運命を切り拓くだけの簡単なお仕事   作:白鷺 葵

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0-1.巌戸台へ足を踏み入れるだけの簡単なお仕事

2009.5/10 昼間

 あねはづる⇒巌戸台駅

 

 

 

 車内アナウンスが到着を告げる。

 

 意識が覚醒し、至は目を瞬かせた。隣を見れば、千影がうつらうつらとまどろんでいる。

 ……何か、形容しがたい夢を見ていた気がする。どんな夢だったのか、その詳細を思い出すことはできなかった。

 

 

(やだな。俺、まだ年じゃねーってのに)

 

 

 27歳が世間一般でいう「年」に当たるものか、至はよくわからない。同年代の連中はどう思っているのだろう? ちょっとした疑問である。

 などと、とりとめないことを考えている間に千影も目覚めた。まだ眠そうな目をこすりつつ、棚から荷物を下ろす。

 ごった返す乗客の波をかき分けて改札口をくぐり、そのまま外へ出る。降り注ぐ太陽の日差しが目に染みて、思わず手で遮った。

 

 

 

 

 

 

【0-1.巌戸台へ足を踏み入れるだけの簡単なお仕事】

 

 

 

 

 

 

「先日のモノレールオーバーランの影響でダイヤが乱れたって聞いた時は、どうなるかと思ったんだがな」

 

「そうですね。どうにか元通りになって、予定通りに到着出来てよかったです」

 

「ここに来るのも10年ぶりかー……」

 

 

 巌戸台に足を踏み入れたのは、可愛い妹分・(かなめ) 陽向(ひなた)の両親が亡くなった時の葬儀以来だ。

 あの時の親戚連中の態度は、思い出すだけで腸が煮えくり返りそうになる。

 

 誰が陽向を引き取るかでもめにもめた挙句、本人に対して暴言を吐いた親戚連中。

 

 それに耐えられなくなった陽向が起こした家出事件。でも、奴らはそんなのお構いなしで議論ばかりしていたのだ。

 彼女を探しに行ったのは、至と千影だけだった。他の奴らは一切探しに行こうとも、陽向を心配するそぶりすらなかった。

 遺産に目がくらんだ大人たちなど信頼できない――あの一件があったから、至は陽向を引き取ろうと思ったのだ。

 

 あの子の後見人になるのは本当に大変だった。

 親戚たちと繰り広げた戦いの日々を思い出しかけ、ふと至は思い返す。

 

 

「……そういや、長鳴神社で会ったあの男の子、元気かな」

 

「ああ、ひなを励ましてくれた男の子のことですね?」

 

 

 元気だといいですねぇ、と、千影は懐かしむように目を細める。

 

 陽向が家出した事件には、ちょっとした続きがある。陽向を探し回っていた至たちは、やっとの思いで長鳴神社にたどり着いた。

 あの子が遊び場にしていそうな場所として浮かんだのが、あの神社。子どもの行動範囲を考えて消去法を駆使した結果である。

 

 果たしてそこに陽向はいた。心配して捜してたと至たちが告げれば、陽向が泣きながら抱き着いてきた。そのまま自分たちも泣いていたっけ。

 

 そして、その光景を何とも言えなさそうに見つめる視線に気づけば、安堵すればいいのか困惑すればいいのかわからなさそうにしている少年と目があった。

 陽向曰く「お兄ちゃんが一緒にいてくれた」らしい。「あのお兄ちゃんの言った通り、私の事を心配してくれる人がいた」と。

 

 どうやら彼は、「自分を心配してくれる人なんていない」と絶望していた陽向を励ましてくれていたようだった。

 そのことに礼を述べれば、彼は照れたように視線を逸らす。言葉遣いはぶっきらぼうだったけれど、とても優しい心を持っているように見えた。

 しばらく話し込んでいるうちに夕方になったので別れた。彼とはそれっきりになってしまったが、元気でいてほしいな、と至は思う。

 

 できれば、もう一度会って話がしたい。

 

 

「いつか、会えるかな。……会えたらいいなぁ」

 

 

 小さく呟きながら、至は踏み出す。千影もまた、うんうん頷きながら歩みを進めた。

 新居にして新しい拠点に向かうために。――そして、この街に渦巻く“何か”を明らかにするために。

 

 

 

 

 

 ごった返す人々が交差しあう。

 

 ニット帽とコートを着込んだ少年が彼らの横をすれ違ったが、2人は気づかなかった。

 同時に、その少年もまた、至や千影とすれ違った事に気づいていなかった。

 

 彼らの運命が重なるのは、もう少しだけ先の話である。

 

 

 

 

$$$

 

 

 

 少し、時間を巻き戻して――

 

 

 

2009.4/23 昼間

南条コンツェルン本社/ペルソナ研究部門の研究室

 

 

 

「――巌戸台? ……随分急な話だな」

 

 

 至と瓜二つの顔をした青年――双子の弟・藤堂(とうどう) (わたる)は、物珍しそうに振り返る。唯一彼が自分と違う部分があるとするなら、右耳だけにピアスがつけられていることだろう。

 双子にもかかわらず苗字が違うのは、所謂「大人の事情」というヤツだ。はっきり言えば、幼少時代に両親が離婚したのが原因である。自分たちは別々に引き取られたが、両親に内緒で、自分たちだけ交流を深めていた。

 

 表だって堂々と話が出来たのは、聖エルミン学園に入ってからのことである。それについての説明は、今は割愛しよう。

 

