どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第二十六話

 ぬふふふ、これは中々。おお、いい筋肉してるじゃない! あ~、良い目の保養になるわさぁ~。やっぱり暇つぶしにはこれよねぇ~。リィーナもどうしてイケメンと筋肉の良さが分かんないのかしら?

 

 prrrr……prrrr

 

 んもう、何よ。せっかく人がいい気分に浸っていたのに。一体誰が……あれま! アイシャからなんて珍しい! て言うか初めてじゃない。何の用なのかしら?

 まあアイシャなら私の幸せな一時を邪魔したとしても許してあげるわさ。

 

「はいはい。こちらビスケ、どうしたんだわさアイシャ?」

『ああ、ビスケ。忙しかったらすいません、今大丈夫ですか?』

 

 相変わらず律儀ねぇ。ジジイなら問答無用で用件を言うのに。ま、その場合は私も速攻でぶち切るけどね。

 

「大丈夫よ。それで、何の用かしら?」

『ええ、実は……ビスケをしばらく雇いたいのです』

 

 へえ? アイシャが私を雇いたいなんて。一体どういう要件かしら?

 

「それはまたいきなりね。雇うと一口に言っても色々あるわよ?」

『はい。実はあなたの能力が必要なんです』

「私の? ……そう! クッキィちゃんのエステ効果が欲しいだなんて貴方も女の子になったわねぇ! でも、残念だけどアイシャには私の能力は――」

『断じてそうではありません!』

「……何よ、面白くないわね~」

 

 ちぇ! もしそうだったら徹底的に着せ替えしようと思っていたのに。アイシャも元がいいんだから磨く努力をしなきゃね~。いくら前世が男だからって、現在は女の子なんだからいいかげん諦めたらいいのに。

 

『全く。……実は今、弟子を1人育成していまして。それの修行に貴方の能力を使わせてもらいたいのですよ』

「はあ!? ちょっ! マジで!?」

『え、ええ。そんなに驚くことですか?』

 

 当たり前よ! あんた自分が何なのか忘れてるの!?

 伝説の武人・リュウショウ=カザマよ!? それが弟子を取って、それもたった1人を付きっ切りで育てているなんて、驚いて当然でしょう!

 

「それって流派を教えているの?」

『いえ、あの流派は一切教えていません。〈アレ〉についての師、というだけです』

 

 それだけでも充分に贅沢よ。その弟子が誰だか知らないけど、自分がどれだけ恵まれているか分かっているのかしら?

 ……リィーナが知ったら嫉妬に狂いそうね。あの子アイシャに指導してもらうのを今か今かと待ち続けているんだから。確か後継者を育てるのに躍起になっているのよねぇ。さっさと後継者を育てて自由の身になってアイシャと一緒にいようという魂胆が丸見えだわさ。

 

「その弟子は知っているの? アンタが[アレ]だってことを?」

『……いえ、教えていません。さらに言うなら、オーラについても教えてはいないのですよ』

 

 ああ、なるほどね。前世の事も話していないし、オーラも隠していると。そういうことか。つまりアイシャは私に念の実演もしてほしいってわけね。

 そいつが誰だか知らないけど、確実に念については初心者。そんな奴にアイシャの素のオーラを浴びせたらどエライことになるわね。

 例えアレに耐えられたとしても、アイシャがそれを教えるのには抵抗がある、と。

 

「そういうことなら私が実演もした方がいいわね」

『さすがですね、私の言いたいことを理解してくれているようです。……その人はハンター試験の同期で、その、友達なんです……いずれは話したいと思っていますが、今はその……』

 

 あらまぁ。

 ……本当に変わったわね。リュウショウ先生とは本当に別人ね。精神が肉体に引っ張られているとでもいうのかしら? 友達に嫌われたくないからオーラを隠しておきたいなんて、あの先生がここまで女の子になるなんてねぇ。

 

「分かったわ。そういうことなら雇われましょう。でも、私にも都合があるから9月にはこの契約を切らせてもらうわよ」

 

 ヨークシンのオークションで、あのバッテラ氏なら確実にグリードアイランドを競り落とすでしょう。ならば次にあるのはプレイヤーの選考会のはず。

 ああ、噂では世界で類を見ない程の美しさと言われている希少宝石! グリードアイランドでしか手に入らないと言うそれを手に入れる為にも、選考会に遅れるわけにはいかないわさ!

 

『はい、それでも構いません。元より私たちも9月には用がありましたから』

「そ、ならいいわさ。それじゃ、契約における重要な点、報酬なんだけど」

 

 いくら気心が知れている相手、尊敬する先生とは言え契約は契約。プロとしてそこはしっかりしておかなくちゃね。

 

 ……鈍感ウイングのせいで消える予定のお金を少しでも補填しなきゃいけないし。

 ああもう! 思い出すだけでも忌々しいわね! あのバカ! 今度会ったら一発ぶん殴らなきゃ気がすまないわさ!

 

『ええ、拘束期間は約4ヶ月。指導の補助、及び能力の使用。さらに能力を他者に明かす点も含めて試算してもらって結構です』

「分かってるじゃない。それじゃ……そうね、1ヶ月5千万、と言いたいところだけど、知り合い価格で2千5百万にしとくわ。9月までできっかり1億でどう?」

 

 アイシャがお金を持っていなかったらこんな契約を持ち出しては来ないだろう。だからきっちり報酬は取らせてもらうわさ。

 

『分かりました、それで結構ですよ。それでは契約成立ということで。証文は用意しますか?』

「そこまではいいわよ。アイシャを信用してるもの」

 

 いくら性格や性別が変わっても根っこは変わってないものね。下らない嘘で人を騙すような人じゃないのは分かってるわよ。

 

「それじゃ明日にでもそっちに移動するわ。場所はどこなの?」

『ええ、天空闘技場です。受付に私の名前を出したら部屋の番号を教えてくれるので、よろしくお願いしますね』

「はいはい~。それじゃ、またね~!」

 

 そうしてアイシャとの電話を終える。

 

 ふふ、面白くなってきたじゃない。ちょうどすることもなくて暇してたんだし、いい時間つぶしになりそうね。それにアイシャが念能力を教えているだなんて中々素質がある奴かもしれないし。

 磨きがいのある原石ならいいわねぇ~。ついでにイケメンならなお最高ね! 女だったら残念だけどね。

 

 しかし……盗聴を警戒して念を言葉に出さずにアレソレで喋るのも面倒だわね。聞かれたところで問題ないと思うけど、無駄に無知な馬鹿どもに情報を渡すのも癪だしね。

 特にアイシャ=リュウショウだと知られたら面倒なんてもんじゃないわよ。

 

 さて! 取り敢えず明日の為に準備をしなくちゃね。持ってくものはっと~。

 そうして色々と荷物を整えている私の目の前に、1つのカメラが眼に映った。ふむ……アレをこうすれば……リィーナに売れるわね! 上手くいけば賭けをチャラに出来るかもしれない。そう思った私が速攻でカバンにカメラを入れたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ぬぅ! 悪寒が!

 ビスケとの会話を終えた直後に悪寒が走った……この手の悪寒が走った時は大概嫌なことが起こる前兆だ。嫌な予感ほどよく当たるんだよなぁ……。

 

 黒の書も取り戻せなかったし、それどころかあれがさらに拡大感染しているかと思うと……。唯一の救い……いや、あるいはさらなる絶望かもしれないが、それは黒の書を手にしたのがあの人である可能性が出たことか。

 

 カストロさんの証言によると、ブラックヒストリーを譲った青年は身長約190cmほど、黒髪短髪で少し髪を立てている。黒いサングラスをかけたスーツ姿の青年だという。どう考えてもレオリオさんですありがとうございました。

 

 ……これでプロハンターでなければ他の人かもしれないが、プロハンターで念を知らない、つまりは今年受験して合格した人で先ほどの特徴を持つのはレオリオさん以外いないだろう。というかそこまで分かっているのにどうして名前を聞いていないんだ?

