運命を切り拓くだけの簡単なお仕事   作:白鷺 葵

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2-3.屋久島旅行へ想いを馳せるだけの簡単なお仕事

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 それはまるで、妖精のように見えた。

 

 グロテスクな蛹から羽化したのは、美しい蝶。1人の少女の顔と姿を模《かたど》り、その背には揚羽蝶を思わせるような模様の羽が生えている。

 誰かが息をのむ音がする。零すように吐き出された空気には、感嘆の意が込められていた。それを飲み、零したのは――仲間だったのか、あるいは自分だったのか。

 

 至はRPGをよくやる方だ。故に、なんとなくこの後の展開は予測できる。これが、セベク絡みの“最後の戦い”だ。

 この戦いさえ終われば、街の異変は元に戻る。悪魔たちも大人しくなるだろうし、異界化によって壊れてしまった日常だって帰ってくるのだ。

 気合が入らないはずがない。負ける気も無ければ、負ける要因など見当たらなかった。振り返ればそこにはみんながいる。苦楽を共にし、駆け回った友たちが。

 

 巻き込まれてなし崩し的に仲間になった者がいた。自ら進んで協力を申し出てくれた者もいた。利益協定から加わった者もいた。

 それぞれがそれぞれに思惑があったけれど、でも――今では、かけがえのない仲間だ。胸を張って、そう言える。

 

 

「第2形態ってトコか……!」

 

「ハッ。姿が変わろうが何だろうが、やるべきことは何も変わらなねェ。……そうだろ?」

 

「当然! 絶対に負けられない!」

 

「ああ、やるよ。こいつを倒せば、全部終わるんだ!」

 

 

 至の言葉に続いて、玲司・麻希・ゆきのが頷く。他の面々も同意し、得物を構えた。その眼差しには一切の迷いがない。

 隣に立つ双子の弟に視線を向ければ、航は迷うことなくこちらを見返した。そして、鋭く輝く刀を構える。

 

 

「行くぞ、みんな!」

 

「「「「「「「「「応ッ!!」」」」」」」」」

 

 

 リーダーの号令に答え、面々が走り出す。己の得物を構えて、迷うことなく敵へ向かう。災厄が入った箱の名前を冠した蝶は、羽をはばたかせて自分たちを迎え撃った。

 偶然明けられてしまった災厄の箱。飛び出したのは、幾億千万の絶望だった。その絶望は、たくさんの人を傷つけ苦しめる。勿論、現在進行形で。

 先の雪の女王事件でその箱を開けた人間の1人として、至は逃げるわけにはいかなかった。その絶望に、真っ向から立ち向かっていった。

 

 何度も諦めたくなったことがある。何度も投げ出してしまいたいと思ったこともある。弱音を吐いたことだってあった。

 だけど、歩みを止めることはない。傍にいて、背中を押してくれた人たちがいた。手を引っ張ってくれた人がいた。手を差し伸べてくれた人もいた。――みんながいた。

 

 災厄の箱から飛び出してきた絶望を迎え撃ち、倒し終えた後。そこに何が残るのか、まだ誰も知らない。

 

 あの逸話で、最後に残ったのは希望であった。具体的な内容は一切記載されていなかったけれど。……そもそも、希望と言う言葉の概念自体あやふやだ。

 それでも自分たちは生きていくのだろう。概念があやふやであっても、どこまでも愚直に生きていく。この戦いで築いた絆や、それ以前から結ばれていた絆と一緒に。

 

 きっと、負けない。その未来を掴むために。

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 

2009.7/18 昼

 記憶の迷宮(???)

 

 

 

 

「……随分懐かしい記憶だなぁ」

 

 

 いつかの出来事を思い浮かべながら、至は“それ”と対峙した。不気味なまでもの艶やかさと美しさを備えた蝶が、あの頃と変わらぬまま羽をはばたかせている。

 麻希の面影を宿した災厄の象徴。絶望に呑み込まれ、色々なものを諦めてしまった少女の嘆きが、時間を超えて再び至と向き合っていた。

 

 雪の女王、およびセベク・スキャンダルから、長い時間が経過した。あの頃少年少女だった面々は立派(?)な大人になっている。時の流れは残酷で、あと数年経過すれば、みな30代に突入だ。

