マフィアを抜ける前の太宰さんと中也さんの過去話。ほぼ中也さん視点です。

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青鯖と蛞蝓

 初めて会った時、太宰は俺に笑顔を向けた。

 気障に言えば、まるで太陽の様。そう本心から思った。然し、んな事面を向って、しかも野郎になんて言えない。

 だから、衝いた言葉が「青鯖が空に浮かんだ様な顔しやがって」

 真意を知っているのか否か、奴は「君は蛞蝓みたいにてらてらして、とても付き合えた代物じゃないね」

 薄笑いをしながら、太宰は返答したのだった。

 

 初対面がこんなんだ。現在の仲も然り。

「あっ、中也」

 廊下でばったり出会った青鯖は、にっこりと笑った。

「何だよ、気色悪ぃ」

「何、捜す手間が省けたのが嬉しいんだよ」

 クルリと背を向け、「首領がお呼びだ」

 俺達の初対面に立ち会っていたと云うのに、首領は俺と太宰を組ませた。真意は分からない。幾度か尋ねたが、「だって面白そうだろう?」と嬉々とした答えが返ってくるだけだった。

「嗚呼」

 幾らか俺より背丈のある太宰の後を追う。

 背中を見ていると、服が濡れているのに気付いた。

「手前、又入水してたのか?」

「……ん、嗚呼、そうだよ」

「飽きねぇな」

「死ぬまでは続けるよ」

 そりゃ、死んだら自殺は出来ねぇからな。

「中也は死のうとは思わないのかい?」

「思うな」

 すると、太宰は振り向いて、さも驚いた様な顔を見せた。

「嘘だぁ、中也に限って、死にたいなんて思う筈が無い……」

「……殺すぞ?」

「良いよ」

 表情をコロッと変え、不敵な笑みを浮かべる。

「さあ、何所からでも殺して御覧?」

「……止める。首領に叱られる」

 こんな阿呆でも、此処の幹部だ。其れに、俺の相棒だ。

「詰まらないの」

 太宰は口を尖らせた。

 

 此れが俺と太宰の日常。「殺す」と何気なく口にする物騒な日常。傍からでは喧嘩に見えるだろう。

 然し、少なくとも俺は、太宰に好意――そう云うには余りに重い――を持っている。

 一目惚れだったのだ。あの青鯖の笑顔に。

 

