運命を切り拓くだけの簡単なお仕事   作:白鷺 葵

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私は「薄い本や百合・薔薇・オタクやファンアート大好きな人々を撲滅したいと願っている」派閥の人間ではありません。むしろ、「撲滅したいと願っている相手を許せない」と感じている人間です。
ついでに、「薄い本や百合・薔薇」も普通に読みます。ある程度のこだわりはありますが、普通に読めます。平気な人間です。「もっともっと増えればいいのにな」とも思ってます。
作中での展開や登場人物が色々発言していますが、それはあくまでもネタです。あくまでもネタなので、「このキャラはこんな奴らなんだね!」と、気にせず大らかに笑って流してください。


1-6.七夕デスマッチ1回戦に挑むだけの簡単なお仕事

2009.7/7 影時間

 巌戸台分寮/作戦室

 

 

 

「幾月さん幾月さん、その発言は一体どういうことかなー?」

 

 

 空本 至は殺気立っていた。天地がひっくり返るんじゃなかろうかと思うくらい、背中にオーラを背負っていた。

 幾月は慌てた様子で後ずさる。奴の眼鏡には、うっすらとだが至の所持するペルソナたちが映り込んでいた。どれもこれも異様な空気を発している。

 

 麻希からの資料と風花の分析から明らかになった、七夕デスマッチの会場に選ばれた場所――それが、至が怒り心頭になっている理由だ。

 

 巌戸台の白川通り。そこは夜の歓楽街である。おピンク系の水商売やら何やらがはびこる地帯だ。勿論、未成年お断りの。

 そんな場所に赴くのは、17歳と18歳で構成された健全な高校生たちである。まだ修学中の学生である。

 どこからどう見ても、どう考えても、誰が見ても明白なくらい教育に悪いだろう。いや、断言する。悪い。

 

 なのに、幾月は軽いことのように言うのだ。

 「たかがアミューズメントホテルなのだから」――と。

 

 

「お、落ち着くんだ空本くん! そんな感情的になる必要ないじゃないか。たかがアミューズメント・ホテルだよ!?」

 

「あの通りにあるホテル群のどこがアミューズメントだァァ!? どっからどうみても“いかがわしい、年齢制限があるアブナいホテル”じゃねーかぁぁぁぁ! 明らかにお子様お断り・泊まるだけじゃすまない・アッ――! の三拍子が揃ってるだろ!」

 

「いやいやいや、大丈夫だよ! 空本くんが危惧するようなことなんてきっと起こらないから、そんな殺気立たなくとも……」

 

「貴様それでも学校の理事長かァァァ! 子どもの教育に携わってる人間の言う言葉じゃねぇだろーが!!」

 

「いや、理事長ってのは、どっちかというと経営方面だから……」

 

「つべこべ言うな! 学校関係だったら、どこに属そうがみんな教育に係わる人間なんだよ! 普通に考えろ!!」

 

 

 逃げ腰になる幾月の胸ぐらをつかんでガクガク揺らす。こいつは本当に教育関係者なのだろうか?

 

 今度、ゆきのや淳や冴子先生にこいつの思考回路のことを話してみたいと思う。きっと3人とも険しい顔をするに違いない。

 シャドウ討伐以外のことは頭が回らないのだろうか? そんな失礼なことが頭にぽんと浮かんでくるくらい、幾月の思考回路が理解できなかった。

 

 

「ちょ、やめて勘弁してよ空本くん! 僕、研究畑の、人間で……そ、そんなに揺らされると、ちょ、っと、キツイ……」

 

「あっはははは言い訳になってないですよ幾月さーん、研究云々より大人としての有り方について学ぶべきだと思いまーす」

 

 

 怒りすぎて笑顔しか浮かばない。自分のテンションとボルテージが斜め方向にかっ飛んでいきそうだ。戻ってこれそうにないかもしれない。

 いや、いっそどこまでも突き詰めていってしまうべきだろうか? 圭から「もう知らん」とさじを投げられることもあったっけ。別件でだけど。

 本当に、コイツどうしてやろうか。しっかり教育しなおすべきだろう。圭を召喚して長話聞かせてやろうか、それともゆきのに拳で語ってもらおうか。

 

 そんな風に、幾月とコント(若干暴力的な)をしていたためか。

 

 

「……陽向、千影。あんたの後見人……」

 

「あー……いつもあんな感じですからね。そこらへんは慣れということで」

 

「至さんって、怒ると喚き散らすか満面の笑顔になるタイプなのか。初めて知ったな」

 

