運命を切り拓くだけの簡単なお仕事   作:白鷺 葵

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0-4.外道麻婆片手に江古田を脅すだけの簡単なお仕事

2009.6/4 放課後

月光館学園/応接室

 

 

 

「アンタは“古典こそが正しい日本語”なんて言ってますけど、そもそも“正しい日本語”という言葉そのものが単なる幻想にすぎないんですよ。知ってますか? 平安時代から言わせれば奈良時代の日本語が、奈良時代から言わせればそれ以前の日本語の使い方が“正しい日本語”とされてきました。その理論でどんどん突き詰めていくと、最終的には『誕生した当初の日本語が一番正しい』ということに落ち着くんです。仮名も片仮名もない、口語で語り継がれてきた言葉たちだ。おまけに、古典って“当時の文章を現代の発音で読み進める”授業でしょう? それって、“正しい日本語”という視点から見るとすっごく間違ってるんですよね。矛盾が生じるんです。だって、その文が書かれた当時は現代と全く発音が違うんですから。現代では日本語の発音って50音でしょう? 当時は90音近い発音があったんですよ。正確に言えば88音。上代特殊仮名遣いと分類される発音でね。仮名表記では同じものでも、発音の違いで2種類あったんです。代表的なものはイ段のキ・ヒ・ミ、エ段のケ・ヘ・メ、オ段のコ・ソ・ト・ノ・ヨ・ロ。一応モもありましたが、モの区別は『古事記』にしか出ていない。残念ながら、上代仮名遣いの中では一番最初に消滅してしまったんです。ちなみに、それらの発音を記号化してみると……」

 

 

 延々と語り続けながら、至はふと考えた。

 

 どうして自分は泰山麻婆(外道麻婆)の乗ったれんげを千影の担任教師――江古田に突きつけながら、日本語史の講義をしているのだろう、と。

 

 

 

 

 

 

【0-4.外道麻婆片手に江古田を脅すだけの簡単なお仕事】

 

 

 

 

 

 

 

――時間を少しだけ遡る。

 

 

 

 

 自分が知りたいことはただ1つ、未だ家に帰ってこない千影の行方について。

 

 この2日間、彼は行方不明になっている。

 最後に彼の連絡――もといメールが来たのは、6月2日の夕方であった。

 

 それを要約すると、『数日前から山岸さんが学校に来ていなかった理由がやっとわかった。彼女はずっと行方不明だったのだが、どうやら担任が隠ぺいしていたようだ。自分は彼女の行方に心当たりがあるから、そこを当たってみる』――というもの。

 このメールを送った当初、千影は当日中に帰るつもりでいたようだ。証拠として、『夕食に間に合わないかもしれませんが、頑張ってみます。夜食を作って待っていてください』という文章で締められている。それから2日間も音沙汰がない。これは何かあったと踏むべきだろう。

 「事件を隠ぺいする教師」という単語から嫌な予感はしていたものの、担任の江古田は案の定な人物であった。至が「これは異常事態だ。警察に連絡を」と言えば、落ち着くようにと諭された。もとい、警察に持っていくのはやめてくれと頼まれたのだ。

 

 どれ程「生徒の、ひいては義弟の生死がかかっている」と訴えても、奴は至を押しとどめることに心を砕いていた。

 終いには、「もしも警察沙汰になれば、事態が大きくなるのは避けられない。千影の人生に傷がつく」と、義弟の成績を盾にしてきたのだ。

 

 

「お義兄さんだって、彼の人生を無駄にしたくないでしょう? たかが家出事件ではないですか」

 

「……なんだって?」

 

「ですから、たかが家出事件……」

 

 

「――ふざけんな! “たかが家出”という言葉で片づけんじゃねぇ!」

 

 

 至の剣幕に、江古田は一瞬たじろいだ。しかし、まるで暴れ馬をいさめるように自分をなだめすかそうとする。

 それら一切を無視し、至は言葉を続けた。ここで引き下がるわけにはいかない。

 

 

「生徒2人の、未来を担うであろう大事な子どもたちの命が危ないんだぞ!? それを何だと思ってんだ!? アンタ、それでも本当に教師かよ!?」

 

「しかし、私は千影くんの、貴方の義弟さんのことを思ってですね……」

 