 或る日の事。

 俺達ポートマフィアに喧嘩を吹っ掛けて来たという事務所を太宰と潰しに行った。

何でも、太宰が極秘に捜査を進めて、危険だと判断した為だそうだ。普段の不真面目な此奴を見てるからか、つい訝しんでしまう。

「こういうのは、芥川とかに遣らせた方が良いと思うんだが」

「確かにねぇ。けど、あの子は発達段階だよ。未だ、使えない」

 淡々と言う太宰の目は、冷たかった。

「手前も、芥川を道具として見てるのか?」

 芥川龍之介。孤児だったのを、半年前にポートマフィアに拾われた。

『羅生門』と云う途轍も無い異能力を持つ彼は、手の付け様が無く、仕方無く異能力を無効に出来る異能力『人間失格』を持つ太宰に役が回って来たのだった。

「少なくとも、上の人達は利用し様と考えてる様だよ」

「はぐらかすなよ。手前の事を訊いてんだ」

「私は、上の命令に従うだけだよ」

「何時も入水して叱られる奴がよく言う」

「所詮、私も道具だ。居なくなったら困るんだ」

 其の遠回しな物言いは、芥川にも係ってるのだろうか。

「安心してよ」

 肩に太宰の長い腕が回された。

「中也の事は、ちゃんと一人の人間として見てるから」

 にっこりと、笑顔を一つ。

「気色悪ぃんだよっ」

 慌ててその腕を退ける。

 ……最近、妙に太宰からのスキンシップが多い。

 二週間ほど前……確か酒を一緒に飲んだ後だ。

 はっきり言って、俺はよく悪い酔いして、その間の記憶はすっかり抜け落ちている。もしかしたら、其の時に変な事を口走ったのかもしれない。

 然し、これは直球に訊ける事柄じゃない。

 暫く無言で歩いた。

 やがて、傾きかけていた日が沈んで暗くなった。

 道の先に、目的地である倉庫が見えた。

 難なく裏口に着き、相棒と目配せする。それが合図。

 懐から拳銃を取り出し、静かに倉庫に入る。

 ――誰も居ない。

「……どう云う事だ? 手前が言うには、此処を拠点に取引をしてるって……」

「御免、其れ、嘘」

 思わず太宰を凝視する。

「だって、中也はそう云う事じゃないとこんな所まで付いて来ないでしょう?」

 確かに。然し、

「如何して俺をここに連れて来る必要が有った?」

 太宰は薄笑いを貼り付けて言った。

「逃げる為さ」

 手が差し出される。

「さァ、中也。私と共に逃げよう」

「逃げるって……一体、何所から」

「決まっている。マフィアからだ」

 俺の身体に戦慄が走った。

「何言ってんだ……? 手前も俺も、幹部だぜ?」

「そうさ。だから厭きたんだ。此処での生活に。人を殺すのはもう散々だ。君だって、そう漏らしてたじゃないか」

「何時――」

「あれ? 憶えてない? この前一緒に飲んだ時だよ」

 ……やっぱり、あの時か。

「然し、手前が抜けたら……ほら、芥川は如何するんだ」

「彼は、私が居なくてもやって行けるよ」

「手前、彼奴を見捨てる気か!」

「中也、何時からそんな感傷的に成ったんだい?」

 徐に差し出していた手を下げる。

「何を言われても、私はこの決意を曲げ無いよ」

「嗚呼、その様だな」

「だから、中也。一緒に来ない?」

「……断る」

「……如何して?」

 太宰の笑い顔に、一寸陰りが差した。

「マフィアを抜けるって事は、俺を拾い、育ててくれた首領を裏切る事になる」

「嗚呼、君は首領に可愛がられているからねぇ……」

 詰まらなさそうに聴こえるのは、気のせいか。

「ねぇ、中也」

 太宰は驚くべき問いを俺に投げ掛けた。

「私と首領……どっちが好きかな?」

「はぁ?」

 素っ頓狂な声を出したが、内心は混乱している。

 答えは簡単。太宰だ。

 太宰にだったら、俺は何をされても良い。仮令、身体を差し出す事になっても、構わない。

 けれど、問題は其れを口に出すかどうかだ。

「……其れを聞いて、如何する」

 質問で返すが、太宰は答えない。俺もだんまりを決め込む。

 幾らか時間が流れる。時計を見ていない為、どの程度かは全く判別が付かない。

 動いたのは太宰だった。

懐から懐中時計を取り出し、「時間切れ」と感情も無く告げた。

 そして、次の瞬間には、

パァン! という破裂音と共に、俺は地面に座り込んだ。右太腿から出血する。

「太宰、手前ぇ!」

「安心しなよ、其の傷は後遺症には成らない」

 太宰はしゃがみ込み、慈悲深い笑みを浮かべて――静かに、俺の唇に接吻を落とした。

 其れは一瞬と云える程の束の間で、離れたら直ぐに、湿った布を押し付けられた。

 視界がまどろんでいく。

 そんな中、太宰の言葉だけは、はっきりとしていた。

――「サヨナラ」

 

 

 目を醒ました時、俺は医務室に居た。

「起きましたか」

 声がした方へ目を向けると、口許を隠した芥川が居た。

「安心して下さい。太腿の傷は直に治るそうなので。後に枷と成る事は有りません」

 嗚呼、太宰の言う通り……

「太宰ッ! 太宰は!?」

 尋ねると、芥川の眉間に皺が寄る。

「あの人は……居なくなりました」

 懐に手を入れ、紙――書簡らしい――を俺に差し出した。

 二つ折りになった其れを開く。

『マフィアの皆様へ

 私、太宰治は此処を抜ける事と致しました。中原君がそんな私を止め様としたので、少々手荒いですが、この様な手段で足止めしました。御許し下さい。

 太宰治』

「武闘派の貴方が太宰さんにやられると云うのは少々信じ難かったですが、如何やら薬品を嗅がされていた様で」

 あの布に染み込ませてあったと云う事か。

「上の対応は?」

「躍起になって探していますよ。あの人は幹部ですから。此処の機密情報を大量に知っている」

「そうか……」

 やっと、太宰が居なくなったと云う現実が俺を侵食して来た。

「中原さんは、如何するお積もりですか」

「如何って?」

「太宰さんの捜索です」

「嗚呼……勿論、捜す」

 自然と、指が唇をなぞる。

 あの接吻の意味を訊かなきゃならないしな。

 待ってろよ、太宰。さっさととっ捕まえて、全部吐かせてやる。

 

 

 時は遡り、二週間前。中也は居酒屋に太宰と居た。

「嗚呼、糞っ。如何してお前の方が評価されんだよ。俺の方が仕事してるってのに」

「其れは仕方の無い事だねぇ」

「嗚呼? 随分と余裕だなぁ、太宰ぃ」

 鋭い眼を向けられ、太宰は肩を竦める。

「全く、如何して私はそうも君に嫌われるのかね? 何か君に嫌な事でもしたかい?」

「したさ」

 空になったグラスを持ち上げ、中也はポツリと呟いた。

「へえ、私には全く覚えが無いのだけど?」

 ダンッとグラスをテーブルに置き、太宰のグラスを引っ手繰って飲み出す。

「其れ、私の……」

 中也は酒を飲み干すと、焦点の定まらない眼を太宰に向けた。

「初対面の時からだよ! 手前が気に入らないのは! あんな風に……太陽みたいに笑いやがって。此の青鯖野郎が!」

「何で太陽って持ち上げてから、青鯖って落とすかなぁ」

「何言ってんだよ。青鯖ってのはなぁ」

 しゃっくりを一つし、中也は言った。

「太陽って意味なんだよ、青鯖ぁ」

 ぐらりと中也の身体が揺れ、太宰にもたれ掛かった。

「詰まり、其れって褒め言葉?」

 ニヤニヤとからかう様な眼をして言う太宰に、中也は目を閉じ、「そうだよ」と、静かに肯定した。

「じゃあ、中也は」

 太宰は指で中也の髪を絡め、弄ぶ。

「私の事が好きなのかなぁ?」

「そうだよ」

 間髪入れずに答えられ、太宰は中也を凝視する。然し、当の本人は寝息を立て始めた。

「……肝心な処で寝ちゃうんだから」

 中也の顔に掛かった髪を退ける。

「私も、中也の事が好きだよ」

 呟くと、太宰は中也の頬に口付けた。

 

 

 薄暗い廊下を歩く。

 笑いが抑えられずに歩く俺を、通り過ぎる部下達が気味悪げに見ていく。

 何時もだったらしばきに行く所だが、今の俺はすこぶる機嫌が良い。自分で言うのもなんだが。

 教えられた部屋に入ると、奥には、ずっと捜していた、奴の姿。

「相変わらず悪巧みかァ、太宰!」

「……その声は」

 太宰は引き攣った顔を此方に向ける。

 良い表情だなぁ、青鯖。

「こりゃ最高の眺めだ」

 嗚呼、やっと会えた。どれだけ待ち侘びた事か。

「百億の名画にも優るぜ」

〈終〉

 


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