全てを捨てた小さな吸血鬼 作:Frieden
すっかり日も暮れ、大地を月明かりが照らす夜。
「うーん、美味しい♪また一段と料理の腕を上げたみたいだね」
「自炊してる内に自然にこうなったのよ。色々と工夫してるから」
「さっすが霊夢。これからも期待してるよ」
博麗神社に泊まる事にしたフィールンは今、霊夢も一緒に作った鍋料理を食べていた。鍋料理を置いているちゃぶ台には、日本酒も置かれている。
「はふっ…そういえば、参拝客の方はどうなの?」
「全然来てくれやしないわ。場所も場所だから…外来人が4人だけ」
「今月だけで?」
「ええ。もしかしたら結界を見る必要があるかもね」
そう言って、霊夢は盃に入った日本酒を飲み込む。
「今月の賽銭は2000円って所。で、半分は神仏に奉納する為に使うから、実質1000円」
「…前々から気になってるんだけど、此処の神社って奉納する必要あるの?」
「間違っても
「でもさ…博麗神社に祀られてる神を知らないって、どうかなって思うんだけど?」
「うっ…」
フィールンの指摘に、霊夢は言葉を詰まらせる。
「霊夢が知らなくても仕方ないわよ。元々記録が極僅かしか無いんだから」
「…疑問の返答ありがとう。だからといって私の翼を弄るのは許さないよ、紫」
「え〜、って危なっ!?」
いきなりフィールンの背後からスキマで現れ、フィールンの翼の結晶を弄ろうとしていた手に、フィールンが瞬時に抜き、振り返らないまま紫の手に照準を合わせた銃から銃声が響き、素早く引っ込める事で躱して畳に小さな穴が空く…とはならず、静かな銃声が響くだけで終わった。
「いくらなんでも酷くない?」
「このくらいは余裕で避けれるでしょ。それに、今のは空砲だし」
紫の文句を受け流し、銃をしまって再度食べ始めるフィールン。その言葉も、1度死闘を繰り広げたからこそ言える、言わば「信頼」に近いものがあった。
「…紫がここにいるのは聞かないでおくけど…貴女なら知ってるんじゃない?博麗の神の事」
「うーん…一応、っていうのが一番近いかしら」
「あの紫が、曖昧な回答をした…!?」
「…全知全能だったら私も苦労しないわよ」
紫の回答に箸を落としかける程の霊夢のリアクションを見て、紫は半ば呆れるような声色を出した。
「私も博麗の神に関しては何度かしか会った事も無いし、私から会いに行けないのよ」
「紫のスキマでも無理なの?」
「あの人は結構気まぐれな所もあるし、居場所も全く分からないわ。そして、私以上に幻想郷を知っている唯一の人物。あ、私も食べていいかしら」
「紫をして、そんな事を言わせるなんてね…はい、皿と箸」
「ありがと、フィールン。性格自体は温厚だから、いつも笑みを絶やさないわね」
「…さっきからあの人あの人って言ってるけど、名前は知らないの?」
「ふーっ、ふーっ…ええ。あの人は本当に必要以上に語ろうとしないから。私も、あの人の考えてる事は全く分からないわ」
紫の口から語られる人物像に、それぞれのイメージを固めていく霊夢とフィールン。
「きっと今頃、私達の様子でも見てるんじゃないかしら?先に言っておくけど、探しても無駄よ。あの人はこの幻想郷の《全て》を見てるから」
「全て…?」
「ええ。だから誰よりも幻想郷を知っていて、だからこそ幻想郷を壊そうとする者は、絶対に許さない。とは言っても、私達で対応出来る程度なら、あの人は傍観するけど」
「それで良いの…?」
「言ったでしょ?あの人の考えてる事は私も分からないって」
「ふーん…」
「話は変わるけど、フィールン──」
その後、三人はさまざまな話をしつつ鍋料理を完食。紫はスキマで帰り、霊夢とフィールンは後片付けをし、桶型の五右衛門風呂に入浴。
そして、居間に二人分の布団を敷き、そのまま就寝した。
その夜中、月が東の頂に輝いている時間。
博麗神社の居間に、霊夢と共に眠っていたフィールンは目を覚ます。
しかし、その起き方は普通では無かった。
フィールンは、和服の寝巻きの上から心臓のある位置…胸のやや左を抑えており、身体は震えている。そしてその表情は苦しげだ。
「ッ゛…ア゛ッ…!!」
(しまっ、た…この、タイミングで…!?)
すぐさまその症状を抑える為、フィールンは無理矢理身体を動かし、這うように移動する。
「グッ…!!」
動かす度に、心臓が尋常ではない痛みを伴う為に喘ぐが、何とか隣の部屋まで移動する。
(よし…ここ、で…!!)
その時。
〈ドクン…!!〉
「ガッ…!?」
〈ドクン…!!ドクン…!!〉
「グ、ア゛…ア゛ヴ…!!」
心臓の心音か、想像も出来ない程の激痛がフィールンの身体を貫く。その痛みに耐え切れずにその場に蹲る。
同時に、フィールンの身体に異変が起き始める。
フィールンが持つ異形の翼は徐々に大きくなり、ぶら下がっている結晶の数が12から18へ。爪と八重歯は鋭く、かつ長く。
そしてフィールンの紅い瞳は淡く輝き始め、意識が侵食され始める。
(マズ、イ…隣には、霊夢、が…!!)
徐々に己自身の意識が薄くなっている事を自覚し、フィールンは自らの精神力で抵抗する。しかし、それは侵食の速度を緩めるだけに過ぎず、このままでは完全に意識を失ってしまうのは明白だ。
「ヅゥ…!!」
フィールンはこの危機を脱する為、腕に渾身の魔力を注ぎ、魔法陣を全力で起動する。
「グッ…ガア゛…ア…ッ!!」
魔法陣の効果が現れるまでの間だけでも、フィールンの心臓は高い負荷による激痛が走り、削られていく意識が朦朧とし始めた。
フィールンにとっては数十分に感じたであろう数十秒。漸く魔法陣の効果がしっかりと現れ始めた。
「ッ…ハァッ…ハァッ…」
心臓の痛みは少しずつ消えて行き、朦朧としていた意識はハッキリとしていく。同時に、異形の翼にぶら下がっている結晶の数、異形の翼と爪、八重歯の長さが元へと戻って行き、フィールンの紅い瞳の発光が止んだ。
暫くして、症状は完全に消え、荒くなっていた呼吸も整い、壁に寄り掛かる。
「ハァ…フゥーッ…」
ドッと疲れが出てきたのか、フィールンは深い溜め息を吐いて、身体の力を抜いた。
「…何時までそうしているつもりなの?」
そして、フィールン以外に誰もいない筈の空間に、フィールンではない声が響いた。
次回はフィールンの過去に触れる予定。