どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第六十九話

 リィーナとビスケ、そしてカストロの3人の連携は、あの圧倒的な個である王直属護衛軍の1体、シャウアプフを追い詰めていた。
 3人の身体能力とオーラ量を比べるとそれぞれシャウアプフに劣りはする。だがその能力の差も3人が攻撃を間断なく続け、それぞれの隙や死角を埋めながら高度な連携で攻め立てることで覆っていたのだ。

 カストロが強化系に相応しい猛攻を振るう。虎の牙をも凌駕する両爪がシャウアプフを抉るようにその牙を剥く。
 リィーナはカストロが全力で攻撃に集中出来るようカストロと寄り添うように動き、カストロの攻撃の間隙を縫ってくるシャウアプフの反撃を封じる。
 ビスケは2人の動きを阻害しないように遊撃し、リィーナによって動きを阻害されたシャウアプフに強力な一撃を叩き込む。

 ビスケの強力な一撃で吹き飛ばされ大木に叩きつけられたシャウアプフ。そこへさらに追撃として虎咬拳を振るうカストロ。止めと言わんばかりにシャウアプフの喉元へ迫る両爪。
 だが、その鋭い一撃がシャウアプフに命中することはなかった。

 ――取った!――

 そう確信したカストロは、しかし次の瞬間に目標の姿を見失ってしまう。
 いや、目標だけでなく、視界全てがおかしいことに気付く。景色が反転しているのだ。そう、これには覚えがある。これは合気を仕掛けられた時と――

「――リィーナ殿!?」
「失礼カストロさん。ですが、緊急を要しましたので」

 そう。カストロは背後にいたリィーナに合気を仕掛けられたのだ。それにより体は反転し、目標を見失うこととなった。だが何故? 何故味方であるリィーナがカストロに合気を仕掛けたのか?
 その理由はリィーナに優しく大地に降ろされた後に理解が出来た。いや、理解と同時にさらなる混乱を招くこととなったが。

 そこには、カストロが先程までいた場所に拳を振り下ろしているシャウアプフがいたのだ。そしてその後ろには大木に叩きつけられバランスを崩していたシャウアプフも同時に存在していた。
 同じ顔をした者が同時に2人存在していることに驚愕するカストロ。だが残りの2人は冷静に現状を把握しようとしていた。

「具現化系かしら?」
「1番の可能性はそれですね。自身のダブルでしょうか」

 2人の会話であれが念能力の産物であるとカストロも理解する。理解できれば混乱も落ち着くというもの。戦闘中に冷静さを失ったことに不甲斐なさを感じるが、後悔は後にして目の前の強敵を睨みつける。

「おやおや。苦戦していますね」
「ええ。かなりの戦士ですよ彼らは」
「1人1人が強いだけでなく、連携も取れているとなると少々厄介ですね」

 自分同士で会話をするという奇妙な光景だが、自己を持った己自身を分裂して増やすことの出来るシャウアプフにとっては別段奇妙でも何でもない。
 分裂した個体が増えれば増えるほど力は分散されるが、それだけ情報量も増えていくというメリットもある。まあ現状では無駄に細かく増えるつもりはシャウアプフにはない。リィーナ達の実力的に分散しすぎると意味がないと判断したのだ。

「さて、まずはその連携とやらから対処してみましょうか」

 そう言ってシャウアプフは2体から3体へと分身の数を増やした。そしてそれぞれがリィーナ達と1対1になるように動き出す。これくらいの数ならば問題はないという判断だ。そしてリィーナ達の最大の利を奪おうという魂胆でもある。

「ちっ! 数の利を削ろうってわけ!?」
「ええ。個々で劣る貴方達の最大の利点、それが数の有利」
「それを奪われた時、貴方達はどう対処するか」
「見させてもらいますよ」

 ビスケの言葉に対して分身がそれぞれ答えを返していく。
 そしてリィーナ達とシャウアプフの分身がそれぞれ対峙したところで、戦闘は再開された。



 リィーナは分身と戦いながらも他の分身たちに注意を向ける。
 シャウアプフの鋭い一撃を自身が回転することで力を受け流し、そして反撃の一撃を叩き込む。その回転の最中にビスケやカストロの戦闘も確認していた。

 ――この手応え。これは念獣? ですが……――

 自身の戦闘に集中しきらずに確認したかったこと。それはどのシャウアプフが本物か、であった。
 これが念獣ならば、倒したところで徒労に終わる可能性もある。もちろん念獣を倒せば相手のイメージ次第ではあるがその念獣はしばらく具現化することは出来なくなる。だが必ずしもそうなるとは限らない。念獣がやられたところで気にもせず再び念獣を具現化する能力者もいないわけではないからだ。正確には念獣を倒されるという強いイメージを与えないと念獣を破壊しにくいと言ったほうが正しいか。
 とにかく、念獣使いを倒すのに手っ取り早いのは本体である能力者を直接倒すのが1番なのは明白だ。なのでこの3体の中のどれが本物かを見分けようとしていたのだが……。

