どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第六十四話

 キメラアントの巣に幾つもある部屋の一室に、3体のキメラアントが集まって寛いでいた。その3体は王が産まれていない今、女王に次いで地位が高く、そしてキメラアント最強の王直属護衛軍と呼ばれる者達であった。

「ん~、師団長達はちゃんと餌を獲ってくるかな~?」
「負けたとしても問題はない。餌の備蓄は大量にありますから」
「でもよ。そいつ等レアモノなんだろ? だったら女王に捧げた方がいいんじゃないのか?」

 モントゥトゥユピーの疑問はもっともだ。女王に最高の王を産んでもらうためには上質の餌を提供することが1番重要だ。ただの餌だけならば王が産まれるまでは十分だろうが、レアモノは1体で並の餌の千倍以上の栄養になるのだ。王がより強く、より強靭に、より聡明に産まれてもらう為にはレアモノは1体でも多い方がいい。
 しかも現在巣の近くに来ているレアモノはこれまでに幾つものキメラアントを返り討ちにしている。つまり並のレアモノよりも更に上質の餌であるということだ。

「彼らがレアモノを捕らえて来たのならばそれで良し。そうでないならば私たちの誰かが出ればいい。それだけのこと……」
「んー。女王の警護はどうするニャ?」
「師団の大半はここに残っています。それと私たちの内2人が残っていれば警護には十分でしょう」

 現在キメラアントの巣には20の師団が残っている。1つの師団には師団長が4~5匹の兵隊長を従え、更に兵隊長がそれぞれ10~15匹の戦闘兵を指揮している。
 つまり巣の中に戦闘出来るキメラアントは1000体近くはいるということになる。そこに師団長を遥かに上回る力を持つ護衛軍の2体がいれば、女王の守りは磐石と言えよう。

「じゃあその時はオレに行かせろよ。ここで待つよりは楽しそうだ」
「それは駄目。だってボクが行くんだからさ」
「ああ? オレが行ってもいいだろうが」

 ずっと巣に篭っていて暇で仕方ないモントゥトゥユピーは不満をタラタラにするが、ネフェルピトーは断固として意見を変えなかった。

「だってボクずっと円で巣を警戒しているんだよ? それくらいのご褒美があってもいいと思わない?」
「ぐ……」

 そう、巣を覆うアメーバ状の円はネフェルピトーのものだった。
 これまでずっと円を展開して侵入者が来ないかを調べていたのだ。つまり現在護衛軍でもっとも仕事をしているのはネフェルピトーと言える。
 だからこのネフェルピトーの言い分にはモントゥトゥユピーも言葉を返せないでいた。

「じゃあオレが今から円の役割を代わるからよ――」
「ユピーの円って何mまで延びるの?」
「……」

 論外だったようだ。
 護衛軍で円を最も大きく広げられるのはネフェルピトーで、その次がシャウアプフだ。モントゥトゥユピーはダントツのビリ。そういうのが苦手なタイプのようである。

「……分かったよ。だけど次に侵入者が来たらオレの番だからな!」
「分かったよ。ま、次も何も、レアモノ捕獲部隊が上手くやっていたらボクらの出番は――」
「――どうしましたピトー?」

 急に様子の変わったネフェルピトーを訝しむシャウアプフ。
 ネフェルピトーは嘆息し、そしてすぐに微笑を浮かべた。

「どうやら出番があったみたい。ちょっと行ってくるね」

 その微笑は力を振るえることによる歓喜から来るモノだった。
 ネフェルピトーは巣の防衛を残った仲間に任せてその場を立ち去った。

「侵入者ですか……」
「あいつ等ほんと役に立たねぇな」
「問題ありません。彼らには元から期待していませんから。女王を、王を守るには私たちがいればいい。それだけのこと……」

 そう言いながらシャウアプフはネフェルピトーの代わりに円を展開する。その大きさはネフェルピトーには及ばないが、一般の念能力者が展開する円とは比べるまでもない大きさであり、巣の周りを覆うには十分な広さだった。
 後は女王の元に2匹の護衛軍が控えていればいい。それで護衛は問題ないだろう。そう、2匹は思っていた。



 ネフェルピトーは防衛を残った仲間に任せて巣にある穴から外を眺める。円に反応した場所を見つめ、そこにいた複数の人間を発見する。2kmも離れ、木々に囲まれている小さな人間を視認するその視力は人間を軽く凌駕していた。

