どうしてこうなった?   作:とんぱ
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 今回いつもよりも過激な表現が使われております。多少ダークとなっていますのでそれが気になる方は注意してお読みください。


第三十六話

 幻影旅団。

 それはA級賞金首の犯罪者集団。団長を筆頭にメンバーたる12人の団員たちは各々が一級の念能力者であり、その実力の高さは熟練のブラックリストハンターすら迂闊に手を出さないほどである。団員たちはそれぞれが身体の一部に団員ナンバーが入った12本足の蜘蛛の刺青を入れており、幻影旅団に近しい者や詳しい者からは[蜘蛛(くも)]と呼ばれている。

 

 彼らは死を恐れない。自らの死すら仕事の内と理解しきっており、例え死に直面したとしても動揺や怯えを見せる者は旅団の中に誰1人としていない。それ故に彼らは強かった。彼らは一級品の念能力者であるが、真に彼らを強者足らしめているのはその異常なまでの精神性が起因しているのが大きいだろう。

 意外にも仲間内の結束は高く、仲間が死ねば怒り、悲しみもするだろうが、自らの命にはそこまでの執着を持ってはいなかった。そしてそれ以上に他人の命に関心を持たない狂人集団。

 

 強者にして狂者。それが幻影旅団であった。

 

 そんな幻影旅団の活動内容、それは主に盗みと殺し。俗に盗賊と呼ばれる世間一般から悪と見なされるそれが彼らの仕事だ。だが、旅団として活動する以外には各々が自由に行動しており、旅団の活動が行われても全団員が揃うことなど滅多にないことだった。

 

 そんな彼ら13人が3年2ヶ月ぶりにヨークシンの郊外にあるアジト――世界中に点在するアジトの一つだが――にて一同に会していた。

 

 何のために? などと考える団員はいなかった。極稀に慈善活動をすることもあったが、そんなことをする為に団長が全メンバーに集合を掛けるとは考えられないことだ。

 彼らは盗賊。つまりこれから行われるのは盗み、それ以外に有り得ない。ならば何を狙ってのことか? それが団員たちが考えていることだった。

 この時期のヨークシンに来たということは狙いはオークションだろうとは予測される。ならばどのオークションを狙う? どんなお宝を奪う? ある団員は団長の周知の趣味が本のため古書全般を狙っていると考え、またある団員はサザンピースで出品されると噂されている世界一危険で高額なゲームだと予測する。

 

 アジトに会する全団員たちの興味と興奮が高まるその中で、団長クロロ=ルシルフルが発した言葉は――

 

「全部だ。地下競売(アンダーグラウンドオークション)のお宝丸ごとかっさらう」

 

 地下競売の宝を全て盗む。言葉にすることは誰にでも出来る。だがそれを実現、いや実行しようと思う者が世界にどれだけいるのか?

 地下競売は世界中のマフィア達が協定を結んで取り仕切っている。その地下競売に手を出すということはマフィアンコミュニティーを、つまりは世界中のマフィア全てを敵に回す行為であった。

 誰がそんなことを考える? 誰がそんなことを望む? 誰も望みはしないまさに狂人の発想。これに賛同する者など同じ狂人だとしか考えられないだろう。

 

 そしてここに居るのはその狂人だけだった。

 団長の言葉に臆する者は誰1人としておらず、むしろ中には興奮のあまり身体が震え、それを抑える為か歯を食いしばり口から血を垂らす者さえいた。そこまでの興奮を見せる者は他にはいなかったが、誰もが明日に思いを馳せていた。

 

 たった2人を除いて。

 

 1人は死の道化師ヒソカ。

 蜘蛛であって蜘蛛でない、旅団へ偽装入団した男。ヒソカが旅団に入団した理由はただ1つ、幻影旅団団長クロロ=ルシルフルと戦いたいが為であった。その為に入団テストにて前4番を殺し、蜘蛛の刺青を【薄っぺらな嘘/ドッキリテクスチャー】で偽装してまでクロロに近づいたのだ。

 だがその思惑はそう簡単には実らなかった。クロロはガードが堅く、旅団としての活動以外では何処で何をしているのか手がかり1つ残さず消える。その隠密性はヒソカですら追跡は出来ない程だ。さらに仕事中は常時2人以上の団員が傍に控えているためヒソカが望む殺し合いを挑むのは不可能だった。

 

 故にヒソカは考える。この状況をどう利用したら上手く旅団を出し抜きクロロとの1対1を存分に楽しめるのか、と。

 既に種はまいていた。幻影旅団に並々ならぬ復讐心を抱く少年クラピカ。その彼をヨークシンに誘導し、旅団と上手くかち合わせれば何らかのアクションを起こすだろう。そう考えてクラピカに蜘蛛の情報を匂わせておいたのだが、ヒソカの予想に反して2人は天空闘技場で再会した。

 それについては予想外ではあったが特に問題はなかった。ヒソカはクロロと戦いたく、クラピカは旅団を捕らえたい。2人の利害は一致しており、目的の為に協力を取り付けるのは容易だったと言える。

 

 今頃はヨークシンに到着しているか、それとも明日にでも到着するのか。旅団が地下競売を狙っていることを伝えるべきか、それとも事が起こったあとに連絡をするか。

 ヒソカは考える。クロロとの戦いを楽しみたいが為に。その後に待ち受けるであろう彼女との戦いを楽しみたいが為に。

 

 

 

 そして他の団員と違う考えに没頭しているもう1人の人物。

 その名はマチ。旅団員で3人しかいない女性メンバーであり、蜘蛛結成時からの初期メンバーでもある。クロロからの信頼も厚く、旅団全員への連絡係を務めている女性だ。

 

 今の彼女の心境を一言で表すなら『不安』。何の根拠も確証もない、ただただ嫌な予感がマチを襲っていた。このまま地下競売を襲撃すると何か蜘蛛にとって良からぬことが起こるのではないか? そんな漠然とした不安。

 マチの勘は一種の念能力ではないかと疑えるほど鋭いものだった。その勘の良さで蜘蛛の危機を回避したことすらあり、勘という具体性のない曖昧なモノでありながら他の団員たちも一目置いていた。

 それ故にマチが嫌な予感がすると言えばそれを真っ向から否定する者はおらず、確証はなくともその一言を念頭に置いて皆が行動していた。

 

 だが、そんなマチも今この状況でそれを言うことは出来なかった。

 いくら勘がいいとはいえ、まだ何も事を起こしていない、不安要素など欠片も見当たらないこの状況で、『嫌な予感がするから盗むのを止めよう』等と言えるわけがなかった。せいぜいが嫌な予感がするから気をつけるよう注意を促すくらいだろう。それはマチも良く理解っていることだった。

 

