どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第二十七話

「はっはっはっ!」

 

 走る。走る。走る。

 後ろから響いた声を聞き流して。決して振り返らず、立ち止まらず走る。

 

「はっはっはっ!」

 

 走る。走る。走る。ただひたすらに走る。

 親しい人を見捨てて、ただ走る。

 

 これがどれだけ最低なことか分かっている。私は自分可愛さに親しい人の窮地を見捨てて逃げ出したのだ。でも私にはそうするしかなかった。

 だって、私にはどうすることも出来なかったから。

 

「はっはっはっ!」

 

 だから走る。あの人を見捨てた私にはもうそうする他ない。

 きっとあの人は怒るだろう。憎むだろう。蔑むだろう。私に復讐すらするかもしれない。

 

 でも私は後悔していない。

 もう一度同じ状況に置かれたら、きっと同じ行動をするだろう。だって、私ではどうすることも出来ないのだから。

 

 だから全てを忘れて走る。

 この後、あの人に捕まったら恐ろしい目に遭わされるだろう。

 死ぬかもしれない。いや、死よりも恐ろしい罰を受けるかもしれない。

 

 でもそんなことを今考えてもどうしようもない。全てを忘れ、走り、目的の場所に着いた。

 

 ここまでくればもう大丈夫だ。例えあの人に見つかったとしても、目的さえ果たせればその後はもうどうでもいい。きっとその時には私はすでにこの世を去っているだろうから。

 

 でもそうなっても私は後悔をしない。する訳がない。何故ならそれは……それは私の最も叶えたい夢が叶った証なのだから。

 

 だから――

 

「だから今すぐ式を挙げようウイング!!」

「お願いですから理解出来るように説明してくださいシオン」

 

 

 

 

 

 

 ズシの修行を見ている時のこと。

 ふと、気配がした。忘れるはずもない、あの人の気配が。だがあの人――シオンはもうここにはいない。彼女……そう、私は愚かにも男性と勘違いしていた彼女はもうここから風間流道場本部へと旅立ったはず。私に忘れられない複雑な想いを刻んで。

 

 ……これほど私を取り巻く環境が変わったこともこれまでの人生で一度もないでしょうね。まさかシオンが女性と分かってたったの2週間程度で結婚する約束までしてしまうなんて。

 

 いや、後悔はしていない。してはいないのです。

 彼女は、その、女性らしさを初めて見せた彼女は確かに可愛かった。愛おしいと、そう思ってしまった。動悸も高まり、今まで男性と勘違いしていたシオンを相手に、その、そういう感情を抱いてしまったのは確かです……。

 なので結婚をする事に極端に抵抗があるわけではない。

 

 あの時彼女に言った言葉、『何でもする』。この言葉に嘘偽りはない。言ったからには責任を取らなくてはならないのは当然のこと。

 なので『結婚しよう!』と、情事が終わった後の彼女からのその言葉には頷くしか出来なかった。

 

 確かに何でもするとは言いましたが……。

 ですが……だからといって付き合うとか恋人とかの過程を飛ばさなくてもいいでしょうに……!

 

 こう、私も独り身の男としてそういう事に興味がないわけではないのですが……。

 修行漬けで青春なんて味わえませんでしたが、まさか青春を味わう前にゴールするとは思いませんでした……。

 

「師範代! どうしたっすか?」

 

 彼女の気配を僅かに感じ、想いに耽っていたところをズシの言葉で意識を戻す。

 

「いえ、何でもありませんよ。ちょっとシオンがどうしているか考えていただけです」

「……シオンさんっすか。自分はシオンさんがあそこまで甘々になるとは思わなかったっすよ……」

「……ええ、それについては誠に申し訳ない。さぞ居心地が悪かったでしょう」

 

 私もシオンがあそこまで変わるとは思っていませんでしたよ。

 これまでの十余年のシオンは何だったのか。そう思えてしまうほどそれまでのシオンと私に告白した後のシオンは違っていた。

 告白後のシオンの方が素のシオンとのことだが……いくら緊張していたとはいえそこまで性格が変わらなくてもいいでしょうに。

 

 ……まあ、それほど愛してくれているというのは嬉しいモノですが。

 

「師範代? 顔が蕩けているっすよ……」

「おっと! ……そんなに表情に出ていましたか?」

「デレデレっす……」

 

 そ、そうですか。いけないな、少し気を引き締めないと。

 

「もう大丈夫。さあズシ、修行を再開するよ」

「押忍!」

 

 ズシとともに気合を入れ直し、いざ修行を、と思っていた矢先のこと。遠くからこちらに近づいてくる気配を感じた。

 速い、かなりの速さでこちらに近づいている! もう扉の前まで来ている!