「見ーっけ――」

 発見と同時に、ネフェルピトーの両足は音を立てながら膨張した。張り詰められた筋肉を解き放とうとするその姿勢は、まさに猛獣が飛び掛る前の準備姿勢を思わせた。

「――た!」

 瞬間、ネフェルピトーの体は円に侵入した人間、カイトの元へと跳び立っていた。
 2kmの距離などなかったかのように一足飛びで距離を詰めていくネフェルピトー。その動きを見切れていた者など、カイト達の中には誰もいなかった。
 そう、カイト達の中には、だ。

 円を消して侵入者を殺すことのみに意識を向けていたネフェルピトー。
 だが、巣から跳び立ってカイト達に近付いている最中。1秒にも満たぬその刹那の時間で、ネフェルピトーは侵入して来た〝餌〟等とは比べ物にならないナニカに感づいた。
 円で確認したわけではない。気配を察知したわけでもない。そもそも意識は完全に餌へと向けられていた。なのに幽かな予感がネフェルピトーを過ぎった。そしてそれはすぐに直感に変わった。

 ――餌ではない! 敵がいる!――







「逃げろ! ここから早く離れるんだ! オレが招いた結果だ、オレが抑える!! だから早く――」

 カイトの叫びは何もかもが遅かった。既にネフェルピトーは巣から跳び立っており、ゴン達は逃げる素振りを見せずに立ち向かおうとしている。
 ジンの下で修行して、ジンから与えられた最終試験であるジンの発見も乗り越えて、1人前のハンターになったと自覚していたカイト。
 そのカイトが勝ち目がないと判断した。例え全員で掛かっても全滅の恐れがある化け物が後1秒も間を置かずに襲来するのだ。

 全ては己の撒いた種。愚かな自負が全員を窮地に陥れた。せめてゴン達だけでもと思ったが、そのゴン達はカイトの心を知らずか誰も逃げようとはしない。
 絶望がカイトを襲う中、前方から不吉を運ぶ凶猫がカイトの――



 ――カイトの真横を……通り過ぎた。

「――な!?」

 ――無傷!? 何故!?――

 困惑するカイト。完全に無防備な状態を晒していたはず。あのタイミングで攻撃しない理由など何処にもない。
 死すら覚悟していた。四肢の1本で済んでいたら御の字と言えた。そんな隙を何故狙わなかったのか。

 理解が追いつかない中、カイトを、否、カイト達を更なる困惑が襲う。
 圧倒的オーラを放つ目の前の化け物が、周囲にいる人間の誰1人にも目を向けておらず、まるで周囲には何もいないかのように振舞っているのだ。

 それだけではない。凶猫は何かを警戒するように一点を見つめていた。これ程の存在が何を警戒しているというのか。混乱が頂点に達しようとしていたカイト。

 ネフェルピトーがこの場に降り立ってまだ1秒も経っていなかった。
 その僅かな時間に、この場の誰もが数十倍の時の流れを感じる。動きは取れずとも思考のみが加速していく中、眼前の化け物に対してどう動こうかを全員が模索する。

「逃げ――」

 逃げろ。こいつはオレが引き付ける。
 混乱を振り切ったカイトがゴン達を逃がす為に発しようとした台詞は最後まで言い切ることは出来なかった。

 何故なら……不吉を告げる凶猫に、武神が死を告げにやって来たからだ。







 ネフェルピトーが巣から跳び立ったのと同時にアイシャもゴン達の元へと跳び立っていた。

 ――何故ゴン達がここに!?――

 疑問は幾らでも出てくるが、今はそんなことを考えている場合ではないとすぐに無駄な思考を振り切る。考えるべきは、ゴン達が犠牲になる前にあの敵を倒すこと!
 全身の筋肉を無駄なく稼働させ、オーラを最大限に効率的に使用し、アイシャはネフェルピトーに匹敵する速度でその場から高速移動する。
 オーラを勢い良く放出することで更なる加速を促し、ネフェルピトーに遅れることコンマ数秒の差でゴン達の元に到着する。

 アイシャが到着する直前。まだアイシャの姿が誰の目にも映っていない時、ネフェルピトーはアイシャのオーラに誰よりも早く気付き、不気味な笑みを浮かべた。
 最高の玩具を見つけたのだ。目の前の餌など歯牙にも掛ける必要のない……いや、歯牙に掛ける暇すらないほどの玩具を。この玩具を前に無駄なことをすれば待っているのは己の死だ。

