あと、タイトルを無刀語から無釖語に変更しました。
過去作で他の作者様が無刀語という言葉をタイトルとして使っていたので、対応させていただきました。
最初から確認せず申し訳ありません。
白鷺が這入ってきて、あっけなく釖閣に首を斬られて醜悪な芸術品になってから三刻ほど、現代時間にして一時間半ほどたった昼過ぎのこと。
そう、ちょうど同じ頃、砂漠の真ん中でこれから何度も使うことになろう七花の『ただしその頃にはあんたは八つ裂きになっているだろうけどな』、なんていう口癖が決まった頃のことだ。
下酷城では天守より一つ下の階の一室──ありていに言って、かなり狭い部屋。内装は飾り物や家具の類は何もなく、飾り気が皆無と言っていい殺風景なたたみ敷きの部屋。──の前、敷居越しの内と外に一人ずつ向かい合って座ってふっくらとした白米の入った茶碗を片手に箸を動かしていた。
一人は外、言わずもがな、先ほど白鷺を笑顔で斬って捨てた宇練釖閣。
もう一人は内、女子のように髪を伸ばした、これまた細い線の男だった。服装は釖閣と同じような黒い、簡易な着流し。
その男の腰には一本の黒い鞘に収まった刀が。柄も黒ければ鍔も黒い。着流しの黒が保護色になり、今にも見えなくなってしまいそうな──そんな刀だ。
その刀、四季崎の変体刀完成形十二本のうちの一本、すべての物を一刀両断の逸話は嘘偽り無しの斬刀『鈍』である。
名前が鈍なのは四季崎の皮肉であり、切れ味は妖刀がかすんで見えるほどの物である。
そして鈍を持つこの男、宇練家の十代目にして一万人斬りをやってのけた初代金閣より代々、四季崎の完成刀の一つを守り続けている現所有者、宇練銀閣である。釖閣は銀閣の弟であり、歳の差は六つ。
銀閣は眠たそうに目を擦りながら箸を漬け物へと進めていた。
「相変わらず眠たそうだね、兄さん。眠りが浅いのはわかってるけど、眠りすぎで眠れなさすぎじゃない?」
「しょうがないだろ。俺だって嫌気がさしてるんぜ?そこの立て付けの悪い襖の音ですら目を覚ましちまうんだからよ」
食事中なのに今にも銀閣な寝てしまいそうで、それをいつもの事だと言わんばかりに無視して釖閣は箸を進める。
「まぁねー。それが侵入者の対応に役立ってるってのも皮肉なものだよね。兄さん、その刀取られたら温泉旅行にでも行ってきたら?」
釖閣の発言に、銀閣はすっ、と目を細めると薄い笑みを浮かべた。
「それも悪くはねえがよ。これ盗られちまったらご先祖に顔が合わせられなくなっちまうじゃねえか。そんなことしちまえば俺が今までここに居続けた意味が無くなっちまう。それにお前だって俺が入るからと言ってずっとここにいるし、侵入者だって斬っちまってんじゃねえか」
「それはそれ、これはこれ。兄さんはほっとくと餓死しかねないからね。今日の人も何言ってるかほとんどわからなかったし、わかったのでも脅しみたいなのだったからね。やむなしってやつだよ。前の幕府からのお役人はちゃんと案内したじゃないか」
銀閣のいうご先祖様とは、初代宇練家当主の宇練金閣のことである。初代宇練金閣は四季崎の刀を蒐集するために旧将軍が出した悪法──刀狩令を出した段階での斬刀の所有者であり、今は砂漠に飲まれてしまった鳥取藩の藩主に仕えた一介の武士であった。
藩を立て、幕府に仕える武士としては斬刀を提出しなければならなかった金閣はそれを拒否。拒否した理由が四季崎の刀の毒にやられたせいなのか、あるいは己の武士道という物のためなのか、それともただの気位だったのか…それは今では知る由は無い。
話を戻すと、斬刀の提出を拒否し藩主の顔を潰した金閣は即座に幕府から手討ち令がくだされ即座に兵が集められた。
派遣されたのは鳥取藩、旧将軍直属の兵団、併せて一万を越えたとされていて、それのほとんどを金閣はたった一人、己の腕と斬刀のみで斬って捨てた。それが今なお謳われる宇練金閣の逸話である。
銀閣は金閣を尊敬し、代々とはいえその技と斬刀『鈍』を受け継いで今に至る、ということだ。
こんな眠そうでだるそうな見た目でも譲れない物を持っている。
いや、譲れない物を持っているのはとがめしかり、真庭しかり、釖閣しかり、信念のあるひとは誰だって持っているもの。
それの強さで人の強さは決まる、と考えた釖閣ではあったが、今後のことを知っている彼はもちろん、天才のことも知っているためすぐさまその考えを捨てたのはそれもまた野暮ったいことである。
