2009.6/14 影時間
タルタロス/奇顔の庭アルカ・後半
Q.昆虫の王様と言えば?
A.カブトムシ。
小学生の男の子に質問したら、(上にヘラクレスだの何だの余計な単語がついて来る場合もあるが)大体そんな答えが返ってくるだろう。
あるいは、大人でも即答する人間がいるかもしれない。かくいう至も、昆虫の王様はカブトムシだと思ってる。誰が何と言ってもカブトムシだ。
タルタロス内部にも、たまにカブトムシを模したシャドウが現れるのだそうだ。陽向曰く、前の階層であるテベルではよく見かけたという。
現在地点、47階。風花が「番人シャドウがいる」と言っていた場所だ。
丁度そこに、デカいカブトムシがいる。しかも3匹。
黄金色に輝く装甲のような固い皮膚。羽の部分には繊細な装飾が施されている。職人が、己の持ちうる限り全ての技術の粋を集めたかと思われんばかりの、だ。
羽の模様ばかりではない。奴らが頭に頂く王冠もまた、様々な宝石があしらわれているではないか。博物館に展示されてもおかしくないレベルだろう。
「文字通り、“昆虫の王様”ですね……」
眩しさに目をすぼめながら、千影が小さくため息をついた。キンキラキンに輝くカブトムシたちは、威風堂々とした佇まいを崩さない。
そういえば、“奴”の眷属を止めるために冬木市を駆け回った時は、金ぴかに輝く外国人のお兄さんにご協力して頂いたっけ。一人称が「
彼は自由奔放且つ身勝手で傲慢な性格であった。けれど、子どもを大切にしている人だった。港でよく釣りをしていたっけ。アロハシャツを着て青い髪を結った紅い目の人や、赤いジャケットを着た銀髪で色黒の人も一緒だった。連れではなかったようだが。彼等もまた、その一件で至に協力してくれた人たちだった。
ちなみに、彼らの他にも協力してくれた人たちがいたが、「
繰り返される10月の4日間。あんな事件、二度とお断りである。
――話が脱線したので元に戻そう。
件のお兄さんにカブトムシの写真を見せたら、どんな反応を示しただろう。まるで害虫を見るような目つきで、武器の雨あられを喰らわせたのだろうか?
もしくは、目をキラキラ輝かせて「献上することを許す(意訳:俺に頂戴)」と上から目線で
今朝、航から届いた荷物の中に入っていた特注品のカメラを取り出し、奴らを写真に収める。実はこれ、影時間でも使えるシロモノだ。
桐条グループの研究員たちと合同でシャドウの研究にも携わり始めた航から「シャドウの姿かたちを写真に収めて送ってくれ」という仕事を言い渡されたためである。
「よし、撮った。――あとは、心置きなく倒すだけだな」
「そうですね。……あまり長く見ていると、眩しさに居た堪れなくなってきそうだ」
「確かに。あれは煌びやかすぎると言うか、何と言うか……」
至の言葉に、美鶴とゆかりが何とも言えなさそうに苦笑する。確かに――カブトムシという姿かたちがアレであるが――奴らは煌びやかだった。
もし奴らが無機物だったら、どこぞの博物館に「古代の遺産」として残されていてもおかしくない程、材料にもこだわっていそうである。宝石とか金箔とか、あと装飾の模様とか。
順平も同じことを考えたらしい。「あいつが持ってる王冠、いくらくらいするんスかね……。売ったらそれなりの金額になるんじゃないかなー?」と、ひっそり零す。
「成程、倒すついでに軍資金になってもらうのか。……それはそれで、モチベーションが上がりそうだな」
「……前にも言ったがな、明彦。これは遊びじゃないんだぞ」
「わかってるさ。ただ……」
美鶴の忠告を流すように明彦は返事をしたが、何かを言いよどむ。
うまく表現できる言葉を探しているかのように、口を開いたり閉じたり。何か考え込むように唸り、腕を組み、もどかしそうにしていた。
煮え切らぬ様子である彼に、美鶴が首をかしげる。しばし明彦はうんうん言っていたが、どうにか言葉は見つかったらしい。
無理矢理絞り出すかのような――けれど、そうすることで揺るぎそうになる何かを抑え込むような――声で、紡ぐ。