 ――いえ、これはまさか――

「おや? お気づきになりましたか?」

 【麟粉乃愛泉/スピリチュアルメッセージ】にてリィーナのオーラを読み取ったシャウアプフはリィーナが己の能力の一端に気が付いたことを悟る。

「やはり! これは念獣ではなく全てが本物!」

 そう、シャウアプフの分身は本人を模して具現化された念獣ではない。細胞をナノサイズまで分裂させ、それを本体と同じ形、大きさへと集合させたものなのだ。
 リィーナがそれに気付いたのはシャウアプフの力量の変化であった。僅かの間だがこうして戦闘をしていて、先程までよりも戦闘力が下がっているのに気付いたのだ。
 なので最初は目の前のシャウアプフは念獣なのかと思ったのだが、ビスケやカストロと戦うシャウアプフを見てそれも疑念に変わった。

 同じなのだ。どのシャウアプフも、その体から発するオーラ、動き、力強さなどが。
もちろん他のシャウアプフとは接していないので細かくは分からないが、長きに渡って武の道を歩んで来たリィーナの目が、これらの戦闘力がほぼ同等であると見抜いたのだ。
 念獣であるならば本体と完全に同じようには具現化出来ないだろう。具現化系の能力であるならば放出系と操作系が得意系統から離れているはずだ。分身2体を同時に操って本体から離れて戦闘させているのに全てが同等などあるわけがない。
 まあ、制約や誓約の重さによっては全く不可能というわけではないだろうが。

「その通り。全てが本物です。なので、どれかを倒せば残りも消える、などということはありませんよ?」

 ――馬鹿な!――

 シャウアプフの言葉に内心有り得ないと叫ぶリィーナ。
 そう、如何に念能力が超常の能力と言えど、一定の法則はあるのだ。このような全てが本物という分身を作り出すなど到底不可能なはず。

 リィーナの疑問は正しい。強力な能力とはそれなりの制約があって成り立つのだ。シャウアプフの【蠅の王/ベルゼブブ】とて同じだ。
 シャウアプフは【蠅の王/ベルゼブブ】にて細胞をナノサイズまで分解して無数の分身を生み出すことが可能だ。そしてその分身を好きな大きさに集合させてそれぞれが自我を持って行動することが出来る。しかもそれぞれ交信が可能という凶悪な性能を誇る。

 これだけならまさに強すぎる能力だが、やはりデメリットは存在する。
 まず、分裂すればするほど、小さくなればなるほど身体能力もオーラ量も分散する。現在は3体に分かれているので力も相応に落ちているわけだ。

 そして【蠅の王/ベルゼブブ】最大の弱点。それは、核となる本体はどれだけ分裂しても蜂程度の大きさは残さなくてはならないというものだ。
 本体も分裂に応じて能力が低下するので、蜂程度の大きさでは念能力者には文字通り虫けらレベルの力しか持たない存在となる。つまりその状態の本体を見つけ倒せられればそれでシャウアプフは絶命するということだ。

 ――もっとも、現状それは有り得ないですがね――

 もちろんそんな弱点をさらけ出した状態で戦うほどシャウアプフは愚かではない。
 先程はリィーナに対してああ言ったが、実際はリィーナと戦っているシャウアプフこそが本体なのだ。
 どれだけ本体と見た目が同じでも分身は分身だ。本体と比べるとその戦闘力も落ちることになる。今シャウアプフの本体と分身2体が同じ戦闘力なのは、そうなるようにシャウアプフが調節しているためだ。そうすることで全てが本物であると錯覚させているのである。1つだけの本物などないと嘘の情報を植え付けようとしたわけだ。

「ならば全てを倒せばいいだけの話です!」

 リィーナとて敵の言葉を信じたわけではないが、それを見抜くことが出来ない現状では全ての敵を倒すという手段しか思いつかなかった。
 オーラを乗せた踏み込みにより爆発的な速度で近付き、浸透掌にて一気に仕留めようとする。
 だが、掌底がシャウアプフに触れようとするも、その掌には何の手応えも伝わらずに、リィーナの腕がシャウアプフの身体をすり抜けた。

「な!?」

 掌底が腕もろとも敵の身体をすり抜けるという理解不能な現象を目の当たりにしたリィーナの耳に、ビスケの声が響き渡った。

「こいつ念獣じゃない! 分裂して増えてるんだわさ!」

 念獣ではないというのは既に理解していたが、分裂して増えているとは流石に想像の範疇を超えていた。
 眼を凝らして見てみれば、リィーナの腕をすり抜けた箇所は無数の粒子のような物が飛び交っており、それが再び集まって元の形を形成していた。







 リィーナが分身と相対している間にビスケとカストロも同じくそれぞれ分身の1体を相手取っていた。
 そしてその戦いは何時の間にか1対1ではなく、2対2という構図になっていた。それというのもカストロがシャウアプフに圧倒されているのが原因だった。

「なるほど。やはり貴方だけこの場で著しく力が劣るようですね」
「くっ……」

 そう、シャウアプフの指摘通り、カストロはこの3人の中で最も実力が劣っていた。その最たる証拠はカストロの体にある幾つもの傷だろう。1対1となって僅かな間にシャウアプフの猛攻によってここまでのダメージを負ったのだ。
 追い詰められていたカストロを助けたのがビスケだ。彼女も分身の1体を受け持っていたが、やられそうになっているカストロを見捨てるような真似は出来なかった。ビスケの近場までカストロが追い詰められていたというのも手を貸す切っ掛けとなった。

