どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第三十七話

 アイシャがチェックインをしたホテルから飛び出してからすぐ後に、ヨークシンの街を走る4つの人影があった。ゴン・キルア・クラピカ・レオリオの4人である。4人は血相を変えて飛び出したアイシャを見てただ事ではないと察知し、アイシャが向かったと思われるセメタリービルへと駆け出したのだ。
 アイシャがセメタリービルへと向かったのはアイシャが見ていたPCから見て取れた。直様にアイシャを追った4人だったがアイシャの圧倒的な速度に追いつくことは出来ず、今は路上を全速で駆けている最中だった。尤も、アイシャの全力に追いつけないのは仕方のないことで、他の一般人から比べれば彼らの速度も有り得ないものではあったが。現に道を歩く人々は彼らを驚愕の眼差しで見つめていた。

「アイシャ……すごく青ざめていたね。一体どうしたんだろう?」

 人一倍仲間想いのゴンは飛び出す直前のアイシャの顔色を思いだし心配そうに呟く。アイシャと共にあってそれなりの時間が経つ彼らも、アイシャがあそこまで取り乱す様を見るのは初めてのことだった。

「今はそんなことよりセメタリービルへ急ぐべきだろ! おいクラピカ、こっちであってんだよな!?」

 アイシャの急変は気になってはいるが、それを知るためにもまずはセメタリービルに急ぐべきだと考えるレオリオはセメタリービルへの道を確認しているはずのクラピカにそう尋ねる。だがクラピカから返事はない。何か考え事でもしているのかその顔つきは神妙なものであり、レオリオの声は届いていないようだった。

「……」
「おいクラピカ!?」
「っ!? あ、ああ! どうしたレオリオ!」
「どうしたじゃねーよ! なにボーッとしてやがる!」
「す、すまない。少し考え事をしていたんだ……」
「おいおい! アイシャに何かあったかもしれないのにお前はなにを――」
「レオリオ落ち着けよ! 今は言い争ってる場合じゃねーんだよ! ……下手したら幻影旅団と殺り合うかもしれないんだぜ!」
「なっ!!?」

 煮え切らない態度を見せるクラピカに怒鳴りつけようとしたレオリオも、2人を仲裁しようとしていたゴンも、キルアのその言葉に驚愕を顕わにする。そしてクラピカも。……だが、クラピカの驚愕はゴンとレオリオのそれとは種類が違うものだったが。

「……お前も気付いたかキルア」

 そう、クラピカもキルアと同じ結論に至っていたのだ。ヒソカの言葉、ヨークシンで始まるオークション、マフィアンコミュニティーが取り仕切る地下競売、そしてアイシャの急変。全てを繋げると旅団が地下競売を襲撃するのでは? と予測したのだ。

「本当に!? 幻影旅団がヨークシンに来てるの!?」
「全ての話を繋げるとその可能性が浮上した! アイシャはそれに気付いてセメタリービルへと向かったんだろう!」
「でも待てよ! 幻影旅団が来てるからってどうしてアイシャがセメタリービルへ行ったんだよ! 別にマフィアなんざ護る義理もねーだろ!」

 この答えは現状の彼らでは得ることが出来ないモノだ。アイシャとマフィアの関連性を知る者はここには誰もいない。それを知っているのはマフィアでもコーザファミリーの一部だけなので仕方のないことではあるが。

「それは私にも分からん! ……それよりもお前たちはホテルに戻れ! このままでは幻影旅団との戦いに巻き込まれるかもしれんぞ!」
「はっ! 冗談言ってんじゃねーぞ! オレが仲間を見捨てて逃げ出す奴に見えんのか! もしそうだったら目ん玉に【掌仙術/ホイミ】かけてやんぜ!」
「そうだよ! それにアイシャが幻影旅団と戦っているんなら助けに行くのは当然だよ!」
「ま、そういうこった。お前だけに良いカッコさせねーよ!」

 幻影旅団との戦いは己の私怨。仲間を巻き込むわけにはと思ったクラピカだったが、ゴン達は関係ないと言わんばかりに着いてくる。
 ヒソカのレベルを見れば幻影旅団の実力も伺えるはず。詳しくは知らないレオリオはともかく、ゴンやキルアはそれを理解しているはずだ。それなのに、と思いつつも同時にこの3人ならそうだろう、と思うクラピカであった。

「……バカどもが。死んでも知らんからな!」
「オレ達だって強くなってるよ! あの時ヒソカと戦ったオレのままじゃない!」
「回復役がいた方が便利だろ! それにオレの能力はまだあるんだぜ!」
「……ま、もしかしたらアイシャだけで旅団潰してるかもしれないけどな」
「はは、ありそうで怖いな!」

 キルアの軽口に思わずゴンとクラピカが納得し苦笑する。今まで一度としてアイシャに勝てたことがないのだ。今はいないがビスケを含めた4人掛りで傷1つ負わせることも出来ずに負けたこともあるくらいだった。もはやアイシャが負ける姿が想像できない3人だった。

「ちょっ! そこまで強いのかよアイシャって!」
「化物だな」
「人間じゃねーよ。ありゃぜってーオヤジより強いね」
「ネテロ会長って本当にアイシャより強いのかなー? そう思うくらい強い!」

 レオリオの疑問に対して口々から出てくる肯定の言葉。そこにはアイシャへの絶対の信頼があり、例え何があろうとも彼女が負ける訳が無いと確信さえしているようだった。
 その力強い言葉にレオリオはアイシャへの心配を和らげる。いくら強いと聞いていたとはいえ、見た目は普通の女の子なアイシャを一番強く心配していたのはレオリオだったのだ。自分よりもずっと彼女の傍にいた時間が長い彼らがそこまで言うのなら大丈夫だろうと多少は安堵する。

 だが、その安堵を嘲笑うかのように、レオリオが味わったこともない程の凶々しいオーラが彼を覆った。

「ッ!? な、なん、だ? なんだ、これはっ!?」

 ただ凶々しいだけならば良かった。だが、およそ人が放つオーラだとは思えない程の莫大なオーラを感じたとなれば話は別だった。レオリオの短い念能力者としての経験の中で、最もオーラ量が多いと思っていたクラピカなど歯牙にもかけない程のオーラ。それがどれだけ離れた場所にいるのか分からない何かが発しているのだ。
 そのオーラに足を竦め恐怖に身を縮ませても誰も責めはしないだろう。周りを見渡せばオーラを感じにくい一般人ですら何が起こったのか分からず右往左往しているのだから。