 大人になっていく中で、何度も何度も絶望と対峙した。普遍的無意識どもからの嫌がらせを受けて、何度挫折しそうになっただろう。それでも諦めなかったのは、大切な仲間たちがいたからだ。至を慕ってくれた子どもたちがいたからだ。

 かつて「大人が役に立たない。クソ喰らえだ」と嘆いた子どもも、今や立派な大人の仲間入りである。いや、もうすぐオッサンの仲間入りだろう。大人になった今日でさえも、右往左往する日々が続いている。結局、自分は何も変われていない。

 

 ――それでも。

 

 あの日、あの時、あの戦いの中で、自分は沢山のものを得た。時折揺らいで消えそうになる、けれど確かに存在する希望の在り処を知った。

 だから大丈夫。きっと大丈夫。根拠など何処にも存在しないが、心の底からそう思える。この場に自分しかいなかったとしても、自分の傍にはみんながいてくれる、と。

 

 

“どうして? どうして貴方は絶望しないの? どうして貴方は前を向いていられるの?”

 

 

 いつか訊かれた質問だった。何もかもを投げ出してしまった少女が、前を向いて足掻こうとする自分たちに向けた言葉。嫉妬と羨望が入り混じった響き。

 

 

「あの頃と何ら変わんねーよ。俺がお前に言えることも、これからお前に示すことも」

 

“今の貴方には、傍にいてくれる仲間なんていないじゃない。いるのは、守らなきゃいけない後輩たちだけでしょう?”

 

(……あれ? 記憶の迷宮だよな、コレ。なんで“現在”の俺のこと知ってんだコイツ)

 

“質問に答えて。誰もいないのに、貴方は1人きりなのに、どうして絶望しようとしないのよ!?”

 

 

 違和感を覚えて考え込みかけた至に、蝶は催促する。早く答えろ、答えて見せろと言わんばかりに金切声をあげていた。

 “ほら、答えられないでしょう?”とでも言いたげな眼差しが突き刺さる。情緒不安定なのは、あの頃と変わっていないらしい。

 記憶の中の蝶――パンドラも、似たような眼差しを向け、似たような調子で言葉を口走っていた。まじまじとその様子を観察してみる。

 

 ……今思えば、随分とヒステリックだ。最終決戦の時、至はそのことを意識していなかったらしい。それもそうか、大一番で余計なことを考える暇などなかったから。

 最終決戦で場違いなことを考えたら、おそらく玲司や圭・ゆきのあたりからの突っ込みが入ったであろう。げんなりした面々の表情が手に取るように浮かんで消える。

 

 ニャルラトホテプに乗っ取られた神取を見た至の第一声――『すっげぇキモいデザインだな!』に、『よりにもよってそっち!?』『もっと他に言うことあるだろ!』と、仲間たちから綺麗な突っ込みが入ったのは、今でも色あせていない。

 

 さて、そろそろ思考回路を切り替えよう。至は口の端に微笑を浮かべた後、まっすぐにパンドラを見返した。

 「何度でも言おう。俺の答えは、何も変わらない」――後輩だろうが何だろうが、この場に居合わせてなかろうが、至の示す答えはひとつなのだ。

 2丁拳銃を弄ぶように回転させたのち、その銃口をパンドラに向ける。トリガーはいつでも引ける準備が整った。小さく口笛を吹いて、至は駆け出す。

 

 

「俺たちは負けねぇ。この場に居合わせてなかろうが、まだまだヒヨッ子だろうが、大切な仲間たちがいるからなっ!」

 

 

 長い時を超えて、あの日得た答えをもう一度。

 

 いや、あの日だけではない。あの日から様々な出来事を経験し、幾重もの絶望や悲しみと向き合ってきた。

 その中で、生きていく中で得た答えの数々を。――今、改めて示そう。

 

 

 

 

【2-3.屋久島旅行へ想いを馳せるだけの簡単なお仕事】

 

 

 

 

 

 

同日 夕方

 巌戸台分寮/ラウンジ⇒巌戸台商店街

 

 

 

 本日、テスト最終日。

 

 泣いても笑っても、今日で最後だ。そして、これさえ乗り越えれば夏休みが待っている。

 カレンダーの翌々日にはでかでかと赤い丸が書かれていた。その下には“屋久島旅行”の文字。

 

