時は少し遡る。
ゴン達は襲ってきたキメラアントを倒した後、NGLの裏の顔である麻薬工場まで辿り着いていた。初めはキメラアントの巣かと思ったゴンとキルアだが、クラピカ達の説明によりそうではないことを知る。
念の為工場内を素早く探索するが、生きている者と遭遇することは出来なかった。だが、キメラアントの死骸ならば発見することになる。
「……これって」
「ああ……」
「間違いない。アイシャの仕業だ」
キメラアントの死骸を検分するとすぐに分かる。関節の砕け方や外され方等の外傷から、このキメラアントを殺したのがアイシャの仕業だと。
「……アイシャ」
ゴンは何処か信じられない物を見た気持ちになる。
それはゴンだけではない。キルアもクラピカも、そしてミルキもこれをアイシャが殺ったことに何処か現実感が湧かないでいた。
あのアイシャが人間ではないとはいえ敵を殺す図がゴン達の頭には浮かび上がらないのだ。
理性ではこれが当然の結果だと理解している。
ただの敵ではない。人間を食料にして進化し続ける最悪の害虫なのだ。
敵対して殺さないという選択肢を取るのはお人好しではない、キメラアントの危険性を理解出来ていない愚か者だ。
キメラアントに個体差がある故にあるいは人間と共生出来る者も中にはいるかもしれないが、それも女王が存在する限り意味を為さない。キメラアントにとって女王の命令は絶対なのだから。女王が人間を摂食対象にする限りキメラアントは人間と敵対し続けるだろう。
つまりアイシャが敵を殺したことは何ら間違っていない、むしろ正しい行為と言える。だが、それでも無闇に人を傷付けることをしなかったあのアイシャが。父親を害したあの幻影旅団さえ殺さずに無力化したあのアイシャが。こうして敵を殺したという現実はゴン達にとって少なくない衝撃だった。
「早くアイシャと合流しなきゃ……!」
「ああ。オレ達でアイシャの負担を出来るだけ少なくするぞ」
「敵の戦力は分からないが、あの兵隊蟻の実力を見る限り私たちでも力になれるだろう」
「そうだな。雑魚を減らすだけでも大分違うはずだ」
ゴン達が更なる決意に身を固めている間、カイトはキメラアントの死骸を更に検分していた。
――これは……――
死骸から、そして周囲の戦闘痕跡からここで行われた戦闘を推察するカイト。そこから導き出されたのは、アイシャの実力の高さだ。どうやらゴン達の言うことは話半分ではないかもしれない。
そういう期待も膨らみ、キメラアントの王が産まれる前に女王に辿り着ける可能性が高まってくるのを感じるカイト。
――ゴン達といい、そのアイシャという奴といい、期待以上にも程があるな――
カイトはまだまだ己が未熟だと自嘲して己を戒める。
ゴン達を導くつもりだったが、彼らはここまで殆ど自分たちの力でやって来たのだから。例えカイトがいなくとも、ゴン達はこの場まで辿り着き、アイシャと合流してキメラアント事件を解決していただろう。
そう思うと自分もまだまだ負けていられないなとゴン達と同じように気合を入れ直す。
そうしてゴン達は工場を後にする。
だが、工場から外に出てすぐに全員が気付く。周囲を夥しい数のキメラアントが囲んでいることに。
ゴン達の周囲を複数のキメラアントが取り囲んでいる中、1体のキメラアントがゴン達に近付いて来た。
「さて、お前たちには3つの選択肢がある。
①戦う順番を決める。
②逃亡を試みる。
③諦めて我々に捕まる」
蛙型のキメラアントがゴン達に選択肢を突き付ける。
それは彼らがゴン達を完全に餌としてしか見ていない余裕から来るものだった。
仲間の情報から、ゴン達がレアモノだと聞いてはいるが、4つの師団が集まった自分たちが負けるはずはないと思い切っているのだ。
