どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第三十話

「ここだよここ。ここをスローに、そう、1番遅いので頼む」

 

 アイシャとカストロの試合をビデオで検証する為にウイングの部屋に来たオレとゴン。ヒソカとカストロの試合の時にもここで検証したし、ウイングならオレ達には分からないことも理解し説明してくれるんじゃないか、との期待もあった。

 ……まさかシオンまでいるとは思わなかったけどな。

 

 こいつ、確か天空闘技場から去ったんじゃなかったっけ? 師匠が呼んでるとか何とかでさ。普通にしれっと当たり前のようにウイングの横にべったりくっ付いているんだけど……。

 まあいいか。今はそんなことよりもビデオに集中しなきゃな。

 

 何も見逃すまいとアイシャの一挙一動を注視し、眼を皿の様にしてTV画面を食い入るように見つめる。その結果分かったことはアイシャがとんでもない化物だってことだった。

 

「……マジで絶でカストロの攻撃を利用したのかよ」

「信じがたいですが、どうやらそのようですね」

 

 ひょっとしたら隠を使ってオーラを隠していたのか? と思っていたけど、オレ達はおろかウイングやシオンも凝で隠を確認出来なかったようだ。

 

「ウイングさん達にも見抜けない隠ってことはないの?」

 

 ある意味真っ当な疑問かもしれない。だけどなゴン、それだとこの2人にも見抜けないレベルの隠をアイシャが身に付けているってことだぜ? ヒソカの隠ですらズシでもある程度は見抜けたっていうのによ。

 

「……分かりません。さすがにそれはないとは思いますが。仮にそうだとしてもどちらにせよ……」

「どちらにせよ?」

 

 ああ、言いたい事は分かるぜウイングさんよ。

 つまりは――

 

「どちらにせよ、アイシャはウイングさんやシオンさんを遥かに上回る実力者ってことだ」

「え? そうなのウイングさん?」

「……ええ、そうでしょうね。私ではカストロ相手にオーラを使用せず勝つ自信は欠片もありません。つまりは武術家として私はアイシャさんに劣っています」

 

 若干悔しそうに語るウイング。やっぱりウイングも武人ってことか。普段は飄々としてズボラさが目立つけど、年下の少女に武で劣るとなると悔しいんだろうな。

 

「そして仮にアイシャさんがあの戦いで隠を用いていたとしても、私の凝ではそれを見破れなかった。それは念能力者として圧倒的に格下だということです」

「あ、そっか」

 

 そう。どちらにしてもアイシャがウイング達よりも強いって推測はほぼ揺るがないってわけだ。ヒソカの隠をオレ達は見破れた。かなりのオーラを凝に費やしたけど、それでもオレ達でも格上のヒソカの隠を見抜けたんだ。

 ウイングがアイシャの隠(使用していたらだが)を見抜けないとなると格下なんてレベル差じゃないんだろうな。

 

「ねえウイングさん。カストロの最初の一撃をアイシャはどうやって防いだの? オレには何が起こったのか分からなかったんだけど」

「あれはそうですね。このビデオではアイシャさんが映っている角度が悪く何をしているのかわかりにくいですが、これは間違いなく相手の力を利用した技の一種、合気術と言われる武術の類です。これについてはシオンに聞いた方が早いでしょう」

「うん。まさかアイシャちゃんが風間流の使い手だとは思わなかったけどね」

 

 そう言いながらウイングから解説を引き継ぐシオン。

 風間流って聞いたことあるな。確か剛の心源流。柔の風間流って言われてる程有名な流派だったか? アイシャがその風間流の使い手、ね。アイツ流星街の出身だって話なのにどこでそんな武術習ったんだ? それとも流星街に風間流の使い手でもいたとかか?

 

「風間流?」

 

 ああ、まあゴンならそうだろうな。コイツ世間一般の常識を知ってそうにないし。さすがは野生児だな。

 

「風間流っていうのはね。ジャポンを発祥とした合気柔術の流派の1つで、開祖であるリュウゼン=カザマ様の直弟子の一人であったリュウショウ=カザマ様が世界全土に広めた流派だよ。自慢じゃないけど武術界に置いて知らない人は殆んどいないんじゃないかな!」

「いや自慢にしか聞こえないぞ?」

 

 めっちゃドヤ顔だったぞ今。確かに風間流は繁栄しているけどさ、別にお前の手柄じゃないだろ?

 

「それでね、合気柔術には相手の力を利用したり、関節や人体の仕組み、人間の反射や心理を利用した技が多いの。リィーナ様……あ、私の師匠ね。その方なんか指1本で大男を投げ飛ばすんだから!」

「相変わらず話を聞かねぇ女だなおい」

 

 オレの声はフィルターにでもかかってんのか?

 

「指1本で!? スゴイや!」

「でしょでしょ!!」

「はは、シオンはリィーナさんのことを本当に尊敬していますからね。実際リィーナさん程の実力者は世界でも両の手で数えられる程かもしれませんし」

 

 両の手で数えられる程ねぇ。……表の世界だとそうかもしれないけどよ、裏の世界にはその程度の実力者とかゴロゴロいそうだよな。

 ウチの実家を筆頭にさ。今思えばあそこって念能力者の巣窟なんじゃねぇか? あの家の執事で念を使えない奴がいるとは思えないぞおい。

 

「シオン、興奮するのは分かりますが今は落ち着いてください。アイシャさんが使った技の説明がまだですよ」

「あっと、ごめんね。つい興奮しちゃって……。実は私って興奮すると周りが見えなくなる時があるんだよね」

「ああ良く知ってる」

 

 身を持って味わったよ。もう二度と経験したくないね。とにかくようやく本題に戻ったか。オレが聞きたいのは流派自慢でも師匠自慢でもないんだ。

 

「最初にアイシャちゃんが使ったのは合気の奥義とも言えるモノだよ」

「奥義!」

「何だそれかっこいいなおい」

 

 奥義とか胸がワクワクする単語を使ってくるとはな。くそ、やるじゃないかアイシャめ!

