運命を切り拓くだけの簡単なお仕事   作:白鷺 葵

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私は「薄い本や百合・薔薇・オタクやファンアート大好きな人々を撲滅したいと願っている」派閥の人間ではありません。むしろ、「撲滅したいと願っている相手を許せない」と感じている人間です。
ついでに、「薄い本や百合・薔薇」も普通に読みます。ある程度のこだわりはありますが、普通に読めます。平気な人間です。「もっともっと増えればいいのにな」とも思ってます。
作中での展開や登場人物が色々発言していますが、それはあくまでもネタです。あくまでもネタなので、「このキャラはこんな奴らなんだね!」と、気にせず大らかに笑って流してください。


1-7.七夕デスマッチ第2回戦の惨事を静観するだけの簡単なお仕事

 

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 真っ暗だった。

 

 ただただ、真っ暗だった。

 

 

『――……せよ……』

 

 

 どこからか、声が聞こえる。

 

 ひどく粘りつくような、甘ったるい猫なで声。まるで異性に媚びるかのような、あるいは色気を振りまくような、ねっとりとしたものだ。

 頭が痛い。意識を浮上させようとすれば、何者かに絡め取られて引きずり込まれそうになる。浮かびたいのに浮かべない。まどろみの中に捕らわれる。

 

 

『――……汝、享楽せよ……』

 

 

 先程よりも鮮明に聞こえてきた。男か女かの判別はできないが、ざらざらと纏わりつくような不快感を催す響きである。

 発言者の声に交じってハァハァ荒い息が聞こえてくるのは気のせいか。その音の中に、ペンを走らせるような軽快な響きが混じっているように聞こえるのも。

 そういえばこれとよく似た音を聞いたことがあったなぁ。ぼんやりとした意識の中に浮かんだのは、血眼になってペンを走らせる綾瀬 優香の姿だった。

 

 7月7日はオンリーイベントの日――彼女は張り切っていた。とっても張り切っていた。

 なんでこの日が優香が赴く聖戦と重なっているのだろう。どいつもこいつも戦っているのだろうか。

 

 

(……戦い?)

 

 

 そこまで考えて、至はふと考える。

 

 何故、自分はここにいるのだろう。何のために、自分はここにいるのだろう。何か、大切な目的があったはずだ。とても大切な目的が。

 戦い。……そうだ、戦いだった。自分たちは戦いに来たのだ。ここに――白河通りの、このホテルに。怪しい臭い満天の危険なホテルに。

 

 では何故、何のために。この場所での戦いとは何か。考えかけた刹那、再び何者かの声が響く。『汝、享楽せよ。衝動に身を任せよ』――思考回路が焼切られたようにどろどろになる。考える気力を奪い取られていくような感覚。

 意識をはぎ取られてしまいそうになったが、至はどうにか踏みとどまった。このまま溺れてはいけない。溺れるわけにはいかないのだ。自分たちは、そんな風にしている暇などないのだから。

 月、満月、大型シャドウ討伐。沈みかけた何かがゆらゆらと頭の中で瞬く。浮かんでは消えて、浮かんでは消えてを繰り返しながらも、至はそれを留めようと足掻く。7月7日、七夕デスマッチ、白河通りの危険なホテル。

 

 ……ああそうだ。自分たちがここに来たのは、大型シャドウの討伐が目的だった。決して、衝動に身を任せて快楽に溺れるためではない。

 思い出した。それはとても大切なことだ。だから、今ここでまどろんでいる場合ではない――!!

 

 

(――?)

 

 

 意識を浮上させようと足掻けば、不意に真っ暗闇に光が浮かんだ。

 

 部屋の一室。天窓がついた豪奢なベッドに、男性と青年が背中合わせに座っている。

 不気味に輝く黄金の瞳には、普段のような覇気がない。むしろなんだか死にかけている気がした。濁っている。

 2人はぶつぶつと何かを言っていた。内容は一切聞き取れないけれど、漂う空気が「やっちまった」感を演出していた。

 

 何を? そんな疑問を持ってよく見れば、2人はタオルケットに体を包んでいた。それから覗くのは、どことなく汗ばんだ素肌である。

 …………なんだろう。もの凄く嫌な予感がする。むしろそれしかしないんだが、どうすればいいだろうか。

 