「本当に義弟の事を考えてんなら、なんで放置することを選択した!? 放置することを親や後見人に進める!? ウチの千影が行方不明になったのは2日前だけど、山岸さんはもう1週間近くなるじゃないか! それをアンタはッ!!」

 

「お、落ち着いてください。もう少し、もう少しだけ様子をみるべきだと。事は荒立てず、穏便に……」

 

「そうこうしてるうちに2人の身に何かあったらどうする!? 2人が命を落とすことになったら!? ――そうなったら、アンタはどうやって責任を取る気だ!?」

 

「……そ、そっちこそ! 警察に持って行って事態を大きくした挙句、何でもなかったら……」

 

「それこそ『お騒がせしましたすみません』って頭下げりゃいいだけの話だろうが! 死んじまったら、未来も成績もクソもないんだぞ!!」

 

 

 人の命と自らの保身。貴様はどちらを取る――!?

 

 訴えるように江古田を睨むが、奴はまだ至を押しとどめようとしていた。警察沙汰になるほうが怖いのだと訴えんばかりの勢いで。

 ああ、こいつはダメだ――至は大きくため息をついた。江古田にはっきりと見えるように、だ。

 

 奴は訝しげにこちらを睨む。至はまっすぐに、逸らすことなくその視線を受け止め、睨み返した。嫌な沈黙が続く。

 しかしそれも一瞬の事。先に根を上げたのは江古田の方だった。フン、と、負け惜しみのように鼻を鳴らして視線をそらす。

 至の経歴に関することをブツブツ言っていたようだが、その一切すら耳に届かない。むしろ、奴の言葉などどうでもよかった。

 

 どこからともなく、至は配達用の入れ物を取り出した。

 においが漏れぬよう、しっかりと密閉された鉄製のヤツである。

 

 何も言わず、それをすべてフルオープン。刹那、江古田が奇声を上げた気がしたが、至には関係のない事である。

 

 取り出したるは真っ赤な劇物。冬木で出会った凶悪なモノ。人ならざる者たちをも屠った(実例:セベク・スキャンダルや雪の女王事件、珠閒瑠市に出てきた悪魔ども)最終兵器(リーサルウエポン)――泰山麻婆。

 別名“外道麻婆”と呼ばれるそれの威力は計り知れない。宴会の罰ゲームで何人の人間を戦闘不能にし、通りかかった人間をも巻き込んだであろうか。つい最近には、人類実験に興じるバカ(秩序・創造担当)・フィレモンをのたうちまわさせた。

 臭いだけで威力を悟ったらしい江古田が顔を真っ青にした。何かを叫ぼうと開きかけたその口、むしろ顔面に向けて、至は外道麻婆を突きつける。直後に響く悲鳴と咽たように咳込む音。それら全てを無視し、至はぐりぐりとれんげを押し付けた。

 

 江古田は必死になってその刺激臭から逃れようとあがく。

 至はそれを押さえつけるように、麻婆豆腐を乗せたれんげを突きつけた。

 

 怒りのメーターが振り切れてしまったせいか、逆に妙な冷静さというか、冷徹さが頭の片隅にあった。ただし、あくまでも、冷静なのは一部分だけである。

 それ以外はすべて、興奮およびヤケクソ状態だと言っていい。つまり、自分のやることを自分で抑えられなくなるのだ。

 

 

「――ねぇ江古田先生、知ってますか? 古典を研究すると正しい日本語がわかるとかっていうの、アレって間違ってるんです。正確に言えないんですよね――」

 

 

 ――その結果が日本語史の講義だった、ということだ。

 

 

「まぁ、戯言はこの辺にして、本題に入ろうか。……千影が最後に接触した女子生徒一派について、話を聞かせてもらえないか? ……まぁ、本人に会わせていただければ一番ベストなんだが」

 

 

 ようやく日本語史を語り終えた後で、至は笑った。江古田はひっ、と情けない声を上げる。

 奴の角度から見た自分はどんな表情を浮かべているのだろう。ふとそんな事を考えたが、どうでもいい。

 

 「それについて教えてくれれば、俺は納得して帰りますが?」――れんげをさらに押し付ける。その衝撃で跳ねた汁が、江古田の目に入ったらしい。某大佐よろしく悲鳴を上げて目を抑えた。