 

「奥義と言うか、理想と言うか。さっきも言ったように合気柔術には相手の力を利用した技が多いから、あれはその最終形の1つと言ったらいいのかな? 相手の突進力、攻撃の威力を利用して力の流れを変えてコントロールし、そこに自分の力を加えて相手にまとめて返す技なんだけど」

「えっと、それってどんな攻撃も跳ね返されちゃうってこと?」

「いやいや、流石にそれはないだろ」

「うん、キルア君の言う通り。言うは易し行うは難しって言ってね、口で言った事を簡単に実現出来たら苦労はしないよ。理想としてはゴン君の言うことが出来ればいいんだけどね」

 

 だけどその奥義とまで言われる程の技法を実戦で使用出来るレベルで身につけているのがアイシャってわけか。

 

「……」

 

 ゴンもその事実に気付いたようだな。さっきまでとは顔付きが違う……って、妙に嬉しそうな顔してんな。

 

「おいゴン、何でそんなに嬉しそうなんだよ?」

「ん? うん……だって、アイシャが凄いってのが本当に実感出来てきてさ。そしたら何か、そう、オレの近くにこんなに高い目標がいると思うとさ、すごく嬉しくなったんだ」

 

 コイツって意外と戦闘狂なとこでもあるのか? ……でも、何となくその気持ちは分かるかもな。

 

「で、シオンさんはアイシャのような合気は使えんの?」

「うーん、出来るとも言えるし出来ないとも言えるね」

「これまた曖昧な答えだな」

「合気と一口に言っても色んな術があるから。それに相手の力量によっては合気も外されるし、アイシャちゃんが使った合気なんて僅かでもタイミングや力のコントロールを失敗したら敵の攻撃をそのまま受けることになっちゃうからね。正直あの戦いを見てて冷や汗じゃすまなかったよ」

 

 まあ合気柔術って武術なんだからそれは当然か。

 空手家にどこまで空手出来るって聞いてるようなもんだからな。出来ること出来ないことは人それぞれか。

 

「それに……いくらカストロがオーラを極端に少なくしていたとはいえ、絶の状態でオーラの籠った攻撃を利用する自信はない。と言うよりしたくない。そもそもあれでアイシャちゃんが無傷なのが信じられないよ」

「? 上手く合気が成功したから無傷なのは当然じゃないの?」

 

 ゴンの疑問ももっともだよな。それが出来るから合気の奥義とまで言われてるんだろ?

 

「あのねゴン君。絶、つまりは一切のオーラを纏ってない状態の身体の防御力なんてどの程度かはキミが良く知ってるでしょ? ゴン君は生身の力だけでギドの独楽を弾ける?」

「あ!」

「そんな状態でカストロの身体に触れて攻撃を逸らし力を利用した。確かにカストロのオーラは少なくなってたかもしれない。でもだからと言って出来るとは思えない。普通は手や腕に多少の怪我を負うよ」

「……考えられる点としては、やっぱりオーラを隠で隠していたってところか」

 

 それなら無傷ですむ理由として1番納得が出来るな。アイシャが隠に長けた能力者だとか、オーラを隠す能力を持っているとも考えられる。それなら今まで念能力者だっていうアイシャの纏すら見た事がないのも頷けるしな。

 

「もしくは……触れても問題のないように合気を仕掛けた、とかでしょうか今考えられるのは」

「どういうことだ?」

 

 オーラを纏った攻撃に触れても問題のない合気の掛け方ってどうやんだよ?

 

「いくら身体をオーラで覆っているからと言っても、触れるだけでダメージを受けるわけではありません。動いていない肉体とそのオーラでは相手を攻撃できないのは道理。威力を出すには速度が必要です」

 

 まあ当然だよな。身体を覆うオーラはあくまでその身体を強化する為のモノ。身体を覆うオーラそのものにただ触れるだけではダメージは負わないわけだ。

 例えばゴンが練をしたとして、動いてさえいなかったらオレが絶状態で触っても痛くも痒くもないわけだ。強い圧迫感は感じるかもしれないけどな。

 

「だけど攻撃をしているカストロ相手にアイシャは合気を掛けたぜ?」

 

 そう、あの時のカストロは動き、攻撃をアイシャに繰り出していた。既に前提の条件は崩れている。

 

「攻撃時とはいえ身体の全ての箇所が動いているわけではありません。いえむしろ攻撃時だからこそ動いていない箇所があるでしょう。そこを狙えば……」

 

 ……まあ、出来なくはない、のか? 合気でどこまでのことが出来るのかにもよるだろうけど。殴る時に動いていない箇所に対して合気を掛けられるモノなのかも分からないしな。

 

「もしくは……カストロの攻撃の速度を見切り、その速度と同じ速度で、擦り合わせるようにカストロの身体に触れればあるいは……例えオーラによる防御がなくとも己の肉体を傷つける事なく合気を掛けることも可能かもしれません」

 

 ……ああ、何か映画とかで見たシーンを思い出したよ。あれだろ? 同じ速度で並走する車から車へ乗り移るのと同じ理屈だろ? ねえよ。

 

 ……まだ前者の説明の方が説得力ある様な気がするな。

 ウイングも自分の言ってることがどれだけ至難の技か理解しているんだろうな。自分で言ってて自信なさげな表情をしてるよ。

 

「これ以上の考察は出来そうにもありませんね。あらゆる角度から撮られた映像があればもっと検証も出来ますが……」

「そうだな。それよりも今は続きを見ようぜ」

 

 今、考えても分からないことに時間を割いても仕方ない。それならば一通りビデオを見てから考えを纏めよう。

 

 そして映像は次の場面、カストロがアイシャから離れようとし、そしてアイシャによって宙に回転させられた所まで進んだ。

 

「改めて観ても凄まじい技量ですね」

「うん。完全にカストロの心理と動きを見切っているね。風間流の技量もだけど、戦闘においての『観』が凄いね」

『観?』

 

 オレとゴンのセリフが完全に重なる。観って、観察の観のことか?

 

「平たく言えば観察眼の事だね。人間である以上動作には必ず起こりがある。殴ろうとするなら手よりも腕、腕よりも肩が先に動く。相手の全体を『観』て考えるよりも感じる、それによって敵の動きを予測し予想する。リュウショウ様のそれは最早未来予知に匹敵するってリィーナ様が言ってたよ」

 

 相手の動きや心理を読んで行動を先読みするのか。確かに熟練した達人にはそういった事が出来るって聞いたことはある。オレにだって経験はあるし、格下相手なら可能な行為だ。

 つまりはアイシャにとってカストロは格下ってことか。ま、戦闘の結果を見れば明らかだけどよ。

 

「合気柔術はさっきも言ったように相手の心理や反射とかを利用した技が多いから、風間流ではその『観』を養うのも重要な修行の1つとして数えられているね」

 

 ああ、懐かしいな。ウチの家でもそうだったな。相手を良く観て実力や弱点を把握しろ。その結果、勝ち目のない敵と分かったら絶対に戦うな。あのクソ兄貴に良く言われたっけ……。それに従って、オレはゴンを見捨てて……!

