流れ者たちがしでかす!   作:絹糸

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プロローグ:とある殺人鬼の場合

 雲雀笛綸子(ひばりぶえりんず)は、人の中身を愛せない男だった。

 性格、という意味ではない。文字通り人体の中身。すなわち内臓や脳味噌や血液を好きにはなれなかったのだ。率直に表現すれば憎んでさえいる。

 

 それは彼が人を器としか見なせないからだ。

 不細工ならば良い。醜い器の中身が醜い臓物たちならさぞお似合いだと捨て置ける。しかし美人は別だ。それが男であれ女であれ、せっかく綺麗な器なのに中に醜悪な汚物なぞを入れているのが我慢ならない。

 もったいない、と。綺麗な器には綺麗なものが相応しいのにと。そう心の底から嘆かずにはいられない。だから美人は殺してしまうのだ。殺して、醜い中身を抜き出して、花や宝石のような美しいもので満たすのだ。

 好きになった人の全てを愛したいから。外身が好きで中身が嫌いなら、中身を好きなものに変えてしまえばいい。幼い頃にふとそんなことを考え、そして19歳の今に至るまで実行してきた。

 

 端的に言うと、彼は殺人鬼だ。

 

 面食い故に美人以外には興味を示さない。殺す時は綺麗な器を傷付けないよう丁寧に気絶させたあと、薬を使って殺す。外傷はできるだけ少ないほうが良いが、中身を抜き取るためにどうしても必要な傷は仕方ない。

 「美しいキミに傷をつけてしまってゴメンよ」と泣いて謝りながら、後で傷口に絹のリボンを結いつけて閉じる。器の雰囲気に合わせて、たまにはレースや組紐。鎖なんかも使う。

 

 覚えている限り、今まで殺した人間の数は248人。メディアやインターネットでは『装飾者』だの『フラワーキラー』だのと呼ばれているが、それだけの殺人行為を繰り返しておきながら、綸子は未だ容疑者の端っこにすら引っかかったことがない。

 理由は天が与えたもうた証拠隠滅などの犯罪スキルが常軌を逸していることと、もう一つ。彼が突然変異(ミュータント)であるからだ。影を操る。それが彼の生まれ持った素質。魔法でも超能力でもないただの個性。生まれつき足が早い者がいるように、暑さに強い者がいるように、彼は生まれつき影が操れた。

 そういう存在に適用される言葉があると知るまで、彼はただ『自分は影を操れるという変わった個性があるだけの人間』という認識だったし、知ったから当てはめてみただけで、実際に自分がソレなのかはわからない。彼にとって重要なのはただの珍しくて便利な個性ではなく、綺麗な器を綺麗な物で満たすという行為のほうなのだから。

 

 

 ――そしてその日も、彼は人を殺していた。

 

 

「ふぅ……入れ替え完了っと」

 

 

 色とりどりのガーベラを詰めたOLの死体を満足げに見下ろして、綸子は明るく朗らかな笑みを浮かべる。蛾のたかる街灯よりもステージ上のスポットライトが似合いそうな、爽やかで端正な顔立ちをした青年だ。欠点といえばやや軽薄そうな雰囲気くらいか。

 昼間に大通りを歩けばスカウトを受けることも容易だろう。一般人として生きるにしても、学校や近所の女性陣にファンクラブの類を結成されることもあるかもしれない。ただし芸能界でならそう珍しくもない、上の中ほどの現実的な美形。

 前髪をカラフルなゴムでちょんまげにした彼は、若手の男性アイドルがよくやっているユニセックスでふわふわしたヘアスタイルに仕上げた己の茶髪を指先で弄びながら、達成感に駆られるまま口笛なんて吹いてみている。いかにもな上機嫌だ。