 マチも自身並びに旅団の強さを信じている。マフィア等に負けるなどと想像は出来ず、またそれは事実でもあった。

 マフィアが近代兵器に身を包んでいたとしても旅団は造作もなく打ち破るだろう。1流の念能力者集団が相手では非念能力者など例え1千や2千集まろうとも相手にならないだろう。マフィアにも念能力者がいるだろうが、魍魎跋扈する世界を強者として生き抜いてきた自分たちが敗れるなど想像だに出来ないことだった。

 

 蜘蛛に欠員は出来るかもしれない。だがその程度のことは全団員が了承済のことだ。蜘蛛の死は旅団員全員の死、誰か1人でも生き残っていればそれでいい。生き残りの者が新たなメンバーを集め何事もなかったかのようにまた活動を開始するだろう。もちろん旅団員を殺した者へ相応の礼をして、だ。

 そういう点において旅団を滅ぼすのは至難と言える。何せ誰か1人でも残してしまえばそれは旅団復活を意味するのだから。

 

 旅団がマフィアとやり合っても完全な敗北があるとは思えない。マチが自身の予感について他のメンバーに何も言えないのはそのせいでもあった。

 せめて何らかの不確定要素が形として現れてさえいれば……そう思わずにはいられないマチであったが、無情にもここに団長からの号令が下った。

 

「オレが許す。殺せ。……邪魔する奴は残らずな」

「おお!!」

 

 肉体の強さは蜘蛛一と言われる男の力強い掛け声がアジトに響き渡る。マチはその力強さに一時心を託した。言いようのない不安をかき消してくれると信じて。

 

 

 

 

 

 

 9月1日。

 今日この日からヨークシンにてドリームオークションが開始された。年に一度開催される世界最大の大競り市。幾万店ものオークションハウスが開かれ、高価で物珍しい品が幾千万と売買される。昨日買った品物が明日には何十倍、何百、何千倍もの値段で売れたなどそこら中に転がっている話であり、まさに一攫千金を狙える夢の市であった。

 

 誰もがオークションに夢を描いている表の世界。だがその裏には光に紛れて開かれる闇のオークションが存在していた。

 犯罪もの、つまりは盗品や非合法の品など公式では扱えない品を競りにかける闇の市。そうした曰くつきの品にはいつの時代も大量の需要があり、どれだけ取り締まろうとも規制仕切ることは不可能だった。

 マフィアンコミュニティーが取り仕切る闇の市の最高峰、地下競売もそうだった。もっとも、コミュニティーとヨークシン市長は裏で結びついているため地下競売が取り締まられることだけはないのだが。

 

 毎年同じように開かれ、多少のいざこざはあれど何のトラブルも起こらずに無事オークションは終わる。今年もそうだろうとマフィアの誰もが思っていた。いや、何か起こるなどと考えてすらいないマフィアすらいた。

 地下会場内は武器の所持を認められておらず、会場内のセキュリティはマフィアンコミュニティーが責任をもって行っている。マフィアに喧嘩を売る馬鹿などいるはずもなく、問題など起こりようがなかった。

 

 ――そのはずだった。

 

 

 

「し、知らない! 本当に知らないんです! だからもう止めぎぃあああああぁあぁぁあぁ! や、やめてぐれぇぇ!!」

「止めてほしかたら知てること話すね。競売品はどこよ?」

「本当に知らないんだぁああぁ! お願いだからもう止め――ぎぃぃぁあぁっ!!」

 

 地下競売が行われるセメタリービルにて誰もが目を覆う光景が繰り広げられていた。

 拷問。それも並大抵のモノではない、明らかに相手の今後を考えていない極めて凶悪な拷問だった。拷問にかけられている男は今日行われる地下競売のオークショニア(競売進行役)。そして拷問を加えている喋り方が独特の小柄な男――フェイタン――は幻影旅団の一員であった。

 

 オークションに出される品を盗みに来た旅団がなぜ一介のオークショニアに過ぎない男を拷問にかけるのか。それは盗み出そうと思っていた品が金庫に1つもなかったからに他ならない。

 マフィアが厳重な警備をしているビルは旅団にとっては然したるモノではなく、容易く襲撃メンバーの7人が侵入を果たしていた。服装はコミュニティーの警備員が来ていたスーツと同じものを用意しており、何食わぬ顔でセメタリービル内を闊歩する。その姿は堂々としたものであり、正体がバレることへの不安は微塵も感じられないものだった。

 

 そして行き着いたのが地下競売で競りに掛けられるはずの競売品が保管されている巨大金庫だったのだが、旅団の予想に反してその中には1つたりとも競売品はなかった。

 当然その場にいた金庫番は既に全員が旅団によって殺されており、唯一生き残っていたのは金庫の番号を知っているオークショニアだけだった。オークショニアにとっては不幸な話だが、彼が拷問を受けることになったのは当然の流れと言えるだろう。

 

「どう? 情報吐いた?」

「駄目ね。コイツ本当に知らないよ」

「フェイタンが言うんじゃそうだろうなぁ。チッ! お宝は何処に行ったってんだよ」

「競売品を持っていったっていう陰獣。多分シズクと同じタイプの能力者だね」

 

 目の前で人間1人が壊されていく様を見ているにも関わらず彼らの口調は極めて軽いものだった。虫の足が千切れているのを見ても何の痛痒も感じないように、彼らは人の痛みに興味がない。

 既にオークショニアは虫の息であり、その様はむしろどうして生きているのか疑う程であった。壊さないよう、そして生かさないようある意味優しくゆっくりと壊された結果がこれである。

 

「もういいね。楽になれてよかたねお前。ワタシに感謝するといいね」

 

 そう、オークショニアが聞いていれば巫山戯るなと叫ぶだろう言葉を吐きながらフェイタンはオークショニアの命を奪った。あれほど殺さないように注意していたというのに、至極あっさりと。

 だがフェイタンが言うようにこれがオークショニアの為でもあっただろう。先程までのオークショニアは生きているだけで最早人とは呼べない無残なモノだったのだから。この場で生き延びた所で僅かに死への時間が延びるだけであり、例え助かったとしてもまともな人生を送ることは不可能だっただろう。

 

「さてどうする。お宝は何処とも知れない場所へ。手がかりは皆無だ」

 

 旅団の1人、顔一面にある無数の傷が特徴的な巨漢――フランクリン――が言外に言う。目当ての競売品が手に入らなかった今、次はどんな一手を打つかと。

 

「決まっているよ。陰獣の1人が持ち去ったって言うんなら、その陰獣が出て来ざるを得ない状況を作るだけさ」

 

 それに応えたのは優れた判断力と様々な知識に長けた智謀の男。爽やかな好青年を思わせる柔らかな微笑を浮かべて彼――シャルナーク――は言葉を続ける。

 