シャキリと、たくあんを噛むいい音が響く。
「そういえば兄さん、もう少ししたら多分、二人組のお客さんが来るから頑張ってね」
「それはお前のいつもの『占い』かい。可能性か確定かどっちだよ?」
「どうだろ、確定だろうけど、時間はずれちゃうかもね。数刻、もしくは数日のうちには絶対くるよ」
その言葉に銀閣はいやだいやだとぼやきながら綺麗に白米を食べ終えて皿を釖閣に渡す。
二人のご飯は必ずこうである。敷居の外と内、その線を跨いだやりとりは本来無礼なことであるがそこは銀閣の致死範囲と把握しているため、お互いにこの形で落ち着いている。
兄弟なのだから和気あいあいなんてことはいえないにしろ、この距離感とこのやりとりが二人の信頼の証でもあるのだ。
皿をまとめて片づけへと下がろうとした、釖閣はあっと声をあげて銀閣をとがめ出した。
「こら、天井直していないじゃないか!」
そう言葉が発せられたが別段、痛んでるわけでも、どこか折れているわけでもない。逆にこの下酷城の状態を考えてもとても良好な状態だ。
「うるせえなぁ。お前みたいなあんな戦法とれるびっくり人間がそういてたまるか」
「兄さんさぁ……」
へらへらあぐらで笑う銀閣に対して、振り返った釖閣は急に表情を変えると視認不可の速さで近づき、斬刀の柄を手のひらで抜けないように押さえて牽制する。
「もう、間に合わないだろうから忠告はしておく。対応できるようにはしておくように。これは絶対だよ」
銀閣も押さえられているとはいえ斬刀を握り表情を固くし、数秒ほど、いや、もしかしたら数分かもしれない間にらみ合い、そして二人とも笑って釖閣は外にでる。
「わかった、わかった。珍しい弟からの忠告だ。肝に銘じておくよ。本当、今日は漬け物の種類も多くて嫌に変な雰囲気の日だぜ。お前にはいったい何が見えてるんだ、釖閣よぉ」
不思議そうな表情に釖閣はいつもの笑顔で答える。
「俺は何も見えてなんていないよ。何となくそうなんだろうって程度だけ。所詮、それが『占い』だからね」
「はぁ、つれねえなあ。何を考えてるかも俺には分からないことばっかりだ。お前はさぁ、刀が使えないのにつけられた名前には太刀の意味の釖の字が。いい加減名前くらい変えたらどうだ」
「俺はなーんにも考えてないよ、銀閣兄さん。俺って阿呆だからさ。後、名前はこれでいいんだよ。大事な名前だから釖で太刀。いいじゃないか、俺自身が太刀だから」
銀閣は薄ら笑い、釖閣は純粋な笑みを浮かべて満足げに笑いあう。
尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所、軍所総監督奇策士とがめと虚刀流七代目当主やしゅり…じゃなくて鑢七花が下酷城に到着するまで、約二刻、虚刀と奇策士と無手との遭遇まであと五刻。おおよその『占い』に間違いは無し。
はてさて、釖閣の第一関門にして、最初の分岐点。どうなることだろうか。
と、締めくくろうとしたところ、寝付こうとした銀閣の所慌てて皿を片づけて片手を血で濡らした釖閣が戻ってきた。釖閣は小振りのお酒が入りそうなひょうたんの入れ物を銀閣に投げ渡す。
「ん?なんだよ、これ。酒か?」
「いいや、今日斬った変な忍者さんとついさっき斬って集めた俺の血だよ。わからないけど、もし『あれ』使うことになったら先にそれを使ってね。自分で斬った傷で失血死なんて格好悪いでしょ?」
「これもまた、お前の『占い』か?」
「いやいや、これはただの勘ってやつだよ。備えあれば憂いなしって言葉知ってるでしょ?」
銀閣はそれを鼻で笑う。返答はなく、そのまま部屋の奥にあぐらをかき眠ってしまった。
でも、釖閣が見たその寝顔はなんと無しに安心しているような、そんな寝顔だった
今回は少し、会話回になりました。
原作を知っている人からしたら、もう知っているよ、というお話でしょうが今回は伏線にならない伏線ふまえて、知らない人のための紹介と言うことになってます。
一万人斬り。ゲームでは割と良く見る物かもしれませんが日本刀は本来、二人から三人斬ってしまえばだめになる代物。
たとえそれが四季崎の完成形の一本だとしても、腕の立たない大根役者が持っても同じ事。
そう考えるとやはり金閣がいかに凄かったかよくわかりますね。