どうしてこうなった?   作:とんぱ

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第八話

 

 ここで過ごして10年程の月日が流れた……。

 ……母さんが消えようとしているのが、分かる。

 

 異変に気付いたのは3年ほど前だ。明らかに母さんを覆う纏のオーラの量が減っているのだ。私に母乳を与える度に、私の為に何かを具現化する度に、少しずつだがオーラ量が減少しているのだ。

 

 纏には顕在オーラの一部が現れる。顕在オーラは表面上に現れるオーラなので、纏だけをみて潜在オーラ量を見抜く事は出来ない。ゆえに気付かなかった。母さんの潜在オーラが徐々に減ってきているなんて……。

 せめて母さんが練を使えたらもっと早くに気付けていたけど、母さんは纏と発以外の念技術は使用出来ない……。纏にまで影響するということは潜在オーラがかなり減ってきている証拠だ……。

 

 残り2割か3割か? もしかしたらもっと減っているかもしれない……。

 

 もう気付いている。この母さんは私が作り出した念獣ではない。私の作った念ならば、私の識らない知識を識ってるわけがない。すでに父さんの名前や父さんが何をしていたのか、母さんとの出会いなどを聞いている。私の妄想と考えるには出来すぎている。

 

 私の念でなければ誰の念だ? 決まっている。あの時、私の所為で強制的に念に目覚め、衰弱死してしまった母以外あり得ない。

 死して尚、私の為に自らを作り出してまで私を育て、護ってくれたのだ……。私の所為で死んだというのに……!

 

 そして今また母さんは消えようとしている。私の為に何かをする度にオーラは消耗されていく……。消耗したオーラは回復する事はなく、緩やかに、しかし確実に消滅への一途を辿っている……。

 

 もちろん、それを許す私ではない。母乳を拒否し、拾った食べ物やネズミを食べようとした。嫌だの何だのと言ってられない。母さんがいなくなるよりはマシだ!

 

 だがその度に母さんは「こんな不潔なものを食べてはいけません!」と叱るのだ……。

 3回も叱られると、“汚いものは食べてはダメ”と強く思い込んでしまった……。

 

 しかも私を強く叱る度に母さんのオーラが消費されていく。……私の行動は母さんの消滅の時期を早めただけだった。

 

 

 

「アイシャちゃん。そろそろお腹すいたでしょう? ご飯の時間にしましょう」

 

 母乳を拒否しても、無理だ、きっとあの叱りを受けて、飲むことになるだけだ……。だから、飲んだ。母さんの最後の愛情を受け取った……。

 もう、母は、消える寸前だ……。私に、最後の母乳を与えて、少しずつ、希薄になっている……。

 

「ごめんね。最後まであなたと一緒にいられなくて」

「なんで、かあさんが、あやまるの? わたしのほうこそ、ごべん、なざい。わたしを、うんだから、かあさんを、じなせちゃった……」

「いいのよ。母親が子どもの為に命をかけるのは当たり前の事よ。あなたが謝ることじゃないわ」

 

 

「……あり、がとう。わだしを、ひぐっ、うんでくれで」

「いいのよ。私がお礼を言いたいくらいよ。生まれて来てくれて、ありがとう」

 

 

「ありがとう……わたじを、そだ、てて、くれ、て」

「いいのよ。当たり前でしょう。母親が子どもを育てるのは。元気に育ってくれて嬉しいわ」

 

 

「あ、ありがとう。わたしを、あ、あいじで、くれて」

「いいのよ。子どもを愛さない母親はいないわ。そんな人がいたら母さんぶっとばしちゃうわ」

 

 

「……や、やだよ。きえちゃやだよ! ずっといっじょ、に、いで、よ! もう、わがまま、いわないからぁ!」

「ごめんね。私もずっとあなたと一緒にいたいけど、もう、むりみたい……」

 

 

「あああ、いかないで、いっちゃやだぁ!」

「いい。アイシャ。これが母さんの最期のお願いよ。よく聞いてね」

「さいご、なんで、いわないでよ……」

 

 

「元気なのもいいけど、おしとやかにならなきゃ駄目よ。アイシャちゃんは可愛い女の子なんだから」

「……うん」

 

 

「健康には気を付けるのよ。決して不潔なものは食べては駄目よ」

「……うん」

 

 

「アイシャちゃんは優しいけど、誰も彼もを信用しちゃだめよ。相手を良く観て話を良く聴いて判断すること」

「わたし、そんなに、ばかじゃないよ」

 

 

「それならいいわ。あとはそうね。……幸せになりなさい。辛い事や悲しい事は生きてる限り必ず訪れるわ。でも、そんな困難は乗り越えて、幸せになってちょうだい」

「むりだよ……かあさんが、いないのに、しあわせになんて、なれないよ」

 

 

「大丈夫。あなたならきっと乗り越えられるわ。だって母さんの自慢の娘だもの」

「……がん、ばっでみる」

 

 