 心なしか、何かが焼けるような音が響く。煙が出た気もしたが、さすがにそれは気のせいだろう。至は気にしないことにした。……なんだか外が騒がしい気がしないでもない。

 何か焦臭くないかという女子生徒の声も、応接室から変な色の煙が出てるという男子生徒の声も、きっと自分の聞き間違いだ。

 

 ひとしきり苦しんだ江古田が、ぎっと至を睨み返す。

 

 

「……お前、教師を脅す気か……!?」

 

「脅してるも何もない。俺はただ、アンタに泰山麻婆を勧めているだけだが? ほら、食べないの?」

 

「それを脅迫だと「だったら、出るとこ出てもいいんだぜ? そっちがそのつもりなら、俺だって考えがある」――!」

 

「自らの保身のために、行方不明になった生徒を1週間近く放置してた教師。……警察やメディアが食いつきそうな話題だな」

 

 

 久々にたっちゃんかっちゃんに連絡してみようかなー、あの2人は現職刑事だし。舞耶は10代向けの雑誌の記者やってるから、こういう話題が転がってきたら怒るだろ。マークやブラウンにも伝えて拡散してもらおうか、2人はメディアと関連の深い有名人だからなー。あと南条くんも怒るよねー絶対、あ、彼は南条コンツェルンのトップなんだ。

 

 それらすべてをノンブレスで言ってのければ、江古田の顔はみるみる青く染まっていくではないか。

 今なら全身青色づくめのパフォーマンス集団と並んでも充分通用するかもしれない。奴はかなり追い詰められているようだった。

 当然だ。奴にとってモンスターペアレント同然の厄介者が、実は途方もないパイプの持ち主だったなんて知ったのだから。しかも、殆どが影響力の強い人物ばかり。

 

 奴は唖然とした表情で口をパクつかせる。まるで、酸欠の金魚みたいだ。

 

 何かを言い返そうとして、けれど結局は言葉に詰まる。その姿が滑稽で、至は思わず口角を吊り上らせた。無論、江古田がそれに気づく余裕などない。

 畳み掛けるようにして至は距離を詰めた。麻婆豆腐の入ったれんげを奴の鼻に押し付けるようにして、囁く。

 

 

「……そういえば江古田先生。貴方の御親戚に、反谷 孝志さんっていましたよね? ほら、聖エルミン学園で教頭を務めた後、七姉妹学園の校長になった」

 

 

 「俺、高校時代はお世話になったんですよ」と、至はぽつりと呟いた。付け加えるように、お亡くなりになったそうですねぇ、と呑気に告げる。

 外道麻婆の刺激臭に悶絶していた江古田の肩がびくりと跳ねた。それを確認した至は静かに目を細める。

 

 無論、笑っているわけではない。今の気分は、獲物を捉えた鷲のような状態である。

 

 

「あの人、“彼を疎んじる人物にJOKER呪いをかけられ殺された”らしいですよ? 呪いをかけた犯人は学校の生徒だったって、もっぱらの噂です」

 

「……な、なにが言いたい……!?」

 

「――子ども舐めんな、ってことだよ。子どもたちってのは、大人以上に大人を見てるんだ。行動力だって凄まじいんだぜ? ……あまり好き勝手すると、そのうち手痛いしっぺ返しを喰らうだろうな」

 

 

 至は吐き捨てるように言うと、再び江古田へれんげを突きつける。そしてますます笑みを深くし、言った。

 

 

「さて、話を聞かせてくれませんか? 江古田先生」

 

 

 

 

 

 

$$$

 

 

 

同日 夕方

 ポロニアンモール/噴水広場前

 

 

 

 最終的にわかったことは、「江古田は役に立たない」ということだけだった。自己保身に走る教師の言い訳など腹立たしくて聞くに堪えない。

 結局、千影と最後に接触したと思われる女子生徒一派に関する情報も吐こうとしなかった。「最近の事件によって病院送りにされた」で押し通すつもりのようだ。

 

 まったく最近の大人は、と至は心の中でひとりごちる。教師の在り方について、冴子先生やゆきのらとじっくり話し合いたいと思った。この件が解決して落ち着き次第、久々に彼女たちに連絡を取ってみると言うのもいいかもしれない。

