流れ者たちがしでかす!   作:絹糸

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プロローグ:とあるダンピールの場合

 

 ウナ=シルヴェストルはダンピールだ。

 東欧やロシアの伝承に登場する人と吸血鬼の混じりもの。

 もっとも、吸血鬼の母親に人種なんてものは無いし、父親はイギリス国籍。伝承の元であるそれらの国とは何ら関係もない。

 

 世間的にはもはや“いないもの”として扱われているファンタジー生命体。

 半分とはいえそんなものの血を引いている彼女だが、しかしその人生は平和なものだった。少なくとも3歳までは。

 優しい両親に愛を込めて育てられる健やかで安らかな満ち足りた日々。それが終わりを告げたのは、家族揃って豪華客船で旅行していた時のこと。

 

 船にテロリストが乗り込んできた。

 邪教絡みか国政絡みか、あるいは狂人が寄せ集まってはっちゃけただけなのか……今となってはわからない。

 銃火器を所持した彼らは乗客全員にそれをちらつかせてホールへと集め、こうのたまった。

 

 ――「人間は増えすぎました。我々は間引かれなければなりません」

 

 テロリストの一人がスイッチを押す。

 爆発音。船体が揺れ、鼓膜の破けそうな衝撃がそこにいる全員の耳朶を貫く。同時に天井が倒壊を始めた。降り注ぐ粉塵。連続して何かが爆ぜ続ける音。充満する黒煙。傾く地面。ひび割れる壁。ぶれる視界。火薬の混じった空気。テロリストの哄笑。狂乱する船員。大人の絶叫。子らは泣き喚く。

 そしてバラバラと壊れて海に崩れ落ちていく豪華客船。

 

 唐突に訪れた阿鼻叫喚の末、生き残ったのはウナだけだった。

 3歳とはいえダンピールである彼女の生命力は凄まじく、船の残骸に巻き込まれて海底に沈んでから再び浮いて海上に出るまで生存していたのだ。

 母親は純粋な吸血鬼だった為、『流水を超えられない』という種の弱点を無理やり無視して客船旅行に踏み切った結果、ほとんど人間と変わらぬ状態まで肉体の機能が落ちていたのだ。

 だからテロリストに銃を向けられた時も制圧することができず、海に投げ出された時もそのまま沈み死んで逝った。

 

 一週間に及ぶ漂流ののち海上警察に保護されるまで、ウナはずっと罪悪感に苛まれながら自殺を試みていた。

 あの場でテロリストたちをどうにか出来る可能性があるとすれば、それはダンピールゆえ吸血鬼の弱点のほとんどを克服し、人間を圧倒する身体能力を誇る自分しかいなかった。

 だというのに――自分は初めて見た本物の銃に恐れをなし、ただ竦み上がっていたのだ。

 あんなものでは死なないとわかっていながら、撃たれた瞬間の痛みを想像してホールの端で縮こまっていた。

 そうして震えるだけで行動を起こさなかったから、自分以外の乗客は皆死んでしまった。

 逃げ惑い海に飛び込もうとする人波に押された時、父と母ともはぐれた。きっと二人も既に死んでいる。

 

 

(私が何もしなかったから、みな死んだ。救える力があるのにそれを振るわなかった。私の弱さが数百の命を見殺しにした。そんな私が何故生きている? 許される訳がない。死なないと。今すぐ死んで詫びないと。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――死んでしまえ! 役にたたないくせに! 実の両親すら助けなかった恥知らずの分際で呼吸をするな! 今すぐ心臓を止めろ! 生きる価値もないくせにこの世に存在する気かお前はッ! このロクデナシがぁぁぁ!)

 

 

 そう心中で絶叫しながら、ひたすら自分の腕を引き千切り、足をもぎ取り、首をへし折り、腹をかっ捌き、喉を刺し貫き、眼球をえぐり出し、頭を握りつぶし。

 一秒たりとも休むことなく、一週間もの間ひたすらに自分を殺そうと奮起し続けた3歳の少女は、しかし死ねなかった。

 ダンピールを殺すには心臓を杭で貫くしかない。海の上でそんなものが手に入るはずもなく、そうと分かっていても、彼女は激情のまま己を痛めつけねば気が狂ってしまいそうだったのだ。

 青い海が赤く染まるほど、自分という存在を殺意を以て嬲り続けたウナ。

 海上警察に救出されて安堵を抱いた理由も、決して自分の命が助かるからではない。陸に上がれば杭が手に入るからだ。

 二人の肉親と数百の他人を見殺しにしておいてのうのうと生きさらばえる、この唾棄すべき醜悪な生き物を殺してしまえるからだ。

 

 そんな彼女が自殺を後回しにすることになったのは、乗船していた他の乗客たちの遺族から浴びせられた涙混じりの罵声がキッカケだった。

 どうしてお前だけ生きているんだ。うちの子は帰ってこないのにズルい。早くお前も死んでしまえ。救命器具を独り占めしたんだろう。きっとお前が生きているから私の夫は死んだんだ。僕の父さんと母さんを返せ。

 支離滅裂で八つ当たりとも呼べないような理不尽な言葉の数々。やっている当人たちですら、心の底ではこの幼い少女が悪いわけではないと理解している。

 が、理解していたところでどうしようもないのだ。実行犯であるテロリストは乗客と一緒に海に沈んでいる。それでも自分の愛した人は、大切な人達は帰ってこない。

 だから行き場のない感情をぶつける相手が欲しかった。生き残ったウナは、その対象にうってつけだった。ただそれだけ。

 もしもウナが3歳児らしい精神をしていたなら、この凄惨な仕打ちに涙を浮かべてうずくまっていただろう。そうしていれば、遺族達も己のしていることが可笑しいと気付いて怒りや悲しみを堪えることもできた。

