運命を切り拓くだけの簡単なお仕事   作:白鷺 葵

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0-8.過去に思いを馳せつつ新しい一歩を踏み出すだけの簡単なお仕事

2009.6/13 朝

 至と千影の家/リビング

 

 

 

「いつでもにいさんは水臭いですよね。まぁ、昔からなんですけど」

 

 

 朝食のコーンフレークを食べ進めながら、千影が苦笑した。どこまでも真っ直ぐな――そして自分を捉えて離さぬ薄紫苑に、至は気まずくて目をそらす。

 彼には敵わない。いくら至が誤魔化そうにも、すぐに隠し事を察知し、逃げ道を塞ぎにかかる。敵に回したくない人間とは千影のことを言うんじゃなかろうか。下手すれば至よりもタチが悪いかもしれない。

 

 こいつはきっと将来大物になるだろう。それこそ、桐条グループや南条コンツェルンを揺るがしかねない程の。

 

 

「にいさんに似たんですよ」

 

「……おかしいな。俺はまだ何も言ってないんだが? てか、人のモノローグ読むな」

 

「貴方の背中を追いかけ続ければ、誰だって何かしらの影響受けますって」

 

 

 「僕はそれが顕著なだけです」――満面の笑みで千影は告げる。ああ、そういえば、転校先の自己紹介はいつも「好きな人:家族、好きなこと:家族の手伝い、好きなもの:家族の作った料理、嫌いなもの:家族に危害を加える現象・人間すべて」と答えるような性格だったか。

 このままいけば大学や会社での自己紹介もこれで通す危険性がある。いや、多分そんなに目立つような問題に発展するとは思わない。思わないが、何だろう。……ちょっと、言葉にできない不安のようなものが湧いてくるのだ。

 テーブルの上に置かれたボイスレコーダー。つい先程まで、昨晩航と交わした会話が再現されていた。放課後特別活動部に協力する代わりに、桐条側から情報提供を要請する――そこまでは、あまり重要ではないのだ。問題なのは、その先である。

 

 『千影には内密にしておくべきだ。一歩間違えれば、望まぬ戦いを強いることになる』『当たり前だ』――航の言葉に対して即答した、至の声。

 

 その部分を重点的に再生しながら、千影は微笑んでいた。「僕をのけ者にできると思っていたんですか、にいさん?」――おかしいな、笑顔が怖い。背後に、彼が呼び出せうる全てのペルソナを背負っているかのような殺気が漂ってくる。

 特に殺気を放っているのは白銀の狼――フェンリルだ。ラグナロクで最高神オーディンと対峙し、それを飲み込むほどの強さを持っていた狼である。アルカナはWheel of Fortune(運命)であり、彼の所持するペルソナの中では最強を誇るペルソナであった。

 

 

「僕たち、家族じゃないですか」

 

「そりゃあ、そうだけど。……お前、戦うの好きじゃないだろ?」

 

「むやみに暴力で解決しようとするのが嫌なだけです。戦いそのものを否定してる訳ではありません」

 

 

 フレークを食べ終えて、残っていた牛乳を飲み干す。まるでラーメンの残り汁を飲み下すかのような勢いと体勢で、だ。

 どん、と、叩きつけるかのように器を置く。千影が不機嫌になると、持っている物をぞんざいに扱う傾向があった。主に、食べ物や食器・置物などがそれに該当する。

 

 ――うん、怒ってる。間違いなく怒ってる。

 

 どこまでも強いまなざしを向け――けれど笑みは一寸も崩さない千影の様子に、至は大きくため息をついた。彼は超がつく程頑固者でもある。一度決めたら絶対に引かない。千影は法王アルカナの持ち主ではないし、法王アルカナに適性があるわけではないのに、だ。

 ……そういえば、sword()には勇ましさとか激怒、あるいは失望ってのがあった。pentacle(金貨)には家族、自らが所有するものに対する強い執着という意味もあったか。もしかしたらそれが化学変化した結果なのかもしれない。

 まぁ、アルカナがすべて正しいと言うわけではない。あくまでも“その人物が持ちうる運命・性格的なもの”を端的に示しただけなのだ。万物に当てはまる事象など、そうそう存在していないのが当たり前である。