「……この力を俺が持っている理由はまだわからないし、どのようにして自分自身と向き合えばいいかの見当もつかない。だが、今、俺ができることはわかっているつもりだ。…………それを、全力でやる」
明彦が顔を上げる。視線の先には、金ぴかに輝く巨大なカブトムシ。
彼の灰銀の瞳は、迷いながらも己の成すべきことを理解しているかのようだった。
ペルソナ能力を持つ者は、嫌が応とも己と向き合わなくてはならなくなる――先日、至に言われた言葉について、彼は彼なりに考えていたらしい。
同じような悩みを抱えていた順平もまた、神妙な顔つきで頷いている。どこか足元はおぼつかないけれど、なんとか立ち上がろうとしているようだった。
他の面々も、まだまだ迷いながらであるが、己自身と向き合おうとしているようだ。どんな方法で向き合えばいいかわからなくても、頭の片隅でそれを考えている。
きっと彼らは最初の頃、何も意識せずに戦っていたに違いない。「力があるから」という単純な理由で集められた、ただそれだけの集団だったのだろう。
父の真実を知るために美鶴に接触したゆかり、一族の罪を清算するために戦っていた美鶴、己の力を磨きたい一心でいた明彦、力を見出されたことに浮かれていた順平、持っていた力を見込まれてリーダーに任命された陽向。
目的も考えも、何もかもがバラバラ。彼らはてんで別々の方向を向いている。そこに、相互理解等々の考えは殆ど皆無だったのではないだろうか。仲間としての結びつきが希薄だったことは容易に想像できた。
(……まぁ、俺も人のこと言える立場じゃなかったけどな)
今でこそ、聖エルミン学園2-4の面々やJOKER呪いを追いかけた面々とかけがえのない絆で結ばれている。しかし、戦いの幕が上がった当初、そこまでの結びつきがあったかと問われれば――答えはNoだ。
前者は暇さえあればつるむだけのグループでしかなかったし、後者に至っては“成り行き上”行動を共にしただけである。各々が各々の主張を持ち、好き勝手な方向を向いていた。
そんな奴らが、共に戦い抜くにつれて固い絆で結ばれた。様々な困難や理不尽に直面し、その度に手を取り合い、時には叱咤激励し合いながら乗り越えてきたのである。
「お前ら、間違っても“1人で乗り越えよう”とか考えるなよ? 確かに1人でどうにかしようとすることは大切だけど、人に助けを求めるのは恥ずかしいことじゃないんだから。……特にひなは注意だからな。委員会とか部活とかいろいろ掛け持ちしてるみたいだけど」
「了解! 心配してくれてありがと。でも、私は大丈夫! やりたいことをやってるだけだから!!」
晴れやかな笑顔で、陽向は大きくVサイン。明朗快活なのも、責任感が強いのも、頑張り屋なのもいいことだ。
……だがしかし、それが裏目に出そうで少々心配である。陽向をフォローできる人間がいてくれればいいのだが――うん、現時点では難しそうだ。
千影に視線を向ければ、どうやら彼も同じことを考えていたらしい。不安そうに――けれどそれを押し殺すように苦笑する。
他の面々も色々思う所があるらしい。陽向の様子に微笑ましそうな眼差しを向けつつ、何かを決意したような色を見せた。……それが何であるかまでは、至は察せなかったが。
ひとしきり笑いあった後、彼らはカブトムシへと視線を向けた。その瞳には、強い決意。まだまだ粗削りであるものの、戦士としての素養や素質は充分だ。
自然と口元に笑みが浮かぶ。理由は単純、あの子たちと一緒に戦えるのが嬉しいのだ。その成長を見守り、力を貸せることが。
湧き上がる喜びを、至は受け入れる。
得物を抱えて敵と向かい合う彼らの最後尾に立ち、至は愛用の銃を構えた。
【1-2.色んな相手と語らうだけの簡単なお仕事】
轟音。耳をつんざくような響きの後、崩れ落ちたカブトムシがはじけ飛ぶ。そして、最後のカブトムシがはじけ飛ぶようにして消滅した。
強敵との戦いを終えたためか、仲間たちの息は上がっていた。今日の探索はここまでが限界だろう。
転がった王冠を回収する。――これは、順平の見立て通り、高く売れそうだ。
「ふぅ。……今日の探索はここまでだね」
「さんせーい。そろそろ俺っち限界だったし……」