「くっ! これって……ヒソカ!? いや違う?」

 ゴンはかつて天空闘技場で戦ったヒソカが見せたオーラを思い出す。この場の誰よりもヒソカと間近にいたため、誰よりもそのオーラを知っている。だがそうではないとすぐに悟る。確かに凶々しさはヒソカに匹敵、いやそれ以上かもしれない。しかしこのオーラからは怒りや憎しみ、そしてそれ以上に悲しみの感情が強く篭っているように感じたのだ。

「……ッ!!」

 このオーラに最も顕著な反応を見せたのがキルアだった。彼はこの有り得ないほど濃密なオーラに触れた瞬間にその場から一瞬にして離れたのだ。洗練された動きで即座に一定の距離を離れたキルアは全身から汗を滝のように流して叫んだ。

「行くな皆! 勝てるわけがない! 殺されるぞ!」

 キルアの叫びは当然の反応と言える。いかに彼らが才能の塊であり半年で類を見ない程の成長を遂げたと言えど、たったの半年だということには変わりないのだ。半年程度で伸びる力などどれほど才能があろうとたかが知れており、想像だに出来ない力を前に逃げに徹してしまうのは仕方のないことだと言えよう。

「ば、バッカやろー! アイシャを見捨てるってのかよ!?」
「ッ! そうじゃない! 誰が見捨てるかよ! だけどこんなオーラの持ち主に今のオレ達なんかじゃ足手まといにしかならねーだろ!!」
「そんなんやってみねーと分かんねぇだろうが!」
「2人とも落ち着いてよ! とにかく一旦アイシャと合流しよう! 5人揃えばきっと――」

 経験したことのない絶望的なオーラ量の差を目の当たりにし混乱に陥る3人。その中にあって比較的冷静な者が1人だけいた。
 そう、このオーラを経験したことがあり、その持ち主を良く知っている者が。

「落ち着け!! 落ち着いてよく聞くんだ皆。……これは敵じゃない。これは……アイシャのオーラだ」

 クラピカの一喝により多少の落ち着きを取り戻した3人は、しかしその後に続く言葉に何も返せなかった。言葉が理解出来なかったわけではない。ただ、意味が理解出来なかっただけだった。

「……あ? なに、言ってんだお前……」
「……本当のことだ。このオーラは……紛れもなくアイシャのオーラだ」
「嘘だろ? だってアイツのオーラは普通の……っ! オーラを、隠蔽する能力!」

 クラピカの言葉をすぐに信じきれないキルアだったがその持ち前の回転の速さからその答えに行き着いた。

「そうだ。アイシャがオーラを隠蔽しているのはこのオーラを隠すためだ」
「……クラピカは知ってたんだね」
「ああ。勘違いするな、お前たちだけに秘密にしていたわけじゃない、私が無理に聞き出したんだ。アイシャも時期を見てお前たちにも告げるつもりだっただろう。だから――」
「だからなに? それでオレ達が軽蔑すると思っているの? だとしたら黙っていたことよりそっちの方が嫌だよ!」
「そうだぜ! この程度の秘密でオレがアイシャを嫌いになると思ってたのかお前らはよ。見くびってもらっちゃ困るぜ!」

 アイシャの秘密に触れても臆すことなく仲間として、友としての思いを貫くゴンとレオリオ。

 そしてその後ろでキルアは1人葛藤をする。

『絶対に仲間を裏切るな』

 思い起こすのは父の言葉。そうだ、ゾルディックを出るときに父親と交わした約束を忘れたのか? アイシャは仲間だ。友達だ! そう自身に叫ぶように言い聞かせるキルアに囁くのは歪んだ愛だった。

『勝ち目のない敵とは戦うな』

 思い起こすのは兄の呪縛。キルアの髄にまで染み込まされた愛情という名の呪い。
 違う! アイシャは敵じゃない! 友達だ! 友達は絶対に裏切らない! そう約束しただろうが!
 気力を振り絞り兄の呪いを跳ね除ける。アイシャが敵ではないというのが幸いしたのだろう。兄の呪縛は鳴りを潜め、その拍子に下がってしまった分前に出るキルア。

「……ああ! そうだ! こんなんでダチを裏切ったりするかよ!」
「……そうか。だったらその言葉はアイシャに言ってやれ。きっと喜ぶさ」
「うん! その為にも早くアイシャの所に行かなきゃね!」
「ああ!」

 そうして再びセメタリービルへと走り出したゴン達一向だったが、今さら彼らがどれほど急いだところでセメタリービルへと辿り着くことは出来なかった。
 妨害が入っただとか、旅団との争いを恐れたからだとか、マフィアと関わりたくなかったからだとか、そのような理由ではない。もっとシンプルな答え。
 辿り着く前にセメタリービルが轟音とともに崩れ落ちたからだった。彼らがどれほど努力しようとも、なくなってしまったビルに辿り着くことは出来ないだろう。せいぜい跡地に行くくらいのものか。

「なっ! 何が起きたってんだおい!?」
「そんな! ビルが崩れた!? どうして!?」
「アイシャはあの中にいるんじゃないのか! ……アイシャのオーラは感じる。どうやら無事のようだが……」
「とにかく急ぐしかねー! マフィアとかち合っても無視しろ! 今はアイシャを見つけるのが先決だ!」

 ビルが崩れ落ちると同時にその跡地に向かって急ぐ4人。それぞれが焦燥を顕わにし全力で疾走する。離れた位置から崩れ落ちたビルの周辺をマフィアが集まっているのを確認するが、今の彼らにマフィアなどどうでも良く、その速度を落とすことはなかった。

 そんな彼らの前に上空から1人の人間が降り立った。
 それは彼らが今まさに見つけようとしていたアイシャ本人。全身からオーラを放出しゆっくりと、まるで壊れ物を扱うかのように繊細な動きで大地に着地する。

「アイシャ!! ……っ!?」

 唐突に仲間の下に戻ってきたアイシャに驚きつつも素直に喜びを表すゴン達。だが、それはアイシャが抱きかかえているあるモノを見てまた驚愕へと転じた。
 その腕の中には、1人の男性がその身を朱に染めて横たわっていたのだ。







 フェイタンが豹変しその身に特異な防護服を纏ったのを確認した幻影旅団は、傷ついた仲間を抱えその場から退散しようとする。それを見たアイシャはフェイタンが行おうとしているのが敵味方を区別しない無差別広範囲攻撃だと悟る。
 そして次にアイシャの打った手は旅団と同じ撤退だった。

 旅団への追撃を行う選択はアイシャにはなかった。
 アイシャ1人ならそうしただろう。どのような攻撃が来ようともこの外道どもを逃がすつもりなどアイシャにはなかった。この場にいる全員を捕らえ、しかるべき裁きを受けさせる。その為にもここから離れようとしている旅団の足止めを、そう思ったアイシャに微かな呻き声が聞こえた。