 

 レオリオさんが持っているのなら、9月にヨークシンでレオリオさんと合流するらしいから、そこでブラックヒストリーを譲ってもらえるかもしれない。それは救いだろう、だが……。

 

 あれをレオリオさんに読まれていることは確実! 友達にあんなのを読まれるなんて赤の他人に読まれるよりよっぽど辛いよ!! うう、絶望が私を包む。これでレオリオさんが何らかの能力を身に付けてでもしていた日には………………ぐ、想像しただけで目眩が!

 

 駄目だ、今考えてもどうしようもない。気が滅入ってしまうだけだ。だったら初めから考えない方がいい。ここからしばらく離れられない以上レオリオさんと合流するのはヨークシンしかない。だったらそれまではクラピカと自身の修行に集中することにしよう。

 

 もっとも、クラピカの修行は現在鎖の具現化に入っているから私が手伝えることは少ないが。具現化には凄まじい集中力を要する。私が割って入ってアドバイスをしても逆効果になるだろう。具現化に必要な修行法はすでに伝えてある、後はクラピカから助けを求められた時に手を貸すだけだ。

 

 ビスケと契約を交わし呼びはしたが、今来てもまだクラピカの修行は出来ないかもしれない。とにかく具現化の修行を始めたらそれのみに集中した方がいいからな。精々出来るのは纏と練くらいか。それでも早めに呼んでおくに越したことはない。時間のロスは少ないし、クラピカなら1ヶ月もかからずに具現化しそうだし。

 

 問題は制約と誓約だな。これについても一通り教えてはいる。だが、どのような制約と誓約にするかは私から指示はしていない。これは他人から言われるよりも自分で決めた方がいいからだ。己の覚悟を以て決めた方が効果は高いだろうからね。

 

 そう言う意味ではあまりブラック……もう黒の書でいいや。黒の書に書かれている念能力をそのまま作り上げるのはオススメはしないんだが……。いや、参考にする程度だったり制約と誓約を自分なりに覚悟を決めてアレンジすればまた話は別かな。

 

 一体どのような制約と誓約を考えているのだろうかクラピカは。

 ……気になるのはあの時、制約と誓約について教えた時に感じたクラピカの暗い覚悟のオーラだ。話しかけるとすぐにそのオーラは霧散した。しかし……。

 

 あまり他人の能力に口出しはしたくないが、事が事だ。やはり一度クラピカに確認してみよう。

 

 

 

 クラピカは部屋の中にいるようだな。恐らく具現化のための修行に励んでいるんだろう。誓約はすでに決めているんだろうか? あまり重たい誓約を考えてなければいいんだけど。

 

「クラピカ、失礼しますね。修行の方、は……」

 

 ドアを開け、中に入る。するとそこには――!

 

「ふむ。鎖を噛むとこんな感触か……次は味も見ておこう。……ん? アイシャか一体どう――」

 

 パタン。

 ………………いや、分かってはいるんだ。あれが具現化系の修行だということくらい。教えたのは他の誰でもない私だからな。

 でも味も見ておこう、とか言いながら鎖をレロォ~っと舌で舐め上げるクラピカを見続けるのは少し、いやかなり堪えた……。思わずドアを閉めてしまった私は悪くないと思いたい。

 

「アイシャ、一体どうしたんだ? 何か用が有ったんじゃないのか?」

「ああ、いえ、すいません。少し思うところがありまして。……中に入りますね」

 

 気を取り直してもう一度入室する。

 今度は……大丈夫だ。鎖は手に持ってはいるが特に何もしていない。

 

「修行の妨げをしてすみません。成果の方はどうですか?」

「いや、気にすることはない。成果と言われてもまだまだだな。具現化というのは本当に難しいな」

「それは仕方ありません。恐らく具現化系は能力の発現までにもっとも時間の掛かる系統ですから。その代わり一度発現したら出し入れも自由で便利なのが具現化系です」

 

 手ぶらを装って武器を具現化することも出来るし、隠を使うと見えにくくすることも出来る。何らかの能力を付与したモノを具現化することも多いので、熟練した具現化系の使い手はとても厄介だ。

 

「――と、講釈をしに来たのではないのでした。……今日来たのは貴方に確認したい事があるからです」

「……確認したいこと?」

 

 私の言葉に怪訝な表情をするクラピカ。今更何を確認するのか疑問なのだろう。

 

「はい。……貴方は自らの能力を既に考えていますか?」

「……ああ。鎖を具現化するに当たって、鎖にどのような能力を付けるかはある程度は考えている」

 

 そうか。聡明なクラピカのことだから既に能力を決めているとは思ってはいた。問題なのはどのような能力か、そしてどのような制約と誓約を課しているかだ。

 

「……本来能力は他人に教えるものではありません。念能力が他人に知られてしまうリスクの大きさは分かるでしょう? 私も自身の能力は貴方にも教えていませんしね。……ですが、それを承知の上で聞きたいのです。クラピカは鎖にどのような能力を付与しようとしているのですか?」

 

 例え師と言えど弟子の能力を知らないということはよくあることだ。それほど念能力が他人に知られてしまうリスクというのは大きい。もちろんヒソカのように知られたところで大したマイナスを生じない能力もある。だが、それでも知られてしまうと対策は多少なりとも立てられるだろう。知っていると知らない、その差は限りなく大きいものだ。……世の中知らない方が良かったということも多いけどね。

 

「……具現化する鎖は5つとしている。右手の指にそれぞれ1本ずつ、形状はそうだな、この絵を見てくれたら早いか」

 

 そうして見せてくれたのは1枚の画用紙。他にも床に大量の画用紙が散らばっている。鎖を写生していたのだろう。これによって鎖のイメージをより強くしていたのだ。見せてくれた画用紙には、右手の指1つ1つに嵌めた指輪から鎖が伸びたモノが描かれていた。

 なるほど、既に完成系は出来上がっているわけだ。問題はその能力とその内容、つまりは誓約なんだが……。

 

「5つそれぞれを違う能力として作ろうと思っているんだが、まだ全ての能力は決めていないんだ。いくつかは【絶対時間/エンペラータイム】を利用しないと使用出来ないようにするつもりだ」

「そうですか【絶対時間/エンペラータイム】を。……既に決めている能力もあるんですね?」

 

 しかし【絶対時間/エンペラータイム】か。これまた凄まじい能力を発現したものだ。

 緋の眼になり、特質系へと変化した時にのみ発動する念能力。検証の結果、緋の眼の間のみ全ての系統の能力を100%引き出せる能力というのが判明した。

 

 正直ありえないと言ってもいい能力だ。クラピカが強化系が不得意でも、この能力が発動すると強化系の能力も100%引き出せる。鍛錬を積めば積むほどその効果は高くなっていくだろう。強化系の肉体の強さを誇り、具現化した鎖に能力を付与してそれを操作、放出、変化させて戦う。

 

 何それ怖い。

 

「……ふぅ。分かったよ、話そう。アイシャも意外と強情なところがあるからな」

 

 私が【絶対時間/エンペラータイム】について考えていると、クラピカがそんなことを言ってきた。どうやら私の沈黙を勘違いして受け止めたようだ。

 しかし強情とは失礼な。クラピカを心配してのことなのに。まあ丁度いいから良しとしよう。

 

「……私が考えているのは鎖で捕縛した対象を強制的に絶にする能力だ」

 

 な! 強制的に相手を絶にする能力!?