 

「もうやだ最悪だ。こんなのって、こんなのって……」

 

Lovers(恋愛)タイプなんて大嫌いだ……!」

 

 

 うめくような2人の声が響く。とても投げやりだ。

 

 それに混じる『同一人物同士ぷまいれすハァハァ』の声。おそらくこいつが、あの2人に何かをやらかしたのだろう。

 「妄想を現実に持ってくるな」――茶髪の少年が嘆く。その声からは絶望の色が見て取れた。ちなみに、“奴”は普遍的無意識の破壊と絶望担当である。

 

 至は吹き出した。正直、指さして「ざまぁ」と2人を嘲笑ってやりたかった。が、そうやってはいられないことに気が付いた。

 おそらく、時折聞こえる不快な声の主は自分たちにも同じようなことをさせたいに違いない。ぞわり、と、悪寒が背中を駆け抜けた。脳内警報が最大値を叩き出す。

 さらさらとペンを走らせる音、荒い息、もっともっとと不気味に響く声。『今年の「夏の陣」はイケるかも。よし、次に行こうか! ウェヒヒ……』――あ、これは最高にマズイ。超絶にマズイぞ。

 

 キャラ崩壊も甚だしいが、奴の趣味趣向のためにこの身を使われてたまるか。S.E.E.Sの面々を生贄にされてたまるか。

 引きずり込まんと纏わりつく不快感すべてを振り払い、半ば強引に意識を覚醒させる。頭が酩酊状態のようにがんがんしたが、どうでもいい。

 

 そこはホテルの一室だった。目に痛いピンク系のハートが描かれた壁紙と天井。どうやら自分は、大きな楕円形のベッドに横たわっているようだ。

 

 部屋のどこからか、水の流れる音が聞こえる。ざあざあ、ざあざあ――なんて間の抜けた響きだろうか。いや、どうでもいい。嫌な予感がしてたまらないのだ。早くしなくては。

 頭の片隅が酷く痛む。それらの一切を無視し、至は思い切り腕を振り上げる。青い光が炸裂し、降り立ったのは紅蓮の聖鳥。

 何をどうすればいいのかわからないが、それらを一気に消し飛ばす方法を自分は知っている。消費魔力はこの際考慮しなくていい。とにかく、早急に。

 

 

「スザク、メシアライザー!!」

 

 

 スザクが嘶く。それと同時に、鮮やかな黄金色の光が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

【1-7.七夕デスマッチ第2回戦の惨事を静観するだけの簡単なお仕事】

 

 

 

 

 

2009.7/7 影時間

 ホテル内部

 

 

 

 

『至さん、大丈夫ですか?』

 

「……あと少し遅れたらマズイ事態になってたかもしれん」

 

『?』

 

「あ、大丈夫。おっけーだ」

 

 

 風花の呼びかけに、至は慌てて返事をした。入れ替わりに、「な、ななな、なんだコレはッ!?」と、部屋のどこかから美鶴の叫び声が響いた。出どころは、先程まで水の音が響いていた場所。

 それを察知した――厳密に言えば、『美鶴の悲鳴に気づいた』――風花が、きょとんとした声色で美鶴に問いかける。彼女は慌てた様子で取り繕っていた。

 

 どうやら、自分たちはシャドウから精神攻撃を受けていたらしい。今回も2体同時に湧いて出てくるパターンだったようで、ハイエロファントの敗北に合わせてそのシャドウは罠を発動させたのだという。

 満月が近づく度に「2人組の行方不明者」が発生していたのは、先程倒したハイエロファントというよりも、この罠を発動させた別なシャドウが主な犯人だったのだろう。……だからといって、ハイエロファントが“一切”絡んでいなかったというわけでもなさそうだが。

 むしろハイエロファントもグルだったに違いない。意識が戻る寸前に聞こえた「夏の陣」等の会話や、戦闘開始直前にハイエロファントが散らかしていた危険な薄い本がそれをはっきりと示している。そういえば、アルカナの順序でHierophant(法王)の次はLovers(恋愛)だった。

 

 しかし、こんな精神攻撃をしてくるとは。こんな奴のアルカナタイプがLovers(恋愛)だなんて、世の中酷すぎやしないだろうか?