 この気配……先ほど感じたものと同じ……まさか――!

 扉が勢いよく開き、そして中に入って来たのは!

 

「だから今すぐ式を挙げようウイング!!」

「お願いですから理解出来る様に説明してくださいシオン」

 

 ……やはりシオンでしたか。

 何故彼女が今ここに? リィーナさんに呼ばれて道場に帰ったのでは? 疑問を解消する間もなくシオンが矢継ぎ早に口を開く。

 

「あのね! リィーナ様が黒の書で! ビスケ様がドアの敵を! 私は逃げ出して! そしてビスケ様に殺される! だから式を挙げよう! そしたら夢が叶って! 殺される前に理想郷に到れるから!」

「どうか共通語を話してください」

「あ、自分外走って来ますんで、3時間くらい走ったらゴンさん達の所に行くのでごゆっくりっす!」

「ちょ!? ズシ!」

 

 この状況で私を1人にしますか!?

 気が利くのか逃げ出したのか分かり兼ねる行動を!

 

「と、とにかく一度落ち着いて説明してください」

「う、うん。2・3・5・7・11・13・17・19……」

 

 どうして素数を? 謎の行動が多すぎる。

 まあ、それも可愛いと思えてしまう私ももはやダメなのかもしれないが。

 

「……ふぅ。えっと、それじゃ1から説明するね」

 

 

――乙女説明中――

 

 

「……つまり黒の書を取り返しに来たリィーナさんが暴走して、それをたまたま闘技場で再会した師範が止めようと奮闘して、それを見捨てて逃げ出したので後々師範から制裁を受けるのは確実で、そうなる前に私と式を挙げて後顧の憂いをなくし、幸せの絶頂で逝こうと思った。要約するとこういうことですか?」

「うん! さすがウイングは天才だね! ただ1つだけ訂正をするなら、幸せの絶頂で逝こうと思うんじゃなくて幸せの絶頂に至ったら多分逝っちゃうと思うんだ!」

 

 アナタの中で私の評価がどれほどの位置にあるか聞くのが怖いですね。というか、どうしてそういう結論になっているんですか。どこから突っ込めばいいのかさっぱり分からない……。

 

「とにかく! リィーナ様から結婚の許しも貰えたから! だから結婚式を挙げよう! そして、う、ウイングの結婚衣装を……ぐ、23・29・31・37・41・43・47・53・59……」

「どうしてそこで鼻を抑えながら素数を数えるのかが分からないんですが?」

 

 私の式での衣装なんてタキシードとかフォーマルなモノになるだろう。そう目新しいモノはないはずですが……。それよりもシオンの衣装……ウエディングドレスの方が気になるところですね。

 やはりオーソドックスに純白のドレスが……いや、シオンには何故か赤が似合うと思う。赤のドレスもいいかもしれない。どうせなら2つとも、いやここで焦る必要はない。実物を見ながら幾つも合わせてみてシオンに似合う物を選べばいい。この際2つ以上買っても問題はないだろう。

 

「とにかく、師範が来ているのなら一度挨拶に行かなくてはいけないな」

「え! そんな! そこは死地だよ!?」

 

 死地ってあなた……。師範を何だと思っているんですか。さすがにその程度では師範も……師範も…………師範ならやりかねない、か?

 

「ま、まあ大丈夫ですよシオン。私も一緒に謝りますから。師範も鬼……ではないのですから、許してくれますよ」

「うん、ウイングがそう言うなら……。でも、別に今すぐに行かなくても……いいよ、ね?」

 

 そう言いながらじり、じり、と私ににじみ寄ってくるシオン。

 ま、まさか……!