 

(ああ、もうそんな時期になったんだ)

 

 

 先週の会話をもう一度思い出してみる。確か、その日は美鶴の別荘に足を運ぶ予定になっていたか。それを圭と航に報告したら、「その日は圭と航が別件で武治に会う予定だった」と言われて吹き出したのは記憶に新しい。

 一応面々にも報告し返した。みな「何そのとんでもないダブルブッキング」とでも言いたげな顔をされた。特に幾月は「仕組んでないよね? ドッキリじゃないよね?」としきりに確認してくる始末。貴様よりマシだろ、と突っ込みを入れておいた。奴が困った様子でいたのが妙にひっかかっている。

 幾月 修二。奴の行動がおかしいというのは何となく気づいていた。確かに奴は、シャドウ殲滅に関して好意的に協力してくれる。しかし、先の困惑からわかるとおり、時折その言動に不可解な違和感を覚えるのだ。何故、協力体制を敷かれることを嫌がるのか。何故、南条側のアプローチを嫌がっているのか。謎は尽きない。

 

 そんなことを考えたせいで、疲労に沈みかけた体が更に重くなったような錯覚を覚える。

 つい数時間前まで、至は戦闘の真っ最中だったのだ。記憶の迷宮を踏破――もとい、全ての敵を倒して、至は現実世界へ帰還した。

 

 『また、君に暇な時間が出来たら電話する。君の力はこんなものではないだろう?』――去り際に恐ろしい言葉が聞こえたような気がしないでもない。

 

 しかし、疲れ切った頭で物事を考えても答えが出るわけがなかった。至は投げ捨てるように思考を切り替える。

 そろそろ夕飯の準備をしておいたほうがよさそうだ。旅行の準備は前々からできているから問題ない。

 今日の献立は何にしよう。テストを頑張った面々を労うには、どんなメニューがいいだろうか。

 

 とりあえず、疲れていそうだから甘いものは入れておきたい。あとは、少し豪勢なものにしてもよさそうだろう。個人的には手早く作れるものがいいが、自分の疲労よりも後輩たちの頑張りを優先させることにする。

 大体のメニューに検討はつけた。早速商店街に繰り出すことにしよう。財布と貴重品を片手に、夕方の巌戸台へと繰り出す。時間帯が時間帯なので、下校途中の学生たちの姿がちらほらあった。

 

 

「どいつもこいつも、テストから解放された! って顔してるな。……死んだ、って顔してる奴もちらほらいるけど」

 

 

 自分たちがそれと対峙していた頃のことを思い出し、至は懐かしくて目を細める。どこまでものどかで平和な光景だ。

 死んだ、という顔をしているのはお調子者組と不良組だった気がする。圭や航は無縁の表情だった。当然至も無縁である。

 ……最も、至の場合はテスト勉強とアルバイトの両立を成し遂げようとしているときが「死んだ」という顔になるのだが。

 

 奨学金をもらうための条件に「学年での好成績」という欄があるのだ。授業もきちんと出席し、部活でもいい成績を収める。奨学生への条件が厳しいのがエルミンの特徴である。

 至の場合は特待生としての奨学金だ。条件がとんでもないということは当然である。普通の人間が呆然とするくらいの条件だ、と正男も言っていたっけ。

 

 祖父母にあまり負担をかけさせたくなかった。ただでさえ、父亡き後はずっと世話になって来たのだから。

 

 少しくらい孫らしいことをさせてほしい――それゆえ、特待生奨学金を勝ち取ったのだ。……結局は、何の恩返しにもならず、ましてや役にも立てなかったが。

 ほろ苦い思い出を辿りながら、至は大きくため息をつく。親孝行、しようとおもえば親は無し――それとよく似ている。

 だから、今できることは今のうちにやっておいた方がいい。できなかったことを後悔するのは、もう嫌なのだ。かつての“彼”と同じように。

 

 ネガティブな方向に考え始めた自分を叱咤し、至は思考を切り替える。

 買うべきものへの検討はついている。

 

 

「さーて、まずは野菜だな」

 

 

 チラシと睨めっこしながら、至は八百屋へと足を進める。あそこのおばちゃんとは顔なじみだ、いい品を提供してくれるだろう。

 