 

 クソッ! あの時とは違うんだ! オレは二度とゴンを! アイツ等を裏切らない! あんな奴の呪縛なんかに縛られてたまるか!

 

「……ルア、キルアったら!」

「――!? あ、ああ! 何だよ」

「何だよじゃないよ。呼んでも返事しないんだもん」

「……わりぃ、ちょっと考え事をしてた」

「大丈夫っすかキルアさん? 凄い汗っすよ?」

 

 どうやら自分でも思っていた以上に囚われていたようだな。ゴン達の声も聞こえていなかったし、気付けばかなりの冷や汗をかいていた。

 

「大丈夫ですか? 体調が悪いのならまた後で検証しますが?」

「いや、大丈夫だよ。さあ、続きを見ようぜ」

 

 こんなことで立ち止まってたら何時まで経っても兄貴を超えられないんだよ。

 心配する皆に感謝しつつも続きを促す。

 

「じゃあ説明を続けるね。この時アイシャちゃんがカストロに仕掛けたのは合気柔術の投げ技だね。これも他の合気と同じで人体の反射や仕組みを利用した投げだよ」

「アイシャがカストロの腕を掴んだと思ったらカストロが回転してる。こんなことも出来るんだね風間流って」

「うん。これなら私でも今見せることは出来るよ。痛くしないように出来るから誰か体験してみる?」

「じゃあオレにやってみてよ! どんなのか経験してみたいし!」

 

 シオンの提案に速攻で乗るゴン。加減もしてくれるみたいだし、まあいいか。オレも間近でどんなのか見てみたいしな。

 

「それじゃ私に手を伸ばしてみて」

「こう?」

「うん。いくよ」

 

 シオンに向かって手を伸ばすゴン。その手首を掴んで技を仕掛けるシオン。シオンが掴んだゴンの手首を捻り、関節を極めようとしている。それに慌てて抗おうとして重心を移動するゴン。そしてその動きを利用されてゴンは見事に宙に舞った。

 

「わわっ!?」

「よいしょっと。はい、大丈夫ゴン君?」

 

 宙を舞ったゴンは綺麗に一回転して足から床へと着地した。

 前言通り手加減はしてくれたようだ。それだけじゃない。恐らく技の起こりや仕組みを理解しやすいようにあえてゆっくりと仕掛けてくれたみたいだな。

 

「うん、全然痛くないよ。でも凄いね! 抵抗したらそれを利用されて投げられちゃった!」

「それが合気柔術の真骨頂だからね」

「アイシャがカストロを投げたのも同じ技なのか?」

「うーん。基本を同じとはするけど、技術のレベルが違うね。なんかもうアイシャちゃんって風間流の極みに達してない? 何であれで投げられるの? 崩しなんてないに等しいのに。……もしかしたらリィーナ様並かも」

 

 シオンでも理解しきれない程の技術で投げたってことか。アイツ本当に13歳なのかよ。オレ達と1歳だけしか違わないなんて思えねぇよ。

 ……オレが1年経ったらアイツと同じ位置に立つことは出来ているのか?

 

「でも1回の投げでこんなに回転するものなの?」

「ああ、それは違いますよ。この時アイシャさんは宙を回転するカストロに更なる加速を促しているのです。いいですか、ここを超スローで再生してみますね。……ここです。この部分を観てください。アイシャさんがカストロの頭を足で刈っているのが分かりますか?」

 

 そう言いながら地面と逆さになっているカストロの頭を指差すウイング。

 ……確かにカストロの頭、より正確に言うならばつま先で顳顬をピンポイントで蹴っている。そうすることで回転の加速を促し、且つカストロの意識を断っているわけか。

 

「……お分かりですか? そう、この時アイシャさんはカストロの顳顬一点のみを正確に蹴っています。さらにはカストロの頭が上空に来た時には顎を正確に叩くことで回転をさらに加速させ、そして……カストロの意識すら断つ。止めは回転とは逆方向から顎に対して掌底。最早完全に意識を空へと手放したカストロは立つことすらままならず気絶しました」

 

 これが、これがアイシャの実力! 絶で念能力者、それもカストロ程の相手に勝つほどの!

 

「ここまですればオーラを身に纏わなくても念能力者を気絶させる事が出来るってわけか」

「ええ。流石に念能力者とはいえ脳をここまで揺さぶられてはひとたまりもありません……。カストロが平常時且つ練を維持していれば、こうはならなかったかもしれませんが」

 

 アイシャを舐めて油断した結果がこの敗北ってことだな。カストロが初めから全力で戦っていれば結果は変わっていたかもしれない。少なくともああも容易くあしらわれることもなかったはずだ。

 ちっ! カストロのバカ野郎! どうせやられるならアイシャの実力をもっと確認させろよな!

 

「ん~。カストロを気絶させるのにアイシャがここまでしたってことはさ。やっぱりアイシャはずっと絶だったんだね」

「あ! そうか、確かにそうだ! 高度な隠を使っているんだったらもっと簡単に気絶させられたはず!」

 

 つまりアイシャは見た目通りにオーラを発さずに戦っていた可能性が高いってわけだ。

 

「まあ、恐らくはそうでしょう。隠をどれだけ極めたとしても凝を完全に欺くは不可能に等しい。ましてや私たち全員の凝とまでなると考えにくいですしね」

 

 私たちなんて言ってるけど、ウイングとシオンを除けば十把一絡げだからな。ウイングが分からなかったらオレ達でも分かんねぇよ。

 

「結局このビデオで分かったのはアイシャが風間流の使い手だって事と」

「アイシャの実力が想像以上に高いって事だな」

 

 少なくとも確実にウイングよりは上だ。あーあ! アイシャに念を教わっているクラピカが羨ましいぜ。オレ達が最初からアイシャに念を教えてもらってたらな~。そしたら2ヶ月の修行禁もなく、今頃はクラピカにも負けてなかっただろうによ~。

 

「ま、終わったことを考えても仕方ないか。じゃあそろそろ時間だな、行こうぜゴン」

「え? どこに?」

「お前な~! アイシャとクラピカと一緒に晩飯食べるって約束してただろ」

「あ! もうこんな時間だ! ごめんねウイングさん、シオンさん! オレ達行ってくるから! ズシもまたね!」

「ったくしょうがない奴だな。そういう訳なんでオレ達はこれでお暇させてもらうぜ。アイシャにあったら聞きたい事が山ほどあるんでな」

「オッス! お2人ともお疲れ様でしたっ!」

「また遊びに来てもいいよ~」

「2人とも、点と纏を忘れずに! 水見式を用いた修行もしっかりとこなすんですよ!」

 