「このままオークションに参加してる客を全員殺そう。そしてその死骸をシズクが吸う。そうすると客がいなくなった事に気付いたマフィアはオレ達を追ってくるはずだ。その追っ手相手に暴れていればその内陰獣も来るはずだよ」

 

 旅団員たちが口々にしている『陰獣』。

それはマフィアンコミュニティーを束ねる大組織の長たち、通称『十老頭』自慢の実行部隊を指して陰獣と呼ばれている。それぞれの長が組織最強の武闘派を持ち寄って結成した、言うなればマフィア最強の念能力者集団である。

 

「陰獣か。強いといいなそいつら。楽しみだぜ」

 

 猛獣もかくやと言わんばかりに野性味溢れるその男――ウヴォーギン――は好戦的に微笑む。マフィアに喧嘩を売り、そのマフィアの中でも最強と謳われる敵を相手にしても感じるものは恐怖ではなく愉悦だった。

 

「……あたしは反対だよ。一旦引いて団長の指示を仰ぐべきだ」

 

 未だに嫌な予感が消えていないマチは周りからは消極的とも言える意見を述べる。団長の指示と言っても電話1つで済む話であり、そもそもトラブルが起こったから指示をお願いしますでは子どもの使いと同義だと考えるメンバー相手に通じる説得ではなかったが。

 

「おいおい本気で言ってんのかマチ? オレたちゃガキの使いじゃねーんだぜ?」

 

 マチの意見に反応したのはジャポンで言う侍を模したかのような男――ノブナガ――だった。その言葉はマチの意見を否定しているものだ。そしてそれはマチ以外の旅団員全員の代弁でもあった。

 

「どうしたんだよマチ? おめぇらしくもねー。マフィア相手にビビるような奴じゃねーだろ?」

「……なんだか嫌な予感がしてね」

「勘か?」

「勘だよ。……あたし達の行動は先読みされている可能性がある。それはマフィアの急な変更指令を見ても想像出来ることだよ。もしかしたらあたし達旅団が来ると情報が漏れていたのかもしれない。その上で罠を仕掛けられていたら……」

「そりゃ勘じゃなくてお前の予測だろ? 本当にらしくねーな。おめぇはそういう予測をぶった切って勘を貫く奴だろうが」

 

 マチの予測は誰が旅団の行動を流したのかを考慮に入れなければ非常に納得のいくものである。だが普段のマチを知っている者たちからすれば違和感のある説得だった。ノブナガが言うように、理路整然と予想を連ねるのはマチと言う人間の人物像にそぐわないものだった。

 

「……おめぇの勘は良く当たるのは分かっている。だが今回ばかりはその勘を鵜呑みにするわけにはいかねぇ。それはおめぇも分かってんだろ?」

「……分かってるよ。でも不測の事態があったら全員屋上に即集合すること。これは絶対だよ」

 

 結局マチはそう提案することで自身を納得させた。所詮勘は勘。いくら勘が鋭いと言っても外れることがないわけではない。今回もきっとそうだと自身に言い聞かせて。

 

「ああ。皆分かったな。オレが言うのも何だがこいつの勘は当てになる。何か起こるものとして行動しろよ」

「本当にノブナガが言うこと違うね。否定しておいてけきょくそれよ」

「うるせーよ」

「ねー。話がまとまったんならこいつらもう吸ってもいい?」

 

 先程までの会話には混ざらずにいた女性。どこか浮世離れした雰囲気を醸し出す彼女――シズク――は何処からか掃除機を取り出しそう呟く。

 シズクが持っている掃除機がごく普通の掃除機で、ここが普通の家の中で、周りにあるのが埃やゴミならばその呟きに違和感を感じる者はいないだろう。

 だが彼女が持っている掃除機の口には鋭利な歯があり奇怪な鳴き声を出しており、いま彼らがいるのは地下競売が行われるビルの地下であり、そして周りに散乱してあるのはゴミではなく人の死体だった。

 

「ダメだよ。いまこいつらを吸ったら来る前に吸い込ませておいた気球が取り出せなくなっちゃうだろ」

「あ、そうだった。じゃあ屋上行って気球出しておくね」

「このビルの屋上はダメだよ。マフィアが見張っているから。気球を出したらこいつらを吸ってね」

「うん」

 

 シズクが具現化した掃除機。名はデメちゃんといい可愛らしい名前を付けられているが、デザインは名前にふさわしいものではなく、またその能力も優れ物だった。デメちゃんはシズクが生物と認識したもの以外の全てを吸い込むことが出来る。例え生物であっても死体となっていれば吸い込むことはでき、また最後に吸い込んだ物なら吐き出すことも可能だった。

 旅団においてもレアと言われている能力であり、それ故戦闘をメインとしている旅団員よりも生存の優先順位が高かった。

 

「じゃあ手はずを整えようか。競売の客を殺すのはフランクリンとフェイタン。シズクは会場の正面入口を、マチは裏口を見張ってて。オレとウボォーは警備員に扮して客を誘導するよ」

「おいおいオレにも殺らせろよな」

「こんな所にいる雑魚を殺しても楽しくないでしょ? どうせなら追ってきた奴らを殺りなよ」

「それもそうか。んじゃそうするか」

「それじゃ手はず通りに……行動開始!」

 

 シャルナークの掛け声とともに各々が行動を始める。その行動は全てが己の欲望を満たすためだった。己の欲望を満たすために他者を生贄にする。その果てに待つものがなんであるか理解しつつもその行動を止める者はいない。

 だが彼らは本当に理解していたのだろうか? 己の想像を超える存在がこの世にはいるということを。

 

 『それ』を本当に理解しているのはこの場にはいない旅団団長クロロ=ルシルフルだけであった。だが、そのクロロでさえ『それ』と出会うなどと考えてすらいなかった。

 

 そして……オークションという名の惨劇が始まった。

 

 

 

 

 

 

 ドミニク=コーザは毎年開催される地下競売に参加する為にヨークシンへと趣いていた。ここ十数年、と言うよりは妻を失くしてからは自ら参加せず代理の者を遣わしていたのだが、コーザファミリーの親に当たるファミリーのボスから直接出向くよう言付けを受けたのだ。流石に直系の親相手に言われれば従う他なく、こうしてヨークシンまで所有している飛行船でやって来た。

 

 愛する妻が死に、意気消沈という言葉がこれ程も似合うこともないと言えるほど落ち込んでいた彼を直系の親も気遣ってはいた。だが流石にマフィアの面子争いの一面を大きく持つこの地下競売に10年以上も不参加となると強行させるを得なかったのが直系の親の心境だった。

 

 何か欲しいと思う品もなく、ただ参加する為だけにヨークシンまで来る羽目になったドミニクだったが、今回の話は彼にとっても渡りに船だった。

 