「敵の言葉に耳を向けない。少しでも気を取られたら死ぬわよ!」
「ああ、すまないビスケさん!」

 ビスケの助けにより体勢を立て直したカストロ。負けるものかと虎咬拳の構えを取りシャウアプフと再び相対する。
 2対2となればその戦いは1対1とは全く異なるものとなる。1対1が2つではないのだ。互いのコンビネーションによって実力以上の差が出るだろう。
 そしてビスケとカストロはここしばらくは修行を通じて互いの癖や動きを理解している。コンビネーションという点では申し分ないだろう。
 だが、今回は相手が悪かったとしか言い様がない。

「はっ!」

 カストロの裂帛の気合とともに繰り出された攻撃をシャウアプフが受け止める。そして間断なくビスケがシャウアプフに攻撃を繰り出すが、もう一体のシャウアプフがそれを阻止する。
 カストロの目の前にいるシャウアプフがそのまま反撃してくるが、それを躱し更に攻撃を加えようとするカストロ。
 だが後ろからの突然の衝撃にバランスを崩すこととなる。

「ぐぅっ!?」

 衝撃の正体はもう一体のシャウアプフの攻撃によるものだった。ビスケと戦っているはずのその分身は、後ろを見もせずに的確にカストロへと攻撃を加えてきたのだ。
 まるで背中に目でも付いているかのような攻撃。それもそのはず。分身たちはそれぞれが見ている情報を本体経由で受け取ることが出来るのだ。
 完全に同一の存在によるコンビネーション。それはどれだけ時を積み重ねようと、所詮は他人同士であるビスケとカストロでは越えられない壁であった。

 バランスを崩したカストロに眼前のシャウアプフが追撃を加える。
 強力な蹴りを顔へと放ち、吹き飛ぶ前に腕をつかみ投げ飛ばす。そして投げられた所へ既に向かっていたもう一体の分身が止めの攻撃を放つ。

「させないわよ!」

 それを寸でのところでビスケが防いだ。
 カストロを受け止め、シャウアプフの攻撃を代わりにその身に受ける。
 鍛え抜かれた肉体と凝による防御でダメージを抑えるが、それでも完全には防ぎきれない痛みがビスケを襲う。

「いっ、たいわね!」

 だがその程度で堪えるような柔な鍛え方ならば、リィーナと長年ライバルとして連れ添ってはいない!
 そう気合を込めて、攻撃を受けたとほぼ同時に反撃の一撃を放つ。まさか攻撃を受けても怯みもせずに即座に反撃が来るとは思っていなかったシャウアプフ。

 僅かに驚きの表情へと変化するが、それもすぐにいつもの涼しげな笑みへと戻った。
いや、嘲笑と言ったほうがいいだろうか。

「んな!?」

 ビスケの豪腕から繰り出された攻撃はシャウアプフに届いた。
 だが、その強力無比な攻撃がシャウアプフにダメージを与えることはなかった。
 突き抜けたのだ。ビスケの太い腕がそのままシャウアプフの身体を通過していた。しかしそこに手応えはない。
 そこでビスケは見た。通過している付近のシャウアプフの身体から細かな粒子が湧き出ているのを。
 そして腕を透過させながら身体をずらしたシャウアプフは再度粒子を集めて身体を再構成した。

「こいつ念獣じゃない! 分裂して増えてるんだわさ!」

 それらを見てビスケはシャウアプフの能力の一端を見抜いた。
 どのような理屈かはさておき、シャウアプフは自身と同一の存在を具現化しているのではなく、自身そのものを分裂させて3体に増えているのだ、と。

 少し離れた位置にいるリィーナもビスケのその言葉で気付いた。
 シャウアプフの能力が完全に分散しているのも、具現化系による念獣ではなく細胞を分裂させて作り出した分身となればそれも納得出来る。
 分身を作れば作るほどオーラと身体能力もそれに応じて低くなるのは道理だ。

 だが能力が分かれば対処出来るというわけではない。少なくともリィーナとビスケには手持ちの能力でシャウアプフを倒す手段は思いつかなかった。
 2人の攻撃の主体は合気と打撃。どちらも分裂されてしまえば効果はないものだ。能力に置いても現状打破出来る物はなかった。3体に分裂していてもシャウアプフの顕在オーラはリィーナよりもまだ上なのだ。これではオーラを吸収することも出来ない。
 詰みである。2人では【蠅の王/ベルゼブブ】の弱点を見抜かない限りシャウアプフに勝つことは限りなく不可能に近いだろう。

 そう、リィーナとビスケの2人では、だ。

「カストロさん!」
「はい!」

 リィーナの叫びにカストロが応える。
 そして自らを吹き飛ばした相手にまたも虎咬拳による攻撃を仕掛けた。それを見てシャウアプフはさらに嘲笑する。
 物理攻撃は意味がないと理解出来なかったのだろうか、と。ならば今一度見せてやろうとあえてその一撃をその身に受ける。
 だが、それは最大の悪手であった。

「【邪王炎殺虎咬拳】!」
「なっ!?」

 能力発動とともにカストロの両手に漆黒の炎が灯る。鋭い斬撃のような攻撃とともに繰り出されたそれはシャウアプフの分身の肉体をいとも容易く切り裂き焼き滅ぼしていった。
 如何に細胞を粒子レベルまで分裂することが出来る能力であろうと、細胞そのものを焼かれては防ぎようがなかった。