「①を選べば――」
「④だ」
「……あ?」
選択肢を選んだ場合の自分たちの反応をゴン達に教え込もうとしていた蛙型キメラアントの声を遮ったクラピカの言葉が続く。
「④時間が勿体ないから殲滅戦に入る。これが私たちの選択だ」
それが戦闘開始の合図となった。
クラピカが言葉を言い切った瞬間にゴン達はそれぞれ散らばって周囲のキメラアントを殲滅しにかかった。
最初の犠牲者は先程まで喋っていた蛙型キメラアントだ。理由は1番近かったというだけの簡単なものだ。クラピカが振るった【打倒する人差し指の鎖/ストライクチェーン】によって絡め取られたそのキメラアントは勢い良く振り回され仲間のキメラアントに叩き付けられる。
キルアは二度と使うつもりのなかった暗殺者モードに入る。
暗殺者としてのスイッチを入れたキルアは、冷静に冷酷にそして効率良く敵を殺す為に行動を開始した。頚椎を捩じ切る、頭部に指を突き入れる等、生命力の高いキメラアントを確実に無力化するように頭部に攻撃を集中させ、瞬く間にキメラアントの死骸を積み上げていく。
ミルキもキルアと同じく暗殺者としての顔を見せる。
仕事として暗殺者をすることはもうないと決意していたが、これは仕事ではない、人間と蟻の生存戦争だ。キルアに負けない程の技術を発揮し、次々とキメラアントを無力化していった。
ゴンはこの場で最も強いオーラを放っているキメラアントと相対する。
複数の敵を倒す技術はキルアやミルキに比べて劣るだろうと自覚していたゴンは、出来るだけ強い敵を先に排除することを選んだのだ。それは数で勝る敵を相手にする時に最適な戦法の1つだった。
カイトもゴン達に負けじと周囲のキメラアント達を排除していく。
その手には具現化した槍を持っており、突く度にキメラアントがその身に複数の穴を空けて大地へと倒れ伏していく。流石にゴン達とは積み重ねてきた経験が違うのか、その動きは誰よりも無駄がないものだった。
「お前ら! この数相手に勝てると思っているのか!?」
ゴンと相対している牛型のキメラアント――ビホーン――がゴンに向かって吼えたける。この状況でまさか総力戦を選ぶなどとは思ってもいなかったのだ。数でも質でも劣る人間ならば、1対1か、逃げるかのどちらかを選ぶものとばかり思っていた。
「勝てる勝てないじゃないんだ。オレ達は前に進む、邪魔をするな!!」
ゴンはそんなビホーンの言葉を切って捨てて攻撃を開始する。
明らかにそこらのキメラアントよりも力強いオーラを発するその敵を、ゴンは師団長クラスだと判断する。つまりは敵の主力だ。これを倒せれば戦況はゴン達の側に傾くだろう。
「舐めるなよ人間風情が!」
ゴンの拳とビホーンの拳がぶつかり合う。
威力は拮抗し、互いに拳が弾かれる。
「び、ビホーン様と互角!?」
「ば、馬鹿な!? オレは師団長No.1の怪力なんだぞ!?」
嘘か誠か、ビホーンは仲間内では怪力で知られているようだ。
確かに純粋な膂力ではゴンを圧倒するだろう。それはゴンも拳と拳が触れあった瞬間に感じ取った。
だが……膂力だけで勝負が決まるならばオーラ等戦いに必要なくなるだろう。
「力が有っても……オーラの使い方がなっちゃいない!」
ゴンは修行によって身に付けた高速の攻防力移動を駆使して攻撃の度にオーラを一点に集中させる。更に殴る時には力が伝わりやすいよう足首から腰の捻りなど、回転を加え拳に更なる力を乗せていた。
単純な腕力ではビホーンはゴンを圧倒するが、それ以外の全てに置いてゴンはビホーンを上回っていた。
「最初はグー!」
ゴンの右拳にオーラが集中していく。それを見てビホーンはすぐにその攻撃を潰しにかかった。この一撃を放たさせてはならないと直感したのだ。それは野生の勘とも言えるものだろう。
