流れ者たちがしでかす!   作:絹糸

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第2話:死に損ないのダンピールと上京少年

 

 

 空に浮かぶ太陽に王国があるのなら、そこの王子様はこんな姿をしているに違いない。

 道端に倒れる謎の少年を発見した時、タツミはそんなことを考えた。

 

 盗賊に襲撃されたせいで、共に帝都へと行くはずだった友人のサヨとイエヤスとも離れ離れになり、こうなったら現地集合しかないと一人で帝都への道を歩いていたタツミ。

 少年との出会いはその道すがらでのこと。彼は木に上半身をもたれかからせて瞳を閉じ、土や落ち葉にまみれた状態でぐったりと意識を失っていながら、それでもなお燦然と輝くように美しかった。

 

 

「すっげぇイケメン……」

 

 

 赤面も渋面もなく、リアクションはただ呆然と立ち尽くすのみ。口をついた言葉にショックの色はない。負け惜しみする気も湧いてこないほど、薄汚れて気絶したその少年は整った造形をしているのだ。

 凛々しい顔立ちは文句なしに上の上。年の頃は10代半ばだろう。スタールビーのごとき鮮紅をした短髪は陽光を照り返して燃えるように輝き、瑞々しい褐色の肌と相まって、エキゾチックな魅力を感じさせる。瞳の色は瞼に隠れてわからないが、この少年の顔に嵌っている眼球なのだから美しくないはずがない。

 服装はかなりカジュアルなものだ。Tシャツにジーンズにダウンジャケットにスニーカー。ちょっと近所に買い物に行くくらいの軽装。手荷物も所持している様子がないし、彼が旅人という可能性はまず低い。にも関わらず、何故このような獣道で倒れ伏せるという憂き目に逢っているのか。

 美少年っぷりに感嘆するのに忙しくて見逃していた今さらの疑問に行き当たり、「ひょっとしてこいつ、何かワケありか?」と穿った勘繰りまで湧いてきた。しかし考えたところで目の前に人間が倒れているという事実は変わらず、タツミが倒れている人間を放っておけるような性格をしていないというのもまた同じ。

 

 

「なあ、アンタ。大丈夫か?」

 

 

 しゃがみこんで少年の肩をゆする。元から寄っていた眉根がさらに顰められ、「くっ……」と苦い声が形の良い唇からこぼれた。男にしては高いが、ボーイソプラノほどでもない。音域ならアルトといったところだ。低めの女性の声と形容したほうが想像しやすいかもしれない。寝起きのせいで掠れているのも印象的である。

 少年の瞼がゆるゆると開く。眦の跳ね上がった強気そうな双眸は、意外にも甘ったるい百花蜜の色をしていた。保護の用途を為す涙の膜の奥で、とろんと蕩けて夢の名残に浸る眼球は、男に使うのも可笑しい表現だがどこか官能的。

 他のパーツはこぞって禁欲的で凛々しいイメージが強いというのに、瞳だけ“こう”なのはアンバランス極まりない。だからこそギャップ萌えのような効果を見る者に引き起こす。何故だか妙にドキドキと存在を主張しはじめた心臓を押さえつけながら、タツミは覚醒半ばの少年にもう一度「大丈夫か?」と声をかけた。

 

 

「……驚いた。地獄の鬼が、こんなにも可愛らしい少年だったとは」

 

 

 そんな起き抜けの第一声と共に頬をさすられ、反応することもままならずにタツミは固まってしまう。

 あの目に真正面から見つめられるだけでもキツイというのに、貴公子のような微笑みを浮かべながらボディタッチまでされてしまったのだ。これで田舎育ちの純粋培養なタツミが平静でいられるわけがない。

 まして相手は中性的で異国情緒あふれる麗容をした謎のイケメン少年。しかも同性とはいえ眼差しにやたら糖度の高い艶っぽさがあり、あげく思い焦がれた相手を前にした時のように情熱的な表情を至近距離で見せつけられ、もうどうしようもなかった。

 口をパクパクさせながら赤面するタツミを尻目に、美少年は夢魔や吸血鬼が人を魅了するのにも似た扇情的な瞳を幸せそうに細める。いつの間にか抱きしめられていて、耳元にかかる吐息に首筋が震えた。

 

 

「さあ、罪深い私をどうか罰してくれ。地獄(ここ)の苦汁を全て飲み干すことも厭いはしない。それだけの罪を、死した今でも許されないほどの悪行を、私は積み重ねた」

 

 

 懺悔のような、宣誓のような。

 あるいは己という存在に対する誹謗中傷のような、そんな響き。

 

 この美少年が何で帝都に繋がる道のりを『地獄』と勘違いしているのかも、何故ここまで自分を罰してくれる存在を求めているのかも、そもそも彼が積み重ねたという悪行が何なのかも、タツミにはわからない。

 わからない、が、だからといって声をかけた相手を面倒臭がってそこら辺にほっぽり出すような真似をできないのがタツミという男の性であった。

 同性相手に見惚れて固まってしまったという事実を誤魔化すように、顔に赤みを残しながらも咳払いを一つ。少年に抱きつかれたままその後頭部をポンポンと叩いて、安心感を与える明るい声で切り出した。

