どうしてこうなった?   作:とんぱ

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 ※本編の後日談となりますが、蛇足と思われる方もいらっしゃると思います。そういった方はそっとBackすることをお勧めします。



後日談
後日談その1 ※


 入院してから1ヶ月以上が経った。

 ようやく退院出来たが、まだ完全復活というわけにはいかないな。身体が鈍っているのもあるけど、退院出来たというだけで傷が完治したわけではないからな。恐らく完治にはまだ1ヶ月くらいは掛かるだろう。それ程の重体だったんだ。

 

 残念なのはシオンの結婚式に行けなかったことか。確か5月に予定していたはず。もうとうに過ぎているからな。ゴン達はそのことについて何も言わなかったけど、私を気遣ってくれていたんだろう。

 

 ……さて。完治していなくてもこれだけ治っていれば十分だ。

 出歩けるようなら問題はないからね。私の最後のけじめをつけるには……。

 

 ごめんね皆。もしかしたらもう会えないかもしれない。

 でも、もうやらなければならないことは終わったんだ。

 だったらあの人にも話さなくては。……ドミニクさんにも、ゴン達にした話を。

 

 前世の話をする。これは意図してかそれとも無意識にか、私がドミニクさんに話すことはなかった。

 恐らく、この話をするとドミニクさんの怒りは完全に振り切れるだろう。当たり前だ。生まれて来た不気味な赤子のせいで最愛の妻が死んだだけでも怒り狂うには十分だろう。だというのに、その赤子が前世で作った能力が原因と知れば……。

 

 母体が持たず命を落としたとしても、生まれた赤子に罪はないと言えるだろう。しかし、この場合は明らかにその赤子に原因があるのだ。

 例え私が意図して母さんを害したわけではなくても、それで納得出来るようならあの時ドミニクさんは私を捨ててはいなかっただろう。

 

 もしかしたら私は殺されるかもしれない。でも、これは受け入れようと思う。

 もうやり残したことはない。ネテロとも戦った。男には戻れないと分かった。ネテロの敵も倒せた。ゴン達にも秘密を打ち明けて、受け入れてもらえた。

 もう十分だろう。元々100年以上生きていた上に、一度死んでいるんだ。前世は念能力に縛られた人生だったけど、楽しかった記憶に嘘はない。

 唯一……母さんの言葉を破ることになるのが心苦しい。でもごめんね母さん。これだけは言わなくちゃいけないんだ。本当なら母さんにも言わなきゃいけなかったけど、あの時は勇気がなくてごめんなさい。あの世で会えたらいっぱい謝るから。だから、その時はいっぱい叱ってほしいな。

 

 ゴン達には書置きを残しておこう。黙って行って悪いけど、言ったら絶対付いてくるしね。そしたらドミニクさんとどうなることか……。容易に想像出来るな。

 キメラアントの時と同じことをしてごめんね。これが最後だからさ……。

 

 もし……本当にもし、ドミニクさんが許してくれたら……。その時は何かゴン達に埋め合わせをしよう。あとリィーナにも。私の入院費リィーナが払ってるし。……ドミニクさんに会う前にリィーナの口座に振り込んでおこう。

 おっと、レオリオさんに貰ったお守りを置いていかねば。レオリオさんには悪いけど、これで居場所がバレたら意味がない。

 

 それじゃ、お世話になりました。無事退院させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 しばらく旅をしてようやくアームストルに到着。そのまま即座にドミニクさんの屋敷に行く。

 以前と変わらず大きな門に大きな庭だ。庭の犬も健在の様子。

 屋敷から伝わる雰囲気からして特に変わったことは起きてないようだ。マフィアなんてしてると何時死ぬかも分からないからなぁ。

 ……ハンターも然して変わらないかな?

 

 そういえば、“死者への往復葉書”はちゃんと効力を発揮したのだろうか?