 本当に微かな、鋭敏な感覚を持つアイシャだからこそ聴こえたその声。それはアイシャの父ドミニクから発せられたモノだった。
 そう、ドミニクは生きていた。確かに死の嵐に巻き込まれ重傷を負いはしたが、まだ死んではいなかったのだ。

 ドミニクの護衛、ダールとザザが身を挺してもドミニクを護ることが出来た時間は僅か数秒程度だった。だがその数秒で運命が変わることなどこの世には例に事欠かない。ドミニクもまたその1人だったのだ。
 腹部を損傷し意識を失いはしたが、損傷することで死に直結する内臓は無事であり、痛みと急激な出血によるショックで気絶しただけだった。もし、アイシャが来るのがほんの数秒でも遅れていたらこの結果はなかっただろう。

 アイシャは念弾がドミニクの体に当たらないよう、その遺体――とアイシャは思っていた――がこれ以上傷つくことがないよう配慮していたのだが、そのおかげでまだ生きていたドミニクも無事とは言えないが命を繋ぐことが出来ていたのだ。もっとも、刻一刻とその命の灯火が薄れていることに変わりはなかったが。

 父が生きている! そうと分かったアイシャの行動はこの場の誰よりも速かった。
ドミニクが横たわる場所まで縮地で移動し、繊細に、且つ迅速にドミニクを抱きかかえる。そしてフェイタンがその能力を発動する前にオークション会場から脱出を行う。

 あまりの怒りに冷静さを失っているフェイタンだったが、その怒りの元凶であるアイシャを見逃すことはなかった。オークション会場から離れようとしているアイシャを追いかけ、【許されざる者/ペインパッカー】にて痛みを何倍にもして返してやろう! 憤怒に染まるその思考。だが、その身は自身の思考を裏切り前へと進むことを許さなかった。

 左腕が失くなっただけならば良かっただろう。だが問題は腹部の傷だった。貫通まではしなかったものの、こぶし大の大穴が空いているのだ。まともに立つだけでも激痛が走り、その穴からは今も大量の血が溢れていた。
 旅団の中でも右に並ぶ者は少ないその俊敏さはここに至っては見る影もなく、僅かに数歩移動しただけで口から血反吐を吐き出す。そのような有様でアイシャを追うなど出来るわけもなかった。

 だがこのままで終わらせるつもりはフェイタンにはない。追いかけられないならばここから放つだけだ。アイシャが移動した方角へと腕を伸ばし、上階に向けて自身の身を苛む激痛と脳を焦がさんばかりの怒りを威力に変えて最大の一撃を放つ。

 ――結果、その一撃にビルの支柱は耐え切れず、支えを失ったビルは崩壊を始めた。



 フェイタンの念能力の範囲外へと逃れセメタリービルから飛び出したアイシャは、ドミニクに負担を掛けないよう繊細に扱いながら出来る限りの速さでその場を離れた。
 ビルの周りに集まっていたマフィアに見つからないよう元いたホテルへと移動するアイシャ。マフィアにドミニクを引き渡せば治療をしてくれはしただろう。だが、通常の医療では間に合わない可能性があった。
 腹部の傷は大きく、人の拳大もの大きさの穴が空いていた。今はアイシャが出来るだけその傷口をオーラで抑えて出血を出来るだけ留めているがそれにも限界がある。このままでは出血多量により死んでしまうだろう。早急に傷口を塞ぐ必要があった。

 そこでアイシャが思い至ったのがハンター試験で出会い、大切な友人となったレオリオだった。レオリオはハンター試験からヨークシンで合流するまでの間に治療系の念能力を修めていたのだ。
 あれならば失血が死に関わる前に傷口を塞ぐことが出来るかもしれない! そう、レオリオの能力に一縷の望みを懸けてホテルへと急ぐアイシャは、しかしその足を止め反転していた。

「レオリオさん……!」

 ホテルへと向かう最中にレオリオの、いやゴン達全員の気配を感じ取ったのだ。どうやら彼らもセメタリービルへと向かっていたらしい。自分を追って来たのかと疑問に感じるも、危篤の父を思いすぐにレオリオ達の下に降り立とうとする。
 どんな理由があるにしろレオリオがこの場に来てくれたのはアイシャにとって好都合だった。僅かな時間の猶予もないのだ、治療は1秒でも早い方がいいに決まっている。セメタリービルへと駆けるレオリオ達の前に先回りすべく障害物のビルを越え、ドミニクに出来るだけ負担を掛けないようにオーラを放出することで緩やかに大地に降り立つ。

「アイシャ!! ……っ!?」

 目の前に現れたアイシャに驚く彼らに対しアイシャは余裕のない表情でレオリオへと迫る。

「レオリオさん! お願いします! 父さんを! 父さんを助けてください!!」

 4人はその悲壮感漂うアイシャの態度を目の当たりにし動揺を見せる。アイシャがこのように酷く狼狽えているのを見るのは付き合いが長いとは言えない彼らには初めてのことだった。もっとも、付き合いという点では最も長く、接した時間も最も多いリィーナや、アイシャの前世に置いても今世に置いても最高のライバルであるネテロも、アイシャのそのような姿を見たことはないのだが。

「父さん!? お前確か流星街の……! いや、そんなこと言ってる場合じゃねーな! 傷を良く見せてくれ!」
「この場で治療するのか!? ここではマフィアの連中に見つかってしまうぞ! そうなったらどう絡まれるか分かったものではない!」
「仕方ねーだろ! この人の傷はパッと見ただけでも深いと分かる! 落ち着いた場所を探している間に手遅れになっちまうぜ!」
「……分かった。レオリオは治療に専念してくれ! 周りにマフィアが近づいてきたら私たちで何とかしよう。いいなゴン、キルア」
「うん!」
「マフィアくらいどうってことないね」
「良し! アイシャはその人……お前の父の傍にいてやれ。後は私たちに任せておくんだ」
「み、みんな……! あ、ありがとう、ございます!」

 誰もが現状を理解しきっておらず、アイシャに聞きたいことはそれこそ山のようにあっただろう。なぜビルが倒壊したのか、セメタリービルで何が有ったのか、幻影旅団はいたのか、いたとして今は何処にいるのか、親に捨てられたのではないのか……。
 アイシャが軽く考えただけでもこれだけの事柄がつらつらと出てきたのだ。疑問を問いただしたいと誰もが思っているはずだ。