 大人が全くあてにならない事態に放り込まれた自分たちは、必死に事件解決のため奔走した。むしろ、絶対権力のようなものを敵に回して渡り合ってきたと言っても過言ではない。例としては、当時の大企業や人類実験に興じるバカ(運命を嘲笑う方)だろう。特に後者は成人後にも縁があった。全く持ってうれしくない。

 こうなったら自分の手で調べるしかない。至はぱん、と自分の頬を叩いて気合を入れた。月光館の生徒たちに聞いて回れば、少しは何かわかるかもしれないと淡い期待を抱く。探偵の基本は足を使った捜査だと聞いた。勿論、刑事やマンサーチャーでも言えることである。

 

 「ねーねー聞いたー? 今日、イヤミ田、体調不良で早退したらしいよー?」「うわ、ざまぁ」――女子生徒の声だ。

 

 どこの学校にも嫌われ者はいるらしい。今は亡きハンニャ――もとい、反谷の事を思い出し、至はひっそりと笑みをこぼした。奴は根っからの独裁者気質だった。

 母校のエルミンや達哉と舞耶らに出会った七姉妹より、月光館の教師連中は個性が派手だと思う。職員室に乗り込む直前にすれ違った、白衣を着た眼鏡の男性とか。

 

 至はくるりを踵を返し、近くを通り過ぎようとする女子生徒たちに声をかけた。

 

 

「すみません、ちょっといいかな? 最近この学園で起こってる事件について聞きたいんだけど……」

 

 

 

 

 

$$$

 

 

 

2009.6/8 夕方

辰巳ポートアイランド/裏路地

 

 

 

 溜まり場の不良たちに声をかければ、喧嘩を売られた。ICレコーダーでサトミタダシ再生するぞと言ったら、みんな顔を真っ青にして一目散に逃げ出した。

 どうやら、彼らは至がベルベットルームに入ろうとした際に喧嘩を売って来た一派と知り合いだったらしい。どいつもこいつも「大変だ、サトミタダシの回し者が来たぞー!」と叫び、雲の子を散らすように逃げ出してしまったのである。

 

 

「……なんだよー。これじゃあ情報収集できないじゃないか」

 

 

 せっかく苦労して、件の女子高生一派がここを出入りしていたのを突き止めたのに。

 

 江古田の隠ぺい工作は至の思った以上に綿密だった。生徒たちの大半は「噂程度しか知らない」し、何かを知っていそうな人々は黙秘を貫くのみ。

 詳しく聞き出すことはできなかったが、どうやら箝口令が敷かれているらしい。面倒事に巻き込まれてしまうと踏んだからであろう。彼らの不安は分からない訳ではない。

 

 至はあーあとため息をつき、人っ子1人いなくなった裏路地に立ち尽くす。

 ……やはり洗脳ソングの代表格・サトミタダシは不味かっただろうか。殴り合い沙汰にならずに済むと思っていたのだが。

 そういえば、悪魔との交渉でもサトミタダシは不評だったなぁと思い返す。あれを歌うと、何故か勝手に逃げ出してしまうのだ。

 

 カード集めをしたときは大変だった――なんて、至はひとり懐かしさにふけった。歌とは関係ないが、くちさけどもに囲まれた時とかは本当に危なかった。

 あの時、圭の皮肉や玲司の手品に何度窮地を救ってもらっただろう。ムドオン連射地獄――おかしいな、気が遠くなってきそうだ。

 

 

「――ん?」

 

 

 そう考えて、ふと足を止める。微かに感じた気配は、ペルソナ使いである者が放つ独特のものだった。ペルソナ同士の共鳴現象と言った方が早い。

 どこのどいつだろう? 気配に釣られて、振り返る。――壁にもたれかかるようにして突っ立っていた少年と、目があった。

 

 初夏のさわやかな風が吹き抜けるこの季節に似つかわしくない、渋茶のニット帽と臙脂のロングコート。暗い鳶色の髪は無造作に伸ばされている。

 