「ぐ、ぅうっ!?」
「これは!?」
「黒い、炎!?」

 まさかオーラを炎に変えて攻撃してくるとは思ってもいなかったシャウアプフ。ここら辺が経験のなさ故の限界だろう。
 正直シャウアプフはカストロを侮っていた。3人の敵の中で最も未熟な敵だと。それがまさか最も恐ろしい敵に化けようとは思ってもいなかったことだった。
 そのことに驚愕するが、3分の1の分身が焼き滅ぼされるのを良しとするわけもなく直様カストロを殺す為に動き出す。
 だが、シャウアプフが天敵とも言える存在を良しとしないならば、リィーナ達がカストロを殺されるのを良しとするわけもなかった。

「邪魔は!」
「させないわよ!」

『くっ!』

 カストロへと攻撃を加えようとした2体のシャウアプフをそれぞれリィーナとビスケが食い止める。
 純粋な身体能力で劣ろうとも圧倒的な経験を持つ2人だ。如何に強大とはいえ3体にまで分身したシャウアプフ相手ならば相性が悪くとも、勝てはせずとも負けもしない。
 分裂という能力によりまともにダメージを与えられないが、抑えるくらいならどうとでも出来た。

「ぐぅ、こ、これはマズイですね……!」

 リィーナ達が2体のシャウアプフを抑えている間に暗黒の炎で細胞を焼き滅ぼされていくもう一人のシャウアプフ。
 完全に誤算であった。まさかこの能力にダメージを与える能力の持ち主がいるとは想像していなかったのだ。このままでは肉体の3分の1を失ってしまう。時間を掛ければ元に戻ることは出来るが、この戦闘中には不可能だ。そしてそれは戦闘力の激減を意味する。

「仕方ありませんか……!」

 暗黒の炎に燃やされていた分身がその言葉とともに弾け飛んだ。いや、粒子レベルまで分裂したようだ。その際に一部の細胞が燃え尽きるが、それを厭わずに全細胞が1つに集中する。そう、全細胞が、だ。
 残りの2体のシャウアプフも同様に1つに集まったのだ。そうして現れたのは完全体へと戻ったシャウアプフだった。

「……どうやら完全に1つに戻ったようですね」

 そう。シャウアプフは今のリィーナ達を相手に分身を作ることを愚行と判断したのだ。中途半端な戦闘力ではリィーナ達を殺すことは出来ないばかりか、カストロの炎によって細胞を焼かれてしまい己の死期を早めるだけ。それならば完全体へと戻り、圧倒的な戦闘力で敵を殲滅したほうがいい。

「好都合じゃない。こいつを倒せばそれで終わりってことでしょ」
「ええ。恐らく分身はもう作ることはないでしょう。そのようなことをすれば――」
「――私が燃やし尽くすのみです」

 リィーナ達もシャウアプフが分身を作り無駄に戦力を消費するようなことはしないだろうと推測は出来ていた。ここまで来れば後は自分たちの連携が勝つか、敵の戦闘力が勝つかの勝負である。

「それでは……行きますよ」

 そう言ってシャウアプフは今までとは段違いの速度でリィーナに接近した。
 鋭い手刀を振るいリィーナを貫こうとするが、それを寸でのところで避け、柔にてシャウアプフを投げ飛ばす。だがシャウアプフは飛翔することでそれを回避した。背中の羽は飾りではないのだ。
 そうして空中にてバランスを取ったシャウアプフがリィーナを蹴り飛ばす。
 ガードは間に合ったが、予想以上の威力にリィーナは勢い良く吹き飛び木に叩きつけられた。

「こんの!」

 ビスケが丸太のような腕から繰り出した強烈な一撃を叩き込もうとするが、それも空中を素早く移動することで避けられる。
 そのままビスケを狙って大地に急降下してきたシャウアプフにタイミングを合わせてカストロが攻撃を振るうが、その一撃はシャウアプフの腕のひと振りによって弾かれてしまった。

「ば、馬鹿な!?」

 今まで通用していた【邪王炎殺拳】が防がれる。これはシャウアプフが本来の力に戻ったためである。
 身体能力、オーラ量、共に先程までとは大幅に上がっており、カストロの炎ではダメージを与えられなかったのだ。
 いや、まともに当たれば多少のダメージはあるだろうが、あのようにオーラを籠めて防御されてはその限りではない。

「ふっ!」
「ぐふぅっ!!」

 渾身の一撃を弾かれ動揺したカストロ。その隙を突いてシャウアプフの攻撃がカストロの腹部に突き刺さる。
 咄嗟に堅をしたことでダメージは抑えられたが、それでも肋骨の幾つかが折れた音をカストロは聞いた。

 動きが鈍ったカストロに止めを刺そうと追撃を加えようとするシャウアプフだが、ビスケが割って入った為にそうはいかなかった。
 ビスケが大量のオーラを乗せた右拳を振るうが、シャウアプフはビスケの半分の太さもないような細腕でその豪腕を受け止める。

「くっ!」

 その巨体には似つかわしくない動きでシャウアプフを攻め立てるビスケ。だが、同じくその細身には似つかわしくない力でそれをねじ伏せるシャウアプフ。
 技術では完全にビスケが優っている。だが、他の全てでシャウアプフが優っていた。純粋な肉体とオーラの性能のみでビスケを圧倒しているのだ。