 研究ばかりで徹夜し続けたためか、航は大きなあくびをして椅子に腰かけた。目の下には黒いクマが刻まれている。

 首にかけられているのは「ペルソナ研究部門:主任・藤堂航」と書かれた名札。名前の脇には、南条コンツェルンの社章が描かれていた。

 航の職業は、ペルソナに関する研究を専門としている研究員だ。同時に、若くしてペルソナ研究の権威的存在でもある。

 

 

「あそこは桐条グループのお膝元だろう。あちらでは独自に研究を行っていると聞いたが……」

 

「けど、その研究結果はすべて向こうが独占してる。協力体制しいてるにも関わらず、南条側に提示されるのはほぼわずかじゃねーか。こっちが向こうに提供した“黄昏の羽”と“月のかけら”の研究報告だって、なんか胡散臭いんだよな。書類に改ざんした形跡が見られる。

 ……おまけに、桐条んトコの先代が『2つのオーパーツを全て引き取って調査したい』って申し込んできたのは、南条コンツェルンから“あのシステム”に関する技術漏えいが発覚した時期と一致してるんだぜ?

 終いにゃあ、当時の実験記録――もとい、人工島計画書文を持っていた元・研究員からそれを譲り受ける約束をしてたんだが、そいつが不審な死を遂げちまった。遺品を調べてみても、その書類が見つかったという報告はない。むしろその存在自体がなかったことにされてやがる。……絶対怪しいだろ、コレ」

 

「……成程。偶然にしては、出来すぎている気がするな」

 

 

 ふむ、と、航は顎に手を当てる。他にも思い当たる点はあったらしい。

 

 情報漏えい疑惑の2年後に起きたのが、陽向の両親が亡くなった忌まわしい“事故”。

 当時の資料を見てみたが、あれは本当に“事故”だったのか――正直、至は信じていない。

 

 

「まぁ、確証に近いモンを得たのは、月光館の寮に入った陽向からの情報なんだがな」

 

 

 至はくしゃりと前髪をかきあげ、大きくため息をつく。そして、陽向がくれたメールをコピーしたものを航へ手渡す。

 その文面を眺めていた航の表情がみるみる変わっていった。何か恐ろしいものを目の当たりにしたような眼差しを至に向けてくる。

 巌戸台分寮で暮らす面々の共通点と、自分が関わることになった出来事。ペルソナの覚醒と、桐条バックアップの元に構成された組織――放課後特別活動部。

 

 正直この一件が無かったら、きっと自分は「巌戸台に出向こう」などとは思わなかった。

 桐条という大きな会社が必死になって隠そうとする“何か”に、気づくこともなかっただろう。

 

 至はおもむろにポケットからタロットカードを引っ張り出す。適当に山札を切って、上から順番に3枚カードを引いた。

 出そろった絵柄は運命、塔、死神――それら3枚の柄を睨みつける。それは、可愛い可愛い妹分に迫る“試練”の暗示だった。

 普遍的無意識もとい人類実験に興じるバカ2人によって与えられてしまった未来・可能性予知は、ぼんやりとしたヴィジョンしか見えない。

 

 けれど、至はそれだけわかれば充分だった。

 

 可愛い可愛い妹分が、ペルソナがらみの事件に巻き込まれている。おそらく“試練”とは、それにかかわる出来事なのだろう。

 己が何をしなければならないのか――これで、決まったも同然。至は歯噛みする。

 

 

「……桐条宗家の人間は、全てを知ってるのか?」

 

「知ってるんだろうな、“ある程度までは”。全て知ってたんなら、ご当主様や次期当主様が黙っちゃいねーだろ」

 

 

 特に前者が。

 

 航に聞こえぬようその言葉を飲み込みながら、至は窓の景色へ視線を向ける。高層ビルであるが故に、ここはとても眺めがいい。町全体を見渡すことが出来る。

 研究に根詰めた後でこの景色を見れば、気分が晴れるに違いない。普段だったら、そうに違いないのだが。

 今の自分の気分は、雲一つない青空とは全く対照的なものだった。

 

 

(武治さんや美鶴ちゃんが隠ぺい工作してるように思えないんだよな)

 

 

 圭によって引きずり出された社交界で出会った、凛々しい親子の事を思い浮かべる。

 最後に顔を合わせたのは、娘の美鶴が中学を卒業した頃だろうか。

 

 その数か月前の会合では『会場がテロリストに乗っ取られる』なんて事件があり、「君がいなければ美鶴が危なかった」と武治に感謝されたこともあった。

 正直大したことはしていない。自分はテロリストの隙をついて動いただけだ。ぶっちゃけその隙と言うのは、“偶然鳴り響いた携帯電話の着信メロディがサトミタダシのうただった”――ただそれだけのことなのだ。

 誰の携帯電話か。無論、至の携帯電話である。……もちろん、この事実は公にされるはずがない。こんな間抜けな事実など公表されてたまるものか。至は苦笑する。

 

 逃げるように湧いた思考回路を引き戻し、至は航の方に向き直った。

 航も同じように、至へと視線を向ける。

 

 そして――顔を見合わせ、頷いた。

 

 

「ちょっと、南条くんに掛け合ってみようかなと思ってんだ」

 

「わかった。俺からも頼んでおこう」

 

「渋ったら、大音量でサトミタダシのうた流してやろうぜ」

 

「やめろ。圭が発狂したら面倒なことになる。特にヤマオカさんがキレるだろ」

 

「あの人、まだ南条くんのペルソナやってんだ」

 

「しかも現役だぞ。おまけに最近、メギドラオン覚えたみたいだし」

 

「やだヤマオカさん素敵。愛があれば、最強技のひとつやふたつ覚えられるってか」

 

 

「おい藤堂。この間の件だが――……って、いたのか空本」

 

 

 くだらない話に盛り上がっていたら、いいタイミングで本人が降臨した。

 

 

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