「でも、背中に変なオーラ背負ってるのは共通なんだ……」

 

「あははは……」

 

「チカの時も本気で怒った、って聞いてたけどね。にいさん、身内の事になるといつもこうだから」

 

「身内……」

 

 

 生暖かい視線を向ける面々の様子に気づかなかった。

 

 

 

 

 

【1-6.七夕デスマッチ1回戦に挑むだけの簡単なお仕事】

 

 

 

 

 

同日 影時間

 ホテル内部

 

 

 

 

「あのヤローぜってーブッ飛ばーす、後でぜってーブッ飛ばーす!」

 

 

 右の拳を左の平手に打ちつけながら、至はずんずんと足を進めた。先陣を切るような形になっているが、戦闘の時は殿に回るから別にいいかと思っている。

 最も、現時点では雑魚シャドウが徘徊している様子はない。むしろ、見つけたとしても恐ろしい勢いで逃げ去っていくのだ。

 

 満月の巨大シャドウと対峙する時のためにも、体力はできるだけ温存しておくのがいいに決まっている。

 

 「すげぇ、全自動虫よけスプレー……」――順平が何やら感心したような(けれど若干怯えた)声で呟いていた。

 そういえば、何かで同名のエンカウント回避アイテムがあったような気がしないでもない。……ああそうか、ポケモンのアイテムだ。

 この時間帯だと、廊下やロビーに人がいる様子はない。おそらくみんな部屋の中にいるんだろう。つまりはそういうことである。

 

 個人的にはかなり居心地が悪い+面々の教育に悪いので、サッサと巨大シャドウを片づけてしまいたいところだ。長居したくないし、させたくない。

 早く出てこないだろうか。そしたら速攻で片づけるのに。それが面々の成長のためにならぬと知っていても、ここに長居するよかマシだと至は思う。

 

 

「風花、敵の居場所割り出せた?」

 

『はい! えっと、3階の奥の間にいるみたいです』

 

「ホテル内部の地図と照らし合わせると……“デラックス・スイートルーム”? 一番高い料金の部屋みたいですね」

 

 

 ふむ、と、千影が考え込むように顎に手を当てた。隣にいた順平はニヨニヨしている。視線は若干斜め上を向いていた。明彦に至っては気にもしていない。

 ゆかりは気にしないように努めているようだ。美鶴はそんな後輩の様子に首をかしげている。3年生組のキョトン感がパネェ。パーフェクトにノットアンダスタンである。

 

 むしろこのままピュアでいてほしい。スィスェクティヴォなピリオド、あるいはシーズンにそんなデンジャラスなものなどアンダスタンしなくていい。

 そんなものに足を踏み込んだせいで、彼らの目の前がゴーズブラック、もしくはブラックアウトしてしまう危険性があるのだ。青少年が道を踏み外す原因を誘発してたまるか。

 大体幾月がケアレスすぎるのだ。これでもかってくらいケアレスすぎるのだ。ハンドレスでケアレスでケアレスなのだ。奴はプランクしているんだろうか。

 

 ……さて、自分は何を考えているのだろう?

 誰か、通訳かエリーを呼んでくれ。

 

 至の頭の中はもういろんな方向にはじけ飛びかけている。

 

 そんな中、偶然見えた一組の影。視線を向ければ、どこかで見覚えのある男2人がふらふらと奥の部屋へと消えていく所だった。

 片や鳶色の髪を一つに束ね、蝶を模した奇妙な仮面を被った男性。片や、七姉妹学園高校の制服に身を包んだ不良じみた格好の少年。

 

 

(――――…………いや、いやいや、いやいやいや!)

 

 

 ちょっと待て。色んな意味でちょっと待て。

 何故この2人が一緒になって、ピンクなホテルの一室に消えていく必要があるんだ。

 というかアレ、確かに別存在扱いだけれど、厳密に言えば同一人物でもあるんだぞ。なのに何故。

 

 至にはさっぱり意味がわからない。しかもあの2人、目が虚ろじゃなかったか? おまけに足取りも、どことなくおぼついていなかったような――?