「っ!?」

 やがて攻守が反転し、シャウアプフに攻め立てられるようになったビスケ。嵐のような攻撃を磨いた技術で捌くが、それでも徐々に追い詰められていく。
 そしてとうとう鉄壁の防御を越えてビスケの肉体にシャウアプフの攻撃が届いた。力で技術を突き破ったのである。

「ぐ、うぅっ!」

 鍛え抜いた肉体とオーラを越えて確実なダメージを刻まれる。そしてシャウアプフの攻撃は一向に止む気配はなく、むしろその勢いはさらに増していた。
 反撃などする暇もない、こうして凌ぐのが精一杯だ。いや、このままではいずれ凌ぎきれずに猛攻に曝されるだろう。
 1対1だったならば、だが。

「させません!」

 何時の間にか、ビスケの横にはリィーナの姿があり、ビスケをサポートするように動きを合わせていた。
 シャウアプフの猛攻を2人で捌き、徐々に徐々に押し返していく。2人の動きはまるで意思を統一したかのように合っていた。
 長きに渡り好敵手として幾度と力を比べ、友となって寝食を共にした仲だ。息を合わせたコンビネーションに置いては右に出る者達も少ないだろう。

 それでも。世界でもトップクラスの実力者が力を合わせても、王直属護衛軍の一角を攻めきることは出来なかった。

「これは……」
「こいつ、本当に致命的に相性が悪いわね!」

 2人の攻撃は確実にシャウアプフに届いていた。2人のコンビネーションはシャウアプフの身体能力を超え、その身に少なくない攻撃を叩き込んでいたのだ。
 だが、やはりというべきか、その攻撃は殆ど意味をなさないでいた。如何に無闇に分身を作らなくなったとはいえ、その能力が消えてなくなったわけではない。
 全身の細胞を粒子化することが出来る相手に、打撃や合気で攻撃を加えたところでどうなるというのか。
 殴られた場所だけ粒子化し、掴まれた場所だけ粒子化する。それだけでリィーナ達の攻撃は無力化されてしまった。

 ――やはり!――
 ――あれしか!――

 決定打は1つしかない。2人は同時にその結論に至る。
 いや、もう1体も同じ結論に至っていた。そしてその場の誰よりも早くに……シャウアプフは己の天敵を滅ぼしに動いた。

 シャウアプフは突如としてその場から飛び上がり、凄まじい速度を持ってカストロの元へと飛翔する。

「しまった!」
「待ちなさい!」

 シャウアプフ最大の天敵。それは当然のごとく細胞そのものを焼き滅ぼす能力を持ったカストロに他ならない。
 何せこの戦闘中にまともにダメージを食らったのはカストロからの攻撃のみなのだ。如何に完全体に戻ったとはいえ、カストロのみがシャウアプフにダメージを与えたのには変わりはない。
 ならばここで止めを刺せば勝利は確実なものになるだろう。

 カストロは既に十全な動きを発揮出来ないほどに傷つき消耗している。そしてリィーナとビスケは先の戦闘でカストロからは僅か十数メートル程だが離れていた。
 速度はシャウアプフが勝っている。もはや邪魔が入るはずもない。シャウアプフは確実にカストロを殺せる状況を作り上げたのだ。

 ――ここでこの男を殺せば私の勝利は揺るぎません――

 そうして勝利を確信したシャウアプフは妙な物を目にした。
 傷つき消耗したはずのカストロが、オーラを四方八方に放っているのだ。
 その一見意味のない行動に疑問を覚えるシャウアプフ。傷付いているのならば、消耗しているのならば、体力やオーラを温存するのが当然だ。
 だというのにカストロは真逆のことをしている。意味がないどころか、自身を追い込んでいるだけだ。

 何かの罠か? そう思い僅かに思い止まるが、後ろから迫ってくる面倒な2人の気配を感じて疑念は頭の隅へと追いやった。
 ここでカストロを仕留めておかねば確実な勝利から僅かな敗北の芽が出てしまうのだ。後ろの2人は【蠅の王/ベルゼブブ】がなければ苦戦どころか敗北する可能性がある程の強者。そこに天敵となる能力を持つ男を加えるとどうなるかは分からないのだ。

 ――ここで確実に殺す!――

 逡巡を振り払い、再び攻撃する為にカストロに飛びかかろうとして……シャウアプフは必死にその身を上空へと逃がした。
 そうしてシャウアプフが飛び上がった真下の大地。数瞬前までシャウアプフがいた場所を、漆黒の炎虎が通り過ぎていった。
 触れなくても感じるその熱量。見ただけで理解出来る莫大なオーラ。圧倒的な破壊力を感じさせる圧力。強大な力の持ち主、王直属護衛軍であるシャウアプフに死をイメージさせるほどの力の塊であった。

「これほどとは……」

 相手を強敵を認めつつも、何処かで所詮は人間と蔑んでいたシャウアプフは、カストロが放った先の一撃を見て人間に対する認識を再度改め直した。
 まさかこれほどの一撃を放ってくるとは予想だにしていなかった。この戦闘中、幾度も予想を超えられたが、その中でも一等驚異を感じた一撃であった。