 

 バカにしてる。明らかに人をバカにしている。人の心を盛大に弄びやがって、と、至は心の中で歯噛みした。多感な少年少女の心に変な傷やら何やらを植え付けるつもりか。

 恋愛関係で悪夢のような地獄を体験するのは自分だけでいい。いや、どっちかというとあれは「とばっちり」と称した方がいいのか。脳裏に浮かぶトライアングルを否定するようにぶんぶんとかぶりを振る。

 

 

「……っと、そうだ! 大丈夫か美鶴ちゃん?」

 

「!? あ、ああ……はい。今行くので、もう少し待っていただけますか?」

 

 

 気分を変えるために、向こうにいる美鶴に声をかける。どこか切羽詰ったような返事が返ってきた。もう少し時間がかかるらしい。

 至も返答し、何故か散らばっている自分の服を回収して着替える。いつの間にか下着姿にされているとか、何という状態だ。笑えない。

 

 

「風ちゃん、ひなたちは無事か?」

 

『はい。つい先程、至さんたちよりも先に連絡が取れました。大丈夫だったみたいです。ただ……』

 

 

 風花は言いよどむ。至が促せば、彼女は首をかしげていそうな声色で言った。

 

 

『シャドウの精神攻撃を受けた際、色々何かあったみたいで……みんな様子が変なんです』

 

「具体的には?」

 

『あの、その……なんかみんな、ブツブツ唱えてるって言うか……鬼気迫る様子というか……』

 

 

 『「あんなもののために、よくも人を変態に貶めてくれたな! 今に見ていろ!!」とか、「自分自身の欲望を満たすために、人の心を弄ぶとかサイテー! 見てなさいよ!!」とか……』――ああそういうことか。おk、把握した。

 何をやられたかはわからないが、何をしようとしていたかは察しが付く。そこから辿れば、あのシャドウ――ラヴァーズが何をしたかったのか、大体想像がつくのだ。はた迷惑な存在である。

 うーん、と考え込みそうな様子の風花。至はそんな彼女の注意をそらすように「とりあえずみんな無事なんだろ? こっちもすぐ合流するからって伝えてくれ」と言伝を押し付けた。そうとは知らず、風花は頷いて通信を切る。面々に報告しに行ったのだろう。

 

 もう一度美鶴に声をかければ、彼女は少し慌てた様子で現れた。いつも通りの白いワイシャツに真っ赤な女子用のリボンを身に着けて。

 どことなく慌ただしさは残るものの、令嬢としての威厳や貫禄が崩れないのは流石桐条次期当主といったところか。少々顔が赤かったりするけれど、まぁ気のせいだろう。

 

 扉を開けた廊下の十字路。そこに、陽向たちがいた。

 

 ……彼らの様子は、先程風花の報告で聞いていた。聞いてはいたが、やはり実際に見てみるのとでは違う。

 ぴりぴりとした空気が肌を突く。全員が、俯きながら何やらぶつぶつ呪詛を唱えていた。背後に揺らめくペルソナたちは、誰もかれも目がぎらりと輝いている。

 至はふと思い至る。そういえば、杜王町でも似たような空気を味わったことがあったっけ。あとはイタリアに旅行した時とかも。

 

 至が声をかければ、面々はまっすぐにこちらを見返して速攻で頷く。やる気は天元突破、むしろ「や」の字が「殺」の字に変わっている気がする。

 この面々なら大丈夫だろうとは思うが、どうしてか心配で仕方ない。変に暴走しすぎなければよいのだが。

 

 

『どうやら、シャドウは先程の部屋に結界を張ったみたいです』

 

「……往生際が悪い奴だ」

 

 

 風花の分析結果を聞いた明彦が、舌打ちしそうな勢いで呟く。彼は自分の手のひらに、大きく拳を打ち付けた。ぱん、という音が重々しく響き渡った。

 

 順平は判別不能の言葉を呟きながら、大剣をフルスイング。風を切る音がびゅうんと響く。そこにボールを投げれば、その芯に当てた上に、いい音を出して飛んでいくだろう。ホームランは間違いなしだ。

 佇む千影の手は、刀の柄にかかっている。うかつに間合いへ踏み込めば、何の容赦も慈悲もなく叩き斬られるに違いない。口元に浮かぶ歪んだ微笑はそのまま怒りのボルテージに直結している。確実に()る気満々なことは間違いない。

