流れ者たちがしでかす!   作:絹糸

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プロローグ:とある巫子の場合

 

 

 その日、一柱の神が異界の巫子に恋をした。

 

 たまには他の神々が創造した世界でも拝見しようかと、なんとなくピカピカ輝いている場所を見下ろした時。

 人の形をとった奇跡とでも言うべき美少年を――菘城(すずなきずき)という名前をした10歳ばかりの童子を視界に入れたその瞬間、女神の心は全て彼の虜となってしまったのだ。

 

 オニキスを溶かして加工しても万分の一も及ばぬ輝きを秘めた曇りなき漆黒の髪。腰まで伸びたそれは何とも言えず艷やかで、髪を纏めるためにうなじのあたりで使われている赤い縮緬の布切れまでもが光って見えるほどだ。

 闇よりも濃く水よりも澄んだ純黒の双眸は、くっきりと筋の通った二重まぶたで、薄墨で描いたような長いまつ毛に隙間なくふちどられている。

 純白の柔肌。それは降りたての雪よりも、もっと清らかで輝いており、なめらかな頬と唇だけが咲いたばかりの瑞々しい桜色。

 小さな顔に、それぞれの極めつけて精巧なパーツが絶妙に配置されている、絶世以上のあどけない美貌。

 

 すでに美の完成形であると同時に、一秒ごとにその美しさがさらに増していく、という恐るべき将来性をも童子は兼ね備えていた。

 一秒前に絶世の美少年だった彼は、次の瞬間には絶世を超えた美少年になるのである。

 

 その身に纏う服は質素なものでありながら、彼が着ているというだけで花嫁衣装をも凌ぐ華やかさを醸し出している。

 今のままの作務衣姿でも、彼ほどの容姿があれば舞踏会にだって参加できるに違いない。

 神社の境内を無表情で掃除する様子を、こうして遥か遠い場所から眺めているだけでも心臓の鼓動が止まらない――たちまちうら若き美貌の童子に惚れてしまった女神は、あろうことかこんなことを考えた。

 

 “あの美しい方を私の世界に連れてしまおう”

 

 正確に言えばその世界には彼女以外の神様もいるので、『私』だけの世界ということもないのだが。

 すっかり恋心に染まりきってしまった女神の激情を止める者も傍にはおらず、誰かに相談しようと考えるほど女神は冷静ではない。

 欲するがまま。求めるがまま。世にも美しき異界の巫子を我が世に招かんと振るわれた女神の力は、世界と世界を隔てる垣根をも軽々と飛び越え、日本のとある神社で掃き掃除をしている城少年の元へと届くことになった。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

 ――関西圏某所の楚々として静謐な神社。

 朱塗りの鳥居が神々しく朝日を照り返すその場所で、淡々とホウキを動かす白膚美顔の童子……小学四年生にして神社の巫子もこなす有能少年こと城は、空気が揺らいだのを感じてふるりとまつ毛を震わせた。

 

 

「……求められています」

 

 

 観衆がいれば、薄い唇からこぼれる吐息まで極彩色と感じただろう。

 しかし銀鈴を振り合わせたかのごとき麗しのボーイソプラノを耳にできる幸せ者はここに一人もいない。なにせ今は朝の五時。朝練を控えた高校球児でも眠っている時間だ。

 絹より指通りの良い髪を可憐に揺らし、城はホウキを両手で握り締めたまま鳥居をくぐり抜ける。尊いモノが自分を欲し愛でようと手招いているこの気配。もはや何度も味わい慣れたものだ。そして城は、巫子というだけあって神聖な存在への敬意と愛情を持っている。誘いを反故にする理由は無い。

 鳥居から続く石段へと足を伸ばし、一段一段、天使の羽が舞い落ちるかのごとき軽やかさで降りていく。響く足音はオェングスの竪琴を想起させた。彼の通った後には薔薇の花弁を散らしたのかと勘違いするほど良い香りが残っている。釈迦のごとき芳香体質。その魅惑の芳香に引き寄せられて、彼の足跡に蝶々がとまる。

