歌と真一にとって、このような体勢は日常茶飯事と言う事なのだろう。
個人の能力が日常に現れている事もそうだが、何年も続けている習慣のような、慣れた雰囲気がふとした瞬間に出てくるのだ。
その中で唯一日常の振る舞いではない枠に収まっているのは、当然と言うか、真一の足元で這い蹲っているレイナーレ。
美しく長い黒髪だが、何度も力いっぱい藻掻いた事が原因で、台所の床にはらはらと漆黒の扇の様に広がっている。
その様子を然るべき場所で見るならば艶やかで、扇情的な光景に映っただろうが、如何せんここは台所以外の何処でもない。
加えてレイナーレの表情自体も色気のあるものではなく、丸く大きくなったり切れ長へなったりと変化の忙しい瞳は、一般人が見れば逃げ出すほどに釣り上がっている。
言葉にならない程の威圧感を纏う視線も、やはり真一に届く事はないが、レイナーレに諦める様子はない。
髪が乱れようと服が乱れようと、真一へとぶつける殺気は本物だ。
最後のあがきなのか、固定されていない方の手に光の槍を生み出す。
しかしその瞬間、首を固定していた足が音もなく動いて、こつんと軽く槍を蹴飛ばされる。
無理な体勢で、しかもあまり力の入らない体勢で持っていた槍は宙を飛び、音もなく台所の床へと着地し消失。
レイナーレの必死の抵抗を歯牙にもかけない真一と、それでもと必死に足掻くレイナーレを冷静に見ていた黒歌は、いい加減呆れた様に溜息を吐く。
「いい加減諦めるといいにゃ」
「諦め、ないわよ! 私は人間、なんかに使われ、る……様な、存在じゃないのよ!」
「ご立派なプライドにゃけど、無駄無駄むーだにゃ。これは経験談にゃ、先輩の言う事は聞いとくもんにゃ」
みんにゃ最初は威勢がいいんにゃけどにゃ~……等と、レイナーレの様子を見ていた黒歌が、遠い目をし始める。
しかし、それを素直に聞けるなら、そもそももっと素直に真一の下についていると言う話だ。
そもそも、この状況はレイナーレが下につくように仕向けながらも、いつでも殺しに来い等と言った真一に原因がある。
悪魔のような契約もなければ、堕天使の様に上と下での絶対的な階位が存在するわけでもない。
裏切ろうと思えばいつでも裏切れる口約束であり、レイナーレの行動を縛り付けているのは、ただ純粋な真一への恐怖だけだ。
それを振り切れば裏切る事も可能だが、何故レイナーレが奸計を巡らせて密かに真一を葬ろうとしないのか? それは簡単な事実だ。
要するにレイナーレは、心の何処か、思考の何処かで諦めてしまっているのだ。
この男の下から逃げるのは無駄な事だと、だからこそ、殺してしまえばお前は自由だと言う真一の言葉に従った。
つまり、レイナーレは真一に抵抗する素振りを見せながらも、既に屈してしまっている。
殺しに来いと言う言葉通りに殺しに掛かっており、私はまだ屈したわけではないと、行動でもって自らに言い聞かせているに過ぎない。
その事を黒歌は正確に見抜いていた。
何故なら、それは黒歌自身も通った道だからだ。
最も、黒歌が恐怖を持っていたのは、真一の師に当たる人物だったが……。
それでも、最終的には真一は自らの師であり、黒歌の恐怖の対象だった人物を自らの手で葬り去った。
そうなれば、黒歌の中にあった恐怖による忠誠が、真一へと切り替わるのも不思議な話ではない。
唯一違うのは、直接的に黒歌へ手を下した人物ではないと言う点であり、逆に言えばそれがあるからこそ黒歌は真一と良好な関係を築けていると言える。
ならば、レイナーレはどうなのか?
