クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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最終章 永遠語り
傷だらけのアリア


マナの光に包まれたセラは、空中を高速で移動する。

 

視線を先程までいた場所に向けると、ビルの屋上から眩いばかりの爆発の閃光が満ちる。眼を見開き、思わず手を伸ばした瞬間、マナの球体に亀裂が走る。

 

ノーマであるセラに、マナが拒否反応を起こし、息を呑んだ瞬間、マナが消失する―――

 

 

 

 

同時刻――――

 

ミスルギ郊外にある河川の底に墜落し、水没していたアイオーンの沈黙していたコンソールに光が走る。

 

機体に走る振動が水中に気泡を発生させ、アイオーンは戦闘モードへと変形する。

 

水中で四肢を震わせながら起動したアイオーンのバイザーに光が灯った瞬間、粒子が水中に満ちる。粒子が機体を包んだ瞬間、微かな気泡の飛沫を残し、機体が水中から消える。

 

 

 

 

マナがセラに反応し、光が消失して空中に身体が投げ出された瞬間―――頭上に粒子が満ち、光の中からアイオーンが現れる。

 

眼を見開くセラに、アイオーンのコンソールがさらに光を放ち、主不在のなか、『モード・ベリアル』を発動する。全身の装甲が変形し、真紅の粒子を放出しながら加速し、落下するセラに向かう。

 

セラに追いつくと、両腕を伸ばし、セラの身体を抱えた瞬間―――機体は再び消失する。

 

微かな粒子の残留を漂わせ、静寂が満ちるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日中の戦闘が終わり、夜の帳がミスルギ皇国を包み込む。

 

ミスルギ皇国の皇居の一室で、エンブリヲは椅子に腰掛けながら、虚空に向かって喋っていた。

 

「ラグナメイルコネクター、パージ」

 

エンブリヲの声が響くなか、それと同時に何かを叩く音が、その空間に響いた。

 

「っっ!」

 

痛みに堪えるサリアの苦悶が、続けて漏れ、羞恥に顔を染める。

 

サリアはエンブリヲの膝に四つん這いで覆いかぶさり、制服のスカートを脱がされ、露になったお尻に向けて、エンブリヲは軽快なリズムに乗るように再びサリアのお尻に手を振り下ろし、軽快な音とサリアの嚙み殺す苦悶が響く。

 

「耐圧核展開。ドラグニウムリアクター、エンゲージ」

 

だが、エンブリヲはサリアの痴態にも何の気にも留めず、次々に指示を出していく。

 

「D-ブレーン共振器、接続。全出力、供給開始―――」

 

エンブリヲの指示に伴って、シークエンスが進み、暁ノ御柱の奥深くのアウラを閉じ込める円柱の周囲に、取り囲むように配置されているラグナメイルが、共鳴するかのように光る。

 

そして、その光が暁ノ御柱まで届いた。暁の柱の表層に光が走り、夜に存在を浮かび上がらせる。その光景を脳裏に投影しながら、満足気に笑う。

 

「準備は整った――なぁ、サリア?」

 

自分の膝の上で醜態を晒すサリアに問い掛けながら、エンブリヲが再び彼女の尻を叩いた。

 

「うああっ!」

 

屈辱的な姿勢を取らされていても、サリアには抗うことができない。身体がその場に固定されたように動かせずにいた。

 

サリアには、この屈辱と羞恥にただ耐えるしかなかった。

 

「―――やれやれ…セラやアンジュを逃してしまったな」

 

「っ!」

 

サリアの感情を煽るように、エンブリヲが漏らすと、サリアは怒りの感情を宿す。唇を噛むサリアに、エンブリヲが淡々と問い掛けた。

 

「何故、アンジュを逃がした?」

 

サリアは答えない――だが、その表情からエンブリヲは見透かしたように言葉を続けた。

 

「嫉妬か? それとも恐れか?」

 

訊ねると同時に、エンブリヲが三度サリアの尻を叩いた。

 

「っ――どうして、どうしてセラやアンジュが必要なんですか!?」

 

顔を赤く染めたままサリアが、振り返るとエンブリヲをキッと睨み付けた。

 