 

 

「安心しろって! 何があったのかは知らねーけど、ここは地獄じゃないしアンタは死んでない! ついでに俺も鬼じゃないし、あと可愛いとか言うな!」

 

 

 最後の言葉が場を和ませるための冗談か本心かは半々といったところだ。

 タツミの背中に腕を回して罰を熱望していた少年は、その言葉を聞いて漠然と目を見張った。揺らぐ瞳孔が悲愴を滲ませ、瞳色の反比例した甘ったるさを嫌に強調する。少年はタツミの体からよろめきつつ離れ、そのまま地面へと座り込んだ。茫然自失。今の彼の様子にはこの言葉が相応しい。

 

 

「そんな、何故……ちゃんと死んだはずなのに……」

 

 

 心臓のあるあたりを服越しに握り締め、唇をぐっと噛み締める。すぐにでも泣き出してしまいそうな少年の雰囲気に、タツミは自分かなにかとんでもない事をやらかしたような気分に陥った。

 少女を泣かせてしまうのと少年を泣かせてしまうのなら前者のほうがマズイが、その少年が“美”のつく少年ならばこちらのほうがマズイ。人間誰しも綺麗なものには弱いのだ。

 しかもこの少年に関しては、滅多なことでは泣くどころか弱音すら吐きそうにない凛々しい顔立ちをしている分、余計にこんな表情をさせてしまったことへの『やっちまった感』が凄まじい。

 

 

(どうする!? どうするよ俺ェ!?)

 

 

 相手とは違った意味で泣きそうな気持ちになるタツミ。無言で俯いて肩を震わせる美少年。そんな二人の長い沈黙を打ち破ったのは、道行く商人の馬車から聞こえてくる悲鳴だった。

 

 

「ヒイィィ!! 土竜だぁぁぁぁッ!!」

 

 

 同時に二人の耳元に届く獣の咆哮じみた轟き。腕に覚えのあるタツミは襲われているらしい商人らを助けようと剣を手にとった。一級危険種の土竜ならば充分に狩れる相手だ。幼馴染達と高めあった剣の力量は伊達ではない。

 

 

「危ないからアンタはここで――って、オイ!?」

 

 

 少年に一声かけてから駆け出そうと視線をそちらにやれば、いつの間にやら悲愴な空気を潜めた彼が引き締まった表情で飛び出して行ってしまった。先程までの湿っぽい感じは微塵もない。

 初速から弾丸のごときスピードで土竜の前へと躍り出る。走り寄るのではなく、地面を蹴り上げてそこに着地するまでほとんど一歩だった。横方向への恐るべき跳躍。タツミも目で追うのがやっとで、きっとまばたき一つ分の時間よりも短い。

 そして次の行動は目で追うことすらできなかった。

 

 

「え――」

 

 

 気付けば土竜の首と胴体がバラバラに別れて宙を舞っていた。遅れて断面から吹き出す鮮血。自らに与えられた致命傷のあまりの速さに、流血のほうが追いつけなかったらしい。きっと土竜本体は何故自分が死んだのかも理解できていないはず。あまりにも見事な瞬殺だった。

 軽やかに土竜を屠った少年は、その両手両足に寸鉄さえ帯びていない。武器も持たずにあの一級危険種を倒したということになる。それは人間に可能なことなのだろうか。それも、細すぎるということはなくとも充分にスリムな体型をしたあんな少年に。

 

 

「……私は夢でも見ているのかもしれないな。死んだと思えば生きているし、こんな知らない化物まで目の前にいる」

 

 

 どこか遠い場所を見るように呟いて、少年は背後で立ち往生している場所とその中の商人達へと振り返る。商人たちがザワつく気配がタツミにまで伝わってきた。当然だ。一級危険種を年端もいかぬ少年が瞬殺しただけでも驚きなのに、加えて神に愛されてる級のイケメンフェイスの持ち主なのだから。

 

 

「お怪我はありませんか?」

「あ、ああ……。凄いな少年」

「まさか危険種を一人で倒してしまうなんて」

「気を失っていた私を起こしてくれたのはあちらの少年です。礼なら彼に言ってください」

 

 

 少年の言葉に、商人二人がタツミのほうへと駆け寄ってきてしきりに頭を下げる。出鼻をくじかれたと思いきや凄いものを見せられ、それをやらかした本人には手柄を譲られて、もう次々やってくる不測の事態に頭がパンクしそうである。

 

 

「いや、俺は別に……ああもう! こうなったら開き直ってアピールしてやる!」

 

 

 少し悩んだ末に考えても仕方がないという結論に達したのか、打って変わって堂々とした笑みを浮かべたタツミは商人たちに向かって胸を張って宣言した。

 

 

「俺の名前はタツミ! これから帝都で有名になる男の名前だから、よく覚えとけ!」

「……アンタらもしかして、帝都で一旗あげようってのか?」

 