 だが、どれほど強大な一撃であろうと当たらなければ意味はない。そして消耗しきっていたカストロが先の一撃と同じ威力の攻撃を放てるとはシャウアプフには思えなかった。
 そうして致死的な一撃を避けることが出来たシャウアプフは安堵して炎虎の行く末を見る。するとそこで今まで以上に驚愕する場面を目にすることとなった。
 いや、ここからシャウアプフは驚愕しか出来なかった。

 カストロが放った起死回生を思わせる攻撃、【邪王炎殺虎咬砲】はシャウアプフに掠ることもなくそのまま直進した。
 そして直進した先には、カストロを助けようと駆けていたリィーナとビスケの姿があった。
 このままでは炎虎は2人に直撃するだろう。そうなれば面白いとシャウアプフは思うが、その裏ではそうはならないとも理解していた。
 あの2人は人間の身で自身と渡り合えているのだ。如何に威力があろうとも、直進してくるだけの攻撃など躱すのは容易いだろう、と。

 だが、結果はシャウアプフの想像を遥かに超えていた。
 シャウアプフですら受ければ相応のダメージを負うだろうという攻撃を前に、2人の内の1人、リィーナが躍り出たのだ。
 何を考えているのか? まさかとち狂いでもしたのか? 疑問に包まれるシャウアプフに、さらに信じがたい光景が映った。

 あの莫大な威力を誇るであろう炎虎を、それを遥かに上回るオーラが籠められた拳で殴り返したのだ。
 シャウアプフをして信じがたい光景。あの拳に籠められた顕在オーラはシャウアプフのそれすら凌駕していただろう。
 それもそのはず。シャウアプフは知りもしないが、リィーナは拳に【貴婦人の手袋/ブラックローズ&ホワイトローズシャーリンググローブ】にて吸収していたカストロのオーラの大半を注ぎ込んでいたのだ。

 その圧倒的な一撃にて炎虎は弾き返された。まさか己に向って来るのではと一瞬危惧するシャウアプフだが、拍子抜けするかの如く炎虎はシャウアプフではなく……炎虎を放ったカストロ本人へと向かっていった。
 そしてそのままカストロは……炎虎の炎に包まれていった。

「……貴方達は、何をしたいのですか?」

 あまりにあまりの光景に思わずそう問い掛けるシャウアプフ。
 味方同士で攻撃を撃ち合うという意味の分からない結果に唖然とするも、これで厄介な敵がいなくなったと思えば心象も変わる。
 燃え尽きようとしているカストロを眺めながら悦に浸るシャウアプフ。カストロが漆黒の劫火に焼かれながら崩れ落ちる様を見ながら――。

「――崩れ……な、に?」

 漆黒の劫火に包まれたカストロ。だが、シャウアプフの予想に反してカストロはしっかりと二の足で大地を踏みしめ立っていた。

「こぉぉぉぉぉっ!!」

 そして気合一閃。息吹と共にオーラを安定させ、闘志を瞳に乗せてシャウアプフを睨みつける。
 満身創痍、疲労困憊とは思えないほどのオーラを纏うカストロ。しかもそのオーラは何故か漆黒に染まっていた。先程までのオーラは何だったのかと言いたくなるその圧倒的なオーラにシャウアプフは僅かに、だが確かに気圧された。

「な、なんだというのですか……!?」

 目の前で起こった数々の驚愕な一連の出来事に動揺を隠せないシャウアプフ。
 そして、そんなシャウアプフが落ち着くのをカストロが待つわけがなかった。

「はぁっ!」

 爆発的に膨れ上がったオーラを惜しみなく使い空中へと跳び上がるカストロ。
 その速度は動揺したシャウアプフの隙を突くには十分過ぎるほどだった。

「【邪王炎殺虎咬拳】!!」
「ぐぅっぁぁ!」

 叩き込まれたのはカストロの流派、虎咬拳による一撃。
 虎の牙を模したその一撃は漆黒の炎によって強化され、シャウアプフのオーラを突き破って確実なダメージを与えた。

 ――ば、馬鹿な!? 先程とは威力も速度も違いすぎる!――

 そのあまりの威力にシャウアプフは驚愕する。
 全ての細胞を集合させたシャウアプフはカストロが放った同様の一撃を確かに防いだはずだった。ほんの少し前、僅か数分前の出来事だ、忘れるわけがない。だというのに、ほんの数分でこの変わりようだ。驚愕せざるを得ないだろう。

 この劇的なパワーアップには先程の妙な一連の行動が関わっているのだとシャウアプフは確信した。そしてそれは間違ってはない。これこそカストロの切り札中の切り札、【邪王炎殺虎咬砲】に隠された最大の奥義なのだから。
 厳しい使用条件を満たしてようやく発動する能力。制約と誓約により、今のカストロは時間制限の間ならば王直属護衛軍に匹敵する力を手に入れることが出来たのだ。

「ふっ!」
「が、あぁぁっ!」

 猛虎の連撃がシャウアプフを宙から大地へと叩き付ける。大地に倒れ伏したシャウアプフは身体を苛む痛みを無視して空中へと飛び上がろうとした。

 ――一刻も早くこの男から離れなければ!――

 恥も外聞もなくシャウアプフはカストロから遠ざかろうとしていた。
 それも仕方ないと言えるだろう。今シャウアプフは確実に追い詰められているのだから。物理的なダメージのほとんどを無効化することが出来るシャウアプフ。だがその弱点はもう理解出来ている通り炎だ。
 いや、炎以外でも細胞を滅することが出来る種類の攻撃ならばシャウアプフはダメージを負ってしまう。