 巌戸台商店街に並ぶ店は近所のスーパーよりも品質が高い。しかも、顔なじみになると割引いてくれることもある。ついでに、世間話から情報を入手できるのだ。

 一石二鳥とはまさにこのこと。世間話で楽しく盛り上がることもできるし、現在巌戸台で起こっている出来事や噂の最前線に触れることもできる。

 

 伊達に珠閒瑠での事件で情報――もとい噂集めのために奔走したわけではない。そして、探偵を自称しているわけではないのだ。対怪異調査員としての意地やプライドもある。

 至はうんうん頷きつつ、エコバック片手に歩みを進めた。八百屋の看板が目に入る。こちらの存在に気づいたおばちゃんが、気さくに手を振ってくれた。

 挨拶を交わして世間話に興じる。勿論買い出しも忘れない。目ぼしい野菜や果物、お徳になっている野菜や果物を注文し、精算。お値段はぎりぎり1500円台だった。

 

 次は精肉店と魚屋を回り、あらかた必要なものを買い込む。これだけあれば充分だろう。

 使用金額は、八百屋の分含んで5000円ちょっと。どうせすぐに屋久島へ出発するのだ、そんなに買い込む必要はない。

 

 

「よし、こんなもんか。あとはさっさと寮に戻って、手早く料理を作るだけだな」

 

 

 みんなが返ってくる前に、沢山作っておきたい。疲れて帰ってきた面々を、満面の笑みと美味しい料理で迎えてやりたい。

 嬉しそうに笑う面々の様子を思い描きながら、至は帰路へ着く。勿論、みんなに「ゆっくりでいいから、真っ直ぐ家へ帰っておいで」とメールしておくのも忘れなかった。

 了承の返事が返ってきたことを確認し、至は小走りで寮へ急いだ。あとはみんなが帰ってくる前に、美味しい料理を作り上げて、彼らを迎えるだけだ。

 

 夕焼け色に染まった空の向こうで、一番星が小さく輝き始める。

 夜の帳は、もうすぐ降りてこようとしていた。

 

 

 

 

$$$

 

 

 

 

2009.7/19 夜

 巌戸台分寮/ラウンジ

 

 

 

 和気あいあいとした声が聞こえる。陽向や千影たちは、明日の屋久島旅行に向けての最終準備を行っているようだった。

 水着は何にしよう、屋久島で何をしよう――楽しそうに語らう面々の様子を視界の端に収めつつ、至はテレビに視線を向ける。

 

 丁度、レポーターが街をゆく人々に声をかけている所だった。話題はやはり無気力症が中心で、それに関する人々の見解が放送されている。

 

 彼らは何も知らない。ペルソナ使いが命を賭けて戦っていることも、戦っているペルソナ使いはみんな学生であることも。

 知らないが故に幸せなこともあるのか、と、ぼんやりそんなことを考えた。至の場合、“知らなかった”がために“とんでもない事件に発展した”という出来事ばかりだ。

 ペルソナさま遊び然り、雪の女王然り、ジョーカーおよびJOKER事件然り。ああ、本当にロクなことが起きていない。自分のトラブルスターター的な能力に眩暈すら覚える。

 

 

『そんなに大切だったら、鍵をかけて閉まっておけばいいんだよ。そうすればどこにも行かない』

 

 

 平行世界にいた少年は、幼い頃の“彼ら”にそう言ったらしい。それが忌まわしき事件を引き起こし、“彼”が孤独な戦いをすることになった原因へと繋がっていく。

 終いには、自分が死んだせいで“彼女”が死亡。大切な人たちを失ってしまった“彼ら”は、罪をあがなうために罰を受けた。忘却と言う名の罰を。

 

 普遍的無意識の絶望担当が嗤う声が聞こえてきた気がして、至は小さく首を振った。無理矢理それを振り払い、テレビのチャンネルを変える。

 次に映し出されたのは、復讐サイトの事件だった。そのサイトの存在について、人々にインタビューしているらしい。口々に彼らは己の意見を口にする。

 「実際にあるなら是非とも利用したい」「あったとしても、そんな物騒なものに手を出せない」「いつ、どこで、自分がターゲットにされるかわからない」――様々な意見が交錯し、映像と共に流されてしまう。