 先日、死んだと思っていた娘と再会した彼は過去の想いと現在の想いが綯交ぜになって自分でもどうすればいいのか分からなくなっていた。

 

 娘を許すわけにはいかない。何故なら最愛の妻が死ぬ原因を作ったのが娘だからだ。ドミニクとて何も知らずに産まれてくる子どもに罪があるとは思っていない。いくら最愛の妻が子を産んだせいで死んだとしても、それだけで妻が産んだ自分の子を捨てるなどとは考えなかっただろう。

 だがそうではなかった。産まれてきた娘は不気味な雰囲気を強烈なまでに放っており、部下の話ではその身からは有り得ないほど膨大で凶悪なオーラが溢れ出ていたという。妻が死んだのは子どもを産んだからではない。『この子』が産まれたからなのだ。そう結論付けるには充分な要素だった。

 

 さらにその子どもは産まれたてのはずなのに明らかに自我を持ち会話すら理解している様子を見せていた。これもドミニクが部下から聞いた話だったが、車で娘を飛行船へと運んでいる最中になんと娘はオーラを自由自在に操っていたという。

 念能力者として鍛えていた彼らにも出来得ない程の熟練したオーラ操作。生後間もない赤子にそんなことが出来るわけがない。悪魔か何かの生まれ変わりと断じて捨ててしまうのも当然の判断と言えるだろう。

 

 だが妻――を模した念獣――に育てられ、妻と同じく美しく成長した娘を見ると過去の感情も薄れてしまう。

 かつて見たオーラに――部下の報告では――変わりはなかったが、その顔立ち・仕草・憂いを帯びた悲しげな表情。それらを見ると悪魔など錯覚だったのではないかとさえ思えてしまっていた。

 例えそれが悪魔の狡猾な罠かもしれなくても、それでも娘と一緒に暮らせばかつての幸せが僅かではあるが帰ってくるのではないか? そういう得もしれない誘惑に駆られるのも仕方のないことだと言える。

 

 それでもドミニクはその誘惑を振り切った。妻が死んだのは娘のせいであることに変わりはない。例え意図した行為ではなかったとしても、娘が何らかの要因を作って我が子として産まれてきたのではと思うとどうしても許しきることは出来なかった。出来たのは精々が娘の要望である妻の墓の在り処を言外に教えるくらいのことだった。

 

 娘を許せない。だが妻の面影を残す娘をただ憎むことも出来ない。そのジレンマに陥っていた彼にはこうして他の事で気を紛らわすしかなかったのだ。

 

 

 

 子飼いでも選りすぐりの念能力者を引き連れ地下競売開催ビルに辿り着くドミニク。10年以上も不参加だったので周りにいる連中から奇異の目で見られているのが分かったが、その方が周りに意識を向けて余計なことを考えないですむ分気が楽だった。

 だがその視線もすぐに消えてしまう。地下競売でいざこざを好んで起こそうなんて考えるバカはマフィアにはいないからだ。下手なことをして周りから睨まれては組の損害は馬鹿にならないものとなるだろう。

 

 視線から解放された為またも思考に没頭してしまうドミニク。軽く頭を振り、別の何かを考えることで娘を思考の隅に追いやろうとする。考えても答えが出ないことは既に分かりきっていることだった。それならば今宵のオークションで何を買うのか考えた方がまだ建設的だと考えて無理矢理自身を納得させる。

 久しぶりに参加するオークションだ。どうせなら何か気に入った物でも買ってもいいだろう、そう考えながら警備員のチェックを越え会場内へと入室する。ドミニクだけでなく他の客も同様に。

 

 その扉が地獄の釜戸に繋がっていると知らずに。

 

 

 

 オークション会場に2人の男が登場し壇上に立つ。1人は傷だらけの顔を持つ巨漢。もう1人は巨漢とは対照的なほど小柄な男。

 この場に集まるどの客も壇上に立つ2人の男を疑っていなかった。2人の男はオークショニアとしては不釣り合いの強面だが、それがマフィアンコミュニティーが開く地下競売となれば話は別だ。さらにはこのオークションはマフィアンコミュニティーが全責任を持って警備に当たっている。ビル内にいる警備員は全てコミュニティーに属するマフィアであり、会場内には武器や記録装置、通信機器すら持ち込み禁止の厳重さだ。

 ビルの半径500m以内には客と警備員以外のマフィアは進入すら禁止されており、それでも数多のマフィアがそれぞれのファミリーからの参加者を護るために500m外から監視していた。

 

 そんな中で行われる地下競売で何かが起こるわけがない。今までもそうだったしこれからもそうだ。誰もがそう思い壇上に立つオークショニアの言葉を待つ。

 そしてオークショニアが紡ぎ出した言葉は――

 

「皆様ようこそお集まりいただきました。それでは堅苦しい挨拶は抜きにして――くたばるといいね」

 

 ――壇上に立つ2人の男以外に対しての無情なる死の宣告だった。

 

 小柄な男、幻影旅団の1人フェイタンが発した死の宣告が言い終わるや否や、フェイタンの後ろに立つ巨漢フランクリンがその両の指を客に向かって突き出す。

 だがその指は本来のそれよりも短かった。両の指その全ての第一関節から先がない。指先を失った両の手を突きつけるその様はまるで銃口を向けているかのようだった。そしてそれは間違いではなく、フランクリンの失われた指先から無数の、数えるのも不可能なほど無数の念弾が機関銃の如く発射された。

 

 マフィアとて闇社会に生きる者たちだ。いくら地下競売で襲撃にさらされるという考えにくい現状に晒されたとはいえ、即座に反応し雇い主や己が主を護る為に身を挺して前に立った。

 だが、その命を賭けた行動は……主をほんの僅かに生きながらえさせただけだった。

 

 異常な速度で発射される念弾が奏でる轟音、そしてその念弾によって身体を細切れにされていくマフィアの絶叫が重なり不協和音となって会場内に響き渡る。

 圧倒的な破壊力を誇る念弾の嵐。一撃一撃が念能力者の防御を容易く貫く威力を持ち、それが秒間数十発も発射されているのだ。その死の嵐は男も女も、老人も若人も、念能力者も非念能力者も、一切の関係なく平等に死を振りまいていった。

 

 

 

 ドミニクもまた例に漏れず死の嵐に晒されようとしていた。護衛として連れてきていたダールとザザが身を張ってドミニクの前に立ち念弾を食い止めようとしている。

 だが――

 

「ぼ、ボス! 逃げてくださ……!」

「ザザァァーー!! クソッタレ! ボス早く外へ! オレももう……ガァッ!?」

「ダール! ザザ!」

 

 護衛の身を挺した行動は確かにドミニクを念弾の脅威から救った。……例えそれがほんの数秒程度だといえど。

 そして護衛が物言わぬ肉と化した今、ドミニクもまた死の嵐に巻き込まれた。

 