 

 “帝都”の二文字を耳にした商人二人が、突然神妙な雰囲気を纏ってタツミと少年に質問を投げかけた。

 タツミはそれに「ああ!」と力強く頷いたが、少年のほうは眉を潜めて「帝都……?」と訝しげに呟いている。どんな辺境の田舎者でも帝都の存在を知らぬなど有り得ない。ますます訳アリの臭いが増してきた。

 商人たちもその様子に疑問を感じ、胡乱げな表情で少年を見やっていた。ひょっとして彼は何らかの原因があって記憶に混乱が生じているのかもしれない。起きてすぐにここが地獄だと誤解していたし、危険種も帝都も知らないとなると尋常な状態でないのは確か。

 

 

「……帝都はキミの思うような夢のある場所じゃないぞ。そっちの少年もやめておいたほうがいい。賑わってはいるが、この土竜よりタチの悪いのがいっぱいいるんだ」

「なんだよ。街中で危険種でも出るってのか?」

「人だよ。人だけど心は化物。そんな連中ばかりなんだ」

「忠告はありがたいけど、今さら引き返すワケにはいかねーよ。俺は幼馴染たちと一緒に稼いで村を救うんだ」

「幼馴染? その少年のことか?」

「いや、こいつはさっき道端で行き倒れてて……そういやアンタの名前は?」

 

 

 今さら少年の名前を知らないことに気付いた。頭の中で美少年だのイケメンだのと呼んでいたが、さすがにそれが本名というのは有り得ないだろう。

 全員の視線が自分に集中したことを察した少年は、イケメン爆発しろという叫びと共に顔面にダイナマイトを投げつけられてもまだイケメンを保ちそうな整った顔立ちにキリッとした表情を浮かべ、颯爽とした一礼と共に名乗りを上げた。

 

 

「申し遅れた。私はウナ=シルヴェストル。16歳のイギリス人だ」

「イギリス? 知らない国だな。海外から来たのか?」

「……その反応だと、やはり私は死んでいないまでも今までの世界とは別の場所にいるようだな」

「? 何か言ったか?」

「いえ、何も」

 

 

 小声で囁いた内容が聞き取れなかったので尋ね返したが、はぐらかされてしまった。年齢と名前はわかったが、やはりまだ色々と謎の多い少年である。

 

 それから商人二人とも別れ、ウナと並んで帝都への道のりを歩く。

 なにか言いたげな表情でちらちらとウナのほうを横見するタツミに、視線を感じたウナが「どうかしたのかい?」と首をかしげた。

 

 

「……ウナ、何で帝都に向かってるんだよ。知らない場所なら用事はないんだろ?」

「確かに知らない場所だが、用事はあるさ。つい先程できた」

「そうか。……もしお前みたいに強い奴が兵士になるなら、俺も頑張らないとな。さっさと活躍して成り上がって村に金を送らなきゃ駄目だし」

「ああ、その点に関してはご心配なく。私の用事は“タツミを支える”というものだから」

「へぇ、俺を支えるねぇー……へっ?」

 

 

 あっけらかんと放たれた言葉の語調があまりにも自然だったため、つい聞き逃しそうになる。

 驚愕と共に声をひっくり返すタツミに、ウナは凛然と微笑んで話を続けた。

 

 

「罪深い私だからこそよくわかる。タツミ、貴方は善良で心優しい人間だ。そんな貴方がこの世界で不幸な目にあってほしくないと思った。だから貴方を支えたい。私が生きながらえて真っ先に貴方に出会ったのは、きっと偶然ではないから」

「いやいやいやいや! 会って数十分しかたってない仲だぞ!? それなのに俺を支えたいって意味わかんねぇよ!」

「……実は私、人に優しくされたのは随分と久しぶりなんだ。それだけでも貴方への好感度はとんでもないレベルまで跳ね上がっている。時間なんて関係ない」

「道に倒れてるお前に大丈夫かって声かけただけだぞ? 優しいとかじゃなく普通のことだろ?」

「地元では、私が道に倒れていたら皆は踏みにじってから通るかツバを吐いてから通るぞ」

 

 

 まあ、私が罪深いのが悪いんだが。なんてさらりと付け足しイケメンスマイルを浮かべるウナに、タツミは心配するような呆れるような絶妙ブレンドの心情を体験するハメになった。

 

 男装しているわけでもないのに少年と勘違いされたままなダンピール少女ウナと、故郷を救うことを夢見て上京する少年タツミ。

 二人の出会いが、果たしてこれから何を巻き起こすのだろうか。

 

 

 





オリキャラ三人の容姿比較。

雲雀笛綸子(殺人鬼)……上の中。現実的な美形。チャラ可愛い系のイケメン。
ウナ=シルヴェストル(ダンピール)……上の上。神秘的な美形。凛々しい系のイケメンに見える美少女。
菘城(巫子)……上の頂上。幻想的な美形。言葉の限りを尽くしても表現しきれない系の美童。

上から美形・超美形・超絶美形という感じです。


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