 

 

「至にいさん、そっちじゃないですよ! 1人でどこいくつもりですか?」

 

「――ハッ!? あ、悪い!」

 

 

 思考をいろんな方向に飛ばしていたせいで、自分だけ別な方向に行こうとしていたらしい。

 この調子では、年長者としてのいろんなものが危うい。至は咳払いし、慌てて彼らの殿につく。

 

 先陣を切るのは陽向、続いて千影、そして他の面々が並ぶ。まだまだ幼いその背中を見守りながら、至も足を進めた。

 そして、目的地である部屋の前へやって来る。扉越しにびりびりとした殺気が漂ってきた。この部屋の中に倒すべき相手がいることは明らかだ。

 面々は気合を入れるように前を向く。その瞳には迷いも躊躇いもない。幾何の間をおいて、陽向が一気にドアを開けた。

 

 

「――…………」

 

 

 果たしてそこにシャドウはいた。でっぷりとした巨体に赤いマントをなびかせて、奴はベッドの上に鎮座している。どこまでも貫禄と風格が漂う奴だ。

 

 風花のアナライズの声が響く。シャドウのアルカナは法王らしい。ならば、肥満体のくせしてあの威風堂々とした存在感も頷ける。むしろ肥満体だから威風堂々してるのか。

 だがしかし、仲間たちの眼差しは奴に向けられていなかった。性格に言えば奴の足元だ。無造作に散乱している薄い本だ。色々危険な絵が描かれた危険なものだ。

 

 年頃の男女が、或いは男性・女性同士が、「くんずほぐれつにゃんにゃんしている」危険な構図。詳しいことは、とてもじゃないが至には言えない。

 この場に幾月がいたらどんな風に形容するだろうか。デリカシーのなさそうなアイツなら、平然と躊躇いなく実況し出しそうで怖い。あくまでも「そんな気がする」だけなのだが。

 航がいたら「何故みんな呆然としてるんだ? これが一体何を指しているんだ?」と首をかしげて、内容を朗読し出しそうだ。そっちもそっちで酷すぎるだろう。おまけに、素でやる。だからものすごくタチが悪いのだ。

 

 

「……これ、これは……」

 

「いや、……えー……」

 

「な、なんて破廉恥な……!」

 

「……うわ、サイアク……」

 

 

 ドン引きである。みな、顔に青筋を立ててドン引きである。

 

 至もまた、それに釘付けになっていた人間だった。見惚れたのではなく、全く逆の意味で。

 子どもの教育によろしくない――そう判断したとき、頭でそうしようと考え付くよりも先に体が動いていた。

 

 

「――スザク、ここにある薄い本全部焼き払え!」

 

 

 青い光が炸裂し、至のスザクが舞い降りる。己の心境を表わすかのように、スザクは間髪入れず地獄の業火をうち放った。

 

 法王アルカナのシャドウ――ハイエロファントの悲痛な叫びが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいであろう。

 

 

 

 

$$$

 

 

 

 とりあえず目に痛いモノは全て燃やし尽くした。ということで、戦闘開始である。

 

 コレクション(?)していた薄い本全てを灰にされた怒りだろうか。ハイエロファントは一際激しく咆哮すると、大きく手を振り上げる。稲妻がばちばちと迸り、降り注いだ! 慌ててみな防御態勢を取る。

 激しい光と衝撃。雷系の魔法――マハジオンガだ。おそらく奴が使えるであろう術を、怒りによって最大規模までブーストしたもの。なんてヤツだ、と、至は心の中で舌打ちする。雷が弱点なゆかりは寸でのところで防御が間に合ったようだ。でも、その威力はやはり堪えるらしい。

 

 

「じ、自給自足……」

 

 

 自分自身に回復魔法をかけながら、ゆかりが小さくぼやく。それを横目に、至はハイエロファントに向き直った。奴は相変わらず奇声をあげている。

 そして、所構わず無差別に雷をうち放っていた。仲間たちは寸でのところでそれを避けつつ、縫うようにしてその巨体に攻撃を仕掛けていく。

 明彦のポリデュークスがタルンダを、陽向のカハクがラクンダを唱える。ハイエロファントの攻撃と防御力を下げたのだ。入れ替わるように、順平のヘルメスがラクカジャをかける。

 

 

「今回はサポートを大盤振る舞いです。――フェンリル、マハタルカジャ!」

 

 

 青い光が舞い上がり、姿を現したのは千影のフェンリル。世界すら喰らうと言われた白銀の狼は、天へ向かって大きく咆哮した。全員の足元に赤い光が湧き上がる。

 

 それと入れ替わりに感じたのは、力がみなぎってくるような感覚――今なら思いっきり相手をタコ殴りにできそうな気がする。味方全員の攻撃力を上げる術・マハタルカジャだ。

 術の援護を受けた陽向と美鶴が駆け出し、召喚機の引き金を引いた。陽向から現れたのは馬にまたがり病気を振りまく疫病神――ペイルライダー。続いて具現したのは、美鶴のペンテシレアだ。前者はガルーラを、後者はブフーラをうち放つ。