「がふぁっ!?」

 

 今まで感じたこともない程の激痛がドミニクの腹部を襲う。まるで灼熱の棒を差し込まれ掻き回されたかのような錯覚にすら陥っていた。

 ああ、俺はここで死ぬ。そう思ったドミニクが感じたのは死への恐怖……ではなく、安らぎと開放だった。これでようやく愛する妻の下に逝ける。これでようやく……娘を恨まなくてもよくなる、と。

 

 全てから開放されたと思ったドミニクがその薄れゆく意識の中で最後に見たものは……今にも泣いてしまいそうな悲しげな表情をした娘の姿だった。

 

 

 

 フランクリンの念能力、【俺の両手は機関銃/ダブルマシンガン】の脅威から運良く逃れられていた客たちは、この場に留まれば必ず訪れるだろう死の驚異から逃げ出そうと会場の入口を目指し走る。

 扉に向かって移動している間に幾人、幾十人と死んでいく。隣で誰かが死ぬと次は自分かと焦り文字通り必死で駆ける。

 そして彼らは見た。扉が四散し、扉を突き破った何かが高速で飛来していくのを。彼らは見た。その扉の向こうに美しい顔を怒りに染めた少女の姿を。

 

「とう……さ、ん……? あ、うぁ……」

 

 怒りに満ちた少女の顔は一瞬にて悲哀へと転じていた。

 そしてその身を僅かに震えさせたかと思うと、またもその表情は怒りに満ち溢れたモノへと変化していた。不思議と壇上から放たれていた念弾は何時の間にか止まっており、それすら忘れて何故か彼らは少女に釘付けになっていた。

 そして……少女から怒りの咆哮が轟いた。

 

「げんえいりょだぁぁぁぁぁん!!!」

 

 オークションの惨劇は終わらない。獲物を変えて、惨劇は続く。

 

 

 

 

 

 

 地下競売が開始される僅か9分前。アイシャは地下競売が開催されるセメタリービルに向かって高速で移動していた。地図でビルの場所を確認はしていたが土地勘のない土地なので【天使のヴェール】を使用したまま円を展開する。円で確認するものはビルを警備しているであろうマフィアの存在だった。

 円の範囲内にいる人間は何らかの遮蔽物に覆われていない限りその全てを把握できる。ならば進行方向さえ間違えなければセメタリービルの周辺にいるだろうマフィアの警備員を見つけることは可能だ。警備員か否かを判断するのは至って容易、動きが少なく、周囲を警戒している者がそうだ。

 

 交通の多い地上ではなく高く連なったビルからビルへと高速で飛び交う。オーラの放出による空中移動は使わず、全身をオーラで強化して全力で移動するのは2つの理由があった。

 1つはオーラの温存だ。あれの移動は莫大なオーラ量を誇るアイシャを以てしても消耗が激しい移動法だった。【天使のヴェール】を発動している今、そのような移動を行い余力を失うわけにはいかなかった。何せかの幻影旅団と交戦する可能性があるのだ。オーラは温存しておくべきだろう。

 

 もう1つの理由は……単純にその方が早いからだ。

 確かにオーラの放出による高速移動は早い。障害物のない空を一直線に進めば普通に走るよりも早く移動できるだろう。

 だが、全力の移動となれば話は別だ。ビルからビルへと飛び交う方がセメタリービルへは早く着くとアイシャは判断した。

 ビルを全力で蹴ることで得られる加速、超高速の流を用いて地を蹴る際は両足に、跳ね上がる瞬間にバネとなる膝付近へもオーラを、着地しまた地を蹴るまでに使われる筋肉を各部位ごとに瞬時にオーラで強化する。超高速の流を可能とするアイシャだからこその移動法。そうすることで有り得ない程の速度で移動しているのだ。そのあまりの速さにセメタリービルの周辺ビルで警備していたマフィアは隣をアイシャが通り過ぎても強い風が走ったくらいにしか感じなかった。

 

「……おい、今何か大きな音がしたぞ! 銃撃か!?」

「違うわ! 今のは銃弾の音じゃない! コンクリートが砕ける音よ! 何かがこのビルの屋上に強く当たったのよ!」

 

 だがアイシャが屋上を足場にした音は流石に聞き逃さなかったようだ。しかし今さら疑問に思おうが無意味だった。すでにアイシャはセメタリービルへとたどり着いていたのだから。

 

 

 

 アイシャは絶による隠行で自身の存在を限りなく希薄にし、ビル内に侵入する。幸いと言っていいのかビル内には然したる使い手はおらず、誰もがアイシャに気づくことなく変わらず警備を続けていた。

 

 ビル内の雰囲気を見るにどうやらまだ事は起こっていないようだ。取り敢えず安堵するアイシャ。もしかしたら本当に杞憂だったかもしれない。そう考えながら円で確認した地下へと降りていく。

 だが、その考えが甘いと言わざるを得ないと即座に気付いたアイシャは渋面する。

 

 上手く溶け込んでいるが確かに感じる。正面の扉付近に1人、裏に1人、上階に3人、そして……正面のオークション会場と思わしき一室に2人の強者の気配!

 

 明らかにマフィアとは一線を画す存在を感知しアイシャは正面の扉へと向かう。その存在が幻影旅団であろうと察して。だが――

 

 扉を開くではなく粉砕する勢いで走るアイシャの行く手をシズクが遮った。

 シズクが手に持つデメちゃんにてアイシャの頭蓋を打ち砕こうとする奇襲は、その存在を感知していたアイシャにとって奇襲足りえず容易く躱される。だがその足を止めることには成功していた。

 

「っ! 邪魔をしないでください!」

「えっ? ごめん、それは無理。そういう仕事だからね」

 

 そう軽口を叩きながらもシズクは何時もの彼女からは考えられないくらいにアイシャを警戒していた。完全に奇襲のつもりで放った攻撃がこうも容易く避けられたのは記憶に少ないことだ。……もっとも、シズクは一度忘れたことは思い出さない性質だったのであまり根拠のない記憶ではあったが。

 

 それを他所に置いても目の前の少女が強敵であるとはシズクにも理解できた。だが自分は課せられた仕事をこなすだけだ。そう考え、シズクは無言でアイシャに攻撃を加えようとしたその瞬間――

 

 惨劇が開始された。

 

 アイシャの耳に響き渡る轟音、肉が巻き散らかる生々しい音、そして……悲鳴。

 それを聞いた瞬間、アイシャは駆け出していた。会場内に入る最適な行動、すなわち眼前の邪魔者を排除する為に。

 

「……っ!」

 

 アイシャのあまりの速さに面を喰らうも、シズクは的確に反撃を行おうとしていた。いくら動きが速かろうともこうも直線的な動きならカウンターを取ることは出来る。凄まじい速度で突撃してくるアイシャに向かってタイミングを合わせデメちゃんを振るうシズク。