 なんて暑苦しい恰好なのだろう。至は思わず顔をしかめる。無遠慮にじろじろ見られれば腹が立つもので、件の少年も苛立たしげにこちらを睨み返してきた。

 脳裏を駆けたのは、かつてエルミン学園で「伝説の裸グローブ番長」と呼ばれていた玲司。手品が得意でお母さん想いの玲司。2人目の子どもが3歳になった玲司。ただ今子煩悩を絶賛大爆発させている城戸 玲司の姿であった。大切なことなので重ねて言っただけである。

 トゲトゲした雰囲気や目つきの悪さは彼に似通う所があった。この手のタイプは「いかつく不良じみているのは外見だけで、根はいい人」であるパターンが多い。沢山ちょっかいをかけられたり、世話を焼かせるようなダメな子を見るとつい手を出してしまう。ソースはもちろん実体験&城戸 玲司である。

 

 ムドオン地獄の最中に手品コールしたら、「うるせぇ黙ってろ! まだ仕込が終わってねぇんだ!!」と一喝されたのはいい思い出だ。

 ちなみに蛇足であるが、平時の時に手品コールしても同じ反応が返ってくる。良くも悪くも、玲司は根が律儀で真面目な奴だった。

 

 玲司と至が仲良くなったきっかけは覚えていないが、至が積極的にちょっかいをかけていたことは覚えている。玲司も覚えていないようだが、何度も話しかけてきた至に対して律儀に相手し返していたのが積み重なった結果だろう――そんな風に答えを出した。

 最終的な決定打は、祖父母想いの至がおじいちゃんおばあちゃんっ子ぷりを披露したからだ。それが、お母さん想いだった玲司の琴線に触れたようで、そこからちょくちょく色んなことを話すようになった。

 

 懐かしい思い出にひとしきり浸った後で。

 「ねぇ、ちょっといいかな?」と、至は少年の元へと歩み寄る。

 

 

「あ? ……んだよ、何か用なのか?」

『……なんだよ、何か用か?』

 

 

 完全に雰囲気が一致した。言葉は違えど、最初の頃の玲司と今の少年の反応は全く同じである。

 

 その事実に内心吹き出しつつ、至は手短に用件を伝える。『最近、ここに月光館学園の女生徒たちがたむろしていなかったか』――問えば、彼は怪訝そうに眉をひそめた。それもそうか。見ず知らずの大人がそんなことを訪ねてきたら、誰だって不審に思うだろう。

 行方不明になった女子生徒の行方が分かったというメールを残して義弟・千影が行方不明になったこと、行方不明の女子生徒は千影と同じ料理同好会の部員だったこと、担任の江古田があまりにも役に立たなかったこと、むしろ隠ぺい工作の片棒を担がされそうになったこと――。

 

 

「そりゃあ、俺と千影は直接的な血の繋がりは薄い。……でも、それでも、千影は俺の大切な“義弟(かぞく)”なんだ」

 

 

 少年は、黙って至の話を聞いていた。神妙な顔つきで目を瞬かせていたが、何か思い当たる節があったのだろう。

 「……まさか、あいつの……?」――思わず、と言った調子で少年が零す。至は即座に食いついた。

 

 最初、食いつかれた少年は頑なに視線をそらして口をつぐんでいた。しかし、それで引き下がる程、至は人間が出来上がっていない。

 今日で2人が行方不明になって1週間近く――あるいは1週間以上経過していること、下手すれば2人の命にかかわることを必死に訴える。あまりにも必死になりすぎたせいで、自分の発言が支離滅裂になっていることは自覚していた。

 けれど、このまま黙っているつもりはない。ただ手をこまねいているわけにはいかない。玲司に接していた頃を思い出しながら、至は必死になって食い下がった。少年は相変わらず頑なな態度を崩そうとはしなかったが、どこか迷っているように見える。

 

 彼もまた、至と同じペルソナ使いである。しかし、彼は「至がペルソナ使いである」ことに気づいていない。

 

 ただの一般人だと思っている相手に、影時間やらペルソナ絡みの話をするのは気が引けるだろう。おまけに、それを話せば厄介なことになると踏んでいる。

 彼の判断は間違っていない。間違っているとするなら、「至が一般人である」というその前提だけだ。

 