 

 そういえば、達哉たちは奴らと思しきペルソナ使いの反応をキャッチしたと言っていた。その反応を追いかけてみる、とも言っていたか。

 

 場数を多く踏んだとはいえ、あまり無茶な行動をしてほしくない。克哉の気持ちはよくわかる。わかるが、達哉を信じていないわけではないのだ。きっと彼なら、己の望む結果を得るための努力は惜しまないであろう。

 普段コンビを組んでいる兄と離れ離れ、己の力だけで事件のヒントを掴まねばならない。――記念すべき最初の「単独で挑む」事件だ。相手はペルソナ使いの少年少女ときている。かつて不良少年だった達哉だ、色々と思う所があるに違いない。

 

 ……しかし、相手は達哉と舞耶のペルソナ反応を知っている。下手に共鳴現象を使えば、相手に存在を察知されて逃げられる危険性もなきにしもあらずだ。

 相手が達哉の挑発に乗ってくれればいいが――そう考えて、そうとも言えないなと至は思い直した。復讐成功率100%を誇る相手だ、持ちうる武器や実力だって相当だろう。

 至近距離からの銃撃による傷と、出血性によるショック死。復讐サイト関係の被害者たちの多くがその死因だった。手口がいつも同じなので、同一犯の犯行だと思われる。しかも、複数だ。情報収集役と実行役にわかれているらしい。

 

 

(復讐サイト関連には注意を払っておくべきだろうな。他にも、気をつけておかなきゃいけないことは沢山ある。だが……)

 

 

 至はちらりと視線を向ける。

 

 明日の屋久島旅行に向けて、誰も彼もが浮かれていた。長らく戦いばかりで、羽を伸ばす余裕はなかったから当然だろう。

 こういう時こそゆっくり休ませてやりたい。どこにでもいるような学生として、たくさん楽しい思い出を作ってほしい。今しかできないことなのだ。

 

 昔、エルミン学園時代のメンバーと旅行に行ったことがある。長期休みと圭の財力+αを利用した、3泊4日の北海道旅行。

 どこまでもだだっ広い草原で、動物たちと戯れた。牧場でいろんな体験をしたり、夜景を見るために粘ったり、スキーやスノーボードに興じてみたり。

 春休みには、卒業旅行と称して某アミューズメントパークに足を運んだ。絶叫マシンをはしごしたり、限定グッツを買いあさったり、会場内で迷子になったり。

 

 S.E.E.Sの面々には、そういった交流が足りないのだ。今回の屋久島旅行は、絆を深めるのに打ってつけであろう。

 ……本題が別な所にあることは、充分承知しているのだが。

 

 

「ところで、陽向ちゃんはテストどうだった?」

 

「ばっちり! 手ごたえはしっかりつかんだよ!」

 

「さっすが陽向。今回も学年TOPだったりして~」

 

 

 2年生の女子組が楽しそうに会話している。テストが終わり、いろんな意味で安全圏を確定しているが故の余裕が伺えた。

 テストでの死亡フラグを見事に回避したらしい。勉強会の成果が出たな、と、至は思った。彼らの努力を芽吹かせる手伝いが出来た――それはとても嬉しいことである。

 ……そういえば、順平はどうなっただろう。彼の成績が気になって、ふと視線を順平へ向けてみた。視線の先にいるのは相変わらずおちゃらけた彼の姿。

 

 千影と談笑する彼の会話を聞き取ろうと、集中する。

 

 

「テスト終わった後の順平君、すごく輝いてましたよ。大きな仕事をやり遂げた人みたいで」

 

「おー、千影もわかるかー。そうなんだよそうなんだよー! 至さんやお前らとやったところがドンピシャで出てきてなっ! 今回のテストはがっちり手ごたえあったぜ!! 基礎問題もそうだけど、至さんが陽向ッチに教えてた応用問題が、数字変えてそのまんま出てきた時は『しめた!』って思ったなー」

 

「基礎の成績が悪くて応用だけ正解したら、先生たちが呆然とするでしょうね……。まぁ、順平君の周囲の人たちの様子からして、カンニングを疑われるようなことは万一も無さそうですけど」

 

「ひっど! 俺、一切カンニングなんてやってねーよ!!」

 