 殺った、そう確信するほどのタイミング。あの速度、あのタイミングで躱せるとはシズクには思えなかった。だが、シズクの腕に伝わったのはアイシャの頭部を砕いた感触ではなく、空を切った後の手応えのなさだった。

 

 ――え? あの動きからどう避け――

 

 シズクが初めて見るその動き。

 それは肉体を一切使用せず、地に面している肉体の部位に集めたオーラを高速で回転させることで移動・方向転換をすることが出来るアイシャの秘技、縮地であった。

 

 この秘技は相手が達人であればあるほど効果的だった。何故なら達人は対象のあらゆる情報を見抜き戦闘を構築していく。シズクも世界で上位から数えた方が早い程の猛者。これまでの戦いの経験から人に出来る動き、出来ない動きというものを熟知している。

 そしてシズクが見たアイシャの動きはその後者だった。全力で走り、全力で拳を握り、全力で殴りかかって来た相手が、目の前でその動きのままあらぬ方向へ移動するなど予測できるわけがなかった。

 

 シズクが驚愕に浸る間もなくアイシャは攻撃を加える。

 縮地によりシズクの背後へと反転し、そのまま拳をこちらへ振り向こうとしているシズクの顎先に叩き込む。脳を揺らし動きを止めた相手の左腕を捕り、そのまま手首・肘・肩の関節を捻りながら巻き上げ、その勢いと流れを止めずにシズクを扉へと向かって……投げつけた。

 

 アイシャを銃身に見立てるならば的は扉となる。そして弾丸は……言うまでもない、シズクそのものだった。1つの弾丸と化したシズクは薄れる意識を繋ぎとめ出来る限りのオーラで防御する。

 結果、オーラを纏った弾丸は容易く扉を粉砕し、その勢いを落とすことなく壇上にいる旅団の下まで錐揉み状に回転しながら飛び続けた。

 

 これに驚いたのは壇上に立つ2人の旅団だ。

 大量の念弾をばらまいて殺戮劇を楽しんでいたフランクリンも、地獄のような光景を眺めながら悦に浸っていたフェイタンも、まさか仲間が扉を突き破って飛んでくるとは思いもしなかった。

 高速で飛来する物体をシズクと確認したフランクリンは即座に【俺の両手は機関銃/ダブルマシンガン】の放出を止める。如何に狂人集団とはいえ仲間を撃ち殺すつもりはない。そしてその巨体を生かし凄まじい勢いで飛んでくるシズクを受け止める。あまりの勢いに受け止めたフランクリンも後方へと押しやられるもどうにか受け止め切れたようだ。

 

「おいシズク! しっかりしろ!」

「シズク、何があたね? 誰がやたよ?」

「……う、お、女の、子……入口、気をつけ、て……」

「……もういい喋るな。顎が砕けてる」

 

 細々と力なく囁くように出たその言葉は然と2人に伝わっていた。砕け散った扉の前を見やり、仲間を害した敵を確認するフランクリンとフェイタン。

 

 そして見つけたのは……その身にオーラを纏っていないただの一般人、この惨劇を見て顔を青ざめさせている年相応の反応を見せるただの少女だった。

 

 少なくともこの時この2人はアイシャのことをそう認識した。この時は、だったが。

 そして次の瞬間にその認識を何処かに捨て去った。代わりに得た認識はこうだ。

 アレは少女ではない。アレは……化け物だ。

 

 

 

 アイシャは惨劇の有様を見て絶望に包まれる。会場内は眼を覆わんばかりの死体、死体、死体。競売参加者数百人の死体が所狭しと敷き詰められていた。辺りにはむせ返るような鉄の匂いが広がり鼻腔を襲う。会場は赤とピンクの色で染まっており、全てを集めても人数分には届かないのではないかと思える程に肉片が散らばっていた。

 

 そんな地獄の目の当たりにしてアイシャは必死にドミニクの、父の姿を探す。死んでいるはずがない! 生きているはずだ! そう願望を込めて必死に探す。生きている者も幾人かはいた。この地獄にあって無傷で済んでいる者さえもだ。その中に父もいるはずだ! ……いや違う。いっそこの場にいなければいい。それならばドミニクはあの母が眠る屋敷にて健やかに過ごしていると思えるのだから。

 だが……その祈るような願いは届かず、アイシャは発見した、発見してしまった。……腹部に穴を空けまるで眠るように横たわっているドミニクの姿を。

 

「とう……さ、ん……? あ、うぁ……」

 

 ――復讐は何も生まない。ただ憎しみを募らせるだけだ――

 

 そんな、今まで長き時を生きてきて聞いた事がある耳当たりのいい言葉はこの瞬間だけはアイシャの中から消えさり、そして残っていたのは……怒りだけだった。

 

「げんえいりょだぁぁぁぁぁん!!!」

 

 その言葉が合図だったかのように、アイシャの身体からまるでダムの堰を切ったかの如く莫大なオーラが溢れかえる。

 世界最強の武が、その力を怒りを以て他者に向けた初めての瞬間だった。

 

 

 

「……おいおい。一体何の冗談だこいつは?」

「シズクをやたのコイツね。殺すよコイツ」

「ま、そうだわな」

 

 アイシャから溢れ出るオーラは数多の修羅場をくぐり抜けてきた彼らでさえ記憶にないものだ。旅団最強の肉体と圧倒的なオーラ量を誇るウボォーギンすら比べるにおこがましい程のオーラ量。闇の世界でも滅多に見かけない程のどす黒いオーラの質。

 だが、それらが彼らの動きを鈍らせる要因にはならない。ここで怯む程度であれば蜘蛛はとうの昔に滅んでいるだろう。敵を恐れず、かと言って侮らず。強大で異質なオーラを持ったアイシャを敵にしたからこそ彼らから油断という文字は消えていた。

 冷徹に冷静に数の有利を存分に生かして敵を排除する為に動く。

 

「喰らえ! 【俺の両手は機関銃/ダブルマシンガン】!!」

 

 先手を取ったのはフランクリン。1人の人間に向けるのは過剰とも言える量の念弾をばら撒きながらアイシャの動きを牽制する。

 放たれたその念弾は一発一発が並の念能力者の防御をまるで紙を突き破るように打ち砕く威力を持っている。その念弾がアイシャの逃げ場をなくさんと言わんばかりに広範囲に打ち出される。

 逃げ場はない、左右どちらに飛ぼうとも念弾は部屋を埋め尽くすかの如く放たれている。後方へ飛んだとしてもそのまま念弾がアイシャを貫く。最後に残ったのは……上空のみ!