 それは……確かに強い。オーラを絶たれた能力者なんて言わば陸に打ち上げられた魚のようなものだ。

 いや、絶になっても戦えはするから正確な言い回しではないか。まあどうにせよ、そうなればどうあがいても相手の勝ちはなくなるだろう。だが……。

 

「それを実現するにはかなりのリスクを課したルールが必要です。それについては?」

「……私の目的は仲間の眼を取り戻し蜘蛛を捕らえること。この能力は幻影旅団以外には使わない」

「それは……制約としては問題ないです、でもそれだけでは少し弱いですね。例え絶に出来たとしても鎖の強度は大したモノにはならないでしょう。相手によっては引きちぎられますよ?」

「ああ、それはただの前提条件だ。それを破った場合の誓約も決めてある」

 

 クラピカから流れ出る覚悟の気配。これは、まさか!

 

「……命を賭ける」

「! ……本気で言っているんですか?」

 

 いや、こんなことを聞いたところで答えは分かっている。こんな下らない嘘や冗談を言う様な人ではないのは百も承知だ。

 でも、下らない嘘であってほしいと思う私がいるんだ。

 

「勿論だ」

 

 ……やっぱり、か。私の質問に対しての答えに全く揺ぎがない。これは既に覚悟を決めているオーラだ。でも、そんなものを認めるわけにはいかない!

 

「旅団以外には使用出来ず、もし使用してしまったら死んでしまう。それならば具現化された鎖は凄まじい能力となり、幻影旅団相手には劇的な効果を発揮するでしょう。ですが!」

「そうしなければ勝てるとは思えないんだ!!」

 

 !? 私の言葉を遮って部屋に響くクラピカの絶叫。クラピカがここまで激しい感情を見せるなんて……。

 

「アイシャも見ただろう。ヒソカの力を。私よりも遥かに強い、あの実力を。仮初とはいえ奴は旅団に属している。それはつまり旅団員の力は少なくともヒソカに近しいものだということだろう。それが12人もいるとなれば、命くらい賭けなくては……勝てるとは思えない!」

 

 血を吐くかのように絞り出されたクラピカの思い。それは……あながち間違ってはいないだろう。

 ヒソカは旅団の中でも上位に位置する実力者ではあろう。ヒソカが旅団でも弱者の部類に入るのならば、トップである団長に拘らなくてもいいだろう。他にも歯ごたえのある者が大勢いるのだから。

 故にヒソカは旅団でもトップクラスの実力だと推測される。そうでなくては団長と戦いたい等と思わないはず。この際実は団長はさして強くないという仮説は捨てておく。

 

 だが、だからと言って他の団員がヒソカよりも極端に弱いはずはない。全員が同じ領域にいるのは想像するに容易い。あの時のヒソカとカストロの戦いを観たクラピカが焦るのも無理はないかもしれない。

 

「……すまない。少し感情的になりすぎた」

「いえ、クラピカが焦るのも無理はないですし、その誓約を考えたのも分からなくもありません」

「では――」

 

 私が同意を示す答えを返した事にクラピカが安堵の表情を浮かべる。

 だが!

 

「だけどそのルールを課すのは許せません」

「何故だ!?」

「そのルール、先程も言いましたが確かに旅団相手には圧倒的に有利になるでしょう。……ですが、あまりにも諸刃の刃に過ぎます」

「それは……」

「もしも旅団に能力の詳細がバレてしまったら、容易く対処されてしまう。例え綿密な計画を練り、能力がバレない様に旅団員と1対1で相対したとしても、何があるのか分からないのが念能力です。どこで能力の詳細がバレるとも限りません。旅団と相対した時にその場に旅団以外の敵がいるかもしれない」

「それでも……それでも旅団に勝つには――」

「――私が貴方を強くします!」

「っ!?」

「命を賭けなくても奴らに勝てるくらいに強くします! そうすれば、わざわざ命をリスクとした能力を作らなくてもいい。……当然のことでしょう?」

 

 私の言葉に絶句するクラピカ。それも仕方ない。今のクラピカに、ヒソカに勝つ自分を想像するのは無理だろう。

 

「貴方の才能。そして、緋の眼による特質系能力【絶対時間/エンペラータイム】。これらを有する貴方ならば不可能ではありません」

「……本気で言っているのか?」

 

 先ほど私がクラピカに言った言葉が返ってくる。そして私の返答もまた、クラピカと同じだ。

 

「勿論です」

 

 クラピカを強くする。例えヒソカクラスが12人いたとしても勝てる程に!

 私だけでは時間が足りない。技術はともかく練の持続時間は私でも短縮は出来ない。でもビスケの助けを借りられたら。

 ……いや、それだけではない。風間流の本部に行きリィーナの協力も得よう。対念能力者を経験して実戦経験を積まなくては。天空闘技場だけでは物足りないだろう。

 

「命を賭けなくても旅団に勝てる程に、私は強くなれるのか?」

「勿論、戦いそのものは常に命懸けなのは当然です。蜘蛛の全てと同時に敵対して勝てる程に強くなることもさすがに難しい、でもそれは貴方が命を誓約とした念を作ったとしても同じこと。策を練り、多対1にならないように戦えば、勝てます。勝てるようになります! それほど貴方の才能は素晴らしい」

 

 長いこと念能力者を見て育てて来たが、クラピカやゴンにキルア、彼ら3人に匹敵する才を持った人は殆んどいない。徹底的に鍛え上げたら世界有数の能力者になれるだろう。

 

「だが、奴らは13、いやヒソカを除いて12人か。それだけの人数がいる相手をどうやって分断し、1対1に持ち込めば……」

「何もクラピカ1人が全てをこなす必要はありません。私がいるじゃないですか。いえ、私だけじゃない、貴方には頼りになる仲間がいるでしょう?」

「それは!? 無理だ……これは私の復讐だ、他人を巻き込むわけには……」

「他人じゃない。私達は仲間だ、友達だ! 友達を助けて何が悪いんですか?」

「し、しかし!」

「例えクラピカが止めたとしても構いませんよ。私は勝手にするだけです。ゴン達もきっとそう言うでしょうね」

 

 そう、笑いながら言うとクラピカも二の句が出てこないみたいだ。ゴン達を巻き込むのは気が引けるけど、あの2人なら旅団クラスになるのにさほどの時間はかからないだろう。順調に行けば2年ほどでヒソカに匹敵とは行かなくても、遅れを取るほどではなくなるはず。

 

「……本気、みたいだな。……分かったよアイシャ。命をリスクとした能力を作るのは止めにする。その代わり……徹底的に強くしてもらうぞ?」

「ええ! 勿論です!」

 

 良かった! 思い直してくれて本当に良かった!

 もう、無茶な能力を考えて! 心臓に悪いよ。こんなに心配させるなんて悪い弟子だよ全く。

 

「そうと決まればまずは鎖の具現化を済ませましょう。これは私でも時間短縮は出来ませんので、クラピカに掛かっています」

「ああ分かっているさ。能力をしっかりと考え直して具現化に挑むとしよう」

「……本当に無茶な誓約を課してはいけませんよ?」

「ふふ、分かっているさ」

 

 どうやら嘘ではなさそうだ。クラピカなら約束は守ってくれるだろう。後は修行に専念するだけだな。

 

「だが、1つだけアイシャに確認したい事がある」

「え? 確認って、何でしょうか?」

「……アイシャ、キミの実力を知りたい」

「! ……そうですか」

 

 とうとう来たかこの質問が。今まで共に過ごした時間で、クラピカは私の念を一度も見ていない。疑問に思っていただろうな。纏すら行っていない私のことを。

 勿論私は纏はおろか練や流の修行もしていたのだが、【天使のヴェール】の効果により、傍目には垂れ流しのオーラしか確認出来ていない。それでは私がどれだけ強いか理解するのは無理だろう。

 

 これまでは私を信用して何も言わなかったんだろうが……。

 

「アイシャが私よりも強いのは良く分かっている。だが、アイシャがヒソカよりも強いかは分からない。強ければ師として優秀、というわけでもない。だが強ければ師として有利なのは確かだろう」

