運命を切り拓くだけの簡単なお仕事   作:白鷺 葵

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0.開幕ベルを鳴らすだけの簡単なお仕事
0-0.ベルベットルームを蹴破るだけの簡単なお仕事


 人気のない裏路地で、藍色の髪の青年は、ひとりジャンプを繰り返していた。とーん、とーん、とーん、とーん、と、ローヒールブーツが煉瓦を叩く軽やかな音が響く。まるでそれは、運動前のウォーミングアップに似ていた。

 その動きに合わせて、左耳だけにつけられた星のイヤリングがしゃらしゃらと揺れる。彼の視線は、青く薄光りする扉に向けられていた。何のタイミングを計っているのか、それはきっと、この場にいる青年自身にしかわからないであろう。

 

 そして――

 

 

「バイオレンスにこんにちわ、イゴォォォォォォル!!」

 

 

 充分に助走をつけた後、彼は迷うことなく扉めがけて飛び蹴りを叩きこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【0-0.ベルベットルームを蹴破るだけの簡単なお仕事】

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶちぬかれた青い扉は不自然に凹んでいたものの、何事もなく元通りに設置されていた。この部屋の仕組みは相変わらずハイテクじみているとつくづく思う。

 

 部屋の主は所在なさ気に椅子に座っている。心なしか縮こまって震えているように見えなくもない。ついでに、奴は一切こちらに目を合わせようとはしなかった。

 老人の口は確かに「お久しぶりですな」と言ったが、その表情は「二度と来ないと思ってたのに」としっかり語っている。奴の頬がげっそりしてた。こっちだって二度と来ることがないと思っていたのだ。お互い様らしい。

 脇に突っ立っていたベルボーイがおどおど視線を彷徨わせているのが目に入った。おそらく、主がここまで追い詰められている光景を見るのが初めてなのだろう。そして、“かつてのお客様”が“あの時のお客様”と関わっているという事実も。

 

 久々に足を踏み入れたこの部屋は閑散としていた。ピアノもアトリエもない、ただ椅子とテーブルと柱時計があるだけの小さな部屋。

 部屋を見回したが、住人は彼等しかいないようだった。こんな小部屋に男2人とは――随分とむさくるしいと言うか、寂しい光景である。

 

 

歌手(ベラドンナ)ピアニスト(ナナシ)たちはどうした? ……まさか、リストラ?」

 

「……………………彼らは“成すべきことを成すため”に、この部屋を後にしました。しばらくは戻ってこないでしょう」

 

「……ふーん。ならいいや。このご時世にリストラなんてされたら、流石に辛いだろーよ」

 

 

 部屋の主は居心地悪そうに、そっと自分から視線を逸らした。どうやらあの3人は事実上の“お暇”を出されてしまったらしい。可哀想に。

 ベルボーイは首をかしげている。自分以外にも住人がいたことに、純粋に驚いているようだった。部屋の主にちらちら視線を送っている。

 

 きっとこの老人は、ベルボーイの問いにも曖昧にはぐらかすのだろう。自分は無意味にそう確信できた。理由など知らない。

 

 老人はベルボーイにアイコンタクトをとる。「余計な質問をするな」と言った所か。ベルボーイが見るからにしょげたから、おそらくそういう意味での視線だったのだろう。

 2人をしばし見つめた後、自分はテーブルの上に置いてあったグラスに手を伸ばした。慣れた手つきで氷を入れて、水差しから水をなみなみと注ぐ。

 勝手知ったる他人の家――もとい、勝手知ったる自分たちのベルベットルームだ。御影町の事件や珠閒瑠市での一件で何度も出入りした経験がある。住人の数が減っても、物の置き場所はあの頃から変わっていないらしい。

 

 グラスの水を一気に飲み干し、テーブルの上に叩きつける。きっと自分の眉間に浮いた皺は数割増しになっているだろう。

 今までのこととこれからのことを考えると頭が痛い。気を抜けば、色々なものに押しつぶされてしまいそうになる。畜生、胃まで痛くなってきたぞ。

 