 この前提をどうにかして覆さない限り、少年は決して喋ろうとしない。至はそう確信し、即座に実力行使へ打って出る。

 先程から煩い位に響く共鳴現象――しかも、この少年からの一方的なものだ――を読み取りつつ、ジャンバーのポケットからタロットカードを取り出した。

 

 

「……やめとけ。この一件、アンタには荷が重い。しばらく大人しくしてりゃあ帰って来る――「君、ペルソナ使いだろ?」!!?」

 

「ここまで露骨に気配をばらまいているの、この場で君くらいだよ?」

 

 

 弾かれたように警戒態勢を取る少年に、至はタロットカードを示す。

 

 

「アルカナはHierophant(法王)、主に物理攻撃を主体にしたアタッカータイプ。……ほほう、意外と場数は踏んでるんだな。けど、最近は戦線を退き、年単位のブランクがある。

 ちなみに、法王のアルカナの正位置は慈悲や優しさ、連帯や協調性、法令や規律の尊守、強い信条を表わしている。しかし裏を返せば――つまり逆位置的に考えれば、旧主性による古さや頑固さ、躊躇や逃避、独りよがりやお節介が目立つ人物であると言えるな」

 

「テメェ……」

 

「おや? 君、何か心配事でもあるのか? ……正位置の月が出てるな。不安定、現在逃避、猶予のない選択の象徴か。何を抱えてるのかは知らないが、独りで抱え込むのは御法度だぞ? 友人がいるんだったら相談してみればいいと思うけど……――って、え?」

 

 

 山札から、淡い光を放つカードを引く。1枚目は月の正位置――ここまでなら大して問題なかった。

 至が凍り付いたのは、2枚目のカードに描かれたアルカナが原因だった。しかも、その向きは正位置。

 

 

「――死神? 清算、決着……死?」

 

「デタラメ言うんじゃねぇ!!」

 

 

 何か琴線に引っかかるものがあったらしい。少年は怒り任せに拳を突きだした。至はそれを難なく受け止める。

 この少年は喧嘩慣れしているようで、拳による一撃は結構重い。しかし、至の知人友人(せんゆう)らと比べればまだまだである。特に城戸 玲司。

 彼も一撃を受け止められたことで至の力量を察したのだろう。驚いたように目を見張り――けれども警戒態勢を解かぬまま――、大きくため息をついて拳を戻した。

 

 何とも言い難い沈黙が流れる。互いの息遣いと至の腕時計が秒針を刻む音だけが、路地裏に響いていた。

 

 「テメェは一体何者だ?」――訝しむように、少年が問う。彼の瞳はどこまでも鋭く、抜身の剣のように輝いていた。

 一般人だったら、その殺気にやられて逃げ出すだろう。しかし本音を言わせてもらうと、彼の殺気は“手負いの獣”のようなものだ。かつての玲司やパオフゥのような。

 

 野良犬や野良猫にエサをやる気分だな、と、至はひっそり考える。勿論、表情には一切それを出していない。

 出したら間違いなく少年が怒るだろう。話を聞くどころではなくなり、別な方向に脱線することなど目に見えていた。

 圭と起こした“くだらない喧嘩騒ぎ”の数々を思い返し、ああやっぱり法王アルカナは頑固者が多いのかと勝手に納得する。

 

 まぁ、それはどうでもいいか。至は早々に思考を切り替えると、

 

 

「――俺も、君と同じペルソナ使いだよ。……ただし、ちょっとばかし“旧式”タイプのね」

 

 

 ルーツがちょっと違うだけだから。本質的には君たちと同じだよ。

 

 だから君の知ってることを詳しく話してほしい、と言えば、少年は観念したように頭を掻いた。どこか不服そうに「わかった」と、疲れたような顔をして頷く。

 そういえば名前を聞いていなかった。至は自分の名を名乗り、彼の名を問う。少年は目を瞬かせたのち、少しだけかすれた声で呟いた。

 

 

「……真次郎。荒垣 真次郎だ」

 

 

 

 

 至は知らない。

 

 先程少年――荒垣 真次郎をざっくりと予知した際、青い光を放っていたカードが“もう1枚”あったことを。

 そしてそのカードの柄が、正位置の運命の輪であったことを。

 

 運命の輪が示すもの――“定められた運命”が、何を意味するものなのかを。

 

 この時の至は、まだ何も知りはしなかった。

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