 髪と同じ色をした垂れ気味の瞳を幸せそうに蕩かせて、用意していたカメラで写真を撮影。被写体はもちろん足元で転がる綺麗な彼女。特別に気に入った相手なら服を着せ替えさせて背景まで飾ったりすることもあるが、今回の相手はそこまで好みのタイプではない。それでも殺しすぎて美人の少なくなってきたこの町では得難いほどの美女であり、久しぶりの心躍る獲物に綸子は充分ハピネスを感じている。

 

 

「ごめんよ、綺麗なお姉さん。オレっちキミを殺したいわけじゃないんだけど、人間ってやつは中身を抜いたら死んじまう生き物みたいなんだ」

 

 

 謝罪とも呼べない軽々しい響きを残して、綸子は人気の無い路地裏を立ち去った。

 体を包む小洒落た洋服に返り血は浴びていない。臭いさえも。このまま都会に出てバーやクラブに寄ったところで、彼を殺人鬼だと思う人間は一人もいないはずだ。義務教育を終えるまで一緒に暮らしていた両親も彼に疑いすら抱かなかった。

 見上げた夜空には名前もわからぬ星々が美しく輝いている。キラキラしい群れの中に一つか二つ動きのあるものが混じっていることに気付き、流れ星だ、と綸子はバンザイするみたいに両手を大きく掲げて天真爛漫な笑顔で叫んだ。

 

 

「何かイイコトありますようにーっ!」

 

 

 とはいっても、三回連続で願わなければ叶わないというのが有名な話。さすがに燃え尽きるまでに同じ内容をあと二回繰り返せる自信はなかったので、そのまま視線を空から真正面へと移し――。

 

 

「――ありゃ?」

 

 

 そこで首をかしげた。

 見知らぬ場所だ。見渡すかぎり一面の自然。木と草と土と花と川しかない。綸子が住んでいるのは都会でも田舎でもない関東圏の中途半端な町なのだが、近所でこんな景色は一度もお目にかかったことがない。というか空に浮かぶものも星と月から雲と太陽に変わっていた。立っている場所だけでなく時間帯までいつの間にか狂っている。

 試しに自分の鳩尾をぶん殴ってみたらとても痛い。なるほど。どうやら夢ではなさそうだ。ドラッグパーティーに参加した覚えはないからラリって幻覚を見ているわけでもない。酒だって飲んでいない。となると、これはいよいよ現実に起こった現象であると認めざるをえない。

 

 

「携帯電話……は、圏外か。オレっちこれからホラーとファンタジーのどっちを味わうことになるんだろーね」

 

 

 古めかしいガラパゴスケータイは用無しと判断して川に投げ捨てる。綸子は頭のおかしい人間だが、頭の悪い人間ではない。きっとここから先に起こる出来事にケータイの存在は無意味だと、なんとなく感付いたのだ。ついでに言うとここが元いた世界ではないことも薄らと察している。夜がいきなり昼になっているのだ。そんな現象は世界を超えるとかでもしない限りありえない。

 アニメや漫画はあまり好まないが、金曜ロードショーでやっている洋画くらいならたまに見る綸子だ。きっと星にかけた願いが変な風に作用してこういう目に逢っているのだろうと、そう考えられるだけの想像力とそれを受け入れられるだけの柔軟さが彼にはある。

 

 ひたすら自然の中をゆったりと歩きながら口笛なんて吹いてみる。ホラーとファンタジーのどっちを味わうことになるか、なんて本人は嘯いていたが、綸子自体が殺人鬼なのだからその時点で既にホラーとしての条件は満たしている。人気のない森の中にいる殺人鬼。この一文だけで充分に猟奇的だ。

 だからといって、この世界がホラーに分類されるわけでもないらしい。耳をつんざく獣の咆哮。咄嗟に片耳に指を突っ込んで「うげぇ」とアイドルフェイスをしかめながら、彼はおそるおそる……ということもなく平然とそちらに体を向ける。

 そこにいたのはライオンのような生き物だった。ライオンのようだというだけで、きっとライオンではない。目が三つもあるし、像の牙より立派で太ましい角が二本も生えている。ライオンに擬態しそこねた魔獣とか言われたほうがまだ頷ける。ついでにライオンより二割増で大きい。

