高校生活も半部が終わり、二年生でいられるのもあと数か月。
そう、あと数か月で最終学年に進級してしまうのだ。
”あの二人”は明確なアクションを起こすわけでも無くただ日にちだけが過ぎるばかり。
見ているこっちがやきもきしてくる。それに…そろそろタイムリミットが近づいてきている。
最近隣町でアレを見る回数が頻繁に増えてきている。もう間もなくだ…間もなく大きな転換期が訪れる。
恐らくソイツが現れるのは…。
―2月14日のバレンタイン。
文化祭が終わって直近の目標がなくなった為か、部室の雰囲気…特に唯達がだらけにだらけていた。
「はぁ~紅騎たちは練習熱心で関心ですな~」
ティーカップを持った田井中が呑気にそんなことを言い放つ。
俺らは練習、唯たちはお茶会の構図が殆ど完成されていた。
「綾崎、暇なら少しセッションしてみるか?」
「良いね、何にする?」
岩沢さんのアコギが軽快なイントロを奏でる。
サイモン&ガーファンクルのLast night i had the strangest dreamだとすぐに分かった。
そしていつも通り、俺が上岩沢さんが下のパートを歌う。
本当にこの二人の曲は歌っていて気持ちがいい。you can tell the worldのように明るい曲だったりwednesday 3 A.M.のように切ない曲調だったり、メロディは多様だがそこは一貫して感じることだ。
基本的には一曲で終わるのだが、今日のように調子が乗っていくと間髪入れず次の曲に入ったりもする。
今度は俺のイントロでイーグルスのHotel californiaだ。
それに反応したひさ子がギターで参加し、ソロも弾いてしまう。
「おい、なーに勝手に参加してんだよ。」
「うるせー、これ見よがしに空白作りやがって。暗に入れって言ってるようなもんじゃねーか。」
ははは、と三人が笑い合う。
「三人ともずるいー私もやる!」
触発された唯がギターをもって乱入してくる。
「おっしゃぁ!それならソロ特訓じゃー!」
そう言ってひさ子がCrossroadsのリフを弾きだした。この曲は同じようなフレーズの繰り返しなので、唯の簡単に耳コピーして付いてきた。
「I went down to the crossroad, fell down on my knees.」
俺は歌とベースパートの方に、岩沢さんはリズムパートに専念してひさ子と唯のギターレッスンに邪魔をしないようにする。
ひさ子がソロを弾き始める。まずはオリジナルと同じメロディを弾き、唯がそのあとに続いてそっくりコピーする。
そしてひさ子がオリジナルとは違うアレンジで弾き出した。驚いた唯だったが負けじとオリジナルのメロディで対抗する。
「まだまだぁ!」
ひさ子がテンポを上げる。さらに技巧的になっていく指使いに、こちらも見とれそうになる。
「ふんす!」
なんとひさ子のソロをコピーしようと試み始めた。ところどころ音が外れるが、だんだんとテンポが上昇していく中でのコピーだ。
そんなところから唯の非凡さがうかがい知れる。
「よっしゃ、ノッてきたぜ!」
「You can run, you can run, tell my friend-boy Willie Brown.」
ひさ子が暴走し始めたので、Cパートに入って強制的に終了させた。
ただ唯のレッスンを終わりにしたわけでは無い。次の曲へ移行するためだ。
エフェクターの歪みを一気にMaxまで上げる。
歪みに歪んだギターノイズで有名なリフを弾く。
「Dou you have the time to listen to me whine.」
グリーンデイのBasket caseだ。この曲の良い所はとてもギターが簡単なことだ。何度か練習すれば簡単に弾くことができる入門用の曲と言っても良い。
だが、今の状況においてはどうだろうか?
簡単な曲だからこそ、アレンジの幅が広くそして狭くもなるのだ。
さあ、ひさ子アレンジしてみろ!
「へへ、良いね~!」
そんな俺の果たし状に臆することなくひさ子はアレンジを加え始めた。
「おら、平沢!付いてこい!」
だんだん遅れ始めた唯にひさ子が喝を入れる。
「うん!」
気合いを入れなおし、唯も必死にひさ子についていった。
―あれ、そういえばなんでこんな流れになったんだっけ?