 アイシャが大地に着地するよりも早くにネフェルピトーはアイシャへと飛び掛る。
 激突する最凶と最強。2人のファーストコンタクトは空中だった。

「かっ!」
「しゃっ!」

 空中ですれ違う2人。その刹那の間にも攻防が繰り広げられていた。
 嬉々として飛び掛って来たネフェルピトーはアイシャに向けて拳を振り抜く。
 それを紙一重で躱したアイシャは通り過ぎようとしているネフェルピトーの脇腹をえぐり抜く勢いで肘を放つ。
 だがそれはすんでの所で同じく肘で防がれた。そのままアイシャはゴン達の傍に、ネフェルピトーは離れた木へと着地する。

「あ、アイシャ!?」
「おま、どっから――」
「――下がってなさい!」

 急に現れたアイシャに驚き、話しかけてきたゴン達だが、それをアイシャは一喝して黙らせた。眼前の敵は油断すればアイシャでも負けうる存在だ。そんな強敵との戦いにゴン達が割って入りでもしたら命の保証は出来ない。
 大切な友を、仲間を、弟のように思っている存在を失くしたくない。
 そんなアイシャの想いが篭った言葉は、ゴン達にはこう聞こえていた。

 “足手纏いだから下がってなさい”

 そしてそれはあながち間違いではなかった。
 もし今アイシャが割って入らなければどうなっていたか。
 ネフェルピトーを目の前にして、勝てるイメージを持てた者は誰1人いなかった。
 全員が力を合わせれば倒せてたやもしれない。だが、冷静さを欠いた状況では何人かは犠牲になったかもしれない。
 ゴン達は誰もがその思いに至り、未だアイシャの足元にも及ばない己の実力に歯噛みした。



 アイシャは風間流の構えにてネフェルピトーを待ち構える。
 対してネフェルピトーは樹枝の上で四足獣のように身を丸める。その大腿部はカイト達を襲撃する直前に見せた強張りの倍程までに膨らんでいた。
 全力全開。全ての力を突進力に変えてアイシャに向かって突撃する。ネフェルピトーが足場にしていた樹の枝は、その踏み込みで完全に砕け散っていた。
 その反動さえも突進力とし、瞬きをする間にアイシャへ飛来するネフェルピトー。その速度はキメラアント最速を自負していたヂートゥを遥かに上回っていた。

 だが、こと疾さに関する対応力でアイシャ以上に経験のある者などこの世にいるかどうか。
 最大の好敵手であるネテロが放つ【百式観音】は始動から発動までが0.1秒を切る最速の攻撃能力。不可避の速攻である。
 それを千を超える回数受け続けて来たのがアイシャだ。前世と今世で【百式観音】に対抗する為にどれだけの労力を費やしたか。
 そんなアイシャからしたら、ネフェルピトーの突撃はまだ対応可能なレベルであった。

 突進するネフェルピトーの攻撃を僅かに体をずらすことで避け、その上でネフェルピトーの体に触れて力の流れを変化させる。
 あとはネフェルピトーの突進力にアイシャの力を加える。それだけでネフェルピトーは明後日の方向へと吹き飛んでいった。
 その場に残っているのは先程までと僅かに姿勢の変わったアイシャのみ。誰もが何が起こったのかを視認することは出来ないでいた。

 何が起きたのかはネフェルピトーでさえ理解出来なかった。攻撃を避けられたと思ったら、次にはあらぬ方向へと己が吹き飛ばされていたのだ。
 空中で完全に姿勢を崩して吹き飛ばされていくネフェルピトーに出来たことは全身を全力の堅で守ることだけだった。
 轟音が鳴り響き、少しして木々が倒れる音が続く。

「あぐぅ!?」

 ネフェルピトーは木々を幾本も犠牲にし、大岩に叩きつけられてようやく止まることが出来た。強大なオーラで守られた体に大きな損傷はないが、木々や岩に強く打ち付けられた為に全身が痛む。
 痛みを糧に、改めて敵の強さを認識する。アレは玩具ではない。自身を殺しうる最大の敵だ、と。それは女王を害する危険すら起こりうるということだ。女王を害されるということは、すなわち王を害するということ。それを許せる護衛軍などいるわけがない!
 王の為、命を賭してでもアイシャを殺す。死すら厭わぬ覚悟を以てアイシャの元へと駆け寄ろうとして――ネフェルピトーは咄嗟にその場から飛び退いた。

 次の瞬間には先程までネフェルピトーの頭部があった位置と胴体があった位置を鋭く研ぎ澄まされた念弾が2本ずつ通り過ぎていく。その念弾は余計な破壊を生み出さずに、進行上にある障害物に綺麗な穴を空けて彼方へと過ぎ去っていった。
 あのまま立ち止まっていれば、アイシャに向かって直進していれば、ネフェルピトーは死ぬか、死なぬまでも多大なダメージを負っていただろう。