「明日も学校だしね」
陽向の言葉に、仲間たちが顔を見合わせて頷いた。賢明な判断である。
丁度この階層に設置されていた転送装置を作動させ、タルタロスのエントランスに帰還する。へとへとになった面々を迎えたのは、ナビ役を担当していた風花だった。
彼女も随分披露しているようで、ちょっとふらついているように見えなくもない。ナビだろうがなんだろうが、ペルソナ能力を使うのは精神を消費する。
……もし、
しかし、エルミンメンバーおよびJOKER呪い事件で出会った面々の索敵能力はみなどっこいどっこいである。よって、誰が見張り番をしても問題なかったのだ。
ついでと言ってはなんだが、至たちに襲いかかってきた悪魔たちは(一応)コミュニケーションを取ることは可能だった。交渉やコンタクトによっては、戦闘を回避することもできたのである。
今回は塔登りがメインであり、町中を駆け回る必要がない+安全な拠点があるという違いはある。しかし、ここは足を踏み入れるたびに内部構造が変化するという。
異界化した御影町や噂のせいで凄まじいことになった珠閒瑠市でさえ、迷宮内部が変わるということはなかった。これは確かにナビが必要だろう。
それに、シャドウにコミュニケーションは通用しないのだ。出会ったら即戦うか逃げるかしなくてはならない。大半の場合が戦闘になる。
敵の弱点をアナライズで分析するナビゲーター役は重宝されるだろう。タルタロス攻略には欠かせない役割になることは確かだ。
面倒な敵と戦う羽目になった時は大変だろうが。悪魔たちの時は交渉やコンタクトを駆使してお帰り頂けたのに、と、至はひとりごちる。
「交渉できれば、少しは楽になるんだけどな」
「シャドウに交渉? ムリっすよ至さん。あれ、どうみても話通じる相手じゃないっしょ」
至の呟きに順平が苦い顔してため息をつく。やれやれ、と言った調子で肩をすくめる彼の言葉に、美鶴も少し疲れた様子で頷いた。
「一応シャドウには一定の知性が備わってはいるが、人間とコミュニケーションを取るには至らないそうだ」
「あー……やっぱり悪魔とは違うんだな。奴らの時は交渉やコンタクトで戦いを回避したりアイテムもらったりしたんだけど。……友達になってくれた子もいたし」
そういえば、雪の女王事件の時に出会ったヒーホーくんとヒーホーちゃんはどうしただろう。人間と友達になりたいと言っていたジャックフロストたちは。
至たちのことを友達と言って、色々サポートしてくれたのだ。聖エルミン学園が氷の呪縛から解放されたのと一緒に、彼らは姿を消してしまったが。
ただ、冬になるとどこからともなく2人(2匹?)の声が聞こえてくることがある。たまにだが、彼らの後ろ姿を見かけることもあった。――もっとも、それは一瞬のことなので、一切確証はないのだが。
至が懐かしんでいる様子から何かを察したのだろう。面々は神妙な顔つきでこちらを見つめている。
ややあって、「悪魔と友達って……」と、ゆかりが零す。ヘイゼルの瞳には、困惑と興味。
「人にだっていろんなタイプがいるみたいに、悪魔にだっていろんなタイプがあるんだよ」――そう言って至は微笑んだ。
そして、件のジャックフロストたちのことを紹介する。桐条側の研究ではわからなかった部分もあったのか、美鶴は感嘆するようにこちらの話を聞いていた。南条と桐条では研究の着眼点が違っていたのだろう。ついでに南条側の当主・圭は悪魔たちと戦った経験がある。
主に、交渉時は彼に活躍していただいた。皮肉を言ったり、物でつったり、演説したり……何度彼の交渉手腕に助けられてきただろうか。特にくちさけとの交渉で。……ああ、あの時は玲司も頑張ってくれたか。ムドオン地獄を紙一重でかわしながら手品をしていた彼の背中を思い出す。
珠閒瑠市での一件では、複数人で掛け合いしていた。たまに話が大きく脱線してコントみたいな状態になったり、収拾の付け方がわからないままグダグダに終わってしまったり、真面目な本人たちと対照的にコンタクト内容が酷くギャップがあったりした。簡潔に言おう、色々とフリーダムでカオスであった。