リズムパートを弾きながら岩沢さんに視線で語り掛ける。
―…さあな。
岩沢さんは既に諦めたようで、肩をすくめて見せた。
「いや~今日は久しぶりに燃えたな~。」
帰り道のひさ子はとても満足そうだった。そりゃそうだあれだけ暴れたんだから。
そんなひさ子を冷やそうとするように冷たい北風が吹く。
「おぉおう…さっぶ~…。そういや来週当たり天気崩れるんだっけか?」
「低気圧が来てるらしいぞ。」
岩沢さんの言う通り、天気予報によれば寒波と低気圧が合わさり下手をすれば雪が積もるそうだ。
「来週って…おお!岩沢、どうするんだよ!」
「…何がだ?」
「何って2月14日だぞ?」
しばらく考えて、岩沢さんは「ああ…」と頷いた。
「欲しいか?綾崎。」
何とも直球に聞いてきた。…どう答えたものか。
「…ふふ、冗談だよ。平沢もいるもんな。」
確かに唯と憂からが毎年貰っている。去年は嬉しいことに、軽音楽部の面々からも岩沢さんからも頂くことができた。
だが、今年はそうはいかないかもしれない。唯か、岩沢さんか…。俺ははっきりと答えを出さなければならない。
「いや、俺はどちらかのを受け取ろうと思う。」
「おお!ついにはっきり答えを出すのか!?」
ひさ子が驚いたような声を出した。
「…ああ、そうするつもりだ。」
「だってよ、岩沢!こりゃ気合い入れないとな!」
岩沢さんは目を見開き、じっと俺を見つめていた。
「…本当か?」
「ああ、もう長引かせるのもな…。」
「そうか。平沢にもちゃんと言っておけよ。」
丁度俺の家の前に来たところで、岩沢さんはそう言ってひさ子を連れて行った。
「―と言うわけだ。」
『うん、分かった。コウ君がそう決めたなら私は頑張るだけだね!』
「なんかごめんな唯。」
『たぶんそうなるんだろうなーって思ってたから。だから大丈夫!』
声の感じから無理をして元気な声を出しているわけではなさそうだ。…強いな、唯は。
『じゃあ、遅いから切るよ~。』
通話が切れてから、携帯電話を枕元に放り出す。そして仰向けになって天井を眺める。
「はぁ……。」
これで後には戻れなくなった。自然とずしっとした空気が肺から吐き出される。
「…ふぅ。」
通話を切って携帯電話を持った手を胸に置く。
「そっか、はっきりしちゃうんだ…。」
いつかはこんな時が来ることは分かっていた。綾崎紅騎という少年は中途半端な関係を長引かせるくらいならはっきりさせる人間だ。
今の三人の関係は楽しい。何も考えることなく純粋にただ楽しい生活を送ることができる。
この関係もいつかは終わりを迎える。それが今なだけ。だから覚悟はできている。
「あ、日記書かなきゃ。」
椅子に座り、赤いノートを開く。
これも何冊目になっただろう。気が付いたらすごい数になっていた。
2月×日
今日はコウ君とまさみちゃんとひさこちゃんでセッションをしました。
三人ともすごくギターが上手で、ついていくだけで精いっぱい。
それに私が知らない曲をたくさん知っていて、知らない弾き方も一杯知っていました。
三人といっしょに弾いているだけで勉強になって、ちょっとだけ上手になったような…そんな気がしました。
それとさっきコウ君から電話がありました。とても、とても大切な電話でした。
「ねーねー、明日コウ君のおむかえに行くんだよね?」
「そうよ、コウ君のお父さんがお仕事で。お昼には来るそうよ。」
「ふーん、じゃあコウ君が寂しくないように一緒にいてあげなくちゃ!」
「ふふふ、優しいのね唯は。」
明日は卒業式、今まで通っていた学校と別れるのは寂しいし憂と離れ離れになるのはもっと寂しい。
だけど中学生になってもコウ君がいるから寂しくないから大丈夫!
…そう思っていたのに。
「おかしいわね…いつもなら外で待っててくれてるのに」
大きな車で住宅街は運転しにくいからと、いつも近くのバス停で待っているのに今日は姿がなかった。
どうしたんだろう?