 順平と千影がペルソナを呼び出す。ヘルメスとアーサーが飛び出すと、彼らは容赦なく斬撃を加えた。刃の軌跡が煌めき、巨体に幾重もの傷をつける。続いて明彦が引き金を引き、ポリデュークスが目にもとまらぬ速さと勢いで、拳の一撃を叩きこんだ。

 

 「よし、効いてる効いてる!」――悲鳴を上げるハイエロファントの様子を見つめて、陽向が不敵な笑みを浮かべる。

 S.E.E.Sが押しているのだ。このままいけば充分押し勝てるかもしれない。

 

 それを後押しするため、至もナルカミを呼び出す。味方の攻撃力が上がり、相手の防御は下がっているのだ。

 背後で再びフェンリルが吠える。舞い上がったのは緑色の光。援護魔法のマハスクカジャ――命中と回避を上げる術である。

 

 

「よし、いけッ! ――バイパースマッシュ!」

 

 

 降り立ったナルカミは、即座に一撃うち放つ。容赦ない斬撃がハイエロファントの腹に命中した。

 

 キツい一撃を喰らった巨体がぐらつく。構わず、至は銃の引き金を引いた。一発、二発、三発、四発――銃弾はハイエロファントの腕や腹を穿つ。そして、全弾くれた後で再びナルカミが降り立ち、もう一度バイパースマッシュを叩きこんだ!

 先の一発目よりも威力があがった一撃に踏ん張りきれなくなったのか、かすかに体制が揺らぐ。追い打ちのようにもう一発叩き込めば、その巨体がぐらりと傾いた。勿論その好機を逃すはずがない。

 

 飛び出したのは明彦だ。一発、二発、三発。リズミカルに拳を叩き込む。

 「フィニッシュ!」――その言葉とともに、見事な突きがハイエロファントの腹にめり込み吹き飛んだ。

 

 

「――要!」

 

「おっけーです! みんな、総攻撃ッ!!」

 

「「了解!」」「待ってましたァ!」「剣の錆にしてやる!」

 

 

 明彦が陽向に視線を向ける。間髪入れず陽向が頷き、合図した。それを受けた面々が武器を持って駆け出す!

 至も彼らに続き、銃の引き金を引いた。勿論、全弾くれてやる勢いで。

 

 己の獲物を、己の思うがままに振るう。容赦ない攻撃の雨あられを受けたというのに、ハイエロファントはまだ倒れないようだ。大きく腕を振るって攻撃を打ち払う。

 それを避けられなかった面々が弾き飛ばされ、床にたたきつけられ尻餅をつく。だが、彼らは屈することなく立ち上がる。瞳に宿る闘志はまだ折れていない。消えていないのだ。

 遠距離から狙撃しつつ、至もハイエロファントを睨む。奴の方がはるかに巨体なためか、必然的に至たちが見上げる形になるのだ。

 

 ハイエロファントが吠える。巨体が揺れて、奴の周囲にどす黒い何かが湧き上がった。

 

 ――刹那、不意に足がすくむ。

 

 出所不明の、得体の知れぬ“何か”。脳裏を駆けたのは、薄暗い舞台だった。

 床でぼんやりと発光するのは青い蝶の死骸。無数に散らばるそれらは、1人の少女を取り囲むようにあった。

 赤みを帯びた煉瓦色の髪が無造作に散らばり、人形のように真っ白な肌には一切の血の気がない。瞼は固く閉じられていた。

 

 黄金の蝶がひらひらと舞う。発光する青に照らし出された黒い触手が、ゆらゆらと蠢いている。響くのは、感嘆に満ちた称賛の声と嘲笑う声。

 青い蝶の死骸が一際強く発行する。死骸の山に埋もれるようにして、少年少女が横たわっていた。彼らの顔も真っ白で生気がない。

 

 その声の主を知っている。その光景の意味を“知って”いる。あ、と、至の喉から情けない音が漏れた。体から一気に力が抜け、そのまま崩れ落ちるように膝をつく。

 

 

「う、あ、あああ……!」

 

「あ、あああ……ッ!」

 

「やだ、やだ……怖い……!」

 

「くぅ……!」

 

「い、嫌だ……嫌だぁぁぁ……ッ!」

 