真一の言葉を免罪符に、自らのプライドを守ろうとしているレイナーレは、既に心は折れて屈している。
それはすなわち、面従腹背の道を取らず、主から与えられる言葉を素直に実行する道を選び取ってしまったと言う事だ。
その結果レイナーレがどうなるのか……道としては二つしかない。
主の言葉通り行動では逆らいつつ、結局従ってしまっている差異に悩み、最後には壊れてしまう。
そしてもう一つは、プライドを捨てて素直に真一を主として認め、従うか。
結末が二つしか残されていない中で、レイナーレはどちらを選ぶのか……。
プライドを餌にして、真一の言葉に従ってしまった時点で、本当の自由など彼女にはなくなってしまったのだ。
既に逃れる方法など何処にもない事実に気がついたその時、彼女は一体どうするのか……。
(ま、予想はついてるにゃん)
内心でそう予想する黒歌だが、レイナーレが堕天使である事と、事実上既にどんな形であれ捕まってしまった彼女は遅かれ早かれ黒歌の予想通りになる。
つまり予想とは言いつつも、黒歌の中ではほぼ確定事項として処理されている、と言った方が正しい。
天使であろうが堕天使であろうがその存在は、神と言う絶対的な支配者に対する隷属、依存、憎悪……。
呼び方は何でもいいが、天使や堕天使とは元来そう言った感情を向ける対象を求める存在であり、基本的には支配される側の存在なのだ。
そしてその性質は、感情の起伏が現れやすい女性に多い事を考えれば、レイナーレの未来などほぼ確定したようなものである。
黒歌の最初は威勢がいい、と言う言葉はこれらの状況も加味した言葉であるのだが、それが今のレイナーレに分かるはずがない。
「うーっし、出来た。食うぞー」
「待ってましたにゃん!」
暴れるレイナーレを軽くないしつつ、何品か料理を作り上げた真一の言葉に、一番最初に反応したのは黒歌。
すぐさま真一の肩から飛び降り、同時に人化し、音もなく席に着いている。
彼女の名誉の為に言うならば、決して食い意地がはってる訳ではなく、主の作る食べ物が好きなだけだ。
料理を運ぶ為に皿を手に取った真一は、足で固定していたレイナーレの体を、軽く蹴り飛ばす。
「あぅ……」
蹴り飛ばされたとは言っても、軽く転がされた程度故に、悲鳴を上げる程度ではない。
声が出るのは反射的に、と言うやつだ。
真一の拘束から解放されたレイナーレは、むくりと体を起こしながらも、真一を睨みつけて威嚇している。
当然と言うかそんな彼女の様子に反応する真一ではなく、マイペースに料理をリビングのテーブルの上に並べ、それが終わった所でようやくレイナーレを視界内に収めた。
「で? 食ってくのか? 食ってかねぇのか?」
「…………もう用意してるじゃない」
「別に? 食わなきゃ俺が食うだけだ」
「私もにゃ」
せめてもの意趣返しと言ったような、弱いレイナーレの台詞に対しても、真一はあっけらかんと答えてみせる。
黒歌の言葉は、純粋に自分の食い扶持が増える所から来ている言葉で、悪意など欠片もない。
レイナーレのささやかな反抗すらも、霧咲真一は認めてはくれない。
どんな時でもどんな事でも、叩きのめされる時は徹底的に叩きのめされる。
どう足掻いても勝てない、勝たせてくれない真一の姿に歯噛みするレイナーレの視界に、テーブルに並べられて湯気を立てる料理が入ってくる。
同時に降ってくる真一の声。
「食わねぇのか」
「……食べるわよ」
追い打ち……と言えば大げさかもしれないが、それでも最終確認を取ってくる真一の言葉に、気がつけばレイナーレは言葉を返していた。
そして、溜息と共に真一と黒歌が席に着いているテーブルに、自らも着く。
こうやってなんだかんだと言いつつも、レイナーレが霧咲邸で食事をしていくのは、これが初めての事ではない。
非常に不本意な事ではあるのだが、今レイナーレの目の前にある料理は、美味しい。
装飾され、味にも気品があるようなものではない。