心配になってコウ君の家に向かう。
「………え?」
そこには信じられない光景が広がっていた。
真っ黒に焼け崩れた壁、むき出しの柱、そして生々しい焦げた匂い。
「嘘…こんなことって…。」
お母さんは驚いたように口を押えて、その光景を見つめていた。
私は何が起きたか分からずにただ家だったものを眺めていた。
どうしてコウ君の家がないの?なんでお母さんは泣いてるの?
どうして…。
―コウ君がいないの?
ハッと我に返り車から飛び降りた。
「コウ君!コウ君!」
一目散に家に向かおうとするが、警察官にそれを止められる。
「まだ完全に火は消えていない、危ないから入ってはいけない!」
そんな言葉はこの時の私には聞こえていなかった。お父さんに止められてやっと落ち着きを取り戻す。
そしてここの住人、つまりコウ君とコウ君のお父さんの姿がいないことを告げられた。
この火事の現場に二人の姿はない、つまり二人はどこかにいる?
じゃあ、どこに…。
無我夢中になって駆け出した。お父さんとお母さんの声も聞こえなかった。
それからいろいろなところを探し回った。公園、駅、玲於奈ちゃんのところにも行った。
だけどどこにもコウ君はいなかった。
卒業式の間もそのことばかりが気になって、ちゃんと卒業証書を受け取ったのかも思い出せなかった。
「お母さん、コウ君はどこに行っちゃったんだろう?」
お母さんは無言で首を横に振る。
私の胸の中から何か大切なものがストンと抜け落ちた。それは床に落ちてパリンと砕け散った。
それから私は中学に進学して何となく日々を過ごす毎日が続いた。
憂もコウ君もいない一年はとても長いようであっという間に終わってしまった。
憂が中学に入学してきて友達も少しずつ増えてきて、学校生活も楽しいと思えるようになってきたある日。
「すごい、地区大会ぶっちぎりで優勝だって!」
「けどなんで別の学校に行ったんだろうねー?公立ならこっちで走ればいいのに。」
陸上部の子のそんな会話を聞いて、まさかと思った。だけどすっかり内気になってしまった私はその子に聞かずに放課後本屋によって同じ雑誌を買うことにした。
まっすぐ家に帰ってリビングのソファに座る。
そして必死になって件のページを探す。
「……!!あった!」
期待の新人現る!
5月○○日に行われた××県大会において綾崎紅騎選手が400m走で大会記録、および県記録を更新した。
200mでも大会記録にはならなかったものの、大差をつけて優勝を決めた。
××県勢初の全国大会優勝を果たすことも十分可能であると言えるだろう。
今後の彼の活躍に期待したい。
そのようなことが書いてあった。しかも写真付きで。
まだ二年しかたっていないというのに、彼の体は一段と逞しく成長していた。
ジワリと視界が霞む。頬に熱い何かが伝う感触で自分が泣いているのだと気が付いた。
「ただいま~お姉ちゃん早いね~…って、お姉ちゃん!?」
帰ってきた憂いが慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたの?何かあったの?」
ハンカチを出して涙を拭いてくれる。やっぱり憂は優しいな。
「ありがとう、憂…あのね、コウ君がね…。」
言葉が出てこない代わりに涙がどんどん溢れてきて止まらない。コウ君がいなくなった二年分が全部溢れてくる。
「憂…憂いぃぃ……。」
「よしよし…紅騎君頑張ってるんだね。」
「うん…うん…!」
憂は優しく抱きしめて、頭を撫でてくれる。
…そうだ、もう泣いてばかりじゃダメなんだ。
「ありがとう憂…。ごめんね…私がお姉ちゃんなのに憂に頼ってばかりで。」
憂だけじゃない、和ちゃんやお母さんお父さん、おばあちゃんにも頼ってばかりで…。
でも、それじゃだめだ!もっとしっかりしないと!
「コウ君が頑張ってるんだもん、私も頑張らないとね!」
それから日記の文字がどんどん増えていった。毎日起きたこと感じたこと、全部書き留めておく。
コウ君が返ってきたその時に一杯おしゃべりできるように、こんなに素敵なことがあったよって伝えられるように。
「…あ、もうこんな時間。」
昔のことを思い出していたらいつの間にか夜遅くになっていた。
「ぎー太~一緒に寝よ~」
いつものようにぎー太と一緒にベッドに入る。
「おやすみ、ぎー太~。」
明日はもっと上手になれたら良いな…。