だがその程度の妨害は、今までの修行で何度となく味わっていた。
ゴンは右拳に集中させていたオーラをそのまま両足に移動させる。
集まったオーラを噴出力に変えたかのように、その場から高速で移動するゴン。
溜めの姿勢に入っていたゴンが目の前から一瞬で消えたことでビホーンはゴンの姿を見失ってしまう。
「ど、何処に――」
「ジャンケン! チー!」
「――ッ!?」
ゴンがいたのはビホーンの真後ろだ。それに気付いた時にはビホーンの体は逆袈裟に切り裂かれていた。
刃状に形状を変化させたオーラで対象を切り裂く。これがゴンの【ジャンケンチー】だ。その鋭い刃は固いキメラアントですら容易く切り裂いた。
「び、ビホーン様が!?」
「さあ、次は誰だ!」
ゴンの叫びに周囲のキメラアントが後ずさる。
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
キルアは戦場で1体の師団長を発見した。
師団長だろうとキルアの殺り方に変わりはない。他のキメラアントのように一瞬で頭部を破壊しようと樹上から駆け下りる。
だが、チーター型のキメラアント――ヂートゥ――はその攻撃が体に触れるすんでの所でキルアの想像を遥かに上回る速度でその攻撃を回避した。
「惜しい! もうちょっとだったね!」
――こいつ! 疾い!――
キルアはヂートゥのスピードに脅威を抱く。
それは純粋な疾さでは素のキルアを軽々と上回っていた。
「オレより遅いけど中々やるじゃん。今度はオレと遊ぼうよ!」
「……悪いけど、オレ今遊んでる暇ないんだよね」
キルアとヂートゥの勝負が始まる。
その勝負は他のキメラアントが割って入ることを許さない速度で行われていた。
キルアが瞬時に数発の攻撃を急所に叩き込もうとするも、その全てをヂートゥは当たるギリギリまで引きつけてから回避していた。それはヂートゥとキルアの間に絶対的なスピード差があるという証拠だ。ヂートゥはキルアの攻撃を目で見て確認してから避けられる程の動体視力と反射速度を有しているのだ。
更にそこからヂートゥは反撃に出る。
自慢のスピードを遺憾なく発揮し、足を止めずにキルアの周囲を高速で回り続け、全身に攻撃を浴びせる。
一撃一撃の威力は然程でもない。キルアの顕在オーラならば大したダメージにはならないだろう。速度に関しても、ヂートゥは己のポテンシャルをそのままにぶつけているだけだ。技術のない戦い故に、キルアならばいずれその動きを捉えるだろう。
だがキルアはそれを面倒に感じた。
いつかは捉えられるだろうが、それにはまだまだ時間が掛かる上に、もし逃げに徹せられたら取り逃がしてしまう可能性もあった。
「あははは! どうしたの? まさか見えなかったの? 避けないと死んじゃうよー?」
だからキルアはヂートゥが油断している間に能力を解放して勝負を決めに掛かった。
――【電光石火】――
「あはは……あ? 何それ?」
キルアが電気を帯びたことによりその雰囲気を一変させる。
それは調子に乗ったヂートゥを警戒させるには十分な変化だった。
ただ、警戒しても意味はなかったが。
キルアの体の変化を見たヂートゥは、次に信じられないモノを見た。
いや、見たというのは正確ではない。見えなかった、が正しいだろう。
そう、誰よりも疾い、誰の動きもスローで見えるはずのヂートゥが、キルアの姿を見失ったのだ。
「え? がっ!?」
キルアの一撃はヂートゥの顎を掠めるように放たれた。
その一撃を回避することはおろか、防御することも出来ずにまともに受けたヂートゥはその場で尻餅をつく。
「あれ? どうしたの? まさか見えなかった?」