 別れ際に後ろ手に手を振りながら部屋を出て行く。全く、ウイングは心配性だな。それが性分なんだろうな。まあゴンを見ていると心配する気持ちも分かるけどな。アイツ危なっかしいし。

 

 さて、アイシャに会ったら聞きたいことを全部聞いてやる。覚悟してろよ。

 

 

 

 

 

 

 む、靴紐が切れた。不吉な。まるでどこかでプロレスしている超人が死んだかのように不吉だ。

 

 ……何でそんな意味の分からない具体的な不吉さが脳裏に浮かんだんだろう? ほぼ失ってしまったかつての世界の記憶の残滓でも出てきたのかもしれない。プロレスを趣味に持った覚えはないんだけどなぁ。

 

「どうしたんだアイシャ?」

「いえ、靴紐が切れただけです。替えを履いてきますね」

 

 切れたのは仕方ないからさっさと靴を履き替えてこよう。どうせ代わりの靴なんて腐る程……とは言えないけど、かなりの量があるからな。全部リィーナからのプレゼントだけど……。

 

 服装に合った靴を履かなければ意味がないとのことらしい。

 全くもって分からない。長く女性として生きて女性らしさが出てきたのはとても嫌だけど認めよう。だけど女性らしいセンスというのは磨かれていないようだ。こんな中途半端な男女のコーディネートをして何が楽しいというんだろうかビスケは?

 

 はぁ、早く男に戻りたいなぁ。最近男に戻っても女性っぽくなってるんじゃないかって心配になってるんだ……。

 うぐぐ! 嫌だ! 男の体で女口調なんて今以上に嫌だ! どうか母さんの能力が男に戻ったら効果がなくなっていますように! そして能力関係なく私に定着していませんように!!

 

 

 

 他の人には下らない、私にとってはワリと切実な願いを祈っていると天空闘技場にあるレストランの内の1つにたどり着いていた。

 ここでゴン達と夕食を取る約束だったな。私たち200階闘士にはルームサービスがあるからわざわざ外食をする必要はないけど、こうして友達や仲間と一緒に食べるのもいいものだ。違う味も楽しみたいしね。

 

 中には既にクラピカだけでなくゴンとキルアもいるみたいだ。私が1番最後になっちゃったか。どうやら待たせてしまったようだな。

 

「皆ゴメンね! 遅くなってしまいました」

「お! アイシャ遅っせぇ、んだ……よ?」

「大丈夫だよアイシャ! オレ達も今来たとこだからさ。ね、キルア」

「靴紐が切れたのだから仕方あるまい。2人にも理由は話してあるさ」

 

 良かった、ゴン達も今来たとこみたいだ。……なんかこの会話ってデートとかでありそうな定型文みたいだな。

 しかし……キルアはどうしたんだろうか? 何か私に文句を言おうとしたのは分かるけど、その後有り得ないモノを見たかのように固まっているんだけど?

 

「キルア? どうしたんですか?」

「な、な」

「な?」

 

 な? 何だろう?

 な、に続く言葉は……な、なんじゃこりゃー! とか?

 

 キルアの腹を見るも何も刺されていないな。なら大丈夫か。

 

「な、何だその格好は!!?」

「え?」

「ああ、そう言えばお前たちは初めて見るんだったな」

「アイシャ! 可愛いね、すごく似合ってるよ!」

「あ、ありがとうございますゴン。……でも服装の事はちょっと恥ずかしいのであまり言わないで下さいね」

「ええ? どうして? こんなに可愛いのに」

 

 うう、ゴンは天然も入ってるしこんな時に嘘や適当な事を言わない性格だろう。だからこのセリフも100%本気で言っていると分かるから尚更恥ずかしい……。

 本心をストレートにぶつけてくるから良くも悪くも人に影響を与えるんだろう。だからゴンは人を惹きつけるんだろうな。

 

「お前は受け入れんのがはええなおい! アイシャだぞ!? あのアイシャが! 万年運動着のアイシャが! まるで女が着るようなフリフリのドレスを着てるんだぞ!? どうして驚かないんだよお前もクラピカも!?」

 

 万年運動着とは失礼な! まだ出会って1年も経ってないのにどうしてそう断言出来る!

 まあそうなんですけどね!!

 

「え、でも似合ってるからいいじゃん。アイシャは可愛い女の子なんだしさ、着飾っても不思議じゃないでしょ?」

 

 こ、この子は天然の誑しなのか? 素でスラスラと口説かれているみたいだよ……。ああ、顔が真っ赤になっているのが分かる。

 いかんいかん! 私は男に戻る。私は男に戻る。私は男に戻る。よし、自己暗示終了。

 

「お前よくそんな台詞がペラペラと言えんな……。もしかして意外と経験豊富なのか?」

「経験? 女の人とデートとかなら結構した事あるよ」

『え?』

 

 自己暗示で精神を落ち着かせた私を簡単に揺さぶる言葉がゴンから聞こえたんだけど?

 

「まあミトさん……あ、オレの母親代わりの人ね。ほとんどがそのミトさんが相手だったけどね」

「……どちらにせよ、それ以外の女性ともデートをしたことがあるというわけか」

「うん。オレの故郷のくじら島には女だけの漁船もたまに来るんだ。その中に年下じゃなきゃダメって人がいてね、街についていったりして色々と教えてもらったんだよ」

『い、いろいろ……!?』

 

 相次いで訪れる驚愕の新事実に衝撃を受けている私とキルア。も、もしかしてゴンってそっち方面では私よりも経験が上なんじゃ?

 たかだか十余年程度の子に劣る恋愛経験……。前世の私は何をしていたんだ修行ですね分かります。

 

「って言うかクラピカは全然驚いてないな。普通驚くだろ? アイシャの服装も、ゴンの衝撃の発言もよ」

 

 そう言えばクラピカは私たち程驚いていなかったな。正確には驚いていたけど、それを上手く外に出さなかったといったところかな?

 

「ああ、そうだな。……最近驚く事が多くてな。慣れてしまったよ」

 

 ああ! クラピカが何か悟りを開いたかのような表情になっている! いや違う! これは全てを諦めた人の顔だ! 一体クラピカに何が有ったっていうんだ?