 

 にこにこにこにこ。

 その擬音と共に、どすどすどすどすという擬音――視線が突き刺さる音も聞こえてきそうだ。

 

 

「……わかった、わかったよ。チカ、お前にも協力してもらう。――いいな?」

 

 

 そう言って両手を挙げれば、千影はパァァァァァッ!!! と、表情を輝かせたのだった。

 

 

 

 

 

【0-8.過去に思いを馳せつつ新しい一歩を踏み出すだけの簡単なお仕事】

 

 

 

 

 

同日 夜

 巌戸台分寮/ラウンジ

 

 

 

 

 この場にいる全員の視線が、突き刺さらんばかりの勢いでこちらに向けられている。至はそれをひしひしと感じていた。おそらくは、隣にいる千影もだろう。しかし、至からしてみれば今朝の千影が向けてきたものの方が恐ろしかった。威力的な意味で。

 「いやぁ、新戦力が一気に増えたねぇ!」――仲介役の理事長・幾月はへらへらと笑っていた。どうしてだか、至には幾月の笑みが好きになれない。なんとなくだが、どこか狂気のようなものを感じる。声を大きくして言えることではないのだが。

 むしろ“奴”に近い、そこはかとなく邪悪な気配を感じるのだ。何故だろうか考えてもわかりそうにないので、この場は保留という事にしておこう。至はそう結論付ける。

 

 そんな幾月の言葉をぶった切るようにして、千影がさらさらと自己紹介を始めた。淀みないその口調と話し方に、陽向以外の面々は少々圧倒されているらしい。

 立石に水という表現がぴったりなくらい流暢なのだ。しかも完全な敬語だ。物腰は柔らかいのに、決して折れぬ芯の強さや凛々しさが宿っている。

 

 

「至にいさんやひなに比べるとまだまだ未熟者ですが、どうかよろしくお願いします」

 

「もう! チカは謙遜しすぎだよ。ペルソナ覚醒歴でいえば、圧倒的に私の先輩じゃない」

 

「ですが、実戦経験はそんなに積んだことないんですよ。珠閒瑠市や冬木市で起きた事件以来、まともに戦闘した事なくて……」

 

 

 完全に身内話である。美鶴や明彦、ゆかりや順平、風花らなんて蚊帳の外状態だ。

 

 が、2人の会話から「千影は相当の手練れ」であることを察したらしい。顔を見合わせ、千影に視線を戻して――それを何度か繰り返していた。

 彼らの様子を見守りつつ、至も自己紹介を行う。ペルソナ能力歴は10年目、表面上は自称探偵、その正体は南条コンツェルンがバックに控える“対怪異調査員”。簡単に言えばエージェントに近いようなものだ。

 ぶっちゃけ、圭に実力(?)を見出されて信頼されたために、この職業を斡旋してもらえたのだ。諸事情により金銭的に苦しさを感じていた時、彼は絶妙なタイミングで助け舟を出してくれたのである。

 

 持つべきものは友人だ。それを、聖エルミン時代に身に染みる勢いで至は学んでいる。

 御影町の一件だけではなく、その後に起きた恐怖の三角州(トライアングル)――修羅場で。

 

 ああ、あの時――麻希と英理子に「永世中立」と答えたために酷い目にあった時――は、玲司や正男、秀彦や圭が必死になって麻希と英理子を食い止めてくれたっけ。

 レイピア片手にウォフマナフを背負った英理子と、トイレのつまりを直す時に使う吸盤(しかも使用済み)を弓につがえスクルドを背負った麻希が不気味に笑っていたのが印象的である。2人が背負うペルソナは、己の適正アルカナの中で最強を誇るものたちであった。

 終いには優香やゆきのも参戦し、びっくり大怪獣ショー的な器物破損をやらかしてくれたか。玲司が降魔したルシファー(レベル99)が一撃で消し飛ばされたり、圭のヤマオカさんが絶句してたり、秀彦がパラスアテナと共に悲痛な雄たけびをあげていたり――ともかく、「何がどうしてこうなった」くらい収拾がつかなくなったのである。

 

 ちなみに、その根本的原因である航は、最後の最後――ぶっちゃけ、現在進行形で首をかしげている真っ最中だ。

 