 

 女性陣も怖かった。陽向はしきりにつま先で床と叩いては薙刀を振るっているし、ゆかりの口元はどこか鬼気迫った綺麗な三日月の弦を描き、美鶴は真顔でレイピアの柄を強く握りしめている。誰もかれも目が怖い。

 仕掛けなんてどうでもいいからぶっちぎって、そのままシャドウの根城へ踏み込んでしまいそうな勢いがこの面々にはあった。状態異常でいうなら、完全に興奮状態である。あるいはヤケクソ。

 どす黒い炎が燃えている。そんな光景が見えて、「ああ、これはまずい」と悟った至は無言のまま再びスザクを召喚する。メシアライザーは役不足だ。誰も傷ついていないのだから、アムリタで充分だろう。術を発動すれば、鮮やかな光が面々を包み込む。

 

 光が晴れ――しかし、彼らの状態異常は一向に回復していない。

 あれおかしいな。アムリタの効果は、全状態異常回復ではなかったのか。

 

 ……まさか、「そもそも状態異常ではない」ということなのか?

 

 

「さっさと結界解除して、殴り込みに行きましょう。……全てを破壊する勢いで」

 

 

 千影が不気味に微笑んだ。彼の背後に浮かぶフェンリルが唸っている。

 多分、犯人と鉢合わせしたら容赦なくデットリーバーンを叩きこむだろう。ホテルが火事になりそうで怖い。

 

 

「風花、結界の起点になっているものは何? 早速破壊しに行くから、そこまでのナビを頼めるかな?」

 

『う、うん。探してみるね!』

 

 

 陽向は笑顔だったが、おそらく内面は荒れ狂っているのだろう。薙刀の石突をしきりに床へと叩きつけている。こつ、こつ、こつ、こつ。

 床を叩く速度がどんどん早くなってきた。こつこつこつこつこつ――それは、そのまま陽向の怒りに直結しているのだろう。

 風花がアナライズを始めてから手持ち無沙汰なのか、石突で床をつつくのをやめて薙刀の素振りを再開する。風を切る音が響き渡った。

 

 他の面々も同じように素振りに精を出している。彼らが背負うオーラに充てられたためか、徘徊するシャドウたちが悲鳴を上げて逃げ惑っていた。逃げ惑いすぎてシャドウ同士がぶつかっている光景が視界の隅にちらつく。

 中には同士討ちを始めるものや、術技が使用不能になっているものまでいた。混乱ついでに錯乱しすぎだろう。至る所からあぎゃあああという悲鳴が聞こえる。しかし、S.E.E.Sの面々には一切聞こえていないようだ。

 

 ややあって、風花から通信が入る。

 

 どうやら、結界の起点となっているのは、部屋に設置されていた鏡らしい。2か所あることまでは突き止めたが、「どの部屋のどの鏡か」までは特定できなかった、と、彼女は落胆した声で告げた。

 でも、鏡を見た時の違和感は全員が感じたものだ。それを探れば、おのずと起点である鏡を見分けることが出来るだろう――陽向はそう告げて、風花に礼を述べる。そして、面々へと向き直った。

 

 

「皆の者、出陣! 戦じゃああああああああああああああああああああ!!」

 

「「「「「「応ッ!!」」」」」」」

 

 

 ぱらりらぱらりら~、と、暴走族がよく鳴らしそうなクラクションの音色が聞こえてきそうな気がする。

 

 ……いや、聞こえた。幻聴にしては、やけにリアルな響きを持って。

 誰が鳴らしているわけでもないのに。どんな怪奇現象だろう。

 

 おかしい。S.E.E.Sの面々が身にまとっている服が学ランに見えてきた。お前らは(方向的に)どこへ行く気だ。相当、至も空気に毒されてしまっているらしい。

 鏡と言う鏡を手当たり次第破壊していきそうな勢いである。影時間内に器物破損が起きた場合、現実時間ではどのような扱いをなされるのだろうか。そこが不安だ。

 面々はもう、それを考慮する気配はなさそうであった。余程、ラヴァーズの精神攻撃が腹立たしかったのだろう。気持ちはわかる。わかるが、まずは落ち着け。

 