「私はずっと、エンブリヲ様に忠誠を誓ってきました! エンブリヲ様のために戦ってきました! アレクトラではなく、貴方のために! なのに、何故!? 私はもう、用済みなんですか!?」

 

サリアの絶叫に、不安や怖れが混じる。

 

アレクトラに見限られ、全てを失って―――新しい『居場所』を得たと、仕えるべき人を見つけたと思っていたのに、また『喪う』のかと。

 

やるせない思いを吐露するも、エンブリヲにはまったく響かず、返答とばかりにお尻を叩く。

 

「くだらない――私の求める新世界を創るのは、強く賢い女達だ。だから、君達を選んだ。セラやアンジュも同じ理由だ」

 

呻くサリアに語気を強める。

 

駄々っ子を言い聞かせるように抑揚のない声で話し、そして視線を細める。

 

「愚かな女に用はない」

 

「っ!?」

 

何の感情も込められていない低い声――それは、サリアの感情を一気に冷えさせ、先程まで沸騰していた『それ』は、凍りついたように固まる。

 

刹那、エンブリヲはサリアの拘束を解き、立ち上がる。

 

解放されたサリアは受け身すらとれず、そのまま床に倒れ伏すことになった。だが、サリアはその場で小刻みに震えるだけ。

 

「セラヤアンジュは必ずまたここに来るだろう――私を殺すために」

 

頭上から掛けられる声に、先程と違い、悪寒がするほどのねっとりとした感情が混じる。

 

「サリア――君が本当に賢く、強いなら…やるべきことは分かるね?」

 

その声に、サリアはうつ伏せになって見えない床の上で唇を強く嚙み締め、ゆっくりとはだけていた下着を履き、立ち上がる。

 

そして、強張った面持ちのまま敬礼する。

 

「――二人を捕え、服従させます」

 

堪えながら、なんとか返したサリアにエンブリヲは微笑む。

 

「期待しているよ、『私』のサリア」

 

その響きが、かつて(アレクトラ)と同じで――サリアは怒りと悔しさ、そして激しい嫉妬を抱きながら唇を噛み、左手を握りしめた。

 

そんなサリアの感情に触発されたのか、ミスルギ皇国の空は薄っすらと黒雲に覆われていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスルギ皇国から離れた湾岸に浮上していたアウローラに、離脱したヒルダ達が帰還した頃には、既に陽が落ち、夜の闇が包んでいた。

 

ヒルダ達のパラメイルに続き、合流したサラマンディーネ達の龍神器も着艦し、機体の固定を急ピッチで進め、アウローラは速やかに回収を終えると、潜水にてミスルギ皇国より離脱した。

 

海中を航行する中、整備班はパラメイルの整備に大急ぎで取り掛かる。 

 

「レイザーは破損部の装甲を換装! ロザリー機は補給を最優先! ヒルダ機は、ダメージチェックを!」

 

『イエス、マム!』

 

メイが矢継ぎに指示を出し、それに従って整備班達は格納庫内を駆け回る。

 

怒号が木霊するなか、帰還したマリカがフラフラと機体から降りる。表情はどこか虚ろで、視線が定まっていない。

 

今になって、悪寒が全身を襲う。あの瞬間――一歩間違えれば、死んでいたかもしれないとようやく実感し、心臓が脈打つ。

 

「マリカ!」

 

不意に呼ばれた声に反射的に顔を上げると、先に帰還していたノンナとメアリーが駆け寄ってきた。

 

呆然となっていたマリカは二人に抱き付かれ、身体がよろめく。

 

「バカ! 心配したんだから!」

 

「勝手に行っちゃだめじゃない!」

 

涙目で怒る二人に、心ここにあらずだったマリカは、ようやく自覚が沸いたのか、顔を歪ませる。

 

「ゴメン―――」

 

罪悪感を覚えながらも、同期とこうしていられることに、マリカは二人に感謝した。

 

 

 

マリカ達の再会の横では、格納した龍神器からサラマンディーネが降り、視線を横に向け、カナメに支えられながら降りてくるリザーディアを見やる。

 

一糸纏わぬ姿に刻まれた傷跡に眉を顰め、そこへ待機していたマギーと救護班が駆け寄って来る。撤退のタイミングでヒルダが連絡を入れていたのだ。

 