興味深そうに話を聞いていた面々が、何やら引っ掛かりを覚えたように眉をひそめた。
至自身もまた、話していて何やら違和感を感じ始める。――そして、気づいた。
「……交渉とかコンタクトって言っても、ロクなことやってなかった」
文字通り、「今更」である。
$$$
2009.6/20 昼
巌戸台商店街/たこ焼きオクトパシー前
日々が過ぎ去るのは早い。そう感じるのは、毎日が充実している証拠だろう。
充実と言うより、忙殺されていると言った方が正しいのかもしれないが。
「おじさん、たこ焼き1ダース」
「あいよー」
至の注文を聞いた店主は、慣れた手つきでたこ焼きを作り始める。たこ焼き器の中に生地が注ぎ込まれ、彼はタコやら何やらを放り込んだ。
タコ以外のブツは何が放り込まれたか。至が確認する寸前でくるんとひっくり返される。嗚呼惜しい――心の中で地団駄を踏んだ。もう少しでわかったのに。
そんな自分の心境など知ったこっちゃない店主が、出来上がったたこ焼きを手渡した。代金を払い、近場にあった椅子に座る。
タルタロスでの金ぴかカブトムシ――黄金蟲攻略後から、至はシャドウのデータ整理と調べもの+αに勤しんでいる。おかげで巌戸台分寮で過ごす時間がめっきり減ってしまった。
周囲の面々は「至さんも頑張っているんだから」と気を使ってくれるが、正直彼らのコミュニケーションがちょっと心配なのである。
一応陽向は率先してみんなと関わってはいる。だが、陽向を介さないという条件だと、面々同士はあまり深く打ち解けていない。
戦闘中はそれなりに連携が取れているから充分ではないか、と言う者もいるかもしれない。戦いが進めば、必然的に仲良くから大丈夫と言う者もいるだろう。
かくいう至も、戦いが進んでいくうちに仲間たちと絆を育んだ人間の1人である。1人であるが――その1人であるが故に、知っているのだ。
積み重ねられた日々の中で、絆はふとした日常から結ばれていくのだと。そしてそれが、戦いのときに大きな真価を発揮するのだと。
(みんなでゴハン、なんて楽しみもやってないからなぁ)
エルミン時代の面々とは、あの戦いが起こる以前から一緒につるんでいた。戦いの以前や以後では色々変わってしまったものはあったけど、過ごし方は変わらない。
ピースダイナーでジャンクフードを食べながら、他愛のない話に花を咲かせた。進路のこととか、授業のこととか、様々なことを語り合った。場合によっては、テストの勉強会的なこともやったっけ。
政治経済では圭と一緒に盛り上がり、周囲の面々を置き去りにして議論した――なんて笑い話を思い出した。
その時の光景を思い出し、至はくすりと笑みを零してたこ焼きのパックを開ける。
爪楊枝を刺して、1つを口に運ぼうとして――
「また会ったな、空本 いた「おおっと手が滑ったァ!」むごふっ」
七姉妹学園の制服を着て金色の目を持った茶髪の男子高校生を視界に捉えるや否や、至は即座にたこ焼きを“奴”の口に叩きつけるように突っ込んだ。
文字通り問答無用。できたてホカホカのたこ焼き11個が、すべて口の中に放り込まれたのだ。普通に考えて、とんでもないことになっているだろう。どこか? 口の中が。
案の定、“奴”は咳き込みながらのた打ち回っている。いいザマだ――至はふふんと鼻で笑いながら、爪楊枝に刺さっているたこ焼きを頬張った。――うん、なかなか美味い。
普段、世界危機的規模で“奴”に振り回されるのだ。せめてこういった細かい嫌がらせくらいしたってお咎めはないだろう。
もしそのお咎めという意味で世界危機的規模の事件を巻き起こすのなら、それはそれで腹立たしい。ささやかな趣向返しもさせてくれないのかコイツは。
普遍的無意識は心が狭いのか、至が傍若無すぎるのか。至的には自分の方がまだマシではないかと思っている。懐の広さ的にも、傍若無人っぷりにも。
実験と言う名の『遊び』で世界崩壊の危機に立ち向かわされるこちらの身にもなれってんだ――その叫びはきっと、あの2人には届かないだろう。