 

「ズシ君も気を利かせてくれたし……しばらくご無沙汰だったし……」

「ちょ、ちょっと待ってください! もしかしたら師範がここに来るかもしれませんよ!?」

「大丈夫! リィーナ様を食い止めるのに必死だろうし、ここの場所は知らないから! だから…………ね?」

 

 私の心のタガも意外と外れやすいと認識した瞬間であった。

 く、その上目使いでその問いかけは反則ですよシオン……!

 

 

――二時間経過――

 

 

「そ、そろそろ行きますよ……」

「これだけのウイング分を補給した私に敵はいない。あと10年は戦え……いや無理。多分1ヶ月くらいが限界かも」

 

 何を言っているのやら……。私と1ヶ月程度しか離れられないなんて言われても困りますよ。……いや、嬉しいことではあるけど。

 

 シャワーも浴びて匂いも落としたし、とにかく今は師範の下へ行こう。流石にそろそろリィーナさんも落ち着いている……はずでしょう。師範の努力に期待しますか。

 

 尤も、私が師範に出逢えば恐らく賭けの件でこっぴどく叱られるのでしょうが……。

 はあ。私が悪いと言えば悪いのですが、それを賭けの対象にするのもどうかと思うのですがね。

 

「では行くとしましょうか」

「うん!」

 

 う、腕を絡めないように! 恥ずかしいでしょう!

 

 

 

 ……紆余曲折ありましたがようやく私たちは師範達がいるはずの場所、つまりはカストロ選手の部屋まで来た。だが私たちを出迎えたのは無残に破壊された部屋の中にいたカストロ選手だけだった。

 

「ふぅ、また来客か。一体何の用かな?」

「えっと、こちらにリィーナ様がいらっしゃったと思うのですが……」

「ああ、リィーナ殿のお知り合いか。残念だが彼女たちはすでにここにはいないぞ」

「えっ? じゃあ黒の書は? リィーナ様は黒の書を取り戻したの?」

「ああ、いや。黒の書はもう私の手から離れていてね。そのことをリィーナ殿に告げると何やら納得されていたが……」

 

 そうか、カストロが持っていた黒の書はすでにここにはなかったのか。カストロがヒソカとの試合中に黒の書の所持を断言していたのですぐさまにリィーナさんに報告したのだが、残念ながら無駄になってしまったようだ。

 

「ではリィーナ様は今どちらに……?」

「……何やら笑みを浮かべたアイシャさんという少女に連れられて去っていったよ」

「アイシャちゃんに!?」

「それは……どういう事でしょうか?」

 

 アイシャさんが何故ここに来て師範たちを連れて行ったのでしょうか? アイシャさんとお二方はもしやお知り合いなのか?

 

「私にも分からない。何やら知り合いの様子だったが……付いていこうとしたが、残念ながらリィーナ殿にここにいるように仰せつかってね。……弟子入りをしたからには師の命には服従せねばなるまい」

『弟子入り!? リィーナ様(さん)に!?』

「ああ。まあ弟子入りと言っても風間流を習うわけではない。私が習うのは念の技術についてだよ」

 

 成程! 確かにこの人はすでに虎咬拳の使い手としてほぼ出来上がっている。この上風間流を学んだとしてもよほどの年月を掛けて学ばない限り付け焼刃に終わるだろう。それよりもリィーナさんに念の修行をつけてもらう方がより成長が望めるでしょうね。

 あの時のヒソカとの戦いは見事なものでした。師もおらず、書物に書かれていた内容のみで修行したとは思えないほどに。その彼がリィーナさんほどの念能力者に師事を受けるとどれほどの使い手へと育つのか。

 

「そっか。じゃあ私とは兄弟弟子みたいなものなのかな?」

「? 貴方は?」

 

 確かに変則的かもしれませんが、シオンにとっては弟弟子とも言えますね。

 風間流には万を超える門下生がいますが、リィーナさんの直弟子ともなるとその数は僅か。あの人は弟子を取るくらいなら自分の修行を優先しますからね。

 そういう意味でもカストロさんは運がいいんでしょう。頼んでもそうそう弟子を取ることはないと聞くのに、よく弟子入りを果たせたものです。

 一体どのような方法で頼み込んだんでしょうか?