「……そうですね。理論や育成が優れていても、強くなければ教えられない事は山ほどあるでしょう。……いつかは話すことと思っていましたが、今がその時ということでしょうかね」

 

 覚悟を決める時が来たようだ。確かにクラピカの決死の想いを否定し、私の我を押し通したんだ。これくらいは当然の代償だろう。

 

「分かりました。私の実力を見せます。ただ、ここではちょっと無理ですね」

「……? 何故だ? 別にオーラを見るだけだろう?」

「オーラ量=実力と決め付けてはいけませんよ? 技術が優ればオーラ量の有利も覆ることはありますので。とにかく、ここでオーラを解放するわけにはいかない理由があるんです」

 

 もしこんな所で【天使のヴェール】を解除してしまえば確実に変態がやってくる。あいつが私のオーラに萎縮するわけがない。嬉々として参上するだろう。

 他にも沢山の念能力者に感知されるだろう。全力のオーラを見せたら阿鼻叫喚の地獄絵図になるかもしれない。

 

「何があるかは分からんが、了解した。場所を移そう」

「では、周囲に誰もいない広い場所は近くにないでしょうか? 出来れば周囲数十kmに渡って人気がない所がいいのですが」

「それならここから東に約120kmほど行くと広大な山脈があるはずだ。そこなら人気もないだろうが……そこまで用心しなくてはならないのか?」

「ええ、誰の目があるかも分かりませんからね」

 

 

 

 

 

 

 アイシャと共に天空闘技場より東に向かって走る。

 車をレンタルしようと言ったのだが、少しでも鍛錬になるので走っていくと言われた。しかも、凝を怠らないようにしながらというおまけ付きでだ。

 

 凝も出来るようにはなったが、さすがに走りながら、それもこれだけの距離をずっと凝をし続けるのは辛いな。まあアイシャに言ったら“辛くなくては修行になりませぬ”と返ってきたが。

 

 ……アイシャの説得を受け、命をリスクとした能力を作るのは止めにした。確かに言われる通り、私が奴らより強くなればそこまでのリスクのある能力にしなくてもいい話だ。焦っていたんだろう。ヒソカの実力を知り、旅団には勝てないのでは? とな。

 

 だが、今すぐに勝てるようになる必要はなかったんだ。地力を高め、奴らを超えてからでも遅くはない。修行の間は焦らず仲間の眼を探すことに専念すればいいだろう。

 

 復讐に囚われ、目先のみを追っていたようだ。

 アイシャには感謝しなくてはな。

 

 本来ならそれで話は終わっていたが、私には常々気になっていたことがあった。

 それがアイシャの実力だ。アイシャが私よりも強いのは分かる。だがヒソカよりも強いのか?

 別にヒソカよりも弱くとも師として不満がある訳ではないが、私が念に目覚めてから一度もアイシャのオーラを見たことがないのが疑問に拍車をかけていた。

 

 アイシャがどれほどのモノか見てみたい。

 アイシャが私にオーラを見せないのは何か理由があってのことだろうと、そう思い疑問は心の底に沈めていた。だが今回の話を聞き、疑問が浮き上がって来てしまったのだ。

 

 アイシャが自ら話すまで待とうと思っていたが、好奇心に負けてしまいついあのようなことを言ってしまった。悪いことをしたとは思うが、この詫びは別の形で返すとしよう。

 とにかく今は凝に集中しよう……い、息が大分切れてきたからな。

 

 

 

「はあっはあっ!」

「クラピカ大丈夫ですか?」

「ああ! はっはっ、問題、ない!」

 

 くっ! まさか山の麓ではなく、山を1つ越えて本当に誰もいない谷間まで来るとは! 距離にしたら150kmほどだが、山岳の緩急ついた高低のある道を一定のペースで走るのはかなりキツイな。凝さえしていなかったら問題なかっただろうが……。

 とにかく今は絶をして少しでも体力を回復させよう。

 

「ここまで来れば大丈夫でしょう。尾行者もいませんでしたし、もっとも近い人里もかなりの距離を離れています」

「ふぅ。周到だな」

「誰かに見られるわけにもいきませんので」

 

 ……いくら何でも用心しすぎではないか? オーラを見せるだけでそこまで用心するとは思えない。

 私に実力を見せるのだから何らかの能力を出すのかもしれないな。それが他者に知られたら致命的な弱点を持つ能力ならばこの用心深さも頷けるというものだ。

 

「まず私の能力について説明しておきます。……当然ですが他言無用ですよ?」

 

 その言葉にごくり、と自然に唾を飲み込む。私が直接知る能力はヒソカの粘着・伸縮自在のオーラとカストロの【邪王炎殺拳】とその応用技のみ。アイシャから様々な能力の詳細を今後の参考にと教わったが、所詮は話として聞いただけだ。やはり直接見て経験した方が能力を知ったと実感が湧くものだ。

 さて、アイシャはどのような能力を有しているのか。楽しみであり、怖くもあるな。

 

「私の能力は【天使のヴェール】といって、効果は自身のオーラを他者に認識出来ないようにするものです」

 

 ……………………は?

 

「いやいや、何だそれは? つまりそれを発動すればアイシャのオーラは眼で見ることも肌で感じることも出来なくなると?」

 

 それはどんなふざけた能力だ? オーラが見えなくなったらどうやって攻撃を防げばいいんだ?

 

「ええ、そういうことですね。今も纏をしているんですよ? ただ【天使のヴェール】を発動しているので垂れ流しのオーラにしか感じないわけです」

「では今までアイシャは纏をしていなかったのではなく……」

「はい。クラピカの考えている通りです。今までもこの【天使のヴェール】を使用していました。貴方が修行している最中に私も練の持続時間を伸ばす修行や流の修行などをしていたのですよ」

 

 ……無茶苦茶だな。

 恐らく特質系の能力。というか特質系以外考えられない。いかなるルールを組み込んだらそんな能力を作れるんだ?

 

「では、今から【天使のヴェール】を解除します」

 

 ん? これは……恐怖? アイシャが怯えている? どうして怯えたりなんか――!?

 

 こ、これは!? 何というオーラの質だ! あの時、カストロとの戦いでヒソカが見せたオーラに迫る禍々しさだぞ!? 思わず後ずさってしまったほどだ!

 オーラにはその者の感情や内面が表れると聞いたが、アイシャからこのようなオーラを感じるなんてどういうことだ?

 

「これが私のオーラです。……吃驚しましたか?」

「……正直驚いているよ。これは……どういうことなんだ?」

 

 今もアイシャの表情からは怯えや恐怖の色が伺える。それなのにそのオーラは真逆。むしろ恐怖を撒き散らしているかのようだ。感情がオーラに表れるのならこれはおかしいだろう?

 それとも……アイシャが実はヒソカ並の狂人だというのだろうか?