しかし、生きるのに必要な事だと教えてくれるような、どこかホッとする……そんな料理だ。
つまりどういう事かと言えば、単純にレイナーレは真一の作る料理が好きだと言うだけの話。
そんな料理に釣られて、テーブルに着いてしまえば最後であり、そこから交わした口約束の履行が始まる。
「さて? んじゃ、聞かせてもらうかな。アーシア=アルジェントとかいうシスターから
「…………別に、普通のシスターよ」
「はぁん? じゃあ聞き方を変えるぜ? その
「…………」
既にレイナーレの思惑と計画の概要を把握している真一は、純粋な疑問と共に言葉を投げるが、帰ってくるのは沈黙。
それはつまり、アーシア=アルジェントなるシスターが持つ
彼女の目的は、抜き取った神器の力をある人物達に認めてもらい、そしてその寵愛を受ける事にあると言う。
しかし、その為には真一の実質的な支配から逃れる事が大前提だ。
そしてそれはその神器を抜き取った所で、叶わない目的であるとレイナーレ自身の様子がハッキリと語っている。
レイナーレの様子に、結果どうなるのかを察した真一は、これみよがしに溜息を吐いて肩を竦めて見せる。
「だったら無駄な事はやめるんだな、やらない方が身の為だ。どうせこの地で問題を起こせば、リアスの逆鱗に触れる。そうなりゃてめぇに生き残る道はねぇ、一番いいのはこの件から手を引くこったな」
「無理よ。そうなれば集めた戦力は私を生かしてはおかないわ、死にたくないから私は不本意だけど、あなたの下についたのよ? 結果を見せてくれない?」
「馬鹿かてめぇ、てめぇで自身で死地に首突っ込む奴を助ける義理がどこにあんだ? 俺が助けてやるっつったのは、生きる為の行動をする奴に向けてだ。死にたがりの世話するつもりはねぇな」
いかにも詰まらなさそうにレイナーレへ返答しつつも、食う事を忘れてはいない。
よほどどうでもいい案件らしい。
黒歌としてもどうでもいいのか、レイナーレの話には耳も傾けず、主の言葉に反応して「死にたがりとかよく言うにゃ……」などと小さく不満の言葉を漏らしている。
勿論、真一はそんな黒歌の言葉を聞かなかった事にした。
だが実際真一の言葉通りであり、真一がレイナーレを下に置いているのは、彼女に生きる意志があり、その場で生き残るのに正しい道を彼女自身が選択したからと言うのも大きい。
堕天使側の事情を知る為の間者の役割が欲しかったのもあるが、完全にそれをさせるためには今回の件をどうにかするのが前提だ。
しかし、レイナーレは計画の中止は出来ないと言う。
今しがたどうなるかを真一が言ったにも拘わらず、だ。
そんなわざわざ死にに行く様な行動を取る人物の尻を拭う事など、口約束の内にも入っていない。
そして、レイナーレが集めた戦力は、遅かれ早かれリアスの保有する戦力に潰されると真一は確信している。
何故ならリアスは悪魔界では有名な名家の息女らしい事実があり、彼女は家の事を大事に思っている。
その事を鑑みれば、レイナーレ達はグレモリーと呼ばれる名家の敷地内で土足で踏み込み、あまつさえ好き勝手に草木を荒らす暴挙を行っているのと変わらない。
家の名に泥を被せて踏みにじるような行為を、リアス=グレモリーが見逃すわけがない。
そうなれば……。
「全滅だな」
「冗談でしょ、たかが悪魔数人規模がまともに戦えるわけないわ」
「そう思うのは勝手だがな、ドーナツシート? ドーナ……何とかがてめぇらの保有する戦力アベーレージだとすりゃあ、間違いなく全滅だな」
あれぐらいなら鼻歌歌いながらでも殺せる。
そう軽く言えるのは真一や黒歌の様な者達だけだが、それでもリアス達の戦力をレイナーレ達が止められるとは思わない。
鼻歌交じりとはいかないだろうが、確実にお前らは負ける。
真一はほぼ確信の領域で、そう言っているのだ。
中級堕天使として数えられているレイナーレが、全く見える事のない強さの頂に君臨している真一がそう言うのだから、その予測と分析はほぼ間違いない。