 

「私はシオン。風間流の門下生でリィーナ様の直弟子よ」

「何と! それは挨拶が遅れて申し訳ありません。私の名はカストロ。非才な身ですが、粉骨砕身で努力いたします。今度ともよろしくお願いします」

「いいよそんなに畏まらなくても」

「私はウイングといいます。以後よろしくお願いしますね」

「貴方もリィーナ殿の?」

「いえ、私は心源流ですよ」

 

 などと互いに挨拶をし終えるが、それは私たちの本題ではない。この場に師範たちがいないのならもう用はないだろう。カストロさんがリィーナさんの弟子となるならばその内会う機会もあるでしょうしね。

 

「じゃあアイシャちゃんの部屋に行ってみようか。そこにリィーナ様もいるかもしれないし」

「そうですね。しかし何故カストロさんにここに居るように命じたのでしょうかね? いや、そもそもアイシャさんがどうして師範たちを連れて行ったのでしょうか?」

「それは分からん。……だが、何やらリィーナ殿とビスケさんはアイシャさんに対して怯えていたように見える……」

 

 怯えて? あの二人が? アイシャさんに? ……もしやアイシャさんに借金でもしたのだろうか師範は。いや、それはないか。それならリィーナさんが怯える理由が分からない。そもそもリィーナさんが怯えている姿が私には想像出来ない。

 

「ん~。取り敢えず行ってみるしかないかな? 私たちは来てはダメとは言われてないし」

「それは屁理屈と言うんですよ。まあでも確かにそれしかないですか。ありがとうございますカストロさん。私たちはアイシャさんの部屋を訪ねてみます」

「いや気にすることはない。今後も何かと世話になるかもしれないしな。その時はよろしく頼むよ」

 

 中々に好感の持てる人でした。自分の力に慢心する事なく上を目指せるその心の持ち様は素晴らしいものです。

 私も負けてはいられませんね。弟子を取ったのも新たな段階へと至るステップということでしょう。弟子とともに自身の修行も見つめ直していくとしますか。

 

 

 

 そしてアイシャさんの部屋の前まで来たのですが……。

 シオンと二人でドアを開けず、呼び鈴も鳴らさずに二の足を踏んでいる……。こう、何というか……入ると師範に何を言われるんだろうと思うと……。

 シオンも師範を見捨てて逃げたのが後ろめたいのでしょう。呼び鈴の手前で手が止まっています。

 

「ウイングさん、シオンさん、そこにいるんでしょう? 中に入って来てもいいですよ」

『!!』

 

 ……どうやらアイシャさんには私たちがいることがバレていたようです。確かに気配は消していませんでしたが、個人の特定まで出来るとは。

 

「し、失礼しま~す」

「お、お邪魔します」

 

 恐る恐るとアイシャさんの部屋へと入る。そしてそこにはアイシャさんと師範とリィーナさんの3人がいた。それは私の想像してた通りだ。だが、想像を遥かに超える、いや想像することすら出来ない光景がそこには広がっていた。

 

「り、リィーナ様?」

「し、師範?」

 

 そこには、師範とリィーナさんが私たちに向かって正座をしていた。

 そして――

 

『お二人の恋路、並びに勘違いを賭けの対象にする等と、師として、人としてあるまじき行為、誠に申し訳ありませんでした!!』

 

 そして見事な土下座を披露してくれた。

 

 …………え? なにコレ? もしかしてギャグを言ってるんですか?

 混沌と混乱が私の脳を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

「さて、ここなら邪魔は入りませんね……!」

『ひぃっ! お、お許しを!』

 

 お怒りを顕にする先生。こ、こんなに怒気を荒げている先生を見るのは初めてです!

 言葉使いがアイシャ様のモノに変わっているので多少は落ち着かれたのでしょうが、それでもお怒りは静まってはいないご様子。

 ああ! 私の愚かな行為で先生をここまで怒らせてしまうなんて! 呆れられて見捨てられたらどうしましょう! そうなってはもはや生きていく価値がなくなってしまいます!