 ……いや、そんなことは流石に考えにくい。

 

「……詳しい事情は話せませんが、私のオーラは常にこのような異質で禍々しいものとなってしまいます。纏をしているだけで一般人にも怯えられるため、普段は絶か【天使のヴェール】をして過ごさなくてはならないんですよ」

「それはつまり、このオーラにアイシャの意思は乗っていないという事か?」

「その通りです」

 

 なるほど。……それは逆に言えば負の感情を乗せたらもっと恐ろしくなるということでは? 殺気を乗せたらそれだけで敵を倒せそうだな。

 

「……すいません、今まで黙っていて」

「気にするな。誰しも話したくないことはあるものだ」

「ですが……」

 

 恐らく先ほどのアイシャの怯えと恐怖は私の拒絶を恐れてのことだろう。私がアイシャのオーラを知ることで自分を恐れ、離れるのではないのかという危惧から来るものだ。

 今までにも経験しているのかもしれないな。親しかった人がアイシャのオーラを知った途端に離れていくことを。

 

「確かに驚きはしたが、それだけのことだ。気にすることはないさ」

 

 だから私は受け入れよう。この程度で怯むようでは幻影旅団を捕らえようなど夢物語だ! 何より、仲間を裏切るような真似は出来ないからな。

 アイシャを拒絶しない。そう言う意味を含めて後ずさった分よりもさらに前に、アイシャに近づいていく。

 

「クラピカ……」

「さあ、これで私にオーラを隠す必要はなくなったな。修行も捗りやすくなるというものだろう?」

 

 実際のところ、アイシャがオーラも隠した状態では出来ない修行もあるだろう。

 私が考えただけでも相手のオーラ量を読む修行、隠を見破る修行、凝に込められたオーラを見切る修行と様々に浮かぶ。

 

「……ありがとう」

「礼を言うのは私の方だよ」

 

 私を信頼してくれたから秘密にしてあった能力とオーラを見せてくれたのだ。信頼している相手からの信頼には応えなくてはならない。それは当然のことだ。

 

「ふふ。では、私の実力の一部をお見せしますね」

「ん? ああ、それが本題だったな」

 

 正直【天使のヴェール】とオーラのインパクトで忘れていたよ。

 しかし実力の一部と言ってもどのようにして私に見せるのだろうか? あの時のように大岩を砕きでもするのか? 当時は念に目覚めてなかったから分からなかったが、あれにはどれほどのオーラが込められていたのだろうか? 興味はあるな。

 

「少し離れた方がいいですよ? 危ないですから」

 

 言われて少し後ろに下がっていく。やはり何かを壊すのだろうか? 手頃な岩はないので地面か? それとも岩壁でも砕くのか?

 いくつもの思考を巡らせている内に、ふと1つの疑問に辿り着いた。

 

 【天使のヴェール】を鑑みるにアイシャは特質系のはず。他の系統と違い、特質系能力は特質系を得意とする能力者にしか作ることは出来ない。

 私は特質系に転じた後も元々の得意系統である具現化系に戻ることは出来る――いや、一時的に特質系になることが出来ると言ったほうが正確か――が、本来は一度特質系に変化すると一生特質系のままのはず。

 私のようなケースは稀とのアイシャの談から、アイシャも特質系から元の系統に戻ることは出来ないのだろう。

 

 つまりアイシャは特質系なので……肉体を強化する強化系はもっとも苦手とするはず。この結論に行き着いた時、あの時アイシャが大岩を砕いた事をもう一度思い浮かべる。

 

 ……思いっきり矛盾してないか? あれがもっとも苦手な系統で成せる業なのか? それともアイシャも私のようにどの系統の能力も100%引き出せるとか?

 だが私の能力が判明した時のアイシャの驚きようを見るとそれもなさそうだ。

 

 そんな私の疑問を一蹴するかのような答えが、目の前のアイシャから返ってきた。

 

「行きますよ。……『練』」

 

 一言。そうたった一言を呟いた瞬間。アイシャからオーラが溢れ出た。

 

 気付けば私は地に手をついていた。口も阿呆みたいに半開きとなり、傍から見ればさぞマヌケな絵が見れただろう。

 

 カストロよりも遥かに、いや、明らかにヒソカすらも超えるオーラ量! こんなオーラを私よりも年下の女性が発しているというのか。

 

 ああ、これなら納得だよ。これだけのオーラを纏えば特質系だろうと大岩の1つや2つ砕くことも容易いだろうな。

 

「……すか? 聞こえていますかクラピカ?」

「――!? あ、ああ。すまない、少し呆けていたみたいだ……」

 

 アイシャに話しかけられていたようだが、あまりの光景に我を失っていたようだ。

 

「……どうやってそこまでのオーラを……その年齢で……」

「すいません。それはまだ言えません。……もう少し待ってもらえますか? いつか、いつかきっと話しますから」

 

 アイシャが秘密にしていることはアイシャにとってよほどのことなのだろう。いつか話すと言ってくれているんだ。その時まで待つのが礼儀だろう。

 

「分かったよアイシャ」

「すいません。……それで、どうしましょう。クラピカが望むのならもう少し実力を示しますが?」

「いやこれほど分かり易い見せ方もないだろう。もう充分だよ」

 

 オーラ量の多さ=強さなどと妄言を吐くつもりはないが、さすがにあれほどのオーラを見ると話は別だ。今の私では何をしたところでアイシャにダメージを与えることは出来ないだろう。どれほど技術を身に付けたとしても、アリで獅子に勝つことは出来ない。私がアイシャに挑むというのはそれと同じだ。もっとも、技術においてもアイシャの方が上なんだがな。

 

「……それならいいんですが」

 

――全力を見せなくてもいいのかな?――

 

 そんな呟きが風に乗って聞こえてきたが幻聴だと思う。むしろそう思わせてくれ。

 

「ではクラピカも納得してもらえたようですね。これで貴方の師として充分な資格があると思ってもらえますね?」

 

 ああ、そう言えばそういう名目だったな。元より師として不満を持ってはいなかったのだし、アイシャの実力を知るための方便みたいなものだったのだが。

 

「勿論だ。これからも厳しく頼むよ」

「ええ。徹底的に鍛え上げますよ。特別講師も呼んでいますので、楽しみにしてくださいね」

「特別講師? いったい誰のことだ?」

「クラピカは知らない人ですよ。それよりもここにはもう用はないので天空闘技場に戻りましょう。クラピカは鎖の具現化に専念しなくてはいけませんからね」

 

 そう言ってオーラを垂れ流しにするアイシャ。感じるオーラの禍々しさもなくなっている。【天使のヴェール】を使ったのだろう。かなり便利な能力だな。

 

 さて、帰りも凝をしながら走るのだろう。行きよりも体力もオーラも減っているからな。途中で倒れないように気を入れなくては。

 

 

 

 

 

 

 アイシャの依頼を受けてから8日、ようやく天空闘技場に着いたわさ~。飛行船ってもうちょっと速くならないのかしら? 空の旅も悪くないけど時間が掛かりすぎるのよね~。

 さて、取り敢えずアイシャのところ……に……?

 

「それで、カストロという愚物の部屋は何階の何番なのですか?」

「は、はい! え、えっと、その、か、カストロ選手は、223階の……」

「もっとハキハキと話してはいかがですか? 無駄に時間が過ぎてしまいます。私は急いでいるのですが?」

「ひぃ!? も、申し訳ありません!!」

「あ、あのリィーナ様? その、受付の方が少し怯えているので、その……」

「怯えて? 私はただ質問をしているだけですよ? 天空闘技場200階闘士カス。ではなかった、カストロという名の産廃は一体どこにいるのか、と。それくらいの質問に答えられないなんて受付として職務を全う出来ていないのではないですか?」

『す、すいません!!』

 

 ……何やってるのよリィーナ? 何でリィーナとシオンがここにいるのよ? もしかしてアイシャが天空闘技場にいるって知っているの? でもなんかカストロとかいう人を訪ねて来たみたいね。そのカストロって人に滅茶苦茶敵愾心を抱いているっぽいけど。

 

 にしてもオーラダダ漏れだわね……。そら受付嬢もまともに話せるわけないわ。

 闘技場に参加しに来た周りの屈強な連中もビビって離れてるし。受付の周りの空間だけめっちゃ浮いてるわね。

 

 はあ、リィーナにはブレーキ役がいるわねぇ。

 

「それで、もう一度聞きますが――」

「――はいはいスト~ップ」

「!? ビスケ? 何故ここに貴方が?」

「それはこっちのセリフでもあるんだけどね、とにかく今はここを離れるわよ」

「ちょ! 何を! 私の用件はまだ終わって! こら! は、離しなさい!」

「すいませんすいません! リィーナ様がご迷惑を!」

「……い、いえ! 職務を全う出来ないゴミクズ以下の私が悪いんです!」

 

 ああ、一人の女性が屈折してしまった。

 この暴走婆にはちょっとお灸を据えなきゃいけないわね!