 体に直接たからないのは、城があまりにも美しすぎるが故だ。花も蝶も、彼の前では己の姿を恥じて彼を避けようとする。「あれほど美しい方に自分のような存在が触れてはいけない」と。けれど同時に惹かれもするから、こうして彼の残滓へ求愛するようにいじらしく振舞ってみせる。

 

 

「どなたのお誘いか分かりかねますが、まだ少しだけ時間はあるようです。せっかくですからお土産を持って参りましょう」

 

 

 神社の前にある清流には石橋がかかっている。そこを踊るような優雅さで駆け抜けて、通い慣れたいつもの店で足を止めた。店の看板には『辻居』の文字。よく辻利の支店と間違えて観光客が入って来るが、ラインナップは似たようなものなので、皆気づかぬままに帰っていく。ちなみに値段はこちらのほうが少し安い。

 深緑の暖簾をくぐって静かな店内を見回す。早朝に開いて夕方には閉まるこの店でも、さすがに午前5時ともなると城以外に客はいない。番をしている割烹着姿のお婆さんも、開店しているもののこんな早朝に客は来ないと踏んでいるらしく、カウンターの奥にある年季の入った揺り椅子でうたた寝をこいていた。

 トテトテとそちらに歩み寄って、親子がま口の財布から取り出した千円札をお婆さんの膝の上に置く。

 

 

「抹茶カステラ、頂いて行きます。お釣りは結構です」

 

 

 相手が聞いていないことも見ていないことも理解した上で、いびきをかく老女に向かって静々と一礼。作法というものを形にしたような整った挙措である。まばたき程度の動きにでもいちいち雅楽のBGMが流れそうなほど、と形容される要因は何も容姿に限ったことではない。この齢にして日本舞踊や礼法の教師から舌を巻かれるのが常である城は要するに『神童』という奴で、一挙一動が見事に洗練されている。

 だからといって嫌味なこともない。時おり無礼にならない程度で子供じみた愛くるしい仕草も垣間見せるからだ。くわえてどこか世俗とはかけ離れた雰囲気があるから、彼が形式ばった動きをしても、子供がそうしているというよりは妖精の類がそうしているという風にしか見えないことが多い。

 

 土産片手に無料サービスの給茶機の前に立って、紙コップへと煎茶を注ぎ入れる。ホカホカとほの白い湯気がたった。紙越しに手のひらに伝わるぬくもり。店内で飲食する客用の、畳敷きになったスペースの端にちんまり腰掛けて城は茶を啜る。

 もうお土産は用意したし、最後の一服……というほど大層なものではないが、朝の習慣である一杯の煎茶も飲み終えた。家で常飲している熱湯玉露に比べればグレードは落ちるが、ここの煎茶もタダにしては中々のもの。心残りというほどの不満も発生しない。

 

 

「はてさて。此度はどなた様のお招きなのでしょう。最近で言えば、先月はウガリット神話のアナト様やエジプト神話のイシス様からお誘いを受けましたが……」

 

 

 一年のうちに神隠しに逢う回数がくしゃみの回数よりも多いくらい、神々と接し慣れた少年。そんな彼は“これから神隠しに逢うぞー”という感覚はなんとなく察するが、さすがにどんな神様が自分を呼ぼうとしているのかまでは分からない。

 しかし今回の神隠しは、そんな彼でも“何かが違う”と感じるくらいに異質なものだった。感覚としてはクトゥルフ神話の神に招かれた時に近い。元から実在する神々ではなく、誰かの手によって創作された神々から誘われている。

 

 

「おや、お美しい巫子様。今日もまた神隠しに逢うご予定かい?」

 

 

 この茶屋に住み着く馴染みの浮遊霊がひょっこり床から顔を出す。頷き返して、城は鼻から上が事故で吹き飛んだおかげで赤面せずに済んでいる浮遊霊に対し再度頭を下げた。

 

 