 

「2人とも少しやりすぎましたね。まさか弟子であの様な遊びをするとは思いませんでした。ビスケはともかく……リィーナ!」

「は、はい!」

「まさか弟子で賭け、それも恋心を利用した賭けをするなんて! そんな風に育てた覚えはありませんよ!」

 

 うう、先生にあの件がバレてしまうなんて! ああ! ビスケの口車に乗って賭けなんてするんじゃありませんでした!

 後悔しても時すでに遅し。もしビスケが~等と浅ましい言い訳をすれば先生のお怒りは頂点に達してしまうかもしれません。とにかくここは平にお謝りせねば!

 

「ま、誠に申し訳ありませんでした!」

「ビスケもです! あなたは私の弟子ではないので深くは言えませんが、それでも今回の一件は明らかに遊びすぎでしょう。あまつさえ弟子に対してあのような暴言を吐くとは……!」

「ご、ごめんだわさ……。あれ、弟子に対する暴言って……?」

「ウイングさんがあなたにシオンの性別の件で電話していた時、私もその場にいたんですよ。……しっかり聞こえていましたよ、賭けに負けた腹いせの怒鳴り声が。あなたもスープで顔を洗ってみますか?」

「すいませんでしたーー!」

 

 そんなことを言ってたんですか。相変わらず弟子に対して遠慮がないですねビスケは。

 

「思えばリィーナは覚えもよく素直で師の言う事はしっかりと守れるとても良い弟子でしたね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 先生に褒められた! 先ほどまでとは打って変わった内容なのが気になりますが、それでも先生に褒められると嬉しさが込み上げてきます!

 

「それ故にあまり怒ったこともありませんでしたね。丁度いい。ここらでしっかりとお灸をすえるとしますか」

 

 ひぃっ! 上げて落とされた! こんなのはあんまりでございます先生!

 

「ビスケも同様にですよ?」

「あたしもなの!?」

「当然です。何ならネテロに了承を貰いましょうか?」

「い、いいわよ。どうせ嬉々として了承するに決まってるわさ……」

 

 1人だけ逃げようとはそうはいきませんでしたね。貴方も同罪なんです。そもそも貴方が言い出さなかったら良かったことですのに!

 

「いいですか、賭けをするなとは言いませんが――」

 

 

――少女説教中――

 

 

「――なのです。分かりましたか!?」

『はい! 申し訳ありませんでした!』

 

 先生のお叱りが始まってもう30分程経過しましたか……。

 その間正座で過ごすのは問題ないのです。たかだか30分、その気になれば半日だろうと正座することも出来ます。そう、問題はないのですが……!

 

 ビスケだけ堅と流をしながらというのが納得できないのですが!

 

「せ、先生。私も堅と流をした方がいいのでは? そ、その方が罰としてふさわしいかと……?」

「あなたの場合これはご褒美になるでしょう?」

「そんな!?」

 

 殺生な!? せっかくの先生からのご指導をビスケだけが受けられるなんてあんまりです!

 

「あ、あたしにはただの拷問だわさ」

「ビスケ、流が雑になって乱れていますよ。もう一度です。流動するオーラを一定の速度で、かつ出来るだけ速く回転させなさい。それを超高速で出来るようになれば私がネテロとの戦いの時に見せたオーラの高速回転、『廻』になります」

「いや口で言うのは簡単だけどこれ集中力半端ないし滅茶苦茶難し――」

「何か?」

「な、何でもないわさ!」

 

 ああ! なんて羨ましい! 私も先生から手ほどきでご指導を承りたいのに!

 

「……ふぅ。まあ、これ以上はもういいでしょう。私もアナタ達にお説教出来るほど出来た人間でもありませんしね」

「そ、そのようなことはございません! 先生は誰よりも立派な指導者です! そうですよねビスケ!」

「その通りだわさ!(ここで同意しないときっとリィーナに殺される)」

 

 流石はビスケ、良く分かっていますね。

 

「とにかく、ここいらにしておきましょう。せっかくこうして2人と再会出来たのですからね」

「せ、先生!」

「あ~、しんどかったわ。30分でどんだけ疲れさせんのよ~」

「……良かったらもっと指導しましょうか?」

「是非とも!」

「勘弁!」

 

 全くビスケときたら! せっかくの先生のご指導だというのにそんなに遠慮して。

 勿体無いことこの上ないですよ? 私なら他のどんな瑣末事を放ってでもご指導賜りたいというのに。

 

「あと、リィーナに1つ言わなければいけないことがあります」

「は! 何でございましょうか?」

「敬語を使うな……とまでは言いませんが、私の事を先生と呼ぶのは止めなさい」

「な!? そ、それは……で、ではお師匠様と?」

 

 先生を先生と呼んではいけないだなんて……!