 最近はずっと一緒にいるから変化が有ったら分かると思うんだけど……? ここしばらくは修行漬けだったしなぁ。うーん……分からん。

 

「何故か激しくアイシャにツッコミたいのだが?」

「え? 何故に?」

 

 解せぬ。

 

「ふぅ、まあいい。ちなみにアイシャの服装に驚かないのはもう見慣れているからだ。初めて見た時は驚いたものさ」

「見慣れてる? これをか!?」

「ああ。何というかまあ……色々あってな。ここ最近はアイシャは女性らしい服装を着るようになったんだ」

 

 色々の部分は本当に色々あったからなぁ。私にとってもクラピカにとってもあまり思い出したくない出来事だ。疲れた顔をしている私たちに何か思うところがあったのか、キルアのそれ以上の追求はなかった。

 優しさが辛い。

 

「まあ、それはいいけどよ。……アイシャはこれからそういった服を着るようにしたのか?」

「いえヨークシンに行く頃には絶対に元の服装に戻します。絶対にだ」

「お、おう。……レオリオには黙っておいてやろう」

 

 何故そこでレオリオさんが出てくる? 分からん。

 うーん、人生経験多いと思っていたけど、意外と分からないことは多いなぁ。

 

「アイシャは今の服装って嫌なんだ? 似合ってるのになぁ。でも前の運動着も健康的で良かったと思うよ! アイシャってすっごく綺麗だからどんな服でも栄えるしね!」

「……一度ゴンにこういった知識を与えた人に色々と問い詰めたいですね」

「奇遇だな、オレもだよ」

「気が合うな、私もだ」

 

 純心無垢なゴンに何を植え付けたかと小一時間説教をかましたい気分だ。

 

「じゃあさ! 皆で一緒にくじら島に来ない? 綺麗な自然に囲まれたいい島だよ。魚も美味しいし。それにオレの家族も紹介したいしさ」

「ああ、興味あるな」

「それは……だが」

「そうですね、いいかもしれません。……クラピカ、たまには息抜きも必要ですよ」

 

 修行漬けにした私が言うのも何だけどね。でもそろそろ一度休息期を与えてあげたかったとは思っていた。ビスケの能力でいくら肉体的に疲労が回復しているとはいえ、精神的な疲労はそう簡単になくなるものではない。かなりのハードスケジュールで修行内容を詰め込んでいたからね。息抜きもしないと心が滅入ってしまうだろう。

 

 私の場合は全力で修行を楽しんでいたから精神的な疲労なんてこれっぽっちも感じていなかったけどね。疲れ果てて指1本動かなくなってから泥のように眠る。これが何よりの楽しみだった。

 今考えると狂気の沙汰としか思えない……。【絶対遵守/ギアス】、恐ろしい能力だった。

 

「……分かった。そういうことならお言葉に甘えさせてもらおう」

「ええ。くじら島を観光している間は基礎的な修行のみにしましょう」

「あ、修行がなくなるわけではないんですねそうですか分かりました」

 

 おや? またもクラピカが全てを諦めた顔に?

 

「まあ、ゴンの故郷に行く話はまた今度まとめとくとしてだ。……クラピカのこの様子といい、お前等どんな修行をしてんだよ?」

「うん、それはオレも聞きたい。クラピカは本当に強くなっていた。オレ達じゃ想像も出来ないくらいに」

 

 ふむ。どんな修行ときたか。正確に教えて今の時点で真似されても困るからぼかしながら説明しよう。

 

「そうですね。適度な運動と――」

「適度? 血反吐が出ない日はないんだが?」

 

 ……。

 

「適切な修行法に――」

「適切? 用量を守れと市販の薬にですら書かれていることだが?」

 

 ……。

 

「そして程よい組手――」

「程よい、か。一体いつになったら気絶しない日が来るのだろうか」

 

 ……。

 

「……そうですね。くじら島で修行を軽くする分、それまでの期間は修行の密度を上げましょうか」

「ゴン、くじら島へは明日から行くことにしないか?」

「アハハ……」

「クラピカがここまでキャラを失う程の修行……そこまでしないと強くなれないのか……!」

 

 全く失礼な! ビスケがいる分、私がしていた修行よりもまだマシだというのに!

 

「まあ冗談はさておき……私が受けている修行を聞いて自分達にも適用しようと思っているのだろうが、今のお前たちでは無理だな」

「何でだよ! アイシャならともかく、修行を受けている立場のクラピカが判断することじゃないだろ!?」

「いえ、私も同意です。クラピカが行っている修行は今のアナタ達にはまだ早い」

「な!?」

 

 クラピカに食いかかるキルアに対して冷たい言葉になるが、クラピカに同意する旨を伝える。

 だがそれは仕方ないことだ。今のキルアとゴンはまだ基礎を固めている段階だ。点と纏を日々こなし、よりオーラを増大・安定させなければクラピカがしている修行を受けてもあまり効果は見込めないだろう。

 2ヶ月というのは短い期間だけどこの3人の才能はまさに珠玉。たったの2ヶ月で凡才の数年以上の成長をしているだろう。

 

 だからこそ2人が受けた2ヶ月の修行禁止期間が大きい。

 日々の点は欠かしていないからオーラは淀みなく安定しているが、まだ力強さが足りていない。あとしばらくは点と纏のみに費やすべきだ。

 

「焦らないでキルア。あなた達は私が知る者の中でも比類なき速度で成長しています。ですが、何事に置いても前段階という物があります。今はまだ点と纏を日々こなして下さい」

「私も始めの内は修行の大半が点と纏だった。基礎をしっかりと築いていないと後の修行に響く事になるだろう。今のお前たちが私と同じ修行を受けると……死ぬかもしれん」

「……分かったよ。しばらくは点と纏に集中しておく。ただし! それが合格点に達したら絶対に修行を教えてもらうからな?」

「それは勿論です」

 

 と言っても今の感じだと2~3週間もすれば充分だと思うけどね。クラピカもそうだけど、成長早すぎて師としては楽な分、育てる面白みはないかもしれない……。

 こう、何というか、覚えの悪い弟子を徹底的に修行して達人にまで育て上げてみたい。私自身凡人だからね。やっぱり天才よりは親近感も沸くし。

 

「う~、でも早くクラピカみたいに強くなりたいなぁ。ヒソカには絶対に試験の時の借りを返すんだ!」

「そう言えばヒソカとはいつ試合をするんですか?」

「7月10日だよ」

 

 あと4週間もないのか。今は恐らく練、と言うよりも水見式の系統別変化をより強く発現させる為の修行かな?

