くるみわりナックルです。
生温かい目で見守ってください。ではでは、どうぞ。
入学初日で強烈すぎる個性を持った赤毛の女子生徒――リアス・グレモリーと別れ、それぞれで入学式を終えた後、指定されたクラスの教室へと何の躊躇もなく入り込む真一。
その真一が一番最初に目撃した光景は、多くの生徒が思い思いに過ごす光景。
しかし、一番印象に残って目を引いたのは、小さく笑みを浮かべて教室の奥から真一へ向けて小さく手を振る赤毛の女子生徒。
リアス・グレモリーが、艶のある黒髪が目を引く女子生徒を伴っている光景だった。
この時点で既に平穏な学園生活など望むべくもない真一だが、そんな事は気にせず、リアスの座る席の前にある椅子に陣取る。
体ごとリアスヘ向けて、どっかりと椅子をまたぐようにして座る新一に、リアスは更に笑みを深く刻む。
「スゴい偶然ね」
「あー、そうだな。作為的な何かを感じる程にな」
「作為的ねぇ……仮に作為だとして、誰が得をする作為なのかしら?」
「……そうだな、お前、とかな」
軽い口調ながら、切り込むような気迫が込められた真一の言葉に、体に突き刺さるような視線を真一が敏感に感じ取る。
その視線の主は正面に座るリアスではない。
ちらりと目つきの悪い瞳を、リアスの横に立っている黒髪の女子生徒へと向ける。
先程まで穏やかに目尻を下げていた瞳が、切れそうなほど鋭い瞳へと変化し、その切っ先を真一へと向けている。
だが、残念ながらその様な視線に怯む真一ではなく、小さく笑みを浮かべて視線を交錯させる。
数秒、あるいは数分かもしれない。
時の流れが曖昧になる程に交わした視線で、言葉なき応酬を繰り広げた結果は、黒髪の女子生徒の目尻が下がった事からして悪い結果ではないのだろう。
「それでリアス? 貴女と親しそうなこの殿方はどう言う方ですの?」
「ごめんなさい、紹介が遅れたわね、朱乃。この人は霧咲真一、さっき校門でちょっとした事があってね、そこからの付き合いよ」
「霧咲真一だ。グレモリーとは校門から校舎までの長い付き合いをさせてもらっている」
「うん? 長い? ……うふ、うふふふっ、この人面白いですわ。とてもいい殿方とお知り合いになったものね、リアス」
「でしょう? 私の縁も捨てたものじゃないわ……婚姻関係の縁は捨てたいけどね……」
朱乃と呼ばれた女子生徒は、真一の受け答えが気に入ったらしく、笑みを浮かべて受け入れる態勢だ。
予想通りの朱乃の反応に、自信に満ちた微笑みを浮かべるリアスだが、その声は後半になればなるほど小さくなる。
それに伴って何やら表情までジメッとしていて空気が澱んだ様な、生気のない表情へと変わっており、今にもブツブツと独り言を羅列しそうな虚ろさだ。
地雷な感じの話題ではあるが、反応から見るに今すぐどうこうと言う切羽詰った問題ではなさそうだと判断し、婚姻関係云々には首を突っ込まない事にした真一は朱乃へと視線を向ける。
「グレモリーがジメモリーになっちまった……悪いが自己紹介、アンタ自身で頼むわ」
「うふふ、はい、私は姫島朱乃。見ての通り、リアスの友人ですわ。よろしければ私とも仲良くしてくださいね?」
「美人と知り合っとくと何かと得だからな、こっちこそよろしく頼むわ」
「あらお上手、うふふ」
ふわりと穏やかで安心するような空気を纏う明乃がころころと笑い声をあげ、その度にふるふると制服の奥で柔らかな動きを見せる特大級のそれを、真一は遠慮なく見据え頷く。
「なるほど、リアスの友人なわけだな」
「どこ見て言ってるのかしら」
「胸だな」
「あらあら? うふふ、触ります?」
「素敵な提案だ。ただそうなー、そこの赤毛の視線が刺さるからな、またの機会にしとくわ」
「あらリアス? ダメよ女の子がそんな顔しちゃ、台無しよ?」
「まさかこのタイミングで、私の表情を注意されるとは思ってなかったわ……」