 自分があの2人に好かれていることなど知る由もない。ついでに、自らフラグをバッキバキに折りまくる。彼にとって麻希と英理子は「大切な戦友」止まりなのだ。

 恋愛方面に発展する気配はなく、おそらく恋愛方面について覚醒する気配も皆無。朴念仁にも程があるだろうが。本当に、早く決着つけてくれないだろうか。巻き込まれて貧乏くじを引きまくるのは他でもない至なのだ。

 

 

「い、至さん? どうかしたんスか? なんか、すっごい遠くを見つめてましたけど……」

 

「いやー、仲間や友人っていいものだよなァって思い返してたの」

 

 

 順平の問いに、至は曖昧な笑みを浮かべておく。あまり詳しく話してしまえば、おそらく彼は耐えられないような気がしたから。だって、似たような性格だった秀彦や正男がメンタルブレイク引き起こして鬱になりかけていたほどだし。

 疲れ切った秀彦&パラスアテナと正男&シヴァの姿。あの痛々しさは絶対に忘れられるはずがない。あと、ぼろぼろになりながらも至を守ろうとしてくれた玲司&ルシファーと圭&インドラ+ヤマオカさんも。

 

 

「それじゃあ、国光くんは2階の最奥の部屋だね。ええと、空本くんはラウンジにある受付の奥部屋だ。建前上“寮母”なので、その部屋を使ってもらうことになるが……」

 

「了解っす。……ああでも、南条くんから借りた家はそのままにしとくつもりなんで。あちらとこちらを行き来する形で構いませんか?」

 

「うーん……わかった。それで構わない」

 

 

 幾月はどこか不満そうだったが、最終的には頷いてくれたようだ。

 

 寮母専用の部屋は、この分寮の中で1番広い。しかし、それでも至にしてみればまだ「狭い」のだ。資料を保管する棚やカスタマイズしたデスクトップPCを置けば、あっという間にスペースが足りなくなってしまう。

 おまけに資料だって入りきらない。何故なら棚が入りきらないから。文字通り足の踏み場もなくなってしまうだろう。それは、至にしてはとても困る事態だ。どこに何があるか分からない――下手すれば情報漏えいに陥ったり、肝心な証拠を失ってしまう事になる。

 そんな致命的なミスのせいで陽向や千影たちに何かあったら、それこそ「どうやって償えばいいのかわからない」。自分も江古田と同じ轍を踏んでしまう。それだけは絶対に嫌だ。至は心の中でうんうん頷いた。

 

 

「これからよろしくな」

 

「はい! よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いしますよ、至さん!」

 

 

 面々が笑い、頷く。彼らからも、至や千影が加わることに関する異論はないようだ。新たな仲間として受け入れられたことに安堵する。

 そういえば珠閒瑠で克哉や舞耶たちとも、紆余曲折会った挙句、最終的には仲間として迎えてもらえたっけ。――懐かしい。もう8年も経過していたのか。

 平行世界の自分も、紆余曲折や様々な偶然が重なった結果、“彼等”を仲間として見ていたか。間接的にしか知らないけれど、おそらくその時も今と同じ気持ちだったに違いない。

 

 まだまだ未熟な後輩たち。可愛い可愛い後輩たち。――次世代のペルソナ使いたち。

 

 先輩として守らねばならぬ“未来の紡ぎ手”たちだ。至は気合を入れるように、ひとり小さく頷く。そうとは気づかれぬほどに。

 今度こそ、ちゃんと守り抜けたらいい。平行世界の自分が“彼等”と共に歩めなかった道を、至は歩いていくことになる。

 

 「大人」が役に立たないと嘆いた少年は今、役に立たないと嘆いていた「大人」になった。どんな大人になるべきなのか、どんな大人になりたいのか。至は今でも、まだ悩んでる。

 唯一の指針は“子どもを絶望させない大人になる”くらいか。そうなるためにどうすればいいか――至は、未だに答えに至っていない。見つけられる気もしない。

 それでも諦めたくないのだ。どうしようもない壁にぶつかっても、それを「はいそうですか」と受け入れて絶望できる程、至は人間が出来上がっていないし達観もできない。

 