 恐らく、いや確実にヒソカには勝てない。今のゴンは圧倒的に何もかもが足りないからだ。だけど……ヒソカが遊んでいる内ならば一矢報いるくらいなら出来るかもしれない。

 

「ヒソカは強いですよ?」

「分かっている。今のオレじゃ勝てないことも。でも、だからと言ってここで退きたくない」

 

 強い。とてつもなく強い確固たる意思を乗せた眼差しで私を見つめてくる。こうなったゴンを説得する事は無理だろう……。

 仕方ないか。ヒソカもゴンを殺すことはしないだろうし。アイツはどうも敵を太らせてから食べるタイプの戦闘狂だ。今のゴンはまだまだアイツにとって収穫時ではないはずだ。ゴンがもっともっと強くなるのはヒソカにも分かっているはずだからな。

 

 ……もしヒソカがゴンを殺そうとした時は、ゴンに恨まれようともヒソカを止める。

 

「ヒソカの能力の対処法は考えましたか?」

「えっと、凝?」

「それだけでは不十分です。カストロの戦いでヒソカが拳で殴るのと同時にあのゴムのような能力を付けていたのを忘れましたか?」

「あっ! そっか、じゃあヒソカの攻撃は全部避けなくちゃいけないんだ!」

「想像以上に厄介な能力だな」

「ああ。防御もダメとなるとどうすれば……」

 

 確かにあの能力は良く出来ている。近接戦闘で敵の攻撃を避け続けるのは至難の業だろう。さらに今回は相手が格上の存在だ。ゴンではヒソカの攻撃を全て避けるのは不可能だ。

 

「大丈夫。防御が無理だったら前に出るだけだよ!」

「それは……」

 

 ゴンだとそれが最善の戦法だろう。回避も防御も無理なら攻撃に転じるしかない。でもそこでそういう発想にすぐに至れるのは正直すごいと思う。一度決めたら迷うことなく前に進めるのはゴンの長所だな。

 もっとも、それが短所になる場合もあるけど。

 

「ところでそろそろご飯注文しない? オレもうお腹ペコペコだよ」

「あ、そういや忘れてたな」

「……思い出したら急にお腹が空いてきました。早く注文しましょう!」

「そうだな。この呼び鈴を鳴らせばいいんだな?」

 

 ウェイターを呼び各々好きに注文をする。

 よほどお腹が減っていたのか、ゴンとキルアはかなりの量を注文していた。ここって結構なお値段のレストランだけど、まあ天空闘技場で億単位で稼いでいるから問題はないだろう。斯く言う私もゴン達に負けないくらい注文しているしね。

 

「……よくそんなに食べれるモノだな」

「クラピカは少食なんだね」

「私は極一般的な食事量だ。お前たちが食べ過ぎなんだ」

「え? ……まあ、昔よりは多く食べるようにはなりましたね」

 

 リュウショウの頃だとこんなには食べられなかったな。歳も関係あるかもしれないけど。

 あとは……10年ばかり母さんのミルクとガムくらいしか食べるモノがなかった反動かもしれない。とても美味しかったけど、やっぱりそれ一辺倒だとどうしても他の食べ物が恋しくなるものだ。

 

「それじゃ遅くなったけど、2人とも今日の試合はお疲れ様! 凄かったよ! クラピカはすごく強くなっているし、アイシャは想像以上に強かった!」

「ああ、ありがとう。私がここまで強くなれたのはアイシャのおかげだがな」

「ありがとうございますゴン。クラピカが強くなったのはあなたの才と努力の賜物ですよ。それは自信を持ってもいい」

 

 私がいなくてもクラピカならいずれ達人の領域に辿り着くだろう。私がしたのはその後押しにすぎない。

 

「クラピカはまあいいとしてだ。アイシャ、お前なんであの試合であんな戦い方をしたんだ?」

「絶で戦った事について、ですか?」

「当たり前だろ? こればかりは答えてもらうぜ」

 

 ああ、やっぱりそこは追求されると思っていたよ。まあ仕方ないか。あれだけゴンに念の恐ろしさを語っておきながら、自分はオーラを使わずにカストロと試合をしてたら話にならない。

 さらには私が試合中に使った技術についても気になっているんだろう。もっとも、ウイングさんやシオンに話を聞いていたら私が風間流の使い手だともう分かっているかもしれないけどね。

 

「私がカストロさん相手に絶で戦った理由は……カストロさんに忘れてほしくないことがあったからです」

「忘れて欲しくないこと?」

「……! もしかして油断のことか?」

 

 さすがキルア、頭の回転が早いな。

 そう、私は彼に油断大敵という言葉を刻み込んでほしかった。彼は必ずや大成する。それだけの才能と努力を忘れぬ信念を持っている。

 

 でも彼は慢心しやすい傾向が見られた。私がそれを知ったのはカストロさんとヒソカが初めて戦った試合のビデオを見た時だ。ヒソカ相手に戦うであろうゴンの為に少しでもヒソカの戦力を見極めようと思ってしたことだったが。

 そのビデオではカストロさんは自信に溢れた表情で闘技場に現れていた。200階まで無敗で登り詰めた己に絶対の自信を持っていたのだろう。それまでの人生でも壁にぶち当たったことがなかったのかもしれない。でも自信も過ぎると慢心を生み出す。

 

 明らかに遊びで戦っているヒソカ相手にヒットとダウンを奪ったはいいが、興の乗ったヒソカにあっさりと敗れてしまった。

 そこからは念の存在を知り、私の忌まわしき黒歴史を手に入れた事で慢心からは離れていただろう。そうでなければたったの2年、一応の指導書はあれど1人であそこまで強くなれるとは思えない。

 

 だが、一度した事は二度してしまうのが人というものだ。

 慢心を捨て努力したとはいえ、強くなった今もう一度慢心しないとは限らない。だから私はリィーナにお願いしてカストロさんと試合をさせてもらうことにしたのだ。……リィーナがカストロに嫉妬したのは言うまでもない。

 

「油断大敵ね。確かにそれは忘れちゃいけない事だ。でもどうしてアイシャがカストロ相手にそこまでするんだよ?」

「それは……大成するであろう武人が下らない理由で死んでほしくないから、ですかね」

 

 まあそれもあるけど、本当はもう2つ理由がある。

 1つはリィーナの弟子になったからかな。私にとっても孫弟子に当たると思えば少しは手助けをしてあげたいものだ。少々厳しい手助けだったが、あれだけの屈辱を味わえばそうそう油断する事もないだろう。後はリィーナに任せるとするさ。