 先生という呼称はお嫌でしたのでしょうか? でしたら師匠というのも良いかもしれませんね。

 

「いえそうではなくて。……先ほどカストロさんがいた時にも私の事を先生と呼んでいましたが、私の事情を知らない第三者がいる時にそのような呼び方をすると色々とマズイでしょう? 私の正体がバレたら面倒事ではすまないんですよ?」

「それはあたしも言おうと思ってたわさ。あんたがアイシャを敬うのを止めるのは天地がひっくり返っても有り得ないことなのは分かるけど、それでも先生と呼び続けるのはどうかと思うわね。あんたの先生って何の先生なのって勘ぐられるでしょ?」

「う、し、しかしですね。先生を先生以外でどう呼べば……」

「普通にアイシャと呼び捨てにしてもいいんですよ?」

「そのような不敬は出来ません! せめてアイシャ様と!」

「いや私は一体何なのですか?」

 

 至高の武人にして究極の指導者です! 私にとっての永遠の先達です!

 

「とにかく様付もダメですよ。私たちだけの時は何時も通りで問題ないから、他の人がいる時は自粛しなさい」

「わ、分かりました。あ、アイシャさ……………………ん」

「どんだけ葛藤してんのよあんた」

 

 仕方ないでしょう! 大恩ある先生をさん付け程度で呼んでしまうなんて!

 ああ、私は何という恥知らずなのでしょうか……? 地獄に落ちたとしてもまだ生ぬるい……。

 

「あまり気にしすぎないようにリィーナ。これは私からの命令と思ってください」

「はい! 分かりました!」

 

 命令とあらば致し方ありません。ここで失敗してしまえば先生の顔に泥を塗ってしまう事になります。それに、確かに先生の正体が無闇矢鱈と吹聴されるわけにはいけませんしね。

 

「そう言えばアイシャ。ウイングはともかくシオンには話さないの?」

「……ええ、まだ話すつもりはありません」

「そ、アイシャがそう言うならいいけど」

 

 つまり私たちだけの秘密……先生の秘密を知っているのは私(たち)だけ!

 ああ、言い様のない幸福感がこの身を包む。さらにはこの後は先生からのご指導を……! 明日世界が滅亡すると言われても私は幸せでしょう。

 

「では修行をするとしましょうか」

「はい! よろしくお願いいたします!」

「はぁ、しゃあない付き合ってあげるわさ」

 

 いえビスケは別にそこで待っててもいいんですよ?

 むしろ待っててください。私の修行の割り当てが少なくなりますから。

 

 

 

 

 

 

 リィーナとビスケと一緒に鍛錬に励む。

 さすがに2人とも相当な実力者だ。リィーナはネテロとの決戦前に幾度となく手合わせをしたから大体把握していたが、ビスケもかなりのモノだな。

 元の姿に戻ればより強くなるだろうに。あの姿が嫌いだからといっても少し勿体無いと思うな。

 

「2人とも基礎レベルでは言うことはありませんね」

「ありがとうございます先……アイシャさん!」

「ありがと。ま、これくらいは当然よね」

 

 増長ではなく確たる自信ですね。それほどに基本を怠っていない証拠。基本なくして応用はない。全ての土台となるのが基本だからな。

 私が今の強さに至れたのも基本を他の誰よりも重点的に鍛え上げたからだろう。【絶対遵守/ギアス】万歳である。あれがなかったらここまで鍛えてるわけがない。

 

「では次は……ん? どうやらシオンとウイングさんが来たようですね」

「……そのようですね。カストロさんにでも聞いたのでしょうか?」

「でしょうね。シオンのやつあの時逃げるなんて! どうしてくれようかしら」

 

 ビスケ……反省の色がないのか? だったら……。

 