カナメとナーガが、リザーディアを運ばれてきたストレッチャーの上に横たえる。体力の消耗が大きいのか、顔色は優れない。

 

「サラマンディーネ様――エンブリヲは、二つの地球を融合させようとしています」

 

「融合?」

 

苦悶を浮かべながらも、伝えねばと気持ちを奮い立たせ、サラマンディーネに自身が知り得た情報を告げる。

 

「制御装置である『ラグナメイル』、エネルギーである『アウラ』――エンブリヲは、この二つを使って、二つの地球を…時空融合させ、新しい地球を…ごほっ、っっ」

 

体力が限界に来たのか、咳き込むリザ―ディアに、マギーが制する。

 

「これ以上は無理だ、休ませるよ」

 

マギーと医療班がストレッチャーを押して、格納庫から出ていく中、入れ替わりにゾーラとジャスミンが入ってきた。

 

「ヒルダ、そっちがお客さんかい?」

 

「ああ」

 

サラマンディーネ達の前に立ち、不敵な笑みを浮かべながら、手を差し出す。

 

「初めまして、『臨時』司令を任されているゾーラだ」

 

「こちらこそ、お会いできて光栄ですわ」

 

互いに腹の内を探り合うような視線で、握手を交わす。そして、一行は格納庫に備わった休憩所に場所を移し、挨拶もそこそこに互いの情報を交換する。

 

そして、エンブリヲの目的について、サラマンディーネがこれまで得ていた情報と、リザ―ディアから先程聞かされて確信を持った内容を告げた。

 

「二つの地球を――融合?」

 

「ええ、それがエンブリヲの目的です」

 

「なんとも現実味のない話だねぇ―――そんなこと、どうやってやるんだい?」

 

ゾーラやヒルダ、他の面々も困惑を隠せない。だが、ジャスミンだけは何か思い当たることがあるのか、難し気に顔を顰めている。

 

「リザーディア――彼女からの情報では、制御装置であるラグナメイルと、エネルギーであるアウラ。この二つを用いて、エンブリヲは二つの地球を時空ごと融合させ、新しい地球を創るつもりなのです」

 

「そうなったら、あたし達の世界は―――」

 

ヒルダが想像したくもないような結末を思い浮かべ、思わず口を噤むが、サラマンディーネは抑揚のない声で表情を顰める。

 

「二つの世界が混ざり合えば、全てのものは破壊されるでしょう―――」

 

先の都における時空融合による事象――混ざり合った世界の中に取り込まれた者は、無機物と一体になり、死を迎える。

 

もし、時空融合が完全に行われれば、両方の地球の生命は例外なく、死を迎える。

 

「急がねばなりません――司令官殿」

 

決然とした面持ちで背筋を伸ばし、ゾーラとヒルダに向かい合うと、サラマンディーネは口を開いた。

 

「我々アウラの民は、ノーマとの同盟締結を求めます」

 

その言葉にロザリーは眼に見えて動揺し、ヒルダやゾーラは気難し気に眉を顰める。

 

「悔しいですが、我々の龍神器だけでは、エンブリヲの防衛網を突破するのは困難――それは、貴方方も同じはず」

 

先も奇襲を衝いたが、それでもラグナメイルによる防衛網を突破するには至らなかった。戦力的にも厳しいと言わざるを得ない。

 

「確かに――あたしらだけじゃ、連中のラグナメイルに手も足も出ねえ」

 

サラマンディーネ以上に、ヒルダも悔しさを滲ませる。クリス一人を相手に、ヴィヴィアンも加えて3人がかりでも太刀打ちできなかった。

 

そう思えば、ドラゴン以上に戦力では敵わない。

 

「ゾーラ、あたしはこの同盟、結んでもいいと思う」

 

ヒルダの言葉に、ゾーラも真剣な面持ちで頷く。

 

既に一度、その判断はあった――ジルの横槍で潰えてしまったかのように思っていたが、ゾーラ自身もこの選択が最良だと感じていた。

 

「そうだな――それが一番ベストな手だね。いいよ――よろしく頼むね」

 