“奴ら”のようなだだっ広い大局観を理解したいとは思わないし、理解できるとも思っていない。元より、次元が違いすぎるのだ。
「おじさーん、もう1ダース追加でー」
「あいよー」
目の前でのた打ち回る“奴”を完全に無視し、追加注文。余計な出費をしてしまったなー、と、至はぼんやり考えながらたこ焼きを待つ。程なくして追加注文分はできあがった。受け取り、代金を手渡す。
できたてのたこ焼きに爪楊枝を刺してつまみ上げる。はふはふ冷ましながらたこ焼きを頬張れば、ソースとマヨネーズと青のりの三重奏が口の中で響き渡った。もちもちとした弾力が心地よい。それをしばし堪能しながら爪楊枝を運ぶ。
至がたこ焼きの半ダースを食べ終えたのと、咳き込んでいた“奴”がどうにか立ち直ったのは同時だった。ぜえぜえと荒い息をしつつ、取り繕うかのように乱れた襟元を整える。
「満月以来だと言うのに、酷い態度じゃないか。……まぁ、そんな所も気に入っているが」
「頬を染めるな気持ち悪い。帰れ、今すぐモナドマンダラの奥底へ帰れ。そして二度と地上に出てくるな」
「ふはははは、私を舐めるなよ!? 何故なら私は、這い寄る☆混沌・にゃるらとほってっぷー♪ なのだからな!!」
「うー! にゃー! レッツにゃー!!」――“奴”は訳の分からないことを叫んで、訳の分からない手の動きを繰り返す。しかも渋いバリトンボイスでだ。可愛くもない。強いて言うならただひたすらに珍妙な光景である。もしくは気持ち悪い。
通りかかった小学生が変態を見るような眼差しを向けていることに気づいていないのではないか? ついでに、至も“奴”にたいしてそんな視線を向けている。もちろん“奴”は
意に解さない。素敵な神経の持ち主だと感嘆したくなる。
「乾、行こう。アレは目を合わせちゃいけない」「そうだね、
……そういえば、今日は授業が早く終わる日だったか。視線を戻せば、“奴”は何かを値踏みするように彼らの背中を見つめていた。絶望を抱える
「……ふふ、興味深いな。先程の茶髪の少年が抱える“闇”も、銀髪の少年がこれから辿るであろう“運命”も、甘美な響きを宿している。楽しめそうだ……」
「俺の目の前で獲物探したァ、いい度胸だな。泰山麻婆でもぶつけてやろうか?」
「それは……嫌だな……」
「なら、ここに来た理由と要件をさっさと吐け。そしてさっさとモナドマンダラへ帰れ」
「空本 至が冷たいー」
むくれるように“奴”は口を尖らせる。気持ち悪いッたらありゃしない。周囲の視線も冷たいが、何故か至も同類と見ているものもちらほらある。いい迷惑だ。
鋭い視線を向ければ、どこか寂しそうに笑いながら肩をすくめた。そして、くつくつと不気味な笑い声を零す。
「
「……
「それこそが“答え”だ。――“満月に現れる影”に対する、な」
相変わらず、ざっくりとした話題提供しかしない。むしろ、謎かけをして反応を楽しんでいるように見える。“コイツ”はこんな奴だった。
至が問い詰める間もなく、“奴”はさっさと立ち上がる。ひらひらと手を振りながら、昼間だと言うのに溶けるかのごとく消え去ってしまった。
それを見送ることしかできなかった自分が不甲斐ない。伸ばしかけた手が宙を彷徨う。ぎり、と、至は思わず歯噛みした。
あの野郎いつかシメる――その決意を固めて手を握りしめれば、ナイスタイミングで至の携帯電話が唸る。
出れば、電話の主は美鶴だった。今日は理事長が寮に来るんだそうだ。
なんでも、新事実が発覚したらしい。とても熱の入っている様子だった、という。
至の反応が生返事だったためだろう。『……どうしたんですか?』――心配そうに、美鶴が問いかけてきた。
ああいけない。年長者がこんなのでどうする! 至は気合を入れるようにして深呼吸。そして、いつも通り満面の笑みを浮かべて頷いた。
「大丈夫! 今から戻るから」
「それじゃ」『ええ、また後で』――携帯を切った後、至はそそくさと残りのたこ焼きを平らげる。
空になったプラスチック容器をゴミ箱へ捨てて、持っていたちり紙で口についたソース類を拭う。その屑もしっかりゴミ箱へポイ。
ぱんぱんと手を叩き、至は分寮へ向かって足を進めるのであった。