 

「して、何用ですかな? 貴方様はもう――「珠閒瑠の一件でイケメンに整形した元・骨格崩壊肩幅なパピヨンマスクと最近変なものに感化されつつある絶望大好きな這い寄る黒い触手プレイのタッグによる、人類を使った壮大な実験」

 

「――は?」

 

「その生贄として白羽の矢が立ったのが妹分だったんで、俺が奴らの実験によって奪われたあの子の未来を取り戻すために色々やろうと計画してたんだ。……そしたら、それに気づいたパピヨンマスクと這い寄る何かが、その影響を受けるであろう『俺』の行動を実験対象として選んだっつーだけの話だよ」

 

「……あぁ、成程。かつての“主”と“這い寄る混沌”絡みですか」

 

 

 老人は最初呆気にとられたようだが、自分の言葉が何を指しているかは一瞬で理解できたようだ。

 

 流石は人類で実験していた奴の元・部下的存在である。いや、そもそもこの部屋に足を踏み入れた直後からこんな風に言っていたからだろう。特に前者。

 パピヨンマスクの質問に名前を答えた後、真っ先に「あなたの間接はどこですか? そもそもその体格はおかしくないですか?(意訳)」と問いかけたのは、今でも鮮明に覚えている。

 その後もこのネタを引っ張っては、弟や仲間達から突っ込みを入れられていたっけ。特に、皇帝のアルカナを所持する弟と法王のアルカナを所持する御曹司から。

 

 ああ、懐かしきわが青春。あの頃はこんな目に合うだなんて、微塵も予想できていなかった。

 普遍的無意識の表裏一体存在に目を付けられたのが運のつきなのか。

 

 もっとも、人生そのものが青春だと思っている自分にしてみれば、それもまた青春の1ページにすぎないのだけど。

 

 物語はまだまだ続く。そして、パピヨンマスクと這い寄る何かによる人類実験も、だ。

 勿論、這い寄る何かがもたらす“破滅と絶望”に屈するつもりは毛頭ない。

 だからといって、パピヨンマスクの“証明”に、ただ使われてやるつもりも毛頭ない。

 

 むしろ、普遍的無意識どもの思惑通りになど動いてやるものか。動かしてなんかやらない。

 決意を新たにグラスを煽る。2杯目の冷水は、一気に喉を通り過ぎた。

 

 

「ウチの可愛い可愛い妹分にお前らが接触したことはわかってるんだ。……言い逃れはさせないぜ、イゴール?」

 

「…………相変わらず、貴方様は恐ろしいお方ですなぁ。空本(そらもと) (いたる)様」

 

 

 「お前、本当は悪魔にも適正あるだろ」と。悪魔と塔のアルカナを所持する友人が、そう言いながら浮かべた苦い表情。

 目の前にいる老人――イゴールと、奴の傍に控えていたベルボーイは、丁度その友人と似たような表情を浮かべて自分――空本至を見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

――これは、ひとつの可能性。

 

 

 

『生きてみたいと思ったんだ』

 

 

 桜吹雪の舞う学校の屋上に、少年の声がこだまする。

 

 

『お前が、俺を生かしてくれたんだぞ』

 

 

 なのになぜ。

 少年の嘆きがこだまする。

 

 

『なぁ、いつまで寝てるんだ。……起きろよ』

 

 

 少年は少女を抱きしめていた。

 彼女は、彼の声に反応する様子はない。

 

 

『一緒に学校行ってやるから。お前の行きたいとこ、どこでも連れてってやるから。お前の好きなモン、なんでも作ってやるから』

 

『もう二度と、お前を置いて、勝手にいっちまったりしねェから……』

 

 

 だから、と。

 

 少年は少女を抱きしめる腕に力を込めた。彼女の左手首に巻かれた腕時計の針は、既に止まっている。

 まるで、時を刻むことを止めてしまったかのようだ。……否。もう、少女が時を刻むこと――未来を生きることはない。

 