「~~ッ!!」
キルアのその挑発めいた言葉はスピードに絶対の自信があったヂートゥのプライドを刺激するには十分だった。
怒りに狂ったヂートゥは格の差――スピードの差――を見せつけてやろうと立ち上がる。だが、そんな下らない誇りに付き合ってやる程キルアも甘くはないし、余裕もない。
「このガキ! ちょっと手加減してやれば調子に……! あ、あれ?」
顎先を掠めた先の一撃は、ヂートゥの脳を多大に揺らしていた。
脊椎動物と同じ最大の重要器官、脳。それが出来たことはキメラアントにとって最大の進化であり、また最大の弱点が出来たことでもあった。
脳を激しく揺らされたヂートゥはまともに立つことも出来ずにたたらを踏む。何とか体勢を直そうとするも、それはキルアからすれば隙だらけの行動だった。
「ぐぎぃっ!」
キルアは文字通り電光石火のスピードでヂートゥの首を捻じ切る。
視界が大地に向かって落ちていくヂートゥが最期に聞いた言葉は、ヂートゥの全てをへし折るものだった。
「残念だけど、オレよりは遅いね」
クラピカは【打倒する人差し指の鎖/ストライクチェーン】を高速で振り回しながら周囲のキメラアントを次々となぎ倒していく。
【打倒する人差し指の鎖/ストライクチェーン】の先端に付いてある錘は重くそして尖っており、クラピカがオーラを集中させ、更に遠心力を加えることで硬いキメラアントの装甲を突き破っていく。
そうしてキメラアントの数を順調に減らしているクラピカに向かって何かが飛来してきた。飛来してきた何かに気付いてクラピカは後方へと下がる。そしてその飛来した何かを確認した。
「……糸?」
そう、それは糸だった。だがただの糸ではない。一目見て粘着性を持つ糸だとクラピカは気付いた。
そしてもう1つ、あることに気付いた。そう、まるでこれは“蜘蛛”の糸のような……。
「今のを避けるだなんでやるだなー」
樹上に糸を付けて降りてきたのは1体のキメラアントだ。
見た目は蜘蛛を元にしたキメラアントだとハッキリ分かる程蜘蛛の形を残している。この蜘蛛型のキメラアント――パイク――が先程の粘着性の糸を出したのだろう。
「なははは! 中々強いだお前さん。んだが、このパイク様が――」
「――黙れ」
「え?」
パイクはクラピカの急変に唖然とした。
気のせいか瞳の色が緋色に染まり、その身から溢れるオーラの力強さは格段に上がっていた。先程までとは違う、圧倒的な強者の威風を纏うクラピカにパイクは恐怖し怖気づく。
「そのような姿で産まれた己の不幸を呪え」
「な、何を言ってるだーッ!?」
だがパイクは恐怖を拭いさりクラピカへと粘着糸を飛ばす。
例えどれだけ強者だろうとも、この粘着糸に絡まれば身動き出来なくなる。この粘着糸が怪力No.1のビホーンですらちぎれなかったことからパイクはそう確信している。
クラピカは鎖を振るうことでその粘着糸を鎖に巻きつけ体に届かないようにする。
「とったど!」
パイクは粘着糸を全力で引っ張ることで鎖ごとクラピカを引き寄せようとする。
だがクラピカは鎖に籠めていた力を緩めた。全力で引っ張っていたパイクは急な変化に対応出来ずバランスを崩すことになる。
「おお!?」
そしてバランスの崩れた所でクラピカが今度は鎖を思い切り引き寄せる。
力で勝っていたはずのパイクはバランスを崩され上手く力の流れを誘導されたことで簡単にクラピカへと引き寄せられてしまった。
「ああー!?」
クラピカは具現化していた【打倒する人差し指の鎖/ストライクチェーン】を消し去り、糸から解放した後に瞬時に具現化し直す。
そうしてバランスを崩したパイクを【打倒する人差し指の鎖/ストライクチェーン】で巻きつけ、思い切り振り回し――