 諦めないことに、諦めたくないと強く思うことにこそ、きっと意味がある。それが起こした“奇跡”や“希望”を、至は“彼”から教わったのだ。あの日々も、あの答えも、未だ色あせることはない。今も、そしてこれからも。

 未だ興奮冷めやらぬといった様子で話しかけてくる順平やゆかり、明彦や風花らの質問やら話題やらに答えたり乗ったりしながら、至はそんなことを考えていたのだった。

 

 

 

 

(……しかし、難なく迎え入れてもらえてよかった)

 

 

 件の『保険』を使わなくて済んだことに、至は心の中で安堵していた。

 勿論、その資料は『保険』なので、これからも処分せず、一定期間で改訂しながら残し続ける予定だが。

 

 

 

 

 

 

 

$$$

 

 

 

2009.6/14 夕方

 辰巳ポートアイランド

 

 

 

 

 

 人込みの中で見かけたのは、先日首実検に協力してくれた(?)少年・荒垣 真次郎だった。

 見知った顔が自分の目の前を通り過ぎると、声をかけずにはいられない。

 

 

「ガッキーガッキー荒垣くーん!」

 

 

 至の声に気づいたらしく、彼はほんの一瞬こちらに視線を向ける。が、我関せずとでも言うかのように早足で素通りしていった。

 勿論、このまま流す至ではない。これでもかと言わんばかりに声を張り上げ、手を振りながら駆け寄った。それを察知した真次郎は、ものすごく嫌そうに眉を顰めて歩調を速める。

 ローヒールブーツがレンガを蹴る音がコツコツと響く。それは次第に速度を増し、ついにはカンカンカンカンと険しいものになった。つまり、2人とも全力疾走になったのだ。

 

 傍から見ればバカらしい光景だろう。しかし、至は至って真面目なつもりである。おそらくは、逃げている真次郎も。

 

 

「あぁぁぁぁらがぁぁぁぁっきくぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 

「だぁぁぁしつけぇ、ついて来んなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 この時間帯に路地裏でたむろっている人間たちは、おそらく絶句しているに違いない。

 サトミタダシの回し者・至と、ここに独り佇んでいるツキ高生・真次郎が、大声でシャウトしながら駆け回っているのだ。どこからどう見ても珍妙な光景である。

 

 普段の思考回路だったらそう判断しているであろう至だが、ここでは絶賛当事者だ。そして、当事者は得てして「当事者故に思考範囲が狭く、短絡的で愚行に走りやすい」ものである。

 ついでに部外者は基本無干渉を貫くものだ。つまり、追いかけっこに興じる2人を止めようなどという良心的且つ行動的な人間は、この場に存在していない。あるのは「ままー、あの人たち……」「しっ、見ちゃいけません!」的な考えだけだ。

 

 どれくらい追いかけっこを続けただろう。追われる側も策を練ってきたようで、人込みに紛れたりフェイントを使ったりの行動を取り始める。至もそれに食い下がった。

 しかし、思う。これでは埒が明かないな――至はわざと歩調を緩やかにし、ついに足を止めた。あっという間に真次郎の背中は人込みに溶けて消えてしまう。勿論、打開策はある。

 即座にペルソナの共鳴を行えば法王アルカナの主(真次郎)がどの地点を移動しているかすぐに分かった。どうやら、裏路地近くのベンチに腰かけて休んでいるらしい。

 

 極力自分の共鳴現象を抑えながら、ゆっくりと真次郎の背後から近づいていく。そして――

 

 

「逃げるなんて酷いぞ荒垣くん」

 

「うぉぉぉ!?」

 

 

 ひょっこり顔を出せば、真次郎はあわやベンチから転がり落ちそうな勢いで飛び上がった。

 極力こちら側の共鳴現象を殺していたとはいえ、そこまで驚くことはないだろうに。

 

 

「アンタ、諦めたんじゃなかったのかよ……!?」

 

「おたくの持ってるペルソナの共鳴現象を使えば、どこに逃げようがすぐにわかるようになってるんだよ。……ペルソナの共鳴現象。ペルソナ使いには必須の知識だぜ?」

 

 

 ポケットからカードを取り出す。煩わしい位に輝くカードに示されたアルカナは法王。真次郎のペルソナが持つ属性だ。

 