その上で真一は言っているのだろう、生き残りたければ道を選べと。
「どう、すればいいの?」
「敵を欺くにはまず味方から、基本だな」
「ご主人様、今超絶悪い顔になってるにゃ……」
「やかましい。まぁ、そうだな、今更引っ込みつかねぇならやっちまえばいい」
レイナーレは唐突にそんな事を言い始める真一の頭を、今この瞬間に限って言えば誰よりも心配していた。
当然だろう、自分の命がかかっている上に、その生命線は目の前の料理を頬張る男が握っているのだ。
そして何より、その男が計画の中止を促してきたというのに、今度は最後までやれという。
「あなた、頭大丈夫かしら?」
「失敬なやつだな、黒歌と揃って。まぁなんだ、
「そうね」
「じゃあ、殺しちまえばいい」
「はぁ?」
そうすりゃあ、身内にも一応の示しはつくだろ、小さく笑みを浮かべながらそう言い切った真一。
そんな彼の頭を、やはりレイナーレは心配していた。
しかし、それで終わるわけがないのも、やはりまた霧咲真一と言う人物だ。
「まぁ、それは見せ札ってやつだな。本命はこっからだ。嘘や裏切りってのは、お前らの得意技だろ?」
そう言ってニヤリと冷たく笑みを浮かべる真一に、レイナーレは背筋に冷たい悪寒が走り、黒歌は呆れた様に形の整った眉を歪めて溜息を吐く。
結局その日の話し合いは、飯時を過ぎても続行されて、日付が変わった頃にようやく解散と相成った。
昼下がりの駒王学園の廊下で、グラウンドを校舎の三階にある空き教室の窓から、ぼーっと見下ろす二人の男の影があった。
「せんぱーい、聞いてくださいよー」
「あんだー? いっせー」
誰かと問われれば、兵藤一誠と霧咲真一だ。
ぼんやりと気の抜けた空気の漂う昼休み、早々に食事を終えた二人は、三階の空き教室に集まって外でたむろする数多の女子生徒を眺めていた。
そして、緩い雰囲気と共に出てくる一誠の言葉にも、締りは全くない。
一誠からの呼びかけに対する真一の返答も、昼休みの緩い雰囲気に身を任せたような、ぐだぐだな声音。
しかして、何処の学校にでも存在する雰囲気が充満する空気の中で、一誠の口から出てきたのは話題の種類として一般的とは思えない内容だ。
「この前また堕天使に襲われたんスよー」
「お前堕天使好きだなー」
「すげーいいおっぱいでした。美人だったし」
「マジかー、でもお前、金髪のシスターと歩いてたろ、あっちはどうすんだよ? 何かいい雰囲気だったけどよ」
「……えっ? 何で先輩が知ってるんすか」
「偶然見かけた」
どんな偶然っすか……等と力なく項垂れる一誠だが、最早真一の『偶然』と言う言葉を、身をもって体験しているからこそ慣れてしまったのかもしれない。
驚きつつも、強い衝撃を受けたような様子はない。
むしろ、存在を知っているならば話が早いとばかりな態度だ。
「シスターの子、アーシアって言うんですけど」
一誠の口から出てきた名前に、真一の眉尻が一瞬ピクリと動きを見せるが、その様子を一誠が察した様子はない。
そんな微細な動きで悟れと言うのにも、中々に無理な話ではあるが……。
結局出てきた名前に、表面上は何も反応する事はなく、静かに一誠の話を聞くスタンスをとり続けている。
一誠の方も、真一の様子を気にするよりも話を聞いてもらいたい気持ちの方が強かったのか、グラウンドをぼーっと見下ろす視線をそのままに言葉を紡ぐ。
「そのアーシアと、関わっちゃダメって言われたんすよ……部長に。教会関係者だから危ないって」
「あー、まぁ、あいつの言いそうな事だな……で? それを俺に言ってどうしようってんだ?」
真一からのストレートな問いに、うーん……と腕を組み眉根を寄せて考え込む一誠。
昼休みの時間に響き渡る女子生徒の高く、遠い声が教室内に響き渡るが、結局考え込んでいた一誠が返した言葉は真一に何かを求める言葉ではなかった。