 

 だがそこは活路ではなく死路であった。フランクリンの攻撃の意図を言葉にせずとも読み取ったフェイタンは【俺の両手は機関銃/ダブルマシンガン】が放たれた瞬間にアイシャの上空へと飛翔していた。その手に何時の間にか仕込み刀を握りしめて。

 

――さあどちらを選ぶ!?――

――どう死にたいね?――

 

 左右と後ろは念弾の餌食、上空はフェイタンによる串刺しが待ち構えている。そんな状況の中、アイシャが取った行動はそのどれでもなく……前方、即ちフランクリンに向かって走り出すことだった。

 

「なんだとぉーーっ!?」

 

 アイシャはその身をドミニクの前に立たせてそのままフランクリンへと駆ける。迫り来る念弾など意に介さず、防御も回避もせずにその身で弾きながら。

 敵が強大だからといって竦むことなどなかった旅団もこれには驚愕しかなかった。避けるのならば分かる。いや、凝や硬で強化した肉体の一部で弾くならばまだ納得も出来ただろう。実際ウボォーギンを筆頭にそれを可能とする者は蜘蛛にもいる。

 だが目の前の少女は、アイシャはただ堅のみの防御力でフランクリン自慢の念弾を防ぎ切り、そのまま速度を落とさずフランクリンへと迫っていたのだ。

 

 一直線にフランクリンへと迫り来るアイシャに対し驚愕しつつもフランクリンは【俺の両手は機関銃/ダブルマシンガン】の銃口を絞って対応する。そう、散弾から一点集中砲火へと転じたのだ。全ての念弾がアイシャのみを狙って放たれる。

 

 一方、上空へと飛翔していたフェイタンは天井を蹴りアイシャへ向かって急降下を開始した。生半可な攻撃では意味がないと悟り、その刀身を硬で強化しながら。

 

 だが……フェイタンが強襲しようとしているのを気配で察知したアイシャは振りかえ……ることすらせず、未だ自らに無駄に降りそそぐ念弾を上空後方へと弾いた。そしてフェイタンには一瞥もくれずにそのままフランクリンへと駆け続けた。

 

 上空から奇襲しようと思っていた矢先にまさか仲間の念弾が飛んでくるとは予測外だったフェイタン。己に向かって飛んでくる幾つかの念弾は仕込み刀で弾くことが出来たが、硬による全力攻撃を敢行しようとしていたフェイタンではその全てに対処すること適わず、咄嗟に防いだ左腕を突き破って腹部にまで攻撃を喰らいそのまま撃墜された。

 

 ――クソッタレが!!――

 

 仲間が自身の放った念弾で撃墜されるという屈辱を味わわされたフランクリンは激昂しながらも冷静に考えていた。このまま念弾を放ち続けても効果は少なく勝ちの目が薄いのは明白。ならばここは一旦引き、同じビル内にいる仲間と合流してからこの化物を倒すべきだ、と。

 その方が仲間を助ける確率も上がるだろう。このままでは自身も敗れ3人とも死ぬ可能性が高い。そう理解しつつも、ここで撤退するのは沽券に触ると考えるフランクリンだった。ここで尻尾を巻いて逃げ出すことは出来るかもしれない。だが、それをすれば確実に自信をいくらか失うだろう。それも念能力の強度に関わるレベルで、だ。

 

 そう感じ取ったフランクリンから逃げの手は消えていた。誇りある死などに興味はない、ただ全力でアイシャを迎撃することを選んだのだ。

 迫り来るアイシャは先程までと変わらず一直線に向かって来ている。そこに回り道をしようという意思は感じられない。恐らく、いや確実にフェイントはないと踏んだフランクリンは念弾の放出をやめた。いくら念弾を放とうともアイシャの動きに揺らぎはなくダメージは微塵も見受けられない。それならば最大の一手を放つ為に集中したほうがマシだと判断したのだ。

 

 アイシャがフランクリンへと駆け出してからここまでの間は僅か一秒にも満たない時間だ。そしてアイシャを打ち倒すためにフランクリンが集中した時間はそれよりも更に短いまさに刹那の時。

 だが、フランクリンは生涯において最高の集中力を発揮し、かつてないほどの短時間で顕在オーラの全てを両の手に集め切った。

 

 そしてそれを眼前まで迫ったアイシャの顔面に向けて一切の容赦なく撃ち放つ。

 敵を倒す為に、仲間を生かすために、己の誇りを護る為に、様々な思いを乗せて放たれた渾身の念弾。【俺の両手は機関銃/ダブルマシンガン】とは違い一撃の破壊力のみを追求した究極のそれは――

 

 アイシャの横殴りの一撃でいとも容易く霧散した。

 

「バケモンがぁぁっ!!」

「黙れ外道が!!」

 

 最大の一撃を無慈悲にも防がれたフランクリンは、だからと言って闘志を鈍らせることなく果敢にアイシャへと拳を振るう。

 だが今さらその程度の攻撃がアイシャに通じるはずもなく、身体を沈みこませ拳を躱すことでその勢いのままフランクリンの懐に飛び込んだ。

 

 そしてアイシャは両手を交差しフランクリンのスーツの襟首を巻き上げ、立ったままの絞め技へと移行した。フランクリンは掴まれたスーツを破る勢いで後ろに下がろうとする。絞め技を防ぐ為ではなく、アイシャから離れたいが為に。……だが、その思惑に反してスーツは微動にせず、フランクリンは僅かに足を一歩下がらせることしか出来なかった。

 

 ――馬鹿な!?――

 

 この時フランクリンは気付かなかったが、アイシャは立ち締めの際にそのオーラでフランクリンのスーツに周を用いていたのだ。強化されたスーツはフランクリンが全力で後退しようとも破れることはなく、またオーラで自身も強化していたアイシャは自身の何倍もの巨体であるフランクリンに力負けすることもなかった。

 

 そこから先は流れるように技が決まっていった。

 立ち締めにより頚動脈を圧迫。そして重心を移動し対象とともに床へと沈み込みながら、対象の鳩尾を蹴り上げそこから巴投げの要領で投げる。対象と一緒に自身も宙に浮き上がり空中にて上下が反転、対象を下とし、オーラの放出することで落下速度を加速。締めに使用していた右腕をそのまま首に当て固定、左手は両襟を捻り締め上げたままでだ。そして……対象の後頭部を地に強かに叩きつける。即座に襟首を締め上げていた左手を開放し、そのまま倒れこむ勢いを利用して肘を胴体へと追撃。

 

 この一連の技こそ、かつて天空闘技場にてシオンがウイングに対して放った風間流の奥義:山崩し。その変形。

 対象を倒す……ではなく、壊すもしくは殺すために編み出された風間流裏の奥義:山砕きであった。

 

 

 