「はて? ビスケは誰に何をしようというのですか?」

「はっ! ウイングとシオンに懇切丁寧に謝罪をする所存であります!」

「よろしい」

 

 おや? シオンとウイングさんが部屋の前で入室を躊躇っている様子。何で入ってこないんだろう。チャイムを鳴らせばいいだけなのに。

 遠慮しているのかな? まあいいや、こちらから声を掛けよう。

 

「ウイングさん、シオンさん、そこにいるんでしょう? 中に入って来てもいいですよ。……2人とも、分かっていますね?」

 

 シオンとウイングさんには聞こえないように小声でリィーナとビスケに話しかける。何が分かっているかなんて決まっている。しっかりと謝罪をすることをだ。

 

「勿論です。しかと謝罪いたします」

「今更グダグダ言わないわさ」

 

 2人の返事にこくりと満足気に頷く。

 

「し、失礼しま~す」

「お、お邪魔します」

 

 何やら恐る恐ると入ってきたシオンとウイングさん。何をそんなに警戒しているんだろう? もしかしたらリィーナやビスケに怒られると思っているんだろうか? でもそれなら大丈夫、もしそんなことになったらその3倍は怒り返すから。

 そんな考えも杞憂のごとく、リィーナとビスケはシオンとウイングさんに向かって綺麗な正座で向き合い、そのまま見事な土下座を披露した。

 

『お二人の恋路、並びに勘違いを賭けの対象にする等と、師として、人としてあるまじき行為、誠に申し訳ありませんでした!!』

 

 ……固まっている。2人の謝罪を受けたシオンとウイングさんが入って来た時と同じ表情と姿勢で固まっている。

 それも仕方ないだろう。この2人のそれぞれの弟子なのだ。それ故に師が弟子に平謝りする姿など見たこともないはずだ。しかも土下座で。

 

「……そっか、夢を見ているんだ。リィーナ様がこんなことをするわけがないし」

 

 ワッツ? シオンさん? 何言ってるんですか?

 あ、あまりの光景に驚き現実を夢と勘違いしてやがる……!

 

「どこから夢なんだろう? さっきウイングとエッチしたのが夢だったら嫌だな……」

「し、シオン!? これは現実です! 認めにくいのは分かりますが、正気に戻ってください! というか何を口走っているのですか!?」

 

 リア充爆発しろ。

 ここに来るまでに時間が掛かったと思っていたらこいつらイチャイチャしてやがったのか……。

 妬ましい。童貞とお別れできたウイングさんが妬ましい。私は捨てるどころか手に入れてすらないのに……!

 

「どうせ夢ならもっとウイングと色々しよう。現実では出来ない事が沢山……四十八手……緊縛……うう、鼻血が出そう。夢なのにリアルだね」

「お願いですから早く正気に戻って!! 師範たちの眼がかなりヤバイです! 視線で人が殺せるならとっくに死んでますよ私たちは!!」

 

 暴走するシオンを必死に止めようとしているウイングさん。それも致し方あるまい。私たちの視線、特にビスケのそれはもはや物理的な力を持つ程にまで至っていそうだ。

 流石に今回のは2人を止める気にもならない。と言うか私もかなりきている、ぱるぱるぱる。

 

「……もういいですよ2人とも。そろそろあなた達の弟子をどうにかして下さい」

「承知いたしました。謝罪もおざなりで申し訳ないですが、少し現実を見つめないといけませんねシオン?」

「分かったわさ。……ウイング、賭けの件は本当にごめんね~。でもねぇ……あたしの前で惚気話するなんていい度胸じゃない!」

「お、落ち着いて下さい師範! リィーナさん! そしてシオン!! いいかげん夢じゃないと気づいて下さい! こ、殺されますよ! 主に私が!!」

「ウイング~。夢なんだからもっと甘い言葉が欲しいな~。す、好き、とか、あ、ああ、愛してる、とか~。……ね、いいでしょ~」

 

 駄目だこいつ……早く何とかしないと……!