 あれで母さんと手紙の上でやり取りが出来るなら、死ぬ前に一度だけ使わせてほしい。本当の母さんにも色々と言わなくちゃいけないことがあるからね。主に謝罪と感謝だけど。

 

 さて、意を決してインターホンを押す。

 すぐにインターホンから声が聞こえてきた。押して数秒でこの反応。管理が行き届いているなぁ。

 

『はい、当家に何用で……あ! お嬢様! お帰りになられたのですか!』

 

 おいちょっと待て。なんだその対応は? お嬢様? あなた達私を毛嫌いしてなかったっけ?

 

「えっと、ドミニクさんはいらっしゃいますか?」

『ええ、ボスはご在宅です。すぐにボスに伝えて参ります。あと、迎えの者を寄越しますので少々お待ちください!』

 

 なんだこれ? え? どうなってんの? ちょっと意味わからないんですけど!?

 いや、え? マジでどういうことなの? 今までと全然態度が違うよ?

 いかん。混乱している。今メルエムと戦えば1秒で負ける自信があるぞ?

 

 混乱している内に黒服さんが大勢出てきて私を迎え入れた。

 

『お嬢様! お帰りなさいませ!』

 

 迎え入れてのこの一声である。何人もの強面黒服が一同に礼をする。

 私の困惑に拍車がかかった。わけがわからないよ。

 

「え、ええ。あの、ドミニクさんは……」

「自室にてお待ちになっております。どうぞこちらへ」

 

 めっちゃ紳士的にエスコートされた。以前あった警戒は欠片も見当たらない。

 私は訳も分からずされるがままに連れられていく。もうどうにでもなーれ。

 

 

 

「どうぞ中へお入りください。ボスがお待ちです」

「はあ、し、失礼します……」

 

 中に入るとドミニクさんが私を待っていた。

 周りには護衛の人がいない。前に私1人で来た時はいたのに……。信用されているということだろうか?

 ……それでも今からする話を聞いたらそのなけなしの信用もなくなるだろうな。

 

「ふん、やっと来たか。もっと早く来るかと思っていたがな」

「えっと……どうしてですか?」

「……あの葉書がどうだったか知りたくなかったのか?」

 

 ああ、いやそれはすごく気になります。

 話をする前にそれだけは聞いておこう。

 

「すごく気になります。あの……どうでしたか?」

「ふん。その割には来るのが遅かったじゃないか」

「す、すいません。外せない用もあって……あと、しばらく入院していた――」

「なに!?」

 

 うわっ!? いきなりソファーから立ち上がって凄い剣幕で睨みつけてきた。ど、どうしたんだろう?

 

「入院だと? 何があった? 事故か? それとも病気か?」

「えっと、ちょっと、いえ、かなり強い敵と戦いまして、それでその、怪我をして……」

 

 かなり、でも足りないな。滅茶苦茶強すぎる敵だな。

 ……本当によく勝てたな私。もう一度やって勝てるとは思えんぞ?

 

「……怪我はもう治ったのか?」

「ええ。こうして出歩けるくらいには」

 

 ……もしかして、心配してくれているのかな?

 こうして細かく色々と聞いてくれているんだ。そう、思ってもいいのかな?

 ……駄目だ駄目だ! そんな風に思うと余計に言い出せなくなる! 甘い考えは捨てるんだアイシャ!

 

「……ふん、ミシャに貰った体を不用意に傷つけるな。いいな!」

「は、はい! 出来るだけ気をつけます!」

 

 ん? なんだか周りの黒服さん達がドミニクさんを見て微笑んでいるような……。

 

「おい、何がおかしい貴様ら……?」

『い、いえ! 何でもありませんボス!』

「とっとと持ち場に戻れ!」

『はい!!』

 

 一瞬にして黒服さん達は部屋から逃げていった。

 あ、ドミニクさんの顔が少し赤くなってる。なんだか可愛いな。これが母さんが好きになった一面なのかもしれない。

 

「全く……まあいい。葉書に関してだったな」

「は、はい」

「……あれは確かに死んだミシャから返事が返って来た」

 