「うぅぅ……ッ!」

 

 

 声がする。明彦が、順平が、ゆかりが、美鶴が、千影が、陽向が、怯えたように高い声を漏らす。崩れ落ちるように膝をついた面々は、体を震わせながらハイエロファントを見上げていた。

 焦ったような風花の声がするが、わからない。一体何を言っていたのだろう。判別できず、どうにもできず、ただただ至は聞き流していた。呆然と、ハイエロファントを見上げることしかできない。体を支配するのは、圧倒的な――恐怖。

 

 そのためか、反応が遅れた。

 

 次の瞬間、体を思い切り殴られたような衝撃。恐怖に竦んでいた体は、まるで人形のように放り出されて壁に叩きつけられた。

 何かがぶつかる音と入れ替わるように、仲間たちの悲鳴が響く。体制を整える間もなくもろに叩き込まれた一撃。一切、知覚できなかった。

 うめきながらもなんとか体を起こす。――早いのだ。あの巨体が、認識できぬほどの速さで動き、自分たちに攻撃を繰り出してくる!

 

 あ、と思った時、至は再び床に倒れ伏していた。情けない悲鳴が漏れる。息がつまりかけ、思わず咳き込んだ。

 風花の叫び声が聞こえる。何を言っているんだろう? でも、それを理解するよりも、湧き上がった恐怖が思考回路を占領した。

 

 怖い。怖い怖い。怖い怖い怖いこわいこわいコワイ――!! ただそれだけが、至の頭の中を駆け回る。ただ、それ以外考えられない。

 

 情けないくらい、足がガタガタと震えている。ひゅーひゅーと、鳴り損ないの笛の音色に近いような呼吸。怖いのだ。ただひたすら怖いのだ。理由がわからない。

 理由がわからないから怖いのか、怖い理由がわからないから怯えているのか、そもそも何が怖いのだろう。目の前にいる、巨大なシャドウが怖いのか――?

 

 

「――ゆかり、お願い!」

 

「うん! ――お願い、イオ!」

 

 

 陽向の声に応えて、ゆかりが引き金を引く。ぱりん、と、ガラスが粉々に砕ける音。青い光が舞い上がり、巨大な牛の頭に乗った美しい乙女――イオが淡い光を放つ。なんて、綺麗な光なのだろう。自分の心を覆い尽くすかのように湧き上がる恐怖を振り払ってくれる。

 ――……はて、何故自分はあのシャドウに恐怖を抱いていたのだろう。改めてまじまじとハイエロファントの巨体を見やる。どこからどう見ても、メタボリック健診で即刻アウトを頂きそうな体型だ。でっぷりとした腹の贅肉(?)がたるんで揺れた。

 なんとも間抜けな表情だ。狸爺が嗤っているように見えなくもない。……ああ、なんだ。恐れる必要など何一つなかったのだ。こんな奴、今まで至が相手をしてきた悪魔たちや這い寄る混沌、あるいは普遍的無意識の権化に比べれば、大したことなどないのだから。

 

 至は思わず笑っていた。勝手に錯乱して、無意味に怯えていた自分がバカみたいだった。

 

 ハイエロファントからは、自分の顔はどんな風に見えるのだろう。きっと、ふてぶてしい位に不敵な笑みを浮かべているに違いない。事実、至もそんな気分だった。

 体を起こすついでに銃を構えてトリガーを引く。乾いた破裂音がリズミカルに響き、打ち放たれた全弾が奴の巨漢に命中する。

 

 

「「「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」」」

 

 

 後に続くように飛び出したのは男性陣だ。順平が大剣を、明彦が拳を、千影が刀を、思いっきり振りかぶる。何の迷いも躊躇いもなく、その獲物はシャドウの身体に叩き込まれた。

 刃の軌跡が煌めくように交差し、ハイエロファントの腕を切り裂く。黒い影がぼたりと落ち、それを潜り抜けるように駆け抜けた明彦が拳を叩きこむ。

 

 

「イオ、もう一回!」

 

「ペイルライダー、お願い!」

 

「行くぞ、ペンテシレア!」

 

 

 男性陣が男性陣なら、女性陣だって負けてはいない。召喚機の引き金が引かれ、立て続けにペルソナたちが姿を現す。風が唸り、冷気が迸る! それらはハイエロファントを飲み込み、切り裂き、砕け散った。

 

 

『効いてます! このまま攻めれば、充分いけますよ!!』

 

「よっし、もっかいだナルカミ!」

 

 

 風花の嬉しそうな声が響く。それに乗っかるような形で、至は再び手を掲げた。降り立ったナルカミが、4発目となるバイパースマッシュを叩きこむ!