 

 だがウナ自身、被害者遺族の誰よりも自分に怒り狂っていた。

 だから受け入れてしまったのだ。何の抵抗もなく、全て彼ら彼女らの言う通りだと。自分が悪い。見殺しにしたくせに、本当のことを言われて辛そうな表情なんて見せてはならない。

 おぞましいほどの罵声を浴びせても、レンガや石を投げつけても、瞳に涙すら浮かべず無言でこちらを見つめる少女。そんなウナの異様な態度に、遺族達もまた自制の機会を失ってしまった。

 あまりの無反応ぶりに、ウナには何をしても良いのだとエスカレートしたのだ。

 ある者は彼女の住所をネットに晒して誹謗中傷を書き込み、ある者は彼女の家まで乗り込んで罵声と共にその純潔を蹂躙し、ある者は彼女を路地裏に引き込んで殴る蹴るの暴行を加え、ある者は彼女の生家に火を放った。

 それだけの仕打ちを受けてもウナは眉一つしかめない。罰を受けるのは罪を犯した者として当然の報いだ。自分が被害者であるかのような気分になってはいけない。そういう考え故の無表情も、傍目にはふてぶてしいものとしか映らない。

 

 悪辣さを日々増していく嫌がらせの中で、ウナは自分が死ねば遺族たちが怒りと悲しみをぶつける対象が無くなってしまうと気付いた。

 だから自殺するのは、遺族たちの心が落ち着いてからにしよう。

 そう決めて、常人ならば100回は崖から飛び降りるような過酷な日々を、何年も弱音の一つもこぼさず淡々と享受しきった。

 

 船を襲ったテロリスト達のグループがまた事件を起こしたと知ったのは、12歳の誕生日を迎えた頃だ。

 片田舎のホテルを襲撃して宿泊客とスタッフを殺害。そんなニュースがテレビから目に飛び込んできた。

 たまたま電気屋を通りがかったおかげでそれを見ていたウナは、ふと考えた。

 

 

(アレが再び事件を起こしたことを知ったら、遺族の方々が報復のためにと無茶なことをしてしまうかもしれん。私のような罪人ならばともかく、何の罪もない遺族の皆様が手を汚してしまってはもったいない。私がカタをつけるべきだ)

 

 

 そう決断してからの行動は早かった。

 ウナは慣れないインターネットや自分の足を駆使してテロリストグループについての情報を収集。日本各地にバラける拠点を、闇夜に紛れて一人で潰して回った。

 既に数え切れないほどの命を見殺しにした身だ。今さらテロリストの一人や二人手にかけたからといって、どうということもない。

 助けられるはずの人達を見捨てて浅ましく息をし続ける自分。何人もの人間を巻き添えにして死んで逝ったテロリスト。どちらが悪いかと聞かれれば、きっと自分だ。だって彼らは死んでいる。自分は罪を犯しておきながらまだ生きているのだから。

 諸悪の根源はテロリストでも、最悪なのはウナ=シルヴェストルだ。

 

 

(このテロリストグループを潰し終えたら、やはり死のう。最近は遺族の皆様から私への罰も少なくなってきた。グループが無くなったというニュースが耳に飛び込んだ時、私のような存在はいないほうが彼らも感情を整理しやすいだろう)

 

 

 そして4年後。

 彼女が16歳になった時、全てにカタがついた。

 

 テロリストグループは自らの手により全壊。

 時の流れからか、遺族たちの中にウナへの罰を執行する者ももはやいない。

 この罪深い命を贖罪のため天に捧げるならば、今が好機。

 

 

「父様、母様。私の殺した全ての人々。今そちらへと行こう。私の贖罪がまだ足りなければ、あの世でこの魂を嬲ってくれ」

 

 

 富士の樹海の奥深くから、眩しい青空を見上げて呟く。

 掲げ持つのは白木を削って作った大きな杭。ダンピールたるウナを死に至らしめる唯一の武器。

 指先に震えはない。双眸に迷いはない。自分は今から、ここで死ぬ。死んでも人に迷惑のかからない場所を選んだ。あとはこれを己の胸に突き刺すだけだ。

 

 

「これが私の果たせる最後の責務だ」

 

 

 覚悟の滲んだ呟きと共に、少女の柔らかな胸の中央へと必殺の杭が穿たれた。

 

 ――本来ならば、ウナ=シルヴェストルの人生はここで終わる。

 彼女の魂は天国か地獄に行き、しばらくすれば新たな人間となってまたこの世へと生まれ落ちてきただろう。

 ならばこれから彼女に起こる出来事は、見殺しにしたと罪悪感を抱くかつての船客たちからの、彼女の両親からの哀れみによるものなのかもしれない。

 

 このままではあまりにも痛ましいと。

 どうにか救ってやりたいと、彼岸にいる彼らの思いが生んだ珍事。

 

 心臓を刺し貫き確かに絶命したはずの彼女の体が、力なく樹海に横たわるウナの死体が、徐々に光の粒子となって消えていく。

 それは天に舞い上がることも地に腐り落ちることもなく、空中にポッカリと空いた穴の中へと吸い込まれていった。

 

 行き着く先ははたして何処か。

 それはあの世の両親と船客たちも知らない。

 

 殺人鬼の願いを星が叶えたように、彼らの願いをナニカが聞き届けた。

 少なくとも、今はそれで充分だろう。

 

 





罪悪感が強すぎてイっちゃった系、もしくはサバイバーズ・ギルトこじらせ系。
そんな感じの面倒臭い奴です。
たぶん原作キャラと交流していくうちにちょっとは成長します。


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