 ああ……良かった。グリードアイランドの賞品だから効力は確かだろうけど、やっぱり話を聞くと安心する。

 そうか……ドミニクさんは母さんと手紙の上でも話が出来たのか……。羨ましいな。

 

「あの、1枚だけ“死者への往復葉書”を譲ってくれませんか! わ、私も母さんと、一度だけでも話を……」

「……駄目だ」

 

 その言葉に肩を落とす……そうか、いや、そうだよな。

 大切な人とやり取り出来る貴重な葉書なんだ。1枚足りとて無駄には出来ないよね……。

 

「それで。お前の用はそれだけか?」

「っ! ……いえ、重要な話が、あります」

 

 そう、重要な話だ。母さんに何も言えなかったのは辛いけど、仕方ない。

 過去の過ちを話し、裁いてもらおう。一番その権利があるドミニクさんに。

 

「ドミニクさんに話していなかったこと、残りの全てをお話します……」

 

 

 

「以上です……」

「…………」

 

 前世のこと、そして念能力による転生を話し、全てを聞いたドミニクさんの反応は無言だった。

 意外だと思う。もっと激昂してすぐにでも私を殺すのかと思っていた。

 それとも内心で静かに殺意を高めているんだろうか。いや、そんな気配はないけど……。

 

「……なるほどな。道理で生まれた時からオーラを操ってたわけだ。部下の話を聞いた時はただ不気味に思っていただけだったが、自分で念能力者になってより疑問に思ってた。どうやって赤ん坊の時にオーラを操れていたんだ、てな」

 

「はい。全ては前世の経験です」

「あの武神リュウショウが前世とはな。世の中分からないもんだ。……どうして最初に会った時にそれを言わなかった?」

「……逃げていただけです。それを話したら、もう本当に許してもらえないんじゃないかって」

 

 それが答えだろう。もしかしたら許してもらえるんじゃないかって甘えた考えをしてたんだ。前世のことまで話さなかったらもしかしたらって……。

 

「あの武神様とは思えない考えだな」

「そうですね。世間では立派な武人と称えられているようですけど、中身なんてこんなものですよ」

 

 あんなのは私には分不相応な評価だ。

 武神なんて言われたのもただ単に強かっただけの話だ。人格までそれに相応しいわけじゃない。所詮はただの普通の一般人なんだから。

 

「まあいい。お前がオレに今さらそんな話をしたってことは、オレに裁かれたいということだな」

「……はい、その通りです。どんな処罰でも受け入れるつもりです。ドミニクさんには私を裁く権利があります。……誰よりも」

 

 流石はマフィアを纏めているボスだけのことはある。私が何を望んでいるのかも分かっていた。

 

「違うな。お前を裁く権利は俺よりも相応しい奴にある」

「え? ですが……」

「オレに言ったことをもう一度説明しろ。……ミシャに対してな」

 

 ……え? ああ、そういうことか。私を母さんのところに送るということだな。

 そっと瞳を閉じて下されるだろう裁きを待つ。

 

 でも天国とか地獄があれば、母さんは絶対天国にいるだろうしな。私がそこに行けるかな? 一応は善行もしていたと思うけど、母さんを殺したし、キメラアントも大量に殺したし……。うん、地獄行きかな。

 

 ……………………しばし待つけど何もなし。

 あの、覚悟決めてるので出来れば焦らさないで欲しいのですが。

 ……あれ? 気配が増えて……これは、人じゃない? でもどこか懐かしい気配が――

 

「何をしている。さっさと目を開けろ」

「え……え、え?」

 

 ドミニクさんに言われてゆっくりと目を開ける。

 するとそこには銃を構えたドミニクさん、ではなく――

 

「か、あ、さん……?」

「あらあら。私に似てとっても美人な女の子ね。本当にドミニクさんったらこんな子に冷たく当たって。もっと素直になればどうですか?」

「……オレは最初から素直だ」

「意地っ張りなのは変わらないんだから。そんなんじゃ娘に愛想つかされますよ?」

「べ、別に構わん!」

 

 ………………え?

 なにこれ? 何で母さんがいるの?