 だが誰もそれを口にせずそれぞれが今出来ることに集中してくれている。その全てはアイシャのため、友の、仲間のために。それが理解できたアイシャは自然とその目から涙を流し感謝の言葉を口から出していた。

「本当は無菌室とかありゃいいんだが無い物ねだりをしてもしょうがねー。アイシャ、その人を抱きかかえたままジッとしててくれ」

 そう言いながらレオリオはアイシャの腕の中で横たわるドミニクの全身を万遍なく確認する。【掌仙術/ホイミ】にはレオリオの認識が大きく関わってくる。レオリオが確認出来ない傷はその効果が弱まるし、治療法を知らない傷もそれは同じだ。

「……くそっ! この傷貫通してんのかよ! この傷の位置だと胃と肝臓も損傷しちまっているな。だが今はそれよりも失血がやばい! オーラに任せて力ずくで治療するぜ!」

 ドミニクの傷を診断してレオリオは【掌仙術/ホイミ】の最大効果を諦め、代わりに多大なオーラを消費しての力技による治療を選ぶ。幾つかの制約によりそれを守ることが出来た場合の回復量は飛躍的に上がる。だがその制約を守らなければ回復が出来なくなるというわけでもなかった。効果は減少するが、損傷した内臓の正しい治療法など今のレオリオが修めているわけもなく、この場ではこれが最善の方法だとレオリオは理解していた。
 これ以上診断に時間を掛けてしまえば助かる命も助からなくなってしまう。レオリオは自身の知識と経験不足に歯噛みしながらも全力で【掌仙術/ホイミ】をかける。

「……うぅっ!」
「父さん!?」
「大丈夫だ! 傷の再生が始まったから少し呻いただけだ。アイシャは落ち着いて親父さんの手を握っててやってくれ。家族の励ましで助かることだってあるんだ」
「……わ、分かりました」

 恐る恐るといった印象を出しつつもアイシャはドミニクの手を優しくそっと握り締める。

「……う、み、ミシャ……」
「と……ど、ドミニクさん、あまり喋らないで!」

 アイシャは思わずドミニクのことを父さんと勝手に呼んでいたのを自覚し、咄嗟にその呼び方を改める。だが、許しを得ずに父と呼んでいたことも、ドミニクを心配するその声も今のドミニクには届いていない。ただ愛する妻の名前をうわ言で呟くだけだった。

「ミシャ、すまない……ミシャ……」
「ど、ドミニクさん……!」
「心配すんなアイシャ! オレが絶対に助けてやる! オレはこういう時の為にこの能力を作ったんだ! だからオレを信じろ! 親父さんの生命力を信じろ!」

 レオリオはアイシャが父親を名前で呼ぶことに複雑な事情があることを察するが、この場では言及せずにただアイシャが安心するよう言葉を掛ける。そしてその言葉は嘘偽りではないものだった。なぜ己が治癒能力を開発したか。それは全てこういう時の為だ。ならいざその場面で人を助けられないなんて馬鹿な話を許せる男ではなかった。
 制約を満たしてないが故にその効果はかなり減少しているが、レオリオの覚悟と想いの強さがオーラを後押ししてその回復量を上昇させていく。徐々に、徐々にだがドミニクの傷が再生する。流れ出た血液は元には戻らないが、それでも傷が塞がっていくことでこれ以上の出血は抑えられた。

 治療からどれだけの時間が経ったか。
 ドミニクの手を握り祈る今のアイシャには正確な時間を計れる精神を持ち合わせておらず、それは【掌仙術/ホイミ】に全力を注ぐレオリオも同じことだった。だが、その2人にも1つだけ分かったことがある。それはドミニクの腹部に空いていた穴はなくなり傷口が完全に見えなくなったことだ。

「……良し! これで、傷は完全に、塞がったぜ!」

 その顔から珠のような汗を流し明らかに疲弊した姿を隠すことも出来ず、だが満足そうな顔でレオリオはアイシャにそう告げる。【掌仙術/ホイミ】を使っているレオリオにはその手応えで対象の傷が完全に治癒できたか大体把握できていた。もっとも、レオリオ本人が把握できていない傷に関してはその限りではないが。それでも把握できていない傷でも【掌仙術/ホイミ】の効果が完全になくなるわけではない。取りあえずは大丈夫だろうと思えた。

「これで後は病院で輸血を行えば……念のため内部の出血がないか念入りに調べるようにしてくれ。腹腔内の傷も完全に塞がったはずだが、何分ここまでの重傷を治したことはないから確認は怠らない方がいい。問題は傷口から入った菌による感染症だな。これも設備の整った病院でしかるべき検査を受けた方がいい。問題がなかったら栄養を取ってゆっくりと休めばすぐに退院できるさ」
「あ、ああ……ありがとう、ございます、ありがとうございますレオリオさん! このお礼は、もうどうしたら返せるのか……!」

 失血のせいか未だドミニクの顔面は蒼白としているが、それまでの苦しげな表情は薄れ、その呼吸も大分落ち着いたモノとなっていた。それを見て、レオリオの言葉を聞き安心したアイシャはレオリオに礼を尽くすしかなかった。もしレオリオが法外な金額を要求したとしても何としてでも支払っていただろう。
 だがそうはならなかった。傍から見たら間違いなく守銭奴と見られるであろうレオリオだったが、本当に欲しいものは莫大な金なんかではなかった。

「……へっ、金はいらねぇぜ。患者と、その家族が今のお前のような顔でありがとうって言ってくれりゃあ、それが一番の礼ってやつだ」

 自分で言ってて恥ずかしくなったのか言葉の途中からそっぽを向き頬をポリポリと掻くレオリオ。
 『金はいらない』――普段のレオリオからすれば有り得ないその言葉こそ、レオリオがこの世で一番言いたかった言葉だった。友人と同じように法外な治療費がないと治せない病気に罹った人を治してあげたい。治療費が払えなくて死んでしまった友人と同じように金が払えない人を医者となって治してあげたい。
 そしてこう言ってやるのだ。『金なんかいらねぇ』と。

 レオリオの金への執着は医者になるために必要だと言われていた法外な金額から来るものであり、本当に欲しいものはただの自己満足。そしてその自己満足は…………自己の為よりも多くの人の為になる自己満足だった。