 この理由は今は教えることは出来ない。まだ私がリュウショウの生まれ変わりだと伝える勇気がない……。

 

 もう1つの理由は……ゴン達のためだ。

 あの試合を通じて、僅かな油断と慢心がどの様な結果を生み出すかを知ってほしかった。自身が経験したことではないが、あれほどのインパクトを与えておけば印象にも残るだろう。油断は即ち敗北への1番の切符なのだと。

 これを言えない理由は……実は恥ずかしかったからなのは秘密である。

 

「ふーん……」

 

 いまいち説得力がなかっただろうか? でも疑問には思えど追求するほどでもないみたいだ。この話題はこれで終わりにしてくれた。

 

「それにしても風間流ってすごいね! アイシャがカストロに何をしたのか全然分からなかったよ。シオンさんにも合気ってのを掛けてもらったけどアッという間に投げられちゃった」

 

 あ、やっぱり分かってたか。どうやらあの2人に教えてもらったようだな。恐らくビデオで私の映像を観て研究でもしたことだろう。

 技術の進歩って嫌だなぁ。あの試合を観て私に警戒心を抱いた人たちはあらゆる角度から私の武術を分析するだろう。分析されたところで生半可なことでは防がれない自信はあるけど。どうせリュウショウの時からされていた事でもあるし。

 

「合気はそれを知らない人だと対処が困難ですからね。初めて受けるゴンなら仕方ないですよ」

「そうだな。私もアイシャと組手をしているが、未だに対応出来ない。これは風間流が、と言うよりもアイシャの技量の高さが成せる技だと思うがな」

 

 それは確かにあるな。今のクラピカなら並の合気の使い手相手なら恐らく合気を外すことくらい出来るだろう。少なくとも負け続けることはないはず。私との組手を通じてクラピカは合気の力の流れを把握してきているし。

 

「しっかしさぁ、アイシャはどこで風間流を習ったんだよ? 流星街に風間流の人間でもいたのか?」

「……いえ。流星街に風間流の人はいません。私が知らないだけかもしれませんけどね」

「それじゃどこで誰に習ったんだ? 流星街を出てからの期間であそこまで極められるモノなのか?」

 

 どこで誰に習った、か。

 私の歳でここまでの合気を身につけているんだ。気になるのも仕方のないことか。

 

「かつて私の理想の武術を探してジャポンへ訪れた時に、その地にいるあるお方に習いました」

「あるお方って?」

「……詳しくは言えませんが、私が『この世界』で最も尊敬している人の内の1人です」

 

 リュウゼン先生と出会わなかったら私はここにいないだろう。この世界における私の父とも言える人だ。いつかは先生のお墓参りにも行きたいのだが……このような未練の塊をお見せするのはいささか心苦しい。

 そういった思いがあるせいか、中々踏ん切りがつかない……。

 

「……分かったよ。お前が言いたくなるまで待つとするさ」

「ありがとう、キルア」

 

 いつかは彼らに私の真実を告げる日が来るだろう。

 その時、彼らにどう思われても仕方のないことだ。覚悟はしておこう……。

 

「それにしてもアイシャってその人の事本当に尊敬してるんだね」

「勿論です。先生に習った風間流は私が誇れる数少ないモノの1つです。心源流と比べてもそれぞれ誇るべきところは違えど、決して劣るモノではないと思いますよ」

 

 私の中のちっぽけなプライド。それこそが風間流だ。これだけは誰にも負けない、負けたくない。【絶対遵守/ギアス】が解かれたとはいえ、今なお修行を続けているのはやっぱりこのプライドを失くしたくないからだろう。

 それにネテロに負け越したままなのも嫌だしな。

 

「己の中に誇れるモノがあるというのは良いことだ。それさえあれば人は前へ進むことが出来るからな」

「ええ、私もそう思います」

「誇れるモノ、か」

 

 クラピカの言葉を聞いて何やら考え込んでいる様子のキルア。

 何か思うところでもあるのか、いや、恐らくは自身の誇れるモノについて考えているのだろう。キルアは暗殺者として育った人生を嫌っている。それは自身の人生のほとんどを否定することだ。

 

 何せキルアはゾルディック家として生を受けたんだ。人殺しが関わらない教育は一切受けていないだろう。だから自分に誇れるモノがないと思っている。人殺しの業などどうして堂々と他者に誇ることが出来る、と。

 オーラの流れが乱れている、表情も曇り気味だ。この推測はそう外れてはいないだろう。

 

「どうしたのキルア?」

「ん? ああ、オレは何が誇れるかなって思ってな。人殺しの技術なんて誇れたもんじゃないし、かと言ってそれ以外には何もないしなぁ」

 

 やっぱりそうか……。

 でもそれは間違っている。キルアには誇れるモノがあると教えてあげたい。私がそれを口にしようとした瞬間、クラピカから呆れた声が響いた。

 

「何を考えているかと思えば……バカなことを言うなお前は」

「んな!? 何がバカなんだよ!」

「誇れるモノがない? 私の誇りの1つにはお前たちという素晴らしい仲間が出来たことがあるのだが……私の独りよがりだったのか?」

「そうだよキルア! オレ達がいるじゃん! オレはキルアと友達になれてすごく嬉しいよ!」

「2人の言う通りです。人と人の繋がりはとても尊いモノなんですよ」

 

 ああ、良かった。この子達は本当に素晴らしい心の持ち主だ。この子達と友達になれて私は本当に幸せ者だ。きっとキルアもそう思えるはずだ。キルアなら過去を悔いるだけでなく、前へ進むことが出来るはずだ。

 

「お前等……そっか、そうだな。悪かったな変なこと言ってさ」

「はは、殊勝な態度のキルアというのも珍しいな。明日は雪でも降るかもしれん」

「んだとこら! 人がせっかく謝ったのにそれかよ!」

「あはは! でもそっちの方がキルアらしいよ!」

「ええ、キルアはそうでなくては」

「ぐああ! もうお前等相手にはぜってぇ謝らねぇからな!」

 

 憎まれ口を叩いたり、冗談を言ったり、馬鹿話をしながら皆で笑い食事を続ける。こうして気を許せあう友がいるのはとても嬉しいな。

 

 

 

「ところでクラピカ。修行の件は冗談ではありま――」

「すいません調子に乗ってました許してください」

「分かればよろしい」

 

 皆の笑いが木霊する。周りのお客には迷惑なのは分かっていたけど、この楽しい空間を壊すことは出来なかった。ずっとこの楽しい時間が続けばいいのに。

 