 アイシャは念弾の手応えのなさに敵がまだ健在であると知る。元よりこの程度で倒せるとは思ってもいなかったが。
 あのタイミングでも避けられたとなるとこの距離から念弾で追撃しても意味はないと悟る。アイシャはネフェルピトーを逃がさない為にもこの場を離れネフェルピトーの元へと駆け寄っていく。

「アイシャ!」
「くそっ! 追いかけるぞ!」
「待てっ!」

 アイシャを追いかけようとするゴン達をカイトが止める。

「正気かお前ら! あの娘を追いかけてどうしようってんだ!? まさか加勢するとか言うつもりじゃないだろうな!?」
「……もしアイシャが危なくなったら加勢するよ」
「っ! ばっかやろう! オレ達じゃあの娘の足手纏いだって分からないのか!! 行った所で加勢どころか邪魔になるだけだ!」
「そんなこと、カイトに言われなくたって分かってるさ」
「私たちがどれだけアイシャと共に過ごして来たと思っている」
「言っただろ。オレ達全員合わせてもアイシャの足元にも及ばないんだ。それにゴンの言ったことをちゃんと聞いたのかよ? ……もしって言っただろうが」

 カイトの叫びにキルア達は冷静に返す。
 そしてゴンはアイシャへの揺るぎない信頼をカイトにぶつけた。

「アイシャがあんな奴に負けるはずがない! オレ達はそれを信じて見守るだけだよ」

 加勢した所でアイシャの邪魔になるだけなのは分かっている。
 だが、それならせめてアイシャの戦いを見守りたかったのだ。
 力不足だが、それでもあの戦闘に割って入りさえしなければゴン達ならば自分の身を守ることは出来る。例えネフェルピトーがゴン達に狙いを変更したところで、多少は粘ることも出来るだろう。
 いや、全員で固まって行動していれば、全員で冷静になってネフェルピトーに対処すれば、それなりに戦えるとさえゴン達は思っていた。

 アイシャの無事な姿を確認出来て、ネフェルピトーを相手に互角以上に戦うアイシャを観て、恐慌状態から元の精神状態に戻って来たのだ。
 そうなればゴン達でも敵の戦力を冷静に見ることが出来る。確かに強い。個々の実力では敵いはしないだろう。
 だが1人の圧倒的強者を相手に連携して戦うことには慣れていた。1人で勝てなくても全員でならば犠牲を出さずに凌ぐことは出来る。
 そもそもにしてネフェルピトーがゴン達を狙うことは出来ない。そんな暇などアイシャを相手にしてあるわけがない。そう、アイシャの実力を信じきっていた。

「大丈夫だよカイト。アイシャは絶対に勝つ!」
「あんまりオレ達の話を信じてなかっただろ?」
「見るがいい。アイシャの強さを」
「オレのアイシャに勝てる奴なんかいるわけないぜ?」
「お前のじゃないけどな」

 この緊迫感溢れる状況にあって談笑するゴン達を見て呆気に取られるカイト。
 そして徐々に自身を縛っていた絶望が薄れていくのが分かった。

 ――情けないな。こんな年下に救われるなんてな――

 自嘲するも、カイトはすぐに意識を切り替える。

「良し、ならお前たちご自慢のあの娘があいつを倒すところを見させてもらおうか」
「そうこなくちゃ」

 そうしてカイトを含むゴン達はアイシャとネフェルピトーが戦う場へと急行した。







 ネフェルピトーは自身に出来る最速の攻撃でアイシャへと襲いかかる。
 鋭い爪を振るう。当たれば鋼鉄だろうが切り裂くだろう。鋼のような筋肉からなる脚で蹴りを放つ。当たれば巨岩だろうと砕くだろう。それらの、当たれば即死するような攻撃を幾つものフェイントを混ぜて幾数、幾数十と繰り出す。

 だが、当たらない。どれだけ素早く攻撃しようと、どれだけ力を籠めて攻撃しようと、どれだけの攻撃を打ち込もうと、アイシャに攻撃が当たることはなかった。

 ――ボクの方が力も! 疾さも! 全部上のはず! なのに!――

 なのに当たらない。
 ネフェルピトーが思っている通り、両者の身体能力ではネフェルピトーに軍配が上がる。
 今世では身体能力にも重きを置いて修行をしていたアイシャ。肉体の才能もあってか、日々の修行でリュウショウの頃とは比べ物にならない身体能力を有するようになった。
 だが幾多もの生物を混合させ凝縮して産み出されたキメラアントの中でも特別な王直属護衛軍には及ばなかった。生まれ持った身体能力でアイシャの十余年を軽々と超えているのだ。