――後ろから迫っていたキメラアントに勢い良く叩き付けた。
「ぐっ!?」
「おおぅ!? ざ、ザザン殿ー!?」
ザザンと呼ばれる蠍のような尾を持つ女性型のキメラアントはパイクと戦っているクラピカの隙を狙っていたようだ。
だが戦場において、目の前の敵のみに意識を向ける程クラピカは未熟ではない。
クラピカは鎖にパイクを絡めたまま更にザザンへと叩き付けようとする。
「のわーーっ!」
「何をしているのパイク! 糸を出して動きを止めなさい!」
鎖に絡まれた状態でも糸は出せるだろう。そして粘着性の高い糸ならば、周囲の木々に糸を付けることで動きを固定し、現状を打破することも可能だろう。
だが、そう出来ない理由がパイクにはあった。
「そ、それがー! 糸を出すぐぎゃ! あ、穴がぁぶへっ! く、鎖で塞がれおごっ!」
何度となくザザンに向けてパイクを叩き付けるクラピカ。そしてザザンはそれを避ける。その度にパイクは地面や木や岩などに体を叩き付けられることになる。
「くっ! この……!」
この役立たず。そう言おうとしてザザンは何とか思いとどまる。
パイクはメンタル面が脆いのだ。上司であり尊敬するザザンに褒められれば調子が上がるが、貶されでもすれば戦力にならないレベルで落ち込むだろう。
「仕方ないわね!」
ザザンはパイクを助ける為に攻撃に転じた。
自身に迫るパイクを避け、パイクと鎖が通り過ぎた瞬間にクラピカへと駆け寄る。
――疾いな――
その動きはクラピカから見てもかなりのレベルだった。素の状態のクラピカなら面倒な相手だったかもしれない。
だが今のクラピカは全ての能力が【絶対時間/エンペラータイム】によって底上げされていた。
鎖を掻い潜って迫ってきたザザンをクラピカは冷静に対処する。
ザザンの攻撃を片手と体術でいなし、その間に鎖を引き寄せてまたもパイクをザザンへとぶつけようとする。
だがその攻撃をザザンは素早く躱した。ザザンが避けたことで、後ろから迫ってきたパイクは勢いをそのままにクラピカへとぶつかろうとする。
――馬鹿ね! 自爆しなさい!――
だがその程度のことは、自身の攻撃が避けられた後の状況などクラピカの予測範囲内だ。パイクがザザンに当たればそれで良し。当たらなければ……。
「はぁっ!」
「っ!?」
自身に向かってきたパイクに止めをさせば良し、だ。
迫ってくる勢いに合わせて、オーラを籠めた拳を叩き込む。それだけでパイクの頭は粉砕された。
クラピカは拳を振るい血と脳漿を落としてザザンを睨みつける。
「き、貴様……!」
「……ふむ。お前はこれが私たち人間とお前たちキメラアントの殺し合い、戦争だというのを理解しているか?」
クラピカは部下を殺され激昂したザザンに向かってそんなことを聞く。
今さら何を言い出すのかとザザンは一瞬呆けるが、すぐに自分を舐めているのだと怒りに我を忘れる。
「何を当たり前のことを――」
当たり前の指摘をするクラピカに、怒りを以て応えようとするザザン。
怒りは、最後の切り札である真の姿で己の全力を見せつけ、恐怖に慄く目の前の人間をゆっくりといたぶってやろうという嗜虐的な思考に変わっていく。
だが、真の姿を見せるまもなく、ザザンの命は潰えた。
「――言って……え?」
「悪いなクラピカ。お前の獲物だったか?」
ザザンの首はミルキによって360度1回転させられていた。
どうやら戦場を巡ってキメラアントを殺していたミルキによってザザンは新たな獲物に数えられたようだ。
クラピカのみに意識を取られていたザザンの隙を突くことなど、暗殺者としての人生を歩んで来たミルキにとって息を吸うように当然のことだった。