 そう言いかけ、しかし至の声など彼らの耳には届いちゃいない。

 

 蹴破るような勢いでドアを開け、室内へ侵入。

 鏡を確認し、「ここは違う」と言い残してさっさと部屋を出る。

 扉を開けて鏡を確認。異常なしと判断したら、即座に立ち去る。

 

 ――それを何度繰り返しただろうか。

 

 ある部屋に入って鏡を確認したその瞬間、仲間たちが恐ろしい勢いでその大鏡を叩き割った。ばりん、という破砕音が勢い良く鳴り響く。そこに迷いも躊躇いもない。

 大鏡に走る亀裂。室内の様子が歪む。しかし鏡には、人間の姿が映し出されていなかった。先程感じた違和感はこのことだろう。封印の起点になる鏡には、人が映らないという見分け方があるらしい。

 

 

(おおかた、面々は共鳴現象で見分けてるんだろうけど)

 

「よし、まずはひとーつ! 残りひとーつ!」

 

 

 陽向が音頭を取り、面々も武器を振り上げる。どこの軍隊だ。ここは何時代だ。

 確かに、こんな場所に長居したくないと思ったのは至だった。さっさと巨大シャドウを倒そうと思っていたのも至だった。

 

 それは今でも変わっていない。変わっていないのだが、先程とは違って自分が引きずられている気がする。

 

 部屋を出た後は、先程と同じルーチンワーク。

 蹴破るような勢いでドアを開け、室内へ侵入。鏡を確認し、「ここは違う」と言い残してさっさと部屋を出る。

 扉を開けて鏡を確認。異常なしと判断したら、即座に立ち去る。――それを何度繰り返しただろうか。

 

 ある部屋に入って鏡を確認したその瞬間、仲間たちが恐ろしい勢いでその大鏡を叩き割った。ばりん、という破砕音が勢い良く鳴り響く。そこに迷いも躊躇いもない。

 大鏡に走る亀裂。室内の様子が歪む。ばちん、と、どこか遠くで何かが壊れたような音が響いた気がした。

 

 

『あ、結界が解かれました! これで、あの部屋に入れます!』

 

 

 嬉しそうな風花の声が通信越しに聞こえる。それを聞いた面々の表情が、変わった。

 「にやり」――擬音を付けるとしたら、おそらくこんな感じだろう。

 

 そのまま、陽向たちはどかどかと廊下と階段を駆け抜けていく。足取りが早く、軽やかだ。だが、一歩一歩踏みしめるようして足を進めていく。

 途中で出会うシャドウたちが慌ただしく道を開ける。さながら自分たちは大名行列といったところか。中には逃げ遅れて蹴飛ばされたものもいた。

 面々の背中を見失わぬよう、至も足を速めた。殿役としての役割も、もちろん忘れていない。面々の背を守るのが、至が至自身に課した役割である。

 

 そして、戻ってきた件の“デラックス・スイートルーム”。

 「この先、大型シャドウ潜伏中」の注意を促す風花の通信に、陽向たちは「大丈夫!」と即答する。

 

 傍から見れば満面の笑み。しかし、面々が背負うどす黒い“何か”は、先程よりも明確に――そして濃くなっている気がする。

 ドドドドドドド、と、変な擬音が背後から追いかけてきているような気がしないでもない。杜王町で見かけたアレだ、と至は直感する。怖い。

 ぶぅん、と風切音。薙刀が、刀が、大剣が、弓が、突剣が、拳が唸る。完全に、「討ち入り前の部隊」状態だ。

 

 これから戦いに行くのは間違っていない。間違っていないが、何かが違う気がする。

 

 

「よーし。皆の衆、討ち入りじゃあああああああああああ!!」

 

「「「「「「おー!!」」」」」」

 

 

 陽向の掛け声に合わせて、仲間たちは躊躇うことなく扉を蹴破った。ラヴァーズがこちらを見返す間もなく、間髪入れずに引き金が引かれる。

 ガラスが砕ける音が響いた後、青い光が炸裂する。降り立ったのは、あの子たちの心に宿る見慣れたペルソナたち。

 

 

(――え?)