「思ったんスけど、多分俺は先輩に何かして欲しいわけじゃないと思うんですよ。リアス先輩の言う事はもっともだから、いいつけは守りたい。でも、アーシアの事も放っては置けない。多分これは俺がどうするか決める事だと思うんスよ」
そう言って顔を上げて真一を真っ直ぐに見据える一誠の顔は、正しく男の顔で、その表情を見た真一は面白そうに笑みを浮かべる。
ついこの間までエロい事や、誰かを羨む事しかしなかった普通の一般男子生徒の兵藤一誠が、ここまでの意志を覗かせるまでになった。
それは偶然や異常なまでに濃い経験だけがそうさせるのではなく、その中の要因の一部に、
すなわち兵藤一誠のこの成長は一誠自身が持つ器の発露であり、元々持っていた素質が異常な経験を切っ掛けに、花開き始めているだけに過ぎない。
後天的に身についたものではなく、元々一誠自身が持っていたものだという事だ。
その事実から考えれば、
興味深い存在である一誠を見ながら、真一はそうぼんやりと考える。
「わかってんならそれでいい。てめぇの事はてめぇで面倒見ろって事だ。そうだな……お前は元々、人に使われる人間じゃないのかもしれねぇな」
「い、いやぁ、偉そうな事言ってますけど、まだ弱いっスから」
そう言って、ははは、と笑う一誠を真一は鋭い瞳を細めて見据える。
脳天気に笑う一誠を見る真一だが、自分自身が言った言葉に嘘はなく、純粋にそう思ったから言っただけの事である。
弱くとも上を見る事を忘れてはおらず、自分では動けない現状を理解しつつも、それでも誰かの為に何かをしてあげたい。
そう思う気持ちは、正しく真一の気質とは真逆の性質を持っている。
自分の為にと邁進する真一と、誰かの為にと輪を尊ぶ一誠。
真逆の二人だからこそ、似ている部分というものは存在し、故に一誠と真一は相性がいいのかもしれない。
誰かの為とは究極的には自分の為になり、自分の為とは究極的にはその逆である。
どちらの意思がいいか悪いかではなく、どちらかの意志を強く持っているかと言う事こそ、強くなる為には絶対に必要な資質なのだ。
こうはなれないと互いに思うからこそ、お互いを認め合いつつ、簡単には手を借りないと言う構図が完成している。
垣間見た一誠の器に、いつもの小さい笑みとは違う、不敵な笑みを浮かべた真一。
その真一から出てきたのは、確信とも言うべき自信を込めた言葉で、どこか楽しみにしているような色も存在した。
「間違いなく、おめぇは強くなるさ。俺が保証してやる、だからさっさとここまで上がって来い」
その真一の言葉に、一誠の背筋がぶるりと一度大きく震える。
恐怖からではなく、歓喜や高揚と言ってもいいそれが、心地よく全身を駆け巡った事による震えだ。
武者震いと言った方がいいのかもしれないそれを感じ、一誠の顔にも鋭さを感じる笑みが浮かび、真一を見返す。
そして、一誠が紡いだ言葉は、比較的静かな言葉。
一誠を真正面に捉えて、不敵な笑みを浮かべる真一を真っ向から受け止めて見返す一誠の言葉は、静かながらもしっかりとした強い意志を感じさせる。
「わかりました。その為には、まずやらない事があると、そう思ったっス」
「そうか、なら好きにしろ」
「はい!」
大きく返事をした一誠の顔には、既に昼休みの気怠い雰囲気など何処にもなく、力強い意志が漲った雰囲気で溢れていた。
ありがとうございました! と大きな声で礼を言うと共に、真一に深く頭を下げた一誠は、テンションに身を任せた様に教室を意気揚々と出て行った。
そして残されたのは、真一のみであるが、彼の表情もまた満足そうな笑みを浮かべている。
一人になった教室の中で、またしても窓際に腕を置きつつ、グラウンドを見下ろす。
グラウンドできゃいきゃいと楽しそうにする女子生徒を見下ろしつつ、ポツリと真一の口をついたのもまた、楽しそうな色を帯びた言葉だった。
「さぁて……リアスに話を通さねぇとな、どうなるかねぇ」
女子生徒の遠い声が響く教室の中、低くも小さく楽しそうな密かな笑い声が、誰もいない教室内の空気に溶けては消えた。