これまでの確執は確かにある――だが、今は世界が滅ぶかどうかの瀬戸際だ。過去の私情は一旦しまい、ゾーラが応じる。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、事を起こすのはセラやアンジュを連れ帰ってからだ」

 

同盟はなったとしても、この戦いの要になるのは、あの『二人』だ。ヒルダ達の話によれば、脱出したかに思えるが、未だ連絡が取れない。

 

合流ができていないだけなのか、それともまた捕まったのか――どちらにしても、まずは二人の所在を確認するのが先決だった。

 

サラマンディーネも頷こうとするが、そこへ別の声が割り込んだ。

 

 

《おや? セラとアンジュは戻っていないのかね?》

 

 

聞き慣れぬ声に、その場の全員が、声のした方に顔を向けた。すかさず、バルカンがジャスミンの傍から鋭く唸りながら、警戒心を剥き出しにして睨みつける。

 

通路の奥から人影が歩いてくる。

 

「監察官?」

 

その人物の顔が見えた瞬間、ゾーラが眉を顰めた。現れたのは、エマだった。だが、表情がまるで人形のように固まっている。

 

 

《やれやれ、何処に行ってしまったのやら――我が花嫁達は》

 

 

無表情のエマから、明らかに異なる声が聞こえる。だが、エマ本人の口は動いていない。

 

「どうなってんの? 監察官さん?」

 

「違います、あれは!」

 

首を傾げるヴィヴィアンを、サラが制した。エマの腕が動き、彼女の横にマナのウインドウが開き、そこに人影が映る。 

 

「エンブリヲ!?」

 

映る人物にサラマンディーネが、驚きの声を上げ、緊張が走る。

 

「エンブリヲだって!?」

 

「こいつが!?」

 

因縁の相手にジャスミンは顔を険しくし、ヒルダ達も初めて見る顔に眼を見開く。刹那、バルカンがエマに飛び掛かるが、エマはこともなげに一蹴する。

 

弾き飛ばされ、壁に身を打ち付けるバルカンにジャスミンが駆け寄る。

 

「バルカン!」

 

「トチ狂ったか、テメェ!」

 

ヒルダが銃を抜き、構えようとするが、サラマンディーネが刀でそれを制した。

 

「彼女は、操られているだけです」

 

「何?」

 

困惑するヒルダを横に、サラマンディーネはエンブリヲに対峙する。知ってはいるが、実際に顔を合わせるのはこれが初だ。

 

「逃げられた女に追いすがるなど、無様ですわね――調律者殿」

 

嘲るように揶揄するが、エンブリヲは動揺も見せず、軽く肩を竦める。

 

 

《ドラゴンの姫か――先は残念だったな》

 

 

サラマンディーネのジャブに、エンブリヲは逆にストレートを返す。二度の奇襲の失敗――サラマンディーネは内心に歯噛みするも、決して表には出さずに不敵に笑う。

 

「焦らずとも、すぐに『セラ』と共に伺いますわ。その首、もらい受けに」

 

敢えて強調するように返すと、エンブリヲも興味深く笑う。

 

 

《ほぉ――》

 

 

これ以上の会話は無用――と、サラマンディーネはエマに向かって、声を浴びせかける。

 

その雄叫びは、エンブリヲのマナのウィンドウを粉々に粉砕し、支配下にあったエマの眼にハイライトが戻ると、意識を取り戻してその場に倒れ伏し、気を失った。

 

「司令官殿――エンブリヲは、形振り構わずセラやアンジュを捜しているようです。その目を搔い潜り、二人を探しださねばなりません」

 

エンブリヲの登場には驚いたが、同時にセラとアンジュがまだその手元に落ちていないことを確認できたのは僥倖だ。

 

「分かってるよ、てめえに言われなくてもな」

 

一応の協力は受け入れたが、どうにもこの尊大な態度が気に食わず、やや乱暴な口調で返す。そんなヒルダの様子に微笑を浮かべる。

 

「それに、心配は無用でしょう―――必ず、帰ってきますよ、アンジュも―それに、セラも」

 

確信を持ったように断言するサラマンディーネの表情に、なにか『カン』に来るものがあったのか、ヒルダは眉を吊り上げる。

 

「なんでてめえに、そんな事が言えんだよ!」

 