 でもそういう訳にもいかないようだ。招かれざる客が来た。

 

 

 

「やあアイシャ♥ 部屋にいなかったから探しちゃったよ♣」

『ヒソカ!?』

「……何の用ですか? 見ての通り今は取り込み中ですが」

 

 来るだろうとは思っていた。カストロさんとの試合の最中から凄まじい程の視線を感じていた。隠す気のない程の凶々しい視線がね。

 でもまさかこんな場所にまで来るとは思わなかった。さすがのコイツも一般の人がいる場所ではやらかさないと思っていたけど……。

 

「うん、初めて見たけど似合ってるねその格好♦ 惚れ直しちゃったよ♠」

「あなたに言われても欠片も嬉しくありませんね。さっさと本題を言えばどうですか?」

 

 ゴンに褒められた時は恥ずかしくとも嬉しい気持ちもあったというのに、こいつに言われると怖気が走るな。

 

「さっさと用件すませて帰ってくんない? オレ達飯食ってる最中なんだけど」

「分かったよ。ボクの用件はたった1つ……アイシャとヤリたいのさ♥」

 

 その言葉に私以外の全員が臨戦態勢に入る。

 ……いや、確かに想像通りの用件だったけど、皆のこの反応は予想外だったかな? しかも臨戦態勢に入る速度も中々のモノだった。ヒソカもそれを感じ取ったのかより凶々しさが増してるんだけど?

 

「これはこれは……♣ 予想以上に成長しているようで嬉しいよ♠」

「お前と次に戦うのはオレだろ! 順番を守れよな」

「あの時の話を忘れたとは言わせんぞ」

「4対1だ。卑怯とは言わないよな?」

 

 クラピカに至っては全力で練をしているし……。あの時の話、か。

 ヒソカと手を組んだという話だろうけど、手を組んだから戦わない、等という考えはヒソカには通じないだろう。

 

「しょうがないじゃないか。あんなに魅せられちゃさ……我慢しようがないだろ♦」

 

 そう言いながらオーラを強めていくヒソカ。あまりのオーラとその凶々しさにオーラを感じにくい一般の人たちさえ怯え、動揺している。

 抑えがきかないくらいに私と戦いたいのか。困った変態だよ本当に。

 

「あなたと戦う気はないのですが?」

「襲いかかられても同じ台詞が言えるかな?」

「ご自由にどうぞ? 護身こそが合気の真髄なので。……何をしようと私はあなたを攻撃しない。あなたが望む戦いはそういうものですか?」

「……」

 

 今にも攻撃しようかというヒソカの動きが止まった。

 私の言葉に嘘がない事を見抜いたんだろう。今のままでは自分が愉しみたい死合が出来ない、と。そして次に来る言葉は恐らく――

 

「ゴン達を殺した後もそう言えるかい?」

「あなたらしくないですね? 今この瞬間の為だけに後の愉しみを自ら壊すつもりですか?」

「……それもそうだ♣ だったら周りの連中を――」

「私を聖人君子か何かだと勘違いしてませんか? そしたらその間に逃げますね。そして今後一切アナタと戦いません」

 

 実際にそうなったらヒソカを止めるだろうけどね。めんどくさいからそんなことは言わない。表情も変えず、オーラにも微塵の乱れも見せない。

 もっとも、今は【天使のヴェール】を使用しているのでそもそも乱れようがないけど。

 

「アイシャ?」

「黙っているんだゴン」

 

 ゴンとクラピカには演技とバレているようだ。私がそんな事をする訳がないと信じきってくれているのか。……キルアはなんか私の言葉に同意したような感じに見えるけどね。

 

「じゃあ、どうしたら戦ってくれるんだい?」

「そんな玩具を取り上げられた子どもみたいな表情で言われても……」

 

 そんなに戦いたいのか!?

 はあ、仕方ない。条件を付けて戦いの場を用意しよう。あまり無視すると暴走しそうだしね。と言うか、実際暴走間際だったよ。

 

「分かりましたよ。あなたと戦う約束をしましょう」

「本当かい――」

「但し条件があります」

「……? 条件? 一体何かな?」

「あなたの先約を終わらせてから、です。いるんでしょう? 何年も前からターゲットにしている男が。それが終わらない限り私はアナタと戦いません」

 

 ヒソカの先約、と言うか先に目を付けていた相手。

 幻影旅団団長クロロ=ルシルフル。

 団長と戦いたいが為だけにヒソカは旅団に入った。いや入ったフリをしている。その為にクラピカと手を組み、旅団をかき回しクロロと1対1で戦える場を作り出そうとしている。

 

 この男は戦闘狂で殺人者だが、単なる殺人狂ではない。自分なりのルールというものを持っている。その1つが強者との1対1での死闘だと思っている。

 ただ強者と戦いたいだけなら、クロロ1人に拘らずに他の旅団とも戦えばいい。常に団長の周りに他の団員が1人以上いたとしても、それを気にせず同時に殺り合えばいい。ただ人を殺したいだけなら強者に拘る必要はない。ヒソカ以下の弱者など世に溢れかえっている。

 

 だが、それはヒソカの真の愉しみには繋がらないんだろう。

 誰にも邪魔されず、自身と、自身を殺しうる相手との2人きりで死合を愉しみたい。

 恐らくそんなところだと思う。

 そうでなくては、ただ殺したいだけの殺人狂であれば、今この状況でゴン達を気にせず私に攻撃しているはずだ。いや、奇襲くらいしても当然だとすら思う。

 

「その条件をクリアしたらボクと戦ってくれるんだね♥」

「1対1。誰の邪魔もない状況で戦うことを約束します」

「……分かったよ。ここはその約束で収まろう♦ それじゃあ用件も終わったことだしボクも夕食を摂るとしようかな。お腹減ってたんだよね♠」

 

 そう言いながら空いたテーブルに備えてあった椅子を私たちのテーブルに持ってくるヒソカ。おい?

 

「ああキミ、これとこれを頼むよ♣」

「か、かしこまりました! しょ、少々お待ちください!」

「遅くなってもいいよ♥ ゆっくり会話を楽しんでいるからさ♦」

「はい!!」

 

 空でも走るかの様に全力で駆けているウェイターさん。そらあれだけの圧力を出していた相手から注文を受けたらそうなるわな。

 ってそうじゃない!

 

『いや帰れよ!!!』

「そうつれないこと言うなよ。ボクとキミ達との仲だろ♥」

 

 こうして楽しい楽しい食事会は最悪のモノになりましたとさ。

 めでたくないめでたくない。








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