 にやりと笑えば、彼はしかめっ面を浮かべた。眉間の皺が一段と深く刻まれる。「――で、何の用だ」――声のオクターブが下がった。明らかにイライラしてる。

 「この前の礼がしたかった。あの時は本当にありがとう」――そう告げれば、真次郎はぱちくりと目を瞬かせた。すぐに合点がいったのか、だから俺は何もしてないと頑なに呟く。

 

 

「そんなことない。君が協力してくれなかったら、影時間内にふらふら歩いている女子高生が森山さんだって気づかなかった。もしそのままだったら、デカいシャドウに美鶴ちゃんや岳羽さんがやられてた可能性だってあったんだ。だから、全部荒垣くんのおかげだよ」

 

「……アンタ、桐条の知り合いなのか?」

 

「ああ。何度か会合で顔を合わせてる程度だけどね。南条くん――ああ、俺の同級生で上司で南条コンツェルンの元締めやってるんだけど、弟共々社交界に引きずり出されたのがきっかけでさー。それからの付き合いなんだ」

 

 

 

「……なるほど。アンタが桐条の言ってた“王子サマ”ってトコか……」

 

 

 

「え、なに? なんか言った?」

 

「いいや、なんでもねェ」

 

 

 真次郎はふいっと視線をそらす。

 

 「話はそれだけか」――彼はぶっきらぼうに言って、至を睨んだ。相変わらず野良犬を相手にしている気分になる。

 しかも、心的な傷を抱えているタイプのだ。人に慣れるまで、すっごい時間がかかる子。

 

 その分、懐いてくれた時の喜びは半端ではない。特に、千影や陽向でそれを実感している。

 至に引き取られた当初は、借りてきたペットみたいにびくびくしていたのだ。それが今では「至にいさん」と呼んでくれるようになった。嬉しい限りである。

 どうやらその思考回路がダダ漏れしていたようで、真次郎が怪訝そうに表情を引きつらせていた。どことなく居心地が悪そうである。そして、何か可哀想なものを見つめるような視線だ。

 

 「千影や陽向と年が近い、あるいは年下の人間だとこうなっちゃうんだー」――至があははーと笑えば、真次郎は大きくため息をつく。ひどく疲れ切った様子で立ち上がろうとして、小さく咳き込んだ。

 ゴホゴホ、と、どこか嫌な響きを宿す不穏な咳。まるで、彼の命を削っているかのようだ。大丈夫かと声をかければ、平気だと言うように手で合図される。

 

 

「……心配しなくとも、うつるモンじゃねェよ。気にすんな」

 

「ごめん、うつる心配なんてこれっぽっちもしてない。むしろ、この前のアルカナの象徴の方がよっぽど心配」

 

「アルカナって……アンタ、占いにでも凝ってんのか?」

 

「俺の場合、ペルソナ能力に目覚めたらセットでついてきた。ハッピーセットならぬヘルセットだよ」

 

 

 普遍的無意識の象徴にして、人類実験に興じるバカ2人の顔を思い出した。ああ、なんて腹立たしいのだろう。至は大きくため息をついた。

 あの2人がこの力を与えたのも、全ては実験のため。互いが互いの仮説を証明するためのものだ。嫌な副産物だなァと思いながら、再びポケットからカードを取り出す。

 示されたアルカナは死神だった。まるで彼の運命を至に警告するが如く、一際強く青い光が輝いている。ここまで切羽詰った輝きなのは珍しい。

 

 先程彼が咳き込んだ時、それが一番激しかった。まるで真次郎の咳と呼応するかのように。

 

 カードを見ていたため、真次郎がどんな表情でいたかは知らない。ただ、彼の居心地悪そうに息を吐き出す音だけが響く。

 「8年前、ワンロン占いが流行った時の事思い出すな」――胡散臭そうに真次郎は言った。どうやら巌戸台でも、あの占い師の占い方が広がっていたらしい。

 

 アレと似たようなものだったらまだマシな気がする。噂の力によってブーストされていたとはいえ、人の未来を“ハッキリ”と示すことが出来るのだから。こっちはざっくりとしたものを察する程度が関の山だ。