「はい……! はい! 本当に、ありがとうございましたレオリオさん!」

 アイシャはレオリオのその素晴らしい黄金のような精神に歓喜する。この人が初めての友達で本当に良かった、と。一番の友達がこんなにも素晴らしい人で本当に良かった、と。

「さあ、あいつ等がマフィアを抑えてられんのも時間の問題だろう。アイシャは早く親父さんを病院に連れてってやりな」
「で、ですが皆さんを置いては……」
「大丈夫だって。こんくらいならすぐに逃げ出せるさ。それよりもさっき言ったとおり親父さんの傷も完全に治ったとは言えないかもしれねーんだ。輸血だってしていないからこのままじゃ脳や内臓にダメージを負っちまう。そうなる前に早く行ったほうがいい。それが親父さんの為だ」
「……分かりました。ですが、絶対に無理はしないでくださいね! 決して旅団を追おうとは思わないように!」
「っ! ああ、分かったぜ」

 やはり旅団が来ていたのかと驚くも、アイシャの言葉には反論せずに頷くレオリオ。
レオリオとて悪名高き幻影旅団と殺りあおうなどと無謀な考えは持ってはいない。
 いくらハンゾーと修行を重ねたとはいえ、いくらレオリオが才能豊かだとはいえ、それでも今の実力で幻影旅団とまともにぶつかって無事ですむとは思えなかった。

 問題はクラピカだろうとレオリオは考える。旅団に対して並々ならぬ復讐心を抱くクラピカが、旅団来訪を知って冷静さを失わずにいられるだろうか?
 そう思うレオリオはどうやってクラピカを止めようかと模索するも早々に良い考えが浮かぶことはなく、今はクラピカ達と合流するしかないと結論づける。

「とにかくアイシャは病院へ……そうだな、ここからならエル病院が近いしマトモな病院だろう。道順は……ちょっと待ってくれよ。…………よし、今アイシャのケータイに転送したといたぜ」
「何から何までありがとうございますレオリオさん。……いいですか、絶対に旅団を追ってはいけませんよ。今のあなた達では少々厄介な相手です。同人数ならともかく、相手は13……いえ、ヒソカと怪我人を除いても9人もいるのですから」
「……え? ちょっと待て。怪我人がいるのか旅団には?」

 アイシャの言葉に聞き捨てならないものがあったのを流石のレオリオも見逃さずすかさず追求する。

「ええ。交戦した際に手傷を負わせましたので……」

 その話が本当なら、アイシャはあの幻影旅団相手に1人で3人を倒すないし傷を負わせたということになる。アイシャを見るレオリオだったがその体に傷は確認出来ない。服すら破けておらず、明らかに無傷だと思われる。
 つまりアイシャは無傷で幻影旅団を、恐らくは複数人相手取って撃退したということに……。その結論に至った時、レオリオはゴン達がアイシャをどう評していたかを思い出す。

 ――本当にこいつ一人で旅団潰せんじゃねーか?――

 ゴン達の評価と先ほどのアイシャの言からレオリオはそう思うが、それはアイシャを詳しく知っている者であれば誰もが納得することであった。







 崩壊したセメタリービルから脱出した幻影旅団。彼らは今あらかじめ準備していた逃走用の気球に乗ってヨークシンの上空を移動していた。

「取り敢えず全員無事か。フェイタンはどうだい?」
「……だいじょぶね。……アイツ殺すまで死なないよ」

 傷口からの出血を応急手当によって抑えながらフェイタンは力なく呟く。腹部の傷はどうにか貫通を免れていた。左腕を犠牲にしてでも念弾の威力を削いだ結果である。能力を発動し力尽きかけた後は崩壊するセメタリービルから無事……とは言い難いが仲間に救い出されていた。
 フェイタンの【許されざる者/ペインパッカー】にて確かにビルは崩壊した。だが崩れ落ちるには多少の時間が掛かったのだ。その間に傷ついた仲間を回収し、崩壊しかけのビルから脱出するのは幻影旅団にはワケはなかった。

「それだけ強がり言えてりゃ大丈夫だな。シズクは左腕と顎砕けてんがまあ無事だ、戦闘はきついだろうけどな。……問題はフランクリンだぜ」
「フランクリンは早く治療しないと手遅れになる。さっき軽く診たけど内臓が幾つも損傷している。中には破裂しているのもある……。取り敢えず今のところはオレの【携帯する他人の運命/ブラックボイス】でフランクリンを操ってオーラを回復に回しているけど、これも時間稼ぎにしかならないよ」

 【携帯する他人の運命/ブラックボイス】はシャルナークの念能力だ。それは対象にアンテナを指すことで、自作した携帯電話を用いて対象を操作するというもの。これを利用し意識のないフランクリンを操作することでそのオーラを治癒力強化に回しているのだ。

「お前らが揃ってここまでやられるたァな。……何もんだありゃ?」
「……オレ達の動きからフェイタンの能力を大まかに看破してた。フランクリン達のやられ方といい、あのオーラ量といい、相当な手練だよあの女は」
「なんでそんな奴がいたんだ? マフィアって感じじゃなかったぜ。……とにかくマチの予感が当たったってことか」
「……まだ嫌な感じは残ってんだけどね」
「おいおい勘弁してくれよ。まだこれ以上なんかあんのかよ?」
「あたしだって分かんないよ。ただ嫌な予感は消えてないだけさ」

 マチにそう言われれば他の団員たちにも嫌な感覚がまとわりつく。
 まだ終わっていない。ヨークシンの夜は長くなりそうだ、と。

「……アレはもしかして陰獣か?」
「可能性はあるね。陰獣が競売品を持ち去ったことといい、オレ達の情報がどこからか漏れて陰獣が警備に加わったという話はあるかもしれない」
「いや、私はアレは陰獣じゃないと思う。私たちに対して私怨を持っているように見えた。仇討ちか何かじゃないかと思うよ」
「また勘かよ」
「今はどうでもいいだろそんな話はよ」

 謎の少女についてそれぞれがその正体を気にしている中、1人ウボォーギンだけは仲間とは違う意見を述べた。

「マフィアの連中はオレ達を血眼になってでも探している最中だろうさ。このまま行けば気球は見つかって追撃を喰らうに決まっている。そうなったらオレ達はともかくこいつらは死んじまうだろう。
 フランクリンとフェイタンはいいぜ。オレたちゃ戦闘要員だからな、死ぬことも仕事の内だ。だがシズクは違う。こいつは旅団にとってもレアな能力を持っている。ここで死なすわけには行かねーだろ」
「囮がいる、か」

 ウボォーギンの物言いにその全てを理解したノブナガが答える。2人は旅団結成前からの付き合いであり、戦闘においてもコンビを組む仲。お互いの考えを読むのは容易かった。

「そういうことだ。……もちろんオレが囮になるぜ。お前らは先にアジトに戻っていろ」
「オレも行くぜ」

 ウボォーが残るのならば当然オレも。そう思い口にした言葉だったが、そこにウボォー本人から否定の言葉が入った。

「アホかお前は。お前まで残っちまったらこいつらの守りが薄くなんだろうが。オレを無視して追いかけてくる奴もいるかもしれねーのにこっちの戦力を削ってどうすんだ。怪我人3人護衛3人。丁度いい面子だろ」
「っ! だけどな! 下にはあのバケモンがいるかもしれねーんだぞ!? いくらお前でも1人じゃ――」