 

「すぅー……はぁー……。シオン!!!」

「うひぃ!? は、はははははいリィーナ様!! ……って、あれ? 何でリィーナ様に怒られているの?」

「……ですからこれは夢ではなく現実だと言っているでしょう」

「ほへ? えっと、じゃあこのリィーナ様は本物。今までのは夢じゃ……ないの? ………………………………ご、後生ですから殺さないで下さい……」

 

 現実を認識し自分の行動を省みた結果、シオンの取った行動は……掟破りの土下座返しだった。

 

「ど、どうかお許しを」

「あたしも鬼じゃないのよ。あんたが誰とどう恋愛しようと結婚しようと文句は言わないわさ。だからと言って目の前でこんなの見せられて怒らないほど人が良くもないのよねぇ」

「い、命ばかりはご勘弁を!」

「昔から夢見がちな子でしたが、まさか師である私をそっちのけでウイングさんとイチャつくとは思いませんでしたよ。少々仕置が必要でしょうか?」

 

 あっという間に立場が逆転してしまっている。リィーナたちの怒りは烈火のごとく燃え盛っており、かくいう私も流石にあれにはイラッと来た事を隠せそうにない。

 独り身の女性3人――1人は未亡人で1人はロリババアで1人は元男だが――の目の前であんなにラブ空間を見せつけたんだ。それなりの覚悟は出来ているんだろうな?

 夢だと思ってましたなんて言い訳は聞かん!

 

『すいませんでしたーー!!』

『だが許さん!!!』

 

 その後カップル2人がこってりとリィーナとビスケに絞られたのは言うまでもないことだ。……私もこっそりと説教に参加したのも言うまでもないことだ。

 

 

 

 さて、バカップルのお仕置きが完了し、取り敢えずそれぞれの興奮も落ち着いた。いいかげん時間も遅くなりクラピカと夕食を食べに行かなければならない時間となっている。

 なのでそろそろ本題に入らなければならない、その為にシオンとウイングにはこの場から退場してもらった。今頃はどこぞで大量の砂糖に包まれた空間で仲良く過ごしているだろう。私に対する疑念も少しはあったかもしれないが色々と衝撃的なことが続いてうやむやになっただろう。

 またその内思い出すかもしれないから後でリィーナたちと口裏を合わせておかなくちゃ。

 

「3人きりになったところであなた達に話すことがあります」

「何でございましょう?」

「……もしかして契約の件かしら?」

「ええ。ビスケには話していましたが……リィーナ」

「はい」

 

 ……これを言ったらもしかしたらリィーナは発狂してしまうかもしれない。だから本当ならしばらく言うつもりはなかった。

 でもここまで来たら話さないわけにはいかない。もしこの後リィーナとクラピカが出会ってしまったら……。そうなる前に先手を打たなければ。

 

「実は……私、今弟子を育てているんですよ」

「……は?」

「ですから弟子を育てているんです」

「……え? わ、私のことでは……なくてですよね?」

 

 コクりと頷く。

 元々クラピカの修行の為にリィーナには頼ろうと思っていたが、その際もどのようにクラピカのことを切り出せばいいのか正直迷っていた。でもリィーナが天空闘技場に来たのも何かの縁だろう。ここで全てを説明しておこう。

 

「え? どこの馬の骨とも分からぬ者が先生から教えを受けている? でも私は先生の修行を受けていない。……え? どうして? 宇宙の法則が乱れていませんか?」

 

 まずい予想以上にリィーナが壊れた! まさかここまでショックを受けるなんて想像すらできなかったよ!

 

「落ち着きなさいリィーナ! アイシャが教えているって言っても念能力に関してだけだわさ!」

「そんな……こんなこと……ありえない……夢? ……いや……そいつが先生を……まさか念で……」

 

 駄目だ完全に思考がぶっ飛んでいる! 私に念の操作が効かないことすら忘れているよ!

 

「そうです……こうなったら先生を誑かしたその輩を排除するしか……そうすれば先生もきっと正気に」

「風間流には思い込んだら一直線の馬鹿しかいないの!?」

「さすがにそんな馬鹿はリィーナとシオンくらい……だと思いたいです」

 

 いや本当に。これ以上こんなのが増えていたら私のストレスが【百式観音】より速く増えるよ。あとリィーナ。私は至って正気だ。

 

 はあ、この子の説得には骨が折れそうだ……。

 ごめんクラピカ。夕食に間に合わないかもしれない。








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