 

 

 

「それで。……あんた何してんのよ?」

 

 一先ず落ち着いて話が出来るよう塔の中にあるレストランに入る。

 飲み物でも飲んで冷静になればリィーナも自分のしたことが良く分かるでしょうよ。

 

「ビスケ、私はこんなことをしている場合ではないのです」

「こんなことってあんたね、受付のあの子マジ泣きしてたわよ? 何があったか分かんないけど大人気ないわよ」

「……確かにあの子には申し訳ないことをしましたね。後ほど謝罪をしましょう。とにかく、それでも急いでいる訳があったのです」

「? 一体何があったのよ?」

 

 リィーナは基本的に冷静沈着で取り乱すことはない。それは私的な場でも戦いの場であっても変わることはない。

 唯一の例外がリュウショウ先生が関わっている事態。リュウショウ先生がほんの僅かでも物事に関わったらもう駄目ね。COOLがログアウトしてKOOLになってしまうのよね。

 つまり今回のこれはリュウショウ先生、つまりアイシャに関連する何かがあったということかしら? アイシャがここに居ることは知らないとは思うんだけど。

 

「それは私が話しますねビスケ様。……実は黒の書の所在が判明したんです」

「!? 何ですって! それは本当なの?」

 

 今まで行方が分からなかった黒の書が見つかったっていうの!?

 ……それならリィーナのあの取り乱し様はよく分かるわね。リィーナは黒の書が奪われたのが自らの失態と思っているし。敬愛する恩師の遺産が自らのせいで奪われたとあってはリュウショウ先生に合わせる顔もないと思い込んでそうだし。

 実際はリィーナのせいというわけではないのにねぇ。

 

「ええ。どうやら黒の書はカスゴミという200階選手が持っているようです。大勢の観客がいる前で大っぴらに黒の書を所持していると発言したそうです」

「か、カスゴミ?」

「リィーナ様、カストロですカストロ」

「ああ、そうとも言いますね。似たようなモノでしょう?」

 

 全然違うわよ。駄目ね、かなりキてるわこれ。

 カストロってのも200階選手なら念は使えるんでしょうけど、これは手に負えないでしょうね。ここからいなくなっていることを祈るわ。もしいたら……冥福を祈ってあげるわさ。

 

「そういやリィーナは分かったけどシオンはどうしているのよ? リィーナの付き添い?」

「あ、いえ。私は、その……」

「この子は私が天空闘技場に行くと言ったら自らついて来たのですよ。まあ理由は良くわかりますが」

 

 ……? どういうことよ?

 シオンはリィーナに付いて天空闘技場に来たんじゃなくて、天空闘技場に来たかったからリィーナに付いて来たってこと? つまり天空闘技場にはシオンが来たがる理由がある……?

 

「……もしかしてウイングって今ここにいるの?」

「ど、どどどどどうしてそれを!?」

 

 わっかりやすい子ねぇホント。

 あのヒヨっ子でボンクラで鈍感でだらしのない男のどこがいいのよ。

 しかし……そおぅ、ウイングここにいるのねぇ~。

 

 アイツのせいで私は大損ぶっこくんだから、2、3発は殴っとかなきゃ気がすまないと思ってたのよね~。ちょうどいいから久しぶりに絞ってあげるわよウイング~。

 

「あ、そういやウイングで思い出したんだけど。アイツってようやくシオンのこと女性って分かったのよね」

「は、はい。……まさか男と思われてたなんて思わなかったです……」

 

 いやいや、ウイングの鈍感もかなりのものだけどアンタにも原因あるからね。ウイングの前では口調は変わるわ服装は肌を見せるのが恥ずかしいとか言って女物を着ないわ。極めつけに胸が……うう、これ以上は酷くて考えるのも憚られるわさ……。

 

「今何か失礼な事を考えてませんでした?」

「気のせいよ。それはそうと、シオンはウイングを許したの? 10年以上も性別を勘違いしてたんだけど?」

「勿論許しましたよ。だってウイングだもん! それくらいの勘違いはしょうがないですから!」

「ウイングが情けなくて師として涙が出そうよ」

 

 なんて健気な子……ウイングには勿体無いわさ。これでこの子もあの病気がなければねぇ……。

 

「そ。まあ愛想つかさない程度に構ってやってね。……それで、ウイングはようやくシオンの事を女性と意識したんだけど、何か進展でもあった?」

「はい! 私達結婚することになりました!」

「ちょっと何言ってるか分かんないわね」

 

 い、意味が分からないわさ。何この……過程が吹っ飛んで結婚するという結果だけが残ってるこの感じ。はっ! まさか新手の念能力を喰らっている!?

 う、うろたえるんじゃあない! 可憐な美少女はうろたえない!

 

「そ、それで? どうしてそうなったのよ?」

「えっと、その……う、ウイングが責任取ってくれるって! きゃあ! 恥ずかしいーー!! あ、思い出し鼻血が……2・3・5・7・11・13・17――」

 

 出たよ病気が。この妄想癖と鼻血癖はどうにかならないものなの?

 リュウショウ先生に習ったらしいけど、どうして素数を数えたら落ち着くのよ? こればかりはさっぱり分からないわさ。

 いやそんなことより大事なことがあるわね。

 

「責任って……アンタまさか!?」

「……そういうことらしいですよ。とうとうシオンにすら先を越されましたねビスケ」

「う、うるさいわさ! 見る目のあるいい男が身近にいないのよ!」

 

 うぐ! や、やっぱりか! ま、まさかシオンがウイングと一線越えちゃうなんて。

 うう、この中で相手がいないのは私だけじゃない……。リィーナも死去したとはいえ旦那がいたし、子供どころか孫までもいるし……。

 

 ああもう! どっかに金持ちで強くて優しくて包容力があって何でも言うことを聞いてくれる格好良い男とかいないのかしら?

 はあ、出会いがなさすぎよね……。

 

「まあ黒の書を取りにここまで来たのはいいとして。あんた後継者育成は放っておいていいの?」

「それですが、今のところはこのシオンが後継者候補となっています。まだ支部にいる有望な者を見ていないので確定ではありませんが」

「マジで! シオンがねぇ。確かに才能もあったし努力もしていたけど。いくら何でも若すぎない? そんだけ若かったら他から苦情がくると思うんだけど……」

「貴方の言いたいことは分かりますよ。でも実力と年齢は関係ありません。例え若かろうと心身ともに強ければ問題ないのです。……それを実証する為にシオンには門弟100人と連続組手をしてもらいましたが」

「リィーナも鬼ね。良くシオンが壊れなかったわね」

「大丈夫です! 途中で何度も倒れそうになりましたけど、その度にウイングを思い浮かべたら力が湧いてきましたから!」

「あんた念能力者に真っ向から喧嘩売ってない?」

 

 いくら念が感情に左右されると言っても限度という物があるわさ! それともそんな念能力でも作ったとでも言うの!?