 だが、アイシャを強者足らしめているのは身体能力などではない。いや、確かに身体能力の高さも戦闘力に関係しているのだが、アイシャの真骨頂はそこではなかった。
 元より身体能力が一般人の域を出ないからこそ学んだのが風間流合気柔術なのだ。弱者である北島晶が、強者に負けじと身に付けた武術。リュウショウと成って柔を極め、最強と謳われたネテロ相手にすら渡り合った。

 そんな経験を持つアイシャにとって、今の己とネフェルピトーの間にある身体能力の差など、かつての己とネテロとの間にあったそれに比べれば微々たるものにしか感じなかった。
 絶対に負けられない戦闘故か、張り詰めた緊張が程よくアイシャの精神を高め、その精神性を完全にリュウショウの域に戻したアイシャが目で追いきれる攻撃に対応出来ないわけがなかった。

 ――右、右、左、右蹴りから回転して左回し蹴りと見せかけて尻尾、のち左回し蹴り――

 身体能力に任せての連撃は、視線、体捌き、オーラの反応、筋肉の動き、そして心情。それら全てを観て相手の動きを予測しているアイシャには通じなかった。
 アイシャは最後の回し蹴りに合わせて仕掛ける。軸足を刈り、バランスを崩したところで同時にネフェルピトーの左足を跳ね上げる。
 合気によって空中で独楽のように勢い良く回転するネフェルピトー。宙で身動きが取れないところに風間流の奥義・木葉舞を放つ。

 両手を鞭のようにしならせ、宙にいるネフェルピトーを大地に落とさぬよう、連撃で弾き続ける。右に強く弾かれたと思ったら左に、上に、斜めに、下に、360度縦横無尽に次々と弾かれ続けるネフェルピトー。
 それはまるで嵐に巻き込まれて舞う木の葉のようであった。

 反撃もままならない。アイシャの攻撃に合わせて反撃しようにも空中で掻き回されているネフェルピトーにはアイシャの攻撃をまともに予測することも叶わない。
 例え上手く合わせられたところで、反撃自体をアイシャに読まれ別の攻撃に晒されて余計なダメージを負う。
 こうなったら回避は不可能。脱出するには技術で対抗するか、何らかの念能力で対応するしかないのだ。

 だが、それは相手が人間だったならばの話だ。
 ネフェルピトーは宙でもがきながら必死の思いでアイシャの腕に尻尾を絡ませてその場から逃げ出すことに成功する。
 尻尾という人間にはない部位が役に立ったようだ。少し離れた樹の枝に着地し、ようやく一息つくネフェルピトー。

 ――つ、強い! 何より……上手い!――

 ネフェルピトーは完全に技術で圧倒的に負けていると理解する。
 絶対的な力を持って産まれてきた。同等の存在は同じ護衛軍しかいなかった。それ以外の全てが弱者に見えた。自分以上など産まれていない王しか存在し得ないと思っていた。
 だが違った。所詮それは産まれて1年にも満たない子どもの考えだった。ここに来てネフェルピトーは学習する。上には上がいる、力を圧倒する技がある、と。

 ――戻るか? 巣にいる2人と協力すれば……駄目だ! こいつを巣に入れてはならない!――
 ――こいつならばあの2人を掻い潜り女王の元に到達しかねない! 王を身篭って動くことも出来ない女王を殺すことなどこいつには造作もない!――
 ――ここで! ここでボクが仕留める!――

 王の為。王の為。王の為!
 全ては産まれてすらいない王の為!
 ネフェルピトーはその想いだけでアイシャに立ち向かう。

 ――【黒子舞想/テレプシコーラ】!! 限界を越えて舞え!!――

 ネフェルピトーの念能力が発動する。
 【黒子舞想/テレプシコーラ】は対象を操作する能力を持つ。本来なら大量の生物を操ることも出来る能力だが、自身に使うことも可能であった。
 ネフェルピトーの背後に現れた巨大で不気味な黒子がオーラの糸でネフェルピトーそのものを操る。それはどんな外傷を負ったとしても、肉体の反応を無視しても、本人の限界を越えて動き続けられる能力。ネフェルピトーは肉体が、命がどうなってもいいという覚悟でアイシャへと立ち向かった。

 対するアイシャもネフェルピトーのその覚悟を読み取る。
 発動した念能力の詳細も気になるが、それ以上に危険なのはその覚悟。
 想いが念を後押しする。この戦いが終わった後のことなど考えていないネフェルピトーは先程よりも遥かに強い!