「―――『友』ですから」

 

絶対的な信頼を込めながら、サラは不敵な笑みを浮かべて、そう答えたのだった。

 

 

 

 

 

マナの受信が切れたのを確認し、エンブリヲは悪態を零す。

 

「やれやれ…野蛮な女だ」

 

ミスルギ皇居の一室で、エンブリヲは溜め息をつくと、一冊の本を広げて読書に耽る。なにはともあれ、セラとアンジュはアウローラにも合流していない。

 

それを知れただけでも、面倒な連中の相手をした甲斐があると、ミスルギ皇国周辺を飛び回っているピレスロイドに引き続き捜索を指示すると、気分を落ち着かせようとする。

 

だが、その時間を遮るように、部屋のドアが不意に開いた。

 

「ん?」

 

エンブリヲが本から顔を上げて、視線をドアの方向に移すと、そこには悲痛な表情を浮かべて佇むエルシャの姿があった。

 

その手には、先の戦闘で犠牲になった少女達の血まみれの衣服があった。

 

「エンブリヲさん……」

 

「どうしたね、エルシャ?」

 

暗い表情の中、縋るような声を出すエルシャに、エンブリヲは優しく声を返すと、泣きそうな眼を堪えながら、手の中の服を握りしめる。

 

「幼稚園の…子供達が―――」

 

「ああ、それがどうかしたのかい?」

 

戦闘後、エルシャは必死に救助活動を行おうとしたが、爆発を眼前で浴びた少女達は悲惨な状態だった。

 

手足が喪失しているのは、まだいい方。中には、人の姿を留めないほど吹き飛んだ者もいた。まさにこの世の地獄―――アルゼナルでの光景を思い出したエルシャは、半狂乱になりながら生きている者を探したが、全員が息絶えていた。

 

悲しみに包まれたエルシャは、そのままエンブリヲの元までやって来た。 

 

「あの子達を――また、生き返らせてください」

 

懇願するように絞り出した願いに、エンブリヲは目に見えて大仰に溜め息を零した。

 

「それはできない――」

 

そして、面倒だとばかりに拒絶した言葉が信じられず、エルシャは呆けたように顔を上げる。

 

「えっ―――」

 

「新しい世界は新しい人類のもの――あの娘達は連れてはいけないんだ」

 

エルシャは、エンブリヲが何を言っているのか理解ができなかった。いや、理解しようとする思考が働かなくなっていたのだ。

 

「そんな――」

 

エルシャが再度頼もうとするが、それを遮るようにエンブリヲは穏やかな微笑を浮かべる。

 

「あの子達のことは忘れたまえ。それよりも、君には新たな世界で、新たな人類の『母』になってもらいたい。理解(わか)ってくれるね、エルシャ?」

 

告げられた内容に、エルシャは衝撃を受け、持っていた衣服を落としてしまう。

 

「いや――いやぁっ!」

 

理解を拒んでいた頭が、エンブリヲの言葉を理解させた瞬間、エルシャは恐怖と怒り、悲しみといった様々な感情がごちゃ混ぜになり、悲痛な声を上げる。

 

 

―――子供達を忘れる?

 

――――新たな『母』?

 

 

脳裏に死んでいった少女達の顔が幾度も過ぎり、エルシャは反射的に駆け寄り、エンブリヲの足元に跪き、縋るように懇願する。

 

「あの子達は! あの子達は、私の全てなんです! 私はどうなっても構いませんから、どうか――!」

 

取り乱して縋るエルシャを、エンブリヲは煩わしい表情を浮かべ、エルシャの眼の前で手の平を広げる。

 

「がっ! ぐっ! あぁ……」

 

刹那、エルシャは首を握り絞められるような感覚に襲われ、呼吸が苦しくなり、苦悶の表情を浮かべた。そして、身体がゆっくりと宙に吊し上げられる。

 

「もう少し物分かりのいい女だと思ったが――所詮、この程度か」

 

失望を含んだ蔑んだ眼で見ながら、エンブリヲは腕を下に振り払う。

 

同時に、エルシャの首を絞めるような感覚が消え、床に倒れ伏す。咳き込んで、苦しむエルシャにエンブリヲは見下しながら吐き捨てた。

 