「やってたら速攻で止められますって。信じてますよ。当然じゃないですか」

 

 

 

『いやー、勉強会やっといてよかったわー。空本が南条と一緒に解いてた応用問題が、数字変えてそのまま出てきたからな』

 

『隣でやり方聞いてたから、本当に助かったぜ!』

 

『愚か者。基礎問題ができないのに、応用問題だけができてどうするんだ。不正行為を疑われてもおかしくないだろう』

 

 

 

 ――……懐かしい会話を髣髴とさせるようなやり取りだ。

 

 正男と秀彦は後にカンニング疑惑が浮上しかけたらしいが、周囲の回答状況と比較した結果、白だと断定された。

 変な濡れ衣を着せられたことに怒っていたのが今でも印象に残っている。彼らのむすっとした表情は、未だ色あせることはない。

 

 美鶴や明彦は問題なさそうだ。幼い頃から英才教育を叩き込まれた美鶴には、効率的な勉強方法を習慣的に行えるよう叩き込まれている。明彦は「勉強=トレーニングと同じ」と考えているため、手を抜くなど性格的に有り得ない。

 ……まぁ、あの2人は「勉強はできるけど、世間の一般常識というか、最近の若者が知っていそうなことに疎い」タイプだ。勉学以外にも、熱中できる分野が複数あった方がいいと思う。特に明彦は、ボクシング以外にも知っておくべきではなかろうか。

 機会があったら話しかけてみよう。「ボクシング以外にも、何か夢中になれる分野を見つけなさい」と。余計なお世話だと怒られるか、あるいは本気にして悩みだすか。前者も後者も面倒であるが、このままボクシング1本にされても困る。

 

 真次郎の弱点は、視界が狭い上に鳥目であることだ。熱中しようがしまいが、肝心なところを見逃してしまっていることが多いタイプ。

 目の前に道があれば、躊躇いなく爆走してしまうほどの勢いがある。その勢いに、己自身が耐えきれず振り回されてしまいがちなのだ。

 

 それでは、いつか大事なことまで見落としてしまうだろう。それが、更なる後悔に繋がってしまいそうで怖い。

 

 人生の崖から飛び降りる寸前だった玲司が踏みとどまれたことを思い出す。彼は「至がいたから踏みとどまれた」と言っていた。正直自分はなにもできなかったし、踏みとどまれたのは玲司自身の強さだ。

 むしろ、至の方が玲司に何度も助けられた。そのことを素直に感謝したのだが、玲司は耳を真っ赤にしてそっぽを向き、目を合わせてくれなかったっけ。嗚呼懐かしい。かつての過去に思いをはせる。

 

 そんな至を現実世界へ引き戻すかのように、至の携帯電話がサトミタダシの歌を歌いだす。見れば、航からのメールだった。

 『明日の待ち合わせ場所について』――南条側が桐条側に問い合わせたいことの詳細や、明日からの予定を確認するもののようだ。

 弟が送ってきた文面に目を通し、慣れた手つきでメールを送り返す。しばし待てば、相手から承諾の意を告げる返信が返ってきた。

 

 

(これでよし。あとは、明日を待つだけだ)

 

 

「わ、もうこんな時間だ!」

 

「そろそろ寝た方がいいかも。明日も早いし……」

 

「そうしよう。明日、出発時間に寝坊するわけにはいかないからな」

 

「じゃ、各自解散! おやすみなさーい!!」

 

 

 時計を確認した面々が、挨拶を交わしながら部屋へと戻る。誰も彼も足取りが軽い。余程明日が楽しみだと見える。

 そんな後輩たちの背中を見つめながら、至も自分にあてがわれた部屋へと戻った。

 

 準備の最終確認をし、そのまま布団にもぐる。そういえば、テレビで「熱帯夜になるかもしれない」と言っていた気がした。

 夏真っ盛りだから当然であろう。気温はこれから鰻登りの一途をたどるらしい。そう簡単には眠れなさそうだ。

 正直、至も屋久島旅行が楽しみな人間である。明日を楽しみにしている人間にとって、寝る前から夜明けまでの時間はとても長い。

 

 明日からの悠々自適な羽伸ばしを思い描き、至ははやる心を鎮めるかのように瞼を閉じる。――まだ、眠れそうにない。

 

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