 母さん? そうだ、母さんだ。念獣の母さんと違ってオーラは穏やかだけど、あの母さんにそっくり……そうか!

 

「念、獣……ですね」

「流石だな。すぐに分かったか」

 

 やっぱりか。この母さんはドミニクさんが具現化した念獣だ。

 ドミニクさんの得意系統が具現化系か、それに近い変化もしくは可能性としては低いけど特質系なんだろう。

 ドミニクさんは母さんに凄い愛情と思い入れがある。それならば母さんそっくりの念獣を具現化することも出来るはずだ。

 ここまで母さんそっくりに操作するのもすごいけど、出来なくはないだろう……。

 

 でもそれは母さんそっくりの人形を作っただけだ。

 確かに私を育ててくれた母さんも念獣だけど、あの母さんは本物の母さんが自分を投影して具現化してくれた本物そのものの母さんだ。

 だけどドミニクさんが具現化した母さんはドミニクさんの記憶に従って作り出されている。だからドミニクさんが知らない母さんの記憶は植え付けられない。

 そんな母さんを母さんと呼べるのだろうか? ……無理だ、ただ無意味に自分を誤魔化して慰めているだけに過ぎないだろう。

 

「ドミニクさん、この母さんは……」

「こら! そんな他人行儀には言わないの! お父さんでしょ!」

「ご、ごめんなさい母さん!」

 

 うう! 久しぶりに怒られたよ……。偽物でもやっぱり母さんに怒られるとつい謝ってしまう……。

 ……本当に偽物なんだろうか? ここまで似せて具現化して操作出来るものか? 怒る時とかの母さんの細かな所作とか本当にそっくりなんだけど。それほど母さんを愛しているということなんだろうか。

 

「言っておくが、このミシャは念獣ではあるが本物だぞ」

「え? でもドミ――」

「アイシャちゃん?」

「と、父さんが具現化しても本物の母さんとは……」

 

 つい父さんって言ったけど……怒らないかなドミニクさん。

 ……怒ってないな。逆に機嫌がいいような気がする。っと。それよりもこの母さんが本物ってどういうことなんだ?

 

「このミシャはお前から貰った葉書を核にして具現化している」

「……え?」

 

 “死者への往復葉書”を核として具現化?

 それはどういう――

 

「あの葉書は死者の宛名を書くとその死者から返事が来る。だが、もし同名の死者がいた場合はどうなる? ミシャという名前が1人だけなどという都合がいい話はないだろう」

 

 確かにそうだ。だから私は書いた人の思念を葉書が読み取って、書かれた宛名の死者の残留思念を見つけているのではと予想していたけど。

 

「つまりこの葉書はオレの考えを読み取っているわけだ。そして死者であるミシャの返事も読み取り葉書に書いている。そういう特殊な葉書だ」

 

 そうだ。それが考えられるこの葉書の能力だろう。

 よくこんな葉書を作り出せたと思うよ。グリードアイランドのゲームマスターは超一流ぞろいだな。

 

「この葉書が実はオレの思念だけを読んで、死者からの返事もオレの思念や記憶を読み都合のいいように返事を創作している可能性も考えたが……。ミシャしか知らない情報も書かれてあった。確認するとそれは合っていたんでな。この葉書は本当に死者の返事を書いているわけだ」

 

 なるほど。検証もしていたのか。母さんしか知らない情報か……。

 恐らくドミニ……と、父さんには話したことがなく、かつ調べれば分かるような情報。家族の話とか、そんなところかな。

 

「そこでオレは考えた。葉書で死んだ人間とやり取りが出来るならば……死んだ人間を具現化することも出来るんじゃないかってな」

「ま、まさか……!」

 

 “死者への往復葉書”を核として具現化した! 確かに父さんはそう言った!

 “死者への往復葉書”は死者の思念を読み取って葉書に返事を書いてくれる葉書だ。

 逆説的にそれは死者の想いが思念となってこの世に残っているということを意味する。その想いを読み取る葉書を核にして具現化したということは……!