 

「あれは不可思議でした……何度も尽きかけたオーラがその度にある程度とはいえ回復するなんて……貴方本当に妙な念能力でも作っていませんか?」

「ま、まままさか! わ、私がリィーナ様に内緒で念能力を作るなんてしょんな馬鹿にゃ!」

「いやキョドり過ぎだから」

 

 絶対なんか作ってるわねこの子。態度に出過ぎよ全く……! まあ念能力なんてそうそう明かすのは馬鹿のする事だから気軽に聞くわけにもいかないけどさ。

 

「でもシオンも良く後継者候補になったわねぇ。そういうのが嫌で師範代にもならなかったんじゃないの?」

「……リィーナ様に何も知らされずに100人組手をさせられて……勝てばウイングとの結婚を許してくれるって言うから頑張って勝ったら……周りからも後継者候補と認められちゃいまして……」

「ああ、それでなし崩しに後継者候補になっちゃったと。周囲を固めて逃げ場をなくしたわねリィーナ。相変わらずえげつないわねアンタ……」

「失礼ですね。本来なら師範代となるべき愛弟子をその恋の為に10年以上も自由にさせていたのですよ? むしろ慈愛の女神と言ってもらってもいいくらいですが?」

 

 アンタが慈愛の女神ならネテロの爺も仏になるわよ。

 

「それで、そういうビスケはどうしてここにいるのですか?」

「ん~。……そりゃあ天空闘技場と言えば鍛え上げた肉体を誇る男たちの聖地じゃない。暇だったし、どっかに掘り出し物のいい男でもいないかと思ってね~」

 

 アイシャのことを出したら絶対にリィーナは食いつくわね。取り敢えずここは出来るだけ誤魔化しておきましょう。こいつが来ると嫉妬のあまり修行の妨げをする様が目に浮かぶわさ。

 

「ふ、む……まあ、貴方らしいと言えば貴方らしいですが……」

「何よ、アンタと違って私はまだ春が来てないんだから。文句でもあんの!?」

 

 少し疑われているわね。ここはより一層誤魔化せるように怒ったふりをしておこう。全く、どうして私がこんな真似をしなきゃいけないのよ……。割増料金貰いたいくらいよ。

 

「いえ、まあ頑張ってくださいね? 貴方も選り好みしなければ結婚の1つや2つくらい出来たでしょうに」

「うっさいわね! これはと思った奴もあっちの姿を見れば逃げ出すのよ!」

 

 ぐぎぎぎぎぎ! ちょっと見た目がいいからって調子に乗ってんじゃないわよ!

 何で私の身体は鍛えれば鍛えるほど見た目に反映されるのよ! くっ! 私も心源流なんかじゃなくて風間流習えば良かったわさ! そしたら長身美麗なパーフェクトビスケちゃんが出来上がってたのに!

 

「……いつか、きっといつかアレがいいと言ってくれる人と出会えますよ……」

「ありきたりの慰めの言葉なんていらないから私にとって都合のいいイケメンをよこせ」

 

 はぁ~、どっかにいい男は落ちてないかしら?

 

「さて、そろそろ話を切り上げましょう。早くゴミクズの所へ行かなくてはなりませんからね」

「リィーナ様、カストロですよ……」

「さしたる違いはありません」

「大きく間違ってるわよ。そもそもそのカストロってのが黒の書を盗んだわけじゃないでしょうに。ブラックマーケットに流れていたのを買ったんでしょ?」

「さ、行きますよシオン」

 

 聞いちゃいないわねコイツ。暴走3歩手前といったところかしら。あまりやり過ぎてもアレだから私も付いていくしかないわね。シオンじゃリィーナを抑えることなんて出来ないでしょうし。

 はぁ。全く世話のやけるお婆ちゃんだこと。

 

 

 

「ここがキモヲタのいる部屋ですか」

「原型は何なのかさっぱり分からない名前になってるわね」

「カストロですよリィーナ様~」

 

 あの後もう一度受付に行ってカストロの部屋を確認してきた。勿論リィーナには受付嬢にきちんと謝らせたわさ。全くいい大人が少しは分別を付けなさいよね。付き合わされるこっちの身にもなってほしいわさ。

 

「名前などさしたる問題ではありません。それでは行きますよ」

「一応ノックをするわよ。譲ってもらうよう交渉に来たんでしょ?」

「……分かりました。確かに譲ってもらえたならそれに越したことはありませんね」

 

 こ、この女、もしかしたら交渉じゃなくて強奪するつもりだったんじゃないでしょうね!

 

「ああ、ビスケ様がいらっしゃって本当に良かった……」

「……アンタも苦労してるわね」

「いえ……。リィーナ様もリュウショウ様が関わらなければとても素晴らしい方なのですが……」

 

 そういやこの子はアイシャのことを知らないのよね。その内教えた方がいいのかしら? ま、それはアイシャに確認してからの方がいいわね。

 

「失礼、こちらに黒の書という方――」

「カストロ」

「カストロという方はいらっしゃいますか?」

 

 どんだけ黒の書が欲しいのよ! 黒の書という方って誰よ! 人の名前じゃなくなってるじゃない!

 

『確かに私はカストロだが、一体何用かな?』

「取り敢えず中に入っても構いませんか?」

『……ああ、1つ言っておくが、黒の書を渡す事は出来ないぞ? 最近そういう要件の輩が大勢いて――』

 

――メシャ!!――

 

 ……奇怪な音を立ててドアが永遠にご臨終した。

 カストロが黒の書を渡さないという意思を見せた瞬間にリィーナの阿呆が暴走しやがったわさ! 止める間もなく一瞬で練り上げられたオーラを以て息つく間もなくドアを引き裂いた。もう、この馬鹿!

 

「な!? 貴様なにを!?」

「……どういう事か詳しくお聞かせ願いましょうか」

「リィーナ落ち着きなさい!」

「大丈夫です。冷静ですよ私は。話を聞くだけですよ? 懇切丁寧にね」

「だぁあ! どこが冷静なのよ!」

「び、ビスケ様頑張ってくださいね~」

 

 ちょ! シオンの奴すでにエレベーターの所まで逃げてやがる!

 私1人にこれを押し付けて行きやがった! 後で覚えておきなさいよ!

 

「く! 随分と強引な奴らだな! だが、200階闘士を舐めるなよ!」

 

 奴らって、らをつけるな!

 

「貴方に言うことは1つだけです。素直に黒の書を返しなさい。そうすれば余生を謳歌出来ますし、それ相応の謝罪金と謝礼もしましょう。ですが、断りでもしたら――」

 

 そう言いながらオーラを高めていくリィーナ。

 ああ~。そんなオーラぶつけたらあのカストロってのも……ん?

 

「な、何たるオーラ! だが私とてむざむざやられるつもりはない!」

 

 ……へえ。いいオーラしてるじゃない。

 それにリィーナのオーラを浴びても多少の気後れはしてるけど、戦意は衰えていない。中々いいんじゃないこれって。

 顔も……充分に合格点だし、肉体もしっかりと鍛えられている。ここの闘士なら金もそこそこ持っているかもしれないし。まあそこはあまり期待し過ぎなくてもいいわね。

 

 これはもしかして――チャンス?

 

 

 

 

 

 

「やめてくださいリィーナさん! カストロさんに失礼ですよ! それにこの人、怪我人じゃないですか! 乱暴なことをしないでください!」

「――!? あ、貴方いきなりなにを……ああ、そういうことですか」

 

 いきなり猫撫で声で庇い立てる様にカストロの前に立ったビスケ。突然なのでとち狂ったかと思いましたが……どうやらこのカストロ相手に猫を被ったようですね。

 

 ……確かに冷静になって様子を見ればこのカストロという男、タレ目気味だが顔立ちは良く、またオーラも良く練れていますね。私を前にして立ち向かう度胸もある……将来性は高いと踏みましたか。

 

 やれやれ、だとしてもこうも性格を変えて立ち回っていては最終的にボロが出てご破算になるのは目に見えていますのに。

 まあいきなりの奇異行動のおかげで私も少し落ち着くことが出来ましたが。

 

「き、キミは?」

「大丈夫ですかカストロさん? 私の名はビスケと言います。この人は私の友人なんですが、少し短絡的な所があるのでいきなりの暴挙に出てしまったんです……。悪い人じゃないんです、どうか、どうか許してあげてください」

 

 こ、この女、私を一方的に悪者に仕立てつつ自身は友人を庇う優しい女性という姿をアピールしていますね!