 ノブナガの言葉は心底ウボォーギンを心配してのことだ。ノブナガは旅団の誰よりもウボォーギンを気に入っている。一緒にいて気のおける親友と言っても過言ではないだろう。だがその言葉は――

「おい。そりゃオレを侮辱してんのか? だとしたらいくらお前でも許さねーぜ?」

 ウボォーギンから発せられる怒気によって遮られた。
 旅団でも並ぶものがいない肉体とオーラの持ち主。自身を鍛え、強者との戦いに愉悦を感じるその男に対して、敵が想像以上だから危険だ、との言葉は侮辱に等しかった。
 だが、ノブナガもそれでただ怯むようならこの男のコンビを務められないだろう。

「――ッ!! だがな! あの女がつえーのは確かだ! マフィアにあの女! さらには陰獣まで来るかもしれねー! それをお前1人でどうにか出来んのかよ!?」

 ノブナガの言うことは尤もだろう。ウボォーギンが強いのは旅団の誰もが疑い無く思っていることだ。だがそれでもたった1人でどうにか出来る相手だとは思えなかった。

「いいかげんにしろよノブナガ。……お前だけだぜ反対してんのはよ」
「ぐっ!!」

 ノブナガと違い他の団員はこの場にウボォーだけが残ることに特に異論はなかった。特に問題のない状況ならともかく、旅団全体の危機に陥っている現状では、替えの利く戦闘員を失って旅団が生き延びるのならそれは大した痛手にはならないからだ。
 ノブナガとてそれは理解している。だがやはり長年のパートナーであり親友と呼べる男を失うかもと思うと普段通りではいられないのは当然のことだった。

「大体オメーはオレが殺られる前提で話してんじゃねー! いいか! オレにはお前たちにも秘密のとっておきがあるんだよ。マフィアだろうが陰獣だろうが……あの女だろうがオレ1人でぶちのめしてやんよ。それから勝利の凱旋をしてやる。楽しみに待ってるんだな!」

 猛獣のように獰猛な笑みを見せるウボォーギンは溢れんばかりの自信に満ちていた。そこに虚飾はなく、誰もが本気でそう言っていると確信する。
 旅団員には仲間であっても秘密にしている能力がある。仲間と言えども他人に念能力が知られたら致命的な状況になる可能性があることを理解しているからだ。例え仲間が裏切らなくても、その仲間が捕らえられでもしたら口を割らせる方法など幾らでもあるだろう。念能力となれば特にだ。ウボォーギンも例に漏れずそうだったようだ。

「お前……くそっ! 分かったよ! 帰ってこなかったらタダじゃおかねーからな!」
「はっ! 言ってろバーカ」

 帰って来れないのならばその時ウボォーギンはどうなっているかなど考えるまでもないだろうが、男たちはそう軽口を言い合う。これが今生の別れとなるかもしれなくとも、男たちは感傷に浸るようなセンチメンタルな間柄ではなかった。
 ただ互いを信じて自身の成すことを全うするのみ!

「それじゃな! ちょっくら行ってくるぜ!」

 まるで散歩にでも出かけるかのような気軽さでウボォーギンは気球から飛び降りる。
 全ては仲間が無事に撤退するために。己の成すことを成すために。



 ヨークシンの路上に降り立ったウボォーギンは近くにいる複数人のマフィアを見つけそのまま声を掛ける。そのマフィア達は路地裏を調べているところだった。恐らく地下競売を襲撃した自分たちを探しているんだろうとウボォーギンは判断する。

「よう」
「あ゛!? なんだテメーは! こっちは急いでんだ! 邪魔すんならブッ殺すぞ、お!?」

 軽々しく声を掛けてきた見知らぬ男に荒々しく応えるマフィアの1人。彼がそういう態度に出ているのはこの緊急の場にあって当然のことだ。マフィアンコミュニティーが開催したオークションが襲撃を受けた上に、その開催ビルまで崩壊するという大事件が起きたのだ。
 生き残りのマフィアから話を聞いたコミュニティー含む全マフィアが自分たちに喧嘩を売ってきた馬鹿に対して報復をしようとするのは彼らにとって息をするのと同じくらい当たり前のことだった。報復する相手を見つけるためにそれぞれのファミリーが血眼になって探している中、このように気軽に声を掛けられたら憤ってもしょうがないだろう。

「まあそう言うな、よ!」
「――ッ!?」

 そんなマフィアの男達に対してウボォーギンは軽く腕を振るう。すると1人の男を除いて複数いたマフィア達はまるで紙人形か何かのように簡単に弾けちった。
 残った男が驚愕する間もなく、ウボォーギンはそこらに置いてあったリンゴでも持ち上げるように軽く男の頭を片手で掴んで持ち上げた。その手から伝わる圧倒的な力にマフィアの男は悟る。こいつは粘土か何かを潰すように簡単にオレの頭を握りつぶせる、と。

「なあ、ちょいと聞きたい事があるんだけどよ。さっきセメタリービルでオレ達を襲った奴、お前は知ってるか? 陰獣か何かか? 死にたくなかったらとっとと答えろよ」
「し、知らない! オレが知っているのは地下競売が何者かに襲われたからそいつらを見つけて報復するって話だけだ!」

 その言葉から男が勘違いをしているとウボォーギンは判断し、質問を言い直す。

「ああ違う違う。地下競売を襲ったのはオレ達だ」
「な! てめーがぎゃああああああ!」
「質問は終わってないぜ。無駄口を叩いたら次は本当に潰す。いいか、オレが聞いてんのはだ。地下競売でオレ達を襲った奴だ。性別は女。見た目は結構美人だったな。年齢は10代後半から20代前半ってとこか。黒髪で、ケツまで届く長い髪を束ねていた。陰獣かそいつは?」
「知らない! ただ、オレは陰獣を見たことねーけど、陰獣に女はいなかったはずだ! だ、だからそいつは陰獣じゃないはずだ!」
「そうか。次の質問だ。オレ達幻影旅団が地下競売を狙っているって話はどこから知った?」
「げ、幻影旅団!? お、お前ら幻影旅団か! そんな大物が地下競売を狙ってたのか!!?」
「……オレ達が狙っていると知らなかったのか?」
「そ、そんな話は聞いたことがねー! もしその話を知っていたらオレ達はもっと厳重に警備していたさ!」

