「さて、今日は外に出てみないか?」
朝食をご馳走になっているとき、瀬菜がそう提案してきた。
「俺は全然構わないけど、瀬菜は大丈夫なのか?」
「ああ、むしろ積極的に外出するようにと言われているよ。思い出の地巡りと行こうじゃないか。」
「あ、じゃあ私も行く!」
「却下だ。華菜は今日一日外出禁止。少しは反省しなさい。」
「・・・・・・はぁい。」
そんなわけで、本日は二人で外に出かけることになった。
「いつもならば父親の仕事なのだけどね。」
照れ隠しのつもりなのかそう言って、瀬菜は俺の首に手を回す。流石に階段の上り下りはまだできないらしい。
背中と足に手を回して抱き上げた。
「よっと・・・軽いなお前。ちゃんと食べてるのか?」
「失敬な。食事はちゃんと三食取っているさ、筋力が戻らないだけであって決して成長していないわけじゃ無いぞ。」
「はいはい、分かってますよ。」
「そう言う紅騎はだいぶたくましくなったね。まさかキミにお姫様抱っこをされる日が来るとは。」
「そりゃどーも。」
階段を降りて、あらかじめ下に下ろしてあった車いすに瀬菜を乗せる。
「さて、じゃあ行ってくるよ。昼食はどこかで食べてくるから。」
「ええ、行ってらっしゃい。紅騎君よろしくお願いね。」
「はい、行ってきます。」
「あ、ちょっと待った。食べに行くならこれを持って行きなさい。」
そう呼び止めた瀬菜の父親が、商品券の様なものを渡してきた。
「市内の飲食店で使える割引券だよ。無いよりは良いだろう?」
「それじゃあお言葉に甘えて。ありがとうございます。」
割引券を鞄にしまってから、車いすを押して外に出る。さあ、出発だ。
外の空気と共に強烈な直射日光が襲ってきた。蝉の鳴き声も三割増しで強く聞こえる様なきがした。
「やはり麦わら帽子を用意して正解だったようだ。」
「だな、しかし良く似合うな。お前の麦わら帽子姿。」
白い肌に、黒い髪と麦わら帽子がこれ以上無いほどマッチしていて、儚げな雰囲気がどこか病弱なお嬢様みたいだった。
「ならさしずめキミは私の執事ってところかい?」
「ご要望は何ありと申しつけ下さい、お嬢様。」
「おぉ、何となくそれっぽい。そう言えば文化祭でキミは執事姿だったね。存外似合っていたよ。どうせなら持ってくれば良かったのに。」
「ははは、それも面白いな。それじゃあ、次来るときは持ってきてやるよ。」
普段歩くよりもすっと遅い速度で、車いすを押す。今日は何も急ぐ必要なんてない。
こうして他愛も無い話をしながらゆっくりと歩みを進める。
最初に訪れたのは陸上競技場だった。スロープを使って観客席まで上がり、日陰の場所で腰を下ろした。
午前中と言うこともあり、競技場は小学生から、高校生まで沢山の人で賑わっていた。
「あの赤色のジャージが私の学校の陸上部だ。キミの知ってる生徒も数人在籍しているよ。」
長年陸上をやっていると。顔が見えなくてもその人の走るフォームを見るだけで誰だか分かる。確かに見覚えのある走り方のヤツが何人かいた。
「今さらだけど後輩と同じ学年ってどんな感じなんだ?」
「最初は少し戸惑っていたさ。けど、みんな優しくてね。同じクラスに二人後輩がいてよく手助けして貰ってるよ。」
「それは良かった。」
その件の後輩達はこれからタイムトライアルをするらしく、300メートルのスタート地点にぞろぞろと集まっていた。
「そう言えばキミの妹・・・玲於奈さんだっけ。あの子もかなりの成長株だそうじゃないか。」
「今年はインターハイ狙うってかなり張り切ってたよ。まあ、ダメだったけど。」
「それでも関東大会で7位だろう?凄いじゃないか、一年生で。」
「そう言う瀬菜の妹だって、六位まで100分の2秒だったぞ?」
得意の400mだったからかなり悔しかったらしいけど、一年生で二人とも将来有望なのは確かだ。