 く! 頭に血が昇って少々手荒な行動をしてしまったのは事実、言い返すことは出来ませんね……。仕方ありません。ここはビスケの顔を立てておきましょう。

 

「申し訳ありません。少々興奮しすぎてしまいました。ドアについては私が全額支払いますのでご安心を」

 

 オーラを抑え、冷静な対応を取る。だが黒の書については譲るつもりはございませんよ。

 

「いや、謝罪をしてくれるのなら私は構わないが……」

「ありがとうございます。それで、黒の書についてなのですが……」

「ああ、やはりその件か。すまないが黒の書は既に他の人に譲ってしまったんだ――」

「……何ですって?」

「リィーナさん!」

 

 ああ、またもオーラを放出してしまいました。いけませんね。常に冷静に行動しなくては武術家とは言えません。しかしどうにも先生が絡んでしまうと自分を抑えるのは難しくなってしまいますね。

 

「……詳しく説明してもらえますか?」

「わ、分かった。あれはそう、今から約――」

 

――青年説明中――

 

「――という訳だ。私が黒の書を譲れない理由が分かったか?」

 

 くっ! すでに他者の手に渡っていたとは!

 ですがそれでも有用な情報なのは確か。今までのように手掛かりが途絶えた状況と比べれば雲泥の差でしょう。

 後はカストロから黒の書を渡した人間の名や特徴などの詳細を聞き、それを足掛かりとして捜索の手を広げれば!

 ……いえ、その前に確認しなくてはならないことがございましたね。

 

「カストロさんに1つお聞きしたいことがあるのですが」

「まだ何か?」

「……貴方の持っていた黒の書は何の[言語]で書かれていましたか」

「あ! ……そう言えばそうだったわね」

 

 ビスケも思い出しましたか。そう、黒の書には実は――

 

「? 普通の共通語だが?」

 

 ――! そちらの方でしたか……。では今その黒の書を持っている人を追っても……いえ、あれはあれで回収しておくべきでしょう。先生が遺した知識が無為に世間に拡散するのは防がなくてはなりませんからね。

 

「ふむ。何を聞きたかったのかは分からないが、私からも質問がある」

「そうですね。こちらから一方的に聞くだけなのも失礼でしょう。私に答えられることなら答えましょう」

「ああ。……貴方の名前はリィーナと言われていたが、もしやリィーナ=ロックベルト殿では?」

「ええ、そうです。私を知っているのですか?」

「やはりそうでしたか! ……ああ、これも機、というモノだな。……リィーナ殿!!」

 

 いきなり私の前で座を正し、頭を下げるカストロ。一体何をしようと――

 

「どうか私に念の指導をしては下さいませんか!」

「お断りします」

 

 何を言い出すのかと思えば。

 今の私にその様な瑣末事に時間を割く暇などございません。後継者となる者を見出し、その者にさらなる指導を成して立派な跡取りとしなければならないのですから。

 風間流の者ならともかく、他流派の人に対して念の指導を行う余裕などありはしないのです。

 

「そ、そこをどうか!」

「くどいですね。私にはそのような暇などありません。……念の師が欲しければそこにいるビスケに頼めばいいでしょう。彼女も世界有数の実力者です」

 

 実際念の指導に関しては私よりも上かもしれません。特に【魔法美容師/マジカルエステ】によるオーラ回復を利用した堅の修行時間短縮は他の者では成し得ぬ指導ですしね。

 ビスケも良く言った! と言わんばかりの笑顔で私に親指をサムズアップしていますね。やれやれ、手間のかかる子です。まあ妹分の恋の手助けくらいしてこそ姉貴分というものでしょう。

 

「く、残念だ。偉大な武人リュウショウ=カザマ氏の一番弟子にして、カザマ氏の教えをこの世で最も体現しておられるリィーナ殿にこそ教えを乞いたかったのだが――」

「――よろしい貴方の弟子入りを認めましょう」

「――え?」

「ちょ、ちょっとリィーナ!?」

 

 話が違うじゃない! あの顔はそう言ってますね。

 ですがビスケ。そもそも何の話ですか? 私とあなたに何らかの約束を交わした覚えはないのですが?

 そうアイコンタクトを行うと悔しそうに顔を歪めるビスケ。あらあら、猫が逃げかかっていますよ?

 

「よろしいのですか!?」

「ええ、気が変わりました。アナタは中々見所がありそうですからね」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 ふふ、ビスケの悔しがる顔を見るのも久しぶりですね。こう何だか背中にゾクゾクと来るモノがあります。

 

「よ、良かったですねカストロさん」

「ああ。ありがとうビスケさん」

 

 ふ、少しでも好感度を上げておこうという魂胆ですか。

 しかしカストロには笑顔を向けている一方、私に対してはカストロに気づかれないように敵意むき出しですね。

 仕方ありません、妥協案を提供しましょうか。

 

 “私の弟子入りをしたというのであればこれから定期的に私の所へ来た時に会えるということですよ?”

 “ちっ! 今回はそれで手を打つわさ。誰かが手を出さないように牽制しといてよね”

 

 隠を使ったオーラを文字に変化させて会話を行う。他者が同じ空間にいる時に秘匿会話をするのに重宝する技術です。

 

「それではしばらくは私の所用に付き合ってもらいます。各地にある風間流の道場を廻らなければいけませんので。その道中にアナタの修行も見るとしましょう」

「……分かりました。もはや天空闘技場にいる意味もありません。お供させてもらいます」

「よろしい。……残念ながら黒の書は取り戻せませんでしたので、もうここにも用はありませんね。時間も惜しいのですぐに発つとしましょう。ビスケはどうするのですか?」

「勿論付いていくわ!」

 

 まあそうでしょう。元々いい男を求めてこの天空闘技場に来たという暇人なのです。

 目当ての男が見つかったとなればその男と共に行動しようと――

 

「それは困りますねビスケ。契約違反ですよ?」

 

 ――!? こ、このお声は!

 即座に声のした方向……部屋の入り口へと振り向く! するとそこには――!

 

「久しぶりですね二人とも。ビスケはともかく、リィーナとここで再会するとは思いませんでしたよ」

「先生!」

「アイシャ!」

「アイシャさん?」

 

 ああ! 斯様な場所にて先生と出会えるなんて何たる幸運! やはり普段の行いが良いと巡り巡って自らに還ってくるのですね。久しぶりに会う先生は何時にも増して神々しい……!

 その怒気あふれる笑顔もまた素晴らしく……え? お、お怒りになられている? どうして? なぜ?

 

「強く、そして懐かしいオーラを感じて来てみれば……何でカストロさんの部屋のドアがこうも無残な姿に変わっているんですか? 何か知っていることがあるのなら教えてほしいのですが……!」

「ひぅっ!」

 

 あ、ああ、そ、そうでした……! あれは私が短絡的な行動で壊してしまったのでした……!

 ひぃっ! 先生がだんだんとその笑みを深めていく!!

 か、かつて先生はこう仰っておられた……。笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である、と!

 

「そしてビスケ。困りますね、契約を交わしておいてそれをこうも簡単に破ろうなんて」

「ち、違うのよアイシャ。い、今のはモノのはずみで……」

 

 契約? 先生とビスケが? 一体何の話でしょうか?

 

「……丁度いい。2人にはウイングとシオンの賭けに関してとくと話したいと思っていたところだ」

 

 な! 何でそれを先生が!? ビスケを見るが、ビスケも首を振っている。ビスケではないとすると一体誰が!

 はっ! ……先生がここにおられる。そしてウイングとシオンもここに……な、何たる不運か!

 

 く、口調までもかつての先生に戻っておられる……! 恐らく本気でお怒りになられているのでしょう……。

 

「さあ、聞かせてもらおうか」

 

 絶望が私達の身を包んだ。






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