 男の必死の言葉に嘘がないと判断したウボォーギンは思考に耽る。

 ――どういうことだ? オレ達の行動が流れていたわけじゃないのか? だったら一体どうして――

「な、なあ! もういいだろう!? 知っていることは話したんだ。だから助けキョペッ」

 命乞いをする男のその言葉はあっさりと無視され一生を終えることとなった。

「ちっ。こんな下っ端じゃどうにもなんねーな。まあいい。オレがやることに変わりはねー。さあっ! ひと暴れさせてもらうぜぇ!!」

 ウボォーギンがその叫びと同時にその身体をオーラが包む。
 そしてそれを合図として、ヨークシンに再び惨劇が舞い降りた。







 囮として目立つ為に手始めにそこらにいたマフィアを片っ端から殺していたウボォーギンだが、今はもうマフィアを探しにいく必要もなくなっていた。探さなくとも、頼まなくとも、勝手に向こうから集まってくれるのだ。これほどありがたいこともないだろう。
 頭の回る者ならばウボォーギンの行動が囮だろうと判断出来るだろうが、仲間が殺されて直情的になっているマフィアではそうもいかなかった。

 1人で暴れるこの愚か者を囲み、奪った宝を取り戻し仲間を殺した報復をする。そこにはこの男だけでなくその仲間や家族も報復の対象となっていた。
 だが――

「なんだこの化物はぁぁーー!?」
「ひぃっ! 銃が、銃が効かねぇ!? 当たってるはずだぞ!!」
「応援だ! 応援を呼ぶんだ! このままじゃ全滅しちまうぞォォ!!」

 蟻と象。
 それがマフィアとウボォーギンを表すのに適した表現だろうか。誰が見てもそう思えるほど圧倒的な力の差を見せつけるウボォーギン。その鍛え抜いた肉体とオーラは銃弾はおろかバズーカ砲すら防ぎ、その拳は人を紙細工のように引きちぎっていた。

「はぁーはっはっはぁぁーーっ! どうしたどうした! その程度かマフィアってのはよぉぉっ! 普段は威張り散らしてるだけの簡単なお仕事ってか!? 楽なもんだなァァーっ!!」

 ウボォーギンのその侮蔑を含む明らかな挑発は、しかし彼らを奮起させるには足りなかった。当然だろう。誰が好んでわざわざ死にに行きたいと思う。捨石になることすら出来ない、圧倒的な暴力の差。それはマフィアの戦闘意欲を失わせるには充分なモノだった。

「う、うわぁぁああぁ! だ、ダメだ逃げろ! 勝てっこねぇーー!!」
「ば、バカヤロー! 逃げたらテメーから殺すぞおい!!」
「安心しろや。逃げようがどうしようが平等に殺してやっからよ!」

 それは地獄絵図のようだった。
 雲霞の如く群がっていたマフィア達を近くにいた者から手当たり次第に殺していく。プチプチプチプチと、逃げ惑う者も、呆然としている者も、未だ抵抗する者も一切の不平等なく手当たり次第に、だ。ヨークシンで繰り広げられるその阿鼻叫喚の地獄絵図は悪化の一途を辿っていた。

 非念能力者では相手にすらならない。では念能力者では? 念能力者に対抗できるのは念能力者だけだ。マフィアも敵対した念能力者に抗するために同じく念能力者を抱えているのは当然のことである。マフィアの一員が念能力者として鍛えたのか、念能力者がマフィアの一員になったのか違いはあれど、大事なのは使えるか使えないかである。
 そんなマフィアお抱えの念能力者たちは……皆が皆、その地獄絵図を見て目標たる男に向かうことを躊躇し手を拱いて見ているだけだった。

「じょ、冗談だろ!? あんな奴とやりあえって? 殺されちまうぜ!!」
「同感だ! オレ達の手に終える相手じゃねぇ! ここは面子にこだわらずに撤退すべきだ! このままじゃオレ達も全滅しちまうぞ!?」
「……だが、任務を放棄するわけにもいかん」

 この一団はとあるファミリーに雇われている念能力者のチームだった。地下競売の襲撃を受けたマフィアンコミュニティーはその報復として襲撃者に対して報奨金を懸けたのだ。その為組織ごとに分かれて行動してしまい連携プレイが出来なくなったのだが、それはこのチームも同じようだ。
 リーダー格の男も他のマフィアとは連絡を取り合うことなくチーム独自で動き報奨金を狙っていたのだが、その対象となる者のあまりの強さに足踏みをしていた。周りのチームメンバーもそれは同じ、いやリーダー以上の動揺を見せていた。男の念に比べれば自分たちのそれは何と貧弱なことか。まるで拳銃で戦車に挑むような心境。いや、彼我の戦力差はそれ以上と言えるだろう。

「それでわざわざ死にに行けってか? そんなのはゴメンだぜ!!」
「……ヴェーゼ。お前の念で操れないか?」
「アレにキスするまで近づけっての? あなたそんなこと出来ると思って? 私はさっき死線を乗り越えられたばかりなのよ。もう一度なんてゴメンよ!」

 ヴェーゼは先ほどの地下競売に客として参加していた内の1人だった。ヨークシンで起きた最初の地獄を必死の思いで乗り越えたというのに、それと同等の地獄に自ら突っ込む気はさらさらなかった。

「オレ達がそれをサポートすればどうにか――」
「待って!」
「――どうした!?」
「敵の近くに念能力者よ! それもかなりの使い手! 足音からして只者じゃないのが分かるわ!」

 チームの1人の叫びに残りの全員が地獄の中心を見やる。すると数人の男たちがウボォーギンへと近づいていたのが見て取れた。

「ありゃ一体……?」
「分からん。だが今は静観するしかあるまい……。オレ達では実力が違いすぎる。チャンスを待つんだ」

 リーダーは諦めた様子を見せなかったが、取りあえずはその言葉に他のメンバーも納得をする。ここで逆らって逃げ出したところでマフィアが相手なら報復は受けるだろうし、リーダー自身も勝てるとは思っていないようなので次善策を取ってくれると願って。そしてそれ以上に願った。あの念能力者たちがあの化け物を殺してくれることを。



 ウボォーギンは気負うことなく近づいて来た3人の男たちを見て瞬時に悟る。

「陰獣か」

 陰獣。マフィアンコミュニティーの大組織の長、十老頭が自慢の実行部隊。それが『陰獣』だ。マフィアの虎の子、マフィア最強の念能力者集団。それを見てウボォーギンは身構え、完全な臨戦態勢に入る。