 立ち締めによって一瞬で意識を落とされかけたフランクリンではアイシャの蹴撃を防ぐことは出来ず、その一撃で胸骨が砕かれ、同時に肋骨の幾つかもへし折られる。

 締めにより薄まった意識はその激痛により鮮明となるが、そのままなすすべもなく宙へと投げられた。口内は多量の血で溢れている、内臓のどれかを損傷したのだろう。

 フランクリンは激痛に苛ませながらも地に叩きつけられるであろう後頭部を凝にてガードする。それにより頭部のダメージは最小限に抑えられた。

 だが代償として殆んどオーラによる防御を為していなかった喉は潰され、脛骨が軋む音が響く。首の骨が折れなかったのは運が良かったのか、それともアイシャが加減していたのか。

 もはやその身に戦う力を失ったフランクリンに肘打ちによる更なる追撃が待っていた。肋骨をさらに砕かれ、内臓の幾つかは確実に破裂した。その証拠とばかりに大量の血がフランクリンの口から吐き出される。

 

「がばぁぁッッ!!?」

 

 アイシャは揺らりと立ち上がり、崩れ落ちたフランクリンを見下ろす。

 フランクリンは意識を完全に失い重傷を負ってはいたが、未だ死んではいなかった。体がピクピクと痙攣し力なく横たわっている。止めは……刺せなかった。アイシャは衝動に身を任せ怒りのまま戦ってはいたが、どうしても止めを刺すことができなかった。

 山砕きを放った時は相手が死んでもいいと思っていた。いや、それすら考えずに奥義を放ったかもしれない。だが、こうして既に死に体となっている相手に追撃を加えることは出来なかった。

 怒りはまだある。身を焦がすような怒りと、そして悲しみもだ。だが、アイシャの大半を構成するリュウショウの武人としての記憶と経験が、完全に無力化された敵を相手に更なる攻撃を加えることを押しとどめたのだ。

 

 それだけではない。このまま怒りのままに命を奪ってしまえば親友を裏切ってしまうような気がしたのだ。親友がその手を血で汚さなくてもいいようにと願っていた己がそれを忘れて蜘蛛を殺してしまうのはどうしても躊躇われた。

 

「……そこでお前たちが不用意に傷つけた人々の無念を僅かでも味わっていろ」

 

 もはや聞こえているとは思えなかったが旅団に対してそう呟き……突如としてアイシャはその場を飛び退いた。そして先程までアイシャが立っていた場所には筋骨隆々の男、ウボォーギンが拳を振り下ろしていた。

 

「ちぃっ! 絶で気配を消してたのに良く気づきやがったな!」

「こいつ強いよ! 皆気をつけるんだ!」

「んなの見りゃ分かんぜシャル。おいマチ、そいつらはどうだ?」

「シズクは命に別状はないよ。でもフランクリンはマズイ、早く治療しないと手遅れになるかもしれない!」

「フェイタンも重傷だ。左腕が千切れて腹に穴空いてやがる!」

 

 アイシャが旅団と戦闘している間、地下競売襲撃に参加していた残り4人の旅団もこのビルを覆う異変に気付いていた。

 最初にそれに気づいたのはマチだった。裏口という比較的会場から近い位置にいたのも幸いしたのだろう。悪寒が最大級に鳴り響く原因がこのオーラの持ち主だと理解したマチは直様仲間に連絡を取った。このまま1人でフランクリンたちを助けに行っても無駄に死ぬだけだ。なら今出来ることは残りの仲間と合流してともに彼らを助けに行く!

そうして仲間を打ち破っている少女に対して奇襲を仕掛け今に至る。

 

「……幻影旅団か」

「はっ! オレ達を知ってんのか。……やっぱりオレ達の計画がどっかから流れていたようだな」

「おいおい勘弁してくれよ。裏切り者でもいるのかねぇ」

 

 旅団の何人かは計画が漏れていることに裏切りを予想する。その対象に当たる者はある道化師だというのがほぼ全員の見解なのは道化師にとって可哀想なことだったが。

 しかしある意味ではそれは間違いではない。マフィアが競売品を持ち去っていたのはとある少女の能力による未来予知が原因だったが、アイシャがこの場にいる要因を作ったのはヒソカだと言えるからだ。

 

「今はそんな話よりもこっちに集中だ! 全員で殺るよ!」

 

 シャルナークの叫びに全員が同意する。1人の敵に多人数で挑むのは好まない者もいたが、ここで必要なのは己の欲求ではなく蜘蛛としての行動。

 今はただ蜘蛛として脅威を排除する!

 

「くく、いいぜ。初めて全力を出せそうな相手だ! オレを失望させるなよ!」

 

 ウボォーギンがその身に纏うオーラを高めていく。マチはオーラを糸状に変化させ部屋の中に張り巡らせアイシャの動きを牽制しようとし、シャルナークは自作の携帯電話を取り出し隙あらばアイシャに突き刺すつもりだ。ノブナガは居合の構えを取り円を展開。間合いに入った瞬間に敵を真っ二つにしようと試みる。そしてアイシャは臨戦態勢に移った幻影旅団を見ても臆すことなく構えを取る。

 

 全員が対峙し、いざ死闘が始まるという緊張状態を破るように最初に行動したものはこの中の誰でもなく……気絶したと思われていたフェイタンだった。

 

「■◇……(クソが……)。○※●×▼◇……●□(調子に乗りやがって)!!」

『!?』

 

 何時の間にか気絶から目覚めたフェイタンが立ち上がり何かしら呟いていた。アイシャには聞き覚えがない言葉であり、何処かの民族の言葉だろうと思われる。

 いやそれよりもアイシャが気になったのはその身に纏った衣、防護服であろうそれ。具現化したのか何時の間にか着込んでおり、重傷を負っているというのに明らかにオーラの力強さが増している!

 

「まずいぞおい!」

「一旦離れるんだ! ウボォー! マチ!」

「分かってるよ! フランクリンはオレが担ぐ! シズクは任せたぜマチ!」

「ああ! さっさとずらかるよ!」

 

 フェイタンの変化を見て慌てて傷ついた仲間を抱えて逃げ出す旅団員たち。それを見てアイシャは疑問に思うよりも早く理解した。これから来るのは敵も味方も関係ない、無差別攻撃だと。

 

 

 

 そしてその日、セメタリービルは謎の爆発により倒壊した。

 

 




 フェイタンが激昂した時に使う言葉は何かよくわからない漢語みたいな文字なので記号で代用しています。
 旅団ファンの方がいたらごめんなさい。結構ボロクソに書いたかも。私も旅団は好きですけどそれは漫画の中であるからで、実際にいたら出会いたくもありませんが。
 ちなみにシオンがウイングに使った山崩しは山砕きと違って喉に腕を当てないし、オーラによる加速もしません。肘による追撃もないです。そこまでしたらウイング死んじゃう(´・ω・`)







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