「いや、問題ないさミルキ。……どうやら理解していなかったようだな。殺し合いで目の前の敵のみに注意を取られるとそうなる。来世があれば活かすといい」
その言葉を言い終えると同時にクラピカはザザンの頭部に向かって鎖を振るう。
オーラを集中させた錘は、ザザンの頭部を無慈悲に砕いた。
◆
「終わったようだな」
カイトは周囲に生きたキメラアントがいないことを確認した後、ゴン達と合流する。
「お疲れ皆」
「全員無傷だね。これなら女王まで行けるんじゃない?」
「いや、師団長クラスは相当なレベルだった。油断すると危ないぞ」
「確かにな。1対1ならいいが、複数を同時に相手すると厳しいぞアレは」
戦闘が終わり、キメラアントの戦力の一端に触れたゴン達は各々の意見を言い合う。
「油断はしないよ。だけどよ、アレはまだ念能力者として未熟なんだぜ? それなのにあの強さだ。時間を置けば置くほど奴らは進化する。このままアイシャと合流して一気に女王を潰すのが最善だろ?」
「……確かにそうだな」
キルアの意見は至極もっともだ。
時間を与えれば与えるほどキメラアントは進化する。念能力の練度を高め、新たな発を作り出し、女王は強力なキメラアントを産み、そして王が産まれてしまう。
王は別の種の雌に女王を孕ませ、そして女王はまた王を産む。時間を与えればこのように人間にとって負の連鎖が出来上がってしまうだろう。
「よし、早く進むぞ。アイシャという女性は既にキメラアントの巣に到達しているかもしれないしな」
「そうだね。アイシャなら本当に1人で全部終わらせてそうだし」
「そうなる前にオレ達もアイシャに合流しなくちゃな。美味しいところを全部アイシャに持ってかれちまう」
「私たちがアイシャより先に女王を倒すというのも有りかもしれん」
「いいなそれ。アイシャ驚くだろうな」
「多分怒られるだろうけどね」
「オレ達を置いて行ったんだ。こっちが怒ってやるさ」
そうやって何時も通りに話すゴン達を見てカイトは頼もしく思いながらも、何処かで不安を感じ始めていた。
――順調だ。順調すぎるくらいに順調だ。これなら王が産まれる前に女王の元に辿り着ける――
そう思いつつも、何か見落としているような、漠然とした不安を感じるカイト。
そんなカイトの不安を知らずにゴンが話し掛けてくる。
「――イト。ねぇっカイトってば」
「っ!? あ、ああ、どうしたゴン?」
「どうしたってさっきから呼んでたのに、聞こえてなかった?」
「悪いな。少し考え事をしていたんだ。それで、どうしたんだ?」
「もう、カイトの能力だよ。さっき槍を具現化してたけど、あれがカイトの能力?」
どうやらゴンはカイトの能力が気になったようだ。
カイトはそんなゴンに対して自身の能力を簡単に説明する。
「ああ。オレの能力は【気狂いピエロ/クレイジースロット】と言ってな。ルーレットで出た1から9までの数字によって様々な武器に変化する」
「ルーレットって、出る武器は自分で選べないってこと?」
「ああ。その上一度出した武器はちゃんと使わない限り変えられないし消せない。しかもピエロが勝手に喋る。全くもって鬱陶しい能力だ」
――なら何故そんな能力に……――
ゴン達の内心が一致した。
カイトの能力はゴンの父親であるジンの協力の元に作り出された物だが、何故このような能力にしたかは全くもって謎である。
「お前たちの能力も見させてもらったが、オレと違って中々使い勝手がいいようだな」
カイトも戦場で見たゴン達の戦法や能力から各々が得意とする系統や能力の一部を言い当てる。
特に能力らしい能力を見せなかったミルキだけは分からなかったが、今後のことを考えて全員の能力をある程度教え合ったので問題はないだろう。
まあ、もっと早くにしておけば良かったことだろうが。