 その事実を、少年は認めなかった。認めたくなかった。認められるはずがなかったのだ。

 

 

『……頼む。……俺を置いて、いくなよ……!』

 

 

 悲痛な叫びが、こだまする。

 

 少年は、自分が少女を置いて行くとばかり思っていた。自分がいなくなった世界でも、少女が生きていてくれるとばかり思っていた。

 それ故に、“自分が置いて行かれる”可能性など微塵も考えていなかったのだ。“彼女がいない世界”など、存在するとすら思わなかった。

 しかし無情にも世界は示す。残酷なまでに、少年につきつける。『彼女の死は、どうしようもないことなのだ』――と。

 

 響く慟哭。変えられない運命。

 少年が抱えていた唯一の想いは、大切にしていたかった想いは、彼の手から零れ落ちて消えていった。

 

 

 

 

――これは、ひとつの可能性。

 

 

 

『ねえ、どうして』

 

 

 桜吹雪の舞う学校の屋上に、少年少女の嘆きがこだまする。

 彼らの視線の先には、穏やかな微笑を浮かべて寄り添う恋人たち。

 

 

『2人とも、いつまで寝てるの? ……起きてよ』

 

 

 肩をゆすろうと伸ばしかけた手は空を彷徨い、誰も何もできやしない。

 寄り添う2人は、まるで完成された美術品のような神々しさを放っている。

 故に、うかつに触れられないのだ。触れてしまえば、何もかもが崩れてしまいそうで。

 

 呆然と2人を見つめる少年少女の眼前を、青い蝶の群れが飛んでいく。どこか遠くへ、飛んでいく。

 

 幻想的な光景。神聖にして誰も犯せない、あまりにも美しく尊いもの。まるでそれは“絶対の運命”とでもいうかのように、彼らの前に突きつけられる。

 『寄り添う2人が永遠の眠りにつくのは、どうしようもないことなのだ』――と。

 

 

『ねぇ、どうして』

『2人は、生きて幸せになることが許されないの』

 

 

 2人を見守りつづけた仲間たちの慟哭。運命に対する問いかけ。

 それに答えるべき存在は、どこにもいない。わかっていても、彼らは問いかけずにいられなかった。

 

 

 

 

――その可能性を、胸に抱いて。

 

――新しい可能性を、そして未来を切り開く。

 

 

 

「……おい、いいのか?」

 

「当たり前じゃないですか、至にいさん。……そもそも、僕を置いて行こうなんて水臭いんですよ。直接的に血が繋がってなくとも、僕たちは家族でしょ?」

 

「チカ……」

 

 

 暗闇の果て、普遍的無意識の宇宙。モナドマンダラの最奥に、至と青い髪の少年――国光(くにみつ) 千影(ちかげ)が佇んでいた。

 感極まって口を真一文字に結んだ至に、千影はただ穏やかに微笑み返す。その瞳には、ゆるぎない決意が燃えている。

 

 2人は顔を見合わせ、頷き合う。もう、言葉はいらなかった。

 

 浮かんでは消える心の光。映し出されるのは、少女を想う人々の姿。

 あるいは、少女と彼女が愛した男を想う人々の姿。

 『こんな運命など認めない』『生きて、幸せになってほしい』――彼らの声が、悲痛なまでに響き渡っていた。

 

 

「「その嘆きを、その叫びを、その想いを、受け取ろう」」

 

 

 彼らは静かに手を上げる。

 足元から青い光が立ち上り、どこからともなく風が吹き荒れた。

 

 

「「そして、新しい可能性を――ここに示す」」

 

 

 その言葉と同時に、タロットカードが浮かび上がる。愚者から世界までの絵が描かれたそれらは、鮮やかな光を放った。

 眩いばかりの閃光。この場が青に覆い尽くされたと思った刹那、弾けるようにして――消える。

 光が晴れたモナドマンダラ最奥にはもう、2人の姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

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