「ふふふ、何だか私とキミは鏡映しだな。両親は音楽関係の仕事で、妹は陸上部の有望株。自分は陸上を止めて軽音楽部。面白いとは思わないかい?」
確かに言われてみればそっくり同じような、境遇だ。
「似たもの同士ってことなのかな?」
「そうかもしれないね・・・私たちは似たもの同士だ。さて、ここにいるのも良いのだけれど・・・、そろそろ散歩を再開しようか。」
自動販売機でスポーツドリンクを買い、再び町内を歩き始めた。
通い慣れた通学路を歩き、一年ほど瀬菜と通った中学校の前を通り過ぎる。
当たり前だが、学校は全く変わらない様子で野球部が練習に勤しんでいた。白っぽい校庭、コンクリートの校舎、校庭を囲むように植えられた桜の木。全てが懐かしい。
思い出にふけるほど時間は経っていないはずなのに、なぜだろう・・・もう随分と昔のことのように感じる。
「この先に運動公園があるんだが、少し寄っていかないか?」
瀬菜のリクエストで寄り道した公園は、車いすに乗った人たちが沢山集まっていた。
「ここは私が入院してた病院の敷地でね、一般市民と患者が同じ場所で交流できるんだ。まあ、ある意味ではリハビリ施設だ。」
「それじゃあ瀬菜もここで?」
「もちろん。ここの看護師とはほとんどが顔見知りだよ。」
ほとんどがお年寄りだが、中には小学生くらいの男の子もいて、有り余る元気をもてあまして親御さんを困らせていた。
看護師の一人が俺たちと言うより、瀬菜の顔に気がつき、話しかけて来た。
体の調子はどうか、ちゃんとリハビリをしているか、元気に生活しているか、などなどとりとめの無い世間話の後に。
「そちらは彼氏さんですか?」
と言う問いかけが来た。何となくそう聞かれる気はしていたが、瀬菜は何の気もなしにこう答えた。
「いえ、友達ですよ。でも・・・そうですね、彼は・・・唯一無二の大切な親友です。」
何だか胸のあたりがむずかゆくなり、こんな気分になるならば彼氏と言ってくれた方が気が楽だった。
運動公園で世間話に興じていたら、もう少しで昼時という時間になっていた。昔瀬菜とよく食べに行ったオムライスの店を思い出した。
「だから、あれはオムライスじゃ無くてハントンライスだよ。」
「何だか覚えにくいんだよなーその名前。」
「その言葉、店の主人が聞いたら怒るだろうね。まあ、私も久しぶりに食べたくなってきた。主人にも会いたいし。」
と言うわけで俺たちは通い慣れた小さな洋食屋で昼食を取ることにした。
カランカランカラン・・・
「いらっしゃい・・・あれま、瀬菜ちゃんじゃないの。それに久しぶりね~紅ちゃん。」
この店のウェイターであり、奥さんが驚いた顔で迎えてくれた。
「お久しぶりですおばさん。」
「しばらく見ない間に大きくなって、今日は二人?さあさあ、座って。」
俺たちは定位置の窓際、奥の隅のテーブルに座る。
「よっと・・・大丈夫か?」
「ああ、問題ないよ。ありがとう。」
瀬菜を椅子に座らせてから、俺も反対側の椅子に座った。
アンティーク調の店内は落ち着いた雰囲気で、いつまでもいたい気分にさせてくれる。今思えば中学生にはちょっと早すぎたかもしれない。
「だからこそだよ、紅騎。キミだってチェーン店で知り合いと鉢合わせたら気まずいだろう?」
「・・・それもそうか。」
「それにこの店のハントンライスは絶品だ。市内全てのハントンライスを食べた私が言うのだから間違いない。」
自信たっぷりに瀬菜はそう言い切った。まあ、俺はこの店しか食べたこと無いのですが・・・。
「話は変わるが、紅騎はあっちで彼女の一人はできたのかい?」
「できてません・・・だけど、好意を寄せられてる人が二人。」
「おぉ、モテモテじゃないか。よし、その二人を当てて見せよう。以前キミが話した平沢唯さんと、リードギターやってたポニーテールの子。どうだい?」