 ネフェルピトーはアイシャに技術で上回ることは不可能だとここまでの短い攻防で理解した。アイシャに通常の攻撃は通用しない。力も疾さも、技術で押さえ込まれる。そして技術で勝つことは不可能だ。技術でアイシャに勝るには後100年は修行しなければならないだろう。
 ならばどうすればいい? 簡単だ。今のままで通用しないならばより強く、より疾く、アイシャの技術でも対応出来ないレベルまで攻撃を高めればいい。
 それがネフェルピトーの出した結論だ。

 【黒子舞想/テレプシコーラ】によって肉体の限界を越えて動けるようになったネフェルピトーは、今までで最速の攻撃を最短の距離でアイシャに叩き付ける。それをアイシャは合気で返す……ことは出来ず、躱すだけに留まる。
 続けてネフェルピトーが全力全速の一撃を再び放つ。それもアイシャは避けるも、ネフェルピトーの力を利用することはなかった。

 ――いける!――

 ネフェルピトーはアイシャの限界を見た。
 まだ当てられない。限界を超えたはずの一撃も躱される。餌としか見ていなかった人間がここまで強いとは驚きを通り越して感動すら覚える。
 だが最高の一撃ならば、アイシャは技で返すことが出来ていない。避けるのが精一杯でその余裕がないのだ。
 ならば限界よりも更に上の力を出し続ければ、いずれは捉えられるだろう。その時には肉体が酷使され過ぎてどうなるかすら分からないが、この人間さえ殺せられるならネフェルピトーにはどうでも良いことだった。



 次々と連撃を加えられたアイシャは防戦一方となる。
 ネフェルピトーが念能力を発動させて上がったのは力と疾さだけではない。攻撃の正確さも格段に上昇していた。それも全て【黒子舞想/テレプシコーラ】によって無駄が全て省かれた結果だ。
 常に的確な攻撃を最速でしかも全力で振るう。生物が持つリミッターを取り外して動き続けるネフェルピトーの攻撃を避けられるだけでも神業と言えるだろう。

 戦場から少し離れた位置に辿り着いたゴン達は、防戦に追い込まれるアイシャをただ見守っていた。ここまで追い込まれるアイシャを見るのは初めてのゴン達。1対1でこんなに苦戦する姿を見るなんて想像だにしていなかった。
 アイシャを詳しく知らないカイトはネフェルピトーを相手にここまで戦えているアイシャを信じられない目で見ていたが。

 戦場の近くにゴン達が現れてもネフェルピトーはゴン達を歯牙にもかけず、ただアイシャだけに集中していた。それは戦場に置いて愚行のはずだ。目の前の敵だけに注視するなど愚か者のすることだ。実際にその愚行をしたせいで死んだキメラアントは多くいた。
 だが、ネフェルピトーはそうではない。ゴン達に集中していないのではない。集中する意味がないのだ。アイシャ以外はどうでもいいと思い切っているのだ。アイシャさえ倒せば後はどうとでもなると思っているのだ。
 敵としてすら見られていない。それはゴン達にとって屈辱にしかならなかった。

 ゴン達が見守る中、戦闘の流れが変わった。防戦一方のアイシャが反撃に転じたのだ。
 ネフェルピトーが行った全力の刺突をぎりぎりで躱す。あまりに紙一重な回避故に脇腹を掠め僅かに一筋の傷が出来る。ネフェルピトーは続けて残った左腕で刺突を放つが、アイシャは半身だけ体をずらし、そのまま勢い良く踏み込むことで回避と同時に肘を叩き込む。
 大地を揺るがす震脚を行い、力を連動させ肘へと送り込む。インパクトの瞬間に全ての顕在オーラを一瞬で集め、瞬速の硬にて威力を跳ね上げる。

「がぁっ!?」

 衝撃を逃がさないよう下向きに放たれた肘をまともに受けたネフェルピトーは、そのあまりの威力に大地に叩き付けられそのまま地に深く沈み込んでいった。周囲には粉塵が飛び交い、ネフェルピトーが沈み込んだ大地には大きな穴が空いていた。

「す、凄い……」

 ゴン達の誰かがそう呟く。呟いたのは1人だが、全員が同じ思いを抱いていた。

 ――強すぎる!――

 それがアイシャ以外の全ての存在がアイシャに抱いた印象だ。
 ゴン達も、カイトも、そしてネフェルピトーも、アイシャがここまで強いとは思っていなかった。

「はぁっ、はぁっ……じゃあっ!!」

 穴から這い出てきたネフェルピトーは自身のダメージを確認もせずにアイシャを攻撃する。どんなダメージだろうと関係ない。【黒子舞想/テレプシコーラ】なら損傷など気にせずに動ける。痛みは無視すればいい。