己を取り戻したリアスの剣呑な瞳に対し、真一が水を向けて朱乃が撃ち込むと言う集中砲火を受ける事態に、思わず眉間を揉み解すリアス。
リアスとはまた違った意味でウマが合った様子の朱乃が纏う雰囲気は、リアスに対して接する様な雰囲気へと変貌しており、真一はこの短時間で相当気に入られたらしい。
ただ余りにもねっとりと絡みつく朱乃の視線は、余す事なく観察すると言う意志が込められており、普通ならばその視線に辟易しそうなものだがそこは真一。
特に気にした様子もなく、いつもの様に小さな笑みを浮かべて受け止めている。
「あら? どうやらここまでの様ですわね。先生が来ましたわ」
ふと何かに気がついたように顔を上げる朱乃の言葉に、真一も問題なく頷き同意を示す。
数多の音が飛び交う教室や廊下の中から、しっかりとこの教室へ向けて迷いなく足を向けている足音を、真一の聴覚は問題なく聞き分けている。
まだ席は決まっていないため、正式に席を決定するまでは自由席として、空いている席へ座っていればいい故にリアスと真一はその場を動く事はない。
リアスの横に立っていた朱乃は、目尻の下がった瞳で辺りを見渡し、小さくため息を吐く。
「んじゃ、姫島、これからよろしく頼むぜ」
「こちらこそよろしくお願いしますわ」
リアスと真一の近くで空いている席がなかった為、少し残念そうに遠くの席に着く朱乃を見送り、リアスと視線を交わして互いに肩を竦めて教壇へと視線を向ける。
霧咲真一、私立駒王学園入学初日が始まった。
SIDE OUT
IN リアス
教室に入ってきた教員がHRを始め、教室内の生徒が全員、教卓に手をついてこの学園の説明や注意事項等を語る教員に目を向ける。
やはり真面目な生徒が多いこの雰囲気、そんな中で、私の視線は自らの前の席に固定されていた。
私にとってはこの学園の説明や教訓、注意事項など聞いても仕方がない。
この地は私、リアス・グレモリーの……正確に言えばグレモリー家の管理管轄下にある地であり、そんな立場の私がこの学園の事を知らないはずがない。
仰々しい言い回しで定められた学則を眺めて覚え、生徒手帳の中身を暗記し、主要ポストについている教師や生徒の名前を覚える。
この学園に来るまでにこなしたつまらないそんな作業よりも、よほど興味を引く存在が今私の目の前にいる。
それだけで教員の垂れ流す既に知っている事柄を聞くより、よっぽど有意義な事実だわ。
何を大事にして、何を犠牲にするか、それは人それぞれだとは思うけれど私の興味は教員の話より目の前に座る背中が気になる。
ただそれだけの事よ。
(こうして見てる限り、至って普通の人間なんだけど……)
黒い髪に、私より少し高い身長。
体型は細身だけれど、その身のこなしは十全に洗練されていると言っていい。
少なくとも、私はこの人ほどしなやかに普通の動きをする人物をまだ見た事がない。
目付きは悪いし、言葉遣いはこの駒王学園の生徒層から見てもいいとは言えないし、何よりその纏う雰囲気が一般人にしては荒々しすぎる所があると思うわ。
(でも……)
そう……でも、よね。
でもそれだけではない。
あの視線と雰囲気の中での私に対する立ち振る舞いに、遠慮のなさ。
周りの空気の変化に鈍いとも取れるが、それは違うと私の頭は確信している。
これでも私はあのお兄様の妹で、グレモリー家と言う大きな看板を背負っている事から、客観的に見ても雰囲気が一般人とは違う筈。
区別も差別もするつもりはないけれど、ある種の格……みたいな物が少しは備わっているはずなのよ。
自分が明らかに恐怖で避けられて、注目されている事を自覚していながら、その後の私に対する対応……。
全て分かった上で、気負う事なく私に対応したこの霧咲真一と言う男子生徒……一般人では考えられない胆力の持ち主として、当然私は警戒レベルを引き上げる。
まさか神器持ち? と一つの可能性も過るけれど、そんな妙な気配もしない。
間違いなく彼はただの人間だ。