 

 他人が具現化した物体を利用して新たに具現化出来るかは私にも分からない。

 でもグリードアイランドの報酬は具現化されたアイテムでもかなり特殊なものだろう。すでに具現化した能力者から離れた一個のアイテムと言える存在だ。

 そうでなければアイテムを作った能力者、例えそれが複数人であろうとも、その全員が死んだら具現化した物体も消えるのだから。それは報酬として不釣り合いだろう。

 恐らく神字をも用いて具現化したアイテムを固定するようにしているはず。それならば……この葉書を核にすることも可能なのかもしれない。

 

「気付いたか。部下に念能力を教わって2ヶ月。オレが具現化系というのも幸いした。葉書を1枚消費して1日しか具現化は出来ないし、オレから5メートル以上離れると具現化も解けるが……。もう一度言うぞ。……ここにいるのは体は念獣でも、心と記憶は本物のミシャだ」

 

 震えながらゆっくりと母さんを見る。瞳も滲んでいる、視界があやふやだ。

 それでも何故か母さんの姿ははっきりと映っていた。母さんは優しく微笑んで、ゆっくりと頷いた。

 

「かあ、さん……?」

「そうよアイシャちゃん。私が、あなたのお母さんよ」

 

 ああ、嘘じゃない。嘘じゃないんだ。

 父さんが母さんのことでこんな大掛かりな嘘を吐くわけがない!

 これは、本当に、私を産んで、私が殺してしまった母さんなんだ!

 

「――!」

 

 気付けば私は母さんに多くのことを話していた。

 泣きながら前世のことを話した。私のせいで死んだことを謝った。産んでくれたことを感謝した。死んでも念獣になって育ててくれたことを話した。友だちが出来たことを話した。

 そして……本当は誰にも言うつもりがなかった、下らない理由で転生したことを話した。

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が過ぎただろうか。

 私は母さんに優しく抱きしめられながら泣いていた。

 もう全部話し終わったけど、母さんはそれでもずっと抱きしめてくれていた。

 

「……もういいよ母さん。優しくしてくれて嬉しかった」

「えー、せっかく会えた娘なのよ。もっと抱きしめさせてくれてもいいじゃない」

「いや待て。流石に童貞云々は聞き捨てならんのだが」

「そんなことどうでもいいわ! 私には娘を可愛がる方が大事なの!」

『どうでも!?』

 

 死因が童貞卒業だよ!? それがどうでもいいの!?

 

「いいじゃない。前世なんて誰にでもあるものよきっと。アイシャちゃんはその記憶があるだけの話よ。それにあの武神様がそんな理由で死にたくなかったなんてちょっと可愛いと思わない?」

 

 いえ、結構恥なんで可愛いとか言わないでください。

 

「まあ童貞で死んだのはむごいとは思うが……」

「い、言わないでぇ……」

 

 同情しないで。こんなことで同情されると辛いんです……。

 

「まあいいだろう。それでミシャよ。お前はどうしたい?」

 

 そうだ。父さんが言った通り、母さんは私を裁く1番の権利を持っている。

 私がいなければ死ぬこともなく幸せな人生を歩めていた母さん。

 母さんに裁かれるならもう悔いは本当に残らない。言いたいことも全部言えた。

 あとは母さんの言葉を待とう。

 

「そうね……。アイシャちゃんには罰を与えるわ」

「はい」

「前世のことは前世、今は今。これからは女性として生きていくように。これが罰よアイシャちゃん」

 

 ……え、軽すぎないか?