 ともかく、攻防ともに劇的にパワーアップしたカストロはシャウアプフの防御を確実に越えてダメージを与えることが出来る。それは攻撃すれば攻撃するほどシャウアプフの細胞を、ひいては肉体を削り取れるということだ。
 そうなればシャウアプフはどんどんと弱体化していくだろう。肉体を構成する細胞が減少すれば弱体化するのは当然のことだ。

 最後にはろくな抵抗も出来ずに殺されるだろう。そうなるわけにはいかなかった。
 生きて王に仕えなければ。いや、王の為に死ぬことは至上の喜びだが、敵を誰1人倒せていない現状で死んではただの犬死だ。

 ――そうなるわけにはいかないのです!――

 幸い厄介な敵は未だ空中にいる。いくら強くなろうとも所詮は羽もない人だ。空中で軌道を変えることなど出来はしない。重力という法則に縛られ大地に落ちるのを待つしか出来ないだろう。その間に自分は追って来られない程の高さまで飛翔する。
 逃げるわけではない。一時的に離れるだけだ。このような力が何時までも持つわけがない。必ず何らかの制限があるはずだ。その時を待てば!

 そう考えるシャウアプフ。
 だが、それを許さぬ者達がいるということをシャウアプフは失念してしまっていた。

「申し訳ありませんが――」
「――1対1の試合じゃないのよ、ね!」

 大地を蹴り上げ跳び上がり、背の羽を羽ばたかせて飛翔しようとしたシャウアプフを押しとどめたのは当然リィーナとビスケだ。
 脅威的なパワーアップを成し遂げたカストロばかりに意識を向けて背後から迫る2人に気付かなかったシャウアプフ。
 これが試合や決闘ならばシャウアプフは圧倒的な差でカストロに勝利していただろう。だが、これはルールなどない殺し合いなのだ。
 人と蟻の生存戦争。そこには情けも容赦もない。そのようなものを持ち出してしまえば、滅びるのは己なのだから。

「じゃ、邪魔をっ……!」

 2人の攻撃によって羽を損傷したシャウアプフは空中でバランスを崩してしまう。
 すぐさま細胞を集めて羽を再構成しようとするが、その度に攻撃を受けて細胞を散らされてしまっていた。

「逃がさん! 【邪王炎殺煉獄焦】!!」

 大地に降り立ったカストロはシャウアプフへと接近し、両手にオーラを集中させ高速の連撃を繰り出す。その両爪はシャウアプフの肉体を容易く削り取り、纏った炎は削り取った肉体を焼滅させていく。
 連撃を防ごうにもリィーナとビスケがシャウアプフの動きを阻害するよう攻撃をしているため防御もままならない。

「が、あああああっっ!?」

 肩から袈裟斬りのように引き裂かれ、脇腹を抉られ内部を焼かれ、顔を両の爪に挟まれ砕かれる。細胞1つ1つが意思を持ち生きているシャウアプフを殺す為に、苛烈とも言える攻撃を叩き込み続けるカストロ。逃げることも防ぐことも避けることも出来ず、シャウアプフは断末魔の叫びを上げる。
 ここに完全に勝敗は決した。未だ生き延びているが、大半の細胞を焼かれその戦闘力のほとんどを失ったシャウアプフに逆転の目はなかった。



 どれだけの攻撃を打ち込んだか。既にシャウアプフはその原型を留めてはいなかった。大地に崩れ落ちるシャウアプフの残骸。その残骸に、完全なる止めとしてカストロは炎を放った。

「……終わったかしら?」

 黒く焦げた大地を見やりビスケが呟く。
 同じく大地を見つめていたリィーナがそれに応えた。

「どうやら……そのようですね」
「はあ、しんどかった。正直1人ならヤバかった敵だったわさ」
「そうですね。あのような能力があろうとは。細胞ごとに分化出来るなど流石に想像を逸していましたよ」

 リィーナの言う通り、シャウアプフの能力は常識では計れない能力だ。人間だとあのような能力を作ることは出来ないだろう。キメラアントだからこその、そしてその中でもさらに特異な念能力と言えよう。

「はあ、はあ、ぐ、うぅ……」
「カストロさん!」

 膝をつき、息を荒げるカストロ。その身に纏うオーラはなくなり強制的に絶の状態となっていた。これは【邪王炎殺虎咬砲】の効果が切れたことを意味している。
 オーラの増幅によって傷ついた肉体を無理矢理動かしていたのだ。その効果が切れた今、肉体のダメージと疲労が一気にカストロに襲いかかっていた。

「も、申し訳、ありません……これ以上は……お、お役には、立てないようです……」

 息も途切れ途切れに己の不甲斐なさを語る。
 幾度も助けられ、力を借りてようやく敵を倒すことが出来た。
 だが敵はまだいるのだ。それもより強大な敵が。だというのにこの体たらく。己の弱さに歯噛みする思いだった。

「カストロさん、貴方なくして先の勝利はありませんでした。己を卑下することはありません。今はそこで休んでいなさい」
「そうよ。正直あたし達じゃ相性悪かった敵だったしね。それでそんなこと言われちゃあたし達の立つ瀬がないわさ」
「では……お言葉に甘えさせて、いただく……」