一般の人間と変わらない気配を滲ませつつも、身のこなしや重圧慣れしているような胆力を備えたそのアンバランスさが、より一層私の興味を惹きつける。
(それに、私は……嬉しかった)
グレモリーを背負い、その責任を背負うに誇りを感じてはいる。
学園に来れば、グレモリーと言う名前を知る者はおらず、またその家名の影響力と規模を知る者もいない。
それ故、少しばかりの息抜きが出来ると思ってはいたけれど……蓋を開けてみれば皆私の雰囲気に気圧され、一歩引いた位置で私と接し私を見る。
グレモリーとして見られなくとも、幾重にもフィルターを掛けた視線で、今度はリアス・グレモリーと言うブランドを見ている。
私の視線の先にいる霧咲真一と言う男の子は、そんな重圧、フィルターを跳ね除けてありのまま私に接してきた。
警戒するのと同時に、その事が、ただ純粋に嬉しかった。
霧咲真一と言う男の子の前では、私はただのリアスと言う女の子で居ていいと、言葉の外から言われたような気がして……。
鋭い所もある癖に、妙な所で人の心の中にするりと入ってくるのが上手い。
多分霧咲真一と言う男の子は、そう言う人物なのね。
(朱乃にも随分と気に入られたみたいだし……)
教員の話も佳境に向かっているのだが、依然私の頭の中は目の前に座る男の子の事で一杯だ。
リアスと言う、ただ一人の女の子としての評価はそれでいい。
一旦置いておくとして、悪魔リアス・グレモリーとしては、気に入ったから問題は置いておくと言う訳には行かない。
一般人として捨て置けない雰囲気を持った『一般人』の霧咲真一と言う人物が、どういう人物か正確に知る必要があると、私自身考えている。
彼はそう……『鼻がきき過ぎる』勘がいいと言えばいいのか、少ないピースの中から一つの全体像をぼんやりと浮かべる事が出来る感性を持っている。
神器と言う特殊な要素もなしに、その感性をこの歳で身に付ける事自体が異常な事だ。
隠さずに言ってしまえば、彼を危険のない一般人として捨て置くのは更に危険な事だと私の勘が告げており、そしてこれは多分間違っていない。
勘だけではなく、断片的に拾った彼の情報だけでも、その考えは十二分に確信の域に達する。
私は彼がを識る前から、彼を『知っている』。
本当に彼を最初に見たのは偶然で、この学園の受験日だ。
浮ついた雰囲気に、期待と不安を抱く空気が渦巻く生徒が跋扈する中で、ただ一人気だるげな雰囲気を纏う男の子。
そして、これからの出来事に期待も不安もない、ただ普通の安定した空気を纏う彼に興味を持った。
それが始まりであり、彼はこの学園に来ると言う妙な確信に従って、朱乃や私自身の人脈を使って彼の経歴を調べた。
その結果、出てきたのはパンドラの箱だった。
開くべきか、開かざるべきか……一般人と言うには波乱万丈且つ、ツッコミ所満載な経歴が私の目の前に横たわっていた。
それが彼自身が仕掛けた罠の様にも見えるし、深く掘り下げて欲しくないからこその防壁にも見える。
この経歴が本当の事などとは、私は頭から信じていない。
彼と言う人物をほんの少し識り、それは更に揺るぎない考えになるが、その一方であながち全てが嘘と言う訳でもないとも思う。
霧咲真一と言う人物の、ある種完成された感性を見るに、彼の経歴全てが嘘と結論づけるのは早計だ。
どの様な技術でも、それが磨かれる環境が必要だわ。
それはつまり、彼がそう言った感性を磨かざるを得ない環境に身を置いていた証拠に他ならない。
彼自身が有する感性を信じるならば、彼は私が霧咲真一と言う人物について、既に何かしらの情報を得ている事に気がついている。
そんな彼を総評すればこうなる。
自然と釣り上がる口元を抑えきれず、瞳が細くなるのも抑えられない。
私自身の手で口元を覆い、つるりとした肌とほっそりとした顎を撫でる様な仕草で自然に見せる。
(とても面白いわ……霧咲君)
彼に対する私の総評は、ただ簡単なその一言に尽きた。