 普段のウボォーギンならその戦いを思う存分楽しんだだろう。だが今は状況が違った。
 自分の後ろには仲間がいる。ここで自分が殺られでもしたら、何らかの念で操られでもしたら、残った団員たちに迷惑をかけることになる。
 仲間を護る為に。その思いがウボォーギンから油断と余裕をなくし、陰獣を排除すべき危険な敵として認識させた。

「警備と客をどうした?」

 痩せ気味で歯を鋭く尖らせた陰獣の1人であろうその男の言葉に応えず、ウボォーギンは全力でオーラを練り上げた。

「おおおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!! テメーら如きにゃ勿体ねぇが、見せてやるぜ!! これが! オレのっ!! 全力だぁぁぁっ!!!」

 ――【爆肉鋼体/マッスルエボリューション】!!――

 その瞬間オーラが膨れ上がり、それ以上にウボォーギンの身体が、否、筋肉が膨れ上がった。およそ人間とは思えない程の筋肉の盛り上がり。オーラから来る迫力も加えてまるで何倍にも巨大化したかのようにすら見える。

 これこそウボォーギンの念能力、【爆肉鋼体/マッスルエボリューション】。
 それはかつて幻影旅団が盗んだある書に載っていた能力からヒントを得て作られたものだ。その書は黒の書といい、そこには様々な念能力とその修行法が事細かに綴られていた。その中には旅団も知らなかった修行法もあり、旅団はそれを見ながら効率のいい修行をしていたのだ。

 だが、黒の書に記載されていた念能力を参考にした者は旅団には誰もいなかった。それは何故か? 確かに有用な念は数多にあった。発想すらしたことない念が山ほどにあった。
 だがそれは他人が考えた念能力だ。本にこうして記載されているということは、他にも同じ本が別に書かれていたら能力の詳細が他人にバレてしまうという大きな欠点を有していた。その危惧を肯定するように幻影旅団が盗み出した本は2冊あった。1つは原本、もう1つは写本だ。写本が1つしかないとどうして断言できる?
 他人に知られているかもしれない念能力を作るなどと考える者は幻影旅団の中に誰もいなかった。

 理由はもう1つある。それは念能力の特性。念には本人の思いが強く関係しているというものだ。自身が考案した能力ならともかく、他人が考案したモノをそのまま作ったところでよほど自身のインスピレーションと合致しない限り強力な念能力になることは少ないだろう。そもそも当時の幻影旅団はすでに各々がそれぞれ独自の念能力を編み出していたのだ。これから新たに作り出す必要もなかった。
 黒の書の写本は売り払われ、原本は古書好きの団長が物珍しさからそのまま所持した。黒の書は精々が修行法の参考になった程度だったのだ。

 1人の男を除いて。

 その男こそがウボォーギンだ。肉体を鍛えオーラを鍛え、最終的にはその拳の威力を核ミサイルと同等の破壊力を出すにまで高めることを目標にしている男。そんな男が何となしに黒の書を読み見つけたのが【爆肉鋼体/マッスルエボリューション】だった。
 およそ念能力をまともに学んだ者からしたら馬鹿げているとしか思えない制約。それを熟すことで得られる筋肉の境地。強化系の能力というのも相まってウボォーギンは密かにその能力に心を奪われていた。

 そこから先はただひたすらに鍛錬の日々だった。仲間からは非効率な修行を何故? と何度も言われたが改めることは一度たりともなかった。
 【爆肉鋼体/マッスルエボリューション】を知り、1年365日をただその修行に費やす。そして今日、修行を始めてから7年以上の月日が流れた今、初めてその能力が敵に対して奮われた。

「な、なんだこいつ! 急にデカくなりやがった!?」
「ハッタリだ! デカくなったところで動きが鈍くなるだけだ!」

 その言葉を証明してやろうとばかりに、ウボォーギンの後ろの地面から急に1人の男が出現した。陰獣の1人、蚯蚓。地面を自由に移動できる念能力者だ。それは柔らかい土はおろか、コンクリートすら土と変わらず移動できていた。その能力でウボォーギンの後ろを取り、死角から不意打ちをしたのだ。
 だがその会心の一撃は……ウボォーギンに蚊が刺した程度のダメージすら与えることなく……蚯蚓は反撃の一撃を喰らいその身体を微塵に変えることとなった。

「く、くくく! 光栄に思えよ。この姿を見たのはお前らが初めてなんだ。仲間ですら知らねぇオレの全力……受けきれるかぁ!!?」

 その叫びは歓喜。自らの力を奮うことの出来る歓喜から来るモノ。
 その叫びは願望。ようやく奮える力を思う存分に発揮させてほしい願望の声。

「蛭! の、残りの奴らに連絡しろ! 全員でかからねぇと不味いぞこいつは!」
「そりゃいい判断だ! 全員でかかってくることをおススメするぜ! だが、その程度でオレの力を止められるかよ!!」

 元からあった戦力差は絶望的なまでに開き、ここに処刑が開始された。
 ヨークシンの惨劇はまだ終わらない。




 父ちゃん死んでませんでした。一応前回の話でも死んだと表現はしていないです。
 黒の書を盗んだのは幻影旅団でした。ですが作中の説明にある通り魔改造は殆どしていません。ウボォー以外は精々が原作より自力を多少伸ばしているくらいです。その結果としてシャルナークは念能力者を操作したらその能力者のオーラもある程度操作できるほど操作精度が上がっています。まあ原作でもそこまで出来たかもしれませんが、ブラックボイスで操られたマフィアを見る限り細かい操作までは出来てなさそうだったし……。この作品ではそうということでお願いします。
 次の魔改造はウボォーギンでした。今のウボォーさんを分かりやすく説明するなら戸愚呂弟80%時の肉体にウボォーの頭を乗せている感じかな。

 能力の詳細です。

【爆肉鋼体/マッスルエボリューション】
・強化系能力
 筋肉を爆発的に強化するという、ただそれだけの念能力。だが、元々最高峰の筋肉を有していたウボォーギンが使用したことでその力は絶大なものとなっている。
 系統別修行は本来得意系統を主として他の系統修行も1日交代で山なりに行うのが基本である。それを無視して非効率極まりない修行法をする制約。歪な念能力者になってもいいという覚悟と強化系に懸ける執念が成した能力。
 制約を守っている期間が長ければ長いほど、日々の強化系系統修行に費やした時間が長ければ長いほど筋肉の強化率が増えていく。

〈制約〉
・強化系の系統別修行以外の系統別修行をしてはならない。

〈誓約〉
・強化系以外の系統別修行をするとこの能力の強化率は初期に戻ってしまう。







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