ポニーテール・・・ああ、ひさ子のことか。まあ、そう答えるとは思ったけど。それは”瀬菜”の好みだ。
加えていっておくが、彼女は至ってノーマルである。
「唯は合ってる。だけど、もう一人は不正解。何だろうな、アイツは瀬菜と似たようなポジションだ。」
「あれ、違ったか・・・じゃあ、あの赤い髪の子かい?確か・・・岩沢まさみさんだったかな。」
「正解。変な事聞くけど、瀬菜からあの二人はどう見える?」
「本当に変な事を聞くね・・・・・・。そうだな・・・白と黒、と言ったところかな。」
とても簡潔で抽象的な表現だが、かなり的を射た答えだった。
「ま、紅騎がどちらを選ぶのか、はたまたポニーの子にするのか、温かい目で見守ることにするよ。」
「最後のは完全に瀬菜の願望だろ・・・。」
「そうともさ、スタイル抜群、ルックスも申し分ない、おまけにギターの腕はピカイチときたものだ。一度会いたいと思うのは当然だろう?・・・よし。何とか口実を作って会いに行こう。」
なにやら決心をしたらしい瀬菜は「ふっふっふ・・・。」と怪しい笑みを浮かべていた。どうやら彼女は予想以上にひさ子を気に入ったようだった。
「はい、ハントンライスお待ちどおさま。ごゆっくりね。」
俺たちの前にハントンライスが置かれた。フワフワの卵に、デミグラスソース、季節の揚げ物にケチャップで味付けをしたバターライス。
久しぶりだが、相変わらずのボリュームだった。
「さて、じゃあ食べようか。」
「そうだな。それで瀬菜、お前この量食べきれるのか?」
自宅療養とはいえ、車いすでは普通の人の運動量には及ばない。当然食欲も落ちているはずだ。
「食べきれなかったらキミが食べてくれ。むしろ紅騎には足りないくらいだろう?」
「・・・・・・了解です。」
結局半分ほど残した瀬菜の分も食べることになった。
「相変わらず新しい花が生けられてるみたいだね。」
「あれだけニュースで騒がれるくらいだからな。」
二本の大通りが直行する見晴らしの良い交差点。下り車線側の横断歩道。ここで瀬菜はあの事故に遭った。
小さい子供から老人まで巻き込んだ大事故は未だ人々の記憶に深く刻み込まれている。それを証明するかのように、未だガードレールには色とりどりの花が置かれていた。
しかし、事故に関係するものはこれくらいで、後は少しの痕跡も見当たらなかった。
「トラック一台、バス二台、乗用車四台。死者18名、負傷者33名、その内病院で亡くなったのが5名。私の半径10メートル以内にいた人達はほとんどが死亡したらしい。」
さらに負傷者の中には瀬菜のように少しずつ回復している人もいれば、まだ目を覚まさない人もいるらしい。
「・・・本当に幸運だったよ。」
約半分の人が亡くなっていて、事故の中心にいた瀬菜が生きていたことはまさに奇跡に等しい。瀬菜がいまここにいるのは本当にただ運が良かっただけなのだ。
「あの事故のことを考えるとぞっとするんだ。後一歩踏み出していたら、いや、数センチ体が前だったら間違いなく死んでいたからね。」
「・・・・・・でも良かったよ。本当に。瀬菜が生きていて。」
「そうだね。さて・・・次はどこか行きたいところがあるかい?」
重くなった空気を払拭しようとするために、瀬菜は明るい口調でそう言った。
「特にないな。このまま帰るか。流石に暑いだろ?」
太陽も一番高く昇り、日光が容赦なく俺たちを照りつけていた。
「そうだね、じゃあアイスでも買って帰ろうじゃないか。」
途中アイスを買う際、俺は少しだけ見栄を張り高めのカップアイスを二つ買った。
「相川妹の分は良いのか?」
「良いんだよ。華菜は今日一日反省する日だからね。」
案の定カップアイスを食べる俺たちを相川妹が恨めしそうな目で見てきた。ほんの少しだけ申し訳ない気分になった。