「いい子ね。……そろそろおわかれみたい……」

「かあさん!? もっと、もっどおはなじしでよ!」

 

 

「ざんねんなのは、あなたのはなよめすがたをみれなかったことね。きっと、すてきだったでしょうに……」

「だったら、それまでいきていて、わたしの、おーらなら、いぐらでもあげるがら!」

 

 

「わがままばかりいわないの。……これがさいごのおねがいよ。なかないで。あなたのえがおを、みせてちょうだい。さいごにみたむすめのかおが、なきがおなのはいやだわ」

「う、うん。……こ、これで、いい?」

 

 

「うん、とってもかわいいわ。……あいしゃ、あなたは、わたしの、じまんの、こよ、だいじょうぶ、わたしは、ずっと、あなたのことをみまもっているから……………………」

「?! ああ、かあさん!? かあざんきえないで! わだじをひどりにじないでよぉ!!」

 

 

 

 その日の流星街には雨が降った。だから私の頬を伝わる水は雨だ。私は母さんと約束したのだから。泣かないと。だから、これは、雨だ。

 

 

 

 

 

 

 母さんが消えてから丸一日が過ぎた。まだ悲しいが、少しは心の整理がついた。

 人は強い感情を保ち続ける事は出来ない生き物だ。どんなに強い感情も、時の流れは残酷にそれを磨耗させてしまう。もちろん、この悲しみが完全になくなるわけじゃないが。

 

 ……何時までも悲しみに明け暮れているわけにはいかない。私は母さんと約束したのだ。幸せになると。辛い事や悲しい事を乗り越えて、幸せになると。ならばここで何時までも呆けているわけにはいかない。ここにいては母さんとの約束を守れないから。

 

 でも、ここを出て行く前にしなければならない事があるな。

 

 

 

「はじめまして。もしかしたら昔会ったことがあるかもしれませんが、もう10年以上も前の事なのではじめましてと言っておきます」

「……何用だ少女よ。ここを流星街の議会室と知ってここまで来たのか?」

「はい。ここにいるあなた方がこの流星街の方針を決定しているのですよね? 少し用があって来ました。安心してください。別にあなた方に危害を加えるつもりはありません」

「……どうやってここまで?」

「気配を絶って。ここを見つけたのは外の人たちの話を盗み聞きしながら調べました。ああ、門番さんは気絶しているだけです。外傷は一切与えていませんし、後遺症もありません……用件を言ってもいいでしょうか?」

「……なんだ?」

「その前に一つ質問が。ここから北西に20㎞ほどの場所にある危険地帯を知っていますか?」

「!? ……ああ、10年ほど前に出来たあの……」

「用件は、そこには一切手を出さないで下さい、と言った簡単な要求です。お願い出来ますか?」

「……それは構わない。元々我々は協議の上であそこには手を出さないと決めている」

「それなら構いません。では「待て少女よ」……なんでしょう?」

「君の要求は分かった。だが君は一体何者だ? 流星街で君の様な少女は見た事がない。少なくとも、君の容姿で目立たないわけがない」

「……もしかして褒められてるのでしょうか? 母さん以外に褒められた事がないから照れますね。ああ、すいません。質問に答えていませんでした。このまま立ち去るのもあまりに無作法ですし、お答えします」

 

「私はその危険地帯に住んでいたのですよ。これでお分かりでしょうか?」

「……!? まさか、噂にあった悪魔の親子の!?」

「……私の母は天使の様に優しい人でした。次に母を侮辱するような事を言えば命までは取りませんが、腕の一本や二本は覚悟する事ですね……!」

『っ!』

「……すいません。思わずオーラを放ってしまいました。すぐに抑えます……」

 

「とにかく、しばらくこの流星街から離れるつもりなのですが、その間に私の母が眠る地を他人に汚されたくないんです」

「……わかった。皆に厳重に伝えておく……」

「ありがとうございます。……そうだ。こちらのお願いを聞いてもらってばかりなのもどうかと思うので、あなた方の要求も聞くことにします。何かありませんか? 私に出来ることで無茶な要求じゃなかったら、聞きますよ」

「……では我々が今後我々のみで対処困難なことがあれば、そちらの力を借りる、というのは……?」

「……分かりました。なかなか上手いですね。ですが私は連絡方法を持ってないのですが……」

「連絡方法はそちらが用意出来たら我々に伝えてくれたらいい」

「分かりました。あなた方がそれでいいのなら。では、そろそろ失礼するとします。皆さん、お達者で」

『……』

 

 

 これでいい。これならあの場所から離れてもあそこが荒らされる事はないはずだ。もし母さんとの思い出の地が荒らされたら、私は怒りのあまりに暴れてしまうかもしれない……!

 

 本当に変わったな私は……これも母さんの教育が行き過ぎていた所為に違いない……全く、困った母さんだった。あれはしちゃ駄目これはしちゃ駄目、あれをしなさいこれをしなさいと、教育ママにも程がある。

 

 

 

 ……母さん。私、頑張るから、ずっと見守っててね……。


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