 

 

 見慣れたペルソナたち、だったと思う。しかし、“何か”がいつもと違っていた。

 

 ゆらゆらと揺らめく黒い影は、(千影を除いて)明らかに見慣れたペルソナたちではない。陽向が呼び出したオルフェウスを始め、面々のペルソナは姿が変わりかけているようだった。

 そういえば、フィレモンやイゴールは『ペルソナの覚醒』がどうこうとか言っていた気がする。人の心の成長に合わせてペルソナは心の海へと還り、新たなペルソナとして生まれ出るのだという。

 おそらく、面々のペルソナはそれに近い状況にあるのだろう。半覚醒状態、と言った所だろうか? 暴走状態ともとれなくはないが、面々は何の苦も無くペルソナを使いこなしている様子だった。だからあれは「暴走状態」ではない。

 

 至がそう分析した刹那、

 

 

「ふっ飛びやがれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

「人の心を弄んだ罪は重いんだからぁぁぁぁぁぁ!」

 

「処刑するッ!」

 

「――フェンリル、デッドリーバーン!!」

 

 

 面々の怒号と一緒に放たれた最強威力の上級術と、千影のフェンリルが放ったデッドリーバーンが、シャドウ諸共部屋一帯に襲い掛かった。

 

 

 

 

$$$

 

 

 

 

 ぶすぶすと、部屋内に充満するのは焼け焦げた臭い。

 焦げた跡がより一層強い場所は、先程までラヴァーズがいたところだ。

 

 奴は何かを成す間もなく、面々の攻撃の餌食になりそのまま消滅してしまったらしい。敵ながら同情してしまいそうになる。

 しかし、甘く見てはいけない。ラヴァーズは、S.E.E.Sの面々を使ってとんでもないことをしようとしていたのだ。丁度、普遍的無意識どもにやらかしたことのように。

 普遍的無意識どもを酷い目に合わせてくれた点には感謝するが、あの子どもたちで自分の欲望を満たそうとしたことは許せない。許すわけにはいかない。

 

 

(……しかし、凄まじいな)

 

 

 きっと、あの子たちはペルソナ使いとして実力を開花させるだろう。

 

 至はそんなことを考えながら、慣れぬ力を大盤振る舞いしたために疲弊している面々を見やる。荒々しい呼吸が部屋中に響いていた。

 でも、面々はやり遂げたような表情を浮かべている。ふらつきながらもハイタッチを決めている程だ。

 

 

「至さんも! ほら!」

 

「!? ――おう!」

 

 

 駆け寄ってきた順平に促され、至もそれに答えるように手を叩いた。ぱちん、と、乾いた――でも、確かな重みをもってその音は響く。

 脳裏を駆けるのは聖エルミン学生時代・あるいは珠閒瑠を駆け回っていた頃、強敵を打倒した後のこと。あの時もこうして、仲間たちと笑ってハイタッチを決めていた(一部例外あり:例.最初の頃の克哉やパオフゥ等)。

 懐かしいなと至は思う。我も我もとハイタッチを決める面々に付き合いながら、思わず目を細めた。戦いを通して育まれる絆――まだ細く頼りないけれど、でも、決して切れることはないのだ。

 

 『作戦終了です、お疲れ様でした!』「「「「「「「お疲れ様でしたー!」」」」」」」――至を含んだ、放課後特別活動部たちの合唱だ。

 

 わいわいと弾んだ会話を繰り広げながら、仲間たちは意気揚々とホテルを後にする。

 ふと感じた違和感に振り返りかけ――至は即座に視線を逸らした。そして、陽向たちの後を追いかける。

 

 丁度件の普遍的無意識の権化どもが、男泣きしながらふらふらと夜の闇へと消えて行ったなんて、自分たちにとってはどうでもいいことだったからである。

 

 

 

 

 完全に蛇足であるが。

 

 翌日の学校で「S.E.E.Sの面々が白河通りに消えていく現場を見た」等の変な噂が飛び交い。

 “そういう”方々がノリノリで描いていた“そういう”絵に普遍的無意識の権化ども(蝶の仮面をつけた青年と七姉妹高校の制服を着た少年)が描かれていたり。

 後に優香が購入したという戦利品の中に、何故か奴らが「くんずほぐれつにゃんにゃんしている」本を発見することになるのだが――……まぁ、それは別の話だ。

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