 

 

「なるほど。こりゃファンタジーのほうだわ。ん? でも殺人鬼VSモンスターってどっちかってーと三流ホラー映画のタイトル?」

 

 

 いらぬことで頭を悩ませながらも、視線はライオンのようなナニカに釘付けだ。目を合わせたままじりじりと後ずさる。熊と出会った時は死んだフリをするよりもこうして視線を外さぬまま後退しろと祖母に教わった記憶がある。こいつは熊ではなくライオン風味のモンスターだが、まあ猛獣という点では一括りにして問題なかろう。

 登下校を出待ちされたこともある端正な顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべ、「オレっち無害ッスよー」とヘラヘラ主張しながら徐々に後ずさっていく。彼は殺人鬼であって戦闘狂ではない。強そうな奴がいるからぶっ倒そうという思考にはならない。戦わずに済むならそれに越したことはないのだ。

 しかし猛獣のほうはそういうタイプではないようだ。綸子の姿を上から下までじろじろ観察して、何の武器も持っていないことを確認。その今時の青年らしいスリムな体を餌と認識し、空腹を満たすべく大口を開けて襲いかかる。

 距離にして5メートル。一飛びのうちに間を詰めるかと思われたライオンの疾駆は、しかし半ばで停止した。

 

 

重影(おもかげ)

 

 

 足元に落ちる綸子の影が、一枚の布を解くようにバラバラになって猛獣の四肢に絡みついたのだ。数が多いとはいえ紐と同じ細さのそれらが、いかにも獰猛そうなこの獣を捕らえきれるとは考えがたい。にも関わらず身じろぎすらできないのは、この影の一つ一つが常識外れに重いからだ。

 重影。名前の通りに重たい影。あいにくと綸子にネーミングセンスは恵まれなかった。影を操るという彼の個性は、何も動作や形状だけに限ったことではない。重量や質感、硬度までも変えることができる。できないのは影の総量を変化させることくらいだが、それだって裏技を使えばどうにでもなる。

 

 

刃影(じんえい)

 

 

 囚われた猛獣の体を、穂先を鋭い刃のような形に変えた影達がブスブスと貫く。飛び散る血流。迸る断末魔。その切れ味は業物の槍にも劣らない。美人に使えば外身を傷つけてしまうからと活躍場面の少ないこの技も、猛獣相手ならば気楽に振る舞える。避けられる戦いは避けるが、いざ襲われれば微塵も躊躇せず殺しにかかるのがこの男だ。ちなみに美人ならば自ら殺しに行く。

 ピクピクと痙攣しながら地面に崩れ落ちる猛獣の体。それを影の先端で軽くつついて絶命済みと確認してから、綸子は影をシュルシュルと自分の足元に戻していく。数秒もたてばそこにあるのは他の人間となんら変わりない人型の影だ。

 己の屠った死骸を見下ろして、綸子は苦い表情で腕組み。いよいよここがファンタジーもしくはホラーな異世界であると突きつけられてしまった。これからどうして生きていけば良いのだろうか。

 

 

「こんなモンスターの出る世界にFXって概念はないだろうし……いざとなったら金持ちそうな女のヒモか、追い剥ぎにでもなるっきゃないかな」

 

 

 まともに働くという選択肢は最初から無い。とりあえず情報収集のために人気のある場所まで行こうと、死骸を視界から外して川沿いに森を歩くことにした。

 

 特に大したトラウマがあるわけでもなく、ただ生まれつき狂っていただけの殺人鬼。

 天性の破綻者。

 そんな彼がここ――『アカメが斬る!』の世界に来て、いったい何を為すのか。

 それを知るのは、彼の望みを叶えたお星様のみである。

 

 




オリ主というか、オリキャラが三人です。
あくまで主人公ではないので最後まで生き残るとは限りません。
そんな感じの話ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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