 2人の言葉に安堵し、カストロは一時の眠りにつく。さらに強くなることを胸に誓いながら。







 カストロが眠りにつき、リィーナとビスケがいなくなった戦場跡。
 その中で、炎に焼かれ黒く焦げた大地が僅かに盛り上がった。

「く、はぁっ! はぁっ!」

 そして盛り上がった大地から何かが現れた。
 大地から出てきたのは小さな、蜂ほどの大きさの存在だ。
 多少のデフォルメは見られるも、それはシャウアプフにそっくりな虫だった。

「ふ、ふふ、ぐ、うう……ふ、ふふふふ、ど、どうやら、賭けには勝ったようですね……」

 いや、シャウアプフにそっくりな虫ではない。それはシャウアプフそのものだった。
 焼き滅ぼされたはずのシャウアプフが何故このような姿とはいえ生きているのか?
 それはカストロによって止めを刺される直前に、シャウアプフの残骸が大地に崩れ落ちたことから始まる。

 あの時シャウアプフは殆ど死に体であった。だがそれはダメージを受けすぎたためではない、最後の最後に生き延びる為に力を蓄えていたからだ。
 逃げることも防ぐことも避けることも出来なかったシャウアプフは生き延びる為に必死に足掻いていた。攻撃を受けながらも体内で本体を蜂サイズにしてそこにオーラを出来るだけ蓄える。そして残骸が大地に崩れ落ちると同時に残骸から抜け出て大地に潜り込んだのだ。

 残骸を燃やし尽くした炎によって大地が熱せられ、蜂サイズでしかない本体も大ダメージを受けたが、それでもオーラを蓄えていたおかげで何とか生き延びることが出来た。
 もはやオーラも尽きかけ本体も満身創痍だが、それでも生き延びることが出来ればいい。生き延びさえすれば王の為に働くことが出来るのだから。

 人間を侮り敗北した己を恥じ、王の命令を果たせなかったことを不甲斐なく思う。
 後悔は大きく、今ここで叫んで泣き喚きたい気持ちで溢れかえっている。
 それでも、そうするわけにはいかない。そんなことをしてせっかく生き延びたのにバレてしまっては意味がないのだ。
 王に己の敗北と罪を告げ、それで罰せられて死ぬのならそれでもいい。だが、それまでは生き延びねばならない!

 そう決意して、ふと視線がカストロへと向いたシャウアプフ。
 自身に敗北を刻む最大の原因となった憎むべき敵の姿だ。今は何も警戒することなく眠りについていた。無理もない。あれだけの力を振るったのだ、消耗も激しかったのだろう。

「傷つき、ボロボロですねぇ……」

 横たわるカストロを見てシャウアプフは笑みを浮かべる。
 自身も力の大半を失っているが、こうして無防備に眠る人間を殺すことは容易い。
 小さな身体を利用して口から内部に入り込み、中から肉体を喰らって殺してやろう。そうすれば多少は回復も早まるだろう。これ程の栄養溢れる人間も珍しいのだから。

「ふふふ、私をここまで消耗させたからには苦しみもがかせながらゆっくりと殺したいところですが……。それでバレても困りますからね。肺を喰い破り、心臓を喰らってすぐに殺してさしあげますよ」

 いざカストロの内部へ飛び込もうとしていたシャウアプフ。だが、突如としてその体が動かなくなった。
 信じられない。そんな思いがシャウアプフの中を駆け巡る。そしてゆっくりと背後に振り返るが、現実は非情だった。
 そこには、冷酷な瞳でシャウアプフを指でつまんで睨みつけるリィーナの姿があった。

「き、気付いて、いたというのですか……?」
「いえ、気付いたのは先程ですよ」

 そう、リィーナは地面に隠れ潜んでいたシャウアプフに気付いてはいなかった。
 流石のリィーナもオーラの炎によって焼かれていた大地の下にいる小さな気配とオーラを察することは難しかったようだ。
 だが、その後の気配は別だ。命を長らえ、敵が見当たらず、天敵は傷つき倒れ伏している。そんなシャウアプフが悦と共に発した僅かな殺気は鋭敏なリィーナに感知されたのだ。
 愛弟子の近くに突如出現した不穏な気配に全力で駆けつけると、そこには死んだはずのシャウアプフがカストロを殺すために動こうとしていたわけだ。

 そうしてそれを阻止する為に蜂サイズのシャウアプフを掴み取ったのだが、そこでリィーナはシャウアプフの焦燥を感じ取った。

 ――この状況でこの焦り。掴まれても分裂して逃げることは容易のはず――

「……なるほど。どうやら本体はこれ以上分裂は出来ないのですね?」
「っ!?」

 最も知られてはならない弱点を知られてしまいさらに焦燥する様を見て、それが正解だったとリィーナは確信した。
 ならばこの状況でリィーナのすることはたった1つだ。

「や――」
「聞く耳持ちません」

 シャウアプフが何かを叫ぼうとするも、リィーナは無慈悲にシャウアプフを潰した。断末魔の悲鳴を上げることすら出来ずにシャウアプフは潰れ死んだ。
 完全にシャウアプフの意思が消えたことを確認し、確実に倒したことを確信する。
 そして未だ眠り続けるカストロを見て僅かに微笑み、踵を返してリィーナはその場から立ち去った。









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