「あ、アレを食らって、まだあんなに動けるのか!」

 先程までと変わらぬ動きでアイシャを攻撃するネフェルピトーを見てミルキが叫ぶ。実際は念能力という理由があるのだが、それを知らないゴン達では驚愕は免れないだろう。

 戦闘は少し前の焼き回しのようになっていた。
 ネフェルピトーが最適の攻撃を最速で放つ。それをアイシャはぎりぎりで躱す。
 先程は僅かに出来た隙を狙われた。いや、隙を作らされた。ならば次はそうならないように攻撃をする。
 そうしてネフェルピトーは徐々に攻撃を修正しながらアイシャを追い詰める。
 学習。それこそがキメラアント最大の武器。まだ幼いが故に、誰もが恐ろしいスピードで成長するのだ。

 ――末恐ろしいな――

 アイシャはキメラアントの恐ろしさを再び目の当たりにする。
 このまま放置すれば、いずれは目の前の敵はアイシャにも手に負えないレベルに成長するだろう。それは遠くない未来の話だ。自分もまだ強くなるつもりではあるが、それを超えた速度でキメラアントは成長する。

 ……だからこそここで仕留めなければならない。

 アイシャはそれを申し訳なく思っていた。
 ここでネフェルピトーの命を断つことを勿体無く思った。
 これだけの存在だ。もっと強くなる。もっと強大になる。その先にこの者はどこまで到達するのか。それをアイシャは見てみたかった。

 だが、それは人間にとって最大の敵を生み出すことになるのだ。
 これまでのキメラアントもそうだ。多くのキメラアントがそこらの凡百な念能力者を産まれながらにして凌駕していた。早期に対処せねば多くの災いを生み出すだろう。

 だが、アイシャからすれば成長しきっていない幼子を手にかける……。

 ――ああ、彼らが人間であったならば!――

 そう思わずにはいられないアイシャ。
 キメラアントだからこそ戦うのだ。キメラアントだからこそ倒すのだ。キメラアントだからこそ……殺すのだ。彼らを人間の法で縛ることは出来ない。放置すれば災厄にしかならない。

 人間であったならば! 改心のしようもあっただろう。法や念で縛ることも出来ただろう。だが彼らはキメラアント。女王と王にのみ忠誠を誓う人外のモノ。人間を餌とする害虫なのだ。捕らえたところで改心などするわけがない。クラピカの念で縛ったところで死を恐るわけがない。
 幼子だろうと、いや、幼子の内にこそ摘まねばならないのだ。

 アイシャは僅かに逡巡し、そして決意を新たにする。



 当たりさえすれば勝てる。
 そう信じてネフェルピトーは肉体の崩壊する音を聞きながらもそれを無視して更なる加速を促す。
 当たりさえすれば。それは間違いではない。研ぎ澄まされ限界を越えた攻撃は今のアイシャの防御力を上回っている。まともに当たれば。鋭く伸びた爪であればそこは切り裂かれ、鋼のような筋肉から繰り出される蹴りであればそこは弾けるだろう。

 だが………………当たらない。

「何で!? 何で何で、何でだぁっ!!?」

 血反吐を吐きながらネフェルピトーは慟哭する。
 限界を越えて越えて越えて、最初に限界を越えた時よりもまだ疾くなった。
 すでに筋組織は崩壊を始めていた。骨にも幾つもの罅が入っている。それでも【黒子舞想/テレプシコーラ】の能力によって全身を朱に染めながらも動きは止めない。
 アイシャが攻撃せずともその体はボロボロになっていく。先程までネフェルピトーに恐怖していたゴン達でさえ痛ましそうにネフェルピトーを見やっていた。

 それでもなお、どれだけ王を想おうと、死を厭わぬ覚悟をしようと、肉体を顧みなず酷使しようと……その攻撃はアイシャに届かない。

「ああああっ!!」

 崩壊しゆく全身から血を流しながらもアイシャの身を切り刻もうと両の手から伸ばした爪を幾度も振りかざす。
 それをアイシャは先程までと変わらずに躱し……ネフェルピトーの攻撃を利用して合気を仕掛けた。

「がっ!?」

 力が抜けるように流される。そのまま体の動きを操作されたかのように、激流に飲まれたかのように、ネフェルピトーはアイシャによっていいように投げつけられる。
 投げられ大地に叩きつけられ、その度に起き上がり、攻撃を仕掛け、また投げられる。先程までとは打って変わってアイシャはネフェルピトーの攻撃に合わせて柔を仕掛ける。