「城がもし帰って来られなかったら、オモチの餌遣りはお願いしますね」

「ああ、巫子様が飼ってる紀州犬の……うん、いいよ。任された。この町の幽霊総出で世話しようじゃないか。しかし巫子様が神隠し程度で不安がるとは珍しい。今回のは何かヤバイ感じでもするのかな?」

「気を張っているわけではありません。ですが、」

 

 

 紙コップの底に残った最後の一雫で喉を潤して、美貌の巫子は目をすがめた。

 

 

「いつもの神隠しとは違った感覚がします」

 

 

 瞬間、世界が揺れる。

 

 右も左も上も下も前も後ろも、どれがどれだか分からないくらいの酩酊を三半規管が訴え始め、視界に映る景色がじわじわと変貌を遂げていく。

 畳敷きの床、漆喰の壁、木目の天井、茶葉の香る空気。それら全てがすっかり一つの巨大な青空へと変わり果てたあたりで、城は己の体が空へと投げ出されていることを理解した。

 同時に、いつも自分を包んでいる神々や妖精たちの加護が薄まったことにも気付く。

 

 

「……神々や妖精のご加護が等しく弱まっている。ということは、ここは一切の宗教や信仰が存在しない場所ということになるのでしょうか」

 

 

 落下しながら取り乱す様子もなく思案を続ける。

 ヨーロッパ旅行中に天使の加護が増して八百万の神々の加護が減るだとか、そういう事態はよく起こる。信仰の強い場所であればあるほどご加護もその威力を発揮しやすいからだ。

 しかし全ての加護が等しく弱まるという経験は今までしたことがなかった。どんな国に行こうとも宗教や信仰が存在しないということは有り得ず、そこで根付いている神話がどれだけマイナーだろうと、城はその中の神々の一柱か二柱には必ず招かれたことがある。

 ゆえにどの神々の加護も強まらないこの状況は異質だ。なにせ自分の信心の分の加護しか残されていない。

 

 

「しかし、城を招いた以上ここに神様がいらっしゃることは間違いありません。あの違和感に、加護の弱体化……ここは城がまだお会いしたことのない神々が支配する稀有な場所という認識で、ひとまず落ち着けておきましょう」

 

 

 漠然とした決定を下し、獣でさえ触れられたいと願いそうな美しい指を胸の前で組む。

 「ゼピュロス様」と、ギリシャ神話の西風の神の名を世界の歌姫も形無しの麗声で囁けば、今の今まで自由気ままにそこらじゅう吹きまわっていた風が、城の体を優しく包み込むように集まり始めた。

 そのままゆっくりと城の体を下降させてくれる。壊れ物どころか宝物を扱うような丁寧さだ。2歳の時に与えられた風神の加護は、弱体化したせいで平時の威力は失っているものの、こういう場面では充分に活躍する。

 

 

「さて、城をお招きになった神様は何処にいらっしゃるのでしょう」

 

 

 無事に地面へと着地を決め、お土産にと購入した抹茶カステラの箱を片手に眉を下げる。いつもの神隠しなら神様が喜び勇んで目の前に飛び出してくれるのだが、今回はイレギュラーばかり発生する。神様どころか人間の姿すら目の前に存在しない。

 城は知らぬ話だが、彼をこの世界に招いたのは安寧道の女神で、珍しい国に来てしまったと思っている彼は実は世界を飛び越えている。女神が城の目の前に現れない理由は城を越境させるのに力を使いすぎて眠りについてしまったからだ。

 

 そんなことなど露知らず、人のいる場所を目指して歩き始めた城。

 インターネットにほとほと疎く、異世界トリップなんて言葉は意味どころか存在すら知らないこの少年巫子。

 はたして自分がいる場所は漫画の世界だと、気付けるのはいつになる事やら。

 そんなものは神様だって知ったこっちゃない。

 

 

 





チートどころか弱体化して異世界を旅することになった10歳の少年巫子。
一番の武器はご加護よりも、むしろ美貌のほうだったりするかもしれません。
同時に変な奴も引き寄せる諸刃の剣ですが。

やっとプロローグ終わったので、次から原作キャラ出せます……長かったぁ。


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