 だって私はあなたを――

 

「そ、そんなことで……」

「え? 結構重たい罰だと思ったんだけど。前世の男の意識が残ってるのに、今は女として生きて行かなきゃいけないのよ?」

「でも! そんなこと母さんを殺したことに比べたら!」

 

 そう叫ぶ私を、母さんはもう一度優しく抱きしめた。

 

「いいのよ。母親が子どもの為に命をかけるのは当たり前のことよ」

 

 !! ああ……母さんと、私を育ててくれた母さんと、同じ言葉……。

 

「前世なんて関係ないわ。愛するドミニクさんに託されて、お腹を痛めて産んだ我が子なんだから。……生まれて来てくれてありがとう」

「わ、わたしが、にくくないの?」

「憎めるわけないじゃない。子どもを愛さない母親はいないわ。そんな人がいたら母さんぶっとばしちゃうわ」

 

 ああ、母さんだ。同じだよ。あの母さんも、この母さんも、同じ母さんだ……。

 私には、母親が3人もいるんだ。産んでくれた母さん、育ててくれた母さん、そして今抱きしめてくれている母さん……。

 こんなに幸せでいいんだろうか? 許されていいのか? こんな私が、こんなに幸せで……。

 

「……オレは父親だからセーフだよな?」

「ぶっとばしちゃうわ」

 

 と、父さん……。力抜けるよ……。

 

「そういうわけだ。……オレはお前が憎くないわけじゃない。だが、それでも被害者であるミシャがお前を許すというのならこれ以上オレから言うことはない」

「と、父さん……ありがとう、ございます……」

「ドミニクさんも大概素直になれないわね。そんなだからアイシャちゃんが余所余所しいのよ?」

「うるさい!」

 

 ふ、ふふ。やっぱり母さんは父さんのこういうところが好きなんだな。

 意地っ張りで素直になれないところが。私にも少し分かる気がする。

 

「何を笑っているアイシャ!」

「え?」

 

 父さん、今、私の名前を……。

 今まで一度も呼んだことのない私の名前を、呼んでくれた。

 それだけ、たったそれだけのことなのに、父さんが私を認めてくれた気がした。

 

「父さん……名前、呼んでくれた……」

「黙れ! こっちを見るな!」

「あれ照れてるのよ。きっと顔真っ赤っかね」

「うるさい!」

 

 父さんツンデレ過ぎるよ。これは母さんに勝てないわけだ。

 この家の実権は母さんが握っているな。

 

「さあ、まだわだかまりもあるでしょうけど、それはこれからゆっくり解していけばいいわ。差し当たって……そうね、親子で一緒に寝ましょうか?」

「え……父さん、いいの?」

 

 父さんと母さんと一緒に寝る。それはすごく幸せなことだ。

 でも、父さんはいいのかな? 私は元男だから、母さんと一緒に寝られると嫌なんじゃ……?

 

「……たまには許してやる」

「(ね? なんだか可愛いでしょ?)」

「(うん。私もそう思うよ)」

「……何か文句でもあるのか?」

『ううん。何でもないですよ?』

 

 むくれる父さんを見ながら母さんと一緒に笑う。

 こんな未来が私に訪れるなんて思ってもいなかった。

 寝て起きて、これが夢だったら私は立ち直れないかもしれない。

 でも、夢じゃない。現実なんだ。

 

 そして私は父さんと母さんに挟まれて幸せに包まれて眠りについた。

 ああ、きっと明日はいい日になる気がする……。

 

 




 ハトの照り焼き様から頂いたイラストです。感謝感激です。

【挿絵表示】

 こちらはpixivにも投稿されています。差分もあるので興味のある方はどうぞご覧ください。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=50552795

 最終話の各人エピソードでドミニクが閲覧禁止になっていたのはこの話のネタバレがあったからです。どうしてもミシャの念獣については書かないわけにもいかないのであそこでは書かないでおきました。一応ここに書いておきます。

・ドミニク=コーザ(六話初登場)
 妻が死んで十余年の年月を経て、ようやく妻(念獣)と娘という家族を得ることが出来た。その後しばらくはアイシャの指導の元に念の修行を受ける。全ては“死者への往復葉書”を必要とせずに妻を具現化する為にだ。
 2年後、“死者への往復葉書”の残数が僅かになった頃に具現化に成功。それからは妻の具現化以外には念能力は使わずに余生を過ごした。
 ドミニクの死後、ミシャ(念獣)は死者の念となることなくドミニクと共に消えていった。これはドミニクが未練なく死んだ証だろう。

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