「勘違いしているようだが、あの娘達が死んだのは、君らが原因だ。なら、責任は君にあるのではないかね?」

 

背中越しに掛けられた言葉に、エルシャがハッと我に返る。 

 

「これ以上、無駄な手を掛けさせないでくれ。私は忙しいのだよ――」

 

もう話すことも無いのか、エンブリヲは立ち去り、残されたエルシャはショックを受けたような表情で、ぐちゃぐちゃになる感情のなか、声を押し殺して、哭くことしかできなかった。

 

 

 

 

海中で息を潜めるアウローラの一室に、ジルは閉じ込められていた。

 

先の脱走の一件と過去の真実から、既に指揮権を失ったジルの許にジャスミンが訪れた。怪訝そうになるジルに、ジャスミンは先にミスルギ皇国における作戦と結果を伝えていた。

 

「ミスルギでヒルダ達を追い詰めたのは、クリスらしい――」

 

ヒルダ達3人で挑んだ救出作戦だったが、結果は失敗――そして、ヒルダ達はクリス一人を相手に完全に抑え込まれ、さらには逆に追い詰められた。

 

「ヒルダ達相手に互角に立ち回って、新兵も一人やられかけた――ドラゴンの助太刀が無かったら、あいつらもヤバかったかもね」

 

その言葉が、どこか過去のジルの判断を責めているように聞こえ、ジルは顔を顰める。

 

「エンブリヲの部下は優秀だね―――兵隊も、『隊長』さんも」

 

「――何が言いたい?」

 

いい加減痺れを切らしたのか、ジルが憮然とした表情で口を開いた。

 

「サリアにもっと優しくしていれば、あの子が敵になることはなかったんじゃないか――ってね」

 

ジャスミンはため息混じりに告げ、立ち上がるとジルを一瞥して、部屋を出て行った。その後を、バルカンがついていく。

 

残されたジルは、子供が拗ねるように、顰めっ面を浮かべることしかできなかった。

 

背もたれに体重を預け、無機質な天井を見上げながら、ジルは過去に思いを馳せる。

 

エンブリヲに堕落させられた自分を助け出すために犠牲になった仲間達――その犠牲と己の右腕を喪い、ボロボロになった自分を励ますように告げた言葉―――

 

 

『私が、アレクトラの仇を討つんだから!』

 

 

幼いながらも、決意を込めて誓った言葉が、ジルの脳裏を過ぎる。

 

そして、アルゼナルの崩壊で泣きそうになりながら、必死になる顔が浮かび、それから眼を背けるように顔を俯かせ、唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

薄暗い雲がミスルギ皇国全体を覆い、鬱蒼とした雨を降らせていた。

 

そんな雨の中、エルシャは一人ずぶ濡れになりながら、庭の一画に穴を掘っていた。涙が雨といっしょになって、エルシャの顔を流れ続けている。

 

「全部、嘘だったのね―――」

 

一心不乱に掘り続けながら、エルシャはエンブリヲの言葉を反芻させる。

 

アルゼナルで子供達を生き返らせた時に掛けられた言葉―――目の当たりにした奇跡に、エルシャは強く惹きつけられた。

 

だからこそ、その手を取った―――それが、正しい道と信じて。 

 

「平和な世界も、平等な暮らしも、何もかも――」

 

それは、エルシャの都合のいい夢想でしかなかった。子供達を生き返らせたのは、エルシャを従わせるための手段でしかなかった。

 

最初から、子供達を見捨てるつもりだったのだ――もし、その時が来てその現実を知ったとき、エルシャはきっと狂っただろう。

 

どうしようもなく己を責めただろう――己自身の犯した罪に。

 

止まることなく流れる涙が、雨と共に頬を伝り、思わずそれを拭った。

 

「ごめんね、みんな――ごめんね………」

 

子供達の『死』が、エルシャにそれを教えてくれたのは、なんて皮肉だろう。

 

許しを請いながら、エルシャは穴を掘り続けた。

 

子供達をせめて弔うために――同時に、『彼女』の言葉がエルシャのなかに木霊する。

 

「あなたの言う通りだった―――ごめんなさい、セラちゃん…私、馬鹿だった―――」

 