 ついでに、時折普遍的無意識達の干渉なのか、得られる情報に若干――むしろかなり――のムラが見られるのだ。それも現在進行形で、である。腹立たしいったらありゃしない。完全に至で『遊ぶ』つもりなのだろう。

 「もういいか」と、真次郎が問う。本当に帰りたくて仕方がないと言いたげな様子だった。ちょっと待って、と引き留める。ますます眉間に皺が寄り、彼は重苦しい溜息を再び漏らした。「この間のお礼として、ひとつアドバイス」――そう告げて、至は神妙な眼差しを向けた。

 

 それにつられたのか、真次郎が目を見張る。微かに息を飲んだ音が聞こえた。

 

 

「君は、自分がペルソナ能力を持っていることについて考えたりしたことある?」

 

「……ンな事、どうだっていいだろーが。俺ァもう、この力を“捨てた”んだ」

 

 

 何か嫌なことを思い出したのだろうか。至の問いかけに、真次郎はそっぽを向いた。彼の背中が、“彼”の背中とダブって見える。

 「大きな罪を思い出したがために、世界が滅びの危機に瀕してしまった」――そう、辛そうに語った時の様子と似ていた。

 

 

「罪には罰が下される。――決して逃れられはしない」

 

 

 至の口から零れ落ちた単語に、真次郎は一瞬凍りついたように止まった。裏路地を見つめたまま、真一文字に口を結ぶ。

 

 

「でも、下されたのは罰だけじゃなかった。……それに勝る程の“奇跡”や“希望”があったんだよ」

 

 

 他の誰かがそうだと認めなくとも、至にとっては“奇跡”みたいな邂逅だった。罪や罰など霞んでしまう程の“希望”。

 淡く発行するのは、2枚。星が描かれた正位置のカードと、月が描かれた逆位置のカード。それを真次郎に示すように見せれば、くだらないと言わんばかりに鼻を鳴らされた。

 「信じられないならそれでもいい。“いつか”、信じられる時が必ず来るから」――至は確信をもって付け加える。まっすぐに、真次郎を見つめながら。

 

 真次郎は神妙な顔つきで至を見返す。しばし無言のまま向き合っていた後、零すように問いかけてきた。

 

 

「……アンタは、その“奇跡”とやらを見たことでもあんのか?」

 

「ああ。あるよ。その“奇跡”に救われて、今ここにいる」

 

 

 思い返すように空を見る。どこまでも鮮やかな茜色。もう少し赤みが強ければ、“彼”の着ていたライダースーツと同じだったろうか。

 珠閒瑠市だけが残された世界へ帰って行った“彼”は今、どうしているのだろう。元気でやっていてくれているといいのだが。――正直、元気であってほしい。

 

 至の様子に感化されて、少しは参考にするつもりになったのだろうか。真次郎はちらりとカードに視線を向けた。

 

 

「一応、覚えとく」

 

 

 ――それだけ呟いて、彼はくるりと踵を返す。

 

 そのまま、人込みの中へ消えていく。今度こそ、至は真次郎を引き留めなかった。

 

 

 

 彼の背中を見送ってから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。空はもう薄暗くなっており、もう少しすれば夜の帳が落ちてくる。一番星が遠くで瞬き始めていた。

 そろそろ寮に戻らねば――至がそう考えた時、ポケットの中に入っていた携帯電話が呑気に鳴り響いた。勿論着信メロディは『サトミタダシのうた』である。近くをたむろっていた鳩たちが悲鳴を上げて飛び去って行った。

 ディスプレイに表示されたのは『要 陽向』。普段はメールで連絡してくる彼女が電話を使うのだ、火急の用事であることは間違いない。即座に取れば、今日は暇かと問いかけられた。用事もないので二つ返事で頷く。

 

 

『今日、タルタロスにアタックするつもりなんだ。新しい階層が開かれたから』

 

「そうか。それじゃあ、今日は新戦力の確認とバトルスタイルについての摺合せってトコだな?」

 

『うん、正解! 全員出撃できるみたいだからよろしく!!』

 

「おっけ、任せとけ!」

 

 

 会話もそこそこに、至は携帯電話を切ってポケットに入れる。

 そして、後輩たちの待っているであろう巌戸台分寮へ向けて駆け出した。

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