 悲鳴を上げてハイエロファントが吹っ飛び、壁にその巨体をめり込ませながら激突した。ぐったりとした大型シャドウは、ずるずると崩れ落ちてダウンする。

 

 

「――ひな!」

 

「うん! ――みんな、もう一回行くよ!」

 

「「「「「おう!」」」」」

 

 

 陽向の号令が響き渡る。仲間たちが力強く頷き、それぞれの獲物を片手に躍りかかった!

 

 放たれる弓が、叩き込まれる拳が、空気を切り裂く斬撃が、容赦ない刺突が――そして、間髪入れずに打ち放たれる銃弾が、ハイエロファントに襲い掛かる!!

 立つことすらままならぬほどに消耗していたハイエロファンに成す術はない。ただ、至や陽向たちの攻撃を受け続ける以外には、何も残されていないのだ。

 空気を震わすような振動が響いた刹那、ハイエロファントの巨体が崩れていく。形を保てなくなったのだろう。身体を構成していた黒い影が、ぐずぐずに溶けて――消える。

 

 シャドウの存在が、消え失せる。――今回の討伐は、うまくいったのだ。

 それを肌で実感した仲間たちは戦闘態勢を解く。互いが互いに視線を向けて、笑った。

 

 

『――待ってください。……シャドウ反応、消えてない……!?』

 

 

 勝利のハイタッチを、と、伸ばしかけた手が止まる。風花の困惑した声が響き、仲間たちは慌てて戦闘態勢を取って周囲を見回す。しかしどこにも姿が見えない。

 その違和感を察知したのか、風花が反応を調べ始めた。面々も警戒を解かず、周囲をしきりに見回している。その瞳に宿るのは一抹の不安。

 

 至も集中してみる。風花程の索敵能力はないが、面々とは違う共鳴反応を探れば手がかりになるやもしれない。

 

 ざらざらと嫌な音が響く。耳障りで不快、どこかねっとりとした空気が漂う。甘ったるい感覚に吐き気を催してしまいそうだ。――これは一体、何だろう。

 どこかでこれに似たような気配を覚えたことがある気がする。脳裏に浮かんだのは麻希と英理子、2人の視線の先には首をかしげて佇む航。悪夢の修羅場一歩手前だ、これ。

 嫌なものを思い起こさせられた、と、至は心の中で歯噛みしつつ身を震わせる。……理由は知らないが、気のせいか、ちょっと寒気がしてきたぞ。

 

 しかも、どこからか寒気に近い波動のようなものが自分の肌を舐めまわすようにまとわりついて来る。煩いったらありゃしない。ついでに気味が悪くて嫌になってきたぞ。

 その発信源へと視線を向ければ、部屋の隅にある大きな鏡が目に入った。人の全身を映し出せるほどの、巨大な鏡。中世ヨーロッパの城に出てきそうな、技巧的な鏡縁だ。豪華絢爛を地で行くような流派の。

 

 それは酷く、至の目を引いた。おそらくは陽向や風花たちも、あの鏡から何かを察知したに違いない。視線を鏡へと向ける。

 

 大きな鏡。何の変哲もない鏡。豪奢な鏡縁にはめこまれていること以外、普通の鏡。それはそのまま、部屋の全体を映し出している。

 しかし何かがおかしかった。何か足りない。部屋全体は映し出されているのだが、何かがおかしいのだ。感じるのは違和感――そして、不快な波動。

 仲間たちの視線は釘付けであった。その違和感を探すために、戦闘態勢を解いていた。探索することに重きを置いていた。戦いに関する警戒の一切を解いていた。

 

 ――それが間違いだったのだ。

 

 誰かが嗤う声がした。魔力が爆ぜる感覚が肌を突く。

 ぞわり、と。自分にまとわりついていた何かが、明確な悪意を持って自分たちを引き込まんとうねった。

 

 

(――しまった!)

 

 

 至が罠に気づいた刹那、鏡が凄まじい光を放った!

 思わず顔を手で覆う。仲間たちの短い悲鳴が聞こえたと思った瞬間、何もかもが白く塗りつぶされた。




どうでもいい話ですが。
もしも先に葛葉ライドウシリーズに出会っていたら、至さんは第1n(n>4+m/m>1)代目のライドウになっていたかもしれません。ライホーくん可愛すぎる。
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