自身の愚かさと、子供達を失った絶望――それらに懺悔しながら、雨に打たれながら、エルシャはその後も延々と穴を掘り続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳が包む海上を、飛行する一機の飛行艇。

 

操縦シートには、タスクが強張った面持ちで座り、計器を見ながら操縦桿を操っている。その後ろで意識を失ったアンジュを、モモカが労わるように抱き締めている。

 

タスクとモモカ――二人の顔には、疲労とやるせない気持ちがありありと浮かんでいる。

 

ミスルギ皇国から離脱した彼らは、アウローラとの合流を果たせず、そのままタスクがかつて身を隠していた無人島に向かっていた。

 

やがて、完全に陽が落ちるといったタイミングで到着し、無人島へと降り立った。着陸した瞬間、それまで抑えていた疲労が一気に全身を襲い、タスクもモモカも強烈な虚脱感に包まれる。

 

だが、なんとか気力を振り絞って飛行艇から降り、モモカがアンジュに肩を貸しながら、奥のタスクが使っていた洞窟へと向かう。

 

タスクもモモカも大きく傷つきながらも、なんとかここまで逃げてきたのは、セラに託されたからだ。

 

「モモカ、アンジュをベッドに…」

 

「はい……」

 

それだけ伝えると、タスクは腰が抜けたようにその場に座り込み、モモカはアンジュをベッドに横たえようとする。

 

「ん――」

 

その時、不意にアンジュが意識を取り戻し、瞼が動く。

 

「アンジュリーゼ様、気づかれたのですね?」

 

「モモカ……?」

 

意識を取り戻したアンジュは、傍で疲れたような笑顔を浮かべるモモカに、意識が覚醒してくる。そして、意識を失う前にあった記憶を辿ろうとする。

 

「私――……」

 

やがて、フラッシュバックのように記憶が再生されていく。

 

 

 

――――自身やモモカ、タスクを逃すために独り残ったセラ。

 

――――『生きろ』と伝えた声。

 

――――爆発に包まれる光景。

 

 

 

それらが次々に浮かび、アンジュの真紅の瞳が揺れる。身体が震え、眼の焦点が合わなくなってくる。

 

「アンジュリーゼ様? いかが――」

 

「セラは――?」

 

モモカの気遣う声を遮り、アンジュは迷子のように訊ねた。

 

だが、その問い掛けにモモカもタスクも言葉を詰まらせ、そして苦々しく視線を逸らす。二人の脳裏にも、アンジュと同じ光景が過ぎる。

 

そして、セラを犠牲にして、ここまで逃げてきたこと――『アンジュ』を託されたことが、二人に重く圧し掛かっていた。

 

二人の表情から、アンジュも薄々と察し、そしてそのままベッドに座り込む。震える両手を見つめ、アンジュの眼が霞んでくる。

 

「私、また貴方に助けられた……いつも、私を護ってくれた――――」

 

アルゼナルでの出会いから、ミスルギ皇国での救出、そして今回―――数えきれないほど、アンジュはセラに助けられてきた。

 

それが嬉しかった、それが愛しかった、それが苦しかった―――胸の奥を鈍い傷みが何度も抉る。

 

「なのにっ、私なにもできなかった! なにも、貴方に返せていない―――っっ」

 

自分でも分からなくなる、あの直前の『己の愚行』―――最期までアンジュのことを想って犠牲になった妹に、アンジュは決壊したように涙を流した。

 

「なんで、なんでなのよ! なんで、私だけ生きてるのよ―――――――っっっ」

 

彼女が隣にいない―――その事実がアンジュを深く傷つけ、アンジュは慟哭を上げる。

 

モモカは思わず慰めようとするが、眼に入ったタスクが苦しそうに首を振る。今の自分達に、彼女を慰めるような資格はない。

 

二人もまた、悲痛な面持ちで俯くしかなかった。

 

無人島にアンジュの慟哭が響く。その哀しみが引き寄せたのか、無人島には雨が降り注ぐ。まるで、今のアンジュの心を表すように―――――― 




今回より最終章に入ります。
これから、決戦からラストまで伏線も回収しつつ、頑張りますので、気長にお付き合いください。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き
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