 ――な、なんで!?――

 避けられはすれども、技を掛ける程の余裕はないはずだった。
 ネフェルピトーは全く通用しなくなった己の攻撃に疑問を覚える。
 力が弱まった? 遅くなった? 精度が落ちた? 否。そのどれでもない。肉体のダメージに反して念の精度は上がっていた。それは操作されている肉体の動きも良くなっているということ。だというのにこの有様だ。
 つまりこれは――

 ――ま、まさかこいつ! は、初めから――

「そうだ。初めから、だ」

 ネフェルピトーの心を読んだかのように答えるアイシャ。
 投げられながらもそれを聞き、ネフェルピトーは背筋を凍らせる。
 こいつは人間じゃない。私たち以上の化け物だ、と。



「な、なんでアイシャが一方的に攻撃出来るようになったんだ?」
「奴の動きに慣れたのか?」
「あのスピードにかよ……最初の時より疾くなってるんだぜ……?」
「……いや……違うな」

 ゴン達も急に攻防が入れ替わった戦闘を見て疑問に思うが、その疑問にはカイトが答えた。

「あの娘は……恐ろしく冷静で……冷酷に……先を見据えていたんだ」
「どういうことだよ?」

 キルアの言葉に、カイトはキメラアントの巣を指差しながら答える。

「眼を凝らしてアレを見ろ。……巣の周りに円があるのが分かるか?」

 ゴン達はネフェルピトーに意識を割きながらも、凝を行いながらキメラアントの巣を見る。すると巣の周囲をネフェルピトーの円には及ばないが、大きな円が覆っているのが見えた。そのオーラはネフェルピトーに勝るとも劣らぬ程の質と量。つまりそれはネフェルピトーに匹敵する存在がいることを示していた。

「まだあんなのがいるのかよ……」
「そうだ。それはあの娘も理解しているだろう……。だからあの娘は……あのキメラアントを試金石にしたんだ」
「それって……つまり」
「そう……調べていたんだ。あのキメラアントで、残りのキメラアントに、攻撃が通用するか、技が通用するか、耐久力は、速度は、威力は、オーラ技術は、発の有無は……。そういった戦闘に置ける重要なファクターを調べていたんだ。……次の戦いに繋げる為に、な」

 戦慄が走った。その為に、アイシャはあの化け物の攻撃を避け続けていたのだ。
 攻撃に転じなかったのは、どれだけの攻撃が出来るのか確認する為。浸透掌を放つ機会もあったが、純粋な耐久力を確認したいが為に機会を見逃し通常の打撃にて攻撃した。
 戦闘中の成長速度を見て、時間を掛けるのはキメラアントに利するだけと理解して、アイシャは学習を終わりにした。

 そう、学習していたのだ。学習とはキメラアントだけに許された特権ではない。元々人間こそが学習することを最大の武器とした生物なのだ。
 アイシャはネフェルピトーを相手に残りの2体の力を大まかに測っていた。もちろんネフェルピトーの力を残りの2体にそのまま当てはめることはしない。だが同格の存在ならば基準にはなるだろう。ネフェルピトーが他の2体と比べて劣っていることはないとアイシャは直感している。得意としている能力は違うだろうが、残り2体の身体能力の最低値をネフェルピトーに合わせていれば問題はないだろう。

「化け……物め……!」
「……否定もしないし、謝りもせん」

 アイシャは既に動くことも出来ずに倒れるだけのネフェルピトーにゆっくりと近づいていく。ネフェルピトーの四肢は全て関節が壊れた人形のように曲がっていた。これでは幾ら【黒子舞想/テレプシコーラ】で操作しようにもまともに動かすことは出来ないだろう。
 どんなにダメージを無視して動けたとしても、生物として動かせる機能がなければどうしようもない。いや、動くこと自体は出来るだろうが、やはりその動きは通常時のそれに比べて劣るものになるだろう。

 アイシャはネフェルピトーに止めを刺すべくその眼前まで近寄った。
 そしてその頭部にそっと手を添えようとして……残った力を振り絞ったネフェルピトーの最後の攻撃を……アイシャの喉元を食いちぎらんばかりの噛み付きを……無慈悲に、避けた。

「お――」

 ――浸透掌――

「お、う――」

 頭部への掌底から内部に伝わっていく振動は、オーラによって強化されネフェルピトーの脳を破壊しつくす。
 王に最期まで忠誠を尽くした1匹のキメラアントは、王を見ることもなくその命を散らした。




 ピトーファンの方々ごめんなさい。伏してお詫び申し上げます……。
 【黒子舞想/テレプシコーラ】は多分こんな能力かなっていう想像です。







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