そうして仲間と話している内にカイトは自身の不安を打ち消していく。
だが、何時までも拭いきれない不安がカイトに薄くまとわりついていた……。
カイト達が4個師団を壊滅させたのに有した時間はアイシャが同じく4個師団を壊滅させた時間よりも早かった。
それはカイト達の戦力がアイシャを上回っていたというより、単純に人数が多いための手数の差だ。
さしものアイシャも1人で出来ることには限界がある。複数の師団をたった1人で壊滅させるのは多少の手間が掛かったのだ。
ともかく、カイト達はアイシャとほぼ同時に4個師団を相手取り、アイシャよりも早くに敵を殲滅した。
だからだろう。先に巣に近付いていたアイシャよりも早くに、カイト達が巣の目前まで辿り着いたのは。まあ、目前と言ってもまだ2km以上は離れているが。
ここまで来てアイシャと合流出来なかったのは、単にアイシャがカイト達の辿った道を大きく外れていたからだ。それはアイシャがNGLにやって来ていた他のハンター達を救う為に山のあちこちを移動していたのが原因だ。
キメラアントの巣を肉眼で確認したカイトが、次に観たのは有り得ない程膨大な広さを誇る円だった。
アメーバのように形を変えながら最大で2kmまで延びる円を観て、カイトはその円に触れるか触れざるかで悩んだ。
ゴン達もその円を観てしまった。そして理解した。アイシャが自分たちを置いて行った理由を。
見ただけで死をイメージさせるオーラ。それも円で、だ。
全身を纏うオーラを大きく広げることで円は出来上がる。これを2m以上に広げ、1分以上維持するのが円の最低基準だ。
目の前の円は最大で2kmまで延びている。なのに死をイメージさせる程の密度と不吉さを持っているのだ。
こんなのを相手に自分たちが勝てるのか? ここまでキメラアント相手に完勝してきたゴン達にそう思わせる程の実力者。そんな化け物が敵にいる。
勝てるのか? アイシャは何処にいるんだ? まさかもう殺られたのか? そんなはずはない? だが敵は健在だ。
様々な思いが交錯し、ゴン達は思考が混乱状態に陥った。強くなったが故に起こった軽いパニック症状だ、今のゴン達ならば直に落ち着くだろう。
だが、事はゴン達が落ち着くのを待ってはくれなかった。
明らかに強者の気配。恐らくこの円に触れてしまえばキメラアントでも最大の戦力が出てくるだろう。
だがこの円の中に踏み込まないと女王の元には辿り着けない。そうなると人類は絶滅の一途を辿るやもしれないのだ。
そして何より、カイトはこの円に触れてみたかった。この円の持ち主がどれだけ強いのか知りたかったのだ。それは闘いを生業にしている者にとって本能とも言えるだろう。
大丈夫だ。自分だけではない。強力な仲間がいる。
それが後押しとなり、カイトはその円に足を踏み入れた。
そしてそれをゴン達は止めることが出来なかった。混乱から立ち直ったゴン達が気付いた時には、カイトは円に足を踏み入れていた。
「駄目だカイト!」
全ては遅かった。カイトは円に触れてしまったのだから。
そして瞬時に理解した。圧倒的な力を、実力の差を、生物としての根本的な差を。
「……化け物だ」
「くっ! 退くぞ!」
「馬鹿! アイシャはどうするんだ!?」
「こうなったら全員で迎え撃つぞ!」
「うん!」
カイトが実力の差を実感した時にはゴン達は臨戦態勢に移っていた。
それは敵の圧倒的な力に触れたカイトからすれば愚かな行為にしか見えなかった。
「逃げろ! ここから早く離れるんだ! オレが招いた結果だ、オレが抑える!! だから早く――」
――不吉を運ぶ猫が、巣から跳び立った。
カイトの槍は勝手に出したオリジナル設定です。原作でカイトのピエロが槍になるかは分かりません。